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<title>哲郎おじいちゃん</title>
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<description>平野哲郎のエッセイ</description>
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<title>月の大きさ</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><h2 class="limited005_heading02" data-entrydesign-alignment="center" data-entrydesign-count-input="part" data-entrydesign-part="limited005_heading02" data-entrydesign-tag="h2" data-entrydesign-type="heading" data-entrydesign-ver="1.50.0" style="background:url(https://stat100.ameba.jp/ameblo/entry_designs/v1/sources/assets/limited005_heading02_underline.png) no-repeat;background-size:89px 19px;padding-bottom:23px;margin:8px 0;font-weight:bold;color:#3E598E;letter-spacing:0.01em;font-size:20px;line-height:1.3;min-height:26px;line-break:loose;word-break:break-word;background-position:center bottom;text-align:center"><span style="display:block"><span data-entrydesign-content="" style="display:block">せんだって、ラジオで音楽番組を聴いていたときのことである。</span></span></h2><p>&nbsp;</p><p>20代と思われる女性ともうちょっと年配らしい男性とが、四方山の話をしながら合間合間に音楽を聴かせる番組なのだが、たまたま話題が天体のことに及んで、その中で男性が</p><p>『月は毎年20キロだか25キロだか地球から遠ざかっているのだ』</p><p>という話をしたら、若い女性が</p><p>『そういえば私が小さい頃に見た月はもっと大きかったような気がする」</p><p>と言った。</p><p>&nbsp;</p><p>それを聞いて私は思わず笑ったのだが、それは決して軽蔑の笑いではなく、むしろ同感を誘われての笑いだったような気がする。</p><p>&nbsp;</p><p>地球と月との距離は、ものの本によれば約38万キロということになっている。従って学術論文ではないから極めて大雑把な計算をすると、月は地球から毎年現在の距離の2000万分の１ずつ離れていることになる。</p><p>&nbsp;</p><p>この女性が子どもの頃といえば、たぶん10年ほど前のことだろうから、月は今より200万分の1ほど近くにいたことになる。しかし200万メートル（2000キロ）向こうにいる人が1メートルこちらへ近づいたからといって、今までより大きく見えることがあるだろうか？だからこの女性の話は計算上は全く間違いということができる。</p><p>&nbsp;</p><p>それにもかかわらずこの女性を軽蔑できないのは、実は私も全く同じ感じを持っているからである。</p><p>&nbsp;</p><p>確かに子どもの頃見た月は、今よりもっと大きかったような気がする。昔は空が澄んでいたのか、大きな建物が少なくて空が広々としていたのか、いやそれよりも街の明りが街灯やネオンやヘッドライトや、その他もろもろを含めて今ほど強烈ではなかったことが原因ではなかろうか。</p><p>&nbsp;</p><p>昔の夜は暗かった。夜中に外を歩くときは月の光を頼りにした。頼りにしているものは大きく見えるものである。昔の月は大きかったという感覚は、案外多くの人が持っているのではなかろうか。</p><p>&nbsp;</p><p>ところで、藤原道長が「この世をば 我が世とぞ思う・・・」という歌を詠んだのは、今から１０００年ほど前のことである。とすればそのときの月は今より２万分の１ほど近くにいたことになる。阿倍仲麻呂が「天の原 振りさけ見れば・・・」と詠んだのは１２５０年前だから、１万６０００分の１だけ近くに見えたわけである。</p><p>&nbsp;</p><p>こうなると、先程の女性の場合の２００万分の１に比べてぐっと近くなったような気がするが、それでも２万メートル先の人が１メートル近づいたと考えれば、人間の視覚で捉えられるような変化は全く無いと考えてよかろう。</p><p>&nbsp;</p><p>我々が現在眺めている月は、やはり「三笠の山に出でし月かも」なのである。</p>
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<pubDate>Thu, 16 Jun 2022 14:08:08 +0900</pubDate>
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<title>年賀状</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><h2 class="limited005_heading02" data-entrydesign-alignment="center" data-entrydesign-count-input="part" data-entrydesign-part="limited005_heading02" data-entrydesign-tag="h2" data-entrydesign-type="heading" data-entrydesign-ver="1.50.0" style="background:url(https://stat100.ameba.jp/ameblo/entry_designs/v1/sources/assets/limited005_heading02_underline.png) no-repeat;background-size:89px 19px;padding-bottom:23px;margin:8px 0;font-weight:bold;color:#3E598E;letter-spacing:0.01em;font-size:20px;line-height:1.3;min-height:26px;line-break:loose;word-break:break-word;background-position:center bottom;text-align:center">年賀状の季節がやってきた</h2><p>&nbsp;</p><p>私は昔から年賀状は苦手である。12月になるとだんだん憂鬱になってくる。そして元旦の配達に間に合うというギリギリの日に書き上げて、投函するということになる。</p><p>&nbsp;</p><p>年賀状が本当に必要なものかどうか、虚礼ではないかという説は、新聞紙上などでよく見かける。しかし私は必ずしも虚礼だとは思わない。</p><p>&nbsp;</p><p>ふだん全く顔を合わせることもなく、文通さえない旧知の人に年賀状を出すのは一見虚礼のように見えるかもしれないが、そういう人に対しても年に一回こちらの無事を知らせ、相手の健在を確かめるのはなかなかよいもので、実のあることだと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>では、なぜ年賀状が苦手なのか？と言われるかもしれないが、意欲があるかないかということと、それに動作が伴うかどうかということは全く別のことなのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>配偶者を亡くした親友にお悔みの手紙を出したいという気持ちはやまやまだが、いざ便箋を前にすると筆がなかなか進まないのと同じことである。ということで、どうしても年末ギリギリに書くことになる。</p><p>&nbsp;</p><p>歳をとってくるとことさらに動作が伴わなくなる。従って意欲のほうを割愛して、だんだん年賀状の枚数を減らすことになる。しかし減らすことにもコツというか要領というものがある。</p><p>&nbsp;</p><p>まず、一度にどっと減らしてはいけない。</p><p>&nbsp;</p><p>ある年、面倒くさいのと風邪気味だったことが相俟って、まったく年賀状を出さなかったことがある。ところが、友人たちの間に「平野はどうも死んだらしい」という噂が広まった。一人の友人が、毎年来る年賀状が今年は来なかったことに気が付いて共通の親しい友人に問い合わせたところ、来ていないという。その友人がまた別の友人に聞いても、やはり届いていない。その辺から「死んだらしい」ということになったようである。だから年賀状の数を減らすなら、一度にではなく、少しずつにすべきである。</p><p>&nbsp;</p><p>また、こちらからは出さなかったのに向こうからは来ることがある。1年だけならそのままにしておくが、2年続くと気の毒になって次の年にこちらからも年賀状を出す。</p><p>&nbsp;</p><p>ところがその友達は2年続いてこちらから来なかったので、3年目には出さない。つまりこちらには届かない。だから4年目にはこちらから出さないでいると、向こうからは来る。3年目にこちらの年賀状が届いたからである。</p><p>&nbsp;</p><p>ということで、1年おきに行ったり来たりの年賀状交換が続くことになる。</p><p>&nbsp;</p><p>最近はワープロを使った年賀状が増えてきた。一般にあまり評判が良くないようだが、これはある程度仕方のないことだと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>何百枚も出す人は一々手で書いていたのでは大変だろうし、私のように年賀状を書くのが苦手な人間でも、ほとんど自動的に出来るとなれば随分気が楽だからである。</p><p>&nbsp;</p><p>しかし、1枚全部がワープロ製だというのは、やはり何となく味気ない。せめてどこか1カ所だけは手書きの部分を残したいと思っている。</p><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Tue, 14 Jun 2022 10:35:35 +0900</pubDate>
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<title>料理の出前</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><h2 class="limited005_heading02" data-entrydesign-alignment="center" data-entrydesign-count-input="part" data-entrydesign-part="limited005_heading02" data-entrydesign-tag="h2" data-entrydesign-type="heading" data-entrydesign-ver="1.50.0" style="background:url(https://stat100.ameba.jp/ameblo/entry_designs/v1/sources/assets/limited005_heading02_underline.png) no-repeat;background-size:89px 19px;padding-bottom:23px;margin:8px 0;font-weight:bold;color:#3E598E;letter-spacing:0.01em;font-size:20px;line-height:1.3;min-height:26px;line-break:loose;word-break:break-word;background-position:center bottom;text-align:center"><span style="display:block"><span data-entrydesign-content="" style="display:block">内田百聞の随筆を読んでいたら、近所の洋食屋から海老フライの出前をとったというのがあった</span></span></h2><p>&nbsp;</p><p>父親がどこかの宴会で食べて美味しかったので、自宅に出前をとったということらしかった。</p><p>&nbsp;</p><p>当時子どもだった百聞氏は、朱で店の名前を入れた黒い岡持ちの中から海老フライの皿が取り出され、父親の食卓に運ばれるまでずっと側についていたのだが、未だかつて知らない不思議な香気が皿の上に立ち上り、恍惚とした気持ちになったそうである。</p><p>&nbsp;</p><p>ただし、そのとき一切れくらいお相伴に預かったのだろうが、味については全く記憶がないとある。</p><p>&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220520/05/flowerrond/dc/2f/p/o1000100015120461297.png"><img alt="" contenteditable="inherit" height="220" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220520/05/flowerrond/dc/2f/p/o1000100015120461297.png" width="220"></a></p><p style="text-align: center;"><span style="font-size:0.7em;">　　　　　　　　　　　　　　（Licensed）</span></p><p>&nbsp;</p><p>我が家でも戦前は自宅へ料理の出前をとることが時々あった。とくに大事なお客様があったときなど、中華料理の出前をとることが多かった。</p><p>&nbsp;</p><p>現在、中華料理屋へ行ってコース料理をとると順々に料理が出てくるように、一品ずつ料理が運ばれてくるのだが、一つの料理から次の料理までの時間が実に長いのが特徴だった。</p><p>&nbsp;</p><p>ある料理を食べ終わっても、なかなか次の料理が届かない。いい加減イライラしてきたころ、やっと「おまちどー」と到着するのである。</p><p>&nbsp;</p><p>しかし、これをぶつぶつ言うと親にたしなめられた。「日本人はどうもせっかちすぎる。中国人は料理を食べながら会話を楽しむのが目的なのだ。料理が次々に出てきたのでは会話を楽しむ余裕がなくなる。だからわざと時間を置いて次の料理を出すのだよ。日本人も見習わなくてはいけない」と。</p><p>&nbsp;</p><p>ところが最近中国旅行をすると、料理の出方がものすごく早い。一つの料理を食べ終わらないうちに、次々に後の料理を運んでくるので、テーブルの上に置ききれなくなる状態である。</p><p>&nbsp;</p><p>一体、親の意見が間違っていたのだろうか。それとも中国人がせっかちになったのだろうか。</p>
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<pubDate>Fri, 20 May 2022 05:51:37 +0900</pubDate>
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<title>サラリーマンと上役</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><h2 class="limited005_heading02" data-entrydesign-alignment="center" data-entrydesign-count-input="part" data-entrydesign-part="limited005_heading02" data-entrydesign-tag="h2" data-entrydesign-type="heading" data-entrydesign-ver="1.50.0" style="background:url(https://stat100.ameba.jp/ameblo/entry_designs/v1/sources/assets/limited005_heading02_underline.png) no-repeat;background-size:89px 19px;padding-bottom:23px;margin:8px 0;font-weight:bold;color:#3E598E;letter-spacing:0.01em;font-size:20px;line-height:1.3;min-height:26px;line-break:loose;word-break:break-word;background-position:center bottom;text-align:center"><span style="display:block"><span data-entrydesign-content="" style="display:block">サラリーマンには『運不運』が伴う</span></span></h2><p>&nbsp;</p><p>もちろん『運不運』に見舞われるのはサラリーマンだけではなくすべての人がそうなのだが、サラリーマンにはそれ特有の、他の職業には見られない『運不運』があるのである。</p><p>&nbsp;</p><p>『運不運』といって先ず思いつくのは「交通事故」だろう。しかし、これはサラリーマンに限ったわけではない。自営業者でも、主婦でも、老人でも、皆が見舞われるものである。</p><p>&nbsp;</p><p>「交通不便な山里に住んでいれば交通事故にあわないぞ。」と言う人がいるかもしれないが、その代わり土砂災害にあうかもしれない。だからこういう普遍的な『運不運』は置いておくことにして、サラリーマン特有なものとして何があるかを考えてみよう。</p><p>&nbsp;</p><p>サラリーマンにとって一番大きな不運は「倒産」ないし「リストラ」だろう。最近のような不景気の世の中では、多数のサラリーマンがその危険性に怯えている。しかし10年ほど前までは自分の会社が倒産するなどということは交通事故と同じで、そういう可能性は認めるにしても現実感はほとんどの人が持たなかったものだ。また、将来景気が回復してくれば、危機感はだんだん薄れていくだろう。</p><p>&nbsp;</p><p>私が考えるに、サラリーマンである限り古今東西を問わず必ず見舞われる『運不運』はよい上役に恵まれるかどうかではなかろうか。良い上役に当たったらこんなに幸せなことはない。逆に嫌な上役に当たったら毎日が地獄である。じっと耐えて上役が交替するのを待つ他はない。</p><p>&nbsp;</p><p>小さな会社などで、上役との関係が一生続くようだったら、思い切って他の会社へ転身することも考えねばならない。このことについては、ほとんどのサラリーマンが同感の意を表してくれると思う。</p><p>&nbsp;</p><p>理想の上役とはどんな人かについて、よく人気投票が行われる。そのベスト３に必ず入っているのがプロ野球の監督である。下位に低迷していたチームをぐいぐいと上位に引き上げた実績のある監督がよく選ばれる。確かにこういう人は魅力的である。私がプロ野球の選手だったら、ときどき殴られてもいいからこういう監督の下に付きたいと思うだろう。</p><p>&nbsp;</p><p>また、上役にどういうことを期待するかという質問に対する回答では、「決断を下してくれること、方針をはっきり示してくれること」などというのが多い。こういう回答が「優しい」とか「面倒をみてくれる」とか、そんな回答を引き離して上位にあるということは、企業戦士として全く天晴れだと思う</p><p>&nbsp;</p><p>どういう人が上役として嫌われるかについての調査はあまり見たことがないようだ。嫌な上役の代表としての具体的な人名を挙げるのは難しいからだろうが、抽象的にどんな人が嫌われるかについては前記のことを裏返しにしてみれば大体の人物像は浮かび上がってこよう。何事にも優柔不断で大きな方針ははっきり示さない代わりに、細かいことに一々うるさく口を出すといったタイプである。</p><p>&nbsp;</p><p>もっともここでの議論は、善意の人間を前提としての話である。上役が人を陥れたり、裏切ったり、苛めたりするような人間だったら、これはもう論外である。議論にならない。だから議論しないことにする。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Thu, 19 May 2022 08:37:34 +0900</pubDate>
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<title>電飾</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><h2 class="limited005_heading02" data-entrydesign-alignment="center" data-entrydesign-count-input="part" data-entrydesign-part="limited005_heading02" data-entrydesign-tag="h2" data-entrydesign-type="heading" data-entrydesign-ver="1.50.0" style="background:url(https://stat100.ameba.jp/ameblo/entry_designs/v1/sources/assets/limited005_heading02_underline.png) no-repeat;background-size:89px 19px;padding-bottom:23px;margin:8px 0;font-weight:bold;color:#3E598E;letter-spacing:0.01em;font-size:20px;line-height:1.3;min-height:26px;line-break:loose;word-break:break-word;background-position:center bottom;text-align:center"><span style="display:block"><span data-entrydesign-content="" style="display:block">クリスマスが近くなると、夜の町が賑やかになる。</span></span></h2><p>&nbsp;</p><p>忘年会の流れで人の行き来も多くなるが、もう一つクリスマスの電飾が華やかさを増す。</p><p>&nbsp;</p><p>大多数の日本人と同じく私もクリスチャンではないが、ホテルやビルの前庭のちょっとした空間に豆電球をいっぱいつけた樅の木が飾られていたり、デパートの大きな壁面が電飾で輝いていたりするのを眺めるのは、いかにも歳末らしい感じがして良いものだ。</p><p>&nbsp;</p><p>昭和二十年代の前半、JRがまだ日本国有鉄道だったころ、「国鉄の駅にクリスマス・ツリーを飾るのは政教分離の原則に反するのではないか」という質問が国会でなされたとき、運輸大臣だったか国鉄総裁だったかが「あれは単なる季節の飾り」と答弁して、結局そのままうやむやになってしまったことがあった。</p><p>&nbsp;</p><p>全く日本的なやりとりだったが、その当時の気分は今も少しもかわらずそのまま続いているようだ。あれはまさに名答弁だったと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>私の家の近くにカトリック系の女子高校があるが、さすがに本家本元だけあって前庭やフェンスのデコレーションが見事である。トナカイの橇に乗ったサンタクロースや樅の木などが、電飾で鮮やかに描かれている。それを見ると何となく心が浮き浮きしてくるから不思議なものだ。</p><p>&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220518/13/flowerrond/6f/4e/j/o0692046115119665240.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220518/13/flowerrond/6f/4e/j/o0692046115119665240.jpg" width="420"></a></p><p style="text-align: center;">　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<span style="font-size:0.7em;">（Licensed）</span></p><p>&nbsp;</p><p>数年前、仙台のメインストリートの街並木に豆電球を巻き付け、街を飾ろうとして問題になったことがあった。自然保護団体が樹木に害を与えるとして反対したのである。私は技術的には素人だからどっちが正しいのかわからなかったが、新聞に出ていた反対派の代表の言葉を読んで、思わず吹き出しそうになった。</p><p>&nbsp;</p><p>曰く「豆電球を巻き付けられるのが樹木にとってどんなにつらいか、あなたも裸になって豆電球を体に巻き付け、一晩中街路に立っていてごらんなさい」と。これを大まじめに言っているのである。では、何も巻き付けない場合の樹木はどうであるか知るために「あなたも裸になって何も巻き付けないで一晩中街路に立っていてごらんなさい」と言いたくなった。</p><p>&nbsp;</p><p>この問題は専門家の診断を仰いだところ、樹木には全く害がないということでめでたく街をきれいに飾ることになったそうだ。</p>
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<pubDate>Wed, 18 May 2022 13:01:12 +0900</pubDate>
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<title>お伽ぎ話の中へ</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><h2 class="limited005_heading02" data-entrydesign-alignment="center" data-entrydesign-count-input="part" data-entrydesign-part="limited005_heading02" data-entrydesign-tag="h2" data-entrydesign-type="heading" data-entrydesign-ver="1.50.0" style="background:url(https://stat100.ameba.jp/ameblo/entry_designs/v1/sources/assets/limited005_heading02_underline.png) no-repeat;background-size:89px 19px;padding-bottom:23px;margin:8px 0;font-weight:bold;color:#3E598E;letter-spacing:0.01em;font-size:20px;line-height:1.3;min-height:26px;line-break:loose;word-break:break-word;background-position:center bottom;text-align:center"><span style="display:block"><span data-entrydesign-content="" style="display:block">子どもの頃、夏休みには毎年のように太田尾の海水浴場へ何泊かで遊びに行った。</span></span></h2><p>&nbsp;</p><p>対岸には島原半島の雲仙岳が真正面に見えていた。広がった裾の麓から海岸線にかけて、はっきりとはわからないが畑や人家のようなものが見え、夜になると人家の灯りが無数の宝石をちりばめたようにキレイだった。</p><p>&nbsp;</p><p>岸に近い海中に、松の生えた小島がいくつか散在しており、晴れた日などはその周辺に白帆の漁船が何隻か見受けられた。これらはみな遠い遠い海の向こうの景色であり、自分が住んでいる世界とは全く違った別の世界のように子ども心には感じられた。おとぎ話の世界に対するような憧れをもって、毎日その景色を眺めていたのである。</p><p>&nbsp;</p><p>ある年、海を渡って雲仙岳に登ることになった。</p><p>&nbsp;</p><p>船が三角港を出て有明海を進んでいくと、次第に宇土半島が遠くなり、太田尾の家々が豆粒のようになっていく。そのうち対岸の島原半島の景色がだんだん大きくはっきり見えるようになり、やがて白帆の漁船を左右に見ながら、松の生えた小島の間を縫って船が進み、港へ近づいて行く。これまでおとぎ話の世界と思っていたところに自分が入り込んでいくような気がした。</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220517/08/flowerrond/d7/47/j/o0802051115119122798.jpg"><img alt="" height="268" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220517/08/flowerrond/d7/47/j/o0802051115119122798.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>同じ気分を味わったことが、もう一回ある。三十歳を過ぎてからのことだ。</p><p>&nbsp;</p><p>アメリカのナイアガラ近くのバッファローからシカゴまで飛行機で飛んだ。ローカル線なので機体も小さい、シカゴの到着空港も郊外の住宅地の真ん中にあるミッドウェーという小さな副空港みたいなところだった。</p><p>&nbsp;</p><p>飛行機がこの空港に近づくにつれて周辺の住宅地の夜景が見えてくる。初めての土地なのに、何だか前に見たことがある懐かしい景色のように思えて不思議な気分になった。はて、どこで見たんだろう、と暫く考えているうちに、子どもの頃に読んだ絵本の中の一頁が頭の中に浮かび上がってきた。</p><p>&nbsp;</p><p>何という絵本で、どんな物語だったかは全く憶えていない。しかし、見開きの頁に今目の下に見えるのと全く同じ景色が描かれていた。整然と区分けされた、かなり広い住宅地を中空から見下ろした景色で、家々はそれぞれに洋風の家屋と手入れの行き届いた小さな庭を持ち、窓からは幸せを象徴するような明りが漏れていた。</p><p>&nbsp;</p><p>「あぁ、物語の中の人物になってこんな家に住んでみたいなぁ」と子ども心にいろいろと空想を馳せたものだった。</p><p>&nbsp;</p><p>飛行機が高度を下げるにしたがって、家々がだんだん大きく見えてくる。そしてまるで自分が本当の絵本の中の世界に吸い込まれていくような気分を味わったのである。</p>
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<pubDate>Tue, 17 May 2022 09:01:23 +0900</pubDate>
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<title>勘違い</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><h2 class="limited005_heading02" data-entrydesign-alignment="center" data-entrydesign-count-input="part" data-entrydesign-part="limited005_heading02" data-entrydesign-tag="h2" data-entrydesign-type="heading" data-entrydesign-ver="1.50.0" style="background:url(https://stat100.ameba.jp/ameblo/entry_designs/v1/sources/assets/limited005_heading02_underline.png) no-repeat;background-size:89px 19px;padding-bottom:23px;margin:8px 0;font-weight:bold;color:#3E598E;letter-spacing:0.01em;font-size:20px;line-height:1.3;min-height:26px;line-break:loose;word-break:break-word;background-position:center bottom;text-align:center"><span style="display:block"><span data-entrydesign-content="" style="display:block">この間、アメリカにいる友人から缶入りのコーヒーが送ってきた。</span></span></h2><p>&nbsp;</p><p>表に『バニラ・コーヒー』と書いてある。バニラ風味のコーヒーとは珍しいな、と思いながら</p><p>開けて飲んでみた。</p><p>&nbsp;</p><p>インスタント・コーヒーに粉ミルクを混ぜたようなもので、別にバニラの香がするわけではない。少し甘ったるくはあるが、それほど不味いものでもないので、毎朝一杯ずつ飲むことにした。</p><p>&nbsp;</p><p>ひと月ほど経って飲み終わったとき、改めて缶の表の文字を読んでみると、なんと、今までVanilla だとばかり思っていたのだが、実はVienna だったことに気が付いた。つまりウィンナ・コーヒーだったのである。</p><p>&nbsp;</p><p>そういえば、普通のミルクコーヒーというよりは、クリームがたっぷり入ったような味だったと、今更思い当ったのだが、後の祭りである。毎日飲んでいて気が付かなかった自分の呑気さと味覚の鈍さを改めて確認するほかは無かった。</p><p>&nbsp;</p><p>同じような早とちりの勘違いをしたことが前にもある。若い頃、アメリカのアイオワ大学にいたときのことだ。</p><p>&nbsp;</p><p>大学のあるエームズの町は、アメリカ中央部の大平原の真ん中にある、人口わずか1万五千人ほどの、孤島のような町である。従って、土地は有り余っているといってよいほどだから、大学のキャンパスもやたらと広い。そしてその広いキャンパスの中に、点々と小島のように建物が散在する。移動するときには、その中の一つの建物を目指して芝生の上を歩いていくことが多い。</p><p>&nbsp;</p><p>あるとき、移動中に突然尿意を催したことがあった。大きな建物の中と違って、トイレを探すのも容易ではない。一つ一つの建物を当たって、そこにトイレがあるかどうか確かめなければならない。</p><p>&nbsp;</p><p>いくつかの建物を当たった後、一つの小さな建物の前に立ってみると、入り口の扉の上に『Lavatory（手洗い所）と書いてある。やれやれ嬉しやと思って中に入ると、どうも様子がおかしい。試験管やらフラスコやら、そんなものが沢山置いてあるのである。びっくりして入り口の表示をもう一度見直してみると、なんと『Lavatory』ではなく『Lavoratory（実験室）』だった。</p>
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<pubDate>Mon, 16 May 2022 18:13:51 +0900</pubDate>
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<title>ワインと私</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><h2 class="limited005_heading02" data-entrydesign-alignment="center" data-entrydesign-count-input="part" data-entrydesign-part="limited005_heading02" data-entrydesign-tag="h2" data-entrydesign-type="heading" data-entrydesign-ver="1.50.0" style="background:url(https://stat100.ameba.jp/ameblo/entry_designs/v1/sources/assets/limited005_heading02_underline.png) no-repeat;background-size:89px 19px;padding-bottom:23px;margin:8px 0;font-weight:bold;color:#3E598E;letter-spacing:0.01em;font-size:20px;line-height:1.3;min-height:26px;line-break:loose;word-break:break-word;background-position:center bottom;text-align:center">私がワインに興味を持ち始めたのは、大学時代だった。</h2><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>農学部の講義に「果樹学」というのがある。もちろん各種の果樹の栽培法が主な内容であるが、果実の加工にも触れる。従って、ブドウのところではブドウ酒についても説明があるわけである。その中でも特に興味を覚え、今でも記憶に残っているのは次の話だった。</p><p>&nbsp;</p><p>「日本では、ブドウ酒といえば赤くて甘いものに決まっているが、本場のヨーロッパには白いブドウ酒もあれば甘くないブドウ酒もある。」</p><p>&nbsp;</p><p>今日ではこのくらいのことは常識だが、この講義を聴いたのは戦後間もない昭和22～23年頃のことである。当時はまだ "ワイン" という呼び方さえしなかった。だから先生はこれを "白ブドウ酒" および"生（い）きブドウ酒"として紹介された。</p><p>&nbsp;</p><p>また、日本になぜ白ブドウ酒が無いかについての説明がふるっていた。</p><p>&nbsp;</p><p>「日本では明治以来、ブドウ酒は薬として使われてきた。宣伝文句にいわく、飲めば血となり肉となると。白いブドウ酒では飲んでも血や肉となるような気がしないではないか。だから日本には赤ブドウ酒しかないのだ」と。そして、「酒として飲むのであれば、本当は白ブドウ酒のほうがうまいのだ」というのが先生の説であった。</p><p>&nbsp;</p><p>このうち生ブドウ酒については、実は私にも思い当ることがあった。</p><p>&nbsp;</p><p>戦前はポートワインと称する赤くて甘いブドウ酒が世間に出回っており、小学生だった私も時たま口にしていた。別に隠れて飲んだわけでもなかったのは、やはり薬として取り扱われていたからだろうか。あるいは両親が酒好きで、子どもの飲酒に対してそれほど厳しくなかったのかもしれない。</p><p>&nbsp;</p><p>ある日、母が見慣れない瓶に入った赤いブドウ酒を持ち出してきて、一口飲んでごらんという。ちょっとなめてみてびっくりした。渋いような、酸っぱいような、何ともいえない不思議な味だというのがその時の感じだった。日本に無いはずの生ブドウ酒がどうして我が家にあったのか。おそらく当時としては珍しい輸入物を、贈り物として貰ったのだろう。</p><p>&nbsp;</p><p>これが戦前における、ただ一度だけの生ブドウ酒との出会いだった。</p><p>&nbsp;</p><p>しかし、その記憶はずっと残っていた。そして、二口飲んでみて、案外いけるぞと子ども心に思った記憶も。だから大学で生ブドウ酒の話が出たときも、ははぁ、あれかといった感じで、別に驚きはしなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>しかし、白ブドウ酒のほうは、それまで全く見たこともなかった。酒としてはずっとうまいという白ブドウ酒を、一度飲んでみたいというのが当時の私の夢だったのだが、この夢がかなえられたのは、それから10年も経った昭和30年代のことだった。</p><p>&nbsp;</p><p>たまたま山梨県の物産展示場に立ち寄ったとき、黄金色のブドウ酒を発見したのである。その時の嬉しさ。いろいろ種類がある中から、一番安い、一升瓶入り290円（値段まで今でもはっきり覚えている）という品を買って、宝物のように抱いて家に持ち帰った。</p><p>&nbsp;</p><p>これがかねて聞いていた白ブドウ酒というものか。安物であっても、当時の私には最高の美酒のように思われた。</p><p>&nbsp;</p><p>それ以来、すっかりワインが好きになったのである。だから、海外へ旅行するときには必ずその地方産のワインを飲むことにしている。</p><p>&nbsp;</p><p>最近は日本でもすっかりワインが普及しており、また海外へ旅行する人も随分多い。</p><p>従って世界各地のワインについての情報は豊かで、詳しい人も沢山いる。だから素人の私がどこのワインはどうだこうだと生半可な知識を振り回すことはやめよう。しかし、一つだけ記憶に残っている情景を記しておきたい。</p><p>&nbsp;</p><p>スイスへ出張したときのことだった。</p><p>&nbsp;</p><p>街角のレストランに入ってテーブルにつくと、相席の老婦人がこちらを外国人とみて、何かこの地方独特の料理を食べたいのではないかという。どろどろ溶かしたチーズの中に玉葱やその他の野菜を煮込んだ料理を勧めてくれた。そして私がビールを注文しようとすると、その婦人が慌てて押し止めた。</p><p>&nbsp;</p><p>「この料理にはビールはいけません。チーズを作った村でとれた赤ワインを飲みなさい。同じ場所でとれた食物と飲物は必ず合うのです」と。</p><p>&nbsp;</p><p>最近 "地産地消" ということが良く言われるようになったが、この言葉を聞くたびにそのときの情景を思い出すのである。</p><p>&nbsp;</p><p>【補】伊丹十三氏の随筆によると、どろどろのチーズを食べてビールを飲むと胃の中で硬化して、場合によっては死に至ることもあるそうだ。そしてこれを利用して殺人を犯すという推理小説（作者は忘れた）を読んだことがある。</p><p>&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220516/10/flowerrond/d6/fe/j/o0800060015118658650.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220516/10/flowerrond/d6/fe/j/o0800060015118658650.jpg" width="420"></a></p><p><span style="font-size:0.7em;">　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（Licensed）</span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/flowerrond/entry-12743045309.html</link>
<pubDate>Mon, 16 May 2022 10:06:28 +0900</pubDate>
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