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<title>セメント類商社について思う</title>
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<description>セメント類商社について思う</description>
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<title>簡易保険について</title>
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<![CDATA[ 大里教授が帰つて来る。眼鏡をハンケチで拭きながら、顔を伏せ、窓のそばに近づき、そこからじつと外を見てゐる。<br><br>［＃ここから改行天付き、折り返して１字下げ］<br>大里　　細木君、どうも先生、すこし興奮してるやうだが、なんとかならんかねえ？<br>細木　　へえ、さうでせうか。僕はあべこべに、冷静すぎるやうに思つたんですが……。大里先生に対して、なにか、急に、感情を動かされるやうな理由があつたんぢやないですか？<br>大里　　僕がはいつて行つたら、いきなり、かうして自分の頭を片手で押へて、髪をかきむしるやうな風をしてみせるんだ。<br>細木　　それや、どういふ意味ですか？<br>大里　　知らん。ただ、その後で、僕に謝罪しなけれやならんことがあるといふんだ。僕に対してだよ。いつたいなんだつて訊くと。……まあ、そんなことはここで言はんでもいいが、結局、つまらんことさ。なに、言つてしまつてもかまはんがね、つまり、彼は、自分の仕事、行動を絶えず僕がにらんでゐる。つまり、批判の眼を光らしてゐる。それがつらかつた、といふんだ。そこまではいいんだが、それからが、どうもをかしい。彼の曰くだ、さういふ僕の存在を煙たく思ふあまり、彼の意識のどこかで、絶えず僕の死をねがつてゐた、と、まあ、かういふわけなんだがね。そんなバカなことがあらう筈はないし、僕は断じてそれを信じませんが、さういふ妄想のやうなことを口走るのは、一種の錯乱状態、少くとも、興奮状態ではないかと思ふんだ。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/foclvvik/entry-11443529502.html</link>
<pubDate>Sun, 06 Jan 2013 21:11:32 +0900</pubDate>
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<title>ピュアについて</title>
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<![CDATA[ 従って英国の栽培者は、五五シリングで売ってよいのに、その全収穫に対して五七シリングを得ることとなる。スミス博士は、五シリングの奨励金は国内市場の穀物価格を四シリングだけ騰貴せしめるものと想像している。しかしこれは明かに、外国の穀物栽培価格は国内よりも低くはないという仮定に基づくものであり、そしてこの場合彼れの仮定はおそらく正しくないのである。しかしながら前に仮定した場合には、農業者の特別利潤は二シリングに過ぎないであろう。この騰貴が続く限り農業利潤は騰貴し、彼は穀物の増産を奨励されるであろう。従って翌年には供給は前年の購買者数に比例して増加し、そしてこの追加量を消失させるためには価格が下落しなければならない。そしてそれは云うまでもなく、外国市場においても国内市場においても下落するであろうが、けだし何らかの輸出が続いている間は、国内市場の価格は外国市場の価格に奨励金を加えたものによって左右されるからである。この下落は大したことはないかもしれぬが、それでもやはり結果はこの方向に向い、そして第一年以後は穀物の価格はしばらくの間引続き以前の水準に向って下落するであろう。しかしながら同時に、外国では穀物が低廉であるために、購買者数は徐々として増加する傾向を有ち、そして穀物に対する有効需要は、啻に最近の下落した傾向においてのみならず、本来のまたはもっと高い価格においてすら、拡大されるであろう。しかしこの種の拡大がありさえすれば、外国における穀物価格は国内の栽培価格により［＃「より」に傍点］近い水準に騰貴する傾向があり、従って英国の農業者が奨励金により受ける利益は増大するであろう。
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<link>https://ameblo.jp/foclvvik/entry-11429654954.html</link>
<pubDate>Tue, 18 Dec 2012 14:17:28 +0900</pubDate>
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<title>ディーゼル機関製造について思う</title>
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<![CDATA[ であるからまず常識的概念の分析を独立に行なった上で、それに基いて夫に対応する専門的概念の分析を行なうことが、概念の性格と動機とに忠実な分析の手続きの順序でなければならない。この意味に於て常識的概念は常に基礎概念［＃「基礎概念」に傍点］であり、専門的概念は常に上層概念［＃「上層概念」に傍点］である。<br>最後に此迄の結論を繰り返えそう。概念［＃「概念」に傍点］は常に理解［＃「理解」に傍点］（把握［＃「把握」に傍点］）と共に初めて語られることが出来る。かかる概念（把握的概念）は性格［＃「性格」に傍点］を概念し動機［＃「動機」に傍点］を有つ。概念の分析［＃「概念の分析」に傍点］は概念自身を源泉［＃「源泉」に傍点］として行なわれなければならない。即ち概念は、その性格と動機とに従って又それに於て、分析される。何となれば概念は歴史社会的制約［＃「歴史社会的制約」に傍点］を以て存在［＃「存在」に傍点］するから。併し概念は決して事実としては与えられていない、それは発見［＃「発見」に傍点］されなければならない。分析は常識的概念の分析から出発すべきである。何となればそれは歴史社会的制約に於てより根柢的な基礎概念［＃「基礎概念」に傍点］であるから。――さて吾々の問題、それは空間概念の分析［＃「空間概念の分析」に傍点］の問題であった、を正当に提出し得るためには、以上のような準備をしておくことが是非とも必要であったと思う。併し今迄に触れるべき点に残らず触れたとは思わない、無意識に看過した点もあろうし、又故意に省いて後の機会に譲った点もある。このような点は実際に問題を取り扱うに当って、必要な限りその折々に分析されるであろう。<br>
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<link>https://ameblo.jp/foclvvik/entry-11417344721.html</link>
<pubDate>Sat, 01 Dec 2012 14:27:15 +0900</pubDate>
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