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<title>物語の部屋</title>
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<description>小説を書いています。ごゆっくりお楽しみいただければ幸いです。</description>
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<title>地下迷走    ―    レプリカ／制作過程／独白</title>
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<![CDATA[ それは妙な絵だった。<br>これまでレプリカを描いたことはそうない。<br>だが、その絵に関してはーーまるで自分が描いたのではないかと思うくらい、全てが手に取るように解った。<br>配色。色の厚み。オイルの分量。乾かす時間。<br>予めセットされた仕掛け人形のようにーーそれは一度走り出すと、突き動かされるようにぐんぐんと白い空間の上を滑る。<br>己の意思ではないように。<br>時間は飛ぶように過ぎ、夕焼けが染める度に本物へと戻っていった。<br>そう。<br>戻っていく。<br>これは初めから、その絵だったのだ。<br>知らない女の肖像画。<br>7日ほどかかっただろうか。<br>本当は3日で終わらせたかったが、乾かすのに思いの外時間がかかった。<br>それ以外は全て予定通りだ。<br>否ーーひとつだけ、予定外のことが起こった。<br>彼女が、絵を描く場に同席したいと言い出したのた。<br>珍しい、と思った。<br>あまり、自分の意思を表に出さないように見えたから。<br>断る理由もなく、結局、彼女は描くほとんどの時間を自分と共にいた。<br>気を遣ったのか、筆を持つ間口を挟むことはほとんどなかったが、ただ傍にいる彼女を、なぜか気にならなかった。<br>それどころか、居ることを忘れて夢中になり、ふとその存在に気づいて少し背を正す、ということすらあった。<br>ーー何者なのだろう。<br>出会った時からの問い。聞けずにいる。<br>アンジェリーナ。<br>ロンドン住まい。<br>既婚。<br>女。<br>聞きたいことがある。<br>だけど、それを口に出すのは憚られた。<br>言葉にすると、恐ろしく安っぽいーー下品な、どこかの空飛びが軽薄に(本人はそれを親しげに、と勘違いしているかもしれないが)誘い出すようなニュアンスにさえなりかねない危険性を孕んでいる。<br>しかし、自分の問いは恐らく肩透かしに終わるのだ。<br>なぜならーーもし自分の疑問が当たっていれば、彼女は初めからあのような出会い方をしないからだ。<br>覚えているはすだ。<br>自分のことを。<br>(……くだらん)<br>珍しく考えに嵌まり、ふと我に気付く。<br>彼女のはずがないのだ。<br>単なる、自分の中の思い違いだ。<br>それを、妙な期待などしてはいい嗤い者だ。<br>(もう、その生き方は止めたのだ)<br>強く、言い聞かせるように。<br>自らにそう呟く。<br>(俺はただーー)<br>何がしたい？<br>自らにそう問いかける。<br>彼女に会ってどうするのだ。<br>話の続きをするのか。でも何の？<br>そもそも、接点など何もない。<br>会ったところでーー通りいっぺんの挨拶を、二言、三言交わすだけで終わりだ。<br>そしてまた、すれ違う。<br>すれ違ってーー離れていく。<br>いずれにしても、これ以上を望むのは無理なのだ。<br>彼女は彼女ではない。<br>ただ、絵を描く俺の傍らに佇んでいる。<br>それだけのことだ。<br>彼女は、空気に溶けて、そして戻ってくる。<br>不思議と空気は、ほんの少しだけやわらいだ。<br>俺はそこに飛び込む。<br>飛び込んで、世界を作り、戻ってくる。<br>呼吸のように。<br>海を泳ぐ魚のように、いつまでも泳いでいたかった。<br>自分でも何が起きているのかわからない。<br>ただ、今、彼女はそこにいる。<br><br>今はそれでいい。
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<link>https://ameblo.jp/forest-rose-sky/entry-12454054506.html</link>
<pubDate>Sat, 13 Apr 2019 18:40:34 +0900</pubDate>
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<title>地下迷走    ―    レプリカの過程</title>
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<![CDATA[ その手さばきは鮮やかだった。<br>みるみる間に、キャンバスが色で埋められていき、息を吹き返すかのようだった。<br>特に驚いたのは、彼の色の扱い方だった。<br>その色が、その部分に来てどうなるのだろうー一一見、そう思うような突飛な色を乗せる。<br>しかしそれが後になって、見事な陰影を作り上げるのだ。<br>ーーこの肖像画は、元々彼が描いたんじゃないかしら？<br>そんな疑問さえ浮かぶ。<br>彼は間違いなくプロだった。<br>否ーー芸術家と言っていい。<br>断言できる。<br>それは明らかに、趣味レベルでやっている者の持つ技ではなかった。<br>凌駕している。<br>想像を。<br>(ーーすごい)<br>もはや吸い込まれるようにその絵の過程に見入る。<br>本当は、プロの画家として活躍していたのではないだろうか？<br>そんな問いが浮かぶ。<br>しかし、その疑問は喉まで出かかって止まった。<br>集中している彼の気を逸らしたくない。<br>ただでさえ、半ば強引に同席しているのだ。<br>不愉快に思われたくない。<br>何より、本当に、それ以上にーー。<br>逃したくなかった。<br>一秒たりとも。<br>絵が、出来ていくさまを。<br>神の技だ。<br>言い過ぎではない。<br>それはもはや、嫉妬すら飛び越えてーー完全に自分の心を魅了していた。<br>天才とはこういうことを言うのだ。<br>そう、心のなかで呟く。<br><br>* * *<br><br>瞬く間に時間が過ぎた。<br>気づけば、外は夕日の赤に染まり、部屋のなかは少しだけひんやりしている。<br>見入っていた筆がピタリ、と止まると、レイモンドがおもむろに発声した。<br>「……まずはここまでだ。いったん休憩しよう」<br>「ーーええ」<br>言いながら、アンジェリーナは内心ホッとするのを感じた。<br>気づかぬ間に、自分も少し疲れていたらしい。<br>「外で食べよう。それから、帰りに飲み物も買いたい」<br>「そうね」<br>頷いて、アンジェリーナは立ち上がる。<br>簡単に道具を片付けると、二人は部屋を出た。<br>近くのレストランに入り、アンジェリーナは白身魚のポワレを、レイモンドは牛のステーキをメインにしたコースをオーダーする。<br>「……びっくりしたわ。どんどん復元されていって。もしかして、昔画家だったりしたの？」<br>アンジェリーナは少し興奮したように尋ねる。<br>「ーーいや。趣味でやってるだけだ。誰かに売ったり見せたりはしない」<br>「そうなの？ すごくもったいないわ。すごい腕前なのに」<br>「人の真似をしただけだ」<br>「真似ができるからすごいのよ」<br>本気で己の才能に気づいていないだけなのかあるいは単なる謙遜なのか、いまいちアンジェリーナにはわからなかった。が、すぐにそれは、彼の能力ゆえの本心かもしれない、と思った。<br>才能がある者ほど、上がわかる。<br>そしてそれゆえに、自分はまだまだだと思ってしまうのだ。<br>「……ね、誰かに習ったの？ それとも独学？」<br>「習ってはいない」<br>ぼそりとレイモンドは答える。<br>ならば尚更、彼自身に才能があるということになる。<br>自分ひとりで、ここまでの技術を見出したならば。<br>「絵は、元々好きだったの？」<br>何だか今日はたくさん聞いてしまうな、と思いながらも、アンジェリーナは口が止められなかった。<br>それだけ、彼の絵に感銘を受けたのだ。<br>「……そうだな。きらいではなかった」<br>「じゃあ、自然に？ 何となく絵を描こうと思い始めたの？ それとも、何かきっかけがあったの？」<br>ふと、レイモンドが黙った。<br>わずかに瞳を伏せ、テーブルの上を見つめている。<br>(聞いてはいけないことだったかしら)<br>うっすらとした不安が沸き上がり、アンジェリーナはじっと返答を待つ。<br>「……特に、理由はない。何となくだ」<br>レイモンドの返答に、アンジェリーナは安堵する。<br>(地雷を踏んだわけじゃなかった)<br>「そう……」<br>相づちを打ったところで、スープが運ばれてきた。<br>コーンポタージュの甘い香りが漂ってくる。<br>「……しばらくぶりだった」<br>アンジェリーナがスープに口をつけはじめた時、おもむろにレイモンドの声が聞こえてくる。<br>目をやると、彼もスープに手を付け始めていた。<br>一口目をゆっくり飲んだあと、彼は再びこちらを見る。<br>「一度、描けなくなったことがあった」<br>「ーー」<br>アンジェリーナは静かにレイモンドと目を合わせる。<br>「でも、ある人に描けと言われてーーそれで、また描き始めた」<br>レイモンドの眼差しは、静けさを湛えていた。<br>「ーーそうなの……」<br>突然の話に少し驚きながらも、あくまでそれを表面には出さずにアンジェリーナは頷く。<br>珍しい。<br>彼が、自分の話をしている。<br>それは少なからず嬉しいことだった。<br>心を開いてくれている証だから。<br>僅かだとしても。<br>(その人はーー)<br>ふと、そんな思いが心によぎる。<br>(どんな人なのだろう)<br>彼を再び描くようにまでした人だ。<br>きっと、ものすごく芯のある人に違いない。<br>そして同時に、彼のことを深くーー。<br>(どんな人だったのだろう)<br>問いだけが宙にぶらりと浮かぶ。<br>(恋人……だったのかしら)<br>聞く勇気はなかった。<br>そして、彼もそれ以上口を開かなかった。<br>きっと、触れられたくないことなのだーーそう察し、アンジェリーナは再びスプーンに意識を戻す。<br>スープは甘く体に沁みた。
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<link>https://ameblo.jp/forest-rose-sky/entry-12444699026.html</link>
<pubDate>Tue, 05 Mar 2019 23:54:45 +0900</pubDate>
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<title>地下迷走    ―    レプリカ／独白／裏</title>
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<![CDATA[ 以前にもーー<br><br>こうして、同じように描いていた。<br><br><br><br><br>しかし、<br><br>目の前の人間は別人だ。<br><br><br><br><br>それとも。<br><br><br><br><br>その記憶だけが抜け落ちた、同一人物か。
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<link>https://ameblo.jp/forest-rose-sky/entry-12443276849.html</link>
<pubDate>Wed, 27 Feb 2019 23:53:18 +0900</pubDate>
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<title>地下迷走  ー  レプリカ</title>
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<![CDATA[ 結局、一番最初に入ったロテル・ラ・メールというホテルに空室があり、シングルを隣同士で2部屋取った。<br>繁忙期でないのが救いだったかもしれない。<br>エレベーターが故障中とのことで、階段で3階まで登る。<br>部屋の前まで着くと、レイモンドがおもむろにこちらに向かって言った。<br>「何かあったら来い。俺はこれからすぐに取りかかる。勝手に外出はするな」<br>「……わかったわ」<br>頷いて部屋に入る。<br>目の前に海が見える、見晴らしのいい一室だった。<br>レイモンドの部屋からも、同じ景色が見えるだろう。<br>尤も、彼はこれからレプリカの製作に取りかかり、それどころではないだろうが。<br>(いや)<br>すぐに新たな考えが浮かび、アンジェリーナは先の考えを打ち消す。<br>(外の景色を見てはしゃいだりしないーーわよね)<br>レプリカの製作がなかったとしても、彼が外の景色に一喜一憂するようなことはまずないだろう。<br>言い過ぎかもしれないがーー窓の外が心踊るようなビーチだろうが荒れ果てた原っぱだろうが、それは彼の心に何一つ違いをもたらさないような気がした。<br>(よくわからない人……)<br>喜怒哀楽の、怒以外の要素が全てごっそりと抜け落ちているような無機質感。<br>今まで出会った、どんな人にも似ていない。<br>(落ち着かないわ)<br>ーー何を考えているのかわからなければ。<br>(ま、わかったらわかったでそれもめんどくさいんだけど)<br>矛盾は、しかし自分の中で折り合いはついていた。<br>ベッドに腰を下ろし、そのまま横になる。<br>ふー、と、大きく息を吐いた。<br>「つかれた……」<br>何とはなしに呟く。<br>この先しばらく、ここでこうして時間を潰すしかないらしい。<br>当然ながら、この状況下でひとりで外出する勇気はない。<br>慣れない土地というのはもちろんそうだけれど、それ以上に何が起こるかわからない、先の見えない不気味さが潜んでいた。<br>ーー怖い。<br>しばらく忘れていた感覚だ。<br>つい最近、生死の瀬戸際に立たされていたばかりなのに。<br>容易に忘れてしまう。<br>すがった神のことなど。<br>「……」<br>しばらく目をつむっていたアンジェリーナは、むくり、と起き上がる。<br>そしてそのまま部屋を出ると、勢いでコンコン、とレイモンドの部屋をノックした。<br>「ーーどうした」<br>開けられた部屋から、わずかにペインティングオイルの匂いが漂ってくる。<br>この短時間に、もうそこまで準備が出来ていることにアンジェリーナは軽く驚いた。<br>(手慣れている)<br>とっさにそう結論付ける。<br>彼の先の台詞は謙遜だったのだ。<br>「ーーあの」<br>アンジェリーナは最初わずかにためらいつつも、すぐ意を決したようにレイモンドを見て言った。<br>「私も……見ていいかしら？」<br>すると珍しく、彼は少しだけ驚いたようにわずかに目を見張る。<br>「どういう風に絵を描くのか、見てみたいの」<br>言い切ってからすぐ、不安が沸き上がる。<br>(邪魔だーーって言われるかしら)<br>それはこれまでの(主にチャールズとの)やり取りを見ていれば一目瞭然だった。<br>彼は人の気持ちを慮って遠慮したり自分の意思を曲げたりするようなタイプでは決してない。<br>ましてや、なるべく早くレプリカを作成しなくてはいけないとなるとーー他人を招き入れる選択肢など、もはや彼には存在していないように見えた。<br>ーー申し訳程度に柔らかく「集中できん」とか言われるだろうか。<br>そう思ったが、もう起こしてしまったことは仕方がなかった。<br>あとには引けない。<br>ダメならダメで、部屋でゆっくりしていればいいのだ。<br>レイモンドは、じっとこちらを見ている。<br>その表情は、やはり、何を考えているのか分からなかった。<br>否ーー見ようによっては、突然厄介な申し出をしてきた隣人を疎ましく睨んでいるようにも感じた。<br>(どうやって断ろうか考えているのかしら)<br>「あのっ……もし邪魔にならなければ、でいいけどっ……」<br>その場の空気に耐えきれずついにアンジェリーナが譲歩する。<br>「ーーいや」<br>しかしレイモンドの口から出たのは意外な答えだった。<br>(ーーえ？)<br>アンジェリーナが思わず言葉を失ったままレイモンドを見ると、彼はその無表情のまま続けた。<br>「構わん。ただし、オイル臭くなるぞ」<br>「ーーだ、大丈夫……」<br>内心ホッとして、アンジェリーナは頷く。<br>招き入れられた室内は、既にイーゼルに白いキャンバスが立てられていた。<br>そして、それと平行に並ぶように、出窓の部分ーー先程アンジェリーナが海の見える景色を見下ろしていたのと同じ場所ーーに、男からもらった肖像画を立て掛けている。<br>アンジェリーナはベッドの端に腰かけた。<br>少し斜め後ろからレイモンドと絵が見えるような位置だ。<br>レイモンドは、部屋にあった丸い木枠の椅子に座ると、かがんで床に置いてあった木のパレットと絵の具を手にし、ぐにゅぐにゅと中身をその上に乗せていく。<br>筆を手に取り、別容器に少量移したペインティングオイルにその毛先を少しだけつけると、パレットの上の絵の具を掬い上げる。<br>それはまるで、はじめから適切な量を知っているかのように、ためらいなく、息をするような自然さだった。<br>アンジェリーナは一瞬息をするのも忘れて、その仕草に見入る。<br>(ーーよかった)<br>頭の隅でそんな考えが沸き起こった。<br>興味がある、というのはもちろん本当だった。どんな風にレプリカが作られていくのか。そして、彼が実際、どの程度の腕の持ち主なのか。<br>けれど、もしこれが普通の状況であれば、到底同席したいなどと申し出ることはなかっただろう。<br>彼に怪訝な顔をされるかもしれないと思うだけで、そんな些末な考えは吹き飛ぶ。<br>でもーー。<br>(勢いとはいえ……勇気を出せてよかった)<br>今この空間に、二人でいることに安堵する自分を感じながら、アンジェリーナはつくづくそう思った。<br>怖かったのだ。<br>あの部屋に、ひとりでいることが。<br>その怖さが、アンジェリーナの突発的な行動を導いた。<br>だからーーどんな気まぐれかはわからないけれど、レイモンドが自分を招き入れてくれたことはとてもありがたかった。<br>そして密かに、ばれなければよいと思った。<br>レプリカへの興味で覆い隠した、真の目的を。
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<link>https://ameblo.jp/forest-rose-sky/entry-12443273418.html</link>
<pubDate>Wed, 27 Feb 2019 22:18:10 +0900</pubDate>
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<title>地下迷走    ―    画材屋とその先</title>
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<![CDATA[ 何かの冗談かと思った。<br>冗談を、急に、何らかの理由で彼が体当たりでこなしているのかと思った。<br>だとしたらそれなりに面白い。<br>けれど。<br>アンジェリーナは即座に頭の中の推理を却下する。<br>この状況下で、この人物が、最も取らないであろう行動だ。<br>ならば。<br>「……本当に？」<br>「ああ」<br>レイモンドは何のためらいもなく首肯する。<br>そして、すぐにまた、絵の具の束に向かって真剣に目を走らせ始めた。<br>(ちょっ……ちょっと待って)<br>この時初めて、隣にチャールズの解説が欲しい、と思った。<br>(絵が描けるなんて聞いてないわ)<br>誰からも。<br>(しかも、そっくりのレプリカを作るだなんて)<br>彼にーーそんなことが可能なのだろうか。<br>(たったの2、3日でーーできるっていうの？)<br>もはや神業だ。<br>てっきり、誰かに頼むかと思ったのに。<br>マルセイユでの『宛て』というのは、他の誰でもない、彼自身だったのだ。<br>アンジェリーナがまだ状況を呑み込みきれず頭の中で必死に整理をつけようとしている最中にも、彼は既に手に幾つかの絵の具を持ち、吟味を続けていた。<br>結局、同じ大きさのキャンバスをはじめとする絵の具やら筆やらの一式を揃え、二人は店を出た。<br>「知らなかったわ……絵を描けるなんて」<br>店を出てほどなく、大荷物を抱えたレイモンドに向かってアンジェリーナが思わず口にする。<br>「昔にな。少し手を出したことがあるだけだ」<br>「そう……」<br>彼の言葉が単なる謙遜なのか、しかしもし事実なら模写など買っては出ないだろうーーそれなりの腕前なのかもしれない。<br>「で、絵はどこで？ 何か目ぼしい場所とかーー」<br>言いながらふとアンジェリーナは先程の会話を思い出し、問いの方向性を変える。<br>「ーーもしかして、これから昔住んでいた家に行くとか？」<br>「ーー」<br>(あ)<br>アンジェリーナは見逃さなかった。一瞬の、表情の変化。<br>それは、どちらかと言えばポジティブな反応とは言いがたかった。<br>尤も、この人物が普通の人間がするようなポジティブな反応ーー喜びとか嬉しさとかーーをするのかと言えば大きく疑問だが。<br>「ーーいや」<br>彼は短くそう言うとかぶりを振る。<br>その顔はまた元の無表情に戻っていた。<br>「もうそこには何もない」<br>まっすぐ前を見ながらそう続ける。<br>「それに……ここからは遠い。いずれにしてもここに滞在した方がいい」<br>その表情は淡々としており、何を考えているのかはわからない。<br>『もうそこには何もない』<br>察するに、住んでいた家は老朽化か何かで取り壊されたのだ。<br>確かに、それでは行きようがない。<br>が、もしかしたらーーさっきの一瞬の表情の曇りから見るとーー彼なりに郷愁のようなものを感じているのかもしれない。<br>完全な推測だが、そんな考えがよぎった。<br>「そう……」<br>アンジェリーナは気を使ってそう返したが、当のレイモンドはもはや気にしているのかいないのかもわからないような平然さで歩き続ける。<br>「もう少し海側の方にホテル街がある。そこに数日滞在する」<br>「ーーわかったわ」<br>今度は、アンジェリーナが平然を装う番だったーー当然、彼の性格のことだから、何も深い意味はないことなどわかってはいるがーーだからこそ、自分だけが勝手に意識してしまったことなど隠してしまいたかった。<br>軽く咳払いをして、少し遅れぎみになった歩幅を足早に縮めるように彼の横を歩く。
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<link>https://ameblo.jp/forest-rose-sky/entry-12442334813.html</link>
<pubDate>Sat, 23 Feb 2019 23:18:49 +0900</pubDate>
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<title>地下迷走    ―    マルセイユの街へ</title>
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<![CDATA[ 男から絵を受け取ったあと、二人は再び駅に戻り列車に乗った。<br>もと来た北部ではなく、南部へ。<br>それは、レイモンドが決めたことだった。<br>ジョンからの2通目の暗号の指示にはこうあったのだ。<br>ーー得たものと全く同じものをもう一つ作ること。<br>その内、ひとつは自ら持ち帰り、もうひとつは以下の場所へ届けたしーー。<br>その後、そこには南部の住所が記されていた。<br>「同じものって……つまり、この絵を模写しろ、ってことよね」<br>帰る道すがら、アンジェリーナがそう呟く。<br>「ああ」<br>レイモンドが淡々と返事をした。<br>「どうしたらいいのかしら……あの書き方だと、ダリアのところに戻る前に模写して、それから南部に行くことになるんだろうけど……」<br>問題は、誰にその模写を頼むかだ。<br>そこに関して特に指定はなかったから誰でも良いということなのだろうか、何せ危険が隣り合わせの状況だ。<br>下手な人物に依頼するわけにもいかない。<br>「誰にお願いすればいいかしらねーーその、肖像画のコピーを作るのに」<br>アンジェリーナが呟くと、しばしの間沈黙が訪れる。<br>彼も、どうしたものか思案しているのだろうーーそんなことを思った矢先のこと。<br>「……問題ない」<br>アンジェリーナはレイモンドの横顔を見る。<br>「もう宛てがあるの……？」<br>アンジェリーナの言葉にレイモンドは頷き、<br>「今から南へ行く。2、3日あればなんとかなるだろう。指定の受け渡し場所にも近いし、都合がいい」<br>「南？ 南って」<br>いまいち事情がつかめないでいるアンジェリーナは思い付くままに問い返す。<br>「マルセイユだ。あの辺は多少馴染みがあるし、そこにいけば大丈夫だ」<br>レイモンドには何か考えがあるのだーーそう察したアンジェリーナは、彼の案に賛成し、そのまま列車に乗った。<br>そんなつもりはなかったのだが、腰を下ろしてほどなく眠りについてしまい、レイモンドも声をかけられ目を覚ました時にはもう目的地に着いていた。<br>思ったよりも気が張っていたらしい。<br>列車を降りると、外がことのほか明るいことに驚いた。<br>さっき降りた場所も、晴れていて明るいには明るかったが、その明るさが明確に違っていた。<br>(空だ)<br>すぐにその違いを見抜き、アンジェリーナは内心首肯する。<br>そらの青さが、ハッキリと青いのだ。<br>これまでいた場所は、どちらかというと晴れていても淡い空の青が特徴だった。<br>しかし、ここの空は、自国でも見たことがないくらい、すっきりと濃い青さの、目の覚めるような色彩だった。<br>同じ国とは思えない違いだった。<br>そうして良く見渡してみると、街にそびえ立つ木々も、ヤシの木のような、南国を思わせる、同じ国とは全く思えないくらいの佇まいだった。<br>「すごい……」<br>思わずアンジェリーナが呟く。<br>「まるで別世界ね」<br>「……そうだな」<br>そう言うと、レイモンドは辺りを軽く見渡して、近くのカフェを指差す。<br>「あそこに入ろう。メシを食べて、それからだ」<br>「ええ」<br>気づけばお昼はとっくに過ぎていて、ティータイムに差し掛かっていた。<br>向かう方向の一番先に海が見える。<br>人々もそれなりに多く行き交っていて、ワンピースなど洒落た服装をした人や、大きな鞄を持った人が多い。<br>マルセイユーー聞いたことはあったが、ここまで観光地として人気があるとは思ってもいなかった。<br>北部と比べて、明らかに空気が温かい。<br>カフェに入り窓際の席に座ると、アンジェリーナはサラダとパンを、レイモンドはサンドイッチを注文する。<br>「この辺は……良く来るの？」<br>馴染みがあるーーそう言っていたレイモンドの言葉を思い出し、アンジェリーナは尋ねる。<br>「いや。最近はしばらく来ていなかった。久しぶりだ」<br>「そうなの？ さっき、馴染みがあるって言ってたから……」<br>「ーー」<br>アンジェリーナの言葉に、一瞬、レイモンドは沈黙する。<br>それからふと、彼は窓の外を見た。<br>「ーー住んでいたことがあった」<br>「え？」<br>「だいぶ昔に」<br>「……そうなの？ じゃあ、懐かしいんじゃない？」<br>レイモンドは窓の外を見たまましばらく沈黙した。<br>「ーー細かいことは忘れた。子供の頃のことだ」<br>「そっか……ま、でも、全く知らない街というわけではないものね」<br>アンジェリーナも窓の外を見る。<br>「いいところにいたのね」<br>外は明るく、陽気で、くつろげる雰囲気だ。<br>「……そうだな」<br>レイモンドが返しーー目線が合う。<br>「お待たせしました。サンドイッチとコーヒーのお客様」<br>ウエイトレスの言葉にレイモンドが軽く手を上げると、慣れた手つきで品を置く。続けてアンジェリーナの目の前に品を並べると、甘い香水を香りを残して去った。<br>手元のアールグレイからいい香りが漂ってきて、アンジェリーナはやっとホッと体から力が抜けたような気がした。<br><br>          *       *       *<br><br>カフェを出た二人は、今度は海とは真逆の方ーー街の中心部へと向かった。<br>ほどなく、大きな通りにいくつもの店が並ぶのが見えてくる。<br>「これから、どこへいくの？」<br>歩きながらアンジェリーナは尋ねるーーどうもこの人物は、丁寧にこれからの予定や自分の考えを解説するといったことを自発的にするわけではないらしい、ということが、アンジェリーナなりにうっすら掴めてきた故の質問だった。<br>チャールズが以前、レイモンドに無口か何かと悪態をついた気持ちがようやくわかってきた。<br>「画材屋だ。あの角に一件見えるだろう」<br>レイモンドがそつなくそう返す。<br>その話ぶりから、決して話すのが面倒くさいとか、意地悪で教えたくないとかいうのではなく、自分から教えるという発想がそもそもないだけなのだ、ということをアンジェリーナは推測する。<br>レイモンドの指差す方向に、確かにいかにも老舗といったアンティークな店構えの画材屋が見える。<br>(もしかして……)<br>彼は、そこで模写してくれる誰かを探す考えなのだろうか。<br>確かに、画材屋であれば、それなりのツテはあるかもしれない。<br>けれどそれならば、いっそのことギャラリーにでも出向いた方が確実ではないだろうか？<br>「ねぇ、レイ……ここで探すつもりなの？」<br>店の前に差し掛かって、アンジェリーナが問う。<br>チリリン、という鈴の音が鳴って、レイモンドが店の扉を開いた。<br>「ああ」<br>店に入るなり、ぐんぐんと中に入っていく。<br>ほどなく、レジの向こうから店主らしき年配の男性が現れ、いらっしゃいませ、と品よく声をかけてきた。<br>「こんにちは」<br>あいさつもせず店の奥にずんずんと入っていったレイモンドの代わりにアンジェリーナが返す。そしてすぐに、レイモンドを追った。<br>彼はじっと食い入るように色とりどりの絵の具がびっしり詰まった棚を見つめている。<br>「ねぇ、レイ……お店の人、向こうにいたわよ。聞きに行きましょう」<br>しかしレイモンドをこちらを見もせずに、<br>「大丈夫だ。だいたいわかる」<br>「え？ だって、お店の人に探してもらうんでしょ……模写してくれそうな人」<br>アンジェリーナがそう言うと、レイモンドはピタリと動きを止め、ようやくこちらを見る。<br>「……そうじゃない」<br>その突然の返しに意味がわからず、アンジェリーナは一瞬、思考が止まる。<br>すると、レイモンドがいつもの無表情でボソリと付け足した。<br>「ーー俺が描く」
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<link>https://ameblo.jp/forest-rose-sky/entry-12442002310.html</link>
<pubDate>Fri, 22 Feb 2019 14:22:00 +0900</pubDate>
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<title>地下迷走    ―    ジョンからの手紙</title>
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<![CDATA[ 『ルイ<br><br>しばらくぶりだが、元気にしていたかな。<br>たまには絵を描いているのだろうか。<br><br>さて、今回突然大荷物を送り込んだことを許してほしい。<br><br>実は、この荷物に関してお願いがある。<br><br>いつになるかはわからないが、近々、きみのところに人が伺うことになっている。<br><br>私の友人だ。<br><br>彼らが来たら、この荷物を渡してはくれないだろうか。<br><br>とはいっても、きみを訪ねてくる“見知らぬ人”が他にもいる場合もあるから、それを想定して一工夫仕込んでおいた。<br><br>彼らは、私たちの暗号を知っている。<br><br>それが合図だ。<br><br>そして、心ばかりだが、友人に私からのお礼の品も持たせてある。<br><br>以前に話したことがある内容に関してだ。<br><br>きみは興味を示していたから、覚えていることと思うが……。<br><br>きみなりの覚悟が固まったら、使ってほしい。<br><br>何も保証はできないが、そのことで、きみなりの答えが導き出せるきっかけにはなるかもしれない。<br><br>全てはわからず、また何もない。<br><br>きみは自分のペースで、思うように、この世界を泳いでほしい。<br><br>それが最も尊いことだ。<br><br>きみの幸せを心から願う。<br><br>ジョン』
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<link>https://ameblo.jp/forest-rose-sky/entry-12441470922.html</link>
<pubDate>Wed, 20 Feb 2019 09:59:07 +0900</pubDate>
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<title>地下迷走    ―    portrait</title>
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<![CDATA[ <div>男が手に持っていたのは、キャンバスだった。</div><div>大きさにして、10号前後だろうか。</div><div>アンジェリーナはおそるおそる男の方へと近づく。</div><div>そこには、はっきりと肖像画が描かれていた。</div><div>ーー女性。</div><div>おそらくは、20代前半と思われる、背中ほどまであるブロンドの髪を揺らした女性が、控えめに微笑んでいる。</div><div>色白で、どちらかというと華奢な印象のその女性は、笑んだ頬がふっくらと浮かび上がっていた。</div><div>「ーーこれを、渡せと言われた」</div><div>男が、無言を貫くレイモンドーーそれが驚きなのかいつもの無表情なのか、アンジェリーナの位置からは見えなかったがーーを見て、口を開きそう言う。</div><div>レイモンドは無言でそれを受け取り、じっと絵の中の人物を見やる。</div><div>(ーー知ってる人なのかしら)</div><div>とっさに、そんな疑問が頭をよぎる。</div><div>しかし、横に並んで見上げた彼の表情は、ほとんど何の反応も見られない、驚きも落胆も、喜びもない無表情そのものだった。</div><div>「じゃあ、俺はこれで」</div><div>「あ、あの……」</div><div>家に戻ろうとする男を思わず呼び止めて、アンジェリーナは自分が反射的に行ったことにびっくりする。</div><div>(どうしよう)</div><div>一瞬、迷いが生じたが、呼び止めてしまった以上、沈黙は不自然だ。</div><div>「あの……そ、ソフィのおじいさまとは、お知り合い……だったの？」</div><div>男はつかの間きょとん、とすると、すぐに合点がいったように、</div><div>「ああ、そういや女の子の孫がいるとか言ってたな……」</div><div>と呟いた。</div><div>「そう。もう5年くらい前になるかな……ジョンと知り合ったのは」</div><div>その顔にわずかな笑みが宿る。</div><div>「本当に偶然だったんだけどな。なんか、あの人とは気が合ってーー絵のこととか、良く教えてもらったよ」</div><div>こぼれる笑みから、その思い出が彼にとって良いものだということがすぐに判る。</div><div>「あなたも絵を？」</div><div>「ああ。とはいっても、最近じゃ気が向いた時にちょろちょろっと描くくらいになっちまっけどな」</div><div>「そう……」</div><div>「元気か？ ジョンのおっさんは。まだ描いてるのかな」</div><div>「ーー」</div><div>アンジェリーナは思わず言葉を詰まらせる。</div><div>男の顔から笑みが消え、素の表情に戻る。</div><div>「亡くなった」</div><div>口を開いたのはレイモンドだった。</div><div>「ーーえ？」</div><div>「少し前に、亡くなったらしい。それで……俺達は、彼が残した手紙を頼りにここまで来た」</div><div>男はしばらく、言葉をなくしていた。</div><div>彼にとっては、こちらが想像していた以上に大きな存在だったらしい。</div><div>(それもそうだわ)</div><div>考えてみれば当然のことなのかもしれない。</div><div>このような、大事なーー今回のそもそもの暗号の要でもあるーー物品を、預けた人物だ。</div><div>それなりの信頼と、深い繋がりは当然あったに違いない。</div><div>「そうか……死んじまったか」</div><div>男はまだショックから抜けきらない様子でそうとだけ呟く。</div><div>「だから、これをーー寄越したのか」</div><div>男は手元のキャンバスに目を落とす。</div><div>「あの……これは、彼から直接？」</div><div>アンジェリーナの問いに男は首を振る。</div><div>「一月くらい前かな……突然、郵便で届いたんだ」</div><div>ふと、何かを思い出したように男の目に閃きが宿る。</div><div>「そういえばーージョンの手紙も一緒に来てた。見るか？」</div><div>「頼む」</div><div>レイモンドが言うと、男は急いで家に戻った。</div><div>再び扉が開き、手にした紙をレイモンドに渡す。</div><div>アンジェリーナは近寄り、その手紙を覗き込んだ。</div><div>そこに並んでいた文字を見て、アンジェリーナはハッとする。</div><div>(同じだわーー暗号の文字と)</div>
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<link>https://ameblo.jp/forest-rose-sky/entry-12441251320.html</link>
<pubDate>Tue, 19 Feb 2019 11:44:27 +0900</pubDate>
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<title>地下迷走    ―    種</title>
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<![CDATA[ 久しぶりに訪れたそこは、特有のカビ臭い匂いがしたーー相変わらずだな、とチャールズは軽く顔をしかめる。<br>パリの外れにあるさびれた繁華街の一角、人通りもほとんどないもの寂しい雰囲気の中にその建物はあった。<br>大通りからずいぶん奥まった細い通りに面したその建物は、一階が昔は中華料理屋だったようで、すっかり古びた看板と、窓ガラスの向こうに椅子やテーブルが無造作に転がっている薄暗い店内が見えた。<br>ーーその後新しい店も入っていないか。<br>地下への階段を降りる直前、通りすぎた店内の心なしか以前より荒廃した様子を見ながらチャールズはそんなことをちらりと思う。<br>尤も、新規の店舗が入ったところで、到底客足は見込めないだろうーーそれは単に大通りからわかりづらい場所というだけでなく、この地域の醸し出す独特の雰囲気にも由来していた。<br>それは、うすら寒く、どことなく不気味なものだった。<br>治安そのものでいえば、良いとは言えない。しかしこの場所に関して言えば、犯罪や浮浪者たちがうろつくような、ありきたりな怖さではなく、何かーー得体の知れない、佇むだけで人を不安にさせるような、有り体の言い方をすれば、心霊現象のような不気味さーーを感じさせるような場所だった。<br>もちろん、チャールズ自身、そのような現象に直接出くわしたわけでもないし、人づてに噂を聞いたわけでもない。しかし。<br>なぜかそう感じる、としか言い様のない感覚だった。<br>(オバケーーね)<br>ふと、自分の考えを巻き戻し、チャールズがふ、と笑みを漏らす。<br>そんなもの、信じているわけでもなかったのに。<br>信じてなどいなかったーー以前は。<br>けれど。<br>(それよりスゴいもの知っちゃったっていうか……)<br>心の中でいたずらっぽく舌を出すような気持ちになる。<br>ーーそれ以上のものを、知っているから。<br>そのために、今、自分はここにいると言ってもいい。<br>だから、いわゆるオバケという存在だって、まぁそういうこともアリかもね、くらいの認識にはなった。<br>(まぁアレだって、ある意味時間を超えているっていうか……)<br>いるはずのない存在が、その姿を現す。<br>そういう意味では、もしかしたらーー。<br>(ーーやめよう)<br>あまり面白くない結論にたどり着きそうで、チャールズは途中で思考を遮断する。<br>そんなこんなを考えているうちに、カビ臭い地下室の、扉の前に立った。<br>ゴンゴン、と大きめにノックするが、何せ扉が鉄のため痛い。<br>「入るよ」<br>一応声をかけてチャールズが扉を開ける。<br>中へ入ると、部屋の奥の仰々しい大きくきらびやかな金色の装飾を施した机の、これまた仰々しく背もたれの高い、縁に金の装飾を施した赤いベルベット生地の椅子に鎮座する男の姿が目に入る。<br>「よぉ」<br>肩のあたりでばらついている伸ばしっぱなしの茶髪に、同じく完全に放置されている口ひげとあごひげが鼻から下の大部分のゾーンを覆っていた。<br>てろてろにくたびれているベージュの上着は頭からすっぽりと被るタイプで、もう本人の皮膚なのではないかと思うくらい絶妙に馴染んでいる。<br>背景を無視すれば、どこからどう見ても浮浪者にしか見えない。<br>(これでボロい防止被ってりゃ完成だわ……)<br>そんな思考が一瞬で流れるのを見ながら、チャールズはカラッと笑って片手を上げる。<br>「いやー相変わらずお元気そうで」<br>「悪かったな浮浪者で」<br>突如投げられた直球にチャールズは内心思わずグッとなる。<br>「やだなーお兄さん俺そんなこと一言も言ってないよ？ 会って早々俺の心読むのやめてくれないかなぁ」<br>「違う。顔に書いてある。それだけだ」<br>男は淡々と言いながらも不機嫌ではないようだった。少々安堵する。<br>(ま、自分が一番わかってるか)<br>この男は少し苦手だった。<br>読む。<br>本人は否定するが、時々本当にそうなのではないかと感じる。<br>気のせいだと思いたいが。<br>「しかし優等生だなお前も」<br>「と、ゆーのはどういうことで」<br>「時間に真面目だと言ってるんだよ」<br>真意がつかめず、チャールズはきょとんとして目の前の男を見る。<br>「来るのはわかってた」<br>男はそういいながら、ごそごそと机の横の引き出しを探る。<br>「ーーこれを貰いに来たんだろ」<br>そう言って、男は小さな巾着袋を目の前にかざす。<br>「ーーどうして……それを」 <br>チャールズの表情を見て男はフッ、と小さく笑った。<br>「いい加減慣れろ。ここはそういう場所だろ。こんなわけのわからん頼み事関連はお前らくらいしかない」<br>(やっぱワケがわかんねーな、ここ……)<br>もともとダリアのツテで知り合った人間だ。しかし、同じむちゃくちゃでもこの男は得たいの知れないむちゃくちゃだといつも思う。<br>深く関わりたくないーー本能的に、そう思ってしまう。<br>脅かされる。<br>何かが。<br>「……じゃ、ちょっと中身を拝見」<br>チャールズはあくまで気軽ないつもの自分の口調で、机に近づき手を伸ばす。<br>それは、ざらざらとした麻でできたような巾着だった。<br>閉じていた口を開け、中身を手のひらに出す。<br>「ーー」<br>(やっぱり)<br>手の上に転がったそれを見て、瞬時にチャールズは確信する。<br>それは、種だった。<br>(ソフィのじいさんのーー暗号の通りだ)<br>「望みの品だろ」<br>手のひらに見入るチャールズに、男が言った。<br>「ああ……」<br>チャールズは頷き、種の一つをつまんで目の前に近づける。<br>「これはーー何の種か、言ってたか」<br>「いや。ここに来る運び屋は滅多に喋らんよ」<br>「そいつはいつ来た？」<br>「1時間くらい前かな。そんですぐにあんたが来たろ。だから時間に真面目だと言ったんだ」<br>男は面白そうにニヤッと笑う。<br>知らないーーそんなことは知らなかった。<br>ただ自分は、暗号で言われた通りに来ただけ。<br>(ーーそうか)<br>ここに来る前感じていた、この近辺の薄気味悪さの正体が見えた気がした。<br>(何もかもお膳立てされてるんだ)<br>見えない何かに。<br>だからこそ、全てのタイミングの良さに安堵するのと同時にーーここに来るときはいつでも、必ず必要なものを手にいれることができたからーーその、正体不明の『何か』に踊らされているような、全て手の内に納められているような、得体の知れない怖さを感じるのだ。<br>種は、何の種なのか分からなかった。<br>少なくとも、チャールズの知る何かではなかった。<br>チャールズはそれ以上の探索を諦め、種を巾着袋に戻すと、ポケットの奥深くにしっかりと入れ込む。<br>そして、予め用意してあった封筒を男に渡した。<br>「ーーどうも」<br>男はそういうと、中身も見ずに机の引き出しに仕舞う。<br>ーー相当な額が入っているのだろうな。<br>チャールズはそう推測する。封筒の中身。一枚の紙切れだ。小切手という名の。ダリアが用意したものだ。<br>改めて、チャールズは男をちらりと見る。どう見てもそのへんに転がっている物乞いの風体。しかし、それも彼自身が敢えて選んでいるのだろう。<br>闇の世界を泳ぐにはーーそれが一番だと、彼はそう結論付けたのだ。<br>「どうもありがとね。じゃ、また」<br>目当てのものが手に入った以上、もうそこに用はなかった。<br>男は決して人嫌いではないし、話せばそれなりに応答してくれるがーー珍しいことに、自分はこの男が本当に苦手なのだと改めて感じた。<br>早くこの場を去りたいーーそれしかなかった。<br>「彼女によろしくな」<br>チャールズが出る直前、男がそう言った。ああ、と愛想よく返して扉が閉まる。<br>
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<link>https://ameblo.jp/forest-rose-sky/entry-12439730545.html</link>
<pubDate>Tue, 12 Feb 2019 22:22:00 +0900</pubDate>
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<title>地下迷走    ―    家の主</title>
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<![CDATA[ 「ーー何だ」<br>出てきたのは、男性だった。<br>細身で、30代中頃だろうか。無造作に伸ばした髪は、もうほとんど目を覆いそうなくらいにまでなっていた。<br>Tシャツにだぶっとした柔らかそうな生地のベージュのパンツを穿いていて、背はひょろりと高かった。<br>明らかに不審者を見るような警戒した目付きで、じっとレイモンドを直視する。<br>「……何だアンタら」<br>もう一度、低い声で男がそう問う。<br>「ーー桃の木のある丘で会う約束をした」<br>レイモンドがゆっくりそう告げると、男は徐々に細めていたその目を見開き、遂には凝眸した。<br>「まさか……」<br>男は信じられない、といった表情でそう呟く。<br>「これを」<br>レイモンドはそう言うと、ポケットから小さな袋を取り出して目の前に差し出した。<br>それは、ベージュ色の、ひもの付いたきんちゃくのような、手のひらにすっぽり収まるサイズだった。<br>「渡すように言われた」<br>いつもの無表情でそうとだけ告げる。<br>男はゆっくりと、小さな袋に手を伸ばす。<br>た。<br>明らかに不審者を見るような警戒した目付きで、じっとレイモンドを直視する。<br>「……何だアンタら」<br>もう一度、低い声で男がそう問う。<br>「ーー桃の木のある丘で会う約束をした」<br>レイモンドがゆっくりそう告げると、男は徐々に細めていたその目を見開き、遂には凝眸した。<br>「まさか……」<br>男は信じられない、といった表情でそう呟く。<br>「これを」<br>レイモンドはそう言うと、ポケットから小さな袋を取り出して目の前に差し出した。<br>それは、ベージュ色の、ひもの付いたきんちゃくのような、手のひらにすっぽり収まるサイズだった。<br>「渡すように言われた」<br>いつもの無表情でそうとだけ告げる。<br>男はゆっくりと、小さな袋に手を伸ばす。<br>そして、その袋の結ばれたひもをほどくと、中身を手のひらに出す。<br>「ーー」<br>男は明らかに驚いた様子で、その手のひらの上のものーー一粒の小さな茶色の種ーーを、ただただ見つめていた。<br>「ーーわかった」<br>しばらくの沈黙のあと、男はそうとだけ口にすると、レイモンドを一瞥し、家の中に戻った。<br>彼の目に、鋭い警戒心はもう見えなかった。<br>その種子が、何を意味しているかは誰も知らなかった。<br>ただ、ソフィの祖父の暗号から、ダリアとチャールズがとある場所に取りに行くよう指示があり、そして同じ暗号で今度はその種子をアンジェリーナとレイモンドがこの場所に住む人物に渡すように書かれてあったのだ。<br>果たして、こんな種一つを渡したところで何の意味があるのか、アンジェリーナにも全く検討がつかなかった。<br>それどころかむしろ、何だこれはと一笑に付されて終わることの方が可能性として高いのではないかと不安すら覚えていた。<br>しかし。<br>(意味はあった)<br>少なくとも、あの種子が男にとっては驚愕するほどのものであったことは明らかだった。<br>着実に、物事は動いていた。<br>力強く、理由のわからない何かによって。<br>しばらくの時間が流れた。<br>その間、アンジェリーナもレイモンドも、ただただ無言でその場に立ち尽くしていた。<br>そしてようやく、木の扉が軋む音と共にゆっくりと開いた。<br>中から再び男が現れ、その手にしているものを目にしたとき、アンジェリーナは思わず目を見張った。
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<link>https://ameblo.jp/forest-rose-sky/entry-12434482194.html</link>
<pubDate>Mon, 21 Jan 2019 11:13:33 +0900</pubDate>
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