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<title>目覚め、悟りを探求してみる</title>
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<description>このブログは、目覚め、悟りを探求した感想を書きます。何も分からない所からのスタートですが、とにかく公開してみます。ご覧になった方の何らかの気づきや、足しになったらと思っています。よろしくお願いします。</description>
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<title>12回目のセッションの感想</title>
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<![CDATA[ 以下、感想文の内容。<br><br><br><br><br>こんにちは。<br><br>先日はセッションをありがとうございました。<br><br>感想を送ります。<br><br><br><br>◎<br>最後のセッションでしたが、私の関心は相変わらず感情解放でした。<br><br>よく分からないのですが、私は多分、恐れや、何かの感情から逃げてるだろうな。<br>それをごまかしたくて色々な理屈をつけたり、行動をしたりしてるのだろうなという事は何となく感じました。<br><br>だからセッション後、恐れと向き合うとか、恐れがあってもいい、恐れが出てきたら、本当にその恐れは続くのか、それを見つめる。など、それらの点を、日常生活で自然と強く意識するようになりました。<br><br><br>嫌な感情から、できるだけ逃げないというか、逃げたくなるけど、出てきたらそれに気づく。<br><br>逃げようとしてる自分に気づく。<br><br>ごまかそうとしてる自分に気づいて、嫌な感情をそのままにしたらどうなる？と、自分を観察する。<br><br><br>そんなことが、日常の大小の感情に対して少しずつ出来るようになってきたようです。<br><br>すると、それと並行して少しずつですが、思考を真に受けなくなってきてる様子でした。<br><br>なぜか、ただの思考だと気づくのが早くなってきてるようでした。<br><br><br>そして今までは、思考に気づいても、どうにもならないほど嫌な気持ちで一杯で、がんじがらめで、思考観察は何の効果も生まないように感じられていたのですが、ある程度巻き込まれずに思考だと気づいて放っておける感じになってることに気づきました。<br><br>それは私が以前に想像していたような劇的な変化ではなく、いつの間にか、思考との一体化から離れてるなあという様子でした。<br><br>このようなゆるやかな変化を考えると、今までとても辛くて、早く変化が欲しいと思っていましたが、ムリのない自然な変化の方がかえって自分には良かったのかもしれないと思いました。<br><br><br><br>ですが、まだまだ感情は溜まっていて、もっと出す必要性を感じています。<br><br>なぜならまだけっこう辛いからです。<br><br>細かく言えば、思考との一体化から離れてるのは少し気づけましたが、そこに辛さがないわけではありません。ただ以前よりは大分思考を真に受けなくなったという感じです。<br><br>そして、感情解放が進むと、そのうち底の方にドロドロに溜まっていた感情が出てくるとも教えてもらったので、涙が出たり、怒りが強く出たり、とても悲しくなったり色々すると思うので、結構キツイ期間になるだろうと予想されますが、先に進んだ方々の姿を「悟りアカデミー」の動画で見たりして、勇気をもらいながら感情解放をしていきたいと思います。<br><br><br>感情解放も、思考観察も、段階があるとのことなので、方向はそのままに、できるだけのスピードで継続していきたいと思います。<br><br><br><br>私はずーっと感情を抑圧してきたタイプなので、できるだけ感情を出す練習のために映画や歌を聴いて、感情を刺激して練習すること。<br><br>それと、嫌な感情に良い悪いをつけず、そのまま感じるとか、ドームの感情解放。掘り下げをしていくやり方。<br><br><br><br>この二種類の練習を併用して感情解放をしていきたいと思います。<br><br><br><br>この感情解放、本当に自分に必要なものだと感じています。　<br><br>日常でドキッと嫌な予感がしたり、逃げたい！とか、これは恥ずかしい！とか、これは聞きたくない！という嫌〜な感情の反応。隠したり無かったことにしたい反応をしてる自分に気づくこと。<br><br>今まではここで逃げてしまったり、ぐるぐる別の答えを求めてさ迷っていたので、この先に今まで見えなかった何かがありそうだと感じられました。<br><br><br>今後も思考観察、感情解放は継続していきます<br><br><br>それでは今回もありがとうございました。<br>◎<br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/free634/entry-12209924469.html</link>
<pubDate>Sat, 15 Oct 2016 15:25:08 +0900</pubDate>
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<title>11回目のセッションの感想文</title>
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<![CDATA[ 以下、感想文の内容。<br><br><br><br>◎<br>こんにちは。<br><br>先日はセッションをありがとうございました。<br><br>感想を送ります。<br><br><br><br>今回は、相変わらず毎日辛くて苦しさもあったのですが、仕事の休憩中に思考観察をしていると、何となく<br><br>「あれ？身体に痛みがあってもいい？」<br><br>という思考がふと湧いてきました。<br><br>そしたらなぜか身体が緩んで、少し楽になった経験をしました。<br><br>それをひろしさんに何気なく報告すると<br><br>「それは一瞬本質、スペースに気づいたのですよ。」<br><br>と教えてもらいました。<br><br><br>これは、自分としては何気ない出来事で、休憩中だったので何となく身体が緩んだだけかな？と思って、この出来事が本質に気づいたことなのかどうかという判断も全くつかず、もしかしたらひろしさんに報告さえしなかったかもしれないような、些細な出来事に感じていたようなことでした。<br><br>このような、自分では判断がつかないような、気づかないような事を指摘してもらえて助かりました。<br><br><br>さらにひろしさんに<br><br>「痛みは嫌なものだと皆さん思っているけれど、痛みが嫌なものだというのもただの考えです。そう気づくとスペースが空きます。すると『痛みがあってもいい』というような思考が出てくるようになります。<br><br>今、痛みがあるという事実を認めてあげられるようになると、本質、くつろぎのスペースに留まれるようになるのです。<br><br>痛みは嫌だという考えに縛られなくなります。<br><br>気づくほど、どんどん深まるようになります。」<br><br>というようなことを教えてもらいました。<br><br><br><br>さらに再び感情解放の話をしてもらい<br><br>「出来事に原因があると思ってしまうが、感情解放をしていると、過去のデータにより感情が動かされてることに気づいてくる。」<br><br>という話をしてもらい、また感情解放にトライしようという意欲と、重要性とを再認識できました。<br><br><br>それと、ひろしさんの実体験の話で<br><br>「ある日、駅のトイレで、身体も疲れてたので、少しモタモタしていたら、後ろで並んで待っていた知らないおじさんが突然怒りだした。<br><br>それに反応して怒りの思考が出てきたが、すぐにそれが思考だと気づいた。すると別の思考が出てきた。<br><br>『あ、この怒鳴った人は、きっと何かがあったのだろうな、仕事か何かでイライラすることがあったのだろうな。』<br><br>というような事が見えてくる。<br><br>一つの物事を広く、多角的に見えるようになってくる。相手を思いやることまで出来るようになってくる。」<br><br>と教えてもらい、思考観察によって、思考との一体化から離れるとどうなるかを知ることができました。さらに、自分で自分のイライラや問題を解決することができることを再度教えてもらいました。<br><br><br>私は今も感情解放は苦手？というか、なかなかスッキリした所までいけていないので、焦っていたのですが、焦る必要はないこと、じっくりコツコツ、確実にやっていって下さいとアドバイスしてもらいました。<br><br>多分、私は感情解放から逃げたいという思いもあるのかもしれません。よく分かりませんが、とにかくゆっくりでもやっていけるよう、出来るだけやっていきます。<br><br><br>今回も役に立つ話を沢山してもらえて助かりました。<br><br>ヨチヨチ歩きですが、続けていきます。<br><br>ありがとうございました。<br>◎
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<link>https://ameblo.jp/free634/entry-12201608959.html</link>
<pubDate>Mon, 19 Sep 2016 21:46:41 +0900</pubDate>
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<title>10回目のセッションの感想文</title>
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<![CDATA[ 以下、感想文の内容。<br><br><br><br>◎<br><br>こんにちは。<br><br>先日はセッションをありがとうございました。<br><br>感想を送ります。<br><br><br><br>今回は、泣けるように練習していたことがうまくいったのか、ツボに入ったようで、こみ上げてきて思い切り泣くことができました。<br><br>しかし、なぜかセッションの直前に泣いてしまい、しゃくり上げながらの会話のスタートとなってしまい、すみませんでした。<br><br>このように泣けたのは10年ぶり？のことで、驚きましたし、なぜあんなに泣けてきたのかもよく分かりませんが、とにかく泣けました。<br><br><br>そしてこの日は掘り下げを共にやってもらいました。すると、自分ではあまり気付かなかったのですが<br><br>「掘り下げが深くなっています。以前はここまで深くはいけませんでした。確実に進歩していますよ。」<br><br>と言ってもらい、何となく、そうかもしれないという認識がありました。<br><br><br>掘り下げのスタートは<br><br>「先輩に腹が立つ」<br><br>から始まり、掘り下げ続け<br><br>「私は自分を守りたいだけなのかもしれない」<br><br>というような思考が出てきた時に、ひろしさんのリアクション？が変わり<br><br>「とても深い所まで来ていますよ」<br><br>と言われたと記憶しています。<br><br><br>それがどういうことなのか考えようとする衝動がありましたが、とりあえず掘り下げを続けました。ですがこの日は途中で中断になりました。<br><br>「もう少しで、肉体ではない、完璧な自分がいる事に気づける所まで来ています」<br><br>と言ってもらい、あまり実感はなかったのですが、しかし進歩はあるようだと感じました。<br><br><br><br>そして今回、教えてもらったのは、感情解放をある程度していくと、楽になってくること。<br>そして、今は意識的に感情を出そう出そうとしているが、そろそろ感情は勝手に出てくるようになるので、もし、何かの拍子に感情が出てきたら、なるべく早く感情を出してあげること。そうしていく内にまた楽になってくるということでした。<br><br><br>2、3日経って、少し涙脆くなってるのを感じました。泣いたことを思い出したり、何かを見たり聞いたりした時に、感受性が高まってるのか、涙が出た時のような感動が起こりやすくなってました。<br><br>しかし4、5日目になると、それも収まってきて、以前と同じように冷静な感じに戻ってきています。ですが、やはり少しは感動しやすいようです。自分と同じような境遇の人の話を聞いたりすると涙が反応します。<br><br><br>まだ身体は辛く緊張しており、たまに悪夢を見たり、朝起きた時に恐怖や不安が多かったりすることがありますが、暫く感情解放を重点的に続けていきたいと思います。<br><br><br>ありがとうございました。<br>◎<br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/free634/entry-12199549654.html</link>
<pubDate>Tue, 13 Sep 2016 13:18:20 +0900</pubDate>
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<title>9回目のセッションの感想文</title>
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<![CDATA[ 以下、感想文の内容です。<br><br><br><br>◎<br>こんにちは。<br><br>先日はセッションをありがとうございました。<br><br>感想を送ります。<br><br><br><br>今回は、感情解放の解決の糸口が見えた事が大きかったです。<br><br>ひろしさんが、私に似て感情解放がなかなかできなかったクライアントさんの話をしてくれた時に <br><br>「そうだった。自分は小さい頃から両親に泣いちゃいけないと強く言われて育ってきたので、何度も泣かないようにグッとこらえてきたのだった。」<br><br>という記憶が自然と出てきて、それを何となくお話したのが功を奏しました。<br><br><br>早速翌日から、感動できるような映画を見て、泣けるように練習し始めました。<br>（思考観察をしながら、感情を出してはいけない、泣いてはいけないという思考に気づきながらやりました。）<br><br>初日は目に涙が溜まるだけでしたが、二日目には涙が五粒流れて、やったと思いました。私にはこれが大きな進歩です。<br>（途中で、頭をさすったり、感情を出していいよと心でつぶやいたりして見ています。）<br><br>すると、心が少し軽くなってる感じがあります。<br><br>まだ朝も起きるのが辛かったり、体がダルくて仕事がしんどかったりというのはありますが、今までに比べて、手応えはありそうだという気がしています。<br><br><br>そして、この涙を流すことを懸命にしたあと、思考観察に変化がありました。<br>それは外側を責める思考によく気づくようになってきたことなのですが、今までは外側を責める思考に気づいても、その思考から離れることは全くと言っていいほど出来てる感じがありませんでした。<br><br>いつも辛くて、苦しさもほとんど減らず大変でした。<br><br><br>けれど、涙を流した翌日に思考観察をすると、思考から離れることができるような感覚に少しなってきて、外側の人や物のせいにしてる思考はウソをついているんだと自然と思える方向に向かってるようです。<br>（けれどまだまだ辛いので、もっと解放が必要です）<br><br><br>そして、感動して涙を流した時は、閃きというか思考の種類が全然違っていることに気づきました。<br><br>その時、様々な思いが現れました。<br><br>例えば<br>・死別、離婚、借金、病気、失敗、裏切り、いじめ、恐怖、喧嘩、孤独、仲間はずれ、劣等感、失職、浮気、ガン、事故。どんなことが起きても大丈夫かもしれない。<br><br>・多くの人が何かの不幸に見舞われ苦しんでる。でも大丈夫だ。全ての人は素晴らしくて完璧なんじゃないか。<br><br>・誰も間違ってない。どんな人も輝いてる。<br><br>そんな思いです。<br><br>これは自分に驚いています。<br><br>「なんなんだろうこれは。なぜこんなにも思考の内容が全然違うのだろう？以前は不幸に見舞われて自分はダメな奴で本当に辛いと思ってたのに、涙を流したあとは全ての人が素晴らしくて何も間違ってないという思考が現れるなんて。」<br><br><br>そして、寝て朝起きると、もう不安だったり、辛くて、外側のアレコレが原因で私は不幸なんだという思いに戻ってます。<br><br><br>けれど、こう真逆の思考領域を行ったり来たりする現象？をじーっと観察していると、ある程度冷静に見比べることができます。<br><br>感情解放の必要性、重要性、これをしていくとどうなるのかという見通しが少し見えた感じがあります。この方向でいいんだなという感じです。<br><br><br>これはとても大きな変化の一歩であると感じました。<br><br><br>余談ですが、以前にひろしさんのアップしている動画を見ていた時に、ひでこさんという方が出ていました。とても強く記憶に残った方でした。<br><br>その方は涙を流して<br>「誰も何も間違ってなかったことに気づいた。」<br><br>と言っていたのを思い出しました。<br><br>当時、そのメッセージに強く惹かれましたが、頭ではサッパリ意味が分かりませんでした。<br><br>ところが、私が映画を見て涙を流した時、なぜか私はひでこさんと同じことを思ったわけです。<br><br>眠って朝起きた時に、また不安に駆られる思考にもどっているように、これを書いてる今も、なぜ誰も間違ってないと思うのか、考えても分かりません。<br><br>ですが、これで良いのだと思えてきました。この方向で。<br><br><br>今は、ただ感情解放をして、思考観察を続けていきます。<br><br>感想は以上です。<br>ありがとうございます。<br>◎<br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/free634/entry-12199007420.html</link>
<pubDate>Sun, 11 Sep 2016 20:15:22 +0900</pubDate>
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<title>8回目のセッションの感想文</title>
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<![CDATA[ 以下、感想文の内容です。<br><br><br><br>◎<br>こんにちは。<br><br>先日はセッションをありがとうございました。<br><br>感想を送ります。<br><br><br><br>今回のセッションでは<br><br>「自分が内なる声を選択してるかどうかが大切で、物事が○でも×でも、自分の心がスッキリになればそれでOK。だから、常に自分の心がどうなのか？を見る。モヤモヤしたのなら、なぜモヤモヤしたのかを見る」<br><br>という話から始まりました。<br><br>まだ外側を変えようとする思考が根強く残っているので、なるほどと思いました。まだ内なる声のことはよく分かっていません。けれども、外側を変えなくてはならないという思いからは少し解放された気がしました。<br><br><br><br>それと、私が<br><br>「私が思ってた愛や平和なんて、今の現実から逃げたいがためのウソだったんじゃないか？<br><br>幻想が剥がれるっていうのは、ただ単にこの恐怖の世界がそのまんまの容赦のない世界だということを認めることだったんじゃないか？」<br><br>という思いになって、少し落ち込んでいることを話したら、ひろしさんも同じような経験をされていて、それはただの思考を掴んだだけなので、また思考観察を続けて下さいと言ってもらえ、そうなのかと気づくことができました。<br><br><br><br>そして今の私には最も重要に思える話で、恐怖は幻想という話に移りました。<br><br>私が、恐怖を感じるワークをやって、何度もやれば恐怖に慣れて、その内感じなくなるのではないかと思ってやっていた事を話したら、ひろしさんは<br><br>「恐怖は防衛反応なのでなくならない。だから恐怖はあっていいんです。<br><br>私が伝えてるのは、恐れと一体化しない方法です。<br><br>恐れを眺めていられる。<br>恐れの感情に気づいていられる。<br><br>すると落ちる飛行機の中でも冷静でいられる。<br><br>恐れを眺めていられる人は恐れが消えていきます。<br>（たしかこのように言っていたと思います。）」<br><br>との話で、私はその違いがまだハッキリ分かってませんが、ともかくなるべく恐れに気づけるよう、そして、恐れの原因は本当にあるのか？<br>思考の言うことは本当に正しいのか？を見極めることをやっていこうと思いました。<br><br>こんなことを自分が出来るのだろうか？と、どうもハードルが高い気がしてしまいますが、チャレンジしてみます。<br><br>感想は以上です。<br><br>ありがとうございました。<br>◎<br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/free634/entry-12199006581.html</link>
<pubDate>Sun, 11 Sep 2016 20:12:46 +0900</pubDate>
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<title>7回目のセッションの感想文</title>
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<![CDATA[ 以下、感想文の内容です。<br><br><br><br>◎<br>こんばんは。<br><br>先日はセッションをありがとうございました。<br><br><br><br>今回は、混乱していた感情解放のワークを、もう一度フォローしてもらい、また一段と慣れることができました。<br><br>そして改めて、私の怒りは、目の前の人に原因がある訳ではないこと、私の中のどんな信念が、記憶が反応しているかを見て、出てきた感情を感じてあげて解放することで、目の前の人のことを新たな目で見られることや、やり方を教わり、助かりました。<br><br>同じことでも、何度も何度も教わったり、やってみることで、混乱していたり、間違って解釈していた部分が直ったり、思考に翻弄されてズレていた感覚が補正されるのを感じました。<br><br>繰り返しはとても大切で、特に心の部分は見えず触れず、比較できずあいまいで、思い一つで動いてしまうため、ワークを繰り返し教わり、やることでブレが補正され、効果が上がることを認識しました。<br><br><br><br>今回一番心に残った話は、ひろしさんの以前に勤めていた会社の取締役の話で、言葉に重みがあり、従業員は皆、彼の言葉に従ってしまうという話でした。<br><br>取締役は何らかの恐怖を乗り越える方法を知っていて修羅場をくぐっているので、皆が一目置くという話。<br><br>とても勇気がでました。<br><br>私は恐怖でいつも身がすくんで、妥協や、逃避ばかり選択してきた所があったので、そうじゃないんだということを知るのにとても分かりやすい喩え話でした。<br><br>私は少しずつ、イライラした時に内側を見ることを選択できたり、自分の意見をハッキリ言うことができるようになってきています。<br><br>人がどう感じようと、自分を殺さずハッキリと言っていこうと自然に思えてきています。<br><br><br><br>そして、これが良い、悪いというラベル貼りを誰がしているのか？どんなラベルを貼っているのかではなく、ラベルを貼っているのは誰なのか？を見ることも何度も言ってもらうことで、また慣れることができます。<br>（ここはまだまだ分からない部分が多いところですが。）<br><br><br>とにかく、どんな思考も法則も真実ではない。そういう視点で見て下さいとハッキリ言ってもらえたことも、また助かりました。<br><br>「思考があまりに常識だったり真実だと見えるために、思考との一体化が起きてるのです」<br><br>という言葉も、今回は初めてその言葉の意味が響きました。<br><br>「一体化って、そういう意味で言ってるのか」<br><br>と何らかの実感が伴いました。<br><br>（目覚めの道は、このように、何度も質問し、何度も同じ事を聞いて、何度もやり、何度も認識が変わり、何度も補正されて、初めて実感が湧いてくることが分かってきました。こうして繰り返す以外に道は無いなと思いました。）<br><br><br><br>ところで昨日、恐怖を感じるワークをやっていました。<br><br>これも繰り返しずーっと、ヘタすると一時間弱ぐらいやってました。<br><br>「この思考を作ってるのは誰？私。」<br><br>を強調しながらやってみました。<br><br>すると<br><br>「あれ？なんで肉眼では、現実では何も起こってないのに、頭でイメージしただけでこんなに身体が拒否反応を起こし、恐怖を感じるんだ？おかしくないか？」<br><br>という所に、初めて疑問を感じました。<br><br>これは今まで当然だと思っていたのですが、おかしく思いました。<br><br><br>これに気づいて、今までは無意識に相当の恐怖を自分に与えていたこと。作り出していたことを感じられました。<br><br>そして<br><br>「それはただの思考だと気づいてください。ただの記憶です。実際過去はもう過ぎ去って今は何も起こってないのに、なぜその思考に苦しむのですか？その思考を作ってるのは誰ですか？」<br><br>と言っていたことの意味が、先の体験で初めて少しだけ分かり始めた感があります。<br>（これらの認識は合ってるのかどうか、ひろしさんの意見を聞きたいです。）<br><br><br>しかしこれが、実態のない思考でしかないということは感じられたのですが、だからと言って恐怖が消え去るわけではないというのが現在までの状況です。<br><br><br><br>以上が感想です。<br><br>ありがとうございます。<br>◎<br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/free634/entry-12199005782.html</link>
<pubDate>Sun, 11 Sep 2016 20:10:35 +0900</pubDate>
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<title>6回目のセッションの感想文</title>
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<![CDATA[ 以下、感想文の内容です。<br><br><br>◎<br>こんにちは。<br><br>先日はセッションをありがとうございました。<br><br>遅れましたが、感想を送ります。<br><br><br><br>今回のセッションは、すごく聞きたかった言葉を聞けたと感じたセッションでした。<br><br>それは<br>「世界に元々の意味なんてない。全て自分が意味を決めている。」<br><br>「神がいて、何かの意味を与えているわけでもないし、外側で起きたことに絶対的な意味なんかない。ラベルを貼っているのは、意味を与えているのは、思考を作り出しているのは御自分なのですよ。」<br><br>これは本当に聞けて良かったです。<br><br>というのは、ブログや動画や様々な本で上記の言葉は何回も何回も見てるし聞いてるのですが、それではあまり響かなかったんです。<br><br>ですが実際に目覚めた人から言葉を直接聞くと、とても力強くて、それが聞きたかった！という感じで、お墨付きをもらったような感覚になりました。<br><br>多分、私が思考観察をしている経験と、ひろしさんの熱さというか、エネルギーの高さも、重要な気づきの要素だと感じました。<br><br><br>それと<br><br>「エゴは被害者でいたいんです。だってその方が楽だから。そう思わせておけばエゴは安泰なんです。でも、徹底的に思考観察したら、エゴ、自分なんていなかったということが分かってきます。」<br><br>「マインドコントロールも、外側にあるように見える権威も存在しません。」<br><br>これらの言葉もとても深く響きました。<br><br>3日経った現在、この言葉がジワーっと浸透してきてます。<br><br>ハッキリと言ってもらったのがとても良かったと感じています。<br><br><br>今までは、マインドコントロールをされてるような、されてないような、という中立的な立場？で思考観察をしていた気がします。<br><br>しかし、ハッキリとマインドコントロールはないんだという視点で徹底的に思考観察をした時に<br><br>「あれ？そうかもしれない、マインドコントロールがあるんじゃなくて、マインドコントロールがあるという思考を作っていただけかもしれない、そしてそれに影響を受けるという思考を作っていただけなのかもしれない…」<br><br>と少し思えてきました。<br><br><br>すると、何かここから少し扉が開けてきたような気がするというか、この先にとんでもない自由があるような気もしてきました…。<br><br><br>とにかく、ここから「私は被害者だ」という強い思い込みに真っ直ぐ抗えるようになってきました。<br><br>初めて、思考観察ってこれでいいのかなという実感がジワリと湧いてきている気がします。<br><br><br>うまく言えませんが、ここが死ぬ気の踏ん張り所で、自分は被害者であるという視点を選ぶのか、自分は被害者であるという思考のウソを見抜くために思考観察をし続けるのか。ここが大きなポイントだと感じました。<br><br><br><br>これらが見えてきた理由は、さらにもうひとつあって「究極の恐怖を感じるワーク」をやってみたことも大きな自信に繋がっていると感じています。<br><br>試しに、ひろしさんがこのワークをやられた話を参考に、同じようにやってみました。<br><br>すると、私の場合は首と喉仏を切断される時に、強い拒否反応が起こることが分かりました。<br><br>イメージでも、ノコギリで喉仏を切ると、身体がびくっ！と反応し、硬直し、うずくまり、顔が歪み汗が出て、嫌悪感が強く出てきます。<br>（今これを書いていても同じ反応がでます。）<br><br>でも、津波に向かって突っ込んでいくという話を思い出しながら、何回もトライし、恐怖を感じました。<br><br>それに両手両足、目、耳、舌もなるべくリアルに潰してみました。<br><br>すると、五体不満足でも、何となく大丈夫かも…と思えました。<br><br>「最悪だ、もう生きてる価値がない、何もできない」<br><br>という思考が湧いてくることも感じたのですが、まあそんな時も思考観察をするしかないし、何となく、何も聞こえないし見えなくてもいいのかななんて思いました。<br><br>覚悟とか、腹を括ったという言葉に近い効果があるように感じています。<br><br><br>多分、まだちゃんとはワークができてないのでしょうが、それでもこれをやったおかげで、日常で思考観察をする度胸がさらについた感じです。<br><br><br>これらの経験をしていると<br><br>「絶望した時が最大のチャンス」<br><br>という言葉をひろしさんのブログで以前に見たのですが、なぜそれがチャンスなのか分かるような気がしました。<br><br>恐怖のどん底を見て、それでも前へ進んで大丈夫だということがもし分かったら、怖いものがなくなってくるからでしょう。<br> <br><br>そしてこれは何となくですが<br><br>「なんだ、もしかして自分は何も間違ってなかったんじゃないか？元々自分はオッケーだったんじゃないか？なのに怒る人や、責める人を見て、自分が勝手に自分を陥れていただけなのでは？」<br><br>という思いも少しだけ湧いてきた瞬間がありました。<br><br><br><br>こうなってくると、また視界が開けたというか、新たな思考が湧いてきていて<br><br>「いじめ、被害、暴言、怒鳴られる、嫌われる、金がなくなる、仕事を失う、無視される、邪魔される、孤独、年をとる、身体が弱まる、病気、逆恨み、訴訟。これら全て怖くて仕方なかったけれど、もしかしてこれらの恐怖も突破できるかも？」<br><br>と思えてきてます。<br>（でもまだ怖いです。けれど、自分は被害者であるという思考が湧いた時に、倒れても倒れても、ただ起き上がる起き上がり小法師のように、やることは思考観察をするだけなんだというシンプルさをより信頼できるようになってきています。）<br><br>けれど、何かが起こって恐怖が湧いてきても、きっと「思考観察と、究極の恐怖を感じるワーク」をすれば大丈夫だという希望が見えてきました。 <br><br><br><br>ところで、ひろしさんとの初めてのセッションで、自分を振り返るワークをやった時に見つけた<br><br>「私は外側の圧力に屈して、思っていることと逆のことをしてしまい、自分を無能だと思ってしまう」<br><br>という信念、パターンをずーっと繰り返してきたということを思い出し<br><br>「私は今もずーっと外側の出来事や人や物事に遠慮し、道を譲り、気を使い、叩かれないよう、怒られないよう、嫌われないよう、好かれるように、ずーっと自分を殺して抑圧して、緊張を作り出して、外側を恨んだり怒ったり、自分のことを無能な奴だと責めたりする思考を作り出してきたんだ」<br><br>とも気づきました。<br><br><br>こういうことが分かってきて初めて<br><br>「ああ、だから私は感情が出せなかったんだ。外側に権威を作って気を使って、自分を抑圧してたからなんだ。じゃあ多分、外側を気にしなくなったぶん、感情を出せるようになるかも」<br><br>とも思えました。<br><br><br><br>今も、私が嫌ってる人を見ると、最初は下記のように思います。<br><br>「彼は汚い奴だ。まず最初に人のアラを探して怒鳴りつけ、その後に徐々に主導権を取るように強引さを増してきて、恐怖で歯向かえないようにし、気に食わなければまた怒鳴りつけるセコい奴だ。」<br><br>と。<br><br>今まではこのようなエゴの視点からの論理に抗えなかったのですが、これも書きながら、思考観察をしています。これらの理屈を私が作り出したんだなと気づき、観察しています。<br><br><br><br>これだけ思考を信じないことを続けていると、もしかして自分が存在するというのも単なる思考なのか？無色透明で実態も一度も見たことがない自分というのは元々いなかったのか？みたいな思考もチラリと浮かびました。けれどこれも思考だと気づいて、また思考観察を続けました。まあ分からないことは分からないからとりあえずこだわるのはやめようという感じでした。<br><br><br>長くなってしまいましたが、感想は以上です。<br><br>ありがとうございました。<br>◎<br><br><br>
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<pubDate>Sun, 11 Sep 2016 20:00:03 +0900</pubDate>
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<title>5回目のセッションの感想文</title>
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<![CDATA[ 以下、感想文の内容です。<br><br><br>◎<br>こんにちは。<br><br>先日はセッションをありがとうございました。<br><br>感想を送ります。<br><br><br><br>まず、セッションの次の日の朝起きた時からの感想を書きます。<br><br>朝は強い不安で一杯という感じで目覚めました。<br><br>そして思考観察をすかさず開始しました。<br><br>そして現在も、不安があったり、恨み、混乱、怒り、悲しみ、不信、倦怠感、様々なものがあり、強まったり弱まったりしてます。<br><br>そしてその全てに対して思考観察をしています。<br><br>ただただこの思考を作ったのは私なんだと気づき続け、死ぬ気で私に意識を向け続けています。<br><br><br>週に1回、ひろしさん（思考のウソから目覚めた人）と接することで、いつも沢山の影響を受けていると感じるのですが、それはこの思考観察に色濃く出ています。<br><br>ひろしさんの言うことは、普通？の人と全くと言っていいほど逆のことが多いです。<br><br>「思考をただの思考だと気づいて下さい。ネガティブな思考が、どんなに本当のように感じられても、それこそがトリックです。思考を信じず、思考観察をして下さい。」<br><br>というような言葉は、当然ですが普段接してる人達からは聞けない言葉です。<br><br>だからこそ大助かりしています。<br><br>目を逆に向けてくれるので、またリフレッシュして思考観察に戻れます。<br>（また自分は思考に騙されていたなと気づけます）<br><br>だから、強い不安があっても、折れずに、このままでいいんだと継続できます。<br><br><br>それと、思考観察が一段と深くできているような実感があるのですが、それも、昨日のセッションでの気づきがあったからだと思います。<br><br>それは、私が<br><br>「『私は男だ→私は男でない』のワークをやっています。」<br><br>という話をした時に、ひろしさんが<br><br>「そのワークは3ヶ月後にやってみて下さい。言葉に反応しなくなってきていることを実感できると思います。」<br><br>と言われたことで、何となく分かってきた事でした。<br><br>実はこのセッションまでの1週間に、このワークや、何故悟りたいか？のワークをしていた時に、あまり動揺が起こらなかったので、私は<br><br>「なんで動揺が起こらないのだろう？やり方や見方が間違ってるのかな？それとも疲れ過ぎて反応しないのだろうか？動揺しないと掘り下げられないんじゃないか？どうにかして強く動揺する所を探さなきゃいけない。じゃないと苦しみが減らない、消すことができない。」<br><br>という風に思っていました。<br>（けれどどこか心の中で、これで大丈夫というような声も微かにありました。）<br><br><br>ある意味この効果はあまりに地味？だと思っていたのか、もしくは、もっと違う効果を無意識に期待していたので、効果を見過ごしていたのでしょう。<br><br>ただ普通に思考や感情があっても、それをそのままにしておける、放っておける、ただそのままにしておくだけ、従う必要はないし、思考だと見抜くだけで良かったのかという風に思えた時に、少し安心できました。<br><br>なんだ、知らぬ間に効果が出てたんだ、これで良かったのか。という感じです。<br><br>ありがとうございます。<br><br><br><br>あと、感情解放の話も良かったです。<br><br>ネガティブな感情は、その存在を嫌がり、逃げたり誤魔化したりするために、その抵抗によって力を持ち、長引いてしまうこと。<br><br>そして、まずは、ここに居ていいんだよと語りかけてあげることて、感情を受け入れる。そしてそれを感じる。そうしたら消えていくという話。<br><br><br>これと思考観察をしていると<br><br>「？あれ？？なんだ、これだと結局思考も感情も、ただあって、それに気づいて、感じるだけでいいんじゃないのか？何にもしてないに等しいようなものだな。こんなんでいいのだろうか？？」<br><br>という気持ちになりました。<br><br><br>とにかくまた、何も信じる必要はないのかもしれないというような所に近づくことができました。<br><br>何となく進歩してることも実感できました。<br><br><br>確かに、今まで気付かなかった、見えなかった無意識の小さな思考に目が向くようになっています。もっと細かく見てる感じです。やっと思考観察のやり方が少し自覚できるようになってきたようです。<br><br><br><br>それと、セッション中の話の中で、沢山共感した所があったのですが<br><br>・目覚めに関する難しい話をしないこと<br>・一切目覚めに関する情報を見たり聞いたりしないで思考観察に集中すること。よそ見は無駄であること<br>・死ぬ気でやること<br>・思考観察の実践だけで全てがついてくること<br>・心の中は見れないし、比較できないので進歩度合いが分かり辛いこと<br>・体験してない話は、過去のデータからしか類推できず、分かることができないこと。なので、成長の段階があり、その時に必要な情報はそれぞれ違うこと<br>・ひろしさんは、これらを一度通ってきたからこそ導けること<br><br>これらは全てとてもためになりました。<br><br><br>このセッションを受けてなかったら、まず間違いなく私はグルグル回ったままどこにも行きつけなかったことが分かります。<br><br>実際、今までそうだったからです。<br><br>だからこそひろしさんの言われることが強く共感できるし、とても無駄を省いて構成されていると感じ取ってきました。<br><br><br>今は、少しですが、我が出せるようになってきてるようです。<br><br>やりたいことをやっていいんだと思えるようになってきました。<br><br>今まで私は人の言うことを聞き、それに従い、逆らわず、人が気分を害さないように感情を常に抑圧し続けてきたタイプ（奴隷タイプかもしれないですね。そのくせ自分のことはおろそかにし続けてきました）なので、この真逆に向かってることを感じています。<br><br>私はこれをずっと求めていたのですが、ここまでブレずに進めたことはかつてありません。<br><br>これは本当の自立の道であるような気がします。そして勇気がいりますね。でも死ぬ気で思考観察をしていくことに変わりはありませんが。<br><br><br><br>以上、長くなりましたが感想でした。<br><br>ありがとうございます。<br>◎<br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/free634/entry-12199001822.html</link>
<pubDate>Sun, 11 Sep 2016 19:54:50 +0900</pubDate>
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<title>4回目のセッションの感想文</title>
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<![CDATA[ 以下、感想文の内容です。<br><br><br><br>◎<br>こんばんは。<br><br>風邪をひいていて、感想を送るのが遅れてしまいました。<br><br><br>今回は、感情解放のワークを再びフォローしてもらい、やっとコツが掴めました。<br><br>これは大きかったです。<br><br>すると、よく分からなくてモヤモヤしていた時より、積極的にワークをやれるようになってきました。<br><br><br>この三日間、感情解放をやっているのですが、なんとなく、ストレスが少し解放されている気がします。<br>（ですがまだ実感は弱いです。）<br><br><br>以前、ひろしさんがセッションの中で<br><br>「思考観察をしていると、自然と感情解放が行われていくようになると思いますよ」<br><br>と言っていたと記憶しているのですが、そんな影響が少し出てきたように感じます。<br><br>今までは他人に対して、それはおかしいとか、迷惑だと思うことを、過剰なまでに口にしないようにする節があったのですが（怖くてですね）<br>それが少し緩和されて、自然と文句というか、意見を言えた場面がありました。<br>（外側の人に対してストレスをぶつけて発散できるようになったという意味ではありません）<br><br><br>うまく言えませんが、楽とか、自由の方向へ向かっているのかなという風に感じました。<br><br><br>コツが掴めると、とても大きく違ってきますね。<br>この日のセッションのフォローはとても助かりました。<br><br><br>そして、やっぱり定期的にセッションを受けることの大きな価値は、果たして私は思考観察をちゃんとできているのか？否か？ということを確認してもらえることです。<br><br>これはひろしさんも言われていましたが<br><br>「心は目に見えないし、比較対象がないので、自分ができてるかどうかが分からない。ここが難しい部分でもある」<br><br>全くその通りで、このために私も何度も迷ったり、時には引き返したりを沢山してきました。<br><br>自分が出来てるのかどうか、効果があるのかどうか、罠にハマっているのか否か、何が合ってて合ってないのか、全く比較できず、すぐ混乱してしまうからです。<br><br><br>ですがセッションで、私が前に進んでることをハッキリと示してもらえ、現在位置や、これからの道筋を説明してもらえることで、また気持ちが楽になり、思考観察やワークを安心して続けることができます。<br><br><br>このサポートがあるのとないとでは、進み方のスピードが全然違うと思います。<br>（もちろん他にも沢山のサポートを受けていますが。）<br><br>いつも助かっています。<br>また次回もよろしくお願いします。<br><br>ありがとうございました。<br>◎<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/free634/entry-12199000255.html</link>
<pubDate>Sun, 11 Sep 2016 19:52:22 +0900</pubDate>
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<title>3回目のセッションの感想文</title>
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<![CDATA[ セッション後に送った感想文を記載しています。<br><br><br><br>◎<br>こんにちは。<br><br>セッションの感想を送ります。<br><br><br>今回も、なかなか理解が及ばずに、セッション中ずっと、ポカーンとなっていました。<br><br>けれども、やはり後になって理解や気付きが少し追いついてくるかな？と思いながら聞いていました。<br><br><br>セッション後は、また、何も信じなくて良いという思いが強まった気がします。<br><br><br>まだ、本質とは何か？思考に気づいてる気づきに意識を向けるとは何か？がハッキリと分かった訳ではありませんが、とにかくワークと、思考観察を続けてます。<br><br><br>それと、今ちょっとだけ思ってるのは、これらのワーク、思考観察、感情解放などなどに共通するのは、結局私が信じてるのは、私が作り出した思考、概念、信念に過ぎないので、それらを単なる無意味な思考だと気づいて、それを信じる必要はないんだ、手放していいんだという気づきを得ることをやっているのかなと思いました。<br><br><br>それとともに、人は日常のあらゆる場面で、マインドコントロール？というか、何らかの利益のための操作を暗にしていることを感じました。<br><br>そして、何故悟りたいのか？を箇条書きにしていくワークをやってて気づいたのですが、私は5歳くらいの頃に、保育園の友達に物を訊ねられて、知らなければバカにされる！という恐怖が湧き上がり、とっさに嘘をついたことを思い出しました。しかもその嘘は外れてたので、さらに汗をかくことになったのですが…<br><br>その出来事や、自分を振り返ると、強い特徴の一つがあって、それは、人の好みを探って、その人が納得するような模範解答を言うことです。<br><br>自分の意見は殺して、その模範解答を出すことを良しとしてきたのです。<br><br>これも恐怖からの行動でした。<br>とにかく嫌われまいと無意識にしてきたのです。<br><br>すると次のことを感じました。<br>つまり、私は人を観察してその人に合わすように物真似して生きてきたので、良いも悪いも無意識に、その人の癖や感じ方や思考を受け入れてしまっていたのです。<br><br>今、一緒に仕事をしている人は、ネガティブでイライラしていて考え方がセコくて、冷たくて独りよがりな、大嫌いな人です。（これも自分が作った思考ですね）<br><br>その人の考え方や感じ方の癖を、私は自動的に容認してきたのではないか？と思える節がありました。<br><br>これは大きな気づきでした。<br><br><br>だから私はこんなみじめな考え方をし続けてきたのかもしれない…そんな必要はないのかもしれない。それに抗っていいのかもしれない。<br><br>そんな感想がありました。<br><br><br>これが合ってるのか合ってないのか分かりません。<br><br>けれども、確かに、なぜ私は不幸だという思考を作り出してるのか？という視点を、今までよりも信憑性を持って取り組むことが出来てる気がします。<br><br>今回もありがとうございました。<br>◎<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/free634/entry-12198999457.html</link>
<pubDate>Sun, 11 Sep 2016 19:48:44 +0900</pubDate>
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