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<title>(かなり）遅れてきた発達障害日記</title>
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<description>やっぱり人とつながりたいということで、ブログをはじめました。「こうあるべき」っていうのはできるだけ、とっぱらって、正直な気持ちをつづっていきたいと思います。一番の読者は自分なのですけど、読んで、共感してくださる方がいるのはうれしいです。</description>
<language>ja</language>
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<title>自分の使命</title>
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<![CDATA[ <p>T君の夢を見た。T君は、小学生のときの同級生だった。背は低く、眉毛は太く、目は細目で、いつもどもっていた。それでいじめられていたかどうかはよく覚えていないけど、なにか守ってあげなければならないような、そんな雰囲気があった。</p><p>今朝の夢で、自分はT君が亡くなったことを知る。わりと自然死とか、そういう類の死因だったと思う。周囲の人たちは、自分が、T君が、小学生以来の知り合いだったことを知らなかった。とになく涙が止まらなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>そういうところで目が覚めた。目が覚めるときに、自分は弱者とともにあり、弱者を助けるために行きたいと、子供心に心を決めたことを思い出した。そうやって決めたことは、実はすべて実現している。今の国に住むことも、中学生のときに、はっきりとイメージを浮かべて、「住む」と担任のG先生に見せる日記に書いた。</p><p>&nbsp;</p><p>近年、自分自身で自分の弱さ、足らなさに焦点を当ててしまい、自己憐憫に陥りがちだが、そういう「使命」または「初心」に焦点を合わせると、そんなことは、たいして重要ではない気がする。「使命」が力を与えるというのは、カルト時代に、実は学んだこと。あの時代のことは、なにもかもが無駄だというわけではなかったのだと感じる。</p>
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<pubDate>Sun, 28 Jul 2024 07:57:05 +0900</pubDate>
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<title>ブログタイトル変更</title>
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<![CDATA[ <p>ブログのタイトル変更しました。発達障害（ASDまたはADHD、多分その両方）の診断はまだついていない（今住んでいる国で、成人にこういう診断をするのには、とてもお金がかかる）のだけど、去年の暮れに、いい臨床心理士 (clinical psychologist) に出会えて、スクリーニングを受け、ASDとADHDの両方の可能性が高いと言われました。そうであれば、いままで50何年経験したこと、求めてきたこと、いろんなことが腑に落ちるなと感じ、これが新しいスタートかなと思い、そんな思いでタイトルを変更することにしました。</p><p>&nbsp;</p><p>精神世界の探求をしたり、瞑想を試みて、ある程度効果はあったかと思うけど、根本的なところは変わってないのかな。今まではっきり自覚してなかったけど、瞑想でADHDを直そうと思っていたような節があります。</p><p>自分で実感してることのひとつは、ワーキングメモリーの少なさです。これはたぶん直るようなことではないのだけど、ハックというか、どうやって色々なことをこなしていけるか、これから対策を取っていければと思います。あと、いまだに直らないのは対人関係が困難であること。というか、根底に恐怖症みたいなものがあって、いまだにどう人、とくに男性と接していいのかわからないようなところがある。自分は一応男性だけど、社会的な意味では、男性が怖い。女性で怖い人もたくさんいるけど。というか、初めて会う人は、皆怖いみたいなところがある。</p>
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<pubDate>Fri, 29 Mar 2024 16:50:09 +0900</pubDate>
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<title>近況など</title>
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<![CDATA[ <p>もう前のブログから２年ちょっとが経っているということで、光陰矢の如しというか、なんだか恐ろしいです。</p><p>こんな私のブログでもフォローしたり、「いいね」を押してくださる方がいて、どこかで人の心とつながっているのだと思うと、うれしいです。</p><p>&nbsp;</p><p>その間に、何があったかな。色々と心境の変化があったと言えば、ありました。新居を購入したという話はしましたっけ。まあ、ほぼパートナーが購入したというのが、真実に近いのですが、月々の住宅ローンは一緒に払ってます。死ぬまで払いきれるのかどうかも定かではないのですが。。</p><p>&nbsp;</p><p>あとは、去年の暮れからクリニカル・サイコロジストにカウンセリングを受けているという話をします。</p><p>&nbsp;</p><p>シリアルキラー、連続殺人犯という言葉がありますが、自分はシリアル・クライアントという感じで、もう、ここ十数年（二十年近くかもしれません）、いままでに何人ものカウンセラーになってきました。まあ、一人のカウンセラーにしばらくお世話になっては、しばらくお休みし、別のカウンセラーにまたお世話になるような感じです。ぶっちゃけった話、今まで、なにも解決しませんでしたね。でも、今回は、なんか手ごたえがあるというか、新しい展開がありそうな予感がします。</p><p>&nbsp;</p><p>今回クリニカル・サイコロジストにお世話になるのは初めてなのですが、ざっと説明すると、サイコロジストよりも専門的な知識があって、料金も高いです。</p><p>&nbsp;</p><p>今までは、自閉症傾向があるとか、ADHD傾向があるとか、そういう話をして、スクリーニングで高得点（笑）を取って、そういう可能性が高いということになっても、なんだか、そんなことはないはずと、カウンセラーに説得されたり、パートナーにも否定されたりという、妙な展開が続いてました。</p><p>&nbsp;</p><p>今回改めてスクリーニングをして、やはり自閉症とADHDで高得点をはじき出し、可能性が高く、ちゃんとした診断を受けることも、視野に入ってきました。</p><p>&nbsp;</p><p>ただ、こちらではそういう診断がつくまでに、すごく高い料金がかかるのと、もう50代も半ばなので、今更診断がついてどうするのだろうというような感じもあります。</p><p>&nbsp;</p><p>診断を受けないにしても、かなり自分には確信に近いものがあり、なんらかの形で、日々の出来事に対処する方法が見つかればと思ってます。</p><p>&nbsp;</p><p>あとは、昨年の初めに、カンボジアから戻って以来、仏教に対する関心に、再び火が付いたようなところがあります。もっと言うと、東南アジアの上座部仏教にひかれるものがあります。それは、仏教がそれらの土地に根付き、人々をひきつけ、今も脈々と生命が引き継がれているように思えるからです。それは、何年か前にタイに行ったときから始まっているのですけど、なんか自分は、お坊さんだったり、東南アジアで生活していた前世があるのかもしれないという、思い込みというか幻想みたいなものがあります。</p><p>&nbsp;</p><p>そして、どう仏教にかかわっていくのかと言えば、サンガに関わりたいというのがあります。</p><p>&nbsp;</p><p>すいません、サンガに関する説明は、はしょってしまいます。ただ、ざっというと同じ志を持つコミュニティに参加したいということです。</p><p>&nbsp;</p><p>今受けているカウンセリングで、前回、人の幸せには、喜び、達成感、そして人とのつながりといったことが欠かせないという話があったのですが、自分には見事なまでに人とのつながりが欠けています。はっきり言って、友人らしい友人もいません。でも、なんか怖くて、人とのつながりを求めるのもおっくうです。どうしたもんでしょうか。</p>
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<link>https://ameblo.jp/freespirit15/entry-12841621925.html</link>
<pubDate>Thu, 22 Feb 2024 14:40:05 +0900</pubDate>
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<title>カルト総括</title>
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<![CDATA[ <p>しばらく間があいてしまいましたが、またいろいろ書きたいと思うことが出てきました。今年の初め以降、パートナーが新居を購入することを思いつき、何か月ものの間、毎週いろいろな物件を訪ねて、先月ようやく新居に落ち着きました。引っ越しや契約にあたって、かなりストレスがたまり、実は限界を超えていて、それがいろいろな問題につながっていたのではないかという気がします。そのあたりに関しては改めて。</p><p>&nbsp;</p><p>ちょっと怖い感じのタイトルかな。意味するところは、カルトでの経験が自分自身にとって、どういう意味を持つのかを、ここでまとめておきたいなということです。</p><p>先日瞑想中に、突然、大学時代に所属していた統〇教会で慕っていた人たちのことが脳裏に浮かび、グーグルやフェイスブックで検索してしまいました。そこで２名の友人たちを探し出すことができました。</p><p>&nbsp;</p><p>そもそも、このカルト団体のことがどうして気になったんだろう。貴重な大学生活を奪われた、未来を奪われた、自分で判断する力を奪われたとか、批判的な観点からとらえることが多いのですが、考えてみると、実はいろいろな意味で、ポジティブな経験をしていたということもわかります。本当に心から信頼できると思う人たちに出会い、本当の家族のように一緒に暮らしました。また、ここに入信したというのは、多分初めて自分の人生ではっきりと決断したことであったと思います。さらにいうと、ここで心から祈るということを覚えました。</p><p>&nbsp;</p><p>だからこそ、そこをクビになったとき、仕事も人脈もなく、そこで自分の人生そのものが終わってしまって、その後しばらく魂のぬけがらのように、ゾンビのように生きていました。というか、もしかしたらいまだにこのことが尾を引いているのかもしれないという思いが今わいてきていて、だからこそここで総括できればと思っているわけです。</p><p>&nbsp;</p><p>ここで、原点に戻って、自分の人生において、本当に大切なものはなんなのだろうというところを見つめることができるんじゃないかと思っています。</p>
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<link>https://ameblo.jp/freespirit15/entry-12701389464.html</link>
<pubDate>Sat, 02 Oct 2021 09:50:02 +0900</pubDate>
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<title>ダメ人間としての自分</title>
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<![CDATA[ <p>随分間が空いてしまったけど、またこうして自分の思いを吐き出せる場があるということは貴重なことだと思う。今日のブログは、大きな話じゃなくて、つぶやきに近いもの。</p><p>&nbsp;</p><p>購入した車がついに家にやってきて、大事件だと思って、同僚に話すも、なんとなく冷めた反応。あまり興味がないみたい。逆に実は、車を買う過程では、ローンを模索したり、かつて払ったことのない金額を一括で払って、支払いが無事完了するのかとか心配したり、かなりの額の保険料に落ち込んだり、絶対だまされちゃいけないと緊張したり、いろいろとドラマがあって、車を取りに行った日にはストレスだらけで、パートナーや販売所の人が喜んでくれているのに、自分はストレスの極限に達していて、結構上の空だったりした。いずれにしても、なんかまわりとシンクしてない。こういうところはアスペっぽいのかな。</p><p>&nbsp;</p><p>本題に入ると、やっぱり自分は根本的に自分に自信がなくて、それがいろいろな問題の根源になっているのかなと思う。昨夜は、初めて参加するグループの前で、挨拶しなければならなくて、ちゃんと言葉も出てこないし、人と目を合わせることもできなかった。思い返せば、いつも自分がダメ人間だというのが、いつも心の底にあって、今もそれが日々の生活に影響を与えている。カルトとというのは、逃げても追いかけてくるものだという話があるけど、自分の場合は、カルトでもちゃんと実績を上げることができず、カルト人間失格だったような節がある。（でも、最終的には自分で決断をしたことも確か。）</p><p>&nbsp;</p><p>実は、今の職場でも、いかにダメ人間だと思うという話をしようかと思って書き始めたのだけど、そんな話を続けても、ダメ人間としてのエゴが自己満足するだけで、明るい未来はやってこないような気がしてきた。（とくに自分は、異様に手先が不器用で、よくこれで雇ってくれてるなと思うこともある。）人の集団に受け入れられた場合、自分の場合は特別扱いというか、大目に見てもらってるというか、しょうがないなと思われているところが子供の時からあって、そこから脱却しようと必死になっているのが人生の一大テーマになっているようなところもあるのだけど、ある意味、出社拒否もせず、クビにもならず、1年半、ほぼフルタイムで正社員として勤められるようになったんだから、それだけでも、以前のことを思うと随分進歩したものだと思う。今後は、もっと自分を客観的にみられて、もっと自分の良さを活かせる仕事ができるようになりたい。</p><p>&nbsp;</p><p>人とのかかわり方とか、人間としての成長ということを思うと、自分は、本当にまだ若い（青い？）。自分には自分のペースというものがあって、それは、妥協しようにもできないものなので、自分なりに歩いていくしかないということだけ。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/freespirit15/entry-12652648588.html</link>
<pubDate>Tue, 26 Jan 2021 10:42:39 +0900</pubDate>
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<title>答の与えられる朝</title>
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<![CDATA[ <p>答の与えられる朝というのがある。朝方、目覚める少し前、なにかの夢を見ていることが多い。夢の中で直接的に答が与えられるのではなく、夢を見たときの気持ちなどをの場で（夢の直後、あるいは夢を見ながら）分析すると、それがわりとはっきりした答になっているというパターンだ。夢の内容自体はすぐに消えてしまって、よく覚えていないことが多い。</p><p>&nbsp;</p><p>今日の答は、パートナーとの関係を解消しない限り、心の平安は得られないということ。いつも本心を隠し、逃げ回っている。そういう態度がいろいろなところ、仕事などに現れ、自分に確信が持てないという自分がいろいろな場面に現れてしまっている。</p><p>&nbsp;</p><p>もっとも問題の根はもっと深いところにあるのかもしれない。</p>
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<link>https://ameblo.jp/freespirit15/entry-12639071244.html</link>
<pubDate>Fri, 20 Nov 2020 05:19:05 +0900</pubDate>
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<title>コロナ、大統領選挙、スピリチュアル</title>
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<![CDATA[ <p>自家用車がお陀仏になったり、思わぬ健康問題が発生して入院したり、職場でのストレスがたまって血圧が上がったりして、ブログに費やす余裕もエネルギーもしばらくなかった。ふとまた、またブログを書こうと思ったら、自分でどんな文体で書いていたのかも定かでなかった。（ここで絵文字でも入れるところなのかもしれないけど、いまだに使い方がよくわからない。。）ともあれ、健康問題も今のところおおごとには至らず、元気にやっています。</p><p>&nbsp;</p><p>今日書きたいと思ったのは、日本でのスピリチュアルとか非二元でなにが起きているのかという疑問を持っているということ。一言でいうと、日本のそういう分野で、たぶんそれなりに影響力を持つスピーカー（発言者、発信者）を何人か、しばらくフォローしていて、そういう人たちの言うことをありがたく聞いていたのだけど、コロナとかアメリカ大統領選挙などに関する、こういう人たちの発言、主張、思い込みに触れて、大きな疑問を感じている。自分はカルト歴があったり（新興宗教とかシューキョーともいう）、カルトにいなくても信じていた教え、自分自身のアイデンティティが、がらがらと音を立てて崩れるという体験もしてきたので、この期に及んですごくショックというわけでもないのだけど。</p><p>&nbsp;</p><p>名前を出さずに、もう少し具体的に書くと、一つにはコロナでのロックダウンに反対し、スウェーデンのようなモデルがいいと言ったり、そもそもコロナなんて軽いインフルエンザみたいなものだと言っていたりする人がいる。自分の住んでいる場所では、コロナの封じ込めには比較的成功していて、こういう環境で暮らせることがありがたいと思っている。それでも、介護施設などで集団感染が発生したケースもあって、高齢者が犠牲になったということはあって、侮れないと思っている。そんなことがあって、そのスピーカーの投稿内容に対し、自分の立場から、こういう見方もあるよという感じで、あくまで謙虚な感じでコメントをしたら、すごい勢いで、そういう議論はここでしないでくださいとか言ったり、また別の場所でこの人は、「どういうわけか多くの男性が、必死に私を説得しようとされているんですよね」とか言ってたりする。自分は必至に説得しようとしてたわけでもないし、この人に反論していたのは男性ばかりでない。なんでそんな風に必死の守りの体制に入ってしまったのかはよくわからないけど、もう少し議論をふくらませて、大きな視点から一緒に話せればいいなと思っていたので、残念。</p><p>&nbsp;</p><p>別のスピーカーのケースでは、今回のアメリカ大統領選挙では不正があったという話をしていて、この人は胸を張って、みんな、ちゃんと自分で調べればわかることだよ、という。でもそんな主張に簡単に反論できる内容も、ちゃんと存在している。この人はいわゆる陰謀説やそれに近いところから情報をもってきているようである。主流のメディアは信じるなとかいうのはよく言われることだけど、自分は、変な陰謀説よりは主流のメディアの方がよっぽど信頼性が高いと思う。（それが完璧だということでは決してなく、両側からの観点があって、初めて俯瞰できるというか、バランスのとれた、真実に近い見方ができるのだと思っている。）</p><p>&nbsp;</p><p>それなりに影響のある人たちがこういった発言をすると、素直にそうなんだろうなと思ってしまう人たちが多いようで、実際フェースブックのコメント欄も、これらのスピーカーたちの発言に賛同する内容で埋まり、多くの「いいね」が付く。反対するような意見はほぼ皆無。これはある程度日本的な現象なのかもしれない。誰もが、自分自身で物事を見て、判断できるはずだと思うので、自分が心配するようなことでもないのかもしれないけど、なにか危ういものあるな、というのが正直な感想。</p><p>&nbsp;</p><p>ちなみにこういった内容はQアノンというところがもともと発信し、広めた内容と思われ、そういう内容が日本のスピリチュアル関係者にも影響を与えたと思われる。</p><p>トランプに対しては、いろいろと疑問に思うことが多く、こういう人物を支持できるということが、正直自分にはいまひとつ理解できない。英語と日本語のメディアの間に、温度差みたいなものがあるような気もする。トランプは、実際どうなの？ というところで、日本語のメディアは、しっかりとらえきれてないような気がする。</p>
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<link>https://ameblo.jp/freespirit15/entry-12636660129.html</link>
<pubDate>Sun, 08 Nov 2020 09:20:40 +0900</pubDate>
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<title>なぜ自閉症診断が必要なのか</title>
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<![CDATA[ <p>このブログを始めたときに、タイトルが必要だったのは明らかだったのだけど、それを何にするか見当もつかなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>これは自分だけじゃないのだろうけど、人生の大半を、自分のアイデンティティを探ること、それをつかみ取ること、それを信じることに費やしてきたように思う。非二元とその周辺のことや仏教に傾倒したり、関心があった時期がかなりあって、そのころは「自分（エゴ）というものは存在しない」というところを追いかけていた。その影響もあって、自分が何者かと言われると、それに対して説明はできるけど、もうそういうアイデンティティを信じていないような節がある。</p><p>&nbsp;</p><p>本題に入ると、ここしばらく、「自閉症」「アスペルガー」が浮上していて、これは自分に該当するというかなり確信に近いものがあるのだけど、それも結局自分のおでこにレッテルを貼って、「私、こういう者です」ということにすぎないのかなという気もする。非二元周辺に関心が強かったころは、こういう風に何かに名前を与えることは、「ありのまま」を見失うことにつながるのではないかと思っていた。でも今思うことは、名前を与えることが第一で、それを超えていくことが次の段階なのかなと思う。それは武術や日本の「なんとか道」で型を忠実に習得したからこそ、それを超えて自由になっていくことができるということに似ているかもしれない。</p><p>&nbsp;</p><p>今の職場の慌ただしさ、刻々と状況が変わる事態、騒がしさ、マネージメント能力の欠如などが重なって、自分の自閉症的傾向が浮き彫りになってしまっている。はっきり言うと、辛い。ストレスだらけである。以前いたもっと静かな職場では、自分はきちんと働けていて、それなりに有能とさえ思われていたような気がする。</p><p>&nbsp;</p><p>そういう今の状況のなかで、結局自分や上司、同僚に対し、説明が必要だというのがあって、それで公式な診断を受けようかと思い始めている。</p>
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<link>https://ameblo.jp/freespirit15/entry-12632059460.html</link>
<pubDate>Sat, 17 Oct 2020 11:37:25 +0900</pubDate>
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<title>ASD</title>
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<![CDATA[ <p>自分はずっと以前から自閉症の人に興味があり、アスペルガーの人の自伝なども読んだりしていた。自分もそうなんじゃないかという思いは、時々抱いていたが、どういうわけかこの期に及んで、そういう気持ちがますます強くなってきている。年齢を重ねるとASDの傾向は強まるという話を聞いたが、自分はまさにそんな感じだ。</p><p>&nbsp;</p><p>それは、いつもこの世では、ありのままの自分では機能することができないという思いが常にあったが、自分も、パートナーも、「まさか自閉症っていうことはないだろう」と思い込んできた。</p><p>&nbsp;</p><p>インターネットで、いろいろな自己診断テストがあるが、ASD傾向を測るテストいうのを見つけ、同じ内容のものを英語と日本語でやってみたところ、「強度のASD傾向がある」という結果が出た。</p><p>https://www.clinical-partners.co.uk/for-adults/autism-and-aspergers/adult-autism-test</p><p>&nbsp;</p><p>今の職場（や過去の職場、学校）での生きづらさというのは、自分が未熟だから感じるものだと思ってきたけれども、そういうアプローチには限界があるのかもしれない。お金はかかるが、一度きちんと診断を受け、受けられるサポートは受けた方がいいのかもしれない。今後仕事をどうするかとか、そういうことを考えてみた方がいいと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>幸い今は正職員でやる仕事があって、定収入（低いけど）があるというのは幸いだけど、今のデイ・プログラムの仕事にはちょっと無理があるように思う。正式に診断を受けたら、同じ組織内の別の部署で、きちんとやれる仕事がないか、そういう受け入れ態勢があるか探ってみるといいと思う。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/freespirit15/entry-12625986571.html</link>
<pubDate>Sat, 19 Sep 2020 09:23:55 +0900</pubDate>
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<title>世間のジャッジメントの内面化</title>
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<![CDATA[ <p>これは年を取ったせいなのかわからないけど、どうも最近ストレスがたまると、ストレートに体の症状になって現れる。２週間ほど前に、すごくストレスがたまったときは、そのあとの一週間ほど血圧が高い状態が続き、異様に体も疲れるようになった。もしかしたら、別の原因があるのかもしれないけど。。もう人生の折り返し地点も過ぎて、時間がすごくあるというわけでもないので、変にストレスためこんで寝込んだりするのも、時間がもったいないような気もする。</p><p>&nbsp;</p><p>本題に入ると、今日フェイスブックで見た、黒人の小さい子供に二体の赤ちゃんの人形を見せ、どう反応するか、どちらを選ぶかという実験の動画を見た。一つの人形はよくある白人の赤ちゃんの人形で、もうひとつは、まったく同じ人形の肌を茶色にしただけのものである。結果は、悲しいことに多くの子供たちが白人の赤ちゃんの人形の方が、きれいだとコメントし、そちらを選ぶことが多かった。</p><p>&nbsp;</p><p>結局なにが起きているのかというと、世間にあからさまな形、またはそうでない形で、黒人差別が存在し、５，６歳と思われる子供たちは、それをすでに内面化し、黒人に差別的な価値観を、自分のものとして取り入れてしまっているということである。</p><p>&nbsp;</p><p>こういうことは、黒人だけの問題ではない。自分も、あるとき、「ゲイであることは異常である」という価値観を自分のものとして取り入れて、ずっと自分が普通ではないという感覚を持って生きてきた。こういうことは、頭でわかっても解決することではなく、なんらかの形での癒しが必要だと思う。「癒し」とは何なのかについては、また改めて探っていく機会があればと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>もうひとつ、（多分）自分には発達障害のようなものがあって、作業が遅いし、かなり不器用である。肉筆もかなり汚い。物心ついて以来、まともに部屋の片づけができたこともない。そういう点でも、なにか自分がまともではないという思いをよく抱いてきた。こういうのは、専門家に診てもらって、どういうことなのか、はっきりさせた方がいいのだろうか。</p><p>&nbsp;</p><p>いずれにしても、まず、自分自身をそのまま受け入れるというのが第一歩だと思う。世間からの視線で自分を判断し、否定する前に、立ち止まって、まずそんな自分を受けてめてやりたい。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/freespirit15/entry-12624721988.html</link>
<pubDate>Sun, 13 Sep 2020 22:38:20 +0900</pubDate>
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