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<title>fujitakuのブログ</title>
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<title>蟻の門人となるなかれ</title>
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<![CDATA[ <p>人生を考える上で、気になった言葉です。</p><br><p>福沢諭吉の「学問のすすめ」に書かれています。</p><p>蟻は自分で食を得て、住みかを見つけ生きています。その蟻の門人にはなってはいけない。</p><p>つまり衣食住足りて満足するのではなく、社会に貢献できることをしなくてはいけないよということです。</p><p>仕事においても自分や家族を守るだけでなく、それ以上に公共性・社会性を考えて</p><p>生きていくことの尊さを言っているわけです。</p><br><p>短く、含蓄のある言葉です。</p><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/fujitakumi/entry-11109927472.html</link>
<pubDate>Sun, 18 Dec 2011 00:26:54 +0900</pubDate>
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<title>安岡正泰先生のご講和　</title>
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<![CDATA[ <p>本日、京王プラザホテルにて致知出版社主催の講演会に行ってまいりました。</p><p>講師は昭和の碩学者と言われた安岡正篤先生の二男である安岡正泰氏です。</p><br><p>安岡正篤先生は現代では終戦時の昭和天皇のご詔勅に手を加えられ、また平成の年号の産みの親として知られています。また佐藤栄作元総理大臣など数々の政治家を指南されてきました。今でも安岡教学としてたくさんの経営者や政治家、一般の人に至るまで師として仰がれております。</p><p>安岡教学とは何か。それは「東洋人物集の栄枯盛衰を解明し、現代の日本にあてはめていく」ことです。</p><br><br><p>講話で上記のエピソードを聞くことができました。</p><p>平成の年号については昭和天皇がお亡くなりになる前から、安岡先生が提言された「平成」という年号が決められておりました。当時、個人的な意見で年号を決めることは不文律でございましたが、東大教授陣にも年号の議題が持ち込まれた経緯もあり、結果的に「平成」が決まったとのことです。</p><p>またご詔勅については修正できる部分が修正することができず、お悩みになったこともあったようです。</p><br><p>またこんなエピソードも伺いました。</p><p>正泰氏が父とタクシーに乗っていた際に、前方の日本通運のトラックの後ろに「お先にどうぞ」と掲げられているのを父が見て、「いい言葉だね」と発せられたそうです。正康氏はよく熟考し、この言葉には深い意味があり、「競争を意識するのではなく、自分は自分のペースで地道に努力をしていればいいんだ。そしたら道はおのずと開けてくるんだ」と思ったそうです。</p><br><p>またご本人からは「縁を大切にすること」が大事だとお伺いしました。</p><p>それは家族の縁、地の縁、学生や社会の縁などです。また祖先の縁については特に大事にするべきであり、ご本人も日本通運に入社したきっかけは祖父が勤めていたご縁があったからとのことでした。</p><br><p>お話はまだまだたくさんあったのですが、貴重なお話を聞くことができました。</p><br><p>・・・大器晩成・小器夙成・・・</p>
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<link>https://ameblo.jp/fujitakumi/entry-11109860569.html</link>
<pubDate>Sat, 17 Dec 2011 23:27:11 +0900</pubDate>
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<title>日本を教育した人々</title>
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<![CDATA[ <p>ちくま新書から出版された齋藤孝先生の文庫本です。</p><br><p>主に明治時代に活躍し、幕末の日本の精神的な支柱とした存在した4人に焦点を充てた本です。</p><p>4人とは吉田松陰・福沢諭吉・夏目漱石・司馬遼太郎です。</p><p>著者はこの本の中で、戦後・昭和の退化した学校教育に憂いを投げかけながら、明治時代の「教育者」4人それぞれを振り返り、当時の人民にとってどのような教育者であったのか解説をしています。</p><br><p>吉田松陰は10歳で漢学を習得した教育エリートでした。彼は松下村塾を開講し、孟子の教えを中心に対話型の授業を展開しました。当時の江戸時代は封建的な身分制度が存在しておりました。士農工商の4段階にとどまらず、さらに細分化されておりました。このような時代では対等に対話することは難しいことでした。</p><p>松下村塾ではこの身分を超えた対話できる関係が、のちに徳川幕府を飲み込んでいく力となり、明治政府の中核も貫いていったのです。</p><p>松陰が塾生たちに徹底した読書や孟子の教えを学ぶだけでなく、実践したり、現実と照らして考える意識を持つよう要求しました。</p><p>また彼は投獄された際でも囚人や見張りを巻き込み、孟子について講義をしました。</p><p>身体的、精神的に厳しい時でさえ、また相手が囚人であれ、熱心に講義をしていたのです。</p><p>教えが国家構築の基礎となるよう本気で考えていたのです。</p><p>塾生たちの心に火をつける授業が松下村塾でなされていたのです。</p><br><p>福沢諭吉は「学問のすすめ」を通して、明治時代の国民を教育してきました。「学問のすすめ」は350万部を超える大ベストセラーです。彼は著書の中で、自己の「独立」を強く唱っています。学問をしないことは国に依存することになり、結果的にへつらうことになり、横暴な政府を作り出してしまう。学問を修め、国に依存しないよう独立意識を持てば、政府の格も上がっていくと説いているのです。</p><p>彼はこの哲学を基礎に慶應義塾大学を創立しました。今でも上場・未上場の有力企業の経営者が慶応大学出身者が多いことを考えると、彼の考えが今でも生きています。</p><p>また怨望は悪徳であると説いています。人間の交際やコミュニケーションを形成する上で、障害となるのがこの怨望であると。</p><br><p>2名について取り上げました、登場人物について、どのように日本の教育に貢献してきたのか、著者の視点からわかりやすく書かれており、また随所に著者の学校教育に対する考えもあり、教師としての志を持つ方には参考となる1冊です。</p><br><p>あとがきで著者はこのように書いております。</p><br><p>「私が今もっとも必要だと考える存在は、教育のリーダーだ。学校教育の枠内での教育というより、日本人ひとりひとりの向上心に火をつけることができる、スケールの大きい存在をイメージしている」</p><br><p>著者はこの4人のような存在が現在の学校教育に必要であると考えているのです。</p>
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<link>https://ameblo.jp/fujitakumi/entry-11109719967.html</link>
<pubDate>Sat, 17 Dec 2011 21:31:04 +0900</pubDate>
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