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<title>オレ力～雇われない生き方へ～</title>
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<description>不況,年金,消費税,問題,企業,依存しない,独立,不動産,投資,富士山,起業,フリーランス,フリー,エージェント,フリーエージェント,営業,ビジネス,マインド,雇われない,オレ力</description>
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<title>活字離れ</title>
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<![CDATA[ <p>本日の出来事。<br> <br></p><p>相手：「普段どんな本読むんですか？」<br> <br>ぼく：「本っすか？そういや久しく読んでないっすね」</p><br><p>相手：「そうなんですか？じゃあいままでどんな本読みました？」</p><br><p>ぼく：「漫画とラノベが九割五分ですね。僕の人生」<br> <br>相手：「またまたご冗談を（笑）」<br> <br>ぼく：「おぉ！その台詞をリアルで聞ける日がくるとは思いませんでした」<br> <br>相手：「･･･他には？」<br> <br>ぼく：「あー（黙考）･･･あ、4年くらい前に読んだ『フェルマーの最終定理』、『アインシュタインの宿題』、あと知人のガイドが書いた『ぼくの仕事場は富士山です』くらいっすね。10代の頃は、フィヒテ・キルケゴール・ライプニッツあたりの西洋哲学者の訳書、考古学関連の書籍と論文、あとはるるぶとまっぷるですね」<br> <br>相手：「･･･文学とかビジネス書は読まないんですか？」<br> <br>ぼく：「･･･たしかに！！」<br> </p><br><p>言われてみれば、読んだこと無いですね。<br>純文学とかビジネス・実用書系。<br> <br>いやまぁ、文学的素養は漫画やラノベやアニメや<br>ビジュアルノベルで代替できるし。</p><br><p>ビジネス系は何か気になることあったらその分野のプロに<br>聞きに行くし、成功者のマインドが知りたければ年収億超える人に<br>会いに行くし、そのほうがわかりやすいし、本買うより安かったり<br>時間短縮になったりするし･･･。<br> </p><br><p>･･･若者の活字離れは深刻なようです。</p>
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<link>https://ameblo.jp/fujiyamamaster/entry-11455565212.html</link>
<pubDate>Thu, 24 Jan 2013 03:25:24 +0900</pubDate>
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<title>鷹村はやっぱりかっこいい</title>
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<![CDATA[ <p>さて、いきなりだが、僕が人生で影響を受けた四大漫画<br>のひとつに『はじめの一歩』という作品がある<br>（ちなみに他の三つは『ガンバ！Fly high』、『ROAD～輝ける道～』、<br>『ラブひな』）。<br> <br>最近新しい事業を始めるにあたり、いま一度初心に帰ろうと、<br>先日漫喫で夜を明かしたときに読んでいた。<br> <br>その42巻、世界J・ミドル級タイトルマッチの控え室で鴨川会長が<br>鷹村にこう言った。</p><br><p><br>「努力した者が全て報われるとは限らん。</p><br><p> しかし、成功した者は皆すべからく努力しておる。</p><br><p> ここにおる者全てがキサマの努力を目撃し確認しておる。</p><br><p> 自信を持ってリングに上がれ、そして･･･</p><br><p> 最後には、キサマが積み上げたものが、拳に宿る」</p><br><br><p>努力は成功の必要条件であって、十分条件ではない。<br> <br>その残酷さを否定したくなるときもあるけど、例えば、<br>陸上でインターハイを目指してどんなに辛い練習に耐えても、<br>時間を費やしても、6位＝1位であり、7位＝ビリであるという<br>事実は変わらない。</p><br><p>それは受験であっても同じだろう。なんだってそうだ。<br> <br>でも最近、努力をして報われないことなんてないんじゃないだろうか、とも思う。<br>報われなければ、それは努力した気分になっているだけなのではないか。 </p><br><p>たとえ7位＝ビリが事実だとしても、そこに「努力した」<br>という付加価値があれば、それだけで十分報われたと<br>思う人もいるだろう。</p><br><p>成功の定義は人それぞれだろうけど、努力が報われたと<br>感じるときこそが、成功なのではないだろうか。<br> <br>継続と努力は違う。継続は停滞と同じ。例え微々たる要素でも、<br>以前よりも上を目指さなければ成功はない。 </p><p><br>さらに57巻で、鷹村はミドル級タイトルマッチ前の合宿で宮田一郎にこう言った。</p><br><br><p>「鴨川ジムをおん出て、キサマは一人で上を目指した。 練習もいつも一人きりだろう。</p><br><p> 見えるモノも多いが 見えねえモノも多くなってるんじゃねえか？</p><br><p> 格下の練習量と比べて満足してんじゃねえぞ。</p><br><p> キサマは何処に行きてえんだ？何を目指してんだ？<br> <br> やぶれかぶれで生き残れるほど世界は甘くねえ。<br> <br> ･･･だから走れ！たった一人でも走り続けろ！！」<br> </p><br><p>･･･これは、僕が高校の陸上部でただ一人の長距離部員になった<br>ときから胸に刻まれている。<br> <br>まぁ、「格下」という言葉はあまりよろしくないので「周り」<br>という言葉に置き換えているが。<br> <br>僕は、どんなに「努力した」と思っても、目標が達成できなければ<br>「報われた」とは思えない。だから、何度失敗しようと、何度でも<br>努力をしようと思う。<br> <br>個人事業主としてはじめた頃は一人だったけど、いまはその努力を<br>みていてくれる人がいる。だからこそより頑張れるし、自信がもてる。<br> </p><br><p>僕は、自分が決めた道を進む。<br></p><br>
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<link>https://ameblo.jp/fujiyamamaster/entry-11455564658.html</link>
<pubDate>Sat, 19 Jan 2013 03:23:07 +0900</pubDate>
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<title>最悪の休日</title>
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<![CDATA[ <p>事の発端は昨日深夜。帰宅した際、<br>家のカギを紛失していたことから始まる。</p><br><p>ちなみに、今日は来週からはじめる新しい事業の準備と<br>リフレッシュを兼ねて珍しくフリー。<br> <br></p><p>・とりあえず漫喫へ。しかしやたら混んでてリクライニングシート席。<br> <br>・10時頃にでて不動産屋に電話。マスターキーしかないから貸せない<br>と言われ、貸さなくていいからとりあえず開けろと言うも家財保険の<br>ほうへ連絡しろといわれ電話。相変わらず胸糞悪い態度。<br> <br>・部屋のカギは開けれるけど、玄関のカギは開けられないと言われ、<br>他の住人がでてくるのを待つこと40分。オートロックの建物内に<br>進入成功。鍵屋を手配。<br> <br>・どんな些細な不祥事でも暴き出してあの不動産屋潰してやろうと<br>計画を練りつつ、待つこと2時間。鍵屋から電話。雪のせいでいつ<br>到着するかわからないとのこと。<br> <br>・スマホの充電切れる。待っててもしゃーないので、SAS〇KEの<br>第3ステージばりに全身のあらゆる筋肉を駆使し、窓から部屋に進入。<br>空き巣も真っ青。ってか真昼間じゃなくて深夜にそれで進入しとけば<br>よかった。<br> <br>・この時点ですでに15時。風呂入ったり洗濯したりして待つも音沙汰無し。<br>なんか疲れたので16時ごろ昼寝。<br> <br>・鍵屋からの電話で起床。いま用賀にいるという。時計をみる。21時。<br>･･･嘘でしょ？<br> <br>・腹が減った。オートロックが開けられないので部屋から出られず。<br>実は冷蔵庫もってないので食糧もほとんどない。災害時用に蓄えていた<br>非常食でやり過ごす。まさかここで使うとは。<br> <br>・22時半、鍵屋到着。鍵はずして鍵作っての作業を1時間ちょいで終了。<br>いまに至る。<br> <br></p><p>･･･え？それだけの作業のために僕の1日潰れたの？<br>いや、まぁ僕が鍵なくすから悪いんだけどさ･･･。<br> <br>これはまぁ、あれだね。最近中学、高校、大学の旧友が顔出してくれたり、<br>新事業でいろんな人が支えてくれたりしてたから、ちょっと甘え、ってか<br>油断はあったかもね。<br> <br>たしかに、そんなのここ数ヶ月の話だもんな。<br>東京にでてから約2年、ってかその前の2年もいれて約4年、<br>仕事以外で「人」と接してこなかったもんな。<br> <br>「ストイックさが足りなくなってんじゃねぇの？」っていう、<br>天からのお告げだね。そのとおりですね。休んでる場合じゃないですね。<br> <br>最初の目標を達成するまでは、まだ、止まっちゃいけない。</p>
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<link>https://ameblo.jp/fujiyamamaster/entry-11455563971.html</link>
<pubDate>Tue, 15 Jan 2013 03:16:18 +0900</pubDate>
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<title>旅の醍醐味</title>
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<![CDATA[ <p>僕には外国人の知り合いが多いが、最近よく思うのは、<br>日本全国旅をしておいてよかったということだ。<br><br>17歳のときにはじめて一人で北海道を抜け出し、<br>21歳で鹿児島以外の都道府県制覇。宮崎と鹿児島<br>以外の都道府県には3日以上は滞在したことがある。<br><br>はっきり言って北海道から一度も出なくても、<br>人生で何も問題はない。むしろ快適だと思う。</p><p>でも、僕は北海道しか知らずに北海道が一番いいと<br>思うのは嫌だった。<br><br>僕の旅は基本的に車かチャリ、電車は使っても鈍行だ。<br>飛行機や新幹線はたしかに移動時間短縮にはいいが、<br>例えば北海道から京都まで飛行機でいくと、そこはまるで<br>別世界だ。<br><br>しかし、車やチャリ、鈍行で、現地の人と触れ合いながら<br>のんびりいくと、どういう変遷で東北が関東になり、北陸、<br>中部、関西になっていくのかがよくわかる。<br>方言の変化、街並みの変化、文化の変化がよくわかる。<br><br>そうすると、日本のいいところが都市レベルでわかってくる。<br>それが僕のなかでの旅の醍醐味だ。<br><br>そういう旅をしてたため、外国人に日本の魅力を話すときに<br>とても役立つ。</p><br><p>とまぁ、前置きが長くなってしまったが、何がいいたいかというと･･･</p><br><p>北の女の子は可愛いと思います！（笑<br></p>
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<link>https://ameblo.jp/fujiyamamaster/entry-11455563317.html</link>
<pubDate>Mon, 07 Jan 2013 03:09:05 +0900</pubDate>
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<title>年賀</title>
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<![CDATA[ 毎年、僕に年賀状を送ってくださる方の4分の3は、<br>富士山でツアーを担当させていただいたお客様の方々です。<br> <br>僕のような若輩者のガイドのために、本当に<br>ありがとうございます。とても励みになります（＾＾）<br> <br>今年も富士山にこられる際には、ぜひご一報ください！<br>ツアーがはいってなければ、プライベートでガイドさせて<br>いただきますよ♪
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<link>https://ameblo.jp/fujiyamamaster/entry-11446508540.html</link>
<pubDate>Fri, 04 Jan 2013 03:14:27 +0900</pubDate>
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<title>あけました</title>
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<![CDATA[ <p>あけまして、おめでとうございますm(_ _)m<br></p><p>今日、渋谷を歩いていたら、謎の団体に</p><br><p>「2013年は一言で言うとどんな年にしたいですか？」</p><br><p>ときかれたので、</p><br><p>「一言では言い表せられないような年にしたいですね」</p><br><p>と答えてきました。</p><p><br>そんな僕の新年初日は、</p><br><p>まず靖国神社で大村益次郎像を拝見し、</p><p>渋谷で楽譜をあさり、</p><p>帰宅してピアノを2時間ほど弾き、</p><p>「ブラックラグーン」全話と「氷菓」11話までを<br>鑑賞したのち、</p><p>世界的に活動なさっているマーケティングコーチの方と<br>スカイプで雑談し、</p><p>現在毎日3本はかかさず飲んでいるワ○ダーモーニングショット<br>を片手にPCに向かっています。<br></p><br><p>うむ、なかなか一言では言い表せない一日を過ごしたぞ！<br>これはいいスタートだ！（笑<br></p><p>2013年がみなさまにとって良い一年となりますよう、心からお祈り申し上げます。</p>
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<pubDate>Tue, 01 Jan 2013 03:11:21 +0900</pubDate>
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<title>2012年まとめ</title>
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<![CDATA[ <p>さて、僕も今年一年の仕事っぷりを振り返ってみることにする。</p><br><p>1月、果物の販売をはじめて3ヶ月目。上野支社で売上トップをとる。新人の育成も任される。</p><br><p>2月、週間売上ランキング全国13支社約500人中6位を記録。チーム（組織）づくりをはじめる。</p><br><p>3月、果物だけで自チームの週間売上180万達成。ダイナミックフルーツ退社。</p><br><p>4月、一人で一からビジネスを模索。広告配信代行を開始し2週間で初利益獲得。</p><br><p>5月、友人といっしょにタイからマンゴスチンを輸入し販売。2日で1.2トン完売。ビラに出会う。</p><br><p>6月、居酒屋での集客担当。一人で230万の売上をつくる。</p><p><br>7月・8月、富士山で登山ガイド兼小屋番。ツアーでの登頂回数は過去最多。</p><br><p>9月、不動産の営業に携わる。フリーエージェントとしての活動開始。</p><br><p>10月、知人が居酒屋の経営をはじめ、その集客を担当。同時に営業代行として扱う品を増やす。</p><br><p>11月、メディア業界に詳しい方に弟子入りし、プレスリリース及びコピーライティングを学ぶ。フリーエージェントとして扱う品＝契約した会社数が200をこえる。</p><br><p>12月、コンサルティングで初クライアント獲得。法人化に向けた事業内容が確定。</p><br><br><p>･･･なんか、1年あればなんでもできますわな。<br></p><p>しかし、後半失速した感は否めない。</p><p>まだなにも目標を達成したわけじゃないから、来年はもっと時間をうまく使って、最短距離突っ走るぜ！</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/fujiyamamaster/entry-11446507105.html</link>
<pubDate>Mon, 31 Dec 2012 03:04:36 +0900</pubDate>
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<title>Dear My Friend...The Long Goodbye...</title>
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<![CDATA[ <br><p>7月くらいからやたら友達申請がふえてきた。</p><p>直接面識がなくても、僕のプロフをみてメッセージをくれる人もわりといる。</p><p>その人たちのなかには、「今の仕事をする意味がわからない」、「言葉にできないけど、とにかく将来が不安」、「自分の人生がよくわからない」など、いろいろな悩みをもってる人が多い。</p><br><p>まぁ僕らの年代の社会人にはよくあることなのかもしれない。</p><br><p>そういう人たちに、今の僕の「生き方」を話すとなぜか尊敬される。</p><p>僕はただ自分のやりたいことをやっているだけなのに。</p><br><p>というと、ほとんどの人が「自分はそんなに強くないから･･･」と自分を卑下してしまう。</p><br><p>たしかに、昔の僕を知る人なら、「やっぱりアイツは変わんねぇな」「アイツはそういうやつだよな」と、今の僕をみて思うだろう。そして、「アイツは昔からずっと強いやつだったからなぁ」というかもしれない。</p><br><br><p>でも、僕にはほとんど「人間」と接してこなかった「空白の2年間」がある。</p><p>人としてとことん弱く、堕ちていった時期がある。</p><br><br><p>これから記すのは、大学4年のときに友人に宛てた手紙です。</p><p>大学2年の終わりから大学4年の冬まで、人として腐りきった生活をしていた僕が、なんとか本来の自分を取り戻そうと発起し始めた時期のものです。</p><p>この空白の2年間は、本当に誰も信じることができず、未来に何の希望ももっていませんでした。</p><p>きっと、昔の僕しか知らない人たちにとっては想像できない姿でしょう。</p><br><p>正直かなり恥ずかしい内容ですが、これによって誰かに勇気を与えられるなら、こんな人間でも立ち直れるんだということがわかっていただけたら、これほどうれしいことはありません。</p><br><p>それなりに濃い内容で、かなり長いので、気が向いたら読んでみてください。</p><p>関係者の実名はふせておきました。</p><br><br><p>僕が、「今の僕」になった出来事の全てのはじまりです。</p><br><br><br><a class="moreReader" title="page121230" href="http://blog.ameba.jp/ucs/entry/#">・・・続きはこちらから</a> <div style="DISPLAY: none" class="page121230"><br><br><br><br><p>いよ（゜▽゜）久しぶりだな。元気にしてっか？</p><br><p>年賀状くれてたんだな。こないだ実家から送られてきたぞ（笑）つーか実家帰ってる暇なんかねぇんだから、最初からつくばに送れや（笑）</p><br><p>ってなわけで、今から年賀状書くのもアレだから、手紙にしてみました。実を言うと、おそらく卒業旅行いけないと思うんだわ。でも、やっぱ言っておきたいことがあるから、おめぇに言いたかったこと全部ここにまとめておくことにする。</p><br><p>あいつには何度か会ったけど、おめぇにはホント1年以上会ってないよなぁ。同好会やめてからも何度か競技場に顔出したけど、結局おめぇとは話してないし。</p><br><p>だから、たぶんかなり長くなるだろうし、おめぇの気分も落ち込む内容も多いと思うから、時間あって気持ちが沈んでもいい覚悟ができたときに読んでください。</p><br><br><p>まず、いきなりだけど僕就職しません。ま、ついこないだ決めたことなんだけどね。</p><br><p>埼玉に就職が決まってたのは事実だし、実際にもう働きにも行ってたんだけど、断ってきました。めっちゃ怒られたわ（笑）かといって、つくばにもいません。</p><br><p>ことの発端は12月のはじめに高校の後輩（学年はいっしょ）からかかってきた電話なんだけど、そいついきなり「オレ卒業しないっす！」とか言い出してさ。そいつ音大に通ってて、去年ハンガリーに留学してたらしいんだけど、留学前にもう内定いくつかもらってて、そこから適当に就職するつもりで、記念みたいな感じで留学に行ったんだと。したら、やっぱ音楽関連で就職したいから、もう一回就活しなおすために留年するってさ。もちろんはじめから音楽系の就職さがしてたらしいけど、うまくいかなくて適当にいけそうなところ探して内定もらったけど、やっぱ今までやってきたことをやりたいんだとさ。</p><br><p>んで、「大村さんはどうすんですか？」ってきかれて、埼玉の旅行会社に決まったわーって言ってさ。就活あんまうまくいってなかったから、受かりそうなとこ受けてみたら受かったって、基本パソコンいじって電話対応して、たまに営業いくだけなんだけどねーみたいな話してたら、そいつにさ、</p><br><p>「大村さん、いつからそんなつまらない人間になったんですか」</p><br><p>って言われたよ。</p><br><br><p>･･･今思うとあいつにそう言われて改心したと思うと腹立だしいけど（笑）あいつらは僕が高校卒業して奈良に行ったころの僕しか知らないから、僕の生き方をみてそいつは音大にいったし、他にも美大いったり、声優学科いったり、美容院に弟子入りして美容師やってるやつもいる。僕の存在はそこそこ周りに影響を与えてたらしい。だから、なんかすげぇ叱られた（笑）でも･･･うれしかった。こいつは、僕という人間をちゃんとわかってくれてたから。</p><br><p>実は、富士山にいるときにいっつもまわりから、「何でおまえ就職したいの？」って言われ続けてさ。2ヶ月で200万以上稼げるんだから、他の期間バイトしてりゃふつうに働くよりはるかに楽に暮らせるし、お前は世間体とか、まわりに流されて人生決めるような人間じゃないだろって言われてて、「そうだよなぁ」ってずっと思ってて。でも、つくばに帰ってきたら、「せっかく筑波に入ったんだから、いいとこ就職して当たり前」みたいな空気でさ。まわりも僕の家庭事情知ってるから、とにかくはやく就職決めないとみたいに言われて、僕もそう思ってて、時間も金もないからとりあえず関東近辺のいけそうなとこ受けてみてって感じで。</p><br><p>･･･結局、僕はまわりに流されてた。かつての僕ならこんなことなかったのに。</p><br><p>とにかく、その後輩の電話のおかげで、僕は「僕らしい生き方」を思い出した。自分で決めた道を進むことの素晴らしさはすでに奈良で味わってるから、これからは自分と、自分が信じる人たちの言葉を支えにして生きていこうと思う。</p><br><br><p>･･･まぁ、僕がおかしくなった原因のほとんどはおまえらのせいだけどな（笑）僕が同好会からいなくなったのも、まぁスケートとかバイトとかいろいろあるけど、9割方おまえらのせいだよ。そこそこ気づいてんだろうけど。</p><br><p>これだけははっきりと言うけど、僕が大学に入学してから出会った人のなかで、一番信頼してたのがおまえらだった。三人で過ごしてるときが、一番幸せだった。部屋使わせたり、飯作ってやったり、はたから見たら損しかしてないけど、三人でいることが十分すぎるほどの報酬だった。おまえらなら、何があってもずっとつるんでいられると、本気で思ってた。</p><br><p>いつからかはっきりとはわからないけど、たぶん1年の冬くらいから、僕はおめぇのことが好きだった。恋愛としての「好き」というより、「大切なものを愛おしいと思う気持ち」ってのが適切な表現だけど。だから、べつに付き合いたいわけじゃなかった。付き合ってない、程よいスタンスだからこそ、おまえが僕に心を許してくれてるんだってことはわかってたし、僕もそれで十分だった。なにより、三人の関係を崩したくなかった。</p><br><p>でも、おまえはあの頃「自分はダメな人間なんだ」っていっつも言ってて、同好会でも周りに強がってみせてることも多くなって、よく泣いてて･･･。ダメなんかじゃないって、おめぇのことが本当に大切で、いつも支えになってくれてて、おめぇがいるから、同好会に入ってよかったって、大学にきてよかったって、思ってるやつがいるってことを知ってほしくて。こんなこと言ったら今までの関係がくずれるんじゃないかって思ったけど、あいつには彼女いたし、僕と付き合えば、絶対におまえを傷つけないし、なにより放っておけなかったから。</p><br><p>だから、あの日僕はおまえに告ったんだよ。そしたらおめぇ、なんて言ったか覚えてっか？「うん、大丈夫だよね。私モテモテだもんね」って、人の本気告白軽くスルーしやがって（笑）</p><br><p>でも、それが理想の答えだったよ。これなら明日からも今までどおりやっていけるだろうし、おめぇも元気出してくれるだろうなって期待して。</p><br><p>だから、その後おまえが僕を避けるようになったのは、すごく悲しかったし、腹立だしかった。</p><br><p>その直後、あいつに一部始終話して、そしたらあいつと彼女にもいろいろあって、なんやかんやで結局また三人でつるむようになって、まぁ彼女には悪いが一件落着だと思ったよ。</p><br><p>んで、夏ごろか、ちょうど免許合宿にいってるころ、メールの内容とかでおめぇはあいつのことが好きなんじゃないかと思うようになった。実は、おまえにふられてからずっと、あいつとおめぇが付き合うのが一番だと思ってた。あいつも、おまえが今までどんな付き合い方をしてきたか知ってるから、どういう扱い方をしたらいいかわかってるだろうし、二人が付き合っても、三人でいるときは今までどおりにつるんでいけるほど心が通じ合ってると確信してた。だから、まぁ変態トークも交えつつ、おめぇのほうに気が向くような会話を多くしてたし、実際すでにあいつも結構その気だった。･･･まさか、2年の9月の飲み会のときに、あんなことが起こるとは思いもしなかったけど。</p><br><p>僕はてっきり、せいぜいキスかおさわりくらいだろうと思ってた。当時おめぇには付き合ってる相手がいたから、それくらいでも二人の仲が疎遠になるくらい気を病んでいても不思議じゃないと思った。でも、やっぱ僕は二人がすれ違っているのをみるのは辛かった。その頃僕はまだスケートと同好会両方とも練習に参加してたし、バイトもあったし授業もつまってたから、正直まったく暇はなかったけど、でも僕はおまえらのために時間を使うほうが大事だったから、なによりはやく三人でつるんでる時間を取り戻したかったから、二人に個別に話したり、べつのやつにいろいろ相談にのってもらったりしてた。だから、12月の終わりに二人がくっついてくれて、ホントによかったと思った。多少は僕が入れない時間もできるだろうけど、また今までみたいに三人でつるむことができるだろうと思ってた。･･･もう二度とそんなことはないんだってことは、思いつかなかったよ。</p><br><p>年が明けてから、僕はあいつが憎らしくてしかたなかった。あいつは、僕がまだおめぇのことが好きだって知ってて、自分がおまえと付き合ったから、僕があいつに対して怒ってるんだと思ってたんだろうけど、そうじゃない。何度も言うけど、僕はおめぇとあいつが付き合ったことはよかったと思ってる。あいつは、今までおめぇがどんな相手と付き合ってきたか、どういう付き合い方をしたいかわかってるくせに、それをしようとしない。惚れた女を親友に託したのに大事に扱ってない、全く幸せそうにしてないんだから、腹立って当然だろ。加えて、僕はその頃「あいつは僕がいないと何も出来ないチキン野郎」くらいに思ってたから、追いコンのことで僕に何も相談してこないことも腹立だしかった。だから、追いコンは絶対何もしないつもりだったんだけど･･･。まぁ僕の性格上、そんなことはできなかったわけで。</p><br><p>追いコンの2次会の帰り、あの9月の飲み会のあと何があったかおまえらからきかされたとき、自分でも意識できないくらいショックだった。あいつは僕がまだおめぇのこと好きだって知ってたのに、しかもおめぇには別に付き合ってるやつがいたのに、酒に酔ったいきおいでヤッたこと、当時あいつのこと「魔法使い」ってバカにしてて、おめぇも「あんたならいいよー」とか言って、楽しくふざけあってたのに、ホントにヤッちまうサイテーなやつらだったこと、そのことを半年も僕に黙っていたこと、「責任」で付き合いはじめたやつらのために、自分の時間を潰してまで本気で心配して奔走してたこと･･･。そして、それを知った直後、両親が無職になって多額の借金を背負ったことを知らされた。</p><br><p>もう、なにがなんだかわからなくなった。</p><br><p>あいつも含めて、何人かに僕の家庭事情について話したけど、みんな「真吾なら大丈夫だろう」みたいな、まさに「他人事」といった反応しかしてくれなかった。別に金銭的援助がほしかったわけじゃないけど、何か支えがほしかった。大学での唯一の支えに裏切られ、家族という絶対的な基盤は根本から崩れた。親父は家をでていき、祖父母の土地を売って借金の返済にあて、その祖父母の面倒をみるためにおふくろは毎日パートにでかけ、兄貴は何年も連絡がつかず･･･。</p><br><p>何を頼ればいい？何を支えにすればいい？僕にはもう、支えになるものが何もなかった。そんな状況で「大丈夫」なやつなんて、いるわけないのに。僕自身、人間関係とか、環境の変化なんかで、精神がおかしくなるような弱い人間じゃないと思ってたし、おまえらもそう思ってただろう。だから、「あの時」のことを飲み会帰りの酔った状態で笑い話で済ませる気だったんだろう。</p><br><br><p>でも、僕は自分で思ってる以上に、おまえらに依存してた。甘えていた。</p><br><p>そして、自分が思っていたよりも、とてつもなく弱かった。おまえらがいないと、まともな生活も送れないほどに。</p><br><p>そして僕は壊れた。この話はなんかどっかでした気がするが、それから僕は授業にもでず、毎日パチンコばっかしてた。ふつうに生活するだけでも大変なのに、バイトで稼いだ金は全部パチンコに消え、それでも足りず個人的に借金をして･･･。もうどうしようもなかった。</p><br><p>そんなとき、富士山の仕事を教えてもらった。富士山にいかなかったら、今でも僕は腐った生活をしてたと思う。富士山の仕事は、さすがに短期間で大金が稼げるだけあって、いろんな事情の人がいてさ。それでもみんなすごく楽しそうに働いてて、「あぁ、自分って小さい人間だな」って思い知らされた。僕の周りで起きたことは「小さい」ことだったとは思わないけど、でも僕自身が何もできなくなったわけじゃない。僕はまだ、望めばなんでもできる状態にあるのに、なにやってたんだろうって、すごく元気をもらった。</p><br><p>富士山から帰ってきたら少し精神的にも余裕ができた。だから、もう全く陸上には興味がなかったけど、あいつが主将で、おまえが渉外で、二人が中心になって参加するクラブ対抗にでようと思った。あいつが表彰台にのぼる姿が見たかったし、まさかおめぇも表彰台にのぼると思ってなかったけど、二人がいっしょに表彰台に立つ姿をみて、本当にうれしかった。そして、やっぱり僕の中では、おまえら二人は何があっても嫌いになれない「特別な存在」なんだと思ったよ。それは今も変わってない。</p><br><p>代替わりミーティングですっぱり同好会と縁をきってから、僕はバイトばっかやってた。そのころ都留文のやつといろいろあって、そいつんとこばっか行ってたし、スケートの遠征も多くなるし、就活もはじまって、とにかく金がなかった。富士山で稼いだ分は、個人的な借金の返済にあてたからもうなかったし。</p><br><p>就活もホントひどかったよ。3年の冬に受けてた会社の面接官にすげぇショックなこと言われてさ。</p><br><p>「キミは陸上やったり、スケートやったり、発掘やって富士山いってバイトもたくさんして、一体なにがやりたいんだ？そんななんでもかんでも手だすような優柔不断なことで、社会人としてやっていけると思ってるの？」ってね。</p><br><p>ショックというより、単純におどろいた。僕は、「何でもできる」ことはプラスになってもマイナスにはならないと思ってたから、そんな考え方をする人がいることなんて思いもしなかった。しかも、それはその会社だけじゃなく、受けたほとんどの会社で同じようなことを言われた。</p><br><p>自分の稼ぎだけで生活しながら大学受験して合格することも、自分で生活費も学費も賄いながら大学生活を送ることも、そんななかで大学からはじめたスケートでインカレ・国体に出場することも、どれをとっても簡単にできることじゃないと思ってた。でも、それを評価してくれる会社はなく、内々定をもらってた企業からも最終的には不合格とされた。</p><br><p>どこにいっても、僕の人生は全て否定された。</p><br><p>ある面接官からは「社会人には学生と違って責任というものが発生するのに、そんなにいろいろやってて、キミには責任感というものがちゃんとあるのか？」みたいなことも言われた。僕は富士山でガイドやってるときに、まぁあまり大きな声ではいえないけど、お客さんを目の前で死なせたことがある。78歳の方で、心不全だったんだけど、もう手遅れなのに救護が来るまで2時間近く心臓マッサージと人工呼吸を繰り返したあの感触は忘れられない。一方で、登山道から転落して頭蓋骨陥没・意識不明の人を背負って救護所まで運んで、一命をとりとめたこともある。そんな経験をしてる僕に向かって、人の命も扱わない、すぐ責任の所在をうやむやにする窓際族の人間が、こっちの話もろくに聞かずに「責任」を問う。･･･腹が立つよりも、滑稽だった。そんな人間の下で働きたいなんてとても思えなかった。</p><br><p>たいてい面接官は、バイト経験やサークルの成績なんて「所詮学生のやったこと」として話半分にしかきいていない。そして「学生と社会人は責任が違う」なんて言い出す。つまりそれは、そいつが学生のときに「責任ある仕事」をしてこなかったことの証だろう？学生のときに「自分はただ遊んでました」って言ってるようなもんだろう？人の話の本質も理解できない器の小さいやつの下にいて、何の得がある？</p><br><p>自分がいかに壮絶な経験をしたところで、やったことない人にはわかるはずがない。スポーツやったことない人間にインカレや国体にでたっていっても、「ふーん」で終わるだけだ。それがどれだけ大変なことか、そこにいたるまでにどれだけの努力を費やしてきたか、想像できるわけがない。富士山の話だって、たいてい周りにはギャグとしてしか受け取られないけど、実際には人の命をつねに背負っている仕事だ。高山病で意識失った人の処置なんて日常茶飯事だ。</p><br><p>親の金で悠々自適な大学生活送ってたやつが、自分の稼ぎだけで生活費も学費も賄って、その上授業と部活を両立させることがどれだけきついことなのか、わかるわけがない。</p><br><br><p>なにもかもバカらしくなった。今でもそうだけど、僕はずっと、大学に入ったことが人生最大の間違いだったと思っている。だってそうだろ？あのまま奈良にいれば、職もあって金に困ることもなく、周りには気の知れた仲間がたくさんいて、女もいて･･･。それでも、当時お世話になってた研究員に「ちゃんと大学いって研究員になったほうがいい」ってすすめられて、幸福だった時間全部すてて苦労して大学はいったのに、親友は離れていって、親は無職になって、金ないから大学院にはいけなくなり、それならスケートとバイトをがんばろうと思ってなんとかやってきたのに、それも肝心の就活で全部否定されて･･･。</p><br><p>4年の中頃、昼間はマクドナルドでバイトして、夕方部活の練習にいき、夜は大元で働いて、ちょっと寝てまたマックにいき、部活にでて大元で働く･･･。そんな毎日の繰り返し。先のことなんか何も考えてられない。ただ「生きる」ために生活している毎日。･･･生きてる充実感なんて欠片もなかった。たしかに、バイトしてるときは楽しかったけど、家に帰ってくるといつも、「なんで大学きたんだろ」「なんで今大学生なんてやってんだろ」って思ってた。スケートの練習も、たしかにタイムはのびていったけど、同級生は別の大学に混じって練習してるし、後輩は各学年に一人ずついるけど、ケガとか授業優先したりして練習こないしで･･･ずっと一人だった。</p><br><p>ホントに金がなくて、その日生きるのに精一杯で、以前と変わってすごい利己的な人間になってしまったよ。前は誰かのために自分の時間や労力を使うことがうれしかったのに、今は自分に利益のないことは極力しないようになった。3年の11月ごろに都留文のやつといい感じだったけど、そいつは僕が金なくて、ほとんどいつもバイトしてて時間もないのに、わずかな自由に使える時間と金を費やして山梨まで会いにいってるってことを気に病んでて、結局それで別れて。奈良にいたときの彼女だってそう、受験の邪魔になるから別れようって言われて。それが本心だったのかは知らんけどさ。</p><br><p>僕は、自分の好きな人のために自分の時間を使えることが幸せでしかたなかったのに、いつもそれは受け入れられない。以前は余裕があったからよかったけど、自分が生きるだけで精一杯な今となっては、そんな考えももうできない。陸上をやめたのも、インカレにでれるわけでも、まして県で勝つこともクラブ対抗ですら勝つこともできないのに、なんで時間と体力削ってまで一生懸命練習してんだろうって、バカらしくなったから。</p><br><p>今、全然彼女ほしいと思わないけど、きっと誰かと付き合ったら、この全く余裕のない状況でもそいつのために時間と労力を使ってしまうと思う。だから、そこまでするなら、確実に結婚してくれる相手じゃないと付き合いたくない、なんて、サイテーな考えをする人間になっちまった。</p><br><p>まぁ、つまりは僕はそういう人間だ。だれかのために何かをしても、ただの余計なお世話で終わる。それに見合う報酬を受け取ったためしがない。</p><br><p>バイトの時なんかも、僕は給料は同じでも真面目に人より多くの仕事をしてしまうタイプで、でもそれで周りが喜んでくれるならそれでいいと思ってて、だけどバイトかけもちしてシフトはいるの減ったり残業もできなくなると途端に周りは冷たくなった。同好会もそう。学祭も追いコンも、僕がいるときはやたら頼ってくるくせに、忙しくて顔だせなくなると全く話しかけてこなくなる。同好会を辞めたあとなんか誰からもメールすらこないし、競技場の横通っても誰もあいさつもしてこない。</p><br><br><p>信用されてると思ってたのに。必要とされてると思ってたのに。</p><p>それはただ僕の思い上がり。</p><p>結局は、僕はただのていのいい「雑用係」でしかなかった。</p><p>それが事実だった。</p><br><p>僕の「能力」を必要とする人は多かったけど、「僕」という「人間」を必要とする人は、誰もいなかった。</p><p>それが受け入れられなくて、受け入れたくなくて、僕は壊れた。</p><br><br><p>つい最近まではそれが理不尽だと思うようになって、軽い人間不信みたいになって、バイト以外では全く人と接してこなかった。けど、12月に後輩から電話があって、年始に高校のやつらと飲んで、今書いてきたことを全部話したらみんな受け入れてくれて、言ってほしい言葉を言ってくれて･･･。</p><br><p>自分が幸せになれるとは全然思えないけど、でもやっぱり僕はこういう生き方しかできない。そして、僕のことを理解してくれている人がいることもわかったから、もう間違えない。以前のような、18で家を飛び出したあの頃の自分にもどれるように、これからは生きていきたい。</p><br><br><br><p>･･･長っ！！（笑</p><br><p>言いたいことたらたら書いてたらこんなに長くなっちまった･･･。ちゃんとここまで読んでくれてっかな？ちょっと読み返してみたけど、思いつきで書いてっから、文章ひでぇなぁ。まぁおまえらのせいでこんなに長くなってんだから、ちゃんと最後まで読めよ（笑）2年間もだれにも言えずにためてきたことなんだから。</p><br><br><p>さてと、まぁでもほとんど言い尽くしたかな。したら、とりあえずこれだけ言っておく。</p><br><p>僕は今でも、おまえのことが好きだ。そして、またあの頃のように、三人でつるめる日がくればいいと思ってる。いいと思ってるけど、実際は会いたくない･･･うーん、矛盾してるな。</p><br><p>同好会やめて、おまえらと会わなくなってからも、僕は何度か三人で会えるような提案をしていた。今年富士山にいるときにおめぇを飯に誘ったのだって、もちろん二人でじゃなくて、あいつもいれて三人でってつもりだったんだが、返信すらしてくれなかったな。･･･もう三人で集まっても大丈夫だと思ったんだけどな。</p><br><p>あれが最後だ。もう僕からおまえらを誘うことはないし、たぶんおまえらの誘いにのることもない。おまえらのせいでこんな惨めな人間になったのに、それでも妥協してまた三人でつるめるよう提案したのに、ことごとくそれを拒否したんだ。文句ねぇだろ？僕はもう、自分のことをちゃんと理解してくれるやつらがいることに気づいた。だからもう、おまえらだけにすがるような惨めなまねはしない。ぶっちゃけ、卒業旅行いかないのも、予定云々よりそっちの気持ちのほうが強い。</p><br><p>でも、やっぱり僕はおまえらのことを大切に思ってるし、幸せになってほしいと思ってる。ホントに損な性格だよ。一度好きになったやつのことは、どうやっても嫌いになれない。</p><br><p>ホントは、「弱い自分」をだれかに知られるのはすごく嫌なんだけど、おまえらのなかでは「強い僕」でありたかったけど･･･でも、やっぱり知ってほしかった。だから、この手紙を書いてる。おまえらが本当に大切な存在であったからこそ。</p><br><br><p>･･･なぁ、おまえらにとって、僕はなんだったんだ？</p><br><p>僕はおまえらのことを、本当に、誰よりも信頼していた。1年のとき、あいつが「大学で知り合ったやつが、中学や高校からの友達以上に仲良くなれるなんて思ってなかった」みたいなこと言ってた。僕もそう思ってた。僕にとっておまえらはホントに近い存在だった。おまえらもそう感じてくれてると思ってた。けど、おまえらは、とても大事なことを僕にだまっていて、とても大事なときに僕のそばにいてくれなかった。僕のほしい言葉を、一度たりともくれなかった。僕のことを誰よりも理解してくれてると思ってた。誰よりもわかっててほしかった。でも、結局何もわかってくれてなかった。僕は、おまえらにとって「その他大勢いる知人の中の一人」でしかなかった。</p><br><p>･･･それがホントに悲しくて、今でも泣きそうになるよ。実際はどうだったのか知らんが、少なくてもそう受け取らざるをえない体裁だった。最近まで、僕のここ2年間の状況を誰にも相談できなかったのは、もし地元の友達でさえ、僕のことを「その他大勢いる知人の中の一人」としてしかとらえてなかったら、僕はもう立ち直れないと思ったから。でも違った。あいつらはちゃんとわかっててくれた。そして、おまえらにも、そうであってほしかった。僕は今でも、おまえらにとって「その他大勢いる知人の中の一人」から抜きんでた、「特別な存在」であってほしかったと強く願ってる。</p><br><br><p>なぁ、おまえは僕と離れて、あいつと付き合って、幸せだったか？</p><br><p>幸せなら、それでいい。ある人ははあいつと別れた方がおまえにとっていいんじゃないかなんて言ってたけど、二人しかわからない幸せのかたちもあるだろうから、幸せだと思ってるならそれでいい。まぁ「二人ともチキンだから、少なくても卒業まではどっちも別れるなんて言い出さないだろう」という僕の予言どおり、今までやってこれただけかもしれんが（笑）</p><br><p>とにかく幸せでいてくれ。おまえらの幸せに僕は必要なくても、これだけの目にあっても、やっぱり僕はそれを願う。</p><br><p>陸上以外接点ないのに、とくに趣味とかあうわけでもないのに、これだけ気兼ねなく話せて、いっしょにいたいと思えるやつに、この先また出会えるとは思えないけど。好きなやつのことがどうでもよくなるのは、そいつよりも好きなやつに出会ったときしかないと思うから。だから、しばらく僕はおまえのことが好きなんだと思う。もし、おまえのことがどうでもよくなるくらい好きな人ができたら、また三人で集まろう。･･･ま、そんな日はこないかもしれんが。</p><br><p>最後に、僕はおまえが思ってるほどできた人間でもなければ、強い人間でもないよ。一人じゃ生きていけない、本当に弱くて、小さい人間だったよ。それがわかったから、もう遠回りはしない。この4年間があってよかったものだったとはとても思えないけど、いつかそう思える日がくればいいと思う。</p><br><br><p>それから、おまえらと疎遠になってからの2年間、ホントに、つらかった。さびしかった。もう･･･疲れたわ。だから、今までやってきたことは一旦休むことにする。またいつか余裕ができるときまで、ひとつのことだけに、将来につながることだけに集中していこうと思う。</p><br><br><p>今まで散々えらそうなことおまえに言ってきたけど、結局、人生も恋愛も、一番わかってなかったのは僕だった。ごめんな、しったかぶって。</p><br><br><br><p>･･･長くなって悪かった。もう言いたいことは言い尽くしたわ</p><br><p>ここまで読んでくれてありがとう。</p><br><br><br><p>元気でな。</p><br><br><br><br><br><p>--------------------------------------------------------------------------------</p><br><p>･･･以上！つーか長っ！！</p><p>かつての自分、よくこんなの書いたな･･･。</p><br><p>これを読んで、僕に対する認識が変わった方もいるかもしれませんが、これが事実です。</p><br><p>余談ですが、この手紙の相手とはこれ以来一度も連絡をとっていません。まぁどこかで幸せに生きていてくれればいいなと思います。<br>.</p></div>
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<link>https://ameblo.jp/fujiyamamaster/entry-11446506309.html</link>
<pubDate>Sun, 30 Dec 2012 02:58:28 +0900</pubDate>
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<title>世にも奇妙な浪人物語～発掘作業員から大学へ～</title>
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<![CDATA[ <p>僕は高校を出てすぐ、奈良県で遺跡発掘作業員を一年間していました。</p><p>そのときのストーリーを書き上げてみました！</p><br><p>･･･こんな人生もあるのですよ（笑</p><br><br><br><p>…よぅ相棒。お前も授業サボりか？やっぱこんないい天気の日は屋上で昼寝にかぎるよな。夏は暑すぎて寝てらんなかったけどよ、最近はポカポカ陽気で寝るには最高だな。</p><p>  </p><p><br>しっかし、こんなに静かで居心地いいところで寝っ転がってっと、ついアイツのことを思い出して感傷にひたっちまうんだよなぁ。…ん？アイツが誰かって？まぁアイツは変な奴でよ。とにかく人と違うことをしやがる。まさに自由奔放ってやつよ。おめぇにゃなかなか理解できんかもしれんがな。</p><p>  </p><p><br>…まぁ聞いてくれよ相棒。オレがこんな真面目な話すんのは珍しいからな。ちょっと…いや、だいぶ変わった、とある浪人生の話さ…。</p><p> <br> </p><p>  </p><p><br> 『世にも奇妙な浪人物語～発掘作業員から大学へ～』 </p><p>  </p><p><br>  </p><a href="#" class="moreReader" title="page121229">・・・続きはこちらから</a><div class="page121229" style="display:none;"><p><br>アイツはとにかく束縛されるのが嫌いな人種でな。浪人が決まった瞬間も、予備校に通おうなんてこれっぽっちも考えなかったそうだ。だいいち、アイツの地元には大手の予備校なんぞねぇから、わざわざ往復二四〇〇円かけて札幌まででなきゃならねぇ。しかも、当時アイツの兄貴は札幌の専門学校に通っててよ、一人暮らしのくせにバイトもしねぇでかなり仕送りしてもらってたらしい。さすがにこれ以上家の金は使えんと思ったんだべな。</p><p> </p><p><br>そこでアイツは金もはいり体力もおとさず、かつ学力の向上を図れる方法を考えた。その結論が、考古学科志望のアイツにとって発掘作業員だったってわけさ。 </p><p>  </p><p><br> そうと決まれば話ははやい。さっそくネットで検索して、一番最初に見つけた奈良の発掘作業員派遣会社の社長にメールしてみたわけよ。したっけ、いきなり「ＯＫ」の返事がかえってきたみてぇでよ、さすがにびびったらしいわ。</p><p> </p><p><br>後にきいてみると、アイツは社長にからかわれてると思ったらしい。一方で、社長もホントに来るとは思ってなかったんだと。でもまぁ、そのメールのやりとりの三日後にホントに奈良に行っちまうんだから、たいしたもんだよな。</p><p>  </p><p><br>その熱意をかって、社長もかなりかわいがってくれたんだわ。しかも、奈良にいったらすでに社長がいい部屋探しといてくれて、さらに大家さんに奈良に来た経緯を説明したら家賃七千円引き＆礼金０円というサービスだと。…関西人の人情のあつさにはホントびっくりだな。 </p><p>  </p><p><br>  </p><p><br>そんなこんなで奈良での生活がはじまったわけだが、アイツの派遣先は奈良文化財研究所、通称奈文研ってとこでな。まぁ日本の考古学界では知らんやつはいない、文化庁の次に権力のある国家機関よ。今は法人化しちまったがな。でもまぁ、奈文研の研究員（正式名称は文化財技師、実際に現場にでて指揮する研究員）はほとんど東大、京大出身のエリートだが、作業員（研究員の指示により実際に掘る人、原則として研究員は指示するだけで実際には掘らない）はその辺のおっちゃんとかおばちゃんよ。アイツの最初の作業班は班長が四〇歳、あと三〇代後半が一人いただけでみんな六〇、七〇の年配の方ばっかだったらしく、ようかわいがられたらしいわ。</p><p>  </p><p><br>アイツの記念すべき初現場は平城宮跡内の一角でな。最初は何すんのかと思えば、ひたすら土砂の運搬、つまり土捨てだな。当たり前だが、掘った土を遺跡内に放置しとくわけにいかんから、作業員は一人一つ「テミ（手網）」っていう土をいれる箱みたいなんを傍らにおいて作業すんのよ。広い現場だったからベルトコンベアが設置してあんだけど、そんな縦横無尽にはしってるわけでないから、コンベアから離れて作業するときはそのテミの中に土をためておくってわけ。</p><p> </p><p><br>んで新人さんにはいきなり掘らしてくれんから、ベテランさんの傍で作業の手順をみつつ、いっぱいになったテミをコンベアのとこまでもってって土をながしてくるってわけよ。発掘ってのは一歩間違えると遺跡の破壊行為だかんな。遺構も見分けられず地層もよめない、まして石の欠片と土器の区別もできんやつにはスコップも握らせてもらえんのよ。</p><p> </p><p><br>まぁそれは重々承知だったからいいんだが、この土捨てってのもしんどくてな。なんせテミが満杯になると一五㌔くらいあるもんだが、それを三〇㍍ほど離れたコンベアに流してくると次のがもうたまってるから、運んで捨てての繰り返しを六時間やるわけよ（作業時間は基本的に八時半から一六時半、うち午前に三〇分、昼に一時間、午後に三〇分休憩をはさむ）。</p><p>  </p><p><br> </p><p><br>はじめの一ヵ月はそれしかやらせてもらえんかったんだと。もっとハケとかちっこいほうきで、さっさっさっとやるような繊細な発掘作業を想像してたらしいが、完全に土方仕事でな。予想してた発掘作業と全然違ってびっくりしたらしいわ。</p><p> </p><p><br>しかも、地元のおっちゃんの関西弁を聞き取れるほど関西には馴染んでなかったし、何言ってるかわかんなくてよう怒られたらしい。「あの土ほかしといてー」って言われて、「ほかす」を「ほったらかす」という意味だと思って放置しといたら、「ほかしとけ言うたやん！はよせぇやアホー！」ってスコップの柄で頭殴られたりしとったわ（ほかすは捨てるという意味）。関西弁で怒鳴られると相当へこむだろうなぁ。まぁ、今は標準語と同じニュアンスでとれるらしいが。</p><p>  </p><p><br> </p><p><br>さらに、毎日土捨てばっかでさすがに疲れがでてきたのか、まわりから「自分、体力ないなぁ」と言われる始末。仮にも、つい一年前に一五〇〇㍍で北海道八位、五〇〇〇㍍一五分台だった男が、六〇も過ぎたおっちゃんたちからそんなこと言われるなんて、かなり屈辱的だったべさ。「部活で鍛えた不屈の精神力」を売りにしていたアイツでも、はじめの一ヶ月でかなりその信念はゆらいでいったよ。…でも仕方がない、それが現実だったからな。</p><p>  </p><p><br> <br> </p><p>次の一ヶ月で一通り掘る技術を学んだ。例えば「スキトリ」といって、スコップで土を一㌢単位で剥ぎ取っていくやり方とかな。土ってのは、まぁ堆積場所や状況にもよるが、数㌢積もるのに何十年もかかったりする。つまり、奈良時代の遺構を探してるのに、いきなり二〇㌢くらい掘ってしまうと古墳時代の層に到達してしまう可能性があるってことだ。だから、研究員の方が「三㌢さげてくださーい」というと、何千㎡もある遺跡内を全部三㌢だけ土をはぐという気の遠くなるような作業を要する。</p><p> </p><p><br>「ドカ掘り」の場合は現代の攪乱層とか井戸のなかとかを掘るから、その名の通りひたすら掘ればいいけど、かなり体力を使う。しかも、土の中に遺物が混ざってたらそれも選別しねぇといけないしな。おめぇも幅跳びの砂を耕したりしたことくれぇあんだろ？あれみてぇなもんだよ。まぁあんなやわらけぇ土なんてほとんどないから、あれのきついヴァージョンを六時間続けると思えばいいな。</p><p>  </p><p><br>あとは遺構の掘り方だな。遺構ってのは柱の穴とか河・溝の跡とかのことだけど、人工的なのと自然的なのとでは遺構の掘り方を変えないといけねぇ。しかも、「底まで掘って」と言われても、底がどこまでかわからんかったりな。まわりの土の質の違いで底かどうか判断するわけだが、最初これが全然区別つかんのよ。</p><p>  </p><p><br>当然、アイツは下っ端だから土捨てしたり、仮設便所の掃除したり、現場をおおうシートを何十枚も一人でたたんだり、土嚢を何十個も作ったりしながらそういう堀りの技術を学んでいったんだ。相当しんどくて、次の日寝て起きると握力がなくて手がひらかないんだよ。なかなか想像できねぇべ？とにかく箸ももてないから、しばらくパンばっか食ってたよ。３週間くらいパンのミミだけで生活してたときもあったそうだ。金もなかったみてぇだかんな。</p><p>  </p><p><br>六月にはいると現場がかわってな。西大寺ってとこに移ったんだ。でも、その時期は梅雨で雨ばっかでよ。当然雨なら現場は休みで収入が減る。アイツは梅雨なんぞ人生で初体験だったからちょいと甘くみてたらしい。さすがに金がやばくなって、発掘の他にラーメン屋のバイトもはじめたんよ。でもそれがまたきつくてな。ただでさえ飲食はきついのに、まして関西人のクレームのきついこと。アイツのバイト先はアイツのいた半年で十一人がやめてったかなりのとこだったし、アイツ自身も十回もはいらんうちに「もうやめても大丈夫ですかね…」とまわりに愚痴ってたらしいわ。</p><p>  </p><p><br>  </p><p><br>アイツは、自分は何でもソツなくこなせるという自信があったんだろう。でも、それはとんだ誤算だった。…今まで自分が信じていた自分の理想像がいとも簡単に壊されるほど、惨めなことは無いよな。 </p><p>  </p><p><br>でもまぁ、考えてみれば当然だ。オレらはずっと「学校」というごく限られた閉鎖的な世界で生きてきた。所詮「部活で鍛えた精神力」など、心許せる、信頼できる仲間の中で、単に先生や部長の言うことを素直に聞いて実行する過程で培われたものだ。自分のことを「他人」としてしか見てくれず、誰一人として自分の心内を理解している人のいない社会の中で、そんなもの通用するわけがない。  </p><p>  </p><p><br>  </p><p><br>…それでも、アイツは耐えたよ。仕事ができないからってただ落胆してても意味はない。そこで自分の社会的評価を再認識して、それを受け入れて修正していくことが、社会で生きていくためには必要なことなんだとオレは思う。それができたからこそ、アイツは今のような人間になれたんだろうな。ま、家を飛び出しておいて今さら帰れねぇってのもあったんだろうがな。</p><p>  </p><p><br>  </p><p><br> 七月、八月も過ぎると、アイツに対する周りの目も変わっていったよ。梅雨があけるとほぼ毎日三〇℃をこえる日々が続いてな。まして地面の真上や地中は四〇℃をゆうにこえてただろう。アイツの地元は一番暑くても二五℃までしかあがらんから、相当きつかったべな。それでもアイツは一日も休むことなく出勤し続けたよ。ベテランが何人も倒れて、救急車がきたりしても、アイツは黙々作業を続けた。まぁ本人も覚えてないが、作業中に意識を失ったことはあったらしい。一歩も動かず同じとこばっか掘り続けてるからおかしいと思って声かけたら、意識がなかったんだと。</p><p>  </p><p><br>まぁそんなこともあって、当初「絶対途中で音をあげる」とまわりから思われていたアイツも、夏が過ぎたころには一人前として認められるようになったんだわ。</p><p>  </p><p><br>  </p><p><br> とまぁなんかネガティブなことばっか言ってきたが、まわりの人はいい人たちばっかだったらしいわ。社長の家にお招きされることはしょっちゅうあったし、現場の人も、仕事中以外は僕は孫みたいなもんだから、仕事が終わると飯に誘ってくれてよくおごってくれてたよ。</p><p>  </p><p><br>休憩中にはおじちゃん･おばちゃんがこんなほのぼのした会話をしてたなぁ。「ウチできゅうり育ててるんやけど、朝に見にいったらピーンと真っ直ぐ伸びとって身もガッチガチにつまっとったわぁ」「ほー人間と同じやな」「んでも昼間見にいくとな、ぐにゃっと曲がっとって身もしぼんでてあかんねん」「ほー人間と同じやな」…うん、ええ話や。</p><p>  </p><p><br>あとラーメン屋の人たちも、暇になるときまってＡ○女優の話とか出会い系サイトの話とかふってくんのよ。アイツの変態性はその辺でかなり鍛えられたんだろうな。</p><p>  </p><p><br>ほかにもいいことたくさんあったよ。仕事始めてすぐ、社長の知り合いの教育委員会埋蔵文化財課の人と仲良くなってな。その人のつてで関西学生考古学研究会ってのに参加させてもらってたんだ。んで、京大、同志社、立命、阪大、関西学院、奈良大、奈良女、京女…いろんな大学の院生・学部生の方と大学入学前にかなり親しくなってたよ。今でも、他大学の知り合いは関西のほうが多いんだと。</p><p>  </p><p><br>さらに、アイツはこの特異な状況を利用して筑波のＡＣを受けようとした。論文とか自己推薦書とか研究所の人に見せて推敲してもらってたらしい。そら一次試験通るわな。おかげで今も論文とか、文章を書くのは得意だそうだ。まぁ、その一次試験用の書類作成にかけてたため、全く勉強はしてなかったからその後泣きをみるハメになるんだがな。</p><p>  </p><p><br>とりあえずそれは置いといて、九月にはいると状況が一変したよ。まず仕事の能力が認められて給料があがった。土質の違いも、土器の識別も触っただけでわかるようになった。後輩…つってもおっちゃんばっかだが、新人の指導役も任されたし、別の現場の緊急調査チームにもいれてもらえるようになった。現場を指揮する研究員のチームも変わってな。そのチームの最高責任者の考古第三研究室室長と仲良くなって、文化庁関係者と研究所のお偉いさんしか入れない研究施設を見学させてもらったりもしてたな。</p><p>  </p><p><br>んで、ＡＣの書類も無事提出できて、その論文の内容を考古学研究会で発表させてもらったりもしたらしい。創立以来はじめての大学入る前のやつの発表ってことで話題になってたよ。あと、日本ではじめて水中考古学セミナーってのが京大でひらかれて、それに参加してテキサスＡ＆Ｍ大学とか、オーストラリア・フリンダース大学とかのドクターの人と仲良くなったってな。大学でのアイツの専門が水中考古学で、その人たちとは今もメールのやりとりしてるし。ラーメン屋のバイトにもすっかり慣れて、八時～一七時まで発掘、一八時～翌三時までラーメン屋っていう生活を三日続けても平気なようになったらしい。まったく、人間の適応能力ってすばらしいな。</p><p> <br> </p><p>まぁ、それより何より、アイツの人生で最も忘れられない出来事が、アイツの一九回目の誕生日の日にあったんだが…それはオレの口からは言えねぇから、気になるならアイツに直接きいてみてくれや。</p><p>  </p><p><br>…とにかく、アイツにとってこの時期が、人生で一番幸福だったことにはちげぇねぇべなぁ。</p><p>  </p><p><br>一〇月もまだよかった。現場も大詰めになって、報道関係者がいっぱいきてな。ＮＨＫの特集にもとりあげられたらしいが、アイツテレビもってなかったから知らんかったんだと。残念だなぁ。んで、ＡＣの一次試験合格の通知もきてな。もう有頂天だったよ。これで三月まで何の問題もなく発掘を続けてられるってな。毎年二次の面接で落とされるのはゼロ、いても一人くらいだかんな。もう受かった気分で二次試験受けに仕事休んで筑波に行ったよ。</p><p> </p><p><br>…それがすぐにどん底に突き落とされるとはなぁ。後にわかったことだが、その年は一次合格者が一一人、二次合格者が三人。二次で八人もおとされてやがる。…えげつねぇよな。</p><p>  </p><p><br>そんなわけで、急遽十一月いっぱいで発掘をやめることになった。ＡＣの件で筑波はもう嫌になってたけど、金がなくてわざわざ働いてたから今さら私立にはいけるはずもなく、アイツの数学のダメっぷりは度を越えていたから、国立で数ⅡＢを使わなくていいところが唯一筑波しか見つからなかったんだと。ホントは関西に残っていたかったらしいけどな。筑波なら一回受けてるから二次の傾向もわかってたし、なんせ高校の頃から国語、英語、倫理、地学、数ⅠＡの五教科しか勉強してなかったもんだから、今まで何の勉強もしてなかった一浪の十一月に、新しい教科をはじめる余裕なんてあるはずねぇわな。</p><p>  </p><p><br>…それからが地獄だった。近くに予備校がねぇから模試も受けらんねぇ。年の近い話相手もいない。しかもアホなことに間違って奈良でセンターの申し込みしたから、一月末まで奈良にいないといけなかった。まぁ家賃払うためにラーメン屋のバイトはちょこっと続けてたみたいだが、とにかく不安でいっぱいだったろうよ。</p><p>  </p><p><br>だって、わざわざ北海道から奈良にでてきて、大学いくことを前提に発掘してて、社長や作業員・研究所の人たち、いろんな大学の人たちにものすごくお世話になったのに、これで大学に落ちたら何て言えばいい？情けなくて、もう顔を合わすこともできやしないだろう。「バカなやつもいたなぁ」と哀れに思われるに違いない。</p><p>  </p><p><br>そんなのは嫌だった。最後は笑って礼を言いたかった。「今までお世話になりました。ありがとうございました」ってな。アイツは、奈良で出会ったすべての人たちに感謝と申し訳なさを抱いていた。だからこそ受かるしかなかった。</p><p>  </p><p><br>…センターを終えるとアイツは北海道に帰っていったよ。幸福だった時間に別れを告げて、もう一度笑顔で帰ってくる決意をしてな。</p><p>  </p><p><br>  </p><p><br>…おっと、もう次の授業はじまってんでねぇか。そろそろ行かねぇと…あん？アイツがどうなったか気になるって？しゃーねぇな。最後まで話してやるか。</p><p>  </p><p><br>…アイツは受かったよ。無事、本命にな。後にきいてみたら、アイツが現役のときは合格最低点に六点足りなくて落ちたらしい。んで今回は合格最低点の二点上だったんだとよ。…まったく、オレは運命論者じゃねぇが、これは運命としかいいようがねぇべな。神様はきっと、アイツにあの一年間を経験させるために、現役で落としたんだろう。じゃなきゃ、一浪の十一月に勉強はじめて一般の前期で受かったりしねぇって。…でもまぁ、栄光と挫折、幸福と絶望、その両極端を大学に入る前に経験できた。それはアイツの人生にとってホントに大きなことだったと思うよ…。</p><p>  </p><p><br>  </p><p><br>ん？大学に入ってからはどうなったかって？まぁ最初は学生のノリがわかんなくて戸惑ったらしい。しかも、ノッケから「自分は働いていた」ってことを暴露してて、同じ学類の現役入学からひかれてたんだと。アホらしいわなぁ。今でも、同じ学類のやつで仲いいやつは少ないんだとさ。</p><p>  </p><p><br>あ、奈良にもちゃんと挨拶にいってたよ。春に研究所に「受かりました」って報告したんだけど、ずっと奈文研の人たちに、実は落ちたけどなかなか言い出せなくて受かったことにしてるんじゃないかと思われてたらしい。…どんだけ信用ねぇのよな。後に、アイツのゼミの先生が奈文研の人と知り合いで、「去年お前んとこで発掘しとったやつ、今ウチの大学にきとんで」って言われてやっと信じてくれたらしいわ。…かわいそうなやつ。</p><p>  </p><p><br>んで、相変わらず色んなことに手ぇだしてたよ。一年の五月から学会に参加したり、アジア水中考古学研究所の会員になったり、スケートはじめたり、スキューバダイビングのライセンスとったり。バイトはまたラーメン屋だしな。近々調理師免許もとるとか言ってたな。長期休みには奈良とか沖縄とか、いろんなとこに発掘しに行ってるよ。まぁ器用貧乏というか、悪く言えば優柔不断で飽きっぽいだけなんだろうがな。</p><p>  </p><p><br>  </p><p><br>…でもな、いろんなもんに手ぇだしてるアイツでも、ひとつだけ昔から変わらず、ずっと続けているもんがあるよ。それが「走る」ことだったんだ。</p><p>  </p><p><br>アイツは中学で陸上をはじめたとき、一〇〇は一五秒、一五〇〇も六分半くらいかかってたよ。しかも、中学から高校までの6年間、ほぼ一人で練習しなきゃならない環境でな。</p><p>  </p><p><br>…なんでそんなんで続けてきたかって？そんなん言わんでもおめぇならわかるだろ、相棒？走りは努力を裏切らない。フィニッシュラインを過ぎた後の充実感に勝るものはない。だから、アイツはまた戻ってきた。仕事でしばらく走ることの楽しみから遠ざかってたから正直悩んだけど、アイツの身体が忘れていなかった。走れることの喜びをな。</p><p> <br> </p><p> <br> </p><p>…って、おい。人がせっかくいい話してんのに寝るなよ。いくらこんな気持ちいい陽気だからって…まったくこいつはぁ。</p><p>  </p><p><br>  </p><p><br> …そうそう、アイツはこんなことも言ってたよ。大学にはいってまで、これほど気の許せる奴らに出会えるとは思ってなかったってな。べつに友達探しに大学に来たわけじゃねぇし、どうがんばったって、中学・高校からつるんでるやつらより仲良くなれるとは思えなかったからな。びっくりしたよ。だからこそ、この出会いは大切にしたいってさ…オレもそう思うよ。</p><p> <br> </p><p> オレはな、相棒。なんでアイツのことがそんなに詳しいかってぇと、アイツがオレ、オレがアイツみえぇなもんなんだよ。アイツがいなけりゃ、今のオレはいない。…心の底からそう思ってる。だからアイツには感謝してる。あの日、もう三年以上も前になっちまったあの日、あの決断をしてくれたことにな。</p><p> <br> </p><p> <br> </p><p>…ちっ、いい顔で寝くさりやがって。さて…オレも寝るとするかな。こんないい天気なんだ、寝なきゃ損ってもんだよな。授業なんかでてる場合でねぇってな。</p><p> <br> </p><p>  </p><p><br> …いい夢みろよ、相棒。…おやすみ。</p><p>  </p><p><br>  </p><p><br>  </p><p><br>‐完‐<br></p></div>
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</description>
<link>https://ameblo.jp/fujiyamamaster/entry-11446505541.html</link>
<pubDate>Sat, 29 Dec 2012 02:52:28 +0900</pubDate>
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<title>クレイジーパフェウォーズ</title>
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<![CDATA[ <p>大学2年のときに所属していた同好の会誌に寄稿した作品です。</p><br><p>僕の高校時代の思い出が書かれています。</p><p><strong><br></strong></p><p><strong><br></strong></p><p><strong>クレイジーパフェウォーズ </strong></p><p><strong>～パフェに魅せられし漢達～ </strong></p><p><span><br></span><br></p><p><span class="fbUnderline"><br></span><em><span><span><span class="fbUnderline">＊この物語はノンフィクションです。登場する人物・団体等はすべて実在します</span>。<span> </span></span></span></em></p><p><span><br></span></p><p><span><span><br></span></span></p><p><strong>・序章～神に導かれし漢たち～ </strong></p><p><span><br></span></p><p><span><span><br></span></span></p><p><span><span>時は<span><span>2005</span></span></span><span>年</span><span><span><span>1</span></span><span>月、部活の練習を終えた筆者はいつものように後輩どもにラーメンをおごらせるべく某ビルのレストラン街へと足を運んだ。そこでカレーラーメンセットを食した後、駅へと通ずる</span></span><span><span><span>2</span></span><span>階のフロアへ向かうためエレベーターに乗ろうとしたそのときである。エレベーターのすぐとなりにあった店の壁にこんな張り紙があった。 <span><br></span></span></span></span></p><p><span><br></span></p><p><strong>「パフェ全90種類制覇者に当店での10000円分の食事券と年間パフェ半額パスポートプレゼント！！」 </strong></p><p><span><span><br></span></span><span><br></span></p><a class="moreReader" title="page121227" href="http://blog.ameba.jp/ucs/entry/#">・・・続きはこちらから</a> <div style="DISPLAY: none" class="page121227"><p><span><span>そのとき僕はたしかに神からの啓示を賜った。 「やれ！！」と。それはまさに、シナイ山でモーセが神から十戒を授かったかのようであった。<span> </span></span></span></p><p><span><br></span></p><p><span><span>その店は特大パフェを<span><span>4</span></span></span><span>人</span><span><span><span>1</span></span><span>組で</span></span><span><span><span>30</span></span><span>分以内に完食すれば賞金</span></span><span><span><span>10000</span></span><span>円がもらえるということで有名な店であった。しかし、なぜかそれは</span></span><span><span><span>18</span></span><span>歳以上でしか挑戦できず、それ以外はいたって普通な店であったため立ち寄ったことはなかった。それがまさかこんな面白いことになっていようとは･･･。すぐにでも乗り込みたかったが、手持ちが少ないためにその場は見送った。 <span><br></span></span></span></span></p><p><span><br></span><span><br></span></p><p><span>冬休みも明けた直後の<span><span><span>1</span></span>月終わり、筆者は昼休みに音楽室で昼飯を共にするバンド野郎どもに事のいきさつを話した。すると思いのほか大盛況で、さっそく「いくっきゃねー！！」というテンションになる。さすがバンドマンはノリが違う。実はこいつら、後にこの店のパフェ</span><span><span><span>90</span></span>種類の名前をただ順に叫んだだけというオリジナルソングをライブで披露するほどのクレイジーパフェ野郎に成長する。 </span></span></p><p><span><span><br></span></span></p><p><span><span>その日は都合がつかないやつらが多かったので、筆者と、同じ部活のべす、ラグビー部のローソンの<span><span>3</span></span></span><span>人で敵情視察に向かった。特に筆者とローソンはパフェ皆勤賞を受賞し、大いにこの偉業に貢献することとなる。 <span><br></span></span></span></p><p><span><br></span></p><p><span><span>さぁ、記念すべき「パフェの陣」の開幕である。 <span><br></span></span></span></p><p><span><br></span></p><p><span><span>部活を終えた夜の<span><span>7</span></span></span><span>時ごろ、外は吹雪に荒れ狂う－</span><span><span><span>10</span></span><span>℃の極寒である。その中を漢</span></span><span><span><span>3</span></span><span>人、パフェを食すために静かに戦場へと向かう。 <span><br></span></span></span></span></p><p><span><br></span></p><p><span><span>歩くこと約<span><span>20</span></span></span><span>分、学校から最も近い駅のすぐ目の前にある某ビル。その</span><span><span><span>7</span></span><span>階にひっそりとたたずむ我らが聖地。いよいよそこに足を踏み入れるときがきた。 <span><br></span></span></span></span></p><p><span><br></span></p><p><span><span>しかし、そのときまだ我々は想像もしていなかった。<em><span>この戦いがあまりに長く、そして壮絶になるであろうことを･･･。<span> </span></span></em></span></span></p><p><span><span><br></span></span></p><p><span><span><br></span></span></p><p><strong>・前半戦～神に挑む漢たち～ </strong></p><p><span><br></span></p><p><span><span><br></span></span></p><p><span><br></span><span><span>店内はとても落ち着いた雰囲気で、アダルティーな音楽があたりを包んでいる。間違っても男だけでは到底侵入できない場所である。しかし崇高な使命をもった我々にはそんなものは関係ない。いや、むしろこれも神の試練だと思い、甘んじて受け入れるべきである。とりあえずその日は他の客が<span><span>1</span></span></span><span>組しかいなかったので、なんなく侵入に成功した。 <span><br></span></span></span></p><p><span><br></span></p><p><span><span>店内を眺めると、フロアの中央に甲子園優勝校である地元の某高校の野球部部員の顔が文字盤になった、謎の時計を発見する。あんなものどこに売っていたのか、未だに謎である。あれではすぐに時間がわからないではないか。<span> </span></span></span></p><p><span><br></span></p><p><span><span>とりあえずメニューに目を通す。<span><span>90</span></span></span><span>種類ものパフェが写真入りで並ぶそれはなかなかに壮観である。その中から始まりに相応しいものを慎重に吟味する。筆者が選んだのは、その店で最も値のはる「たっぷりフルーツパフェ」であった。そのときもうひとつの最高値である「フルーツビッグタワー」もあったのだが、これは最後にとっておくということで皆同意した。 <span><br></span></span></span></p><p><span><br></span></p><p><span><span>いよいよ記念すべき第<span><span>1</span></span></span><span>個目のパフェを食すときがきた。あのインパクトはじかにみたものしかわからないであろう。気品漂う外見、上品に積み重ねられたその層の数々、色とりどりのフルーツが食をそそる。そして度肝を抜くその大きさ。一体何カロリーあるのであろう。<span> </span></span></span></p><p><span><br></span></p><p><span><span>パフェはフランス語の</span><span><span><span><span>parfait(</span></span><span>完全な</span><span><span>)</span></span></span><span>が語源となっている。英語では別名</span></span><span><span><span><span>perfect fruits icecream</span></span></span><span>といい、タガログ語では「</span></span><span><span><span>ハロハロ</span></span><span>」という。まさにその名の通り、神が与え給うた至高の食物である。 <span><br></span></span></span></span></p><p><span><br></span></p><p><span><span>その荘厳な輝きを放つパフェとは対照的に、なまらハイテンションでパフェを食らう醜い男<span><span>3</span></span></span><span>人組。はたからみるとなんとも異様な光景である。しかしそんなことは気にしない。</span><em><span><span>我々は今この世に生れ堕ちた喜びを存分に味わっているのだから･･･。 <span><br></span></span></span></em></span></p><p><span><br></span></p><p><span><span>至高の一時を堪能した我々は、次回のそれぞれの獲物を定める。これだけあっては毎回選ぶのに相当時間がかかるうえ、万が一食いたいものがかぶっては困るからである。これがいわゆる「食後のパフェ会議」である。無事に会議を終え、各テーブルにおいてある<span><span>90</span></span></span><span>種類のパフェの名が刻まれたスタンプカードをもってレジへ向かう。レジのねーちゃんに尋ねてみたところ、</span><span><span><span>1</span></span><span>位は現在</span></span><span><span><span>10</span></span><span>種類をこえているとのことである。これは追い抜くしかない。得てして陸上選手は</span></span><span><span><span>1</span></span><span>位にならないと気がすまないタチである。パフェが全品</span></span><span><span><span>20%</span></span><span>ＯＦＦになる毎週水曜日は必ず赴くことを固く決意し、その日の戦いを終えた。 <span><br></span></span></span></span></p><p><span><br></span></p><p><span><span>ちなみに帰った後は普通に晩飯を食う。長距離ランナーの胃袋は強靭である。<span> </span></span></span></p><p><span><br></span></p><p><span><span><br></span></span></p><p><span><br></span><strong>・中盤戦～神に阻まれる漢たち～ </strong></p><p><span><br></span></p><p><span><span><br></span></span></p><p><span><br></span><span><span>その店の素晴らしい所は、完全制覇にたどり着く前にも、<span><span>10</span></span></span><span>種類制覇ごとにドリンク半額券やらスパゲティ無料券やらの戦利品が用意されていることにある。おかげで</span><span><span><span>90</span></span><span>種類という至高の頂きも、目の前の褒美に集中することにより地道に目指すことができた。</span></span></span></p><p><span><span><span><span><br></span></span></span></span></p><p><span><br></span><span>ほどなくして、構成員の士気を高めるため、パフェ攻略の一挙手一投足を綴ったホームページが開設された。それに伴い、校内における我々の活動の知名度もあがり、<span><span><span>1</span></span>度限りでも参加する</span></span>者が増加していった。のちに、学祭準備期間に不仲となった当時の生徒会会長と副会長を我々「パフェの会」が庇護し、我らが聖地に招くことで関係を復興させ学祭を成功に導くという役割を担うこととなる。これが俗にいう「苫東パフェ友好条約2005」である。</p><p><br></p><p>かくして生徒会公認団体へと昇格した我々であったが、すぐに、人間とは常に罪へと向かう原罪を担った愚かな存在であることを思い知らされる。</p><p><br></p><p>その日、我々はいつものように決戦の場へと赴いた。だが、そこで我々は如何ともし難い過ちを犯してしまった。思えば、その日は筆者の模試の結果がなぜか他の組に紛れ込んでいたり、構成員アイパーの暴挙により、忠実なる二輪のしもべ（自転車）が深手を負ったりと散々であったが、それすらをも凌ぐ悲劇が待っていた…。</p><p><br></p><p>我々の犯した罪、それはなんとスタンプカードに載ってない物を食べてしまったことだ。しかも2個。そのときはじめて、<span>メニューにのっているパフェの全てがスタンプカードにあるとは限らない</span>という事実を知る。これは神が与えた試練であろうか？その日の前代未聞の一人3個食いが神を冒涜したとでもいうのか？そう、<em>あたかも神に近づかんとして無残に崩れ去ったバベルの塔のように…。</em>しかし、我々はパフェのためなら喜んで神に背こう。そして、全てを成しきった後、<span>我々が新世界の神となるのだ！！</span></p><p><br></p><p>このときから、神は畏敬の対象ではなく、克服すべき壁となった。<em>･･･神は死んだのだ</em>。</p><p><span><br></span></p><p><span><br></span></p><p><span><span><strong>・後半戦～神を乗り越えし漢たち～</strong><span> </span></span></span></p><p><span><br></span></p><p><span><span><br></span></span></p><p><span><span>ある者は神の悪戯から無駄な投資を行い、ある者は金銭的理由で脱落していった。さらには、大学受験というこの上ない精神的圧力も相まって、パフェの集いはしばらく沈黙をつづけることとなる。しかし、我々の遺伝子に刻まれたパフェというイデアは、そう簡単に消滅するようなものでは断じてなかった。受験勉強の疲れを癒すオアシス、それは我が聖地をおいて他には存在するはずもなかった。<span> </span></span></span></p><p><span><br></span></p><p><span><span>かくして、原点からすでに<span><span>10</span></span></span><span>ヶ月ほど経過していた「パフェの会」は、もう一度志しを共にする者たちにより始動した。そして、その聖戦（ジハード）の終結へと向かうメンバーは、コードネームやくざ（筆者）、ローソン、アイパー、</span><span><span><span>Do</span></span><span>ちゃん、サンクス、まいじ、どす、さらにはアネット、さおちゃんという女性陣を加えた大部隊となった。<span> </span></span></span></span></p><p><span><br></span></p><p><span><span>そして、いよいよ終焉のときがきた。上記の全構成員が揃う、最後の晩餐であった。<span> </span></span></span></p><p><span><br></span></p><p><span><span>筆者はもちろん、初めに目をつけていた「フルーツビッグタワー」を注文した。まさに最後の関門、あの番犬ケルベロスが守護せし終末への扉のごとき風貌。その目の前にそびえたつ至高の頂きが、今現実味をもって徐々に小さくなっていく。その最後の一口を胃袋に収めたとき、我々はついに歓喜の咆哮をあげた！！･･･まわりの客に迷惑なので心の中でだが。<span> </span></span></span></p><p><span><br></span></p><p><span><span><span><span>10</span></span></span><span>ヶ月をともにしたスタンプカードに空白がなくなる。そして、手渡されたのは、</span><span><span><span>25cm</span></span><span>ほどのやけに長いレシートと、「</span></span><span><span><span>VIP Member</span></span><span>」の文字がひかる新たなカード。その裏面に刻まれているのは、</span></span><span><span><span>会員ナンバー<span>.</span></span><span>１</span></span><span>の文字。<span> </span></span></span></span></p><p><span><br></span></p><p><span><span>この瞬間、<em><span>我々は遂に神を超えたのである･･･</span></em></span><span>。<span> </span></span></span></p><p><span><br></span></p><p><span><span><br></span></span></p><p><span><span><strong>・終章～グランドフィナーレ～</strong><span> </span></span></span></p><p><span><br></span></p><p><span><span><br></span></span></p><p><span><br></span><span><span>2005</span></span><span><span>年睦月の末、全く偶然的に、その店は筆者の脳裏に留まった。いや、或いは必然的であったかもしれない。そう、神は待っていたのだ。我々のような戦士を。あれから約<span><span>9</span></span></span><span>ヶ月、様々な紆余曲折の果てに、我々は遂に辿り着いた。前人未到の至高の頂に。<span> </span></span></span></p><p><span><br></span></p><p><span><span>伝説は成った。永き戦を終えた戦士たちにしばしの休息が訪れる。しかし、終わりと始まりはつねに表裏一体である。陰と陽然り、この世の事象は全てこの因果法則の上に在る。<span><span>スーパーマ○オワールドで全クリ後ノコノコが親父顔になる</span></span></span><span>ように、終わりの後には必ず何かが待っている。実際に、我々の聖地はほどなくしてそのパフェの数を</span><span><span><span>100</span></span><span>まで増やし、新たな試みを開始した。　　<span> </span></span></span></span></p><p><span><br></span></p><p><span><span>だからこそ我々は立ち止まるわけにはいかない。誇り高き<span><span>9</span></span></span><span>人の戦士よ！！そこにパフェがある限り、戦士に休息はやってこないのだ！！<span> </span></span></span></p><p><span><br></span></p><p><span><span>･･･ちなみに、女性陣とローソンを除く<span><span>6</span></span></span><span>人の男達は</span><span><span><span>その年の大学受験に失敗した</span></span><span>。さらに、筆者はその後奈良への引越しやらで、</span></span><span><span><span>その店に二度と踏み入れることはなかった</span></span><span>とさ。<span> </span></span></span></span></p><p><span><br></span></p><p><span><span><br></span></span></p><p><span><br></span><span><span>完！！<span> </span></span></span></p><p><span><br></span></p><p><span><span><br></span></span></p><p><span><span><strong>◎　次回予告！</strong><span> </span></span></span></p><p><span><br></span></p><p>2006年3月某日、小雪の舞う、極寒の北の大地。</p><p>少年はパソコンの電源を入れた。今日は国公立大学の入試合格発表日。</p><p>スクリーンに映し出された某大学のホームページを、少年は食い入るように眺めた。</p><p>何度も、何度も。</p><p><br></p><p>･･･しかし、そこに少年の番号はなかった。</p><p><br></p><p>それから、少年の人生は激変する。</p><p>住み慣れた北国を離れ、初めて訪れる土地、誰一人知り合いのいない土地で生きていく決心をする。親からの仕送りを一切断ち、己の力のみで生き抜く覚悟をきめる。</p><p>日本国として100年程度の歴史しかもたない土地で育った少年は、日本最古の歴史をもつ土地で、人生でもっとも幸福な9ヶ月間を過ごす。</p><p><br></p><p>そして、温かな人たちに囲まれて、少年は青年への階段をのぼっていく･･･。</p><p><span><br></span></p><p><span><span><br></span></span></p><p><span><span>予備校は発掘現場！？謎に包まれていた社会人浪人生の実態が今明らかに！！<span> </span></span></span></p><p><span><br></span></p><p><span><span><strong>「世にも奇妙な浪人物語～受験生は発掘作業員～」</strong><span> </span></span></span></p><p><span><br></span></p><p><span><span>乞うご期待！！<span> </span></span></span></p><p><span><br></span></p><p><span><span><br></span></span></p><p><span><br></span><em><span><span>すべての浪人生に捧ぐ･･･<span> </span></span></span></em></p><p><span><br></span></p><p><span><span><br></span></span></p><p><span><span><br></span></span></p><p><span><span><span>＊</span><span> </span></span></span><span><span>この作品はノンフィクションです。登場する人物・団体等はすべて実在します。<span> </span></span></span></p></div>
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<link>https://ameblo.jp/fujiyamamaster/entry-11443753269.html</link>
<pubDate>Thu, 27 Dec 2012 02:14:05 +0900</pubDate>
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