<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>不思議ちゃんが不思議な理由</title>
<link>https://ameblo.jp/fukikobore1/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/fukikobore1/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>言えなかった小言</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>給食の時間が苦手だった理由</title>
<description>
<![CDATA[ <p>壁向きのカウンター席が好きだ。</p><p>周りからの視線をあまり感じず、</p><p>周りの動きに気を取られず食事に集中できる。</p><p>&nbsp;</p><p>給食はクラスメイトと向かい合って食べなければならない。</p><p>先生も生徒の方を向いている。</p><p>辛い。</p><p>挨拶程度の仲の人と思いがけず相席、みたいな状態だ。</p><p>&nbsp;</p><p>周りの目があると、</p><p>飲み込むときにつかう筋肉がうまく動かせなくなる。</p><p>喉の通り道が狭くなるイメージだ。</p><p>あまりの緊張で固まってしまう、という現象が</p><p>喉だけではあるが起こっているのだ。</p><p>うまいまずいの問題ではない。</p><p>家だとおいしく食べられるパンも学校だと飲み込みにくかった。</p><p>&nbsp;</p><p>なんかしゃべらなきゃいけない、</p><p>制限時間内に食べ終えなきゃいけない、</p><p>箸の持ち方は？姿勢は？</p><p>私のよそったカレーの量が少なくて</p><p>がっかりしてる子いないかな、</p><p>気にしなきゃいけないことが山のようにあって</p><p>喉の通り道はどんどん狭くなる。</p><p>&nbsp;</p><p>早く食べないと休み時間なくなるよー、などといわれると、</p><p>食べなきゃ！というプレッシャーが強くなり、</p><p>先生による監視の目もキツくなり、と</p><p>ますます喉が塞がって飲み込めなくなってしまう。</p><p>&nbsp;</p><p>他人と一緒に食事をするのも教育のうちだというのは理解できる。</p><p>おかげで会食やら飲み会やら、みんなでランチやら</p><p>なんとかなっているのかもしれないし。</p><p>&nbsp;</p><p>だが、いつもの班で食べる日、仲良し同士で食べる日、</p><p>他の学年の人と交流する日、なんかがあるなら、</p><p>みんな壁向きのカウンターのように机を並べてみる日とか、</p><p>授業のまま黒板向きの日とか、</p><p>みんなぼっちで食べる日があってもよかったんじゃないかなと思う。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/fukikobore1/entry-12352436800.html</link>
<pubDate>Tue, 13 Feb 2018 10:48:18 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>理性のディフェンス力が半端ないという仮説</title>
<description>
<![CDATA[ <p>娘も不思議ちゃんである。</p><p>（ちゃんと診断は受けているが</p><p>今のところ大した支援が受けられるわけではない）</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>娘はちょっとした音やいつもと違う動きなんかに逐一反応はするものの、</p><p>暑くても泣かない、汗も出ない、</p><p>外出時は排泄しない、</p><p>おもちゃを取られても怒らない、</p><p>注射でも泣かない、</p><p>&nbsp;</p><p>でも、何かをきっかけに泣き出したら止まらない。</p><p>そういう子だった。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>これってどういうことかと考えた。</p><p>&nbsp;</p><p>もしかして、生まれつき理性が強すぎるのでは？というのが私の仮説だ。</p><p>&nbsp;</p><p>通常時はあらゆる感情や欲求が抑え込まれてしまっていて表に出てこない。</p><p>でも、抑え込まれていたものが積もり積もると爆発してしまう。</p><p>これが癇癪なのではないだろうか。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>だから本人も周りも癇癪の理由がよくわからない。</p><p>(わからなくて病院送りになる)</p><p>&nbsp;</p><p>我慢しているという自覚もなく我慢していたものが、</p><p>ささいなきっかけで風船を針で刺されたようになって爆発するのだ。</p><p>きっかけのところにばかり目を向けてしまっていて</p><p>私もなかなか答えがでなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>空気がいっぱいになっても風船は破裂してしまう。</p><p>今では破裂寸前になると、超絶自己中モードに変身して</p><p>空気がいっぱいになるのを防いでいるようだ。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>だとすると、爆発してしまうことを咎めるより、</p><p>溜め込まないためのサポートをした方が</p><p>本人は楽なんじゃないかと思う。</p><p>爆発するのを咎めれば、もっと我慢するようになってしまう。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>感情の出し方は本人が見つけないといけない。</p><p>&nbsp;</p><p>まずは感情を認識すること。</p><p>これは他人を観察するのが手っ取り早いと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>誰かと接していると</p><p>相手の気持ちなのか自分の気持ちなのかよくわからなくなってしまうので、</p><p>なんならテレビや漫画の中の人を観察した方がいい。</p><p>&nbsp;</p><p>よく、子供が何か言いたそうだけどうまく言えないときには</p><p>簡単な言葉で代弁してあげましょう、とアドバイスされる。</p><p>でも下手に周りが代弁してしまうと感情を誤認してしまうように思う。</p><p>簡単な言葉でまとめてしまったらなおさらだ。</p><p>本心と言葉がずれてしまうと、モヤモヤが残って爆発の引き金にもなる。</p><p>本人が自分で気持ちを見つけられるのを待った方が、</p><p>より本心に近い気持ちを表に出せるようになるはずだ。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>そして相手を困らせたくなくて感情を表に出せないのだろうから、</p><p>ネガティブなことでも相手を不快にさせずに伝える技術などを</p><p>習得しないといつまでも言えない。</p><p>社会のルールとして、</p><p>「こういうときは我慢しなきゃいけない」ということだけでなく</p><p>「こういうときは怒っていい、主張していい」</p><p>「こういうときは笑っていい、泣いていい」</p><p>「こういう言い方なら相手は嫌な思いをしないよ」</p><p>と教えていくことが必要なんじゃないかな、と思う。</p><p>我慢を教えるのは、ある程度感情を認識して</p><p>発散できるようになってからでいいと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>ひとまず感情を見つけられるようになるまでは、</p><p>ちゃんとご飯を用意し、睡眠をとらせ、暑さ寒さに気を配り、</p><p>不快感を溜め込まなくて済むようにサポートするしかない。</p><p>あと、一人でできることを増やして、一人の時間を作ってあげること。</p><p>私の場合は親元を離れるまで、本心は見つけられなかった。長い道のりだ。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>ところで、泣かない、怒らない、というと</p><p>ロボットみたいだったのかと思われるだろうが、</p><p>全然そんな風ではない。</p><p>&nbsp;</p><p>これぞまさに天真爛漫だよね、と言われたこともあるくらい、</p><p>よく笑い、よく怒る。</p><p>&nbsp;</p><p>でもそれは彼女自身の感情ではなく、</p><p>親である私の感情や、楽しそうに遊んでいる友達の感情を一緒に、</p><p>そして相手よりオーバーに表してくれていただけかもしれない。</p><p>&nbsp;</p><p>お母さんが楽しいから楽しい</p><p>お母さんが怒るから怒る。</p><p>そうすることによって、</p><p>本心と同じとは限らないけれど、</p><p>気持ちを発散させているのだ。</p><p>自分の気持ちだと錯覚して。</p><p>&nbsp;</p><p>私も同じで、</p><p>たとえばアニメ好きの子と仲良くなればアニメ好きになり、</p><p>サッカー好きの子と仲良くなればサッカー好きになった。</p><p>そして会わなくなってしまうと一気にさめた。</p><p>友達が熱中していたから、自分も熱中していると錯覚していたのだろう。</p><p>&nbsp;</p><p>錯覚でもちゃんと楽しかった。</p><p>だからたまには「子供が好きそうなものを」とばかり思わずに、</p><p>私が思い切り楽しめることで一緒に楽しんでみるのもいいかもしれない。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/fukikobore1/entry-12348347040.html</link>
<pubDate>Mon, 29 Jan 2018 11:02:10 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>家語と学校語が違う</title>
<description>
<![CDATA[ <p>これが学校でしゃべれない理由の一つであったと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>細かいことが気になってしまう人にとって、</p><p>家で話される日本語と学校で話される日本語は外国語くらい違う。</p><p>外国は言い過ぎかもしれないが、私の感覚では方言くらいは違った。</p><p>&nbsp;</p><p>だから習得するまでに少し時間がかかったし、</p><p>習得できた頃には</p><p>「あいつはあんまり喋らない」という共通認識が出来上がっていた。</p><p>喋らないというイメージがついてしまっているとますます喋れない。</p><p>とりあえず何でもいいから少しは喋っておいた方がよかったのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>私の場合は幼稚園にも小学校にも入る前からの友達がいた。</p><p>その子たちとは話すことができたのが救いだった。</p><p>あらかじめ相手と一対一で話していたので、</p><p>相手の言語を習得できていたのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>今でこそあまり困ることがないのは、</p><p>同じ日本語といえどもいろんな言葉をしゃべる人がいるので、</p><p>いちいち相手に合わせることは不可能なのだ、</p><p>とわかったからだと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>できるなら、私みたいな人は</p><p>小学校低学年の国語の授業みたいな方法で</p><p>もっと小さいうちに日本語を学んだ方がいいんじゃないかと思う。</p><p>正解というか、家と学校との共通語というか、</p><p>これならどこで喋っても大丈夫だよ、</p><p>というのを最初から教えてもらった方が安心で。</p><p>なんなら敬語から教えてもらった方が本当はありがたかった。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>相手が言っている言葉とニュアンスがずれないようにと意識しすぎるからか、</p><p>私は方言がすぐうつってしまう。</p><p>地方から親戚が遊びにくればすぐうつり、</p><p>ドラマなんかからもよくうつった。</p><p>&nbsp;</p><p>今も関西弁の方と話すときなんかはちょっとだけ気をつかう。</p><p>あまりうつってしまうとマネされたみたいで気分を悪くされるかもしれないし、</p><p>エセ関西弁キモいと思われるかもしれないし。</p><p>でもある程度同じイントネーションじゃないと</p><p>なんだか単語が別の意味になってしまう感じがする。</p><p>だから固有名詞のイントネーションはちょっと真似してもよくて</p><p>あとは基本標準語だけど多少うつっても気にしない、</p><p>ということにしていた。気にしすぎだ。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/fukikobore1/entry-12348344073.html</link>
<pubDate>Mon, 29 Jan 2018 10:47:51 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>運動が苦手な理由</title>
<description>
<![CDATA[ <p>普通の人が自動ドアなら、</p><p>私は手で押すところが付いているタイプの自動ドア、という感じ。</p><p>押すところがわかって、押せて、初めてできる。</p><p>だから見たまんまみんなと同じようにドアの前に立っていても全然開かなくて、</p><p>みんなはできてるのに私はダメなんだー、と落ち込む。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>意識しないと直角なままの足、</p><p>意識しないと力の入らない指先、</p><p>意識しないと丸くならない背中。</p><p>これらが運動の苦手な原因だったと思う。</p><p>他にももっと、普通は自動的に動くけれど、</p><p>自分は意識しないと動かないというところがありそうだ。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>意識しないと足首の角度が90度のままなので</p><p>坂道をうまくのぼりおりできなかったりこわかったりする。</p><p>実はヒールを履いていると意識的にバランスを取るので歩きやすい。</p><p>&nbsp;</p><p>マット運動のときは、おヘソをみても背中が丸まらない。</p><p>背中を丸めよう、と思わないと丸まらないのだ。</p><p>だから不恰好だったし、頭を何度も強く打ってしまい辛かった。</p><p>背中が曲がらないと鉄棒の前回りなんかもやたらと怖い。</p><p>&nbsp;</p><p>足首が直角なので跳び箱で踏み切り板を使っても、</p><p>真上にしかとばなくて踏み切り板の意味をなさない。</p><p>&nbsp;</p><p>ボールをキャッチするときはこう！このポーズ！</p><p>じゃなくて、ボールが来た瞬間指先に力を入れる！と頭で考えないといけない。</p><p>キャッチの仕方も投げ方もいまいちよくわからず</p><p>ドッチボールは逃げるしかなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>教えてもらえていたら、できたんじゃないかな、と思う。</p><p>ぎこちない動きとか、不器用とか、最近の子は運動不足だからとか、</p><p>ざっくりまとめてできないことにしちゃったらずっとできないままだ。</p><p>ちなみに私は別に運動不足ではなかったと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>誰かできる人の動画をスローで見て、</p><p>この瞬間に足がこのくらいの角度になってるね、とか</p><p>理科室からガイコツを持ってきて、</p><p>ここの骨をこうやって動かす、みたいなことができたら多少よかったかもと思う。</p><p>ただ、そんな面倒なことを先生がしてくれなくても</p><p>今はネットで調べればわかるからいいな。</p><p>「速く走る　コツ」みたいに</p><p>〇〇のコツ、で調べると私の知りたかった細かい部分の動かし方がわかるので</p><p>今更ながら助かっている。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/fukikobore1/entry-12347664108.html</link>
<pubDate>Fri, 26 Jan 2018 18:33:37 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>1クラスの人数が多いと良いこともある</title>
<description>
<![CDATA[ <p>HSP&nbsp;は5人に1人いると言われている。</p><p>&nbsp;</p><p>40人学級なら8人もいるのだ。</p><p>最近は何人学級が主流なのだろう。もうちょっと少人数かな。</p><p>先生も大変だからしょうがない。</p><p>&nbsp;</p><p>人数が少ないと異質なものとして敬遠されがちだが、</p><p>変わり者も、8人いればそれなりの勢力になる。これは心強い。</p><p>自分と同じ敏感すぎる人と仲良くなれる可能性も高まるのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>もっとも、HSPが８人いたところで同じようなタイプばかりではないから</p><p>ひとまとまりのグループになることはないだろう。</p><p>（わかりやすいオタク集団を形成する場合もあるような気はするが）</p><p>&nbsp;</p><p>特別仲良しになれなくても、教室に理解者がいるのといないのは全然違う。</p><p>特に社交的なタイプのHSPが1人でもいると、</p><p>他の人も助けられることが多い。</p><p>&nbsp;</p><p>例えば、突然キレて物を投げるなどしてしまう子がいた場合。</p><p>たいがいHSPにはそのキレた子の気持ちがわかる。</p><p>周りのみんなが「よくわからないけど突然キレた！こえー！」となっているとき、</p><p>「勝手にキレたんじゃないでしょ！傷つけるようなこと言ったからでしょ！」と</p><p>代わりに抗議する委員長、みたいな状況に出くわしたことはないだろうか。</p><p>あるいは「向こうが悪いんだよな。でも手を出したらお前が悪いことになっちゃうから」と、そっと理解を示してなだめる子。</p><p>このように気持ちに寄り添ってくれる人がいるだけで、</p><p>多少学校が嫌じゃなくなるはずだ。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>最近は、あまりに敏感過ぎる子は特別学級などに行っていたり、</p><p>勉強が出来るのをいかして私立の学校にいったりするので、</p><p>公立の小中学校では同じ気質を持つ人に会える確率が</p><p>低くなっているかもしれない。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/fukikobore1/entry-12347659269.html</link>
<pubDate>Fri, 26 Jan 2018 18:08:27 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>よくできました、で嫌な気分になることもある</title>
<description>
<![CDATA[ <p>クラスの大半ができるようなことをやって、</p><p>自分だけが先生に「(目を丸くして)よくできました！」と言われたとする。</p><p>それはつまり、「お前にはできないと思ってた」という意味である。</p><p>（気持ちの何割かは褒めてると思う）</p><p>&nbsp;</p><p>「できないと思ってたでしょー」とか「自分でもびっくり！」とか</p><p>「やればできる子だからね」とか何とか言って牽制するなり、</p><p>子供だから素直に喜んでいる感じを出すなりすればよかったのだが、</p><p>幼い頃の私はうまい返しが見つからずただムッとしてしまっていた。</p><p>&nbsp;</p><p>その高すぎるプライドをどうにかしろよ、と突っ込まれそうだが、</p><p>できないと思われている、ということは、</p><p>既に何度も失敗したのを晒されているわけで、</p><p>プライドなどとっくにズタズタなのである。</p><p>&nbsp;</p><p>私が嫌なのは、</p><p>客観的にできないと思われている</p><p>ということは、</p><p>次はやっぱりできないんじゃないか、まぐれだったんじゃないか</p><p>とムダに心配になってしまうのが嫌なのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>私と同じように敏感な人でも、ここまでネガティブな人間ばかりではないだろうが、褒めるつもりがあるならちゃんと心から、</p><p>そして次への自信になるような褒め方を私はしたい。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/fukikobore1/entry-12346927708.html</link>
<pubDate>Tue, 23 Jan 2018 22:07:51 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>オウム返しをする理由</title>
<description>
<![CDATA[ <p>最近はエコラリア、ともいうようで。</p><p>なんかかっこいい。</p><p>&nbsp;</p><p>人によっていろいろな理由があるのかもしれないけれど、</p><p>私の場合オウム返しをしていたのは</p><p>相手のテンションに合わせるときのチューニングみたいなものだった。</p><p>&nbsp;</p><p>大人になると違和感がなくなる。</p><p>&nbsp;</p><p>例えば・・・</p><p>&nbsp;</p><p>友人「昨日、映画観にいってさー」</p><p>&nbsp;</p><p>私「映画？いいねー。何観たの？」</p><p>&nbsp;</p><p>のように、自然な会話の流れの中にオウム返しが入る。</p><p>&nbsp;</p><p>が、幼いうちはチューニングだけして後の言葉が続かなかったり、</p><p>目の前で話している相手ではなくて</p><p>テレビの中の人の気持ちになろうとしたりすることもあるため</p><p>おかしな奴だと思われてしまう。</p><p>&nbsp;</p><p>別におかしな奴だと思うのは構わない。</p><p>ただ、変だからとか、発達障害の疑いを持たれると</p><p>幼稚園にいられなくなるからとかで</p><p>やめさせようとするのは、かわいそうというかもったいない。</p><p>あまりにもうるさいならしょうがない。</p><p>しかし私にとっては必要な作業だったと思うし、</p><p>指摘されるとますます喋れなくなってしまいそうなので大目にみてほしい。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>さらには、その場でのオウム返しだけでなく</p><p>冷静になりたいときや楽しい気分になりたいときに</p><p>そのときの言葉を反芻して口に出してしまうことがあると</p><p>もっと変な奴になってしまう。</p><p>ストレス軽減だったり、鼻歌みたいなものだったりするので</p><p>これもうるさくない場合はそっとしておくなり、</p><p>たまにはそのセリフに乗っかって一緒に楽しむのもいいかも。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/fukikobore1/entry-12346851742.html</link>
<pubDate>Tue, 23 Jan 2018 17:12:58 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>声が小さい理由</title>
<description>
<![CDATA[ <p>「好きです！」と言いたくて</p><p>「す・・・好きです」となってしまうのには多くの人が</p><p>共感するのではないだろうか。</p><p>&nbsp;</p><p>私にとっては日常のあらゆる発語が</p><p>「好きです」の連続みたいなものであった。</p><p>「今日は寒いですね」とか「お腹が痛い」とかでさえ。</p><p>&nbsp;</p><p>自分の感情を口に出そうとすると、</p><p>途端に喉の筋肉がキューっとなって蓋をされたようになり、</p><p>うまく発声できなくなる。</p><p>人前で発表する時はもっとひどかった。</p><p>&nbsp;</p><p>喉の筋肉が緊張しているということなのだろうか。</p><p>モゴモゴと小さい声になってしまうのだ。</p><p>小さい声だと聞き取れずにまた迷惑だろうなと思うので、</p><p>喉を意識的に開いて半分裏声みたいな話し方になったり、</p><p>誰かのマネをして演技っぽくなることもある。</p><p>&nbsp;</p><p>「今日は寒いですね」と言えば、</p><p>エアコンの温度を上げろってことだと思われるかもしれないし、</p><p>「お腹が痛い」と言えば周りの人は心配するだろうし、</p><p>あるいは心配させようとしていると思う人もいるだろう。</p><p>&nbsp;</p><p>だからどうしたと言えばそれまでだが、</p><p>言ってしまったものはなかったことにはならない。</p><p>「寒いですね」と言えば、</p><p>そのときから私は「この程度で寒がる人」になるのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>本人が考えすぎをやめるか、</p><p>相手や世間一般の思考パターンを知って</p><p>このくらいのことは言ってもこの人は誤解しないなとか、</p><p>一般的にこのタイミングならこのくらいのことは言っても良さそうだなとか、</p><p>見極めてから話すしかない。</p><p>見極めには時間がかかるので</p><p>ある程度相手と親しくなるか</p><p>大人になっていろいろな知識を得てからでないとやっぱり話せないのかもしれない。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>さて、周りの人ができることはなんだろうか。</p><p>学校なんかで「もっと大きな声で」とか「もう一回言ってください」とか</p><p>真面目に言われたら</p><p>（バカにするような感じで言われたら当然もっと傷つくが）</p><p>喉が締め付けられてますます声が出なくなってしまう。</p><p>どうしても言いたいなら否定する感じを出さず、</p><p>周りの人が嘲笑しないように配慮して言ってほしい。</p><p>大人になってからは平気だが子供の頃は辛かった。</p><p>落ち込んだ感じを出してしまうと空気を濁してしまうので、</p><p>笑ってごまかしたりしなきゃいけないのもさらに辛い。</p><p>&nbsp;</p><p>そういうとき嫌な空気にせず「声ちっさw」と指摘できる人はすごい。</p><p>声の小さい人を蔑んでいるわけじゃないから</p><p>相手を傷つけないのだな、きっと。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/fukikobore1/entry-12346840336.html</link>
<pubDate>Tue, 23 Jan 2018 16:27:22 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>はじめに</title>
<description>
<![CDATA[ <p>白状する。私はちょっと変な奴だった。</p><p>&nbsp;</p><p>ちょっと変な奴ってどういうことか。</p><p>例えば、昨今の何かと話題の発達障害について語られるとき</p><p>「昔からクラスに２、3人いた変わり者」みたいなフレーズが出てくる。</p><p>私の場合は、その中にカウントしてもらえるかもらえないか、</p><p>いやそもそも思い出してもらえないような</p><p>存在感の薄いタイプの変な奴である。</p><p>&nbsp;</p><p>群を抜いて勉強ができるわけでもなく、</p><p>ネタになるほど運動ができないわけでもなく、</p><p>あまり喋らないが話しかければ返事はあるし、</p><p>変な奴としては実に中途半端である。</p><p>だが、それは懸命に普通を目指して生きてきたからに過ぎない。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>変な奴には今や発達障害とかHSP（HSC）とか場面緘黙とか不安障害とか、</p><p>いろいろな名前がついている。名前がつくほどでもない人もいる。</p><p>私はおそらくHSP&nbsp;で元場面緘黙なのだが、</p><p>専門家でもないし診断を受けたわけでもないので</p><p>ここは「変な奴」とか「不思議ちゃん」、ということにしておきたい。</p><p>&nbsp;</p><p>いろんな名前がついて、我々に対するサポート体制が整ってきたようにも見える。</p><p>しかし蓋を開けてみると、</p><p>当事者の気持ちが置いてけぼりになっていることが</p><p>多い気がするのは私だけだろうか。</p><p>(はなからサポートなんてするつもりはなくて</p><p>多数派が優位性を保ちたいがために弱者に仕立て上げられている場合もあるだろうが)</p><p>&nbsp;</p><p>変な奴でも私みたいにただひたすらおとなしくして、</p><p>普通の人を観察をして普通の人の真似していれば</p><p>普通に学校へ行って普通に社会に出て普通に働ける。</p><p>それもありだとは思う。</p><p>&nbsp;</p><p>でも、私みたいな奴が普通のフリして黙っているから、</p><p>もっと生き辛くなっている人もいるんじゃないか。</p><p>そろそろちょっと何か言った方がいいんじゃないか。</p><p>&nbsp;</p><p>そんなことを思ったので、</p><p>誰かの役に立つかはわからないけど、大きなお世話かもしれないけど、</p><p>子供の頃思っていたことや</p><p>こうだったらよかったのに、と思うことを書いてみる。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/fukikobore1/entry-12346807827.html</link>
<pubDate>Tue, 23 Jan 2018 16:01:56 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
