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<title>Funacchiのブログ</title>
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<description>神奈川の定時制高校の「なんちゃって日本語教師」の随想</description>
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<title>外国人に対する差別を明らかに！！！</title>
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<![CDATA[ <font size="3">11月１９日、芝大門でジェントルハートプロジェクト<br><a href="http://www.gentle-h.net/index.html" target="_blank"></a><br>主催の「親の知る権利を求めるシンポジウム」がありました。<br>このブログでもとりあげた、桐生で自殺したフィリピンつながりの上村さんのお父さんがパネリストとして話をされるというので参加しました。<br>この団体はいじめによって自殺した子どもの遺族が中心になって「同じ悲劇を繰り返さないで」という活動をされています。<br><br>昨日のテーマは「親の知る権利」。「いじめ」があってもそれを認めず隠蔽しようとする学校。子どもがどうしてこのようなことになってしまったか知りたいと訴えても、真摯に応えようとしない行政。<br>学校現場に身を置くものとしては耳の痛いこともありましたが、、、、、<br><br>基調講演をされた京都精華大学准教授の住友剛さんは、兵庫県川西市で子どもの人権オンブズパーソンとしての活動の中で、ラグビー部で起きた熱中症死亡事故について、原因追及のみならず遺族への心ない誹謗中傷への反論などに取り組まれた経験から、<br><font color="#FF1493">事故などの後、学校・行政サイドには弁護士などさまざまな形でサポートがあるのに対して、被害者側にはほとんどない。子どもを失った苦悩の中で自ら動くしかない。</font><br>という制度上の問題点を指摘。被害者に寄り添い原因究明と再発防止に取り組む公平な第三者機関の必要性について話されました。<br>そして、ご自身がかつて高校で部活動の顧問をしていながら熱中症などについての知識がほとんどなかったことにふれ「再発防止のプログラムを作るのは教師にとっても必要なこと」とおっしゃいました。<br><br>パネリストの一人、「友達のいじめを止められなかった」と命を絶ってしまった川崎市の中学生の遺族は、学校側が態度を硬化してしまった中、真摯に事件の調査にあたった市の担当者がいかに支えになったか、という経験を語っていらっしゃいました。<br>上村さんの事件でも行政は「第三者委員会」を設置しているのですが、メンバーも明らかにされず、調査内容もほとんど遺族にも公開されていません。そういう中で、真実を明らかにして欲しいという思いから訴訟に踏み切ったのですが、、、、、以前このブログで私が書いた危惧が現実のものとなってしまっています。<br><br>先日の第4回公判では「自殺の原因は家庭にあったのでは」とネグレクトの可能性をとりざたされたり、同じアパートの住人からは「気持ち悪いからお祓いをしてくれ」とか「子ども部屋の電気をつけたままにするのはやめてくれ」と言われたり、回復をしようとしている遺族と明子さんをさらにむち打つよ仕打ちが、、、<br>昨日、私が座った席はたまたま上村さんのお母さんの前だったのですが、すすり泣く声が聞こえ、胸に迫りました。<br><br>限られた時間の中、シンポジウムでは発言の機会は与えられなかったのですが、その後の食事会での自己紹介の中で、<br>毎年開いている外国につながる生徒・若者交流会の中でも「いじめ」はかならず話題になる。「バイトの面接も断られた」「親の仕事が見つからない」「アパートが借りづらい」など学校だけでなく日本社会には外国人への差別・排除が根強くはびこっている。上村さんの事件の原因究明では、そのことを追究すべきだ。<br>と話をさせてもらいました。</font><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/funacchi-nihongo/entry-11083785573.html</link>
<pubDate>Sun, 20 Nov 2011 09:23:56 +0900</pubDate>
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<title>産経新聞の不買運動を！！！！！！</title>
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<![CDATA[ <font size="3"></font><br>といっても、私の知る限り周囲に産経新聞を購読している人はいないのですが、、、<br><br>私の古くからの仲間が窮地に立たされています。<br>その「理由」は日本史の授業の中でハングルを教えたから。<br>ただし、学期末の試験後の１時間を使っただけ。<br><br>ところがそれに反感を持った生徒が２チャンネルに書き込み、それを２チャンネルの住人が騒ぎ立て、誰かが県教委のメールを入れた（と同時に報道機関にも知らせたのでしょう、まさか県がこんな「ちゃち」なできごとで記者発表なんかしないでしょうから）。<br>そして産経新聞が８月２４日の紙面（何と一面）に載せた。<br><br>その結果、ネット上では学校名や教員の実名や顔写真をさらし、「退職へ追い込もう」とか「こんなことを言うのは朝鮮人だろう」とかいった誹謗中傷の嵐。<br>（「朝鮮人だろう」というのが誹謗だということが、朝鮮人への差別だという指摘もありましょうが、私が言いたいのは、勝手に出身を決めつけることが誹謗だということです）<br><br>さらに影響はネットという仮想空間を超え、<br>当該の学校へは抗議の電話やメールが殺到。<br>さらには、中学生向けの説明会でもビラやねずみ花火（!!!!）を蒔いたり。<br>さらに周囲の生徒宅（だけではないのでしょう）や商店街にもビラを蒔いたり貼ったり。<br><br>産経新聞によると、他にも夏休みの夏季講習で関東大震災時の起きた朝鮮人虐殺の現場の見学を企画し参加者を募っていた、ということですが、、、<br><br>私も教員（国語科）ですが、生徒の状況や今日的課題にあわせて教材やその提示の方法を工夫します。<br>先日の授業では、今後日本は原子力発電を推進すべきかといった新聞記事を読ませて意見を書かせたりしました。<br>これだってもしかしたら反感を覚える生徒はいるかもしれません。<br><br>今回の事件は、<font color="#FF0000">産経新聞が２チャンネルの住人の「祭り」のお先棒を担いだ</font>ということです。<br>そして、神奈川県教委がそういう流れに荷担しているということ。<br><br>思想の左右に限らず、「気にくわないことはネットに書き込んで『祭り』にしてやればいいんだ」ということを生徒が学習してしまったら、、、、創意工夫のある授業などできるはずはありません。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/funacchi-nihongo/entry-11008159256.html</link>
<pubDate>Sun, 04 Sep 2011 23:24:21 +0900</pubDate>
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<title>ノルウェイの事件に思う</title>
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<![CDATA[ <font size="3">ノルウェイの大量殺人事件、国内法ではテロに対する最高刑は禁錮２１年ということを念頭に犯行に及んだと言われています。<br><br>それについて、あまりに軽すぎる、厳罰に処すべき、法の見直しを、との声が挙がっています。<br>犯人は自分を戦士とみなし「これが今後６０年間続く闘争の始まりになる」と語っているそうです。<br>もちろん、専門家によって慎重に精神鑑定する必要があるでしょうが、<br>彼が夢見ているのは、２１年後に釈放されるときに英雄としてあがめられることでしょう。<br>そんな社会が来ないように、私たちは多文化共生の声を広げなければならないと思います。<br><br>昨日、久々に休みがあって、銀座で映画を見てきました。<br>『人生、ここにあり！』という実話に基づいたイタリア映画。<br>http://jinsei-koko.com/<br>ご存じの方も多いでしょうが、イタリアは1998年に全ての精神病院を廃止しています。（犯罪者対象は除く）<br>映画の舞台は80年代。法によって精神病院は名目上は廃止されたものの、『組合』の名の下、切手貼りの単純作業や薬漬け、閉じられた社会で暮らす元患者たち。<br>そこに労働組合の職員から左遷された男が赴任。そこから仕事と普通の暮らしを獲得していく『組合員』。<br>涙あり笑いあり。近年見た中でもベストに挙げられる素晴らしい作品です。<br><br>共生の道に光をあててくれた、そんな思いのする一本でした。<br></font>
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<link>https://ameblo.jp/funacchi-nihongo/entry-10970676098.html</link>
<pubDate>Sun, 31 Jul 2011 09:47:29 +0900</pubDate>
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<title>フクシマの余波</title>
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<![CDATA[ <p><font color="#ff0000" size="4">翻弄される子どもたち</font></p><p><font size="3">　３月下旬のある日、私が出勤する少し前に、ペルー出身のＹの父親から電話があった。「本国に帰るので、明日書類が欲しい。」とのこと。<br>　３年生のＹは小学校入学前に来日、日本で生まれた小学6年の妹と就学前の弟がいる。スペイン語は、日常の会話は問題ないが読み書きは自信がないと語っていた。高校では全て一般の生徒と同じ授業を受けていたが、特に国語ではかなり困難があるように見られた。<br>　出勤した私は事情を聞くために本人の携帯に電話をした。「そうらしいんだ。勝手に決めちゃうんだ。」と言うので「君は納得してるの？ちゃんと話し合わないといけないよ。」と話した。すると間もなく父親から電話があり、「どうしてＹに電話したんですか。先生は親ですか？Ｙの親は私です。Ｙに何かあったら先生は責任をとれますか。」とお怒りの様子。帰国について私が反対していると思ったらしい。とりあえず話を収め、書類はできるだけ早く作るから親子で受け取りに来てください、ということにした。<br>　翌日、約束した時間になっても現れないＹに電話すると、「今、起きた。今から行く」と言った。２時間ほど遅れて父子で来校。Ｙの顔は明らかに寝不足。別れを惜しんで友達と遊び歩いているらしい。父親は「フクシマはとても危ない。先生は知らない。私は分かる。」と語った。「ペルーで何をするの？」とＹに聞くと「学校に行きます。」と答えたのは父親。「分からない、何か仕事を探すつもり。」と言うＹは、「先生、もういいよ、どうせ全部親が決めちゃうんだから。オレが日本に残りたくたって、未成年じゃそういうわけにはいかないだろう。」と語った。「小さい兄弟のことも考えたら、この状態では日本に住めないという判断も仕方ないよ。」と取りなす私に彼は肩をすくめた。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">　原発事故後、日本政府が半径２０キロの避難指示を出したのに対して、アメリカが出した退避勧告は８０キロ、コロンビアは帰国支援のための飛行機を飛ばした。Ｙの父親を過剰反応と嗤っていいのだろうか。福島県で学ぶ児童の被爆許容量の目安として出された、年間２０ミリシーベルトというのは、それまでの職業被爆の限度と同じ数値。子どもたちを原発労働者と同じに扱おうというのか、この国。これこそ笑ってすまされない。<br>　もう一つ、笑ってすまされないのはこの機に乗じて垂れ流された、外国人への差別・偏見を助長するような発言や報道だ。産経新聞３月２６日版には「原発怖い　永住中国人妻ら　子供置き去りで帰国相次ぐ」というセンセーショナルな見出しが躍っている。<br><a href="http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110326/dst11032601230007-n1.htm">http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110326/dst11032601230007-n1.htm</a><br>　生活保護という日本からの「お情け」を受けながら、我が身かわいさに子どもを見捨てた「非道」の外国人、こんなことを許していいのか、という書き方。<br>　日本人の中に罪を犯す者がいるのと同じように、外国人にも犯罪に手を染めたり、人道的に問題のある行動をとったりする者がいるのは事実だ。しかし、ある一例を取り上げ、それを「相次いでいる」などと一般化するのは、正しい報道の姿とは到底言えない。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">　他の学校でも、放射能を怖れて外国人の生徒が急遽帰国したという話を聞いた。その保護者に対して「学校に一言もなく帰ってしまうなんて、だから外国人は……」という声があるとも。しかし、言葉の問題もあって少ない情報量の中で必死になって子どもの安全を願う親の気持ちは私には痛いほどわかる。と同時に将来の展望が見いだせず自暴自棄に陥りそうなＹの気持ちも……。<br>　一方で、私が日本語を教えているベトナム出身の生徒たちはみな母国の親戚から、早く帰ってこい、と強く促されて様々に思い悩んでいた。結局みんなで集まって「死んでも日本に残ろう。」と誓い合ったという。そんな「いい話」を聞いたのに「そんな思いまでして残るほど日本は良い国かなぁ」と言った後に、「だったら死ぬ気で日本語を勉強しなきゃね。」と付け加えた私。<br>　鬼です。</font></p>
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<link>https://ameblo.jp/funacchi-nihongo/entry-10911725563.html</link>
<pubDate>Fri, 03 Jun 2011 10:17:44 +0900</pubDate>
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<title>６月１８日　生徒交流会を開催します。</title>
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<![CDATA[ <p class="MsoPlainText" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><font face="ＭＳ ゴシック" size="5">オルタボイス交流会<span lang="EN-US">2011</span>春</font></p><p class="MsoPlainText" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><font face="ＭＳ ゴシック" size="5">（神奈川県外国につながる生徒・若者交流会）</font></p><p class="MsoPlainText" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span lang="EN-US"></span></p><p><font face="ＭＳ ゴシック" size="3"> </font></p><p></p><p class="MsoPlainText" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><font face="ＭＳ ゴシック" size="3"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110525/10/funacchi-nihongo/47/28/j/o0298035011249439037.jpg"><img alt="Funacchiのブログ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20110525/10/funacchi-nihongo/47/28/j/t02200258_0298035011249439037.jpg" border="0"></a><br><br>　外国籍やダブルなど、外国にルーツのある生徒は、言葉や文化の問題から孤立して</font><font face="ＭＳ ゴシック" size="3">しまうことがあります。また、日本の社会や学校の中で、将来のことが不安になった</font><font face="ＭＳ ゴシック" size="3">り、アイデンティティについて悩んだりすることもあるでしょう。</font></p><p class="MsoPlainText" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><font face="ＭＳ ゴシック" size="3">　そうした生徒たちが学校の枠を越えてつながり、支え合う「輪」を作るために交流</font><font face="ＭＳ ゴシック" size="3">会を開催しています。このような問題に関心があって「共に生きる」ことを考えてい</font><font face="ＭＳ ゴシック" size="3">る日本人生徒の参加も歓迎します。</font></p><p class="MsoPlainText" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><font face="ＭＳ ゴシック"><font size="3"><span lang="EN-US"><span style="mso-spacerun: yes"><br></span></span></font></font></p><p class="MsoPlainText" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><font face="ＭＳ ゴシック"><font size="3"><span lang="EN-US"><span style="mso-spacerun: yes">  </span></span>日時：６月<span lang="EN-US">18</span>日<span lang="EN-US">(</span>土<span lang="EN-US">)13:00</span>～<span lang="EN-US">16:00</span></font></font></p><p class="MsoPlainText" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><font face="ＭＳ ゴシック"><font size="3"><span lang="EN-US"><span style="mso-spacerun: yes">  </span></span>場所：横浜市立横浜総合高等学校　食堂</font></font></p><p class="MsoPlainText" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><font face="ＭＳ ゴシック" size="3">　　（横浜市中区翁町<span lang="EN-US">2-9-10</span></font></p><p class="MsoPlainText" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><font face="ＭＳ ゴシック" size="3"><span lang="EN-US">　　</span>　ＪＲの関内、地下鉄の伊勢佐木長者町から徒歩１０分</font><font face="ＭＳ ゴシック" size="3">ほど）</font></p><p class="MsoPlainText" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><font face="ＭＳ ゴシック"><font size="3"><span lang="EN-US"><span style="mso-spacerun: yes">  </span></span>参加費：無料</font></font></p><p class="MsoPlainText" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><font face="ＭＳ ゴシック"><font size="3"><span lang="EN-US"><span style="mso-spacerun: yes">  </span></span>内容：仲間作りのゲーム</font></font></p><p class="MsoPlainText" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><font face="ＭＳ ゴシック"><font size="3"><span lang="EN-US"><span style="mso-spacerun: yes">          </span></span>困ったことや将来の夢についての話し合い、など</font></font></p><p class="MsoPlainText" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><font face="ＭＳ ゴシック" size="3"><br></font></p><p class="MsoPlainText" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><font face="ＭＳ ゴシック" size="3">　主催：<span lang="EN-US">me-net</span>（多文化共生教育ネットワークかながわ）</font></p><p class="MsoPlainText" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><font face="ＭＳ ゴシック" size="3">　後援：神奈川県教育委員会</font></p><p class="MsoPlainText" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><font face="ＭＳ ゴシック"><font size="3">　問い合わせ先：<span lang="EN-US">me-net</span>事務局　<span lang="EN-US">TEL 050-1512-0783</span>　<span lang="EN-US">E-mail:</span></font></font></p><p class="MsoPlainText" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span lang="EN-US"><a href="mailto:me-net@nexyzbb.ne.jp"><font face="ＭＳ ゴシック" color="#0000ff" size="3">me-net@nexyzbb.ne.jp</font></a></span></p><p class="MsoPlainText" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><font face="ＭＳ ゴシック" size="3">※事前の申込は不要ですが、準備の都合上、学校・団体などの単位で参加希望者数を</font><font face="ＭＳ ゴシック" size="3">上記連絡先までご連絡いただけるとたすかります。</font></p><p class="MsoPlainText" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><font face="ＭＳ ゴシック" size="3">　なお常勤事務局ではありませんので、電話不在の場合は留守番電話にメッセージを</font><font face="ＭＳ ゴシック" size="3">お願いします。</font></p>
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<pubDate>Wed, 25 May 2011 10:07:06 +0900</pubDate>
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<title>原子力発電所事故　対処　中国語</title>
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<![CDATA[ 1  门窗紧闭<br>   门·窗糊缝。排气扇是新的话，可能有自动通风系统，那附近也请封住。因为房间是紧闭的，所以有窒息的危险，请不要在室内使用火、火炉，请勿使用香烟等。<br><br>2  把空调和排气扇的电源切断。<br>   不要让室外的空气进入室内。<br><br>3  从外边进入室内的时候，在门前(户外)脱去衣服，立刻放入在(到)塑料袋捆住口。身体马上淋浴冲洗。<br><br>4  不用自来水和井的水，室外的蔬菜等。<br><br>5  用厨房毛巾擦地<br>   从外面回来以后要擦地，擦完以后毛巾请废弃<br><br>6  如果电能使用，空气净化器有可能有效<br>  但是，吸尘器会积存放射能。<br><br>7  在所有容器里储存饮用水<br>如果发生原子能事故<br>尽可能多地确保保存粮食。<br>放射能云到达以后，不喝井水和自来水的水。<br>性能好的净水器在某种程度上有效,不过，这个为净水器本身放射能也积蓄<br><br>8  吃肥鲔鱼俄海带(碘剂)<br>如果发生出处原子能事<br>为了降低甲状腺癌症的发病率。要吃肥鲔鱼俄海带，不要干吃，要煮成汤菜等再吃。<br><br> <br><br>　室外对策<br>1 外出时候用雨防雨斗篷等装备<br>如果发生原子能事故，请尽可能控制外出。回家时候要在室外换衣服，脱东西，废弃衣服<br><br>2 用湿毛巾捂住鼻子和口<br>吸入包括射线的空气的话有内部被炸的可能。<br><br>3 请注意不进入下风头<br>
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<pubDate>Wed, 16 Mar 2011 00:51:28 +0900</pubDate>
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<title>鬼になるノダ！</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3">　２年国語の「取り出し」授業は生徒４人。先日の学年末試験ではその全員が、漢字も語彙も全くといっていいほど身に付いていないという結果でした。それに対して鬼のように厳しい教科担当は「この結果をどう思うか、今後どうするつもりか、一週間考えて来い」としかりとばしました。そして一週間後、４人を呼び出して「どう考えたか、まずはＡから話してみなさい。」といったところ、Ａの口から出たのは</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font color="#ff0000" size="4">　まず、最初に、この２年間私たちに熱心に日本語を教えてくださった先生に感謝しています、、、、</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">　「お前、そんな言葉どこで覚えたんだよ」と言いたくなるほど立派なスピーチでした。Ａについては、こんなこともありました。</font></p><p><font size="3">　数学の担当者が「Ａの生活環境票を見せてください。」と言ってきました。（生活環境票というのは、生年月日や出身校、家族構成などが書いてある書類です）「何かありましたか？」と聞くと「いやぁ、やたらとできが良いんで、母国で高校に行っていたのかと思ったんだけど、違うんだね。全日の進学校でも充分やれそうなレベルなんだけど」とのお言葉。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">　Ａは１５歳の９月にベトナムから来日しました。横浜市では年齢相当でしか受け入れていないため、３年生へ編入。３年の２学期といったら、周囲は高校への進学準備で一色です。その中でまったく日本語が分からないＡはほとんど「お客さん」状態で受検を迎えました。</font></p><p><font size="3">　とにかく入れるところへ、ということで定時制を受けたわけです。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">　能力的にはかなり高いものをもっていると思われるＡですが、日本語については伸び悩んでいます。家庭でもアルバイト先でもほとんどがベトナム語、学校を離れたら日本語に触れる機会はほとんどありません。その学校でも日本語を勉強できるのは週２時間の国語の「取り出し」だけです。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">　定時制では、中学時代に不登校だったり、仕事をしなければならなかったり、さまざまな生徒が学んでいます。中には「知的障がい」を持っている生徒もいます。教員はみんな優しいので、出席が足りていればほとんど赤点はつけません。実際、日本語の日常会話も十分には身に付いていない生徒も進級・卒業しています。ですからＡも校内の成績では平均して４以上（最高は５）をとっています。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">　残された時間はあと２年、この中でどれだけ力をつけることができるか、、、</font></p><p><font size="3">　やっぱり当分は「鬼」でいこうと思います。</font></p>
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<link>https://ameblo.jp/funacchi-nihongo/entry-10821010544.html</link>
<pubDate>Sat, 05 Mar 2011 09:57:09 +0900</pubDate>
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<title>桐生のいじめ訴訟。ぜひ和解を。</title>
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<![CDATA[ <p>　2010年12月27日、上村明子さんの遺族は桐生市と群馬県を相手取り、計3200万円の損害賠償を求めて前橋地裁に提訴した。<br>　訴訟を避けたいと考えてきたにもかかわらず、学校や行政側が背を向けるような対応をし続けてきたことで、逆に訴訟に踏み切る決断をせざるを得なくなったらしい。</p><p><br>そして、2011年2月18日、初めての口頭弁論が開かれたが、被告側は「いじめが自殺の原因だったとは即断できない」と主張し、請求棄却を求めている。<br>　遺族の思いを考えれば苦渋の選択だったのだろう。しかし、裁判は長く苦しい茨の道、第２第３の被害者を生むことになりはしないか。</p><br><p>　自治体としては、裁判に持ち込まれては引くことはできない。もしここで引いてしまっては今後、同様な事件があった場合、賠償金を払い続けることになる。その財源は市民の「血税」。<br>　裁判は闘争。戦いの場では相手の一番弱いところを突く。今回の訴訟の一番のポイントは、自死の原因がどこにあったか、ということ。</p><br><p>　もちろん、原告は学校のイジメがその原因だと主張している。しかし、被告はそれを認めない。ほかに原因を求めるとしたら家庭。<br>　親子の日頃の関係、、、イジメがあったとしても「負けずに学校に行け」と強要したのなら非は家庭にも、、、子ども日頃からときちんとコミュニケーションを取れていたのか、、、、主に矢面に立たされるのは、フィリピン人の母親、ということになるだろう。</p><br><p>　では、原告はいじめが原因だとどう立証できるのだろうか。いつ、だれがどんないじめをしたか、それがどのように明子さんを傷つけ自死に追い込んだか、、、これらを立証するにはどう証拠・証言を集めることができるか。子どもたちは小学校を卒業、教員も異動がある、こういったことを考えても、相当な困難が予想される。<br>　となると矛先は、崩壊状態だったといわれる学級、イコールその担任。こんな状態ではイジメが起こるのは当たり前、、、イジメがあっても対応していない、、、自死の予見もできなかったのではなく、しようとしなかった、、、表面上はそういう状況を看過した自治体が被告になってはいるが、実質的に矢面に立たされるのは一個人。</p><p>　自分が教員だから言うのではないが、こういうことが続いたら教員になろうという人はいなくなってしまうだろう。</p><br><p>　どちらが勝っても負けても幸せな結果に結びつくと思えない。と考えて今までのイジメ訴訟のことをネットで調べていたら、和解という道を選んだ例が出てきた。その中でも４年前、大阪府豊中市の大商学園高校１年が自殺した問題では、解決金ではなく、校庭への植樹や記念文庫の設置で合意している。それが公になったのは期せずして2011年２月18日。今回の事件の初めての口頭弁論と同じ日。<br><a href="http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110218/trl11021822550025-n1.htm">http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110218/trl11021822550025-n1.htm</a></p><br><p>　どのような内容で和解するかは私が口を出すことではないだろうが、ぜひ群馬県に多文化共生の風土を作り上げる方向で考えて欲しい。</p>
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<link>https://ameblo.jp/funacchi-nihongo/entry-10808129535.html</link>
<pubDate>Mon, 21 Feb 2011 00:33:09 +0900</pubDate>
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<title>桐生の事件のあらましと報道</title>
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<![CDATA[ <p>ブログを見た知人から「あれ、どんな事件でしたっけ？」と言われた。先走って集会の報告や考察を書いてきたが、おくればせながら、、、<br>まず毎日新聞の第一報（2010,10,25）から（要約）<br>　<br>　2010年10月23日、群馬県桐生市の市立新里東小６年、上村明子さんが自室のカーテンレールにマフラーをかけ首をつっているのを母親が発見、病院に搬送されたが間もなく死亡した。<br>　母親によると、今秋から給食は決められた席でなく、好きな人同士で食べるようになり、孤立して欠席しがちになった。今月２０日に担任から「あすは校外学習なので来てください」と言われ翌日登校すると、同級生に「こんな時だけ学校くるな」と言われ泣き帰った。自殺に使われたマフラーは明子さんが母親にプレゼントするために編んでいたものだったという。<br>　父親は「学校での同級生のいじめが原因、６年になってから学校側に１０回以上相談したが、具体的な解決策は示されなかった」と話している。<br>　しかし、会見した岸洋一校長は「（一部の同級生との関係が）良くない状態にあったのは間違いないが、いじめという認識はなかった。明子さんに嫌なことはないか話を聞くこともあったが『特にない』と答えていた」と話した。</p><br><p>　イジメを隠蔽しようと言う姿がありありと見える。読売新聞でも以下のように書かれている。</p><br><p>　６年生の複数の男児は取材に対し、「『あっちへ行け』と言われ、しょっちゅういじめられていた」などと証言し、そのうち１人は「先生が注意しているのは見たことがない」とも話した。（中略）市教委は教育相談員を小学校に派遣し、児童の心のケアにあたるとしている。</p><br><p>　イジメを隠蔽したままでの「心のケア」というのはどうなされるのだろうか？いじめていた子どもたちに「あなたたちは悪くないのよ」なんて言うんじゃないか、と意地悪な見方を思わずしてしまう。<br>　しかし、これ以上に腑に落ちないのは、この時、「母親によると……」と記述しているのにもかかわらず、その母親がフィリピン人だとは書いていない（読売も同様）ことだ。それについて毎日新聞で初めて触れられたのは、続報（27日）である。（以下要約）</p><br><p>　父親は26日、毎日新聞の取材に「母親がフィリピン人であることもいじめの原因の一つだと思う」と述べた。明子さんが５年生だった09年、母親が初めて授業参観に訪れた。その際、明子さんは同級生から母親の容姿について悪口を言われた。その後、いじめられるようになった。</p><br><p>　また、朝日新聞には、授業参観についての記述はなく、「署や市教委などによると、母親はフィリピン出身だが、この女児は日本語が堪能だったという。」とだけあった。これは何が言いたいのだろうか？？？？</p><br><p>　2011年１月に開かれた神奈川県人権推進教育連絡協議会の研究大会で別の件でレポートする機会（相手は主に公立学校の教員）があったが、冒頭にこの事件について母親がフィリピン人だということをどれだけの人が知っていたか、手を挙げてもらったが80人ほどいた中で３割には満たなかったと思う。<br>　こうした一方で「担任の女性教諭はクラスをまとめきれない状態になることが時々あった」という校長の発言などが注目され、「学級崩壊」「指導力不足教員」といった側面ばかりが取りざたされている。この事件を一つの学校やクラス、一人の教員の問題として片づけるのではなく、日本の社会・学校の問題として考えることが必要だ。<br>　日本社会に根強くある外国人差別、そして、その芽（あるいは根か？）である学校での外国につながる子どもたちへのイジメ、それを直視しようとしない姿勢がこの報道に表れているのではないだろうか。この感覚はイジメを隠蔽しようという学校の姿勢にもつながるものが感じられてならない。</p>
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<link>https://ameblo.jp/funacchi-nihongo/entry-10798397402.html</link>
<pubDate>Sat, 12 Feb 2011 11:23:17 +0900</pubDate>
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<title>桐生の事件にまつわる考察（その２）</title>
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<![CDATA[ <p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><font size="3"><span style="FONT-FAMILY: 'ＭＳ 明朝'; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">　それから、今回桐生に行って感じたのは地域性だ。ただし、よく言われる「保守的な地域」とかいうことではない。もっと単純なこと、都会か田舎かということだ。</span><span lang="EN-US"><font face="Century"> </font></span></font></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><font size="3"><span style="FONT-FAMILY: 'ＭＳ 明朝'; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">　私の地元、横浜などでは、学校以外にも楽しめる場所がたくさんある。ちょっと足を伸ばせば「地元の目」を気にせずにふらつける。ストリートに出ればちょっとヤバイやつらともオチカヅキになれる。</span><span lang="EN-US"><font face="Century"> </font></span></font></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-FAMILY: 'ＭＳ 明朝'; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century"><font size="3">　田舎じゃこうはいかない。学校に行かなければ「○○ちゃん、どうしたのかしら」と噂になる。ふらつけるような場所もない。かといって、ひとりぼっちは誰だって寂しい、つまらない。みんなと一緒に楽しく、といったら学校でイジメでもするのが手っ取り早い。イジメられる側だって、一人になるのは怖いから学校にしがみつかざるを得ない。</font></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-FAMILY: 'ＭＳ 明朝'; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century"><font size="3">　ちょっと古いが尾崎豊の「十五の夜」や「卒業」みたいなことをできる子は少数派だ。「盗んだバイクで走り出」したり「夜の校舎、窓ガラス壊して回」ったりしたら先生に目を付けられて高校にもいけなくなる。</font></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-FAMILY: 'ＭＳ 明朝'; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century"><font size="3"><br></font></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-FAMILY: 'ＭＳ 明朝'; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century"><font size="3">　知り合いの大学教授が「学校説明会の後の個別相談で女子高校生から『先生の学部に入ったら一緒にお昼を食べる友達ができますか？』と質問された。」と言っていた。一緒にお昼を食べる相手ができるかどうか、これが大学や学部の選択基準になりうる。それほど１人になるのは怖い、これが「イマドキの子ども」の気分なのだろう。</font></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-FAMILY: 'ＭＳ 明朝'; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century"><font size="3">　しかし、彼（女）らの住む世界は狭い。高校では一年間同じクラスにいても名前と顔が一致しないなんていうのはざらだ。４，５人、せいぜい一桁の「仲良し」がいて、十数人から数十人が「知り合い」（「友だち」と呼んでいるかも知れない）あとは大多数の「どうでもいい人」に囲まれている。「どうでもいい人」は当然「どうなってもいい人」だ。</font></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-FAMILY: 'ＭＳ 明朝'; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century"><font size="3">　「同じ学校に通う仲間」だの「クラスの絆」なんて言葉は彼（女）らにとっては意味を持たない。たとえ教室で隣の席に座っていても、それが「どうでもいい人」だったら、どんなにいじめられようと関係ない。下手にかばったり先生にチクったりしたら、今度は自分がいじめられる。</font></span></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-FAMILY: 'ＭＳ 明朝'; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century"><font size="3">　シンポジウムで内田良子さんは「いじめられてる生徒が学校に行くと、周りの大人も生徒も、ああ、大丈夫なんだ。と誤解する。だからなまじっか学校に行くとイジメは深刻化する」とおっしゃっていた。大人は多分そうだろう。でもいじめている生徒はそうだろうか？「まだいるのか、目障りなやつだな、イジメられ足りないんだな。じゃあ、もっとやってやろう」というのが本当の気分ではないだろうか。いじめを見ている生徒にとっても「この子、いつまでもつのかなぁ」というちょっとした興味の対象にしかならないだろう。</font></span><span lang="EN-US"><br></span></p><p><font face="Century" size="3"><br></font></p><p><font face="Century" size="3">（まだ続く）</font></p>
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<link>https://ameblo.jp/funacchi-nihongo/entry-10796159974.html</link>
<pubDate>Thu, 10 Feb 2011 10:40:55 +0900</pubDate>
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