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<title>九蛇(クジャ)の世界</title>
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<description>よくある心の影との戦い。</description>
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<title>真実とは認識なのか？</title>
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<![CDATA[ 認識可能性！<div>りんごを認識する。</div><div>できると認識する。できないと認識する？</div><div>エンヤ婆は言った？</div><div>「大事なのはできると認識すること、できて当然と思うこと」</div><div><br></div>
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<pubDate>Mon, 02 Jul 2018 06:58:13 +0900</pubDate>
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<title>殺人を肯定するAをBは殺せるか？</title>
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<![CDATA[ 殺人を良いとするA<div>Aを止めるには？</div><div>Aを殺す？</div><div>するとある条件下では殺人は肯定されうるのを認めることになる。</div><div>Aがなぜ殺人を良いとするかは謎だが、Aの事情によって殺人はやはり良いとされる。</div>
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<pubDate>Sat, 24 Feb 2018 08:39:50 +0900</pubDate>
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<title>人はただいるだけ。動いているだけ。</title>
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<![CDATA[ 人間に善悪など存在せずに、ただ世界はあるようにある。世界はただあるだけだ。すべてのことは、思うままにするといい。人からどう見られるとか、他者視点を完全に捨て去る。私には目的もなく、ただ好きなことをするのみ。やりたいことやったらええねん！誰に反対されようとも、やってみたらええねん！すべての存在には価値があり、いや、、、価値という言葉など存在しない。ただ、あるものはあり、ないものはない。そこに価値判断を見出すことは無意味である。人は見たい世界を見る。奴隷制がほぼない今奴隷制が、最悪のものと認識させてくれる本が流行っているらしい。奴隷制に賛成する本は、今ではほとんど見られなくなったように。あらゆるタブーはなく、言論の自由を発する。殺人の問題をとる。人を守るために、人を殺すことは認められるらしい。少なくとも、外国のアフガニスタンなどでは、実際テロリストは自分たちの正しさのために、人々を殺す。そして、それに対する、態度も力で、テロリストを殺して反撃する。あらゆるタブーに挑戦。それならば、人を殺している人は自分を守るためではないのか？自分が壊れてしまうのだ。タブーを破った人の気持ちは？どこにいくのか？自分の解体、習慣による行動の打破。敵は自分自身の中にいる。
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<pubDate>Sun, 11 Feb 2018 08:59:34 +0900</pubDate>
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<title>喜劇役者として、生まれた人類の道化</title>
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<![CDATA[ ほら、あの人は生きているよう<div>昔の人が言った。私はただぼんやりと見ていた。色の緑がかぐわしい。光の消えた時のような、爽快さが夜を照らす。ジメジメさが心地よい。死者はやはり大きなおごりを持っているようだ。連続する悪魔の踊りは、いつ終わるのかもわからない。15本指のカナダ人は、どこに行ったのだろうか？私たちは頭があるらしいが。誰もその姿を確認していない。統一された技にもろくも、消えた赤児の憎しみ。欲望への導線が開かれた時、人々は死んでいく。私たちは何も何も考えることはない。ただ感じているだけだ。人を見るな！世界を見ろ！人に過度の存在を認めるな。存在者は人だけかもしれないが、存在は人だけではない。存在する地球はただあるだけなのだ。あって悲しくも、私たちを何の感情もない乾いた表情で、のぞいている。そして、笑うのだ。人生とはかくも喜劇なのか！</div>
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<pubDate>Sat, 10 Feb 2018 08:50:40 +0900</pubDate>
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<title>激震する大地の溝に挟まるネズミたちの群れは静かな闘志を秘めているか？</title>
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<![CDATA[ 誰もが知っている。僕には心がないのだ。200年前の6月8日に僕の先祖は生まれ、涙を流したが、悲しかったわけではない。ただ、感情的には一直線だったし、何も波打つものはなかったのだ。それにも関わらず、目から水に似たものが出たのは、一種の偶然だったように思う。その日その場所にいて、わかったことがある。先祖は、何も感じていないし、何も考えていなくて、ただの白紙だったのだ。黒い稲妻が家を打った日、ひょっとこは世界を支配していたのに？仮面の誠実さは、いわゆる機械的なプログラムだったのだろう。限りある肉体を滅ぼした今どこにもいない僕を見つめるなんてできないのだ。熱いとしても、炎がそこにあるだけであり、鬼が爆炎を沈めているだけである。彼らはリンゴを握りしめて、マルクスをなでる。あの人はもう誰もが等しい変化態へと昇華したのだ。さらば！きな臭い正しさよ！熱い馬鈴薯は花をつけないのだ！そうして、死んだ僕は消えた先祖を追い続ける。ここにはいないのだ！驚くべきことだ。どこにもいない。少しずつ理解していく、逆流する時間の中で、僕は先祖と似ていると。何を見ているのだ。ただ、あの人は消え去ってしまっただけだ。信じているときほど満たされるのに？追いかけるほど飛翔するのに？さらば、愛しのカトマンズ。みんなは南の楽園へと沈んでいった。明るい太陽を目指しているのは誰でも一緒ではないのか！
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<link>https://ameblo.jp/funasin2017/entry-12350460696.html</link>
<pubDate>Mon, 05 Feb 2018 23:10:33 +0900</pubDate>
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<title>狂える牡羊は空に輝く命をのみこめるか？</title>
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<![CDATA[ 木を見ると、そこには炎があって、泣いている人の顔のようだった。そのことを、近くの人に話す。「イビツな夜がやってきたんだよ。太陽の恵みが圧倒的な幸せを運んでくれた。だから、みんな死んでいくんだろう？」近くの人は何らかの言語を喋っている。おおよその意味は、わかる。だって同じ生き物だから。(ほうほう。君のクマさんはやはり大きな胃袋を持っているそうだな。わかるよ。それが甘い蜂蜜をとるものなのだから)どうやら暗黒ベアーに関心があるようだ。気づくと近くの人は蜂の数ほどに増減を繰り返している。お尻の穴から液体が出る。近くの人たちは盛んに語りだす。およそ、奇妙な光景だ。炎を囲んで、無数のキツネやらオウムやイチジクがひとつの意識に注意を向けているのだ。ティッシュの先に、モノがあった。偉大なるモノだった。今は何の意味もないモノである。宗教を信じた空白の人たちは、闇の獣にまたがり湖の上を疾走していた時代。混濁する連なりの中で、感情が消えていく。苦しみもない。楽しみもない。ただ純粋認識があり、客観的事実だけがある。解釈を介錯して、ハラキリさせるなんて、ナンセンスだろうか？私たちはいつでも私たちだったのだ。ひとつの世界、ひとつの自分がいるだけだ。
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<link>https://ameblo.jp/funasin2017/entry-12341410275.html</link>
<pubDate>Wed, 03 Jan 2018 09:31:24 +0900</pubDate>
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<title>かくて世界はこうありましたとさ。めでたしめでたし</title>
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<![CDATA[ 赤ん坊が倒れている。泣いてはいないが、息をしているようだ。寝ているのではなく、顔を歪めている。私は赤ん坊の足の先から毛のてっぺんまで、見て、「やはり、人間の赤ん坊らしい」と確信する。ふいに音がした。向こうから、車が走ってくる。運転席に座る人の顔はわからない。ひどく耳鳴りのする天気だ。霧なんてでていないが、悲しいにおいのする夜でもあった。車は赤ん坊の上を走っていく。私はまだ赤ん坊を見ていた。赤ん坊は、鼻水を垂らしている。車はどこかへいってしまった。街灯には、虫が数十匹踊っている。「何してるの？」高校の同級生に似た顔がいた。「佐藤さんに似てる」女性は笑う。「私佐藤だけど？」なるほど、あながち私の記憶も捨てたもんではないらしい。佐藤さんは赤ん坊を見る。「うん。寝てる？」「僕は寝てるさ」私が答えると、佐藤さんは困った顔をした。「いや、あの人」赤ん坊を指して言う。「まあ、寝てそうだけど、よくわからないよ」「確かめないの？」佐藤さんはゆっくりと空を見上げて、目を細めた。「なるほどね。佐藤はわかりました。一体、この人が何をしているのか」私は無感覚に反論する。「何かをしてるなんて、決めつけるなよ！佐藤！」佐藤さんは、私のことを思い出したようだった。「たしかに同級生なんだけど、名前が思い出せない。でも、この数学的頭は記憶にあるね」私は佐藤を無視して、赤ん坊を見た。かすかにまだ動いているが、弱っているようだった。「あなたの子供でしょう？」佐藤は、静かなはっきりした声で言った。私はぼんやりとしてしまう。いつもの癖だ。佐藤は赤ん坊を抱きかかえて、私に見せる。「誰に似てる？」「ドラえもん」佐藤はうなずく。「そう。学生時代のあなたはドラえもんというあだ名だったよね」私は懸命に考えるが、ドラえもんは22世紀からやってきたはずだ。21世紀に生きる私たちが知っているはずがない。「佐藤！デタラメ言うな！」私は感情的になったふりをして、怒鳴る。佐藤は本当に幸せそうに笑った。「ドラミちゃんはどこ？」20分沈黙。赤ん坊を抱いて、佐藤はいつのまにかいなくなっていた。20分時計を見ていると、少し目が疲れていた。<div><div><div><br></div><div><br></div></div></div>
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<link>https://ameblo.jp/funasin2017/entry-12340665547.html</link>
<pubDate>Sun, 31 Dec 2017 15:44:02 +0900</pubDate>
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<title>愕然とする流れの中で小石は丸くなるのか？</title>
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<![CDATA[ 太陽が光っている。温かな風とともに幸せがやってくる。見知らぬ人は足を上げている。まわりまわってハムを食べる季節だ。どうも見覚えがあると気づく。もしかして、見知らぬ人とどこかで演武をした？とすると髪の長い見知らぬ人はやはり見知り人なのだろうか。声をかけるまでもなく、見知らぬ人は一心不乱に手を上げ下げ、回し、胴体をひねる。遠くから見つめる。不思議と飽きがこない。鳥が鳴いている。いや、目の前の人が、鳴いている。多くの力が集まっていく。何かが始まる予感。少々悲しい。雨が降り、冷えてきた。時計は1時。じっとみる。5時。じっとみる。11時。じっとみる。以下続く。こうして、いくらの時間が経ったのか。足下に鮫が泳いでいる。水たまりを気持ちよさそうに。笑顔だな。そう感じたら、ふくらはぎに激痛が走る。噛んだな。足元を見ずに、荒木さんを見た。そうだ。あの人は私を、、、。いや、そんなはずはない。意味のない記憶を追い出して、鮫に食われていく肉体を見る。鮫の笑い声「キーキー」と。荒木さんは、やはり首を曲げ、手首を伸ばし、体を重力に逆らわせる。「大切なものはなんだい？」誰かが言った気がする。それとも私自身が思いついたのだろうか？聞かれても答えられないことは、誰にもあてはまる。いいよね？鮫は心臓を食べようとしている。「まあいいさ」答えると鮫は「ほなら、いただきます」と私を食べた。私は消えるはずが、なぜか鮫になっていた。
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<link>https://ameblo.jp/funasin2017/entry-12340553574.html</link>
<pubDate>Sun, 31 Dec 2017 07:43:51 +0900</pubDate>
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<title>満ち足りた正しさは何も教えてくれない</title>
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<![CDATA[ 帽子をかぶった女。歩き方が、どことなく洗練されている。満ち足りた死から、いくら時間が経ったのだろう。ジドは死の直前を思い出す。ベートーベンの「田園」が、流れていた。空には一羽の雁の羽ばたく音を感じる。指を動かそうとして、くじかれる。ああ、これが死というものなんだ。納得する。妙に物哀しいわけではなく、ただあたたかな光が降りてくる。「ああ、、、ああ、、、」声がする。誰だろう。何も見えない。輝ける道が見えてくる。「お帰り」ジドは帽子の女が言ったような気がした。でも、きっと女は何も言わずに、他の誰かが出した音なのだろう。確かめる方法はないが、ジドはただ「ああ、そうか」と納得する。きっと明日は晴れであれ、雨であれ、また別の第3の道であれ、もう戻れないのだ。たくさんのものを置いてきた。荷物は膨大で、ジドが持ってこれたのは、帽子だけだったのだ。女は背を向けて、ゆっくりと去っていく。女の手が上に伸びた可能性がある。本当は、帽子を脱いだ女が見たかった。ジドは望みを理解する。女はもう点になって、地平線の向こうの一部となり、世界のどこか知らないところで生きる存在になる。「ありがとう」ジドの目に涙はない。ジドはしかし泣いている。渾身の力をこめて、羽ばたく。雁は群れの中を離れて、消えていく。空高く、空高く。
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<link>https://ameblo.jp/funasin2017/entry-12340027110.html</link>
<pubDate>Fri, 29 Dec 2017 06:11:06 +0900</pubDate>
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<title>私自身の私を私する理由はないのかあるのか不明である。</title>
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<![CDATA[ 私は過去を振り返ることはあまりない。常に何かに取り憑かれている。その何かが過去ではないということは、私は私自身の奥深くに入っていく(いわゆる潜っていく)術を知らないのだろうか？私は感じる。過去の記憶は果たして本当か？私には確かに私の記憶があるが、一体それが、私にとってなんなのだろうか？現状の行動様式を作るものとしての、過去(つまり経験であり体験)を分析するのか？問題解決のためには私が私自身がどんな人間か意識することが必要であると思う。例えば、私は右手を主に使うのは何故だろう？「今から右手を使おう」などと思考して、使っているわけではない。人間はある程度のことを、いつの頃からか思考の俎上に登らせることなく、行動するようになる。これは、ある意味で、熟練であるのか？だが？これらにミスはないのか？例えば、意図というものがおる。ねらった目的に沿って、行う。しかし、意図というものは、かなりぼんやりしていたりするものだから、何をもってやるのか？私は作業ロボットになってしまうのか？それとも思考する人間でいられるのか？人として、いかなる感情もなくすことが理性的であるとするなら、私は感情をなくし、理性的なるものになったとしても、何をなすのだろうか？感情を殺し、死んでいく屍になるのか？誰もが心を知っているが？自分の心さえ知りうるのだろうか？細分化してみるとシコリがある心の正体は一体なんなのだろうか？私はうまく感情があるように振舞っているだけなのだろうか？私が感情を動かされる相手、家族、彼女。距離の近接性。近すぎるのか？遠すぎるのか？距離の近い人に対して、何かをするように要求する。それで、変えられたとしても、何か意味があるのだろうか？Aが悪いとして、Aは悪いならば、どうするか？の選択肢はかなりあるはずだ。知らないところで何が起こっているかは、私にはわからない。知りようもない。またあまりに固定した予測をすると外れたときに、修正しにくくなる。私が気持ちを大切にする人であるはずはなく。私は何者なのだろうか？私は一体、どんな行動原理で動いているロボットなのかな？
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<link>https://ameblo.jp/funasin2017/entry-12339171626.html</link>
<pubDate>Mon, 25 Dec 2017 19:43:07 +0900</pubDate>
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