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<title>実録介護ビジネス　　仁義なきコムスン</title>
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<description>介護ビジネスに没頭した９年間を振り返って</description>
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<title>持ち株会</title>
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<![CDATA[ <p>持ち株会が発足するらしい。</p><br><p>少なくとも自分はこの件についてはとても興味深く受け取った。</p><br><p>コムスンを買収したGWG（グッドウィル・グループ）は、当年に軽作業請負をメインにジャスダックに異例のスピードで上場を果たし、市場から大きな期待感も含めた株価を得ていた。</p><p>なんとなく成り行きで社員となり、訳のわからないまま持ち株を得た社員が軒並み億単位のキャピタルゲインを得たことは事実であり、コムスンにおいては公的介護保険制度施行とともにそのマーケットの今後の可能性も視野に入れて、公開されるとなればそれ以上の期待感が盛り込まれることは間違いないとの見解も囁かれていたこともあって、社員は口に出さないまでもかなりの興味をもっていたのは間違いなかった。</p><br><p>ストックオプションではなく、社員に一律（実は一律ではなかった）に株式を割り当てるという形で各自に告知された金額を銀行口座に振り込むのである。</p><br><p>それにしてもやりかたが雑っぽいけど。振り込んだ後に何の音沙汰もないし。</p><p>振り込め詐欺に引っかかってしまう動機はまんざらわからなくもない。</p><br><p>もちろん任意であるが誰一人として権利放棄することなく振り込んでいたはずである。</p><br><p>自分もそそくさと、銀行振り込みを完了させ、これがいったいどのようになるのかはドス黒い期待感を募らせたことを覚えている。</p><br><p>これらの株式の割り当ては持株会とは全く別の概念なのであるが、この部分を誤解している社員は大半であったように思える。</p><br><p>いずれにせよ、この株式の割り当てと持株会の発足は、介護事業の給与体系や福利厚生の乏しさを補完するには絶大な効果を伴った制度だった。</p><p>もちろんコムスンが倒産すればすべて水の泡なのであるがあるタイミングを除いて誰もそのような不安は持っていなかった。</p><br><br><p>その後の結果は、コムスンとして上場はせず親会社であるGWGの持ち株会社化移行に伴い、コムスンとGWGの株式が一定比率で交換がなされそのタイミングではじめてGWGの株式として市場取引できるようになったのである。</p><p>一株500円のコムスン株式を25000円で、要は50倍で交換したのである。その一株が当時のGWG株価３０～４０万円の市場価格を推移していたのでコムスン株を有していたものはそれなりのキャピタルゲインを得たはずである。</p><p>もっとも、多大なゲインを得るのは持株会以外の割り当てという形で大量に保有していた者だけであるが。。。</p><br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/fz1/entry-10214500333.html</link>
<pubDate>Wed, 25 Feb 2009 17:58:53 +0900</pubDate>
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<title>ふたつのニュース</title>
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<![CDATA[ <br><p>11月に入社してなんだかんだですぐに一ヶ月が経過した12月に入り、二つの大きなニュースが告知された。</p><br><p>①日本介護サービス株式会社を買収したという件</p><br><p>②今後の出店につき大きく軌道修正すべく全体会議を開催する件</p><br><p>へぇ～、そうなんだと聞いていたがいずれもその後のコムスンの命運を大きく握った案件だった。</p><br><p>日本介護サービスは当時コムスンよりもより多くの拠点でサービスを提供している実績をもっていた会社である。その実績をもった会社を合併することで、より本気で市場を席巻すべく全国での出店計画を怒濤の勢いで進めていくのある。</p><br><p>そして、12月のある日、2泊3日の日程で東京に全国の社員が招集がかけられたのである。</p><br><br><p>1999年12月の出来事であった。</p><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/fz1/entry-10214026501.html</link>
<pubDate>Tue, 24 Feb 2009 20:45:14 +0900</pubDate>
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<title>最初のベンチャースピリット</title>
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<![CDATA[ <p>そんなこともしながら営業活動に着手するのであるが、当時の社内ではそれを「外交」と称していた。</p><br><p>外交？なにそれ？</p><p>日本語の意味としては全く間違ってないみたいだが、かなり違和感を感じた。</p><br><br><p>深く突っ込むことはしなかったが、どうやら「営業」というワードを避けたようである。</p><p>このことに関してもその後にも深く大きなテーマとなっていくのだが。</p><br><br><p>日中、行政等の外交活動を終え西中島の事務所（統括部と呼んでいた）に18時に戻って各自それぞれの報告を会議形式で行うのである。</p><p>自分も含めて15人ほどいたように思う。</p><p>事務所はワンルームマンションに毛の生えたような広さにチープな長机が４つ並べて作業場兼会議机って感じでスチール椅子が適当に。</p><br><p>狭っ！</p><br><p>自分のような気の弱い小心者はその作業場である机なんて使えることは無かった。</p><p>仕方がないので画板を使っていたりした。</p><p>小学校の写生以来である。</p><br><p>これがベンチャー会社か。これがベンチャースピリットか。</p><p>そう思い込ませてモチベーションを上げていたように思う。</p><br><p>その会議の内容があまりにもくだらないので、机の面積を試算して人数で除してみた。</p><br><br><p>名刺より狭い。</p><br><br><p>これがベンチャーなのか！？</p><br><br><p>深く考えないようにした。</p><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/fz1/entry-10211295252.html</link>
<pubDate>Thu, 19 Feb 2009 20:58:36 +0900</pubDate>
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<title>24時間在宅型訪問介護サービス</title>
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<![CDATA[ <p>介護ビジネスに興味を持ちこの業界に足を踏み入れたのであるが介護ビジネスといっても多種多様なものが存在し、当初のコムスンが展開していたのは在宅型、しかも24時間体制の巡回型の訪問介護サービスである。</p><br><p>介護が必要なお宅に次々と訪問して巡回していくという形であるが近畿圏においても1拠点が既に公的介護保険制度が施行される前から措置制度のもと稼働していた。</p><br><p>最初の所属部署であった近畿エリア拠点開設準備室なるものは西中島のマンション風雑居ビルの８階であったのだがそのビルの4階に稼働拠点の淀川ケアセンターが事務所を構えていたのである。</p><br><p>そもそもこれから開設していかなければならないであろうお手本がそこにあるのである。</p><p>何事にもイメージが大切である。</p><br><br><p>探検に行こう！</p><br><br><p>行ってみた。</p><p>テナントというよりもマンションに近い雑居ビルであったので生活感満載である。</p><p>しかもどう考えても機能的でない。</p><p>こんなものなのかなと思いつつも腑に落ちない。</p><br><p>あまり得るものがないまま耳にした言葉は</p><br><p>「24時間なので・・・」</p><br><br><p>コムスンは24時間年中無休でサービスを提供することをウリにしていた。</p><p>というか理念であったともいっていい。</p><p>介護を受ける側に日曜日はもちろん盆暮れ正月、夜中も昼間も朝もないのである。</p><br><p>もっともである。</p><br><p>自分もこの部分には崇高ともいえるに近い使命感みたいなものも感じたし、介護サービスの本質であろうと理解していた。自分だけではなくコムスンに属したほとんどの人は同じだったと思う。</p><br><br><p>この日以降、24時間365日という十字架を背負って行くことにになるのである。</p><p>とうとう最後までこの呪縛から解放されることはなかった。</p><br><p>この全拠点において24時間365日でサービス提供するという理念を実践するというのは、何点かあるコムスン事業戦略のミステイクの中で１，２を争う核心であったと理解している。</p><br><p>もっともそのことに気がつくのはこの先もっと時間を要してからである。</p><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/fz1/entry-10210710071.html</link>
<pubDate>Wed, 18 Feb 2009 19:38:38 +0900</pubDate>
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<title>最初の仕事らしきもの</title>
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<![CDATA[ 今日午後から採用面接あるので対応するように！<br><br>え！？　ってか入社シタテホヤホヤの自分ですけど？いいの？<br><br>いいみたいである。<br><br>自分と同じく志望してきたであろう野郎の面接を何人か担当するのが最初の仕事らしき仕事であった。<br>今に覚えば、本人たち以上にこっちのほうが緊張してたんじゃないだろうか。<br>なんとか無難にフィニッシュにこぎつけたのだが、採用の面接って大事なことじゃないのだろうか、敢えて自分にやらせてみたという雰囲気でもないし。<br><br><br>深く考えないことにした。<br><br><br>結果、印象のよかった一人は採用に至ることとなる。<br>自分なりに採用に至らせる動機は形成させていた。<br>この会社に入社し、直感的なものも含めて<br>女性が主役であること、加えて表現が難しいが職人性を帯びていること、要はひとくせもふたくせもあるマネジメントを行わなければならないこと、<br>こんなことをできそうなのかという視点で判断したのを覚えている。<br>この視点は最後の最後まで一貫することになるのだが。<br><br>この最初に採用した（というか採用したのはあくまで会社、もしくはその採用の決裁権者であるのだが）西元は、後に大組織となった本社のコンプライアンス部門の長となるのであるからわからない。<br>この男のエピソードはとても秀逸なものが多く後に気が向けば回想してみたい。<br>
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<link>https://ameblo.jp/fz1/entry-10206889595.html</link>
<pubDate>Wed, 11 Feb 2009 23:44:48 +0900</pubDate>
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<title>オリエンテーションらしきもの</title>
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<![CDATA[ <p>同じ日に入社した自分以外のメンバー二人とともに入社のオリエンテーションらしきものを受ける。</p><br><p>一人は同世代らしき女性でもうひとりは明らかに自分よりひとまわり先輩っぽい男性。</p><p>同世代の女性の鬼岡はこの直後から経理部門というか小口管理を担当させられることになる。</p><p>もう一人の先輩風の林村とは当面いろんなことで否応なしに連携をとらざるを得ないので気になるところなのだが、この男、とっても猫背なのが非常に気になる。猫以上に猫背なのである。それはそれは立派な猫背なのである。</p><br><p>ということに気をとられながら例の面接でも対応していたインテリメガネ風から能書きをいただく。</p><p>どうやらインテリメガネ風の湖永課長はこの大阪エリアではトップの東田統括に次ぐポジションらしい。</p><p>さすがインテリメガネである。伊達にインテリメガネではないのである。</p><p>と見せかけてオリエンらしき最中に自分に放った最初のオフィシャルな台詞は</p><br><p>「自分、車なにのってんのん？」</p><br><br><p>年末ジャンボ馬鹿クラスの大物である片鱗をこのタイミングで見せつけたのである。</p><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/fz1/entry-10205035713.html</link>
<pubDate>Sun, 08 Feb 2009 16:30:38 +0900</pubDate>
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<title>拠点開設準備室</title>
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<![CDATA[ <p>配属された部署は正式には拠点開設準備室なるもの。</p><br><p>当時、大阪には淀川ケアセンターという訪問介護事業所が稼働していた。</p><p>まだ公的介護保険制度が始まる前なので「措置サービス」として行政との委託契約の元でサービス提供されていたのである。</p><br><p>加えて今後の公的介護保険制度施行にあわせて新規に事業所を各所に開設していくのが当面のミッションであった。</p><p>同じように自分より前に入社したであろう社員は大阪には約15人ほどいて彼等は主要な場所にハコ（事務所）を確保してそこのセンター長として運営を開始していくという真っ最中にあった。</p><br><p>当初のコムスンの事業所の人的な運営モデルは、</p><p>センター長（管理者）</p><p>ケアリーダー（サービス提供責任者）とケアマネジャー（介護支援専門員）</p><p>ケアスタッフ（介護員）</p><p>という構成で訪問介護事業所と居宅介護支援事業所が併設しているのがデフォルトのモデルであった。</p><br><p>このモデルにはさまざまな問題が内包していたのであるが当時の自分にはそれに気づくすべもなく、まずはこのモデルを実体化していくことに着手していくのであった。</p>
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<link>https://ameblo.jp/fz1/entry-10204339284.html</link>
<pubDate>Sat, 07 Feb 2009 09:53:00 +0900</pubDate>
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<title>採用面接に行く</title>
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<![CDATA[ <p>指定された日時に西中島の雑居ビルに向かうのである。</p><br><p>会場といってもチンケなマンションの一室風。否応なしに通されるのである。</p><br><p>どうやら自分とよく似た輩が何人かいた模様。</p><p>みんな考えることは同じなのかとおもいつつダンマリシカトを決め込むことにする。</p><p>しかしながらこのときのメンバーの顔は誰一人と記憶にない。</p><br><p>要は誰一人と同期社員となっていないのである。</p><p>これは後々になってわかったことだけど。</p><p>それだけ競争率の高い採用であったように思えるがこれには意外なオチがあるが今度。</p><br><br><p>確か一人ずつだったと思う。自分の面接の番になった模様で若干の緊張感を伴い面接という品定めを受ける。</p><br><p>一方対応する面接官は、オッサン（風）、インテリ（風）、ロボペチャ（風、古っ）の三人。</p><p>後に、このオッサン（風）は単なるオッサン、インテリ（風）は単なる偽物ペテン師、ロボペチャ（風）は単なる巨乳と判明するのだが、彼等からは</p><br><p>ベンチャー企業であること</p><br><p>と説明うけたことしか覚えていない。</p><p>ベンチャー？、それはそれでいいとして他にないんかい！</p><p>しかも言ってるおまえら何か違和感オーラ出てるぞ</p><p>と突っ込みどころ満載ながらも終了。</p><br><p>質問を受けたことは、</p><p>「不採用になったらどうやって生活していきますか？」</p><p>だって。</p><br><p>なにその質問？</p><p>それって不採用確定フラグたってるの？おれ？え？</p><p>ひょっとして不採用なんだけど、不採用になったらそんなに自暴自棄になりそう？おれ。</p><p>それともその後あんまり不憫なことになるようなら採用してくれる余地あるちゅうかい？</p><p>なにそれ？</p><br><p>答えた台詞もしっかり覚えている。</p><p>「泥棒してでも喰っていきますよ」</p><br><p>喧嘩腰である。</p><br><p>やっぱり組織に属して仕事をするなどそもそも無理があったのである。</p><p>というよりも、当時のオレってあほ丸出し。</p><p>洒落でもなんでもなくほんとにいざとなったら泥棒してでも喰っていってたに違いないと思う。</p><p>今ではそのあほさ加減はなくなった。</p><br><p>それはこの9年間で無くした大事なものである。</p><br><br><p>２，３日後連絡があった。</p><br><p>採用。11月から出社するようにとのこと。</p><br><br><p>なんじゃ、そりゃ！！！</p><br><p>1999年10月頃のことである。</p><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/fz1/entry-10201091159.html</link>
<pubDate>Sun, 01 Feb 2009 01:59:28 +0900</pubDate>
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<title>最初の第一歩</title>
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<![CDATA[ <p>介護ビジネスって儲かるんじゃない？</p><br><p>これ、介護職に従事している人間にとっては非常に嫌悪感のある発想でもある。</p><br><p>しかしながら自分と介護ビジネスとの始まりであったのは偽りのない事実である。</p><br><p>そしてゴールでもあった。もちろん折り返し時点もである。</p><br><p>ずっとこの呪縛の中で夢中に走り続けてきたみたいである。</p><br><br><p>2000年4月より公的介護保険制度が施行されることもあって1999年は介護というビジネスに俄然注目を浴びてきた感はあったかと思う。</p><p>自分もそれに着目したわけでもあるが、当時のベンチャー三羽ガラスの一角である折口雅博が率いるグッドウィルグループが介護ビジネスに参入したのもそのときである。</p><p>九州の在宅介護会社を買収し公的介護保険制度施行にあわせて介護ビジネスを展開するというのだ。</p><br><p>どうやらそれに併せて人材を求めているらしい。</p><br><p>介護ビジネスって言っても介護のカの字も知らない。儲かるんじゃない？って言ったって一から考えて調べてやるの効率悪い。</p><p>そういうネガティブ思考のループの一歩手前でこの情報。</p><br><p>結論。</p><br><p>これは雇ってもらうしかないね。</p><br><p>なんせ給料までもらえるんだし。</p><br><p>という素敵発想のもとグッドウィルグループ/コムスンの門を叩くのである。</p><br><p>で、どうするの？</p><br><p>どうやら大阪に拠点があるらしい。</p><br><p>波は来ている。間違いなく自分に。うん。</p><br><p>そう思い込もう。</p><br><p>履歴書を送ってくれって言われたので書いてみることにした。</p><p>ゲッ、よく考えたら履歴書を書くのって学生の時コンビニでバイトして以来。</p><br><p>こんなヨゴレ果たして雇ってくれるのだろうか！？</p><br><p>そんときは一人で起業してみるか！</p><br><br><p>そんなこんなを考えていた1999年の夏の終わりである。</p><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/fz1/entry-10200005891.html</link>
<pubDate>Thu, 29 Jan 2009 22:33:56 +0900</pubDate>
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<title>memoirs　～2009年1月～　</title>
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<![CDATA[ あまりにも平凡で落ち着いた正月が明けてしまった。<br><br>激動の10年、ま、正確には9年であるがいったい何だったろうって感じる。<br>先のことはあまり考えたこともないし考えることが苦痛だし苦手。<br>過去のことも考えても無意味。嫌なことは早く忘れたいし、幸せな事は時間の２乗で霞んでいく。<br><br>でも奇異な10年、いや9年をそのまま霞むませるにはもったいなさすぎるし。<br><br>ということで邪魔くさくない程度にリアルに振り返ってみよう。<br>
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<link>https://ameblo.jp/fz1/entry-10192935255.html</link>
<pubDate>Thu, 15 Jan 2009 17:55:59 +0900</pubDate>
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