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<title>下呂田のト――タルリコ――ル</title>
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<description>こちらのブログは文章中心です。最新の出来事をお伝えします、出来る限り……。画像の二次使用、転載は固くお断りします。</description>
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<title>第46回衆議院議員選挙</title>
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<![CDATA[ アメリカ、中国、韓国等等、世界中の主要国でトップの節目となった年も終わりに差し迫るこの頃、いかがお過ごしでしょうか。我が国でも先般、第４６回衆議院議員選挙が行われ、ご多聞に漏れず、再度、自民党、公明党の連立による政権巻き戻しが果たされたところです。本年最後の更新は、このことでつらつらと思い浮かんだよしなし事に触れて締めくくりたいと思います。ただし、全体の投票率59.32％に象徴されるように、今回の選挙に対し、何ら興味を持ち得なかった読者もおられることと思います。そんな方は、これまたご多聞に漏れず、スルーで願いします。<br><br>今回の選挙で民主党が大敗するだろうことは誰の目にも明らかであり、今回の結果について特記するようなことないと思われます。筆者も、そのことに深く触れるつもりはありません。その代わり、特に思いを馳せたのは、民主党は民主党でも、民主党の今日までの栄光と陰です。この辺りから今回は触れていきます。<br><br>民主党が設立されたのは、平成8年のことだったそうです。新党さきがけを離党した鳩山由紀夫、菅直人らで結党し、最初は57名だったそうです。その後の平成10年、民政党、新党友愛、民主改革連合が合流した頃から、二大政党時代を標榜し、党員拡大路線を推し進めます。平成12年衆議院選挙で１２７名、平成15年衆議院選挙で１７７名、小沢自由党との合併後は204名となりました。平成17年の時は小泉劇場の前に１１３名と足踏みはしたものの、後戻りは許さず、平成19年の参議院議員選挙での与野党逆転を経由し、遂に前回の衆議院選挙で３０８名の当選者を輩出し、日本新党以来の政権交代を成し遂げました。今となっては絵に描いた餅になってしまいましたが、牽引力となったのが「マニフェスト」です。コンクリートから人へというスローガンの元に、高速道路無償化、子ども手当等々を高らかに謳っていました。だが、その「マニフェスト」が内部抗争を生み出していきます。あくまで「マニフェスト」実現を譲らない小沢グループと、財政再建を図るために見直しを計ろうとする反小沢グループで内部抗争の兆しが出てきます。特に、菅総理成立時に閣僚から小沢グループは一掃され、野田内閣時に小沢グループがマニフェスト違反とする消費税増税路線を推進するに至り、党内抗争が決定的となり、これ以降、離党者が続出し、民主党は衰退の道を辿ります。松木謙公、石川知裕（後に新党大地・真民主結党）、内山昇、渡辺浩一郎（のちに新党きづな結党）ら14名の離党を契機に、その後も離党者が後を絶たず、消費増税関連4法案を含む社会保障・税一体一体改革関連法案採決後に至って、遂に小沢グループら55名が離党します。このような中での衆議院議員選挙の結果、民主党の議員数は57名と、改選前の約４分の１になってしまいました。今だ、海江田党首に代変わりはしてみたものの、復活の兆しは見えていません。<br><br>以上を踏まえてみれば、似たような過去を辿ったある組織を思い出させないでしょうか。今回の選挙でも日本維新の会なる政党が躍進を果たしていますが、まさに明治維新の起こる直前の幕末期、京都を中心に世間を轟かせた新選組という組織がありました。今度はこの新選組について振り返ってみます。時は幕末1862年、清川八郎が上洛する将軍警護のための浪士組の隊員を募集していました。この中に、試衛館で武芸に励む近藤勇らの一派も加わります。しかし、浪士組は清川の策略であったことが京都到着後に発覚し、浪士組は江戸に引き返しますが、試衛館一派と芹沢鴨らの水戸派は京都に残留し、京都守護職、松平容保預かりの京都見回り隊として発足します。これが壬生浪士組、後の新選組です。この時はまだ隊士36名余だったようです。八月十八日の政変と、最初の内部抗争、芹沢鴨らを粛正後、近藤局長、土方副長を中心とする新体制となってから歴史に名を残す活躍が始まります。京都市中の尊王攘夷派を容赦なく斬り殺し、尊王攘夷派の志士たちは夜寝る前、今日も生き延びることができたとほっとするほどであったといいます。その最たるものが池田屋事件と禁門の変です。ただ、この活躍が人気を呼び、一次募集、二次募集を得て、200人を超える一大集団へと変貌します。しかし、ここで刮目しておかなければいけない点があります。新撰組を支えた「局中法度」という名の隊規のことです。身分を問わず入隊可能としたため、支えとなる規則が必要とされ、士道不覚悟、金策禁止等を謳ったのです。しかし、先の民主党のマニフェストがそうであったように、この隊規が相互不信と内部抗争を生み、山南敬助、武田観柳斎、河合耆三郎らを初めとする45名の重要な隊士を切腹、暗殺等で粛正する羽目になり、結果、隊の弱体化を招いていきました。遂には戊辰戦争の最終決戦地、函館五稜郭での敗北をもって完全な最期となります。その後の明治政府では、朝敵とされ、新選組の話題は封印されました。<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20121231/22/g-shoppai/83/57/j/o0800053312356664511.jpg"><img border="0" alt="下呂田のト――タルリコ――ル-727" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20121231/22/g-shoppai/83/57/j/t02200147_0800053312356664511.jpg"></a><br>写真は、京都壬生にある新選組最初の屯所跡、八木邸の入り口付近です。右の方の土産物屋辺りが芹沢らの宿屋があったところだそうです。今でも芹沢暗殺時の刀傷が残っています。<br><br>冗長となりつつあるので、次で一旦締めくくりです。しかしながら、まだ栄光の部分のただ中にあるようで、ここで触れるのは賛否両論かもしれない、ＡＫＢ４８を含むアイドルグループ郡を取り上げます。まさかご存じない読者はいないとは思いますが、しばらく復習のつもりで読み進めて下さい。 今では国民的アイドルとも称されることもあるＡＫＢ４８ですが、その生い立ちは平成17年、秋元康が「会いにいけるアイドル」を目的に第１期生を募集したことに始まります。この時のメンバーは前田敦子、板野友美、小島陽菜、高橋みなみ、峰岸みなみら２４人でした。第１回公演時の観客も関係者を除くと７名だったそうです。しかし翌年には第２期募集を開始、１９人を加え、４４名（篠田麻里子は途中加入）になります。大島優子、秋元才加、梅田彩加らです。この頃から次第にメジャーとなり始め、初シングル「会いたかった」が脚光を浴びます。さらに３期生が追加され、チームＡ、Ｋ、Ｂが揃います。柏木由紀、渡辺麻友らが加わります。その後、結成当初から行っている専用劇場の相当数の公演に加え、ＣＤ購入で参加できる握手会、選抜総選挙、選抜じゃんけん大会等の企画も功を奏し、アイドルグループを語る上でＡＫＢ４８抜きでは考えられないような現状を迎えました。そして遂には平成23年、平成24年と２年連続で日本レコード大賞を受けるまでになっています。<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20121231/22/g-shoppai/af/e9/j/o0800053312356664513.jpg"><img border="0" alt="下呂田のト――タルリコ――ル-728" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20121231/22/g-shoppai/af/e9/j/t02200147_0800053312356664513.jpg"></a><br>写真は東本願寺内にある太鼓楼と呼ばれる建物です。壬生から屯所を移した際、北集会所と、この太鼓楼を使用していたそうです。北集会所は今はありません。<br><br>さらには、新選組も隊士が増えたことで屯所を東本願寺に移したように、ＡＫＢ４８のみならず、ＳＫＥ４８、ＳＤＮ４８（現在は解散）、ＮＭＢ４８、ＨＫＴ４８その他の姉妹ユニットも結成され、そのシステム運営は全国に移っています。何だかんだでメンバー数は正規メンバー201名、研究生176名の計377名（12月1日調べ）までに膨張してきています。しかし、その裏でグループの影が漏れ聞こえてきます。すなわち、実力と関係ないところでの差別ではないかとの疑念を生む、一部の関係者の、一定メンバーへのごり推しと、それ故のそうでないメンバーの脱退です。前者とされたのは例えば、前田敦子、指原莉乃、松井珠理奈、最近では島崎遥香であり、後者とされたのは例えば、大島麻衣、平嶋夏海、佐藤夏希、増田有華です。ちなみに今年のグループ脱退者はＮＭＢ４８の大量脱退もあり４６名だそうです。そして、その差別化の最大の査証とされたのが、先の民主党のマニフェスト、新選組の隊規にも似た、設立当時から設定されたとされる恋愛禁止のルールです。真偽の程は不明ですが、このルールが適応されなければいけないのに適応されないメンバーと、されたメンバーの扱いの差が目に見える形で現れているようです。つい先般、秋元康はそんなこと言ったとか、言わないとか話題になりましたが、もし、運営側の対応が見誤れたままで放置されれば、一気に下火に落ちかねない状況を孕んでいるように、かつて一時期、アイドル全盛期にアイドルに傾倒した筆者には思われます。<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20121231/22/g-shoppai/df/fd/j/o0533080012356664512.jpg"><img border="0" alt="下呂田のト――タルリコ――ル-729" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20121231/22/g-shoppai/df/fd/j/t02200330_0533080012356664512.jpg"></a><br><br>それでは、今年最後の更新にしては気分が晴れるような記事ではなかったかもしれませんが、その辺りは水に流してもらい、是非ともいい年をお迎え下さい。<br>
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<pubDate>Mon, 31 Dec 2012 22:10:17 +0900</pubDate>
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<title>その23「軽井沢誘拐案内」</title>
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<![CDATA[ 前回でも触れましたが、パソコンゲームを振り返るを振り返ってみれば、その１「オホーツクに消ゆ」を掲載してから２年半が経ちました。ただ、思った以上に進んでいるのか、進んでいないのか。今回は、その原点回帰というつもりでもないですが、堀井雄二氏がプロデュースしたことで堀井ミステリー三部作と呼ばれたうちの最終作、「軽井沢誘拐案内」を紹介したいと思います。発売されたのは１９８５年であり、第２部「オホーツクに消ゆ」の翌年の発売です。発売元は、第１部「ポートピア連続殺人事件」と同じ、エニックス、現在のスクウェアエニックスです。エニックスについては、すでに何度も触れているので、今更説明するまでもないでしょう。<br><br>ストーリーについては後で詳しく触れますが、まず、このタイトルのその後から触れておきたいと思います。案外、このタイトルは、今まで紹介したタイトルの中では１、２を争う知名度であるかもしれません。その理由として、このタイトルの製作者である堀井雄二氏が、後にあの「ドラゴンクエスト」シリーズのプロデューサーとして脚光を浴びたこと、そして、そのことに起因するのか、今でもプレイ可能な状態にあるということがあります。携帯電話用アプリとして現代風にアレンジされて復刻されているのです。ダウンロードの手間さえ惜しまなければ、すぐにでもプレイできるのです。スクウェアエニックスのモバイル関連のサイトを覗いてみてください。<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20121212/20/g-shoppai/72/9f/p/o0640040012327415673.png"><img border="0" alt="下呂田のト――タルリコ――ル-726" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20121212/20/g-shoppai/72/9f/p/t02200138_0640040012327415673.png"></a><br>今回のタイトルのゲームタイトルです。すでにこのゲームの雰囲気を如実に物語っているといえよう。<br><br>では、肝心なストーリーはどうだったのでしょうか。プレイヤー役が、名前の変更もできるので、仮にさかきしろうとしておきますが、恋人のくみこに呼ばれて軽井沢の別荘を訪れます。ただし、喜びもつかの間、くみこの妹、なぎさが買い物に出たまま、次の日になっても帰ってきません。そこで、警察もあてにできなくなり、周辺の聞き込みを始めるところから本格的に捜査が始まります。そして、次第次第に何か事件に巻き込まれていることが分かってきます。怪しい場所でのなぎさの目撃情報、いかにも怪しい落とし物、そして、奥歯に物が挟まった物言いの登場人物たちがそれを物語っています。ここでは文字数の関係であまり深入りしませんが、全体像を望むのであれば、このタイトルを扱っているサイトは相当数存在するので、そちらに譲りたいと思います。<br><br>ここからは筆者の個人的推測を交えての考察なので、話半分でみてほしいのですが、堀井氏が「軽井沢誘拐案内」に込めた思いは何だったのでしょうか。それは、このゲームのコマンド入力方式、すなわち、テンキーコマンド入力方式にあったと睨んでいます。すなわち、前年に発売された「オホーツクに消ゆ」で堀井氏が導入したテンキーコマンド入力方式でしたが、より広く普及させるべきという願望があったのではないでしょうか。そして、そのために、初期のパソコンゲームのプログラマーがそうであったごとく、プロデュース製中心のエニックスにあって、最初から最後まで自分の思う通りにやらせてもらったのではないでしょうか。ただ、その代わりといっては何ですが、このタイトルの大きな特徴となっていますが、ちょっと子供には見せられないシーン連発となり、当時はファミコンをはじめとするコンシューマー機には移植されなかったことは、ご愛嬌というべきでしょうか。<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20121212/20/g-shoppai/f3/aa/p/o0640040012327415674.png"><img border="0" alt="下呂田のト――タルリコ――ル-727" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20121212/20/g-shoppai/f3/aa/p/t02200138_0640040012327415674.png"></a><br>基本的なゲームプレイ画面です。文字の書体、配置の仕方は「オホーツクに消ゆ」に瓜二つです。後に公にされる、テンキーコマンド入力方式のアドベンチャーが簡単に作製できる「アドベンチャーツクール」がすでに形になっていたのかもしれません。<br><br>さて、今回も終わりに近づいてきましたが、今回のタイトルが発売された１９８５年というのは、実はパソゲー業界を振り返ったならば、キーポイントといえる年ではなかったかと思えます。実は、今まで取り上げたタイトルの発売年がほぼこの年に集中していることからも、それが伺い知れます。ちなみに、今まで紹介したタイトル外にも、例を挙げるなら「エルドラド伝奇」（エニックス）、「はーりぃふぉっくす」（マイクロキャビン）、「テグザー」（ゲームアーツ）、「ウィザードリィ」（アスキー）、「メルヘンヴェールⅠ」（システムサコム）等々が発売されています。このことに加えて、往年の８ビットパソコンの標準規格機、８８０１ｍｋⅡＳＲが発売された年も１９８５年であり、この事も先ほど記したことと全くの偶然ではなかったということかもしれません。<br><br>さて、早いもので２０１２年辰年も終わろうとしています。以前、記事タイトル「オッス、おら悟空　超サイヤ人編」にて、いずれ、辰年にちなんだ内容をお送りすると書きましたが、何を隠そう、今回も辰年にちなんでいました。最後までプレイした読者なら、ははーんと思われることでしょう。終盤にさしかかる頃、最重要人物としてミスター・ドラゴンなる人物が登場していたのでした。いかにもとってつけたような名前ですが、これもご愛敬の一種でしょう。<br><br>そして、本年最後の大イベントといえば、第４６回衆議院議員選挙であろうと思います。特に、第三極と呼ばれた勢力の動向が気になるところですが、これは蓋を開けてみるまで分かりません。もっとも、選挙の如何に関係なく、次回は、その勢力にあやかった特別企画のタイトルでお送りしたいと思います。<br>
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<pubDate>Wed, 12 Dec 2012 20:41:55 +0900</pubDate>
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<title>続々　刈込池！</title>
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アメンバー限定公開記事です。
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<pubDate>Sun, 21 Oct 2012 22:08:36 +0900</pubDate>
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<title>その時、歴史が動いた</title>
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<![CDATA[ あれから一年、亡くなられた方に心よりお悔やみ申し上げます。<br><br>早いもので、あの日から一年が経とうとしています。忘れもしませんが、その日の午後２時４６分、ご多聞に漏れず、当方も自分の席で勤務に就いていました。なんか、やけに長い間、目眩がするなと思っていましたが、他の人々も目眩がしていることに気が付きました。それもそのはず、体調不良か何かで頭が動いていたのではなく、地面が動いていたのでした。その後は、かぶりつくようにテレビを眺めていました。<br><br>昨年は大震災の影響もあって、本当に多くの方が亡くなられました。実は、当方の地元でも、大震災に続くように、例年になく訃報が連続して続いた年でもありました。葬儀の掛け持ちも発生したほどでした。これらの事を思い巡らすとき、不謹慎かもしれませんが、当方は「機動戦士ガンダム」シリーズのある２つのエピソードのその時を思い浮かばずにはいられませんでした。今回はそのエピソードを紹介したいと思います。<br><br>一つ目のその時は、一年戦争末期に、ア・バオア・クーの第３線上に向けて使用されたソーラレイが発射されたその時です。地球連邦とジオン軍のア・バオア・クー決戦直前に、時のジオン軍総帥ギレン・ザビによって発動されました。もともとはギレン総帥の邪心によって計画されました。ソーラレイにより、地球連邦軍のヨハン・イブラヒム・レビル将軍、デギン・ソド・ザビ公王を始め、多くの戦士の命が宇宙に散っていきました。その直後、アムロ・レイは叫んでいます。「光と人の渦が溶けてゆく。あれは憎しみの光だ。あれは光らせてはいけないんだ。」<br><br>２つ目のその時は、グリプス戦役と呼ばれた内乱の末期のその時とさせてもらいました。戦場では、エゥーゴ、ティターンズ、アクシズの三つ巴の消耗戦が繰り広げられていました。Ｚガンダムのパイロット、カミーユ・ビダンは次々に身近な人々が亡くなっていく様を目の当たりにして、気分が激情して敵将シロッコに叫びます。「貴様、人が死んだんだぞ。いっぱい人が死んだんだぞ。遊びでやってるんじゃないんだよ。生命(いのち)は、生命は力なんだ。生命は、この宇宙を支えているものなんだ。それを、それを、こうも簡単に失っていくのは、それは、それは、酷いことなんだよ。」<br><br>なんかとりとめなくなってしまった気もしますが、今回はこれにて終わりにしたいと思います。 次回もまた、この時間にお会いいたしましょう。（松平アナ風）
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<pubDate>Sun, 11 Mar 2012 21:25:38 +0900</pubDate>
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<title>その22「デゼニワールド」</title>
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<![CDATA[ <p>前回のリバーヒルソフトの時もそうですが、やはり生き馬の目を抜くとまでは言わないまでも、相当に生き残りは厳しいと思われるゲーム業界で、またひとつ、あるソフトメーカーが消滅するというニュースを聞きました。すなわち、蜂のマークでお馴染みのハドソンが、今では親会社となっていたコナミデジタルエンターテイメントに吸収されることとなり、来る３月１日をもって、この世からハドソンの名前が消滅することになりました。かつて、コンシューマー機PCエンジンを開発したことで知られ、また、ソフト面でも「桃太郎電鉄」、「ボンバーマン」を初めとする数多くのタイトルを世に送り出してきたメーカーですが、筆者にとっては、パソコンゲーム界の黎明期、特にアドベンチャーゲーム界で名を馳せた、古参のソフトメーカーという思いです。今回も、前振りが長くなってしまいそうですが、しばらくお付きあいください。<br><br>タイトルを見て分かる通り、パソコンゲーム考も２２タイトル目を迎えましたが、その１で紹介したタイトルは何だったか覚えているでしょうか。そうです。「オホーツクに消ゆ」でした。発売当時、そのシナリオの完成の高さもあいまって、日本最高峰の評価を得ましたが、実は、それ以前に日本最高峰のアドベンチャーゲームと呼ばれたタイトルがすでに存在していました。それが、ハドソンが１９８４年に発売した「サラダの国のトマト姫」、通称「サラトマ」だったのでした。無論、筆者は知っていましたが、プレイしませんでした。というか、当時はアドベンチャーはおろか、パソコンゲーム自体、当時の友人宅で、友人所有のゲームを嗜む程度でした。そのような時にプレイしたタイトルだったのが、ボンドソフトの「タイムシークレット」、マイクロキャビンの「ミステリーハウス」、「ドリームランド」、そして、ハドソンの「デゼニランド」でした。</p><p><br>これらにＴ＆Ｅの「スターアーサー伝説」３部作を加えて、今ではアドベンチャーの古典的名作といわれていますが、なぜか、その友人は「サラトマ」は所有していなかったので、結果、やらず仕舞になったのでした。なお、これらはもちろん、コマンド入力方式であり、言葉探しゲームの感があります。当時のアドベンチャーはストーリー云ねんより、どうやって目の前の難関を突破するかという、製作者側との知恵比べが主題だったように思います。今でも語り草というか、伝説とさえなっていますが、「デゼニランド」における「ＡＴＴＡＣＨ　ＣＲＯＳＳ」でつまずいたことは苦い思い出です。しかしながら、ゲーム自体は当時のアドベンチャーの水準を超えた出来となっており、アドベンチャーファンでは知らない者はいない人気作となっていました。そうなると、今も昔も人気作に期待するのは続編ということに変わりはないようです。その後発売の「サラトマ」の興奮冷めやらぬ中、大々的に発表されたのが、「デゼニランド」の続編、「デゼニワールド」でした。<br><br>「デゼニワールド」に触れる前に、今一度、「デゼニランド」と「サラトマ」のストーリーを振り返ってみることにします。千葉県に出来たディズニーランドに対抗すべく、埼玉県の悪徳知事がデゼニランドを作りました。しかも、千葉県の宝「三月磨臼」（ミツキマウス）を盗み出し、このデゼニランドに隠したというのです。プレイヤーは、この宝を取り返すべく、デゼニランドの５つのパビリオンに挑みます。次に「サラトマ」を紹介します。昔、昔、地球のはるか彼方の星のサラダ国では、色々な種類の野菜が平和に暮らしていましたが、パンプキン率いるカボチャ一族がクーデターを起こします。前国王の一人娘、トマト姫は反乱軍を結成し、対抗しますが、カボチャ一族に捕らわれてしまいます。そこでプレイヤーは、キュウリ戦士となって一人、トマト姫の救出に向かいます。登場人物が全て、野菜、果物というハイセンスであり、グラフィックもプロのイラストレータを採用した、まさに野心作だったのでした。<br><br>そして、問題の「デゼニワールド」です。まず触れておかないといけないのですが、以前の「ぎゅわんぶらぁ自己中心派」同様、この「デゼニワールド」も重大な失態を犯しています。すなわち、大々的に広告を打ったのは１９８４年ですが、実際に発売されたのはなぜか１９８６年を迎えてのことでした。「デゼニランド」からそれまでの間、筆者は「ウイングマン」、「オホーツクに消ゆ」、「道化師殺人事件」等々をプレイしており、アドベンチャーのレベルが上がっていったのを目の当たりにしていました。「デゼニワールド」は、明らかにまわりの環境についていっていませんでした。内容はというと、ライト・コメディー・アドベンチャーとでもいうのか、難易度というものはほぼ存在せず、ところどころでＢＧＭとともに現れる有名人のパロディを楽しむという感じでした。その中に「サラトマ」のキュウリ戦士、パンプキン大王もいました。しかし、カタカナ表示のみのコマンド入力方式と、何のひねりもないグラフィックは、今までの期待を大きく裏切るものであり、エンディングシーンを見ても複雑な心境でした。<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20120206/12/g-shoppai/b2/94/p/o0640040011777915117.png"><img border="0" alt="下呂田のト――タルリコ――ル-723" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20120206/12/g-shoppai/b2/94/p/t02200138_0640040011777915117.png"></a> <br>「デゼニワールド」のオープニング画面ですが、「マデリーン」のスクリーンショットの時同様、今は昔を感じます。ただ、画面が綺麗であることと、名作であるということは別の話です。</p><p><br>なお、余談ですが、「デゼニランド」の気分を手っ取り早く味わいたい方には、Windows上でプレイできるＨ・Ｏ　ＳＯＦＴの「デズゼニーランド」というフリーソフトが存在します。一度やってみるのも一興でしょう。それと、久し振りに「オホーツクに消ゆ」の名が出てきましたが、これを機に、次回は「オホーツクに消ゆ」のシナリオライターである堀井雄二氏が手がけた、堀井ミステリー３部作と呼ばれたうちの最終部を紹介したいと思います。当初、画面写真やパッケージの様子から舐めてかかっていましたが、ただものでないことを実感させられたのを覚えています。携帯電話アプリとして復刻されているので、その評判から最近プレイした読者もいるのではないでしょうか。ちなみに、第一部は「ポートピア連続殺人事件」ですね、ボス。 </p>
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<pubDate>Mon, 06 Feb 2012 19:57:31 +0900</pubDate>
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<title>オッス、おら悟空　超サイヤ人編</title>
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<![CDATA[ <p>寒さが厳しくなってきているこの頃、いかがお過ごしでしょうか。そういえば、今年は辰年ということが急に頭に浮かんだので、とってつけたようですが、その辰にちなんで、ドラゴンボール改フィギュアシリーズをお送りします。しかも、今回をもって最終回です。最後は、やはり、超サイヤ人でしょう。ちなみに前回の記事はというと、昨年７月に掲載した「オッス、おら悟空　人造人間編」です。<br></p><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20120125/22/g-shoppai/bc/03/j/o0600040011755600794.jpg"><img border="0" alt="下呂田のト――タルリコ――ル-720" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20120125/22/g-shoppai/bc/03/j/t02200147_0600040011755600794.jpg"></a> <br>先ずは、何もいうことはないでしょう。セル完全体を目の前にした超サイヤ人第３段階のトランクスです。パワーの上昇に合わせたように、全身の筋肉が異様に盛り上がっています。しかし、戦闘が始まってみればセルには全く歯が立ちませんでした。すなわち、パワーは上がりましたが、図体が大きくなった分、動きが遅くなってしまったのでした。トランクスが初めて画面に登場し、メカフリーザとコルド大王を秒殺したのを見た時、正直びっくりしたものですが、この時点はすでに過去の出来事になってしまっていたのでした。</p><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20120125/22/g-shoppai/a7/db/j/o0600040011755600796.jpg"><img border="0" alt="下呂田のト――タルリコ――ル-721" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20120125/22/g-shoppai/a7/db/j/t02200147_0600040011755600796.jpg"></a> <br>同じく、セル完全体との戦闘中に超サイヤ人２に覚醒した孫悟飯です。手にせんじゅを持っています。このブログでは掲載していない人造人間１６号がセルに破壊されたことが覚醒の要因です。それ以後は、交戦的な性格となり、セルの戦闘力を上回ったことで悟飯に余裕ができたのか、闘いを楽しんでいるようであり、この事がセルに利用されるところとなります。挙げ句、悟空が死に、再生能力で生まれ変わったセルは戦闘力をあげることに成功します。それでも、最後は満身創痍のかめはめ波の撃ち合いでセルを消滅させることで戦いは終わります。ちなみに、リバイバルアニメ「ドラゴンボール改」はここまでです。</p><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20120125/22/g-shoppai/3b/de/j/o0600040011755600797.jpg"><img border="0" alt="下呂田のト――タルリコ――ル-722" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20120125/22/g-shoppai/3b/de/j/t02200147_0600040011755600797.jpg"></a> <br></p><p>セル編で超サイヤ人となったベジータが、セル完全体に放った技がファイナル・フラッシュです。ベジータの技といえば、ギャリック砲や、前回掲載した人造人間１９号を倒したビッグバンアタックが有名ですが、ベジータ自身が技の名前を叫んだのが、ファイナル・フラッシュだそうです。この時はセル完全体の右半分を吹っ飛ばしましたが、前回説明したようにピッコロの細胞再生能力により再生してしまいます。というか、そもそも、ベジータは、セルがまだ第２形態の時に倒しておけばよかったものの、強い相手と戦いたいというサイヤ人の性格が仇となり、セルの口車に乗って完全体にしてしまったことで、上記に掲載した災いを招いてしまったのでした。</p><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20120125/22/g-shoppai/3f/62/j/o0600040011755600795.jpg"><img border="0" alt="下呂田のト――タルリコ――ル-719" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20120125/22/g-shoppai/3f/62/j/t02200147_0600040011755600795.jpg"></a> <br></p><p>さて、番外編とでもいうのでしょうか、超サイヤ人３のベジータです。ドラゴンボールを原作やアニメでのみ馴染みの読者はおやと思ったことでしょう。それもそのはず、ベジータの超サイヤ人３は原作とアニメでは登場しないからです。では、このフィギュアはどういうことでしょうか。実は、バンダイナムコゲームスから発売されたドラゴンボールの登場キャラクターによる対戦ゲーム「ドラゴンボール・レイジングブラスト」や、その続編でのみ、ベジータの超サイヤ人３の勇姿をみることができます。ただ、一部のドラゴンボールファンからは評判はあまりよくないみたいです。</p><p><br></p><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20120125/22/g-shoppai/7c/9d/j/o0600040011755600793.jpg"><img border="0" alt="下呂田のト――タルリコ――ル-718" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20120125/22/g-shoppai/7c/9d/j/t02200147_0600040011755600793.jpg"></a> <br><p>最後はやはり、超サイヤ人３の孫悟空で締めたいと思います。悟空は魔神ブウとの対戦時に超サイヤ人３まで進化しています。パワーは超サイヤ人２の４倍だそうです。それでも、変身時間が短いこともあって、純粋悪の魔神ブウを倒すことはできませんでした。なお、原作とアニメでは超サイヤ人３が最強形態ですが、アニメ「ドラゴンボールＧＴ」では、その上をいくのかどうか、超サイヤ人４の存在がありますが、デジタルグレードでは「３」で打ち止めです。また、ここで紹介した以外にも、ブロリーやバーダック、ターレスといったサイヤ人の存在が認められますが、機会があれば触れたいと思います。そして、いずれまた、辰に絡みのある内容をお送りします。</p>
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<pubDate>Wed, 25 Jan 2012 22:58:19 +0900</pubDate>
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<title>その21「琥珀色の遺言～西洋骨牌連続殺人事件～」</title>
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<![CDATA[ <p>ちょっと遅くなりましたが、筆者の地元では例年になく、穏やかな年を迎えることができました。しかし、筆者的には例年になく慌ただしい年になると予想しています。ということは、これまた、例年になく、更新回数が激減されるであろうと思われますが、例年のように思いついた時の訪問をよろしくお願いします。<br><br>さて、今回のタイトルの初出はパソコンからなのですが、また後でも触れますが　ニンテンドーＤＳだけではなく、携帯アプリとして復刻されているので、見覚えがある読者もいることでしょう。復刻されたというには、それだけの理由があったからと思われますが、まず、その辺りから触れてみたいと思います。その理由の一つが、発売元が旧リバーヒルソフトのアドベンチャーだったということかもしれません。一時、その人気は相当に陰りの見えていたアドベンチャーゲームでしたが、「オホーツクに消ゆ」で世に出たコマンド選択方式はユーザーを言葉探しから開放し、ストーリーに重きを置いたゲームに変貌させました。まさにそのような中、「ゾーディアック」、「アグレス」等、数タイトルのアドベンチャーをリリースしていましたが、まだまだ無名に近かったリバーヒルソフトから「Ｊ・Ｂ・ハロルドシリーズ」の１作目、「殺人倶楽部」が発売されたのでした。<br><br>実はこの場を借りて触れておきたいことがあります。「ルパン三世・ルパン対複製人間」のマモーじゃないですが、コマンド選択方式にも限界があったのです。コマンド入力は、フラグによって減ったり増えたりはしますが、製作側が設定したコマンドを選択してストーリーを進めていくため、ものによってはコマンドを総当たりすれば、あっという間に完結を迎えてしまうのでした。すなわち、ユーザーを引き込むには「スナッチャー」並の充実度が要求されたのです。そこで、「殺人倶楽部」では、凝ったグラフィックよりも、驚異的ともいえるテキスト量でユーザーを引き込んだのです。続々と現れる関係者と、連動して増えるコマンド数は総当たりするには無謀なほどでした。効率的に進めるには次に何をすべきかを自分の頭で考える必要がありました。同時に、新たな情報を得るには、地道な捜査も要求されるのでした。しかし、その展開が妙で、ひたすらキーを叩き続けられる衝動にかられるのです。当然、人気シリーズとなり、パソコンでは「ブルー・シカゴ・ブルース」の５作目まで続きました。<br><br>そして、その実績を元に新たなシリーズが企画されました。それが大正時代の雰囲気を画面上で再現しようとした「一九二〇シリーズ」であり、その初作が１９８８年発売の「琥珀色の遺言」です。今日のアメリカを舞台とした「Ｊ・Ｂハロルドシリーズ」もいい味を出していましたが、「琥珀色の遺言」はその比ではありませんでした。とある地方都市にある琥珀館という屋敷が舞台ですが、北九州市に現存するアールヌーヴォー調の旧松本邸をモデルにしたというその屋敷は、古ぼけた写真を見るようなセピア色に彩られています。屋敷内をうろつくだけでも大正時代の観光気分が味わえます。そこに総勢２７人の関係者があちこちを徘徊しているのを捕まえては話を聞いていくのです。筆者が過去、金田一耕助にはまっていたことは何度も繰り返していますが、４０年ほどの開きはありますが、金田一耕助が活躍していた頃の、あの鬱々とした独特な気分を味あうには十二分な仕上がりとなっていました。<br><br>それでは、やっとの感がありますが、ストーリーの紹介です。パッケージに添付している凝った造りの探偵手帳から、一部抜粋します。『時は１９２２年、栄華をきわめた貿易商、影谷恍太郎が奇怪な死を遂げた。彼が遺言として残したものは、謎めいた数枚の西洋骨牌＝かるただけ。』プレイヤーは被害者の甥の影谷芳明の協力を得ながら、私立探偵、藤堂龍之介となって事件の謎を解いていきます。舞台は琥珀館ですが、中庭や離れや車庫なども捜査対象であり、狭いという印象はありません。関係者の殆どが影谷家の血縁者ですが、奉公人や執事、招かれざる客人も出たり入ったりしています。そのうちに、第２、第３の殺人が発生しますが、容疑者を問い詰めるというコマンドが出てきたら、事件解決はもうすぐです。ただし、ここから先は、今まで得た情報を元に正確な推理を立てておかないと、闇雲なコマンド選択では真犯人は告白してくれないことも、リバーヒルの一連のアドベンチャーが本格派を唸らせた理由のひとつとなっていることも見逃すことができません。<br><br>ところで、「一九二〇シリーズ」はその後どうなったのでしょうか。「Ｊ・Ｂ・ハロルドシリーズ」とはうってかわって、２作目「黄金の羅針盤～翔洋丸桑港航路殺人事件～」で打ち止めとなってしまいました。しかも、２００４年、リバーヒルソフトは破産宣告を受け、会社自体なくなってしまいました。ただ、皮肉なことですが、(株)アルティがその資産を受け継いだことでシリーズが復活することになりました。現在、携帯アプリと、一部はニンテンドーＤＳ用に新作を含む７作、番外編３作がリリースされています。筆者はまだどれもプレイしたことはないのですが、少しでも大きな画面でプレイしたいと思っているので、スマートフォンに機種変更でもしたらプレイしたいと思っていたりします。なお、余談ですが、藤堂龍之介の好敵手とも言える「Ｊ・Ｂハロルド」シリーズですが、こちらもアルティによって新作が作られており、要注目です。</p><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20120117/23/g-shoppai/6a/2a/j/o0639040211740909898.jpg"><img border="0" alt="下呂田のト――タルリコ――ル-716" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20120117/23/g-shoppai/6a/2a/j/t02200138_0639040211740909898.jpg"></a> <br>写真は筆者がプレイした８８版のオープニングの一コマです。９８版を見てしまうと見劣りします。マウス対応ですが、馴れなかったせいかキーボードがプレイしやすかった思い出があります。</p><p><br></p><p><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20120117/23/g-shoppai/19/b1/j/o0600040011740909900.jpg"><img border="0" alt="下呂田のト――タルリコ――ル-717" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20120117/23/g-shoppai/19/b1/j/t02200147_0600040011740909900.jpg"></a> <br></p><p>当時として充実したパッケージであり、手帳には琥珀館見取図、家系図、年譜、西洋骨牌絵札図、その他諸々が添付していました。</p><br><p>さて、次回のタイトルを模索している最中、初期のアドベンチャーゲーム界で一時名を馳せた古参のあるメーカーが解散といういうニュースを聞きました。現在はあるメーカーの子会社であったのを吸収合併するそうです。感慨に浸るというつもりはないですが、次回はこのメーカーで名を馳せたタイトルを紹介したいと思います。</p>
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<pubDate>Tue, 17 Jan 2012 23:59:31 +0900</pubDate>
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<title>年末緊急企画　全国のルパン三世ファンへ</title>
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<![CDATA[ <p>大変だった２０１１年もあと幾ばくとなりました。以前、どこかで触れているように、本年がルパン三世アニメ化４０周年という記念の年の最後の日にお送りするのは、先般、日本テレビ系列にて「ルパン三世・血の刻印～永遠のMermaid～」が放映されましたが、１９６９年のパイロットフィルムを皮切りに連綿と続くルパン三世アニメシリーズより、筆者の独断と偏見に基づき、シリーズ中で最も馴染み深いセカンドシリーズのベスト１０をピックアップしてみたいと思います。<br><br>その前にセカンドシリーズについて、ちょっと触れておきましょう。通称、「新・ルパン三世」と呼ばれた、このテレビシリーズは１９７７年１０月から１９８０年１０月までの３年にわたり、日本テレビ系列で放映され続けました。全１５５話が製作されたのですが、当時の世相を含む、実に様々な題材を採り入れており、その時代の風刺アニメとしても評価の高いアニメ作品、それが「ルパン三世セカンドシリーズ」です。それでは、順不同になりますが、思いついたエピソードから紹介します。<br><br>１５５話「さらば愛しきルパンよ」（1980年10月6日放映）<br>いわずとしれた、セカンドシリーズ最終話です。しかも、あの宮崎駿監督が脚本、演出したことでも話題になりました。その証拠に「天空の城ラピュタ」に登場するロボットと瓜二つのロボットが登場します。この回の登場キャラクターも、初期の宮崎作品に欠かせない島本須美さんが演じています。とても３０分のテレビアニメとは思えない作品に仕上がっています。<br><br>１５２話「次元と帽子と拳銃と」（1980年9月15日放映）<br>最終話近くでは充実した作品が目白おしですが、そのうちの一つです。この回は、タイトルの通り、次元が主役であり、次元の帽子の秘密が暴露されます。筆者の記憶が確かならば、適役ミネソタ・ファッツは、映画「ハスラー」からの引用でしょうか。<br><br>１４５話「死の翼アルバトロス」（1980年7月28日放映）<br>実は、宮崎駿監督演出の作品は最終話だけではありません。この１４５話も宮崎監督に手によるエピソードです。ジブリ作品の中に「紅の豚」という航空機を扱った異色の作品がありますが、この１４５話も航空機が主題です。筆者的には、「紅の豚」に勝るとも劣らない作品と思っています。<br><br>１１５話「モナリザは二度微笑う」（1979年12月24日放映）<br>この年のクリスマスイヴに放映された１１５話は、以前、このブログの記事タイトル「モナリザとＥＯＳ４０Ｄ」ですでに触れたように、モナリザの謎にルパンが挑みます。モナリザに興味があるなら一度みてみることを勧めます。<br><br>１０８話「悲しみの斬鉄剣」（1979年11月5日放映）<br>五ェ門を中心に据えた回はそんなに多くはないと思いますが、このシリーズの五ェ門の代表作といえば、１０８話です。１５２話同様、今度は斬鉄剣の秘密が明かされる内容です。しかも、ほろ苦いラストをルパンが演出しており、セカンドシリーズのルパンの性格を垣間見ることができます。もちろん、舞台は日本です。<br><br>９９話「荒野に散ったコンバット・マグナム」（1979年9月3日放映）<br>記念すべき１００話を目前に、次元の生き様をハードボイルドに描く内容です。いまさらいうまでもなく、次元が日頃持ち歩いている銃といえばＳ＆ＷＭ１９コンバットマグナムですが、この回を目を皿のようにして見れば、次元のように、この銃を組み上げることができるかもしれません。</p><br>１０５話「怪奇鬼首島に女が消えた」（1979年10月15日放映）<br>当ブログのコアなファンであるなら、筆者が過去、横溝正史の推理小説を今でもほぼ全巻所有するファンであることはご存じかもしれません。そして、日本でその横溝ブームが起きたのは１９７８年頃であることから、横溝作品より鬼首村の名まで借用したのがこの回です。まさに機を見るに敏の内容です。ちなみに、別の会では金田二耕作なる人物も登場したこともあるのはご存じでしょうか。<br><p><br>３０話「モロッコの風は熱く」（1978年5月1日放映）<br></p><p>セカンドシリーズでは、その時々において作風が変わっていくのですが、その中でもデフォルメの効いた独特のタッチが印象に残っているのが、初期の頃の放映された３０話です。ルパンがひたすら、敵の銭形警備と行動をともにするというストーリーも思い出に残っています。後に「ルパン三世PART３」を見たとき、心にひっかかる点があったのですが、３０話の作画担当者が、「PART３」でも作画を担当していたことにに他ならないのでした。</p><p><br>１５３話「神様がくれた札束」（1980年9月22日放映）</p><p>宮崎監督演出の回は公には２話ですが、限りなく宮崎監督演出に近い内容が、この１５３話です。この回は、名作「ルパン三世・カリオストロの城」に出てくる、幾つかのシーンを思い起こさせます。それは例えば、次元が牧師に語りかけるシーンや、終盤、銭形警部がクラリスに語りかけるシーンなどです。ちなみに、映画長編アニメ「ルパン三世・ルパンＶＳ複製人間」とさきほどの「ルパン三世・カリオストロの城」が製作、上映されたのはセカンドシリーズ放映中の出来事です。<br><br>１話「ルパン三世颯爽登場」（1977年10月3日放映）<br>最後に、セカンドシリーズの一発目も紹介します。どちらかというと主要キャラクターの紹介する内容になっていますが、視聴者を限定させるほどにシュールな前作、ファーストシリーズの繋がりも見受けられます。すなわち、ファーストに登場した適役が復活して再登場します。この日より、今日あるルパン人気を形作る長編大作が始まることになるのです。</p><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20111227/23/g-shoppai/aa/c5/j/o0600040011698655847.jpg"><img border="0" alt="下呂田のト――タルリコ――ル-715" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20111227/23/g-shoppai/aa/c5/j/t02200147_0600040011698655847.jpg"></a> </p><br>ところで、先ほどの「ルパン三世・血の刻印」で話題になった件があるのですが、ルパンファミリーのうち、峰不二子が増山江威子から、沢城みゆきへ、石川五ェ門が井上真樹夫から浪川大輔へ、そして、銭形警部が納屋悟郎から山寺宏一へと声優が変更されました。４０周年の節目に新たなルパン三世を目指すためだそうです。筆者の素直な印象ですが、以前に一度変更され、物議を醸した「ルパン三世・風魔一族の陰謀」に比べると、違和感というものは感じませんでした。<br><br>特に、不二子はシュールと言われるファーストシリーズに回帰した印象です。今にして思えば、セカンドシリーズの不二子は勝ち気なＯＬという感じでした。もし、次作があるのなら、いっそ、すべてにおいて原作回帰のクールな殺人鬼のルパン三世をお願いしたいものです。ということで、新・ルパン三世第１１６話「１０８つの鐘は鳴ったか」（1979年12月31日放映）でも思い浮かべながら、よいお年をお迎えください。
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<pubDate>Sat, 31 Dec 2011 00:36:06 +0900</pubDate>
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<title>その20「マデリーン」</title>
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<![CDATA[ 今回は冒頭から、少し暗い話から始めますが、過日１０月５日、アップル社の創業者の一人であり、前CEOであったスティーブ・ジョブズ氏が亡くなりました。もっとも、ほとんどの読者は、iPadやiPhoneを世に送り出したIT業界の革命児のイメージでしょうが、結構以前からパソコンに接している筆者にとっては、APPLEⅡと初代Machintoshを開発、販売することでパソコンを世に普及させた偉大なオタクというイメージです。後で詳しく触れますが、一時期、世界のベストセラー機となったAPPLEⅡｃに非常に興味を持った時期があったのです。そんな今回は、偉大なジョブス氏を悼み、まことにささやかではありますが、このジョブス氏が生みの親であるAPPLEⅡと深い関係のあるタイトル「マデリーン～亡き王女のためのパヴァーム～」を紹介します。ただし、「マデリーン」が出てくるまでには長い前置きが必要となりますので、その点、含みおき下さい。<br><br>それでは、ちょっとばかり時間を遡ることになってしまいますが、まずはアドベンチャーゲームの始まりから始めたいと思います。後にアドベンチャーゲームと呼ばれるようになる形式のゲームは、１９７７年、ある研究機関の特殊システムで開発された「Adventure」と言われています。世間的には「Ｚｏｒｋ」の名がよく知れていますが、市販化された初のアドベンチャーゲームが「Ｚｏｒｋ」です。「Adventure」をプレイしたプレイヤーが傾倒し、ついにはinfocom社を設立して販売にこぎつけたのです。このような形のゲームはまだなかったのと、ゲーム自体もよく出来ていたため人気を博し、次々と続編も作られました。後に日本のパソコンにも移植されたので、タイトルだけでも知っているゲーマーも多いことと思われます。<br><br>しかし、今では信じられないかもしれませんが、これらはテキストアドベンチャーと呼ばれ、画面上は文字のみでグラフィックは一切ありません。まさに小説を読んでいる風です。そのうち、グラフィック付きのアドベンチャーも開発される時がやってきます。１９８０年、ロベルタ・ウィリアムズという女の人が作った「Ｍyｓｔery　Ｈouse」がそれでした。古屋敷で引き起こされる殺人と屋敷に隠された宝の謎を解く内容です。ただ、グラフィックといっても挿絵風の簡単な線画だったのですが、ロベルタの夫がわざに会社を設立して販売したら大ヒットしたという、ハイレゾアドベンチャーの先駆けとなったのでした。ちなみに、その設立された会社名がOn-Line Systemsであり、「ウルティマ」等で有名な後のSirra On Lineです。当然、そうなると期待されるのは、次に続くアドベンチャーということになります。<br><br>果たして、その後も次々と良質のハイレゾアドベンチャーが、この会社から発売されていきます。代表的なものでは「クラストン・マナー」、「ユリシーズ」、「タイムゾーン」、「ザ・クエスト」などですが、それらのタイトルの中でも、アドベンチャーゲーム史上、一際燦然と輝くタイトルといえば「ウィザード＆プリンセス」です。筆者はプレイする機会に恵まれなかったのですが、名前は勿論知っていました。絶妙なゲームバランスと心和むストーリーで一世を風靡したと思われます。これらのタイトルは、１９８３年頃からスタークラフト社より８８０１、９８０１シリーズを中心に移植され、日本語でもプレイできたのですが、では、もともとのオリジナルは、どのパソコンで製作されたのでしょうか。<br><br>それが、ジョブス氏が相方スティーズ・ウォズニアック氏と設立したアップル社のＡＰＰＬＥⅡでした。ここでＡＰＰＬＥⅡについても触れておく必要があります。このＡＰＰＬＥⅡこそ、それまでバラバラのキットの寄せ集めだったパソコンを、一つの完成された塊で発売された史上初のパソコンでした。本体とキーボードがまだ一体ですが、今あるパソコンの原型がそこにありました。ベストセラーソフト「ビジカルク」発売の効果もあり、爆発的に売れ、一躍、日本以外の世界のパソコンの標準機となったのでした。iPhone開発の原点がそこにあるように思います。やがて、パソコンゲームの黎明期を代表するゲームが次々と開発、発売され、しかも、このゲーム資産は後継機ⅡｃやⅡGSへも互換性を保ちながら、受け継がれていきました。そして、日本のパソコンゲームはこれらを手本とし、発達していくのでした。<br><br>時が経ち、１９８７年、アクションロールプレイングを初めとした独自の方向を見せるようになった日本ゲーム界に、突如として時代に逆行するようなコマンド入力方式の、一見地味なグラフィックのアドベンチャーゲームが、タケルという鳴り物入りで姿を見せたソフト自動販売機の１発目として発売されました。それがシンキングラビットの「マデリーン」です。何を隠そう、「マデリーン」は、あの「ウィザード＆プリンセス」をオマージュとして造られたタイトルです。４００年前、実父を毒殺死させたとされる古きモラビアの王、エスムラント二世の娘、マデリーン妃の真実を探す旅に出るというストーリーです。筆者は今まで数々のアドベンチャーを経験してきましたが、今でも最高難易度はこのタイトルだと思っています。開始早々、アドベンチャーゲーム界初期の代表作「惑星メフィウス」を彷彿とさせる迷宮が待っていました。もし、機会と根性があるのであれば、真のエンディングを見てほしいと思います。<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20111106/22/g-shoppai/1d/6e/j/o0600037511595716937.jpg"><img border="0" alt="下呂田のト――タルリコ――ル-714" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20111106/22/g-shoppai/1d/6e/j/t02200138_0600037511595716937.jpg"></a> <br>「マデリーン」のプレイ開始付近の画面です。このスクリーンショットを見て、今のゲーマーは何を思うでしょうか。<br><br>今回のタイトルはある意味、雰囲気を愉しむゲームですが、次回も雰囲気を楽しむために作られたといっても過言ではないタイトルを紹介したいと思います。８８０１で１作、９８０１でも２作のみのシリーズエントリーとなってしまっていますが、新作は携帯でプレイできるので、今のゲーマーにしてみれば、元がパソコンというのを知らないかもしれません。それと、昨年もいいましたが、ポッキーの日がまた近づいています。<br><br><br>参考文献<br><br>山下章著『アドベンチャーゲーム必勝本』JICC出版局<br>山下章著『Ａ.Ｖ.Ｇ＆Ｒ.Ｐ.ＧⅤパソコンゲームの楽しさを伝える本』電波新聞社<br>『プロジェクトＥＧＧ公式ガイドブック』プラネット出版<br>大庭俊介＋ＰＵＧ著『中古機パソコンをねらえ』JICC出版局<br>大庭俊介＋ＰＵＧ著『よいパソコン悪いパソコン’８９後期版』JICC出版局<br>大庭俊介＋ＰＵＧ著『よいパソコン悪いパソコン’９１前期版』JICC出版局
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<pubDate>Mon, 07 Nov 2011 22:45:00 +0900</pubDate>
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<title>機動戦士ガンダムＵＣ第４巻「重力の井戸の底で」発売記念</title>
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<![CDATA[ <p>全国のジオン系モビルスーツを愛する者に捧ぐ</p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20111031/21/g-shoppai/fd/d6/j/o0600040011582652499.jpg"><img border="0" alt="下呂田のト――タルリコ――ル-713" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20111031/21/g-shoppai/fd/d6/j/t02200147_0600040011582652499.jpg"></a><br><br><p>今回は来る１１月１２日に公開される「機動戦士ガンダムＵＣ」エピソード４の発売記念特集です。その前に、第２巻「赤い彗星」と第３巻「ラプラスの亡霊」の発売記念特集はどこにいったかですが、先ずは、第１巻の発売時に掲載した記事タイトル「機動戦士ガンダムＵＣアニメ化第１巻発売記念」を見て下さい。次期ラインアップにシナンジュやアンジェロ・ザウパー専用ギラ・ズールが加わる予定だと書き込んであるのが分かります。この情報を得た時、第２巻と同時期であり、この時にと思っていたのですが、なぜか、一向にラインアップが追加されることなく、今日に至ってしまいました。第３巻の時は、このブログは休止中でした。</p><p><br>そんなこんなで、早くも第４巻「重力の井戸の底で」の発売までもが迫ってきてしまいました。焦った筆者は一考を案じました。昨年８月頃、シャア専用カップヌードル３種が期間限定で売りに出され、おまけで１／３８０のシャア専用ザク、ズゴック、ゲルググが添付されたのを覚えているでしょうか。この企画には、これらのプチ・ガンプラに加え、さらに目玉がありました。付属の応募券でカップヌードルオリジナルクリアカラーバージョンのシャア専用ザクが抽選で１０００名に当たるという目玉です。筆者はその１０００人の内の一人となっていました。<br><br>そこで、今回は「機動戦士ガンダムUC」の赤い彗星が搭乗するシナンジュではなくなってしまいますが、この非売品のシャア専用ザクをお送りしたいと思います。シャアが元祖「赤い彗星」とあだ名されたのは、この赤いザクを駆って、一年戦争中のルウム戦役で戦果を挙げたことが由来です。ただし、組み上げるだけの手間がなく、現在は積みプラとなり果てているので、完成品ではなく、そのパーツを掲載します。それでも、一度でもザクを組んだことのある読者なら完成したザクを思い浮かべることが出来ると信じています。ちなみにグレードはマスターグレードで、バージョンは２．０になっています。<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20111031/21/g-shoppai/92/6c/j/o0800071011582652500.jpg"><img border="0" alt="下呂田のト――タルリコ――ル-712" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20111031/21/g-shoppai/92/6c/j/t02200195_0800071011582652500.jpg"></a><br><br>今回これだけというのも何なので、ザクに関連した事項についてもちょっと触れておきたいと思います。ただ、ザクについてはある程度知っていると思うので、ザクを造った会社、ジオニック社について触れてみようと思います。ちなみに、ジオン公国にモビルスーツを卸していたのは、このジオニック社以外にもＭ．Ｉ．Ｐ（エム・イー・ペー）社とツィマッド社、そして、未確定情報としてスウィネン社があります。他社については機会があれば触れたいと思います。</p><p><br></p><p>さて、もともと、ジオニック社は宇宙用作業機械を製造、販売していた民間会社でした。その後、ジオン公国と称したサイド３が独立戦争を画策し、起爆剤とするべく新兵器、すなわち、モビルスーツと呼ばれる人型ロボットをコンペすることになり、ジオニック社が提出したのが旧ザク＝ザクⅠ（型番：ＭＳ－０５）だったのでした。ライバルはツィマッド社のヅダ（型番：ＥＭＳ－０４）です。結果は、稼働時間に問題ありとされたヅダが破れ、ザクが制式採用となりました。この旧ザクが実戦に投入された初の量産モビルスーツです。８００機以上が生産されたそうです。その背景にはミノフスキー粒子の発見によるレーダーの無力化と、この粒子を活用したミノフスキー・イヨネスコ熱核反応炉という小型反応炉の開発成功があったことは言うまでもないことでしょう。</p><p><br></p><p>その後、実践で得たデータを基に、ザクⅠはザクⅡ（型番：ＭＳ－０６）へと進化します。世にザクとして知られているのは、このザクⅡです。この型の最も特徴的な点は、初期生産型のＡ型、大量量産型のＦ型、指揮官用のＳ型のみならず、地上用のＤ型、水中用のＭ型、高起動を求めたＲ型といった様々な試作機も、開発、実験された点です。これはもちろん、今後の戦局に適した次期モビルスーツの開発を見越してのことですが、しかし、対陸戦用に特化した次作グフ（型番：ＭＳ－０７Ｂ）開発後は、ゲルググ（型番：ＭＳ－１４）まで、ジオニック社のモビルスーツは見られなくなりました。筆者は、ジオンのモビルスーツがなぜモノアイなのか不思議に思っていたのですが、ここに理由を求めることができそうです。</p><p><br></p><p>今回参照した「グレートメカニック１５」でもあくまで推測としていますが、ジオニック社は、ＭＳ－０１開発時点で半ば、国有化されていたのではないか。それで、グフ開発後はザクⅡで得たデータの蓄積、分析を主任務としていたのではないか。そして、それらのデータを他のモビルスーツ開発会社への提供に徹することで、モビルスーツ全体の性能向上を主眼に置いたのではないかと推測しています。筆者は、加えて、成功したザクにあやかって、他のモビルスーツ開発会社もモノアイを継続して採用したか、もしくは、ジオニック社から採用させられたのだと推測しています。こうすることで、連邦のパイロットを心理的に威圧することを狙っていたのかもしれません。筆者は、サイド７付近でモノアイを光らせてガンダムに迫るシャア専用ザクを、今でも忘れられません。</p><p><br></p><p>最後はジオニック社のその後についてです。ジオニック社の名前が最後に公になるのは、先に名前の出たゲルググ投入時です。ただし、この機体はジオニック社だけの技術で造られたのではありません。ジオニック社が基本設計を任されましたが、ビーム兵器はＭ．Ｉ．Ｐ社、スラスター、ランドセル関係はツィマッド社というように、各社の得意分野を結集させて造られたのでした。そのため、高い完成度を誇りましたが、時すでに遅く、間もなくジオンは敗戦し、ジオニック社は解体される運命になりました。ジオニック社の技術者は、地球連邦軍というか、後のモビルスーツ製造の寡占企業アナハイム・エレニクトロニクス社に吸収されたか、アクシズに逃れることになりました。グリプス戦役以降も、いかにもジオン系のモノアイモビルスーツが多々登場するのは、このためだと思われます。以上、概要だけでも掴めたでしょうか。</p><p><br></p><p>さて、例のごとく、今回の蛇足ですが、先に名前の出たカップヌードルに関して耳寄りな話です。今年で生誕４０周年になるのを記念して、今は売っていないカップヌードルの再販を賭けて、「歴代カップヌードル復活総選挙」が過去行われましたが、結果、１位は天そば、２位はブタホタテドリ、３位はスパイシーカレーとなりました。１１月から数量限定で販売されます。筆者は是非、ブタホタテドリを買いに行きたいと思います。</p>
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<link>https://ameblo.jp/g-shoppai/entry-10774446731.html</link>
<pubDate>Mon, 31 Oct 2011 21:59:32 +0900</pubDate>
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