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<title>dameloのブログ</title>
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<description>ブログの説明を入力します。</description>
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<title>顔面移植手術</title>
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<![CDATA[ <script language="JavaScript" src="https://jss.afpbb.com/mbsv/sdata/medianewsdelivery/msnsankei/ameba/js/utf8/110086000/ee0f56c31859440ffe5f8beb39b4cff9_8021278c7de886331225f749eddbf007.js" alt="script_topilog,http://www.topilog.com/image/topilog_edit.gif"></script><br><br><br>医学の進歩もここまでくると、人智を超えたとしか形容できない。 <br>この男性、顔面移植がなければ間違いなく社会的に抹消されていた。視覚と嗅覚どころか、耳以外の顔面のパーツを全て失った、まるで妖怪のような姿。表情どころか顔が存在しない、忌み嫌われる声だけが耳に届く不幸な存在だったに違いない。 <br><br>移植後の顔も不自然さはあるけれど、人としての容姿を取り戻したと言える。 <br>顔の筋肉の関係で、ドナーとも違う顔になるらしい。彼の視力が回復するかどうかは定かではないけれど、記事からは余生の希望を抱いた様子が窺える。 <br><br>移植手術には諸々の弊害があるとはいえ(特にドナーの問題)、こうして一人の人生を明るく希望に満ちたものに変えられる医療技術があるということを、僕達は認識していくべきなのだろう。 <br>そして、そうやってひとりひとりが識ろうとしていく社会こそが、世の中を正しい形に変えていくべきスタイルなんだろうなと思う。 <br><br>P･F･ドラッカーの言葉じゃないが、社会への貢献を仕事で昇華する作業は有益なものであると考えさせられる。 <br>医療ではないが、僕の実現したいビジョンがより鮮明になってくる明るいニュースではないか。 <br><br>
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<link>https://ameblo.jp/g56457/entry-10888085201.html</link>
<pubDate>Wed, 11 May 2011 05:09:35 +0900</pubDate>
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<title>うーむ。。</title>
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<![CDATA[ アメブロ、久しく更新してないなぁ。mixiはそれなりに雑感やら近況報告やら更新してるんだが。<br><br>いかんせん、アメブロは僕のプロバイダとの相性がよくないらしく、基本的に重い。本当はmixiで書けないような実直な悩みとかを書きたいんだけど。<br><br><br>とりあえず、４月１日を以て学生から社会人へと変わりました。「社会の厳しさ」とか相対的な尺度で表されるものに今はまだ興味は無いけど、個人的に社会で生きることの自由度と私生活との時間配分の折り合いに落とし所が見出せないでいる。<br><br>まぁ、今日はそんな感じ。<br><br>って、ぜんぜんアメブロの機能を使いこなせてないねｗ<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/g56457/entry-10849725036.html</link>
<pubDate>Sun, 03 Apr 2011 02:14:27 +0900</pubDate>
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<title>あるバカの話</title>
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<![CDATA[ アメブロで読者数を増やしたい！とか意気込んでいたけど全然更新していないことに気がつく。<br><br>執筆のモチベーションは、ひたすら文を書き続けることで高まっていく。<br>最近は他所で雑感を書き続けている。読者数を意識せずに、自由な発言を意識して。<br><br><br><br>アメブロで私的な事情を書くのは久々だけど、最近は重量挙げのことばかり考えている。<br><br>僕は高校１年から大学４年まで７年間を競技者として過ごし、引退後の２年間は趣味として嗜んできた。<br>で、今は大学の後輩達の練習に口うるさいOBとして関与しているんだけど、今のメンバーは前向きで個性的で、接していると日々が勉強になる。<br><br>中でもその一人、Ｋ君の話。<br><br>彼は高校時代は全国大会の種目別で優勝した経験を持つ。つまり日本一の高校生。<br>これまでにも、僕が知り合ってきた中には全国大会優勝とかそれに近い実績とか、才能に満ちた選手はたくさん見てきた。<br>ただ、彼はその人たちとは何かが違う。今年の４月、知り合った当初からそれは感じていた。<br><br><br>そしてわかった。僕がずっと感じていたもの。それを僕は、１０月３０日の納会(今年度の最後の大会が終わった後)で彼に話してみた。<br><br><br>「あのな、俺は少なくとも高校時代は、この競技を誰よりも練習した自信があるよ。これまでに関わってきた人もすごく多い。強い人ともたくさん知り合った。けど、お前はそういう人たちとは何かが違ったんだよ」<br><br><br>Ｋ君はきょとんとしていた。５つも年上の先輩に何を言われるんだろうと、僕も酔っていたけどそんな表情だった気がするｗ<br><br><br>「お前はこれまでに知り合った重量挙げ選手の中で誰よりも才能がない！」<br><br><br>酔いに任せて、僕はストレートに言ってやった。<br>何かフォローしなきゃと焦りだす他の後輩達。才能に溢れているのに、Ｋ君の実績に劣る後輩達だ。<br><br>「先輩だって、いい指導者に会えてれば今とは違ったんじゃないですか！？」<br><br>というのは４年生のキャプテン。違うんだ。僕が才能に恵まれなかったから、Ｋ君の気持ちは誰よりもわかる。<br><br>「でも、コイツ(Ｋ君)が俺だったら、顧問が恐くてもちゃんと意見したと思うよ？」<br><br>珍しく強気に反論する僕に、言葉を失う４年生ｗ<br><br><br>「とにかくコイツには才能がないんだ。足だって弱いし、上半身も弱い。重量挙げ選手なのに力がない。なのになんで高校で日本一になれたと思う？コイツ本当にバカだぜ。頭の中がウエイト(ウエイトリフティング＝重量挙げ)で一杯なのね。バカだから、いっつもウエイトのことしか考えてないから、そういう積み重ねがコイツの強さの秘訣なの」<br><br>立て続けに現役時代を振り返りながら。<br><br>「ぶっちゃけて言うとね、こんなバカが俺の同級生だったら俺ももっと強くなれてたと思うよ。他力本願みたいでこういうことは言いたくないけどさ、ここまで純粋でまっすぐなバカは初めて出会ったよ。俺もこういうバカと一緒に練習したかった」<br><br><br>「でも、ウエイトは足腰だけじゃないですから・・・」<br><br>焦ってフォローを入れる２年生の後輩。コイツなんか、他の誰よりも才能に恵まれてるｗｗ<br><br>「じゃあ足腰意外にコイツが強い箇所はある？背筋？腕力？どれも弱いじゃん」<br><br>すかさず言い返す僕に言葉を失う２年生。フォローに走る周囲とは対称的に、真面目に聞き入るＫ君。<br><br><br><br>飲み会の帰り道、酔って路上ではしゃぐ後輩達を置いて僕は駅まで歩き出した。<br>後を追ってくるＫ君。<br><br>「さっき先輩が、自分には才能がないって言ったじゃないですか？」<br><br>ちょっとしゃべりすぎたかな。何を言い出すんだろうかと思いながらうなずく。<br><br><br>「自分のことを才能がないって言ってくださったのは、先輩が２人目なんですよ」<br><br><br>「言ってくださった」とは御大層なｗｗ<br>まぁでも、僕の真意は間違いなくこのバカに伝わっている。<br><br><font size="4" style="font-weight: bold;">「自分、ヤスシ先生に『お前は才能がないんだから努力の天才になれ』って言われたんです」<br></font><br>やっぱりか。彼の高校時代の恩師は凄まじい実績を持つ偉大な指導者。<br>Ｋ君に「才能がない」と言い放ったのはこの人だけだったらしい。<br><br><br>「先輩、Ｋのことバカにしすぎですよ」なんて２年生の後輩に言われたりもしたが、才能に恵まれた奴ら(Ｋ以外の全ての部員)にはこの言葉の真意はわからないだろう。<br>才能のない者にとって、バカとは最大の賛辞だ。<br>僕は、帰り道に後輩に言った。<br><br>「いや、俺は思ったことを言っただけだよ。お前が同格とは言わないけど、イチローも努力で今の地位を築いているしね。才能のせいにするのは、同じだけの努力をしてからじゃないとその人たちに失礼だと思うよ」<br><br><font size="4" style="font-weight: bold;">「イチローは才能がないんですか？」</font><br><br>と真面目に質問してくるＫ君。<br><br>コイツの性格は不思議なくらいまっすぐだ。時にはこちらが目を逸らしたくなるほど、純粋で論理的。<br><br>「だって、イチローくらい努力してる人がいないんだから、それで才能のせいにするのはおかしいでしょ」<br><br>僕も本音で返す。<br><br><br><br><br>それから２週間が経った今、僕は以前よりも彼らとの距離を遠くするようにしている。<br>新たにキャプテンに任命された２年生のもと、新体制での練習に慣れてほしいからだ。<br><br><br>ただ、このウエイトバカのせいで、僕の卒論研究は一向にはかどらないｗ<br>コイツのウエイト観や練習中の意識をどんどん流布させていきたいし、僕自身も「コイツくらいの向上心を持って打ち込めば･･･」と、競技への復帰を意識させられてしまうｗｗｗ<br><br><br>ふざけんなよ熊川！！俺はこの大会を期に勉学に励むって誓ったんだ！！<br>お前の存在が俺を引き戻す！<br><br>５つも離れた後輩だから、こういうことを言うのは実にはばかれる。だけど言わせてもらう。<br><br><br><font size="7" style="font-weight: bold;">お前は俺の憧れだ！！</font><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/g56457/entry-10703557322.html</link>
<pubDate>Thu, 11 Nov 2010 04:02:26 +0900</pubDate>
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<title>国家を揺るがした個人の勇気と、そのデメリット</title>
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<![CDATA[ 川口氏で尖閣諸島衝突動画のDVD282枚が置かれていたそうだ。<br><br><br>一人の行動によってここまで政局がうねり出すとは、よもや投稿者自身も予想していなかったのではないかと思わせる大騒動が始まった。<br><br>インターネットを発端とした騒動で投稿者名まで明かされるのは非常に稀。そして滑稽であるのは、「sengoku38」というユーザーネームが示す意味まで多くの政治家が推測している事態。政界も市民も注目する犯人探しの行方はyoutubeを運営するgoogle社に委ねられるため、今は動画からわかる情報を元に中国側の動機や、この騒動により起こりうる事態を懸念することの方が先決だろう。<br><br><br>日中外交が経済や双方の社会に与える影響は甚大なるものであるが、それを知ってのことか、どうにも右傾化したネットユーザーには反中に起因した感情論が正当化される趣きがあるのが非常に心配だ。例えば川口駅の件に関しても、現政権にとって不都合な活動であるという一点のみから、賞賛の対象にされる傾向がある。<br><br>力を持たぬ市民によるミクロ規模でのアクションが、勇気ある行動だと評価されてしまう風潮はいかがなものか。道端に置かれたDVDを持ち帰れば、機に乗じた愉快犯によるウィルスなどの不安もある。正直、私がこの箱を目撃しても、積極的に持ち帰ろう、作成者を称えようという気持ちは抱かない。<br><br><br>が、他方で「sengoku38」氏の行動には一定の経緯を評しているのも事実。<br>日中関係にとって決して良い方向には進まないであろう今回の騒動だが、良い関係とは必ずしも衝突を避け続ける臆病な外交ではない。中国に依存する日本経済の在り方を間違ったものだとは思わない。ただ、舵取りの覚束ない現政権の隙を巧みに突こうとする中国に対して、個人にでき得る最大限の抵抗を働いた氏の勇断は見事。<br><br><br>忘れてはならないのが、現政権は日本の国家運営を担っているということ。それは、現政権の崩落が必ずしも反政権派にとって有益となるものではないことを意味する。<br>然るに我々は、この騒動が現政権にとっていかなる不利益をもたらすかを考えると同時に、国家にとってどのような影響を与えるかも加味しなければならない。<br><br><br>歴史的にも、地政学的にも多くの難点を抱える我が国だ。近隣諸国に対しての高圧的な姿勢が、必ずしも正当な外交とは言えない点も考慮する必要がある。<br><br>まぁ、穏健右派の一個人の考えではあるが。<br><br><br><a href="http://peta.ameba.jp/p/addPeta.do?targetAmebaId=g56457"><img height="55" width="100" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/decoPeta/pc/decoPeta_16.gif" alt="ペタしてね"></a><br>
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<link>https://ameblo.jp/g56457/entry-10698568905.html</link>
<pubDate>Sat, 06 Nov 2010 04:59:18 +0900</pubDate>
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<title>内定通知と日本の方言について</title>
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<![CDATA[ <font size="4">久々の更新。</font><br><br>そろそろ冗長な長文は止めにして、簡潔明瞭な書き方を練習しようかと思う。<br><br>そういえば、夏に研修期間として勤めた内定先の企業から正式な内定通知を頂いた。<br>が、かれこれ１ヶ月近く（研修期間の終わりの方から今日まで）考えた結果、やっぱりお断りしようかと考えている。<br><br>その会社に不満はないし、正式に就職してからも仕事を通じて学べることはたくさんある気はしている。<br>ただ、あとは僕自身がどうしたいかの問題。<br><br>野心や夢とはまた違うが、ここで働くことは自分がしたいことと大きくズレているような。もちろんやりたいことだけやって生活していきたいっていう甘い考えを持っているわけじゃない。まぁ、実際はこれができる人もいるが。<br><br><br><font size="5"><span style="color: rgb(0, 102, 255);">久々の更新でネタがないから、</span></font>mixiで書いたコラム的な日記をそのまま貼り付けようそうしよう(←手抜きｗ)<br><br><br><font size="3"><span style="font-weight: bold;">■以下引用</span></font><br><div id="diary_body" class="FANCYURL_EMBED">アイヌ語や奄美の方言等、日本でも数多い言語が絶滅の危機に瀕しています。 <br><br>言語学では話者の規模に応じて小言語、大言語という区別を設けており、誇らしくも我が国の種種の方言は単一の言語として国際的に認められています。 <br><br>地方の都市化に伴う人々の生活水準の向上によってか、興隆を維持する方言も窮めて限定的な数に減りつつあります。方言話者による、使用言語の選別が処されているといったところでしょうか。 <br><br>ただ、私の考えとしては、方言の統一化には言語という地域文化の狭窄を感じ、情報化社会の無情さを覚えつつも、国家レベルでの文明的繁栄を迎合したいと願う市民感情も抱いています。 <br><br><br>地方の都市化が一次産業や伝統文化の衰退と密接な関係を持つとして、それを都市部の人間が阻もうとするのは侵略的です。 <br><br>私が願うことは、地域住民各々のアイデンティティの一つとして、言語文化の継承が自発的に行われる街作りの在り方。それはつまり、失われつつある小言語達が日本の他地域や世界に誇れる伝統的な文化の地位を確立することです。 <br><br><br>初秋を伝える雨音から移り行く時代の声を聴き、文明の儚さに想いを馳せてみました。<br><br><a href="http://peta.ameba.jp/p/addPeta.do?targetAmebaId=g56457&amp;guid=ON"><img height="50" width="150" alt="ペタしてね" src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/decoPeta/pc/decoPeta_08.gif"></a><br></div><br>
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<link>https://ameblo.jp/g56457/entry-10652913813.html</link>
<pubDate>Sun, 19 Sep 2010 14:08:00 +0900</pubDate>
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<title>麻生太郎に思うこと</title>
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<![CDATA[ 今日の日記はmixiからのコピーで済ます(笑)<br>別にアメブロ用にアレンジするような内容ではないし、今の自分の心境に即しているので、そのまま引用してもこのブログの趣旨に反することはないからだ。<br><br>↓↓↓↓↓<br><br>「ユダヤ人が金儲け以外でなぜ交渉ごとなんてするんだね？」 <br><br><br><br>麻生太郎のユーモアには毎度のことながら感心させられる。 <br><br>2007年に明治大学での講演で話した内容に以下のものがある。 <br><br><br><br>＝＝＝ <br><br>三年ぐらい前、総務大臣をしていたとき、外国の友人のせがれと会った。日本に来て三ヶ月だそうだが、日本で一番印象に残ったものをいってみろと訊いてみた。スシがうまいとかつまんねぇこというなよと。あんなもの金さえ払えば食えるんだから（笑）すると、しばらく考えてから、「Minister, subway, sir」っていった。「大臣、地下鉄です」と。ああ、ニューヨークは地下鉄は汚ねぇからなぁと私はすぐそう思いました。 <br><br><br><br>で、地下鉄のどこがそんなに印象的だったのかと訊いたら、ここに来て、地下鉄にはじめて乗った時の印象が忘れられないと。終電に近かった。乗ったら、中で倒れている人がふたりも三人もいた。「ああ、これが噂に聞くカロウシだな」と（爆笑）。ところが、単に酔っ払って寝ているだけだと。しかし、この国では終電で夜中に酔っ払って寝ていられる、それくらい安全だと。万引きとか、蹴飛ばされるとかなく、みんな丁寧に扱ってくれる。 <br><br><br><br>こんな国は考えられん。調べたらこの国では、地下鉄のなかで殺人事件が起きたことがない。ニューヨークでは週に一回ぐらいあるなと。事実日本の地下鉄で殺人が起こったのは地下鉄サリン事件以外。あれ以外日本では地下鉄で殺人はありませんから。その意味で、日本人は治安がいいということに誰一人気がついていませんから。当たり前と思ってますんで。 <br><br>＝＝＝ <br><br><br><br>首相時代にはそのユーモラスな言動も批判の対象にされた彼だが、調べてみると外相時代にこそ国際平和に向けた顕著な功績が多いことがわかる。 <br><br><br><br><object width="480" height="295"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/pZWOFKfEBXE&amp;hl=ja_JP&amp;fs=1"><param name="allowFullScreen" value="true"><param name="allowscriptaccess" value="always"><embed src="https://www.youtube.com/v/pZWOFKfEBXE&amp;hl=ja_JP&amp;fs=1" type="application/x-shockwave-flash" width="480" height="295" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true"></object><br><br><br><br>複雑な中東地区の政治情勢に積極的に介入し、政治的軋轢から争点を逸らして当事国の経済的利害を軸に交渉を進めた点は実に見事。 <br><br><br><br><br><br>動画4:38から。2009年のダボスで行われた世界経済フォーラムでの一幕。 <br><br><br><br>「私には信念があります。Peace and Happiness through Economic prosperity and Democracy(経済的繁栄と民主主義を希求する先に、平和と人々の幸福がある)」 <br><br><br><br>麻生さんが実現しようとしていた日本の理想の姿が量れる信念だ。 <br><br><br><br><br><br><br><br>彼の演説には日本国民として心打たれるものが数多い。引用が中心の日記になるが、お次は2008年9月29日の内閣総理大臣就任当初に行われた、所信表明演説での冒頭の挨拶。個人的にはこの一文が一番好きで、最近は電車の中や大学内でも何度も聴いている。 <br><br><br><br>＝＝＝ <br><br>わたくし麻生太郎、この度、国権の最高機関による指名、かしこくも、御名御璽をいただき、第九二代内閣総理大臣に就任いたしました。 <br><br><br><br>わたしの前に、五八人の総理が列しておいでです。一一八年になんなんとする、憲政の大河があります。新総理の任命を、憲法上の手続にのっとって続けてきた、統治の伝統があり、日本人の、苦難と幸福、哀しみと喜び、あたかもあざなえる縄の如き、連綿たる集積があるのであります。 <br><br><br><br>その末端に連なる今この時、わたしは、担わんとする責任の重さに、うたた厳粛たらざるを得ません。 <br><br><br><br><br><br>この言葉よ、届けと念じます。ともすれば、元気を失いがちなお年寄り、若者、いや全国民の皆さん方のもとに。 <br><br><br><br><br><br>申し上げます。日本は、強くあらねばなりません。強い日本とは、難局に臨んで動じず、むしろこれを好機として、一層の飛躍を成し遂げる国であります。 <br><br><br><br>日本は、明るくなければなりません。幕末、我が国を訪れた外国人という外国人が、驚嘆とともに書きつけた記録の数々を通じて、わたしども日本人とは、決して豊かでないにもかかわらず、実によく笑い、微笑む国民だったことを知っています。この性質は、今に脈々受け継がれているはずであります。蘇らせなくてはなりません。 <br><br><br><br>日本国と日本国民の行く末に、平和と安全を。人々の暮らしに、落ち着きと希望を。そして子どもたちの未来に、夢を。わたしは、これらをもたらし、盤石のものとすることに本務があると深く肝に銘じ、内閣総理大臣の職務に、一身をなげうって邁進する所存であります。 <br><br><br><br><br><br>わたしは、悲観しません。 <br><br>わたしは、日本と日本人の底力に、一点の疑問も抱いたことがありません。 <br><br><br><br><br><br>時代は、内外の政治と経済において、その変化に奔流の勢いを呈するが如くであります。しかし、わたしは、変化を乗り切って大きく脱皮する日本人の力を、どこまでも信じて疑いません。そしてわたしは、決して逃げません。 <br><br><br><br>わたしは、自由民主党と公明党の連立政権の基盤に立ち、責任と実行力ある政治を行うことを、国民の皆様にお誓いします。 <br><br>＝＝＝ <br><br><br><br>「国民の皆さんのために」は政治家の常套句だが、国民に奮起を促す首相は珍しいんじゃないか。日頃は「日本のために」なんて考えて生きることはほぼない僕でも、この演説を聴けばなにかしなくちゃという気にさせられる。日本人として生まれたことを誇りに思える。 <br><br><br><br><br><br>最後に引用するのは、僕が個人的に書き留めた手記の一文。晒すのはちょっと恥ずかしいが、僕のオプティミズムの信仰に確信を与える契機ともなったダボスでの麻生さんの発言だ。 <br><br><br><br><br><br>《以下引用・前略》 <br><br><br><br>尤も、それが当たり前になるくらい同一評価を受け続けてきた僕としては、最近じゃ今の楽観主義を持ち続けざるべきかを悩むのは必然だ。 <br><br><br><br>そんな自問に一筋の光が差し込んだ。２００９年２月、時の麻生太郎前首相がダボスで行われた国際会議にて行った演説の締めの一言に、その答えは存在していた。 <br><br><br><br>＝＝＝＝＝ <br><br>2009年が重苦しい幕開けとなったことは認めざるをえません。しかし、我々は、この挑戦を奇貨と <br><br>して、より良い世界を創り上げていく、強靱さ、しぶとさ、そして楽観性を持つべきです。 <br><br>（中略） <br><br>フランスの哲学者アランは、「悲観主義は気分のものであり、楽観主義は意志のものである。」と <br><br>述べました。意志ある者が、難局を克服する、この確信を述べ、演説を締めくくりたいと思います。 （引用終わり） <br><br>＝＝＝＝＝ <br><br><br><br><br><br><br><br>そう、またしてもアランの言葉だ。 <br><br><br><br>なんて力強く、深みのある言葉なんだろう。きっとこれは、楽観主義を知らない人には決してわからない概念だ。 <br><br><br><br>そう、楽観主義とは、悲観という感情的沈降に打ち勝った者だけが到達でき得る「信条の極地」に違いない。僕はこれまでも幾多の悲観を経験してきたが、それは僕の足を引っ張るマイナス要因でしかなかった。対称に、楽観はこれまでの僕の逆境を支え、僕の成長を助けてくれた。 <br><br><br><br>《引用終わり》 <br><br><br><br><br><br>今でも思うのは、自民党政権というより、麻生政権がもっと長く続いていればよかったということ。日本国民の幸福と世界平和の在り方をここまで明確に標していた首相を失ってしまったことが、いったいどれほどのデメリットになろうものか。この日記は他党の批判をするためのものではないが、現行の政権にそれができるかと考えれば、なかなか難しい話だと思う。 <br><br><br><br><br><br>そういえば、もうすぐ参院選だ。日本の参院選で採用されている非拘束名簿式比例代表制は、自民党から派生した政党が溢れていて、今まで以上に個々の政治観に合わせた投票先を選びやすくなっている現状に適していると考えることもできる。(タレント議員の氾濫などによる弊害もあるが) <br><br><br><br>麻生さん一人のために自民党に投票、という選択が最適だとも言い難い複雑な内政情勢があるからこそ、政党規模を問わず自分自身の本音と向き合って支持政党を吟味していきたいと思う。<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/g56457/entry-10581887420.html</link>
<pubDate>Mon, 05 Jul 2010 03:53:58 +0900</pubDate>
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<title>怠慢な毎日</title>
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<![CDATA[ <p>久しぶりに近況報告、というかもともと読者数の少ないブログだし、近況整理ってところか。文字通り日記ですね。</p><br><p>最近はやりたいこととやらなくちゃいけないことが山積みで、それなりに充実しているとは思う。あとはやりたいことの抽出頻度と実行度合いの釣り合いが充分に取れていれば満足なのだが、なかなか時間を有効に使うのは難しい。</p><br><p>□卒論</p><p>担当教授も決まり、ようやく卒論製作を開始。ただでさえ提出期限が早いうちの学部なんだからもう少し早くに選定して欲しかったという大学側への要望も否めないものの、まぁ４ヶ月もあれば余裕で完成できるという根拠のない自信もある。</p><br><p>テーマは「イスラム的平和思想の限界」について。さすがに学生の片手間レベルの論文だから、もう少し対象を具体化して単純なものにしていくことが当面の課題だろう。</p><br><br><p>□部活</p><p>一時はどうなることかと思ったが、右足の怪我も順調に回復し、今週から通常通りの練習メニューを開始。もうどこも痛くないし、怪我する以前の重量をいいコンディションで扱えるようにもなった。上半身のトレーニングを欠かさなくてよかったと思う。</p><br><p>後進の指導にも熱が入る。今日も活気がない練習環境を一括したが、段々と「厳しい先輩」を演じられるようになりつつあるのか？</p><p>ただ、やっぱり僕は後輩に甘い。現役時代に対する自責の念もあるのだが、それ以前の問題として他人に厳しくすることに慣れていないのが僕の最大の欠点だろう。</p><br><p>名将星野仙一氏の言葉、「優しさ３割、厳しさ７割、これが本当の愛情なんだと思う」を実践できるように、僕ももっと強い責任感と使命感を持たねば。</p><br><br><p>□仕事</p><p>月末に試験が終われば、いよいよ夏期休講期間だ。去年は小学校の学童指導員のバイトで稼いだが、今年は勤務している飲食店の他に、内定先の研修がある。また、卒論作成もある。</p><p>後期の学費を稼ぎたいのと、海外に行きたいのと用途は様々だが、なるべく多く稼いでおきたいところ。</p><br><br><p>□今後の課題</p><p>さて、現状考え付く中期的な課題を整理しておこう。</p><p>まずはロジカルシンキングの上達。幸いにも僕はロジカルシンキングとは何かを心得ている(つもり)なので、あとはこれのスキルをより実践レベルに高めていくことを明確な目標にできる。</p><p>MECEとロジックツリーの理解が第一で、最終的には体得しておきたい。</p><br><p>他は政治学の専門的な理論や知識の吸収と、イスラム教だけでなく国家神道や琉球神道の勉強に、近代日本の歴史認識もより強固なものにしていかなければならない。</p><p>とりあえず、まずは溜まりに溜まった勉強本を読破しないと。ドラッカー哲学にパラドックスやポパーの批判哲学の解説、安倍晋三の著作に琉球王国、国家神道、インドネシア文化に関する本。あとは皇室やマルクス経済学の解説本・・・・</p><br><p>ダメだ、ちっとも終わっていない。もっともっと読書に充てる時間を大幅に確保せねば。スポーツで疲れましたなんて言ってる場合じゃない。</p><br><p>語学も必須なのだが、趣味のタイ語も課題の英語もなかなかはかどらない。というかモチベーションが限りなくゼロに近いので、手を付けることすらしていない。まぁこれだけやりたいことがあれば英語の勉強なんてする余裕もないか、という言い訳が先行してしまう怠け者の自分に辟易もしたり。</p><br><br><br><p>なんだか反省点だらけの日記になってしまったが、まぁやりたいことがそれだけあるってのは幸せなことなのかもしれない。</p><p>モチベーションは大事だが、モチベーションがあることに腐っていては意味がない。行動しなければ退行していくのと同じだ。部活のウェイトリフティング同様、勉学にも時間的制限を実感しながら危機意識を忘れずに行動しなければ。</p>
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<link>https://ameblo.jp/g56457/entry-10580009859.html</link>
<pubDate>Sat, 03 Jul 2010 02:30:28 +0900</pubDate>
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<title>アイデンティティを持てる人</title>
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<![CDATA[ <p>ブログのネタに躊躇していたらあっという間に５月が過ぎてしまった。いかんいかん、僕がアメブロを始めた動機をおさらいしなくては。</p><br><p>まず、このブログは誰に見せるための物でもなく、個人的な自己実現欲求のための自己啓発ツールであるということ。mixiの日記との差別化として、知り合いや友人らの評価や偏見を気にせずに日々の心境の変化を刻々と記録していくために、僕はこのブログを始めたんじゃないか。</p><br><p>だったら、どんなに偏屈な内容でも毎日更新していくべきなのだろう。責任も犠牲も伴わないこのアメブロの世界で、今更執筆を躊躇う必要はないのだから。</p><br><br><p>□近況</p><p>金曜日：</p><p>部活の練習中に、まさかの大怪我。調子の良さを実感する傍らで、身体が発信するサインに気付いてやれず、限界ギリギリの記録に挑戦した際に肉離れが発生。床に転がり込み、練習は中断。片足立ちで八王子から千葉の自宅まで帰宅する羽目に。いやぁ、あの激痛に耐えながらの２時間は、地獄の様だった。</p><br><p>土日：</p><p>そんな中でも、休むわけには行かないのが今の職場のシフト。ただ、僕に出勤を命じた上司は、少なくとも現在の僕の人脈の中で最も信頼するに足る人物だ。勤務中も決して無理なことは言わないし、させようともしない。個々の能力を絶対評価し、個々に見合った相対的な課題を命じるから、彼の指示には一切の異論が生まれてこない。そんな上司が出勤してくれというのだから、断れるはずがない。実際に土日は無事に働き通せた。不思議な話だが、僕の怪我を見ていないのに、僕の容態と可能性を僕以上に確信しているんじゃないかと思わされてしまう。</p><br><p>そんな彼のリーダーシップはある意味では天賦の才だ。権威や立場に妥協せず、信念と理念に則って弛まなき自己主張を続ける彼の下には、必然的に人望が集まる。それが正しいとか間違っているとか、経験があるとかないとかの話ではない。要は全力で目の前の仕事と向き合っているかどうか、全力で向き合っていれば、彼は相手が誰であっても尊重し、誠実に向き合おうとする。それが彼のリーダーシップの源泉だろう。</p><p>こんなことを言っては本末転倒だが、僕が大学生活よりもアルバイトの方が学べる物が多いと感じてしまうのは、彼の存在によるものが大きい。</p><br><br><br><p>話を戻して、僕がなぜ怪我をしたかだ。</p><p>今の部員の構成は、人数が全部で６人。ＯＢで世話焼き役の僕を含めて７人だ。さすがにもうちょっと欲しいな。</p><p>そして彼らの実力はわかりやすくわかれていて、高校時代に全国大会上位の優秀な成績を収めた部員４名と、県大会敗退組の２名にわかれている。その差が、今の部活動全体の悩みでもあるのだが、いったい部内の何人がこの現状に気が付いているのやら。ＯＢとして口出しさせてもらえば、そこも悩ましいところ。</p><br><p>僕が彼らと接していて感じるのは、そもそも彼らには圧倒的な“差”や“壁”なんてものは存在していないのだ。当人らが気付いていないのは明らかだが、うちの後輩達の中に“超”一流のセンスや素質を持った者なんていない。いわゆる「落ちこぼれ」組の２名も、毎日の練習は休まず続けているし、向上心もある。僕から見れば、彼らもまたうらやましくなるようなポテンシャルを秘めている。</p><br><p>では、何が彼らの差を決めるのか。それはやはり、「考える力」でしかない。</p><p>一つ一つの動作に考えを張り巡らせていない、毎日の練習で自分を極限まで追い詰めていない、練習そのものに対する集中力がない、そういった意識の積み重ねが、大きな結果の差を広げているに過ぎないのだ。</p><br><p>中でも問題児なのが、この中の１名だ。</p><p>彼に関しては、学業と部活動の両立やアスリートとしての生活態度に関しては文句はない。それゆえに、どこかそんな現状に慢心しているのではないかと思わせる言動もチラホラ・・・。</p><p>恵まれた骨格と体力、そして向上心と反骨精神を持っているのに、どうも彼の練習には「気概」が感じられないのだ。技術的にも、体力的にも妥協点が早く、どうにも練習効率が悪いのが本当にもったいない。そして、それらを忘れさせる人格的な器量の小ささ。この人格指導が、僕が練習していて一番疲れるところなのだ。</p><br><p>上手くいかない苛立ちを周囲に見せない、落ち着いた気持ちで練習に臨む、周りの練習をちゃんと見る。これらがわからない人に共通する点は、自分を客観視する能力と自分の言動が環境に与える影響を想像する力に欠けていること。つまり、組織における自身のアイデンティティを確立できていないのだ。自己の存在意義があってこその組織の一員なのに、それを見つけられていない彼。それを彼に教えることは本当に難しい。</p><br><p>前述の上司の話を書いたのはそのためだ。成績優秀組の部員らにも言えることだが、やはり組織の中で個の存在を確立できている人は強いし、信頼もできる。</p><br><br><p>まぁ、要するに僕は彼と組んで練習をしている時に怪我をした。理由は推して量っていただきたい(笑)</p><p>僕のこの挑戦的な競技態度が、少しでも彼の心に響いていることを願うばかりだが、あまり期待できないなぁ・・・・。</p><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/g56457/entry-10556195989.html</link>
<pubDate>Mon, 07 Jun 2010 04:28:01 +0900</pubDate>
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<title>現状の整理　［就活と部活について］</title>
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<![CDATA[ <p>ららぽーとが検索上昇ワードランキング１位らしい。恐らくＴＯＫＹＯ－ＢＡＹにできた新館のことなのだろうが、僕の職場もららぽーとには変わりないので、こうして日記に書いておけば足跡数も増えるのだろうか。まぁ別にいいんだけど。</p><br><br><p>さて、最近は怠け気味な自分と、環境の変化を愉しんでいる自分が器用に共存しているような奇妙な日々が続いている。（←ちょっと韻を踏んでみた）</p><p>以下に分類して、自己観察の経過として記録したいと思う。</p><br><p>・就活</p><p>母の友人、というか僕が生まれた頃からお世話になっている第２の家族とでも言うべき知人の経営する会社から仮内定を頂く。おそらく内定取り消しなんて事態は在り得ないのだろうが、口約束から進展がないのでまだ慢心はできない。</p><br><p>勤務先はベトナム。現地で新たに事業を展開するそうなので、その一員になる事を前提にして社長夫人からお誘いを受けた。</p><br><p>正直な話、もともと海外志向の強かった僕にとって、これはまたとないチャンスだ。優秀な学生が集う海外業務を展開する企業の採用試験に受かることは現状ほぼ不可能な僕にとって、これを活かさない手はない。</p><br><p>僕には多くの夢があるが、それを実現でき得るだけの能力も資本も過大なリスクを負う覚悟もない。だからこそ、僕はこうして数少ないチャンスを少しでも物にしていかなければならないのだ。まぁ、ベトナムで働くってだけで人によってはリスクを負っていることになるのかもしれないが、僕がそこに惹かれている以上はそれは好みの問題であってリスクとは言わないんだろう。</p><br><br><p><br></p><p>・部活</p><p>ＯＢ２年目として、後進の指導にも熱が入る。僕は高校で３年間と大学で４年間、同じ部活を続けてきた。今の僕があるのはウエイトリフティングがあったからこそだと言ってもいい。競技を通して、様々な人生観や勝負哲学、メンタルコントロールやスポーツ理論を学び、そこで出会った多くの友から人として大切なことを学んできた。いつ振り返っても最高の経験ができたと胸を張って言える。</p><br><p>そんな僕にも悔いはある。大学では学問や既成の価値観の隔たりを超えて実に多くの人や出来事を目の当たりにしてきた。その一つ一つが、僕を夢中にさせ、部活動への取り組みに妥協を許していった。僕にもっと強い決意があれば両立も容易かっただろう。ただ、僕はそれらに負けてしまうことが多かった。</p><br><p>今の後輩達の練習環境にもそれは影響している。僕らの世代が許してきた放漫な練習環境が、今の後輩達の中途半端な取り組みの大きな要因となっているのは間違いないだろう。</p><br><p>今の僕が後輩達に徹底していることと言えば、各々に具体的なビジョンを持たせ、各自の練習に目的や意味を自覚させ、清潔な練習環境を維持させ、時間にメリハリを付けて密度の濃い練習を促すこと。これらは競技経験や技術、素質といった能力的な部分ではなく、スポーツに限らずどの分野にも通用する成功に欠かせない共通項目だ。もちろん僕が直接練習に加わり手本を示すことで、内部の人間としての連帯感も共有できるし、より説得力のある指導ができると考えている。僕がそこにいるだけでその場の空気が張り詰め、緊張感が生まれるのが僕の理想だが、今のところはそれができているのだと実感している。</p><br><p>冗談は言い合うし、練習外でも後輩達の学生生活や選手生活をサポートしている。ただ、彼らの競技に対しての取り組みの中にだらしなさや妥協が発覚すれば、そこは何度も何度も指摘する。</p><p>そうやって日々の積み重ねを本気でサポートしていくことで、僕らの世代が許してしまった怠慢な練習環境をより良いものに変えていけるんじゃないかと信じて、僕は日々の練習に励んでいる。</p><br><p>もちろん僕自身が強くなることも大きな目的だ。もっともっと肉体的に強くなりたいし、今以上に多くの知識も蓄えていきたい。僕という人格を形成する材料は他でもないこれまでの人生経験だが、それをより濃いものにさせるのは過酷な経験を実現させる体力と、刺激的な経験を創造する知力に他ならないと考えているからだ。</p><br><br><p>あと、なんだかんだ言っても指導者っていうのは日々学習する最高の機会なんじゃないかと思う。どうしたら信頼される人間になれるか、どうしたら自分の主張が受け入れられるか、どうしたら組織が活発に動くか、そういったものを常々考えて、実践に移すのは正直に言えば、愉しい。</p><p>まぁ結局、僕は彼らに大切なことを与えるためではなくて、彼らから大切なことを学ぶために今の環境を選んでいるのかもしれない。いや、きっとそれはないだろうな。なぜなら両者は相反するものではないからだ。</p><br><p>じゃあ最後は、名将・星野仙一氏の格言を引用。</p><p>「弱気は相手を強気にさせる。 <br>　弱気は強気に押し切られる。 <br>　強気は弱気を制していく。 <br>　強気は強気をも押し返す。 </p><p>　そんな子供のころの「強気の四訓」は、 <br>　成人してからも私の中に生かされている。」</p><p><br>強気は弱気を制していく。誰しも思い当たる節があるんじゃないかと思う。<br>僕がどんな立場に追いやられても、この言葉だけは胸に刻んで前に進んでいきたい。</p>
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<link>https://ameblo.jp/g56457/entry-10521570700.html</link>
<pubDate>Fri, 30 Apr 2010 04:34:30 +0900</pubDate>
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<title>大事なのは、全力を尽くしたかどうか</title>
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<![CDATA[ <p>仕事の後に職場の人達と少しばかしの夜遊びを堪能し、帰宅。</p><p>テレビでは、元野球選手の金村義明が現役投手と対決するためのトレーニングをしていた。結果は見事に勝利し（といっても３打席でヒット１本を打てば勝ちなので、金村優位のルールではあるが）、金村のハードな練習の成果が報われる結果で終わった。</p><br><p>その後、チャンネルをNHKに回してプロフェッショナルを観賞。今もなお現役選手として努力を続ける三浦知良の動向を特集していた。</p><p>年齢の壁に立ち向かう姿は僕にはまだ共感できないが、カズの高いプロ意識やアイデンティティの在り方には魅せられた。カズは、先程の番組の金村とは対照的に、努力が実らない日々が続いている。それはもちろんカズの実力が周囲の人間よりも評価されないからなのだが、大事なのは、そんな中でも自分に満足できるかどうかだ。</p><br><br><p>おそらくカズは満足していないだろう。カズがクロアチアで共にプレーをしたベテラン選手ゴラン・ユーリッチという男がいる。彼は、毎日誰よりも練習し、誰よりも全力で走った。彼はカズに言った。</p><br><p>「<font color="#000000">サッカー選手とは、年齢に関係なく常に成長するものだ。低落など存在しない」</font></p><br><p>彼の存在が、カズを大きく変えた。なぜそこまで努力するのかというカズの問いに、ユーリッチは何度も答えた。人間が頂点を知ることはないのだと。カズが４３歳を迎えた今でも依然として弛まぬ練習を続けるのは、今より上手になりたいという単純な動機によるものらしい。</p><br><p>ただ、結果に満足することと自分の努力に満足することは似ているようで大きく異なる。たしかに努力の延長に成功があるのだと考えれば、結果が悪いことは努力が足りない証左になる。僕が言いたいのは、毎日を１００％の力で生きたかどうかが肝心だということであって、日々の充実度と結果に対する満足度は比例しない、というか比例してはならないのだ。本来であれば。</p><br><p>過去とは反証不可能なものだ。僕らがどんなに日々の行いを悔やんでも、そうしなければ良かったのかどうかなんて絶対に証明できない。だからこそ、日々の充実度を極限まで高めることが、悔いのない人生を送る唯一の方法なのだと言える。</p><p>そういえば、阪神タイガースの赤星選手が昨年引退した。彼を引退に追い込んだケガは、試合中に起こった事故によるものだ。たった一つのアウトの為に、彼は全力で走り、自身の選手生命までもを犠牲にした。</p><p>ただ、彼がここまでこれたのは、一つ一つのプレーに全力で打ち込む姿勢があったからであって、あの日のあの瞬間に全力で走ることをためらうような赤星選手は存在しない。彼があの日のことをどのように考えているかは量れないが、少なくとも、僕らの中でタイガースの赤星という男は生き続ける。</p><br><br><p>プロフェッショナルの主題歌「Progress」を紹介する。Progressとは「進歩」という意味で、それぞれのプロフェッショナルの生き方を表現している。</p><br><p>「ぼくが歩いてきた日々の道のりを、ほんとは“ジブン”っていうらしい」</p><p>理想の自分は確かに存在するけれど、そこに実在しているのは今の自分しかいない。</p><p>本当の自分はこんなはずではなかったと考えてしまいたくなるものだが、そう考えている自分こそが本当の“ジブン”なんだなぁ。</p><p>言葉にすれば当たり前なんだけど、それを自覚できるかどうかは別問題。僕はこの１年間を、徹底的に“ジブン”と向き合うようにすると決めているから、これからも“ジブン”を知るためのブログを書き続けると思う。</p><br><p>「誰も知らない世界へ向かっていく勇気を“ミライ”っていうらしい」</p><p>未来は誰にもわからない。だからこそ、慎重にならなければいけないし、大胆にならなければいけない。慎重という言葉は臆病を隠し、大胆はいい加減さを隠す。それが本当に勇気ある行動なのかどうかを確かめるには、“ジブン”の中の臆病さといい加減さと向き合わなければならないということか。</p><br><p>「あと一歩だけ、前に進もう」</p><p>この一歩一歩が、やがて僕にとっての大きな財産となる。一歩だけでいいのなら、どの方向に、どういう歩き方で、どうしてそう歩くのかを意識しながら歩くべきなんだろう。道に迷っているのなら、とりあえず前に一歩踏み出せばいい。ただ、できるなら、意味のある一歩を積み重ねて生きたいな。</p><br><br><br><p>Progress</p><br><p>ぼくらは位置について　横一列でスタートをきった<br>つまずいている　あいつのことを見て<br>本当はシメシメと思っていた<br></p><p>誰かを許せたり　大切な人を守れたり<br>いまだ何一つ　サマになっていやしない<br>相変わらず　あの日のダメな　ぼく</p><br><br><p>ずっと探していた理想の自分って<br>もうちょっとカッコよかったけれど<br>ぼくが歩いてきた　日々と道のりを<br>ほんとは“ジブン”っていうらしい</p><br><p>世界中にあふれているため息と<br>君とぼくの甘酸っぱい挫折に捧ぐ・・・<br>“あと一歩だけ、前に　進もう”</p><br><br><p>空にはいつでもまるでぼくらの希望のように<br>こぼれそうなくらい星が輝いて<br>届かないその手を伸ばしたんだ<br></p><p>ガラスケースの中　飾られた悲しみを見て<br>かわいそうに・・・なんてつぶやいてる<br>こんな自分　ケリたくなるくらい　キライ！</p><br><br><p>ねぇ　ぼくらがユメ見たのって<br>誰かと同じ色の未来じゃない<br>誰も知らない世界へ向かっていく勇気を<br>“ミライ”っていうらしい</p><br><p>世界中にあふれてるため息<br>君とぼくの甘酸っぱい挫折に捧ぐ・・・<br>“あと一歩だけ、前に　進もう”</p>
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<link>https://ameblo.jp/g56457/entry-10498559395.html</link>
<pubDate>Sat, 03 Apr 2010 05:58:21 +0900</pubDate>
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