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<title>ruiのブログ</title>
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<title>阪神　金本がいなくなってせいせいしている。</title>
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<![CDATA[ <p>＜中学生並みのプレーやな＞</p><p>「（ケガで）最後の３年間はあまりにも惨めだったんでね。悔しいし、歯がゆい、情けないというか……」</p><p>　金本は９日に行われた引退試合後の記者会見でこう言った。そんな金本の引退を歓迎している選手は一人や二人じゃないハズだ。</p><p>　金本は０３年に広島から阪神に移籍すると、１４９２試合連続フルイニング出場の世界記録の他にも、通算２５３９安打（歴代７位）、４７６本塁打（同１０位）、１５２１打点（同８位）など、輝かしい記録を打ち立てた。金本がそうやって数字を積み重ねた裏で、チームは多大な犠牲を払ってきた。</p><p>　１０年のオープン戦で痛めた右肩の状態が万全でない金本がレギュラーに居座ることで、俊介や柴田ら若手の出場機会が減った。</p><p>　バッテリーも苦労した。走者を二塁に背負うと、ロクに投げられない左翼手のところに打たれないよう、例えば右打者なら外角主体の配球にならざるを得ない。当然、打者は狙い球が絞りやすくなり、投手はピッチングの幅が狭くなり泣いた。</p><p>　遊撃手の鳥谷の負担も大きかった。レフト線や左中間にヒットを打たれると、一目散に金本の近くまで駆け寄って中継に入る。できるだけ早く鳥谷にボールを渡したい金本が、焦って打球の処理を誤るなんてケースもあった。</p><p>　レフトの守備位置でボールをファンブルして慌てている金本の姿を見た主力のひとりが、指さしながら「中学生並みのプレーやな」と、ゲラゲラ大笑いしていたこともあったという。</p><p>　金本は引退を表明した際、「未練がましく現役にしがみついて３年間、肩を壊してから十分未練たらしくやってきた」と述べた。ケガを我慢して試合に出場し続けるその姿勢がまるで「美談」のように語られてきたが、控えの外野手、投手、遊撃手たちにとってはただの厄介者でしかなかったのだ。</p><p>　この日（１０日）、和田監督は大阪市内の阪神電鉄本社を訪れ、坂井オーナーに今季の報告を行った。</p><p>「応援してくれたファンを喜ばせられず、申し訳ない気持ちでいっぱい。今の戦力を鍛え直して、若手の底上げをしたい」と、来季への抱負を語った。</p><p>　これからは金本に気兼ねすることなく若手が使えるはずだ。</p>
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<link>https://ameblo.jp/gacktlove5/entry-11378489039.html</link>
<pubDate>Sat, 13 Oct 2012 14:19:38 +0900</pubDate>
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<title>阪神・金本、引退試合で１安打！　足でも魅せた</title>
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<![CDATA[ <p>（セ・リーグ、阪神３－０ＤｅＮＡ、最終戦、阪神１１勝１０敗３分、９日、甲子園）阪神・金本知憲外野手（４４）が現役最後の試合に「４番・左翼」でフル出場。４打数１安打１盗塁の活躍をみせると最後は左翼に上がったウイニングボールもキャッチし、スタンドを埋め尽くした今季最多４万７１０６人のファンに惜しまれながら２１年間のプロ生活に幕を下ろした。先発能見は２つの三振を奪い、巨人・杉内に１７２個で並びリーグ最多奪三振王に輝いた。</p><br><br><p>　金本の注目の第１打席は一回一死一、二塁の好機で回ってきた。歴代７位の長嶋茂雄氏（巨人終身名誉監督）の通算１５２２打点まであと「１」に迫っている金本。打点が期待される場面だったが、ＤｅＮＡ先発・三浦が投じた３球目のフォークを引っ掛けながらも一ゴロ進塁打で二死二、三塁とお膳立て。だが続く５番・新井貴がチャンスを生かせず捕邪飛に倒れ、先制機を逃した。</p><p>　第２打席は２点リードの三回一死無走者で回ってきたが、カウント２－２から三浦の直球をフルスイングして空振り三振に倒れた。</p><p>　そして迎えた六回先頭の第３打席。カウント０－２と追い込まれながらも三浦の４球目を中前に弾き返すと、すかさず二盗に成功。続く新井貴の中前打で本塁を突いたが、好返球からのタッチアウトに思わず舌を出して苦笑いした。</p><p>　七回の第４打席は相手の失策と鳥谷の中前打で二死一、三塁のチャンスだったが、三浦の５球目ストレートを高々と打ち上げ捕邪飛に倒れた。</p><p>　阪神は二回、一死から伊藤隼と藤井彰の連続安打で一、三塁のチャンスをつかみ、メッセンジャーの左二塁打で２点を先取。六回に新井貴と弟・良太の連打で３点目を挙げた。</p><p>　先発した能見は１回を投げ２つの三振を上乗せ。１７２個でリーグトップの巨人・杉内に並ぶと、二回からメッセンジャーにマウンドを託した。２番手・メッセンジャーは８回２安打無失点で１０勝目（１１敗）を挙げ、２年連続で２桁勝利を達成。投手陣が今季最終戦で好投し、金本のラストゲームに花を添えた。阪神は５５勝７５敗の借金「２０」で今季の日程を全て終了した。<br>.</p><p>金本選手お疲れ様。</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/gacktlove5/entry-11378485876.html</link>
<pubDate>Sat, 13 Oct 2012 14:13:30 +0900</pubDate>
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<title>松井秀喜、本当の不振の原因</title>
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<![CDATA[ <p><strong>日本最高のスラッガーを襲った最大のピンチ。アメリカで3度の移籍を経験してきた松井秀喜（38）も、今回の戦力外通告はこたえたに違いない。何より問題なのは、評価急落の一因に、松井自身が気づいていないことなのだが‥‥。</strong></p><br><p>そもそも物事の現象には必ず理由があって生じているものである。</p><p>イチローの不振においては、動体視力が落ちたや、脳のバットを振れという命令から手に伝わるまでの反射神経が落ちたという噂が出ている。</p><br><p>しかし、松井においてはどうなのであろうか？</p><p>不振の原因が分からないと不振脱出にもつながらない。</p><br><p>そこで松井不振の原因について徹底的に調査を行ってみた。</p><br><br><p>　７月25日、松井がレイズから「クビ」を宣告された時点の成績は、打率１割４分７厘、２本塁打、７打点。</p><p>「何しろ松井の打撃は、ヤマカンに頼るばかりで」</p><p>　松井を間近で見てきた球団関係者はこう言って、さらに厳しい口調で解説する。</p><p>「ヤマを張って、直球のタイミングでしか待っていない。だから変化球についていけないんですよ。初球をボールや変化球から入られると、ぶざまな空振りをする場面が目立ちました」</p><p>　松井の異変はエンゼルス時代から指摘されていた。</p><p>「直球を捕らえられなくなったり、以前の松井なら安打や本塁打にした甘い球をファウルしたり。ネット裏のスコアラーやスカウトは『どうしたんだ。松井は目が悪いんじゃないか』と首をかしげていました」（米メディア関係者）</p><p>　稀代のスラッガーも40歳間近。やはり衰えなのか。この米メディア関係者は、松井の「肉体の変化」に気づいていた。</p><p>「ロッカー室で裸を見たら、筋肉はゲッソリとそげ落ちてスーッと細いんです」</p><p>　実はこれには、松井を「指導」する個人トレーナーが深く関係していたのである。この人物は、大阪府内で整骨院を開業するＫ氏。右肩に故障を抱える阪神・金本知憲（44）の治療を担当するなど、球界では知られた人物だ。松井とは、膝手術後の08年に出会い、翌09年から専属トレーナーとして治療に当たってきた。</p><p>「患部には触らず、筋肉や関節に圧をかけてバランスを整え、膝が動くようにするという無痛療法です。この方法でＫ氏が金本の肩を改善させたり、守備ができるまでに松井の膝を治したのは事実。だから松井も心酔しきっています。ただ問題は、Ｋ氏が『ウエートトレーニング禁止令』を出していること。Ｋ氏と知り合って以降、松井はエアロバイクをこぐ以外、ウエートルームに入っていない。一度、コッソリとウエートをやったのがバレて、『それならもうキミの治療はやらん』と一喝された」（スポーツ紙デスク）</p><p>　脱ウエートによる「痩せ細り」。その弊害を前出・球団関係者はこう話す。</p><p>「歴代の名選手に聞くと、37、38歳は成績を落とす過渡期だという。それをどうやって乗り越えたか。生活パターンを規則正しく変え、ウエートを増やした、という答えがほとんどでした。年齢とともに落ちる筋力を維持するためにはウエートをやらなければならない。が、松井はその逆をいっている。あれだけ筋肉が落ちて体が軽くなれば、膝への負担も軽減されるから、そりゃ走れるようになるでしょう。その代わり、スイングスピードは落ち、キレもなくなる」</p><p>　今は打撃練習ですら柵越えはゼロに等しく、他球団のスカウトは「松井の練習はひどい」と口をそろえる。</p><p>　それでも膝を治してくれたのはＫ氏だと、洗脳的とも言える盲信ぶりを見せる松井。さらにはこんな光景まで─。</p><p>「キャンプでは右翼席奥の打撃ケージにＫ氏が入ってきて、まるで打撃コーチみたいにケージの後ろに立ち、ビデオに撮りながらアドバイスをしていた。松井はそれを『ウンウン』と聞いていたよ。これにはアメリカ人記者も『なぜ治療師が打撃フォームに口出しするんだ？</p><p>　報道陣が見ているところでやること自体、非常識だし』と驚いた」（米在住ジャーナリスト）</p><p>　前出・デスクも言う。</p><p>「オフの自主トレもＫ氏とベッタリ。Ｋ氏はトレーニングメニューを作って走らせたり、ビデオを回して打撃のアドバイスも。治療師としての腕は一級かもしれませんが、打撃に関して、Ｋ氏はド素人。『あれはおかしいだろ』と、報道陣は皆、言いますよ。通常、トレーニングコーチと治療する人は別。だけどＫ氏は打撃コーチも兼ねている」</p><p>　もはや暴走とも言える「洗脳指導」。それでも結果が出ていればいいが、現実は見てのとおりだ。「松井は守れて走れて打てる、という姿を理想としている。でも今のメジャーが松井に求めるのは本塁打であり、ここぞという時の勝負強さ。代打かＤＨがメジャーで生き残る道なのに、松井は外野手に戻ろうとして選択を誤った。自由契約にはなったものの、スカウトたちは、長打も打てず守備要員にもならない松井に『何の魅力もない』と言っています」（メジャー関係者）</p><p>　こうした声に耳を傾けないかぎり、松井の再浮上はないのだ。</p><br><p>来年のＷＢＣにも参加の声をかけられているとの情報が入ってきた。</p><p>さあ、松井よ。どうする？？</p><br><!-- google_ad_section_end(name=s1) --><!--entryBottom-->
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<link>https://ameblo.jp/gacktlove5/entry-11378480275.html</link>
<pubDate>Sat, 13 Oct 2012 14:04:25 +0900</pubDate>
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<title>プレーオフで躍進するヤンキースのイバニエスってどんな選手？？</title>
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<![CDATA[ <p>イバニエスってどんな選手？？</p><p>ここに来て、絶対的な存在感を見せるヤンキースのイバニエス選手。</p><p>イバニエスってどんな選手？という人も多いだろう。</p><br><p>最近では、昨年アスレチックスをＦＡになった松井秀喜選手がいますよね。</p><p>翌年、シーズンが始まってからレイズに移籍しましたが、レイズに決まるまでに春頃に古巣ヤンキースが再獲得を検討していました。</p><br><p>しかし、そのときに松井選手と比較され、松井選手より活躍するだろうと見込まれ、ヤンキース入りが決まったのがこのイバニエス選手です。</p><br><p>つまり松井選手はイバニエス選手がいたために古巣復帰が叶わなかったというわけです。</p><br><br><br><p>そして、イチロー選手とも非常にゆかりがあります。</p><br><p>イチロー選手のマリナーズ時代の同僚だった時期があるのです。</p><p>そのため、イチロー選手とはとっても仲良しです。</p><br><p>以下、イバニエス選手の紹介です。</p><br><p>3年連続100打点という実績を引っさげて、2009年からフィリーズへFA移籍したラウル・イバニエス。年齢を感じさせない丈夫さを誇り、勝負強い打撃はフィリーズの連続世界一には欠かせない存在である。元々は遅咲きを絵に描いたような選手で、30歳で100打点を挙げてからチームの主力打者となった経緯を持つ。</p><p>ニューヨーク州に生まれたイバニエスは、フロリダ州に移り学生時代を過ごすこととなった。大学在籍時の1991年ドラフトでレンジャーズから54位指名（全米1375番目）を受けるが、それを拒否。翌1992年のドラフトでマリナーズから36位指名（全米1006番目）を受けてプロ入りを決めた。それまでは外野手だったが、強肩を生かすために捕手を守るようにもなる。</p><p>契約したその年はルーキーリーグに参加。打撃に対しての評価は元々高く、33試合に出場し、打率.308をマークしている。1993年は1Aの2つのランクでプレーし、捕手やファースト、たまに外野も守ったりした。合わせて95試合の出場で打率.278を記録。翌1994年は1Aアプレトンでフルシーズン過ごし、約1ヶ月の怪我での離脱はあったが、91試合の出場で打率.312、7HR、59打点をマークし、リーグのオールスターメンバーにも名を連ねたている。<br><span id="more-471"><br></span><br>1995年は左手首を痛めた影響で開幕に出遅れてしまい、5月からのプレーだったが、ランクが上の1Aリバーサイドで95試合に出場。打率.332、20HR、108打点と好成績を挙げている。打率と打点はリーグ2位であり、長打率.612はこの年のマイナーリーグ全体の捕手の中でナンバー1となるほどの期待される存在だったのである。</p><p>1996年、2Aポートシティで開幕を迎えるが、4月半ばにはあっさりと3Aタコマへ昇格を果たしたイバニエス。3A昇格後は捕手ではなく、学生時代に守っていた外野手へと再コンバートすることが決まった。そして、8月に入ると待望のメジャー昇格も果たした。しかし、メジャーではわずか4試合にだけの出場に終わり、すぐに3Aへ降格。この年、3Aで残した数字は、111試合の出場で打率.284、11HR、47打点というものであった。</p><p>1997年、3Aからのスタートでメジャーからお呼びがかかったのは8月になってからである。メジャー初安打を打点付きの3塁打で飾ったイバニエス。一旦3Aへ戻り、メジャー再昇格後にメジャー初HRをキングドームのライトスタンド3階席まで運ぶ特大HRで飾った。そして、シーズン終了後にはずっと痛めていた右肩手術を決め、翌年以降の飛躍が期待された。</p><p>1998年は前年の手術から故障者リストからのスタート。3Aで調整を行い、メジャーに戻ったのは8月に入ってからである。チーム事情から慣れないファーストを守る機会が多く、出場機会にも恵まれなかった。その状況は翌1999年になっても続き、外野とファーストを守るバイプレーヤーとしての活躍が求められた。当時のマリナーズは<a href="http://circlechange.com/players/ken-griffey"><font color="#000099">ケン・グリフィー</font></a>や<a href="http://circlechange.com/players/edgar-martinez"><font color="#000099">エドガー・マルチネス</font></a>、<a href="http://circlechange.com/players/alex-rodriguez"><font color="#000099">アレックス・ロドリゲス</font></a>など打つべき選手が揃っていたのである。その中でも6試合連続ヒットを記録するなど、かろうじて存在感は見せた。</p><p>2000年、代打と外野としての起用がほとんどという中で、チームはワイルドカードとしてポストシーズン進出に貢献。ディビジョンシリーズでは8打数3安打と大当たりを見せ、チームの勝利に貢献したイバニエスだが、マリナーズからは翌年以降の契約継続のオファーがなく、自由契約となってしまったのである。</p><p>2001年はロイヤルズとマイナー契約を交わし、開幕はロイヤルズ傘下の3Aオマハで迎えることになった。すぐにメジャーへ昇格し、この年は104試合に出場（うち、スタメン出場は65試合）。打率.280、13HR、54打点という数字を残したイバネスだが、特に6月は16試合の出場で36打数13安打、3HR、12打点と固め打ちも見せている。</p><p>こうして迎えた2002年、開幕から徐々に出番を増やしていき、6月には1試合4打点を3度も記録。7月14日の対エンゼルス戦では満塁HRと3ランHRを放つ1試合7打点をマーク。7月の月間打率は実に31打点と圧倒的な勝負強さを見せた。30歳になるイバニエスは、遅咲きの花を見事に咲かせ、指名打者の座を自らのものとしたのである。</p><p>チームはシーズン100敗を喫するなど振るっていない状況だったが、イバニエスのバットは止まることなく、終わってみればシーズン100打点の大台を越えていた。137試合の出場で打率.294、24HR、103打点という数字は、この年のイバニエスの年俸（80万ドル）とは釣り合うものではなく、球団サイドにとってもうれしい誤算となったのである。</p><p>2003年、真価が問われるシーズンとなったが、マルチヒットを56試合も記録する好調ぶりを見せ、157試合の出場で打率.294、18HR、90打点という数字を残した。対右投手の打率は.319というものである。オフにFAとなると古巣マリナーズと3年間1325万ドルで合意し、復帰が決まった。過去に在籍した球団に主軸打者として復帰する希なケースとなったのである。</p><p>復帰1年目の2004年、マリナーズのレフトを守り、主軸を任されたイバニエス。7月までの打率は.262だったが、8月の月間打率が.340、9月が.352と尻上がりに数字を、シーズンの最終打率は3割に乗せた。8月17日の対ロイヤルズ戦では5安打し、9月22日の対エンゼルス戦では6安打をマークしている。シーズン途中に右足ハムストリングを痛めて1ヶ月の離脱はあったが、123試合の出場で打率.304、16HR、62打点をマークしている。</p><p>2005年、マルチネス引退に伴い指名打者としての出場が増え、162試合にフル出場。終盤の9月には1試合4安打を2度もマークした。シーズン最後の試合でHRを放ち、20HRの大台に乗せている。シーズン通しては打率.280、20HR、89打点を記録。翌2006年は159試合の出場で打率.289、33HR、123打点とパワー面で大きな飛躍を果たした。2007年以降も2年間1100万ドルでの契約延長に合意している。</p><p>2007年、前半戦の打率は.275だったが、後半戦に限ると打率.321、12HR、55打点をマーク。8月の月間成績は打率.374、9HR、22打点であり、9月は打率.340という数字を残し、チームの地区2位躍進に貢献した。結果的には149試合に出場し、打率.291、21HR、105打点という数字を残している。翌2008年は162試合にフル出場し、打率.293、23HR、110打点をマーク。2塁打数（43本）はキャリアハイでもある。</p><p>マリナーズ打線には欠かせない存在であったが、2008年オフにFAとなると、その年に世界一となったフィリーズと3年間3150万ドルという内容で合意し、移籍が決まった。2009年に37歳となるイバニエスにとっては破格の契約と言える。世界一経験はまだなく、残されたキャリアはあとわずかとなっている。</p>
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<link>https://ameblo.jp/gacktlove5/entry-11378465061.html</link>
<pubDate>Sat, 13 Oct 2012 13:25:23 +0900</pubDate>
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<title>ヤンキース、２年ぶりリーグ優勝決定シリーズ進出決定！！</title>
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<![CDATA[ <p>ア・リーグ地区シリーズ（５回戦制）第５戦が１２日、ニューヨークで行われ、ヤンキース（東地区）は３―１でオリオールズ（ワイルドカード）に勝ち、通算３勝２敗で２年ぶりリーグ優勝決定シリーズ進出を決めた。イチローは６回、右中間フェンス直撃の適時二塁打を放ち、勝利に貢献した。<br><br>　ヤンキースは翌１３日（日本時間１４日）からのリーグ優勝決定シリーズ（７回戦制）で、タイガース（中地区）と対戦する。<br><br>　イチローは「２番・左翼」で先発。第１打席の１回１死、１ボール１ストライクからチェンジアップにタイミングが合わず二ゴロに倒れた。<br><br>　オリオールズの先発右腕ハメルを攻略できず、４回まで無安打のヤンキース。イチローも４回１死、１ボール２ストライクから直球を打ち損じ二ゴロに終わった。<br><br>　ヤンキースは５回、４番テシェイラが右前にチーム初安打を放つと、二盗でチャンスを広げて無死二塁。この日先発で起用されたイバネスが期待に応えて中前に適時打を放ち、ヤンキースが先制した。<br><br>　１―０の６回、ジーターの四球で１死一塁とすると、イチローは初球のツーシームを振り抜き、もう少しで本塁打という右中間フェンス直撃の適時二塁打。チームに追加点をもたらした。ヤンキースはテシェイラが歩いてなおも２死一、二塁としたが、イバネスが２番手パットンのカーブで空振り三振を喫した。<br><br>　ヤンキースは７回、７番グランダーソンのソロ本塁打でリードを３点に広げた。１点返された８回、イチローは四球で出塁して１死一塁としたが、カノが二ゴロ併殺打に終わり追加点を奪えなかった。<br><br>　ヤンキースは先発のサバシアが９回１２１球を投げ抜き、４安打１失点９奪三振で完投勝利</p><br><p>イチローの点差を広げるタイムリー２塁打は大変に貴重だった。</p><br><p>また、イバネスは調子が最高！。</p><br><p>偉大なＡロドリゲスには悪いけど、こういった短期決戦は調子のいいものを使わざるを得ないからね。</p><br><p>シーズンとは切り替えた考えが大切。</p><br><p>Ａロドリゲスも頑張れ。</p><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/gacktlove5/entry-11378413370.html</link>
<pubDate>Sat, 13 Oct 2012 11:57:46 +0900</pubDate>
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