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<title>岳のブログ</title>
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<description>毎月毎度鬼のように出張を繰り返しております各地の街並みや美味しい物を気まぐれに書いたりしたく、ブログを立ち上げました写真もその都度のせちゃいますね！</description>
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<title>そして、そんな日課を20</title>
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<![CDATA[ &nbsp;最初にファンの話をすすめていこうと思う、ファンが彼と知り合ったのは、ファンが大学に入って間も無くだった、中国の学校の始まりは、欧米と同じく夏の終わりだ、上海的に言えばまだまだ残暑の色濃い時期である、ファンは、子供の頃から活発な子であったものの、男の子に対しては全く初心であったらしい、好きな子がいても何時も片思いで終わっていたらしい、しかし大学の入学が彼女を色んなことに積極的にしていたのかもしれない<div>&nbsp;彼は彼で又堅物な男だったようだ、着るものはかまわず、何時も本を抱え難しい顔をしていたらしい、年はファンの二つ上で大学は、誰もが知る交通大学、専攻は薬学部だったようだ、彼は安徽省出身で上海からバスならば8時間もかかる所で育った</div><div>&nbsp;余談だが、中国では、特別行政特区といい、北京、天津、重慶そして上海の４つの都市とそれ以外の省に生まれたかどうかでは、えらく色んな条件が違ってくる、例えば大学の入試においても省の者は市の住人よりもより優秀な成績でなければ入学できない、社会主義は平等を求める社会だと我々は思いがちだがこの日本に比べれば世界の社会主義国家はどの国も格差の激しい社会である</div><div><br></div><div>&nbsp;ファンと彼はある日上海図書館の入り口で出会うことになる、その日彼はシンガポールから留学していた親友と図書館の入り口で口論になっていた、彼は論客だったらしい、内容は定かではないが兎に角親友が何も反論できないでいた、母国語でない論争は不利と思ったのか親友は途中から言葉を英語に切り替え反論しようとした、しかし彼はそれでも負けてなかったようである、最終的に親友は毒ずいたのである、『所詮君らはここしか知らないじゃないか？ある意味、中国は世界の田舎もんだよ』その時ファンが横を通りかかったのである、ファンはこの言葉に異常に反応した『？どういう意味？』彼らはさぞびっくりしたろう、いきなり知らない女の子が英語で喧嘩を売ってきたのである</div><div>&nbsp;ラブストーリーの始まりにしては、穏やかでないが、こんなことでも出会になるのである、彼はこの珍客にこれまでの経緯を説明し興奮をおさめた、結局三人は彼の提案でお茶をすることになったらしい、堅物と言えどもファンの艶やかさはほおっておけなかったようだ、後にも先にも彼が女性にお茶など誘うことはなかったことをファンは今でも誇りにしている、彼にとって自分は、出会うべくして出会った人間なんだと信じてやまないのである</div><div>こうして彼女達は始まった</div><div><div id="{8C21A3F9-5E41-4DA4-A668-E4F5AE605808:01}" style="text-align:left"><div align="left"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20150105/12/gakunagai59/c9/d8/j/o0480064013180671162.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20150105/12/gakunagai59/c9/d8/j/o0480064013180671162.jpg" alt="{8C21A3F9-5E41-4DA4-A668-E4F5AE605808:01}" width="300" height="400" border="0"></a></div></div><br><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/gakunagai59/entry-11973391662.html</link>
<pubDate>Wed, 31 Dec 2014 07:41:49 +0900</pubDate>
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<title>そして、そんな日課を19</title>
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<![CDATA[ &nbsp;三年前のクリスマスの時期、浦東にイルミネーションを見に行こうと日曜日ファンと出かけたことがある、確かifcのビルを二人腕を組み夕方の暗くなるまでの間をスーパーブランドの店舗で時間を潰してた時、ある男女に声をかけられた、『すみませんが、写真を撮ってください』少し訛りがあるような英語だった、ショッピングモールで記念撮影するなんてと思うかもしれないが、割と向こうではよくあることだ、僕は黙ってカメラを受け取り数枚写真を撮った、すると女の子が『あなた達？香港人でしょ？上海で暮らしてるの？』聞いてきた、ファンは彼女に『何故？』と聞くと、『だってあなた達さっき英語で話してたでしょ？かっこも他の上海人と違うし？』ファンと僕は顔を見合わせてにっこりと笑った、ファンの笑いはこうなのだ、『岳？あなたは四分の一フランス人の癖にどうしてこうも東洋人なの？』てことなのである、実は香港人に間違われたことは初めてではない、ファンからは、パリジャンを忘れた東洋人と、からかわれたものだ、質問をした彼女にファンは、『私達二人とも上海人よ』と答え、足早にその場から立ち去った、話好きな香港人をかわすためである、ファンはその後も僕に『岳は？香港にすんでたんだっけ？』などとからかってきた、幼い頃栗毛色で少しパーマっけのある髪や薄いそばかすがあるところなど日本人よりフランス人に近いと思っていたが？今や後ろも横も刈り上げた髪型は、正に香港人そのものなのかもしれない？僕にとって何人かは、どうでもいいことだけど<br><div><div id="{9383D1EE-A289-4B94-AA40-4507A6CD5926:01}" style="text-align:left"><div align="left"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20141225/12/gakunagai59/f9/8b/j/o0480036013169076769.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20141225/12/gakunagai59/f9/8b/j/o0480036013169076769.jpg" alt="{9383D1EE-A289-4B94-AA40-4507A6CD5926:01}" width="300" height="225" border="0"></a></div></div><br>&nbsp;余談だが、ifcには、アップルの直営店がある、ショッピングモールとは独立し、わざわざ独自の入り口から入らねばならないお店である、実は上海ではここが初めての直営店だったらしいが、ここが出来る以前に沢山のアップルストアが存在した、そこで働く店員もみな自分はアップルの店員と思っていたらしい？実に中国的だ！</div><br><div>&nbsp;その後川沿いに向かっていた時だった、突然ファンの歩みが止まり、腕にファンの体重を感じたのである、その頃にはもう僕も何が起きてるのか直ぐに察しがついていた、ファンにとって、その場所が思い出の場所とかではなくとも、何と無くのキーワードが街のあちこちに散りばめられていて、それに反応するともう頭が真っ白になってしまうのだ、僕は黙って踵を返し、ファンの背中から彼女をゆっくりとこちらに向け、そして更にゆっくりと来た道を戻って行った、暫くすると彼女は、又明るさを取り戻した</div><div>&nbsp;ファンにとって上海は、かけがえのない街、しかし彼を失った街でもある、一度彼女にこんなことを言ってみた『僕は時折東京をでて、パリか何処で暮らそうかなって思う時がある、ファンは？』ファンは、迷わず答えた、『私は上海人だから、ずっとこの街にいる、どんなに嫌なことがあってもどんなに不幸でもこの街が大好きだわ』母を思い出した、自分を育んでくれた街を何よりも愛している、とても羨ましいとも思った、ファンにとってこんなにも辛い街なのに</div><br><div>&nbsp;</div>
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<link>https://ameblo.jp/gakunagai59/entry-11968816823.html</link>
<pubDate>Sun, 21 Dec 2014 16:27:21 +0900</pubDate>
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<title>そして、そんな日課を18</title>
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<![CDATA[ ファンの両親のもう一つの悩みは子供の出来なかったことだったらしい、改革開放から10年、やっとファンは、生を受ける、両親にとってこれ程待ち望んだことはなかったであろう、人口を抑制しなければならなかった中国で不妊に悩んだ両親はかなり複雑な心境だったそうだ、こうして生まれたファンは両親や祖父母に大切に育てられた、ファンが生まれ育った実家は今のアメリカ総領事館の近くだったようだ、今ではこの辺りの戸建は数億の金額が簡単につくほどの一等地である、租界時代からの屋敷が建ち並び上海の中で誰もが憧れる場所である、ファンは幼い時から目立ってたようだ、勉強もできスポーツもこなす、容姿もよく大抵こういう女の子はクラスに一人はいて、男の子の憧れになるのだ、こうしたことは、フランスも日本も中国もかわらない<div>&nbsp;</div><div><div id="{C22A6DE5-0ECC-45F3-BB27-022B33962329:01}" style="text-align:left"><div align="left"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20141221/16/gakunagai59/93/03/j/o0480036013165023723.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20141221/16/gakunagai59/93/03/j/o0480036013165023723.jpg" alt="{C22A6DE5-0ECC-45F3-BB27-022B33962329:01}" width="300" height="225" border="0"></a></div></div><br><br></div><div>&nbsp;ファンの初恋は、9歳の時だったようだ、でもお相手が少し珍しい、隣のクラスの若い教師だったらしい、本人はかなり照れて話していた、何故そんな年上にと後で思ったし、今当時の写真を見ると当時の自分がわからなくなるとも言っていた、先生の写真を見せて貰った時？確かにねとも思った、太っていて、ズボンから一部シャツがでて何とも野暮ったい感じだったからだ、でも、ファンにとっては良い思い出であるに違いない</div><br><div>&nbsp;ファンの思い出話の中で、よく上海の街並のことが出てくる、ファンが幼かった頃は街の建物はせいぜい五、六階だったらしい、確かにファンが生まれた頃の外灘から見た浦東の風景には殆ど今のような建物はない、地下鉄も90年半ばから発達し始めるのでファンですら幼い時の記憶はまだまだ素朴な上海だったのだと思う、僕が東京に移り住んだ頃は、もうバブルもはじけた頃であったものの、東京は世界のどの都市と比べても近代的だった、そう考えれば同年代に近い関係であるものの思い出の街並には大きな差があるようだ</div><br><div>&nbsp;</div>
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<link>https://ameblo.jp/gakunagai59/entry-11967238724.html</link>
<pubDate>Thu, 18 Dec 2014 10:08:25 +0900</pubDate>
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<title>そして、そんな日課を17</title>
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<![CDATA[ &nbsp;1978年、中国は文革から改革開放へとやっと近代への本格的な歩みに移る、歴史は振り返ると必ずや間違った方向から正しい方向へと作用する、その為、改革派の先鋒であった鄧小平が返り咲きそれまで眠っていたこの国のエネルギーを一挙に解放するのである、ファンの両親もこの時期故郷である上海に戻ったのである、10年に及ぶ香港の生活から見ると歩みを始めたばかりのこの国はあまりにも時代遅れで自由もなくさぞ不便で辛かったに違いない、それ以上に両親が苦悩したのは、周りの目であったようだ、自分達だけといった視線を遮ることは出来なかった、そしてそれ以上だったのが幼馴染達の二人が亡くなり、そして三人が行方不明になっていることだった<br><div><div id="{FB540E5B-39C4-4E6F-A133-FCB398E4F1BC:01}" style="text-align:left"><div align="left"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20141217/10/gakunagai59/96/9a/j/o0480040013161200015.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20141217/10/gakunagai59/96/9a/j/o0480040013161200015.jpg" alt="{FB540E5B-39C4-4E6F-A133-FCB398E4F1BC:01}" width="300" height="250" border="0"></a></div></div><br></div><div>&nbsp;紅衛兵といった、10代を中心にしたまだ子供達の集団が、文革の中でも特に暴走し社会へどんどんと暗雲を広めていく、文革中期毛沢東を始め文革の推進者ですらこの暴走をとめることが出来ず、結果69年上山下郷運動が展開する中、農村支援の名目で1千5百万以上の青少年が僻地の農村部へと追いやられるのである</div><div>&nbsp;しかし、この紅衛兵の行った破壊活動は半端なものではなかった、友人、恩師中には実の親を告発し糾弾していく、糾弾された人間達は恐怖と不信に絶望を感じ犠牲者になっていったのである、又彼らは各派閥をつくりお互いを牽制しあっていた、ファンの両親の幼馴染もこの対立の中で亡くなり、農村にいった者たちはその後消息が取れなくなったのである、ファンは僕に言った『パパからよく言われた、政治をかたるな！って』こうしたことがファンには、反動として彼への想いをつのらしたのかもしれない</div>
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<link>https://ameblo.jp/gakunagai59/entry-11965597083.html</link>
<pubDate>Mon, 15 Dec 2014 12:42:46 +0900</pubDate>
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<title>そして、そんな日課を16</title>
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<![CDATA[ &nbsp;このあたりまで話したところで語りをファンに渡しただろうか？ファンも又一つづつ思い出しながらそして少し自分の意見も添えて話し始めた、まずは両親のことからである、前も書いたがファンの家も僕の家庭と少し似ている、父親が上海人とイギリス系香港人であり、母親は上海人である、両親は同級生で僕の母の一つ下のようだ、1954年の中国は建国後5年を迎えていた、この国の歴史の中で19世紀から20世紀の半ばまでこれほどまでに、他民族に国土を荒らされたことはない、古代から宿敵の騎馬民族との戦いはあったものの近代の欧米や特に日本の侵略に比べればまだ真っ当なものと言える、しかし、悲劇は必ずしも外来からやってくるとは限らない、45年日本の敗戦は同時に内線への口火であったし、建国後まも無く亜細亜の同胞の為朝鮮戦争に義勇兵を送ることとなり多くの若者達はここでも命を落としたのである、悲劇は更に続く、晩年の覇者毛沢東は自らの地位の奪回の為文化大革命という、歴史と国土とこの国の全てを破壊へと導いていく、余談だがこの思想はカンボジアでポルポトによってさらなる虐殺を生んでいくのである、我が家はなんとか20世紀半ばで暗黒の時代を抜け出したものの、ファンの家族はそれから四半世紀も平和の時代を待ち続けたのである<div><div id="{632BB500-DC73-4C6B-8664-B5B0A7199A32:01}" style="text-align:left"><br></div><div id="{632BB500-DC73-4C6B-8664-B5B0A7199A32:01}" style="text-align:left"><div align="left"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20141214/17/gakunagai59/cb/95/j/o0480064013158669933.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20141214/17/gakunagai59/cb/95/j/o0480064013158669933.jpg" alt="{632BB500-DC73-4C6B-8664-B5B0A7199A32:01}" width="300" height="400" border="0"></a></div></div><br>&nbsp;唯ファンの両親の家族はそうした中でも特別な環境にいた、両親の父親が供に発電所のタービンの設計士だったのである、その為共産党員以上に優遇されたらしい、例え権力闘争の粛清とはいえエネルギーなしでは国は成り立たないという所だろうか？</div><div>春節には自宅に多くの贈り物が届いたという、特権階級の子息そんな生活を両親はおくったらしい、但し父親系の祖母は文革が始まって間も無く香港に避難し、又祖父は何時狂気がハーフである父親に及ぶかと心配で当時では異例中の異例であろうが自らの伝手を使い父親を香港に脱出させたそうだ、文革の嵐の中で外交官や政府の役人でもない一般人を海外に送ることができた伝手とはどれ程のものであろう？さらにこの脱出劇は父親のみではなく、後に母親となる他数人のグループであったそうだ、とにもかくにも、ファンが生を受けるまでに父親達は必死に生きていたようだ<br><br></div>
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<pubDate>Thu, 11 Dec 2014 14:42:11 +0900</pubDate>
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<title>そして、そんな日課を14</title>
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<![CDATA[ &nbsp;2ヶ月程して、やっとベットから解放される日がやってきた、しかし、地球の重力をこんなに感じたことはない、まず心臓のサボタージュから打破しなければならなかった、たかが2ヶ月だが常に環境に即応するよう太古から受け継がれている我々の体は、この短い期間に重力に逆らい脳に血を送ることを忘れてしまったようだ、兎に角目眩が酷く立ち上がるそれさえ過酷だった、次に筋肉である、これも重力に従順で自らを支えることを放棄していた<div>&nbsp;2ヶ月の間リハビリの先生が毎日、動かすことの出来る部位の運動を手伝ってはくれたものの、重力には無防備であった</div><br><div>&nbsp;まず起き上がる、そして立つ、更に歩く一才の赤ん坊に戻ったのだ、おまけにこの段階でも上半身は、簡易ギブスで身を覆っていた、歩行器に必死に捕まり当たり前のことが出来ない苛立ちと前はどうやっていただろう？そんな複雑な気持ちの中、不細工に毎日リハビリを行った</div><div>&nbsp;リハビリ室のドアには更紗が何時も待っていた、少し不安な顔と目が合えば笑顔をそしてがんばれというサインを送ってくれていた、病院でも更紗は人気者だった、可愛くお兄ちゃん思いな子として、しかし、看護師さんに『お兄ちゃん思いね』などと言われたら必ず『私妹ではありません、岳のお嫁さんですから』ときっぱり答えていた、みんなはそれも又可愛いと言っていたが等の本人はかなり真面目だったのである、病気は苦しかったものの人生でくくるならこんな幸せな時間はなかったのかもしれない</div>
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<pubDate>Tue, 09 Dec 2014 08:22:38 +0900</pubDate>
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<title>そして、そんな日課を15</title>
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<![CDATA[ &nbsp;今思い出した、もう一つ苦痛があった、入院が長期になることで勉強が遅れることを母は懸念していた、その為入院前と起き上がることができるようになってからは毎日時間が許す限り勉強をしいたのである、祖父も祖母もまずは療養と母を説得するものの筋金入りの頑固さには全く通用しなかった、おかげで学校に戻った時には数学は、1年分を終了していた<br><div>&nbsp;退院の目処がたった頃、一度自宅に外出する許可がでた、正直三ヶ月ぶりの自宅は何かよその家のようで、又守られた空間にずっといたためであろうか？小さな段差やドアの枠などに体をとられ、みんなは、まだ暫く病院にいた方が良いなどと勝手に相談する始末だった、それ以上に驚いたのは、更紗と瑠衣の専用の部屋がアパートの二階の東側の部屋に造られ、おまけにその部屋から直接内の家に繋がる廊下まで出来ていた事だ、最初もうこんなに内の自宅にいるなら家を改築し更紗の家族も同居すればと祖父も祖母も勧めたらしい、しかし、更紗の母親は、あまりにもそれではと遠慮するので、ならばと段々と家族四人では手狭だろうということでアパートの一室を改築し更紗と瑠衣の部屋を作ったらしい、結局家賃もとらず祖父も祖母も唯彼女達一家がいてくれるだけで良かったのだろう</div><div>&nbsp;その為夜中も玄関やリビングを通らず更紗達と行き来ができるようになった、それどころか夕飯は三家族でとるようになり、内のダイニングも改装し家具も変わっていた、祖父や祖母のこうした計らいで更紗の母親は、日中の仕事だけで何とかなっていったようである、そうしたことで三家族は何時も笑顔が絶えず賑やかだったのである</div><br>
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<pubDate>Tue, 09 Dec 2014 06:55:43 +0900</pubDate>
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<title>そして、そんな日課を13</title>
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<![CDATA[ もう一度、手術の頃に時間をもどそう、手術は2度行った、まず頚椎を前方から、そして翌年背後からである、最初の手術は、とんでもなく巨大化した腫瘍を取り出す為に関節を犠牲にし前方から摘出し、その後関節の復元が行えない為、自らの骨を移植し上下の脊髄を一体化すると言った物だった、術後は、2ヶ月程全く体を動かすことは出来ない、全くである、唯一許されたことは肘から先の腕の動きと膝から下の足の動きだけだった<br><div>&nbsp;頚椎を人工的に骨折させたのである、移植した骨が上下の骨を繋ぐまで唯天井を見て生活するのみだった、手術の前に随分と運動ができなかったことや、腫瘍の為左半身がかなり麻痺していたことや 色んな要素がからみ、動かせと命じられても不可能な状態でもあったけれど</div><div>&nbsp;唯そうした生活の苦痛はまだ耐えられた、どうしても我慢できなかったことが３つある、一つは今まで潰されていた神経達が不要な物を取り除くことで元に戻ろうとする際、とてつもない激痛が全身を襲うのだ、術後10日間は、ほとんどこの激痛の為、まともに起きていることすらできなかった、ブロック麻酔もあまり使用できず本当にこの期間は地獄だった、無意識に更紗や家族に何度も殺してくれと頼んだそうだ、だが生命とは不思議なもので問題を取り除くと一挙に生を活発化する、やがて痛みは外傷としての手術の後遺症のみとなっていった、二つ目は年頃であったことだ、ベットの上に仰向けに寝かされている僕は当然裸である、一応薄い布団はかぶせてはいるものの何かの処置のたびに裸に戻るのである、おまけにトイレに行けない為尿カテーテルは付いたままである、背中には、チューブが何本かついていたし、まあそういう状態がどうなっているか？どんな姿なのかが確認出来ない不安が何時もあった、とにかく恥ずかしい自分の姿を見られることが苦痛だった、３つ目は、食事がまともに出来ないのである、まず暖かい汁物は、飲むことが出来ない、多少冷めてもストローで吸うと汁のみしか有り付けない、そしてリハビリということも兼ね自らで食べる努力をしていたものの、手に掴める物しか食べることが出来ないのである、小さく刻んだものや液体的な物は駄目なのである、それ以上に感覚が回復し始めると食材の感覚が手に伝わることが気持ち悪くなっていった、そうした食事の方法がある意味惨めで囚人や奴隷、嫌それ以上で人間から動物におとしめられた気分になったのである</div><br><div>&nbsp;段々と言葉数も減っていった、反応が自分の中でも消えていく感じだった、更紗がいなければ多分術後の鬱病にかかったかもしれない、更紗はそんな僕の為に手作りで耳鼻科の先生が付けている頭にはめるミラーを作ってくれた、せめてテレビや窓の外が見れたらといって、世界が左右逆でもそれは僕にとってかけがえのない宝物だった</div><br>
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<pubDate>Sun, 07 Dec 2014 09:25:31 +0900</pubDate>
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<title>そして、そんな日課を12</title>
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<![CDATA[ &nbsp;手術をする前の年の年末、多分12月に入った頃、例年より早くインフルエンザが流行った、まず卓がかかり、そして瑠衣、それから彼女たちの母親、次にかかったのはぼくだった、アレルギーの関係で予防接種が出来ない僕に周りは人一倍気を使ってくれたものの結果はかなりな状態だった、高熱が出ると全身に電気を流されたような感覚になる、まるで拷問のようだ、起きてる間はずっと唸ってるような時間が続く、本当に辛かった、この時更紗は学校から帰った後時間が許す間は、僕のそばを離れなかった、どれだけ大人がインフルエンザなんだからと叱ってもガンとして僕のそばから離れようとはしない、宿題や勉強も僕のベットの脇でやるほどだった、更紗は何時も『岳のそばにいる』といい続けたのである<div>結局1週間ほどそうした時間が過ぎ幸いにも更紗にはうつることはなかった</div><br><div>&nbsp;なぜ更紗がこうも僕にこだわったのか？好きだからそんな言葉だけでは説明がつかない、しかし僕にとっては幸せだった、更紗が高校に入って2人でよく井の頭公園を散歩した時、更紗は子供時代のことを思い出して、『岳！ねぇ、あそこでよく瑠衣達と四人でバトミントンしたね』とか、『この道二人の足跡が少しづつ大きくなって重なってるね』とか振り返っていた、恋人達には、色んな思い出があるものの、僕らは人生の始まりからそうした物が重なり合える仲だったのである</div>
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<pubDate>Tue, 02 Dec 2014 10:38:44 +0900</pubDate>
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<title>そして、そんな日課を11</title>
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<![CDATA[ &nbsp;<span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">母は本当に三人が可愛くて仕方なかったようだ、だから姉や僕と同じように3人に接していた、仕事でパリやロンドンにいくと必ず5人分のお土産をわんさと買ってきたものだ、お土産の大抵は洋服で更紗達の普段着はほとんどが母のそうしたお土産だったのである、更紗も瑠衣もよく似合っていた、更紗も瑠衣も体は細く足などは関節がわからないくらいまっすぐできゃしゃだった、髪は二人とも黒く何時も短く、更紗は特におでこと大きな目、そして少し厚めの唇を持つ大きな口が白い肌によって際立っていた、母は何時も二人は大人になれば素敵なレディーになるわと皆んなに言っていた、実際中学を超えた頃からよく自宅に男の子達が手紙や交際を申し込みにきていた</span><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">&nbsp;卓は卓でとてつもなく勉強ができた、彼らは皆年子で更紗が2年生の時卓は幼稚園の年長で更紗が必死に九九を暗記してる時、卓は簡単にそれを覚えたほどである、瑠衣の算数の宿題の間違いを卓はよく指摘してたし、周りはそんな卓の将来を期待していたのである</span></div><div><div id="{C1041235-3E8D-41DD-B7C3-49211834E475:01}" style="text-align:left"><div id="{63A13105-8109-4F2E-8C2E-1D4065EAE3C8:01}" style="text-align:left"><br></div><div id="{63A13105-8109-4F2E-8C2E-1D4065EAE3C8:01}" style="text-align:left"><div align="left"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20141202/07/gakunagai59/1b/5f/j/o0480032013146840257.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20141202/07/gakunagai59/1b/5f/j/o0480032013146840257.jpg" alt="{63A13105-8109-4F2E-8C2E-1D4065EAE3C8:01}" width="300" height="200" border="0"></a></div></div></div><div id="{C1041235-3E8D-41DD-B7C3-49211834E475:01}" style="text-align:left"><br></div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">&nbsp;体のこともあり、あまり学校で友人ができなかった僕は、そんな三人との時間が大好きで、学校を終えると四人で宿題をしたり遊ぶのが日課だった、その為内は何時も賑やかで明るかった、更紗の母親は何時も内の母や祖父達に感謝してたものの、母たちはそれは逆だと言っていた、もし日本に戻ってきていなければ病気の僕を抱え3人でこんなに笑顔に過ごしてはいなかっただろうし、祖父達もこんなに忙しく賑やかな余生はおくれなかっただろうし、あの子達が天使であったことは間違いないことなのである</span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">&nbsp;そんなある日、その日は母は又通訳として出張に祖父は自分の病院に祖母は買い物、瑠衣と卓が何故いなかったのかは忘れたが自宅にいたのは、僕と更紗だけだった、酷い痛みが全身を襲うことはよくあったものの大抵は誰か大人がいて処置をしてくれたがその日はそうした訳で僕は仕方なく嵐が過ぎるのを我慢するしかなかった、が更紗は黙って冷蔵庫から座薬を持ってきて、落ち着いて処置をしてくれた、何故か恥ずかしくなかったし、自然な感じさえした、更紗はその後僕を抱えて、</span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">&nbsp;『岳私はずっと岳といる』そう言ったのである、それは、更紗がそれまで以上に特別な存在になった瞬間だったきがする、僕は痛みが治まっていく中で眠っていった、その後も更紗は僕を抱き抱えてたらしく、祖母は自宅に戻った時、リビングの西日の逆光の中で2人がそうしてることが何か神秘な感じがしたと母に言ったそうだ</span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></div>
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<pubDate>Sat, 29 Nov 2014 09:53:40 +0900</pubDate>
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