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<title>ガメゴジラのブログ</title>
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<description>大学非常勤講師、ひとり旅、46都道府県制覇。22kgダイエット！初マラソンの舞台が東京マラソン'12、かすみがうらマラソン'12 アクアラインマラソン'12 4度目の正直、大阪マラソン'12でサブ４達成！ PB：フル3:49:52 ハーフ1:44:34 10k47:21</description>
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<title>高校跡地</title>
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<![CDATA[ <p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20150730/11/gamegodzilla/e6/07/j/o0800053313380698169.jpg"><img style="FLOAT: left; CLEAR: both" border="0" alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20150730/11/gamegodzilla/e6/07/j/t02200147_0800053313380698169.jpg" width="220" height="146"></a>なぜここまで走って来たのだろう。母校の高校の坂の下。</p><p>佐倉のマラソン大会の打ち上げで久しぶりに同級生と飲み語らい、亡失していた文化祭で制作した8mm映画が見つかって、少し感傷的になってしまったのか・・</p><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20150730/11/gamegodzilla/87/30/j/o0800106713380696571.jpg"><img style="FLOAT: left; CLEAR: both" border="0" alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20150730/11/gamegodzilla/87/30/j/t02200293_0800106713380696571.jpg" width="220" height="293"></a>校舎へと続く坂道。</p><p>昔、部活でならしたように坂道ダッシュ5本ぐらい、かましてやるか。<br>・・・<br>喘ぎながら駆けのぼる坂道、思いは30年前に飛ぶ・・<br>「ラスト一本！」女子マネージャの励ます声に駆け上がったその場所には確かに白い校舎が夕日に照らされていたはずだ。 </p><p><br>少子化の問題もあって高校の統廃合が進む中、わが母校も廃校は免れたものの、交通の利便の良いニュータウン地区に移転の憂き目を見ることになった。22年に閉校式、一昨年校舎の取り壊しが行われ、今は更地になってしまった。<br>そこには行きかう人もいなければ、学校があったことを示す何物も残ってはいない。ただの静寂のみが支配する空間が広がっていた。 <br></p><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20150730/11/gamegodzilla/a2/0c/j/o0495027013380694810.jpg"><img style="FLOAT: left; CLEAR: both" border="0" alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20150730/11/gamegodzilla/a2/0c/j/t02200120_0495027013380694810.jpg" width="220" height="120"></a>三年間という短いながらも濃密な人間関係を醸してくれたわが学び舎に感謝！校舎はなくとも思い出はわれらが心の中に。</p><br><p>折から小雨が降り出しました。空も惜しんでくれますか・・<br></p>
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<link>https://ameblo.jp/gamegodzilla/entry-11268324429.html</link>
<pubDate>Sun, 31 Mar 2013 16:10:00 +0900</pubDate>
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<title>故郷を「カタカナ」で呼ばないために！ #原発</title>
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<![CDATA[ <p>日本語においてカタカナは主に外来語に使われる。また海外で認知された日本語もカタカナで表記されることがある。例えば「スシ」「カラオケ」数え上げればキリがない。</p><p>しかし、ことに地名がカタカナで表記されるに及んでは少々身構えざるえない。そう「ヒロシマ」「ナガサキ」そして震災・津波・原発事故の三重苦にあえぐ「フクシマ」・・いまや世界において「フクシマ」は誰もが知っている日本語になってしまった。「ツナミ」という言葉とともに。</p><br><p>関西電力・大飯原発の再起動問題。この度の東日本大震災の福島原発での想定外の被害が出るに及んでも、このような不毛な議論がなされていることにあきれ果てることしかできない。</p><br><p>危ないものは止める！議論の余地などはない。ストレステストの評価とか地元の理解とか、そんなものははるかに超えた次元の話なんだ。</p><br><p>夏場の電力不足、来るなら来い！昨年同様、日本国民一丸で乗り切ってやる。</p><p>少なくとも、福井を「フクイ」にしないために！、故郷を「カタカナ」で呼ばないために！</p>
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<link>https://ameblo.jp/gamegodzilla/entry-11213365773.html</link>
<pubDate>Wed, 04 Apr 2012 16:39:50 +0900</pubDate>
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<title>「病床六尺」89回目の誕生日</title>
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<![CDATA[ <div><div><div><div><font size="3">時計は0時を回った。この病室で日付をまたぐのは何日目だろう。きょう8月22日はかたわらに横たわる母の89回目の誕生日だ。大正11年生まれ。関東大震災経験者だ。これで2度の震災を乗り越えてきたわけだ。</font> </div><div><br></div><div class="mbl notesBlogText clearfix"><div><p><font size="3">入院当初は経過もよく、医師もその回復ぶりに驚異の目を見張り、家族もあわよくばお盆明け、遅くとも誕生日には家に帰れるだろうと楽観していた。だが事はそううまくは運ばず、一週間前に病状が悪化し、そののちは一進一退、きょうで入院18日目を迎える。</font></p><br><p><font size="3">「病床六尺」これが今の母の世界である。ただでさえ小柄な上にこの入院でさらに小さくなってしまった母には広すぎる。</font></p><p><font size="3">私は6人兄弟の末子、男3人、女3人よく産み分けたものだ。母が40歳の時の子だ。いわゆる「女四十の恥かきっ子」である。今でこそ高齢出産は珍しくもないが、早婚・早産が当たり前だった時代の言葉である。</font></p><p><font size="3">小学校の頃の同級生はみな若いお母さんたちで、子供ながらにそのことに引け目を感じていた。「お前のかあちゃん、年寄りだな」はっきり言う奴もいた。</font></p><p><font size="3">運動会の「親子競争」の時だ。同級生の前に母を連れ出すのがいやで、姉だったか、親戚の人だったかに代わりに出てくれるよう頼んだことがある。その時の母の気持ちやいかに、罪深い事をしてしまったと今も悔やまれ、心が痛い。</font></p><p><font size="3">その罪滅ぼしではないが、時間が許す限り「病床六尺」の傍らに付き添っていようと思う。</font></p><p><font size="3">今年は自宅と病院、場所は違えども一つ屋根の下で過ごすことができた。</font></p><p><font size="3">来年はそれがかなうだろうか？</font></p><p><font size="3">「病床六尺」を引き払い、90歳=「卆寿」の祝いを自宅で家族揃ってことほぐことができることを願ってやまない</font>。</p></div></div></div></div></div>
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<link>https://ameblo.jp/gamegodzilla/entry-11213417167.html</link>
<pubDate>Mon, 22 Aug 2011 00:00:15 +0900</pubDate>
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<title>思い出の地名</title>
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<![CDATA[ <div>もう27、8年前のことである。当時学生だった私はJRの車内販売（今はワゴンサービス）のバイトをしていた。</div><div class="mbl notesBlogText clearfix"><div><p>上野7:30発「ひたち5号」原ノ町（繁忙期は仙台）行き、常磐線の在来線特急である。距離が長いので一往復で当時10,000円と実入りがよかったので、よく乗務させてもらった。</p><p>売り上げの6～7割は茨城の水戸までで稼いでしまう。福島県に入り、平（現：いわき）過ぎれば乗客もまばらで、あとは終点まで実質「休憩」。仕事柄、車掌と仲良くなると、空席に座って休むことを許可してくれる。</p><p>「久ノ浜」駅に近づくと右手に雄大な太平洋が現れる。その車窓を楽しみながら列車は私を終点へと運ぶ。</p><p>「富岡」「大野」「双葉」「浪江」「小高」そして終点「原ノ町」。今でも駅名は空で言えてしまう。</p><br><p>そうこの地名・・今、地震・津波・原発の三重苦の被害にあえぐ街だ。</p><p>連日、この思い出の地名を聞くにつけ、当時の静かな海とのどかな田園風景を知っているだけに、こころ穏やかではない。</p><p>あの風景はもうそこにはないのだろう。</p><br><p>この未曽有の大惨事から復興を遂げるにはあと何年かかるか想像だにできない。ただ絶対に我々はそれを成し遂げる。これが今回命を落とされた方々への「弔い合戦」だ。</p><br><p>何もできない自分にやきもきしても始まらない。我々にできることは、人や金、物資を送り込み、後方からの支援体制を整えること。それしかあるまい。</p><br><p>見事復興を遂げたなら、もう一度この街を訪ねてみよう。そこにはきっと昔と変わらぬ風景があるはずだ。</p></div></div><br>
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<link>https://ameblo.jp/gamegodzilla/entry-11213381159.html</link>
<pubDate>Wed, 16 Mar 2011 17:19:49 +0900</pubDate>
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