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<title>祈りの園</title>
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<description>祈りの園は、経験を分かち合うにせよ、啓きがあるにせよ、私たちは皆神様の前に来て、私たちの神様に祈るべきです。こちらはあなたのディボーションする最も静かなところです。</description>
<language>ja</language>
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<title>奇跡！医学的に不妊と診断されたあと、彼女は元気な赤ちゃんを産んだ　(II)</title>
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<![CDATA[ <p><br>　ある日、小慧は突然吐き気を覚えました。悪いものを食べたせいでのぼせてしまったためではないかと思い、漢方薬を二種類処方してもらったのですが、それを飲んだあとも吐き気はひどくなるばかりでした。そのとき初めて、小慧はこう考えました。私は妊娠しているのではないか。しかし、次にこう思いました。「そんなことがどうしてあり得るの。二年間も不妊治療を受けて結局だめだったし、どうして妊娠なんてできるの」そうは言うものの、純粋な好奇心から妊娠検査を受けたところ、結果は陽性でした。彼女は興奮のあまり空中に飛び上がりそうになりました。本当にすごい！　妊娠しようと三年間頑張ったのに、結果は失敗だった。妊娠して子どもを授かる計画を完全にあきらめ、すべてを神様の支配と采配に託したところ、本当に妊娠した。これが奇跡でなくて何でしょう。彼女は、<b><a href="https://www.bible-jp.org/Isaac_s-burnt-offering.html" target="_blank">アブラハム</a></b>が百歳で息子を授かったという、祖母が語ってくれた<b><a href="https://www.bible-jp.org/" target="_blank">聖書</a></b>の物語を思い出しました。そして、自分が今日妊娠したのは神様の権威とお力の表われだということに気づきました。小慧は心の中で制御不能な喜びを感じました。神様に感謝と賛美を捧げ、人間の出来事はすべて神様の支配と采配の一部なのだと、これまで以上に確信しました。</p><p>　小慧は妊娠の喜びに浸りましたが、新たな問題が次から次へと起こりました。流産の可能性が高く、それを防ぐためにプロゲステロンを経口摂取する必要があると医師から言われたのです。また胎児が正常に成長しているかどうかを観察するために定期検査を受けなければならず、もし正常に成長していなければ中絶する必要がありました。また医師は小慧に、妊娠中に自分の知らないところで飲んだ二つの漢方薬が胎児に影響を与えているかもしれないと告げ、先んじて中絶するよう提案しました。医師の言葉は小慧にとって大きな打撃で、途方に暮れました。自分の状態を考えれば妊娠するのは難しく、この「予期せぬ」妊娠は奇跡だと知っていたのです。彼女は心配しました。中絶すれば再び妊娠することはないだろう。でも中絶しなければ奇形児を出産するかもしれない。彼女は不安でした。病院は子宮収縮抑制薬を処方してくれたものの、それがうまくいくと安心させるものは何もなく、どうすればいいかわかりませんでした。<br>&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><img alt="妊娠の喜び" data-ll-status="loaded" height="360" sizes="(max-width: 640px) 100vw, 640px" src="https://www.bible-jp.org/wp-content/uploads/2019/09/grace-witness-2.jpg" srcset="https://www.bible-jp.org/wp-content/uploads/2019/09/grace-witness-2.jpg 640w, https://www.bible-jp.org/wp-content/uploads/2019/09/grace-witness-2-300x169.jpg 300w" width="640"><br>&nbsp;</p><p>　ある集会で、小慧は胎児に関する自分の不安と心配を語りました。すると姉妹が神様の御言葉の一節を辛抱強く探して彼女に伝えました。小慧はそれを読みました。<strong>「科学は人のために何をしますか。科学が人にするのは、対象物を物理的世界において見ることができるようにすることだけで、単に人間の好奇心を満たすに過ぎません。それは人間に神が万物を支配している法則を見せてはくれません。人間は科学に解答を見出しているようですが、その解答は不可解で、一時的な満足感、人間の心を物理的世界に閉じ込めることだけに役立つ満足感をもたらすだけです。人間は既に科学に解答を見出したと感じているので、どのような問題が起きようとも、科学的意見に基づいてそれを証明したり受け入れようとします。人間の心は科学に取りつかれたようになり、科学に魅惑されるあまり、もはや神を知り、神を拝み、万物は神から来て、解答を得るには人は神に向かうべきであると信じる心をもたなくなります。」</strong><br>&nbsp;</p><p>　姉妹はこう語りました。「私たちが科学を崇拝して頼るのは、科学の意見や論法が心に植え付けられているからです。例えば、『科学は万能である』とか『科学は至上である』とかいう考えのために、私たちは病気になったとき、神様の御心を探し求めて御前へ赴くよりも、医者に会って科学に頼るべきだと考えています。科学や医学が問題を解決できないとき、私たちは絶望と苦痛にさいなまれます。それと同じく、あなたは自分の病状を経験する中で、妊娠する可能性はないと医者から言われたとき、義両親が自分を見下すのではないかと恐れて不安になり、そのため苦しみの中で過ごし、あたかも救命具のように医者のところへ行きました。その医者が、あなたの飲んだ薬が赤ちゃんに影響を与えるかもしれないと言って、中絶するよう勧めてきたとき、あなたは神様の御言葉と行ないを心の裏側に置いて、神様から授かった子どもが健康でないのではないかと不安になりながら、不安と苦悩の中で過ごしたのです。事実は、人間は神様によって造られ、各人の身体の欠陥や将来何が起きるかはすべて神様によって操作され、神様は人々のためにとても正確なご準備をなさっているのです。私たちは神様のお言葉から、科学は真理でなく人々を救えないこと、それは人々を堕落させ、混乱させ、誤った方向へ導くだけだということを知るので、自分から苦痛を取り除きたければ、物事を行なう原則として神様のお言葉を受け入れ、科学を正しく扱うとともに、盲目的に従ってはいけません。現状において、あなたは胎児を守るために必要なことを行ない、予定通り検査に行きなさい。でも胎児の運命を神様に託して<b><a href="https://www.bible-jp.org/how-to-pray-Lord.html" target="_blank">祈り</a></b>、子どもが健康に生まれるかどうかにかかわらず、神様の采配に従いなさい。そうすれば、これ以上苦しみのうちに過ごすことはなくなります」<br>&nbsp;</p><p>　神様の御言葉を読んで姉妹の話を聞いたあと、小慧の心は明るくなりました。彼女は深く感動してこう考えました。「その通りだわ。私は神様の全能性と支配をわかっていなくて、科学に頼り盲目的に従うことで人生を惨めなものにしてしまいました。でも、おばあちゃんが神様の御言葉を何度も私に読んで伝えてくれたこと、それに姉妹のお話と助けのおかげで、神様が指揮なさることやお定めになることについての認識が得られ、これからは自分が遭遇した問題を正しく扱うようになり、サタンによってもてあそばれたり害を受けたりすることはないでしょう。実際、私はホルモン療法をやめたあと奇跡的に妊娠したことの中に、神様の権威を見ました。そして、神様の権威の前では科学も医学も取るに足りないということを個人的に体験しました。いまお医者さんは、胎児が健康でいられるように薬を飲むことを勧めていますし、異常があれば中絶しなくてはならないと言っています。そうして私はその件で心配と不安を抱えるようになりましたが、そのことは、私がまだ神様の権威を信じていないことと、神様がすべてを支配なさっていることを証明しているのです。私は神様に祈って胎児を託そうと思いますが、それと同時に、胎児が健康でいられるように数週間は薬を飲むつもりです。私は、神様が結果を采配なさるのに任せようと思います」<br>&nbsp;</p><p>　その後、小慧の心は穏やかになり、胎児について心配したり不安になったりするのをやめました。病院で行なわれた三度目の検査で、プロゲステロンレベルが正常であることが確かめられ、妊娠中に行なわれたすべての定期検査でも、胎児に関することはどれも正常でした。彼女は神様が自分を守り気にかけていらっしゃることを知り、心の中は神様への感謝で一杯でした。<br>&nbsp;</p><p>　2018年1月、小慧は無事に出産し、神様はかわいらしい男の子をお授けになりました。出生後の継続検査で、小児科医はビリルビンレベルを調べ、数値が高いので治療のために病院にとどまる必要があると告げました。状態を改善させられなければ黄疸になってしまい、そうなれば脳に障害が残って知能に影響を及ぼすというのです。医師の診断は小慧にとって非常に深刻に聞こえ、病院にいなければ息子の知能が影響を受けるかもしれないと不安になり、神様に祈りました。「神様、あなたはこの子を授けてくださいました。この子の病気も何もかも、あなたの御手の中にあります。この子のビリルビンレベルが上昇して脳に害を及ぼすかどうかは、お医者さんでなくあなた次第です。結果がどうあれ、私はあなたの支配と采配に従います」祈り終えたあと、彼女の頭に神様の御言葉が浮かびました。<strong>「生けるものも死せるものも、ありとあらゆるものが、神の思いによって、移ろい、変化し、新しくされ、消え去るのである。これが、神が萬物を支配する方法である。」</strong>神様の御言葉は小慧の<b><a href="https://www.bible-jp.org/true-faith.html" target="_blank">信仰</a></b>を強め、彼女は我が子を神様に託すことに決めました。半月後、検査のために息子を再び病院へ連れて行き、ビリルビンレベルが正常であるとわかったとき、小慧はまたしても、神様の支配とお力がどこにでもあること、神様だけが本当に頼る価値があることを知りました。病院にいた他の母親と話しながら、彼女たちの子どももビリルビンレベルがとても高いために、継続治療のため入院し続けなければならないことを知りました。小慧は神様への信仰の中で大いに喜びましたが、それはこれ以上の出費をする必要がないからだけではなく、我が子が苦しい思いをせず、また自分自身もその不安と心配に苦しむ必要がないからでもありました。<br>&nbsp;</p><p>　不妊から妊娠、そして元気な子をこの世に送り出した道のりの中で、小慧は個人的な体験をして、神様の全能性と支配が実際のものであること、神様の御言葉は人々が生き続ける動機であること、そして科学は<b><a href="https://www.bible-jp.org/the-way-the-the-truth-the-life.html" target="_blank">真理</a></b>でなく、人々を救うことも個人の運命を変えることもできないと感じました。神様だけが人々のいのちの源であり、人類の運命を定めて指揮なさるのであり、人々が何を持ち何を持たないかはすべて神様次第なのです。いつの日か、神様への信仰と崇拝の光の中を歩き、神様のご配慮と保護の下で暮らすことを小慧は待ち望みました。<br><br>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/gardenprayer/entry-12641499755.html</link>
<pubDate>Wed, 02 Dec 2020 09:50:50 +0900</pubDate>
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<title>奇跡！医学的に不妊と診断されたあと、彼女は元気な赤ちゃんを産んだ(I)</title>
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<![CDATA[ <p><br>　広く明るいリビングにはベビーベッドがあって、生後六ヶ月の赤ちゃんが小さな口で小さな指をしゃぶりながら、幸せそうに横たわっていました。小慧はソファーに座り、それまで決して自分の顔を飾ることがなかった笑みを浮かべながら、その光景を見ていました。<br>&nbsp;</p><p>　かつて不妊だった小慧が元気な赤ちゃんを産めたのは、科学的処置や医療の結果ではありませんでした。それは神様によって彼女に与えられたいのちなのです。医療を探し求めた二年以上にわたるつらさを振り返ると、彼女は複雑な感情で一杯になりました。<br>&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><img alt="奇跡！医学的に不妊と診断されたあと、彼女は元気な赤ちゃんを産んだ" data-ll-status="loaded" height="360" sizes="(max-width: 640px) 100vw, 640px" src="https://www.bible-jp.org/wp-content/uploads/2019/09/grace-witness-1.jpg" srcset="https://www.bible-jp.org/wp-content/uploads/2019/09/grace-witness-1.jpg 640w, https://www.bible-jp.org/wp-content/uploads/2019/09/grace-witness-1-300x169.jpg 300w" width="640"><br>&nbsp;</p><p>　二十代前半のころ、小慧は二年間交際したボーイフレンドと結婚し、結婚後は夫の愛と献身に恵まれましたが、かわいい赤ちゃんを産んで家庭を始める夢を叶えることも楽しみにしていました。しかし小慧はどうしても妊娠できず、その理由を確かめようと病院に行ったところ、医師からこう告げられました。<br>&nbsp;</p><p>　「先天性卵巣形成不全が治癒する可能性は極めて低いです」これはどうしても子どもを欲しがっていた小慧にとって苦痛に満ちた打撃となりました。彼女は息の下で自分にこう言いました。「どうしてこんなことになるの。子どもを産めない女なんて誰が尊敬するでしょう。子どもを産めなかったら、将来、夫はそれでも私を望むかしら。それにお義母さんも孫と会うのを心待ちにしているし」涙が頬を伝い落ちる中、小慧は後ろ向きで惨めな思いに捕らわれました。<br>&nbsp;</p><p>　「先生、現在の医学はとても進んでいますし、私の状態がよくなって妊娠できる可能性が低いのはわかっていますが、それでも治すために全力を尽くしたいんです。先生、お願いですから助けてください！」子どもを産む望みがすべてその医師にかかっているかのように、小慧は懇願しました。医師は最先端の赤外線加温殺菌治療を小慧に施し、薬を処方しましたが、半年間にわたる治療を行ない、三万元の費用をかけてもなお、小慧の病状は変わりませんでした。まったく改善していなかったのです。小慧はひどい無力感を覚えました。自分の病状に対して本当に治療法はないのだろうか。小慧は、必要な器具を完備し、国内最先端の技能を有する医師がいる病院で治療を試みたいと望みました。そこに必ず答えがあるはずだと考えたのです。そこで彼女は情報を集め、治療を求めて有名な国立病院へと向かいました。<br>&nbsp;</p><p>　しかし医師は、彼女が持ち込んだ資料に素早く目を通し、病状やこれまでの治療歴についていくつか簡単な質問をしたあと、こう言いました。「あなたはずっと生理が弱く、卵巣も数ミリほどの長さしかなくて、エストロゲンも少ないです。あなたの病歴と検査結果も、先天性卵巣形成不全という診断と一致しています。だから新たな検査は行ないません。その代わり、人工的に生理を誘発するため、人工プロゲステロンを使うことにします」しかし二ヶ月にわたる治療を経ても病状が改善することはなく、薬の副作用のせいで食欲を失いました。痛みと苦しみがひどいため、薬をとり続けることもできませんでした。しかし小慧は諦めたくはありませんでした。数多くの不妊を見事に治療した病院や医師について、インターネットの記事を読んだりテレビや広告で見たりしましたが、そのすべてを頭に思い浮かべ、次の回復例となることを夢見ました。彼女は最後の希望にかき立てられて、名の通った二つの大病院に行きました。診察のあと、有名な医師がこう言いました。「あなたのエストロゲンレベルはとても低いので、生涯にわたってホルモン補充療法を行なわなければならないでしょう。治療をやめることはできません。さもないと老化が早まります」その言葉が傷口にすり込まれた塩のようだということに、疑問の余地はありませんでした。自分の病状が生涯にわたるホルモン補充療法を必要とするとは、想像できたはずがありません。小慧は失望を覚え、医師の言葉に耳を傾けてもう半年治療を行なうしか選択肢はありませんでした。しかし再検査を行なったとき、彼女の卵巣は小さすぎるままで、成長した卵子も見られませんでした。小慧は完全に絶望しました。<br>&nbsp;</p><p>　小慧は呆然としながら最終検査の結果を見つめました。過去二年間、彼女は仕事で貯めた十万元をすべて治療に費やしました。また、治療のために苦しい思いをしてきたことも記憶に鮮明でした。医師の指示通りに検査を受け、薬を飲み、注射をされ、そのすべてについて細かな点までまったくおろそかにしませんでした。冬の寒さや夏の暑さの中でも予約した検査には必ず行き、どれほどの距離を旅したか、どれほど多くの血を抜かれたか、何回注射を受けたり薬を飲んだりしてきたか、思い出せないほどでした。しかし結局、彼女の病状はこれっぽっちも改善していなかったのです。その代わり、肉体的にも精神的にも疲れ果て、苦痛にさいなまれ、またホルモンを長期投与したことによる副作用のせいで、体重が元々の四十五キロから六十キロに増えました。サイズも何段階か大きくなりました。満月のようになった顔と膨れ上がった身体を鏡で見たとき、それまで経験したことのない失望を感じました。それまでずっと、医学と科学には権威があると思っていましたが、想像するほど素晴らしいものではなかったのです。その瞬間、彼女は頼るものが何もないかのように感じ、悲しみと絶望に捕らわれました。<br>&nbsp;</p><p>　その夜、小慧は眠ることができずにベッドの中で寝返りをうっていました。窓の外に広がる夜の暗闇を見ていると、自分が無力に感じられ、両目の端から涙が静かに枕へ流れ落ちました。<br>&nbsp;</p><p>　小慧の祖母はいつも孫娘への気遣いを見せていましたが、彼女の家を訪れたところ、小慧が不妊のせいでどれほど苦しみ絶望しているかを知りました。祖母は優しくこうアドバイスしました。「小慧、これまでの数年間、不妊を治すためにあなたがどれほど苦しんできたか、どんなことを経験してきたか、私はわかってますよ。あなたがそのすべてを耐えているのを見て、とても心配だったのよ」小慧は無言のまま涙がこぼれ落ちるのを我慢しました。祖母は続けました。「実は、妊娠するかどうかについて私たちに選択肢はないの。私たちも、それにお医者さんや科学もそれをコントロールすることはできなくて、神様だけがおできになるのよ。あなたは神様を信じるべきだわ。神様の御言葉は、私たちが人生で出会う問題や困難をすべて解決できるんですから」祖母の言葉に小慧は慰められ、心が穏やかになるのを感じました。<br>&nbsp;</p><p>　祖母はさらに続けました。「小慧、神様の御言葉を読んで、子どもを授かることについて何と言っているか見てみましょう」小慧は神様の御言葉の本を手に取って読みました。<strong>「人間の計画や幻想は完璧であるが、自分の子の人数や自分の子の容姿、能力などは自分で決められず、…人間は、自分の子孫のために一切努力を惜しまないが、最終的には、自分がもうける子の人数や、その子がどのような子であるかは、その者の計画や願望通りにはならない。貧しいながら多くの子を授かる者もいれば、裕福ながら子を授からない者もいる。娘を欲しがっていてもその願いが叶わない者や、息子を欲しがっても息子が出来ない者もいる。」</strong><br>&nbsp;</p><p>　祖母はこう教えました。「神様の御言葉がそのことをどう説明しているか、はっきりわかるわね。私たちが子どもを授かるかどうか、その子が男の子か女の子か、どんな外見になるか、そして将来どんなことをするのかは、私たちにもお医者さんにもどうにもできないの。できるだけ早く子どもを産みたいと願った、あなた自身の努力を振り返りましょう。あなたは医学的な治療を求め、最先端の治療を受けるためにあらゆる大病院に行ったわね。自分にできることは何でもしたけれど、すべて無駄に終わった。小慧、私たちは人間には頼れないの。神様に頼るとき初めて、奇跡が起こるのを見られるのよ。<b><a href="https://www.bible-jp.org/Isaac_s-burnt-offering.html" target="_blank">アブラハム</a></b>が百歳のとき妻のサラはもう九十歳だったけど、神様はイサクという名の息子をお与えになった。一年後、子どもを授かるなんて生物学的に無理だと私たちには思える年齢で、サラは本当にアブラハムの息子イサクを産んだのよ。神様の権威は、私たちの頭では理解できないの」。<br>&nbsp;</p><p>　祖母の話を聞いたあと、小慧は治療を受けた自分の経験と、あらゆる可能な方法を考えてすべての大病院に行ったものの、結局まだ妊娠できていないことを思い起こしました。小慧は神様の御言葉と祖母の教えを受け入れました。<br>&nbsp;</p><p>　「小慧、自分の病状をよくしようとして、これ以上問題を抱え込んではだめよ。あなたが子どもを授かると神様がお決めになったら、遅かれ早かれ妊娠するわ。ただ誠実にそれと向き合い、神様に祈って頼り、神様のご支配と運命に従いなさい。そうすれば、もう心配したり苦しんだりすることはないし、幸せに楽しく生きることができるわ」。<br>&nbsp;</p><p>　その瞬間、自分が子どもを授かるかどうか、あるいはいつ授かるかは、自分で計画したり準備したりできることではなく、また努力や医療によって変えられるものでもないことを、小慧は理解し始めました。祖母の助けを借りて神様への服従の<b><a href="https://www.bible-jp.org/how-to-pray-Lord.html" target="_blank">祈り</a></b>を唱えると、これまでにないほどのくつろぎと落ち着きを感じました。他人が自分をどう思っているか、義両親と夫が自分をどう扱うだろうか、もはや気になりませんでした。その後、彼女は子どもを授かる能力を医学に託さず神様の手に委ね、神様が指揮と采配をなさるのに任せました。彼女は自由時間に両親の家に行き、祖母と一緒に神様の御言葉を読んだり、神様を讃える<b><a href="https://www.bible-jp.org/category/Christian-movies/hymn-videos" target="_blank">賛美歌</a></b>を歌ったりして、心の奥深くで神様の平和と喜びを感じました。<br><br><style type="text/css"><!--td {border: 1px solid #ccc;}br {mso-data-placement:same-cell;}--></style>　もっと注目：<style type="text/css"><!--td {border: 1px solid #ccc;}br {mso-data-placement:same-cell;}--></style>あなたのために<style type="text/css"><!--td {border: 1px solid #ccc;}br {mso-data-placement:same-cell;}--></style><a href="https://www.bible-jp.org/" rel="noopener noreferrer" target="_blank">聖書</a>に関するより多くの文章を推薦します。<br>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/gardenprayer/entry-12641463149.html</link>
<pubDate>Tue, 01 Dec 2020 21:11:20 +0900</pubDate>
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<title>心の奥の秘密</title>
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<![CDATA[ <p><br>　2006年春、私はあまりにも「イエスマン」すぎるという理由で指導者の地位を剥奪され、故郷に送り返されました。故郷に戻るとすぐ、苦悩と苦痛の試練に陥りました。指導者として何年も働いた後、「イエスマン」だという理由で下り坂を転がり落ちることになるとは思ってもいなかったのです。私は、「これで私も終わりだ。親しい人はみんな私の失敗を知り、私は教会で悪い例として取りあげられるだろう。そうなれば、どうして他の人と顔を合わせることができるだろう」と思いました。考えれば考えるほど消極的になり、ついには<a href="https://jp.godfootsteps.org/reality-of-the-truth-1.html" target="_blank" title="真理とは何か。聖書の知識と教義とは何か。">真理</a>を求め続ける信念まで失ってしまいました。しかし、ここ数年の間に払った犠牲や、自分が費やしたことを振り返ると諦めきれず、こう考えました。「自分自身に完全に見切りをつけ、失敗を受け入れてしまったら、今までの努力がすべて無駄になるのではないか。そうしたら、人々は私をさらに見くびるのではないか。そんなわけにはいかない。毅然とした態度をとり、人から見下されないようにしなくてはいけない。これからは、どれだけの努力が必要になっても、どれだけ不当な扱いを受けても、元気を出して頑張るしかない。中途半端で終わるわけにはいかない。失敗から得た教訓を忘れず、真理を求めることに集中していれば、また指導者になれる日が来るかもしれない」こう考えていると、消極的な考えや悲しみがすべて薄れてゆき、真理を追い求める新たな活力を感じました。<br>&nbsp;</p><p>　私はその時から、自分が過去に犯した過ちを反省して洞察しながら、毎日長時間にわたって積極的に<b><a href="https://jp.godfootsteps.org/books.html" target="_blank">神の言葉</a></b>を飲み食いし、自分に真理を備えました。説教の文章に加え、自分のいのちの経験を詳しく記したエッセイを無数に執筆しました。その後しばらくして、二つのエッセイが選ばれたことを知り、自分の追求により強い信念を抱くことができました。私は内心、「この調子で働き続けていれば、すぐにでも夢が現実となるだろう」と考えました。このようにして追求を続け、自分の状態がおおむね「普通」に戻ったと安心していました。<br>&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><img alt="心の奥の秘密" height="346" loading="lazy" sizes="(max-width: 615px) 100vw, 615px" src="https://jp.godfootsteps.org/wp-content/uploads/the-secret-held-deep-within-my-heart.jpg" srcset="https://jp.godfootsteps.org/wp-content/uploads/the-secret-held-deep-within-my-heart.jpg 615w, https://jp.godfootsteps.org/wp-content/uploads/the-secret-held-deep-within-my-heart-480x270.jpg 480w, https://jp.godfootsteps.org/wp-content/uploads/the-secret-held-deep-within-my-heart-150x84.jpg 150w" width="615"><br>&nbsp;</p><p>　ある日、ディボーションに取り組んでいたときのこと、私は神様の御言葉のある一節に引きつけられました。「<strong>自分を認識しようとするなら、自分の本当の状態を理解しなければなりません。自分の状態を理解する上で最も重要なのは、自分の思いや考えを把握することです。あらゆる時代において、人の考えは一つの大きな事柄によって支配されてきました。自分の考えを把握できれば、その背後にあるものを把握できます。</strong>」（『<b><a href="https://jp.godfootsteps.org/books.html" target="_blank">キリストの言葉</a></b>の記録』の「常に神に対して要求がある者は最も理知に欠ける」より）神様の御言葉を振り返っていたところ、突然次の疑問が湧きました。「今、何が私の思考を支配しているのだろう。私の思考の裏に何が隠れているのだろう」自分の思考過程を慎重に振り返りだすと、神様のお導きがあり、解任されて以来、自分の思考が「以前の評判と地位を頑張って取り戻し、自立しなければならない。他の人たちから見下され続けるわけにはいかない」という欲求に支配されてきたのだと気づくようになりました。この思考は精神的支柱のようなもので、それによって絶望の試練を耐え抜くことができ、目標を追求する気力を得てきました。私はこの思考を念頭に置いて、「侮辱と屈辱」を絶え間なく浴びながらも、「確固として揺るぎない」姿勢を保ち続けてきたのです。その瞬間、自分の追求は不純で、私欲にまみれ、まったく前向きでないことに気づきました。</p><p>振り返ってみると、神様は私を暴かれることで、私が断固として率直に真理を追い求め、悪と罪を捨て去り、神様の<a href="https://jp.godfootsteps.org/salvation-1.html" target="_blank" title="救われることとは何か。完全な救いとは何か。">救い</a>にあずかれるよう、自分を見つめ直して自身のサタン的本性を理解できるようにしてくださったのだとわかります。しかし、私は神様の救いという賜物に感謝せず、悪事を働いた自分を憎むこともしませんでした。その上、神様のご期待に沿えなかった自分を責めたり、それを悔いたりすることもありませんでした。それどころか、「何としても勝利を手にする」という傲慢な本性に突き動かされてこの陰謀計画に精力を傾け、復活して指導者に再び任命され、自分がすっかり台無しにした評判を取り戻す日のことしか考えていませんでした。実質的には、人々から称賛され尊敬される姿を再構築しようと望んでいたのです。私は極めて傲慢で、心の中に神様への畏れや畏怖はこれっぽっちもありませんでした。私は神様の指揮と采配に逆らっていたのではないでしょうか。自分を神様と敵対させていたのではないでしょうか。自分の以前の状態を振り返ると本当にぞっとします。自分の思考の裏にこのような狂気じみた野心が隠れていたとは思ってもいませんでした。神様が「<strong>自分の考えを把握できれば、その背後にあるものを把握できます</strong>」とおっしゃったのも納得できます。まさにその通りです。以前私は、自分の思考はつかの間の観念に過ぎないと考え、時間を割いて分析したり理解したりしようとはしませんでした。今になって初めて、自分の思考を把握し、心の奥底に潜む物事を積極的に分析することが、自分の内なる本性を理解するにあたって大いに重要なのだとわかります。<br>&nbsp;</p><p>　この啓示をもたらしてくださった神様に感謝いたします。おかげで私は盲目な状態から脱することができました。さもなければ、依然として自分の誤りに目をくらまされ、盲目な野心を胸に、差し迫る自身の破滅に向かって突進していたことでしょう。何と恐ろしいことでしょう。またこの過程を通して、神様は指導者から解任なさることで私を守り、<b><a href="https://jp.godfootsteps.org/tag/the-salvation-of-God" target="_blank">救い</a></b>を授けてくださったのだともわかりました。これほど傲慢と野心に満ちていた私が、神様の刑罰と裁きによる苦難の試練を受けていなければ、必ずや反キリストになり、自分の破滅を招いたことでしょう。愛しき神様、私は不正な追求をすべてやめ、傲慢と野心を捨て去り、あなたのあらゆる指揮に従うことを誓います。そして熱心に真理を追い求め、あらゆる本分を尽くし、本物かつ真実の人として生き、あなたの心をお慰めして参ります。<br>&nbsp;</p><p style="text-align: right;">山東省臨沂市 無知<br>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/gardenprayer/entry-12641068476.html</link>
<pubDate>Mon, 30 Nov 2020 09:49:34 +0900</pubDate>
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<title>キリスト教讃美歌「万象は神の手の中にある」歌詞付き</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><iframe allowfullscreen class="youtube_iframe" frameborder="0" height="274" src="https://www.youtube.com/embed/vx9TCBabi10" width="488"></iframe></p><h4><b><a href="https://www.bible-jp.org/what-is-Christ.html" target="_blank">キリスト</a></b>教<b><a href="https://www.bible-jp.org/category/Christian-movies/hymn-videos" target="_blank">讃美歌</a></b>「万象は神の手の中にある」歌詞付き<br>神はかつて言った<br>神の言葉は作用し必ず成就する<br>かつて神はそう言った<br>誰にもそれは変えられない<br>過去の言葉も未来の言葉も<br>全ての言葉が成就される<br>神が宇宙の万象を定めることを<br>全ての者が見ることが出来る<br>神の手の中に無いものがあるか<br>神が言った事は全て成し遂げられるだろう<br>誰が神の意志を変えられるか<br>神の計画の進行を妨げる物は無い<br>神は常に働いている<br>万物は神の手の中にある</h4><p>&nbsp;</p><p>神は常に<b><a href="https://www.bible-jp.org/2-misconceptions-about-salvation.html" target="_blank">救い</a></b>の計画に携わる<br>誰が妨げられよう<br>神は今も全てを指揮する<br>現在の物事の状態は<br>神の計画と展望の中<br>神が宇宙の万象を定めることを<br>全ての者が見ることが出来る<br>神の手の中に無いものがあるか<br>神が言った事は全て成し遂げられるだろう<br>誰が神の意志を変えられるか<br>神の計画の進行を妨げる物は無い<br>神は常に働いている<br>万物は神の手の中にある</p><p>それは神が予め定めていたこと<br>かつて神が言ったこと<br>神の民は神の声を聞く<br>神を真に愛している者は<br>みな神の座の前に戻る<br>神が宇宙の万象を定めることを<br>全ての者が見ることが出来る<br>神の手の中に無いものがあるか<br>神が言った事は全て成し遂げられるだろう<br>誰が神の意志を変えられるか<br>神の計画の進行を妨げる物は無い<br>神は常に働いている<br>万物は神の手の中にある<br>『小羊に従って新しい歌を歌おう』より</p>
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<link>https://ameblo.jp/gardenprayer/entry-12641065352.html</link>
<pubDate>Sun, 29 Nov 2020 22:09:11 +0900</pubDate>
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<title>神に頼って家族が阻む日々を乗り越えてきた(II)</title>
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<![CDATA[ <p><br>　そして、姉妹は神の御言葉から次の二節を私に読んでくれました。<strong>「ノアの箱舟の時代を振り返って見よう。人類はひどく堕落し、</strong><b><a href="https://www.bible-jp.org/God-blessings.html" target="_blank">神の祝福</a></b><strong>から迷い出てしまっていた。もはや神の配慮は得られず、神の約束を失ってしまっていた。闇の中を、神の光のないまま生きていた。そうして彼らの性質は放縦となり、おぞましい堕落に身を任せた。……ノアだけが神を礼拝し、悪を避けたので、神の声を聞くことができ、神の指示を聞くことができた。ノアは神の言葉の指示に従って箱舟を建て、あらゆる種類の生物を集めた。こうして一旦全ての準備が整うと、神は世界に破滅をもたらした。ノアとその家族７人だけが破滅を逃れて生き残ったが、それはノアがヤーウェを礼拝し、悪を避けたからであった。」「それでは現代に目を向けてみよう。ノアのように神を礼拝し、悪を避けることのできる正しい人はいなくなってしまった。それでもなお、神はこうした人類に対して恵み深く、この終末の時代においても人類の罪を赦す。神は神の現われを切望する人々を探し求める。神は神の言葉を聞くことができる人々、神の任務を忘れず、心と体を神に捧げる人々を探し求める。神は神の前で赤子のように従順で、神を反抗しない人々を探し求める。あなたが何ものにも妨げられずに神に献身するならば、神はあなたを好意の眼差しで見、祝福を授けるだろう。」</strong><br>&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><img alt="神に頼って家族が阻む日々を乗り越えてきた(II)" data-ll-status="loaded" height="360" sizes="(max-width: 640px) 100vw, 640px" src="https://www.bible-jp.org/wp-content/uploads/2019/08/overcoming-satan-2.jpg" srcset="https://www.bible-jp.org/wp-content/uploads/2019/08/overcoming-satan-2.jpg 640w, https://www.bible-jp.org/wp-content/uploads/2019/08/overcoming-satan-2-300x169.jpg 300w" width="640">&nbsp;<br>&nbsp;</p><p>　姉妹はこう言いました。「おばさん、誰もが知っての通り、ノアの生きた時代は人間の悪と堕落で満ちていたため、神は洪水を使って人類を滅ぼすることにされました。しかし、人類を滅ぼす前に、神はノアに箱舟を造り、同時に人々に福音を宣べ伝えるよう命じられました。しかし、当時の人々はノアの言葉を信じず、神が洪水で世界を滅ぼされるなどなおさら信じませんでした。彼らは皆、ノアのことを気違いで愚かな者だと思いました。結果として、洪水が本当に起きた時、ノアの8人家族だけが箱舟の中に入って助かり、それ以外の者たちは全員が洪水によって滅びたのです。ノアのストーリーは現代の人々にどういった警告を促しているのでしょう？現在の人々の悪と堕落の度合いはノアが生きた時代よりも遥かに酷い状態にあります。しかし、異なる点として、終わりの日である今、神は深刻に堕落した人類を<b><a href="https://www.bible-jp.org/2-misconceptions-about-salvation.html" target="_blank">救い</a></b>、人々に神の御声を聞かせ、人々が神の救いを得られるようにするために自ら受肉され、真理を表してくださっています。しかし、中国共産党による非難宣伝のせいで、多くの人々が真の道を求め、それを調べることを拒み、結果的に神の救いを受ける機会を逃してしまっています。おばさん、人間はあまりにも愚か過ぎると思いませんか？終わりの日の神の働きは、サタンの妨害とかく乱を通してありとあらゆる種の人々を暴露されました。心から神を信じ、真理を愛する人々は、全能神がすべてを支配して司る御方であると確信しています。それ故に、彼らはどのような誘惑やかく乱にさらされても、神への信仰を保ち、神から離れずにいることができます。そのような人々のみ、神が人間にお与えになる永遠の救いを授かることができるのです。にもかかわらず、真理を愛していない人々は、神への真の信仰を持っていない、もしくは臆する心を持っているが故にサタンに誘惑される中で神から離れ、神に背き、終わりの日の神の救いを失っています。最終的に、彼らはサタンの運命同様、神によって滅ぼされてしまうのです。」<br>&nbsp;</p><p>　神の御言葉と姉妹の交流を聞いた後、私はこの理解に至りました。「今日私がこの状況に直面した時、表面的には自分の家族が私の神への信仰を反対しているように見えました。しかし、見えない所ではサタンが神と賭けをしていたのです。サタンは私が消極的で弱気な心の中を生き、神に背き、神から離れるようにするために、私の家族からの妨害を利用しようとしたのです。しかし、神はこの状況を使って私の神への信仰を完全にしてくださり、私が神を頼り、神の御言葉通りに実践し、サタンの使う様々な罠を見抜き、ついには神の証しをできるようにしてくださります。これにより、私は神の働きの御知恵と神の義なる性質を知ったのです。神に感謝します。神の御心を理解した後、私は内にこみ上げてくる力を感じた気がして、心の中で神に<a href="https://ameblo.jp/gardenprayer/entry-12514764578.html" rel="noopener noreferrer" target="_blank"><b>祈り</b></a>を捧げました。「神様、あなたのお導きに感謝します。あなたは姉妹の交流を介して私があなたの御心を理解できるようにしてくださりました。神様、私は60歳を超えているのに、まだあなたにお選びいただき、あなたの御前に来れるなんて、本当に光栄です。これはあなたの御恵みで、あなたは私を高めて下さっています。あなたは、私のあなたへの信仰を完全にするために、この状況を使うことを望んでおられるのですね。神様、私はあなたを失望させたくありません。私はサタンを辱めるために、信仰によってあなたを頼りにし、あなたの証しを立てたいと思います。」<br>&nbsp;</p><p>　私は神の証しを立てる決意をしました。しかし、サタンはまだ私のことを手放さず、私の家族を介して妨害を続けてきました。ある時、私の下の息子がたくさんの中傷的な宣伝情報を私に渡してきてこう言いました。「まずこの情報を読んでみてよ。長い間神を信仰したら家族のことがどうでもよくなって、家を出てしまうようになるって書いてあるよ。」私はそれを読まずに言い返しました。「兄弟姉妹たちがどういう状況で家を後にするか、あなたは知ってるの？何の問題もないのに、誰が家を出たがるっていうの？兄弟姉妹たちが家に帰ってこれないのは、中国共産党の迫害を受けているからじゃないかしら？」彼はさらに言いたい事があったようですが、私はもう話したくありませんでした。私は彼に言いました。「いい加減にしなさい、もう何も言わないで。私は疲れてるから、休みたいの。自分の部屋に戻りなさい。」私がドアを閉じても、息子はまだ諦めませんでした。彼は中傷的な宣伝情報を一枚ずつドアの下から通して中に入れてきたのです。噂がたくさん書かれた用紙を見ていると、私は「神への信仰」という映画を思い出しました。中国本土では、中国共産党があちこちで兄弟姉妹たちを探し回っています。結果として、彼らは地元から逃げ出すことを余儀なくされ、あちこちに散在しています。彼らが安心できる場所はありません。中国共産党による迫害のせいで、無数のクリスチャンたちが逮捕され、刑務所に入れられ、中には迫害されて命を落とした人たちまでいるのです。中国共産党はその独裁体制を守り、永久的な権力を持つという野心を実現するために、真理を表して人間を救うために<b><a href="https://www.bible-jp.org/in-the-flesh.html" target="_blank">受肉</a></b>された全能神を激しく嫌い、気が狂ったように全能神教会を迫害し、抑圧しているのです。それはまた、真理を知らない人々を騙すために様々な虚偽を捏造するので、無数のクリスチャンたちが信仰心のない親族たちの迫害を受けることになり、最終的には家族が崩壊するという結果に至っています。にもかかわらず、中国共産党は家庭が崩壊するのは神への信仰が原因だと恥じも知らずに主張しながらこの事実を曲げるのです。彼らはこれを利用して無理やり私たちに信仰を捨てさせようとしてきます。サタンは本当に欺瞞的で、悪意に満ち、卑劣なのです。こう考えると、私は心の中でかなり確信を持てるようになり、サタンの策略に関する識別力を少し得ることができました。私は家族からどのような妨害を受けても全能神について行くと、心の中で決意をしました。<br>&nbsp;</p><p>　ある夜、私の夫と息子が私の部屋に来て、神を信仰するなとまた言ってきました。私は彼らを無視しました。これを見た夫はすかさず激しい口調で怒鳴りつけてきたのです。「神の信仰を続けるなら、お前とはもう離婚だ！」この瞬間、私は神のこの御言葉を思い出しました。<strong>「宇宙で起こるすべてのことの中で、わたしが最終的な決定権を持たないものはない。わたしの手の中にない存在などあるだろうか。」</strong>神の御言葉は少しずつ私の不安な心を落ち着かせてくれました。そして、私は心の中で静かに神に祈りました。「神様、私の結婚生活はあなたの御手の中にあります。私と夫が離婚するかどうかは、人間ではなく、あなたがお決めになることです。私はこのすべてをあなたに委ねます。」こう祈りを捧げた後、私は落ち着いてこう言いました。「私たちが離婚するかどうかは神次第です。離婚することになっても、私は神への信仰を続けます。」私が怯えていないことを悟った夫は、獰猛な表情をむき出しにてドアの方を指さしながらこう言いました。「神への信仰を捨てないなら、お前をこの家から追い出してやる。」夫がこう言ったのを聞いて、私は思わず少し不安になりました。「本当に追い出されたら、これからどこで住めばいいの」、と思いました。その時、私は又してもサタンの策略にかかっていることに気が付きました。これ故に、私は慌てて心の中で神に助けを請いました。「神様、私が今日家から追い出されてしまうかどうかはあなたの御手にあります。何が起こっても、私はあなたを信じ、あなたに従い、サタンには絶対に譲歩いたしません。」こう祈りを捧げた後、私は突然、この家の所有権を夫と共有していることを思い出しました。なので、彼は随意に私を追い出すことができる権利など法的には持っていないのです。そして直ぐに私は言い返しました。「私だってこの家の所有権を持っているのよ。この家庭の中で、私は家事をすべてこなし、自分の仕事をしてきたわ。時間がある時に神を信仰するのは私の自由よ。それに、香港では誰にだって<b><a href="https://www.bible-jp.org/true-faith.html" target="_blank">信仰</a></b>の自由は認められているわ。どうして私の邪魔をするのよ？以前、私は家にいてすることが無い時はとても虚しい気分がして、麻雀をしたり、近所の人たちと噂話して意味の無いことばかりしていたわ。でも私は今、全能神の御言葉を読んで、真理を理解して、人生の正しい道を発見して、心の豊かさを感じているの。なのに、あなたたちはいつも私の邪魔をしてくるわ。私の決断を尊重して、私の神への信仰を邪魔するのはもう止めてください。」私が神への信仰に固執するのを見た夫は言葉を失い、向きを変えて外に出掛けようとしていました。彼は行く前に、「神を信仰することは諦めてもらうからな」、と言いました。そして、彼は腹を立てながら出て行きました。私は思いました。「あなたにどんな風に邪魔されても、私は確固たる姿勢で神について行くわ。」外面的には、夫が怒りをあらわにして出て行っただけのように見えましたが、霊的世界ではサタンが恥じをかいていたことを私は知っていました。神に感謝します。私が神の側でしっかりと立っていられるように、神は私に信仰と知恵をお与えくださったのです。私は心から神に賛美と感謝を捧げました。<br>&nbsp;</p><p>　ある日、夫は憤慨した態度を一変して、落ち着いた口調でこう言ってきました。「お前はまだ神を信仰するつもりなのか？もう止めてくれないか?お前には麻雀したり、賭け事をしてもらっていた方がいいんだ。神への信仰を捨ててくれさえすれば、今すぐに1億円あげるよ。休暇を取って、お前と一緒に世界中を旅行してもいいし、俺のお金を全部あげてもいい。」彼の言葉を聞いて、私は以前集会で読んだ神のこの御言葉を思い出しました。<strong>「被造物として、あなたはもちろん神を崇拝し、意味のある生活を追求するべきである。あなたが神を崇拝せず、汚れた肉体で暮らすならば、あなたは人間の衣装を身に着けたただの獣ではないだろうか。」</strong>私はこう思いました。「そうだわ、私は創造物として神を礼拝するべきなのよ。以前、神を知らなかった時、私は肉のために生きていたわ。物質的には必要な物を全て持っていたけれど、心は虚しく、意味の無い生活を送っていたわ。でも今日、神は私を神の前にお導きくださって、私が神の御声を聞き、全能神の表す<b><a href="https://www.bible-jp.org/the-way-the-the-truth-the-life.html" target="_blank">真理</a></b>を読み、そして自分の人生における方向性を見つけることができるようにして下さったのよ。これはお金で購入できるものじゃないわ。それに、お金ではいのちはおろか、真理を購入することも絶対にできない。お金と肉の快楽のために神への信仰と神に従うことを諦めてしまったら、私はあり得ないほどの愚か者になってしまうわ。主<a href="https://www.bible-jp.org/Lord-work.html" target="_blank" title="なぜ主イエスは普通の姿で人の間で働かれたのか">イエス</a>様もこう言っておられるわ。<strong>「たとい人が全世界をもうけても、自分の命を損したら、なんの得になろうか。また、人はどんな代価を払って、その命を買いもどすことができようか。」</strong>（マタイによる福音書16:26）このように考えて、私は自分の選択を貫くことを心の中でさらに強く決意しました。私は夫にきっぱりとこう言いました。「もう私のことを説得しないでください。私は神を固く信じていますから。お金は自分のためにとっておいてください。私には必要ありません。」私がこう言ったのを聞いた夫はもう何も言いませんでした。<br>&nbsp;</p><p>　神に感謝します。私は神に従う決意を心から固めた時、神の素晴らしい御業を目の当たりにしました。私が集会に行くのを家族が邪魔しなくなっただけでなく、ゆくゆくは家庭も落ち着きを取り戻したのです。今、私は規則正しく教会生活を送り、創造物としての本分を尽くしています。私がサタンの攻撃を打ち破り、神への証しを立てることができたのは、完全に神の御言葉による御導きがあったおかげです。全ての栄光、神にあれ！終わり。<br>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/gardenprayer/entry-12640743572.html</link>
<pubDate>Sat, 28 Nov 2020 14:17:00 +0900</pubDate>
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<title>神に頼って家族が阻む日々を乗り越えてきた(I)</title>
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<![CDATA[ <p><br>　著者は60代にして運よく神の御国の福音を受け入れることができました。意外なことに、彼女は<b><a href="https://www.bible-jp.org/true-faith.html" target="_blank">信仰</a></b>心のない家族からありとあらゆる形で邪魔をされてしまったのです。彼女は否定的な状況の中でどうやってサタンの妨害を突破して、神に頼りながらサタンに打ち勝ったという証しをしたのでしょうか？<br>&nbsp;</p><p style="text-align: right;">マンマン（香港）<br>&nbsp;</p><p>　私は60歳、以前は円満な家庭を持っていました。私の息子たちは私に対して素直で親孝行で、私の夫は熱心で責任感が強く、私は家族のまとめ役でした。それは全く申し分のない人生のように思えました。しかし、私はなぜ頻繁に虚しさを感じるのか、そして人間は何のために生きているのかが分かりませんでした。<br>&nbsp;</p><p>　2017年3月、同じ村に住む村人が全能神の御国の福音を私に宣教してくれました。それ以降、私は神の御言葉を毎日読み、兄弟姉妹と頻繁に<b><a href="https://www.bible-jp.org/the-way-the-the-truth-the-life.html" target="_blank">真理</a></b>について交わり、神を礼拝しました。私の心は幸福感で満たされていました。三ヶ月の集会の中で、私は神の御言葉をたくさん読み、神は全人類の運命を支配されておられること、そして人々が虚しさの中を生きるのは彼らの心の中に神が宿る場所がないことが理由であるということを学びました。それと同時に、私は人生の意義と価値も発見し、人間は創造物として神を信じ、神を礼拝するべきであるということも理解しました。私は神に、私をお選びくださったこと、私が人生の真の道を見つけられるようにしてくださったこと、そしてそれまで生きた虚しい生活に別れを告げる手助けをしてくださったことを感謝しました。<br>&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><img alt="神に頼って家族が阻む日々を乗り越えてきた(I)" data-ll-status="loaded" height="360" sizes="(max-width: 640px) 100vw, 640px" src="https://www.bible-jp.org/wp-content/uploads/2019/08/overcoming-satan-1.jpg" srcset="https://www.bible-jp.org/wp-content/uploads/2019/08/overcoming-satan-1.jpg 640w, https://www.bible-jp.org/wp-content/uploads/2019/08/overcoming-satan-1-300x169.jpg 300w" width="640"><br>&nbsp;</p><p>　まるでかけがえのない宝物を見つけたかのように、私は自分の家族にも神の前に行って神の<b><a href="https://www.bible-jp.org/2-misconceptions-about-salvation.html" target="_blank">救い</a></b>を受け入れて欲しいと思いました。なので、私は兄弟姉妹たちと一緒に私の長男に福音を説きました。その日、兄弟姉妹たちが彼に神の人類に対する愛と教えについて話すと、彼は深い関心をもって聞き入っていました。彼はまた自分が学んだことを私たちに話し、神の働きを調べ続ける意欲を見せてくれました。私は神の働きを調べることに意欲的な息子を見て、心の中で非常に嬉しくなりました。<br>&nbsp;</p><p>　意外なことに、その翌日、息子は全能神教会に対する非難宣伝をインターネットから印刷してきて、激しい口調で私にこう言ったのです。「お母さんの行ってる教会に対してこんな非難宣伝が出てるじゃないか。よく見てみなよ！」息子はこう言った後、自分の部屋に行ってしまいました。息子の態度が急変したのを見て、私は彼がインターネット上の噂を信じてしまっていることを悟りました。しかし、私はこの否定的な情報は無神論を信じる中国共産党が全能神教会を中傷し、非難するもので、その全ては嘘であると心の中ではっきりと分かっていました。さらに、数か月間に渡って集会に参加し、兄弟姉妹たちと全能神の表す真理について交流をしていた私はかなり前から全能神は全てを支配して、私たちに全てを備えてくださる唯一の真の神であると確信していました。私は家族に何を言われても、しっかり神に従って行こうと思いました。<br>&nbsp;</p><p>　ある日、私の長男は、私が集会に参加するのを邪魔するために、以前私に福音を説いてくれたあの姉妹に電話をし、彼女に向って暴言を吐いたのです。私はいつも分別のある息子がこのように急変した様子を見て途方に暮れてしまいました。それに、あの姉妹は恥ずかしい思いをしたに違いありません。私は強い罪悪感に駆られ、心の中で少し弱気になってしまいました。私は神に<a href="https://www.bible-jp.org/how-to-pray-Lord.html" target="_blank" title="正しい祈り方を見つけば、主から答えを得られる">祈り</a>ました。「神様！私は心の弱さを感じます。あの素直だった長男が、どうしてあんな風に急変してしまったのか分かりません。息子はまるで一晩で別人になってしまったかのようです。神様！私はどうしてよいのか分かりません。どうか、私をお導きください。」こう<a href="https://ameblo.jp/gardenprayer/entry-12514764578.html" rel="noopener noreferrer" target="_blank"><b>祈り</b></a>を捧げた後、私は神のこの御言葉を思い出しました。<strong>「あなたの周りの環境にあるすべてのものは、わたしの許しによってそこにあり、わたしがそのすべてを定めることを、あなたは知るべきである。わたしがあなたに与えた環境の中で、明確に見極め、わたしの心を満足させなさい。恐れてはならない。万軍の全能神が必ずあなたと共にいるのだ。神はあなたのしんがりとなり、神はあなたの盾である。」「ためらったり、落胆したり、弱気になったりしてはならない。霊において直接もっとわたしと交わり、辛抱強く待ちなさい。そうすれば、わたしはわたしの時に応じて必ず啓示を与えよう。……あなたの状況やあなたが直面する出来事に関わらず、このようにあなたが常にわたしに近づくなら、あなたが誰に、あるいは何に遭遇しようと、あなたは混乱することがなく、進むべき道が開けるだろう。」</strong>&nbsp;神の御言葉は私に信仰と力を与えてくださりました。私は神の御心を分かってはいなかったものの、自分が置かれているこの環境は神がお許しになったものであることは分かりました。さらに、神はいつも私と共にいてくださり、神は私のしんがり、私の拠り所なのです。神を頼りにして前進している限り、神は間違いなく私を導いてくださると、私は信じています。</p><p>　その後、私は家族が仕事に行っている間に、姉妹数人と一緒に集会に行きました。彼女たちと顔を合わせると、私は心に温もりを感じ、最近直面した状況について話しました。彼女たちはそれを聞くと、神の御言葉の中から次の二節を私に読んでくれました。<strong>「神が人々に対して行う働きのあらゆる段階で、物事があたかも人の手配で生まれたかのようであり、あるいは人の干渉から生まれたかのようであり、外面的には人々の間の相互作用のように見えるかもしれないが、舞台裏では、働きのあらゆる段階、起こるすべてのことは、神の面前でサタンが作った賭けの対象であり、人々は、神に対する証しにしっかりと立つことが要求される。ヨブが試練に会った時のことを例にとってみよう。秘かにサタンは神と賭けをしており、ヨブに起こったことは人間の行為であり、人間による干渉であった。神があなた方に対して行うすべての段階の背後にはサタンと神との賭けがある——その背後にはすべて戦いがある。……神とサタンが霊的領域で戦う時、あなたは神に満足してもらうためにどうすべきか、どのように固く証しに立つべきだろうか。あなたは自分に起こることのすべては大いなる試練であり、その試練の時に神があなたの証しを必要とすることを知るべきである。」「あなたがたは常に目を覚まし、待っていなければならない。わたしの前にて、さらに祈らなければならない。いくつも存在するサタンの企てやずる賢い策略を見極め、霊を知り、人々を知り、どのような人や物事をも見分けることができなくてはならない。……教会がその建設段階に入ると、サタンに対する聖徒の戦いが起こる。サタンのさまざまな忌まわしさがあなたがたの前に明らかになる。あなたは進むのを止めて後ずさりするのか、それとも、わたしにより頼んで立ち上がり、歩き続けるのか。サタンの堕落した醜い素性を全て露わにしなさい。情に流されたり、憐れみをかけたりすることが一切あってはならない。死ぬまでサタンと戦いなさい！わたしがあなたの後ろ盾であるから、男子の精神を持たなければならない。」</strong><br>&nbsp;</p><p>　姉妹はこう言って交流しました。「おばさん、今日、私たちはこのような状況に直面しているのです。表面的には、あなたの息子さんは非難宣伝の影響を受けて、あなたが神を信仰することを他の家族の方と一緒に反対しているように見えます。しかし、この裏では、<b><a href="https://www.bible-jp.org/category/christian-life/spiritual-warfare" target="_blank">霊的戦い</a></b>が繰り広げられていて、それはサタンの策略なのです。誰もが知っての通り、神の働きは人間を救うことですが、サタンは人間を堕落させようとします。サタンは私たちを神から離し、私たちに苦しみながら生活させるために様々な手段で私たちを誘惑し、私たちを傷つけて滅ぼすという目的を果たそうとするのです。神が人類を経営し始めて以来、サタンはいつも神の後をついて回り、神が救うことを意図される人々を全力で奪い取ろうとしてきました。なので、サタンは私たちが神を頼りにするのを見ると、負けまいと抵抗してきます。サタンは私たちの家族を通じて私たちの邪魔をし、心を乱し、攻撃しようとしてきます。サタンは私たちの家族を利用して私たちを妨害し、私たちに神を信仰することを強引に諦めさせ、その結果私たちがまたサタンの支配下に戻り、今まで通りそれに傷つけられ、踏みにじられ、神の救いを失ってしまうようにすることを目的としています。これがサタンの悪逆非道な動機です。しかし、神の御<b><a href="https://www.bible-jp.org/wisdom-bible-topics.html" target="_blank">知恵</a></b>はサタンの策略に応じて行使されます。神はこういった状況が私たちに起こることを許しておられ、それには神の善良な目的が込められているのです。神は私たちの信仰を完全にするために、サタンの誘惑を使って神を頼り敬う方法を私たちに教えてくださるのです。これは、ヨブがサタンに誘惑されて所有物すべてを失い、体中に腫物を被った時に、彼の妻が出て来てヨブを攻撃するサタンの役を担い、「あなたはなおも堅く保って、自分を全うするのですか。神をのろって死になさい」（ヨブ記2：9）と彼に言った時の状況に反映されています。意外にも、ヨブは彼女にこう言ったのです、「あなたの語ることは愚かな女の語るのと同じだ。われわれは神から幸をうけるのだから、災をも、うけるべきではないか」（ヨブ記2：10）。ヨブのこの言葉は、彼の神への信仰、および神を畏れる心は真なものであり、その状況の試練に耐えていたことを示しています。ヨブは、その心の中で、どのような状況、試練、苦しみに直面しても、決して神を裏切らなかったのです。ヨブはこのようにして実際に貫き通したことで、最終的にはサタンを辱め、世界中の人々ならびにサタンの前でも神に対する素晴らしい、顕著な証しをすることができたのです。元々、サタンは誘惑を使ってヨブの心を打ち砕き、神を信仰するのを止めさせようとしていました。しかし、ヨブはサタンの策略に引っかかり、神から離れることはありませんでした。それどころか、この機会を通じ、ヨブの神への信仰ならびに神を恐れる心は強さを増し、彼は神から認められる人となったのです。同様に、神は今、このような状況を通じて私たちを完全にすることを望んでおられます。だからこそ、私たちはこの霊的戦いに直面する時は、サタンの策略を見抜く必要があるのです。サタンから攻撃を受ければ受けるほど、私たちはサタンを辱めて神の御心を満たすために、神への信仰をより強く維持して、神の証しをもっと立てるべきなのです。」<br>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/gardenprayer/entry-12640633317.html</link>
<pubDate>Fri, 27 Nov 2020 20:54:59 +0900</pubDate>
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<title>【寸劇】キリスト教動画「あなたは真に悔い改めたか」</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><iframe allowfullscreen class="youtube_iframe" frameborder="0" height="274" src="https://www.youtube.com/embed/dS2bGwVipa8" width="488"></iframe></p><p>　【寸劇】<b><a href="https://www.bible-jp.org/what-is-Christ.html" target="_blank">キリスト</a></b>教動画「あなたは真に悔い改めたか」日本語吹き替え</p><p>　かつて、チャン・ミンエンは家庭教会の説教者でした。 彼は主を長年信じており、その間ずっと、主のために説教し、働き、苦しみ、自らを費やしましたため、自分が真の悔い改めと変化を成し遂げたと信じていました。 しかし、教会の選挙では、チャン・ミンエンは他の兄弟姉妹が教会の指導者や執事として選ばれるのを見届け、一方彼自身は集会を幹事する本分が与えられました。表向きは受け入れて従ったように見えましたが、その本分に非常に不満でした。 彼の妻に、「あなたは誠実には悔い改めて変わっていない」と言われても、納得せず、その後素晴らしい議論が起こります…真の悔い改めと変化は実際に何なのか。本劇「あなたは真に悔い改めたか」をご覧になって、答えを見つけましょう。</p><h4>もっと見る：</h4><h4>「玉座から命の川の水が流れ出る」NO.6「<b><a href="https://www.bible-jp.org/true-repentance.html" target="_blank">悔い改め</a></b>の道と永遠の道との違い」</h4>
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<link>https://ameblo.jp/gardenprayer/entry-12640247745.html</link>
<pubDate>Thu, 26 Nov 2020 09:23:56 +0900</pubDate>
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<title>真の悔い改めとは何か</title>
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<![CDATA[ <p><br>　主イエスは言われました。「悔い改めよ、天国は近づいた。」（マタイによる福音書4:17）では、真の<a href="https://www.bible-jp.org/true-repentance.html" target="_blank">悔い改め</a>とは何か。多くの人は主に祈って罪を認め、主の御言葉によって寛容し、へりくだり、忍耐し、苦しみを受けて十字架を背負い、多く福音を伝え、良い行いがたくさんあれば、これは真の悔い改めだと思っています。しかし、事実は本当にこのようなものでしょうか。<br>&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><img alt="真の悔い改めとは何か" data-ll-status="loaded" height="360" sizes="(max-width: 640px) 100vw, 640px" src="https://www.bible-jp.org/wp-content/uploads/2020/02/true-repentance.jpg" srcset="https://www.bible-jp.org/wp-content/uploads/2020/02/true-repentance.jpg 640w, https://www.bible-jp.org/wp-content/uploads/2020/02/true-repentance-300x169.jpg 300w" width="640"><br>&nbsp;</p><p>　良い行いは真の悔い改めを表すのか<br>&nbsp;</p><p>　主に従ってから、確かに私たちの行いの変化は少しあり、へりくだり、寛容し、忍耐し、多くを放棄し、自らを費やし、福音を伝えて主を証しすることができました。しかし、否認できないのは、私たちは常に嘘をつき、欺き、金銭を追い求め、邪悪を崇め、傲慢で横柄、利己的で貪欲なサタン的性質の中に生きています。神様が私たちの家族を平安で、すべての事において順調であるように祝福してくださるとき、私たちの心の中には神様に感謝し、賛美します。仕事の不調、結婚の失敗、生活の貧しさに臨むとき、私たちは神様に不平を言い、祈った後に神様の祝福を感じない時に、私たちは神様を否認し、神様に背くさえできます。主が私たちに自分を愛するように他人を愛し、人を許し、忍耐するように求められているが、自分の大きな利益に及ばない時に、しぶしぶ実行できますが、自分の大きな利益を失うことに直面する時に、私たちは自分を制御できずに、利益を奪い、他人を傷つけ、外側の良い行いさえ実行できません。自分は主を信じる前に、家族との関係がとても悪くて、よく怒り出し、 家族と喧嘩していました。主を信じた後、私は主が私たちに人を愛するように求められていることを知ってから、主の御言葉によって、寛容し、忍耐し、それから<b><a href="https://www.bible-jp.org/" target="_blank">聖書</a></b>を読み、祈り、集会し、主のために働き始めます。外側から見れば、主を信じる前と異なりますが、実生活の中で、あらゆることにおいて、家族が自分の言うことを聞くように求め、家族が聞かない時に、私は怒ってしまいます。その後、私は自分の以前の行いは皆抑制していて、本当に主の御言葉を実行できたのではないと気づきました。私たちは罪を犯した後に、主の御前で罪を告白し、悔い改めるが、後にはまた罪を犯してしまうのです。もし良い行いがあることで真の悔い改めを表すことができるなら、私たちは再び罪の中で生きることはないと証明できるが、なぜ私たちはまた常に罪を犯して神様に抵抗しているのですか。なぜまた昼間に罪を犯し、夜になると告白する循環の生活を送っているのですか。ここから分かったのは、規則に従い、外側で少しの良い行いがあり、行動では少しの変化があるのは、真の悔い改めを表すことではありません。パリサイ人、律法学者、祭司のように、彼らの外見は敬虔で、律法を暗記し、年じゅう聖書を読み、説教し、福音を伝え、常に神様に捧げものを捧げ、自分の過ちを認め、私たちから見れば、彼らは最も神様に称賛されると思っているが、なぜ彼らは切望していたメシアを生きたままで十字架につけたのですか。これは何を証明していますか。外側の良い行いがあって、外側の規則だけに従うのは、罪を犯さず、神様に抵抗しないことを表すことがではなく、私たちは真摯に悔い改めていなければ、また罪を犯すことを証明しています。主イエスは言われました。「よくよくあなたがたに言っておく。すべて罪を犯す者は罪の奴隷である。そして、奴隷はいつまでも家にいる者ではない。」（ヨハネによる福音書8:34−35）主の御言葉に基づき、私たちは自分の罪を認め、外側では少しの行いがあるだけで、真の悔い改めの効果に達していないので、天国に入ることができません。</p><p>　真の悔い改めとは何か<br>&nbsp;</p><p>　「ヨハネの黙示録」22章14節にこう書かれています。「いのちの木にあずかる特権を与えられ、また門をとおって都にはいるために、自分の着物を洗う者たちは、さいわいである。」また「マタイによる福音書」3章8節にこう書かれています。「だから、悔改めにふさわしい実を結べ。」「レビ記」11章45節にこう書かれています。「わたしは聖なる者であるから、あなたがたは聖なる者とならなければならない。」神様は聖なる者であり、人の罪を憎み、そのため、私たちは真の悔い改めの基準は、罪深い性質が変化し、再び罪を犯さず、悪を行って神様に抵抗することもなく、つまり私たちの内の利己的、欺瞞的、高慢的な堕落した性質が清められ変化し、生まれ変わるに達することであるのを確定できます。どんな環境に臨んでも、私たちは神様に従順になり、もはや罪を犯して神様に抵抗せず、いくらサタンにどう誘惑されても、私たちはサタンの策略を見破って証しに立ち、悔い改める態度と現れがあり、これこそ本当に悔い改める人であり、天国に入る資格があります。<br>&nbsp;</p><p>　聖書に記載されたダビデのように、最初彼はウリヤの妻をわがものとして、淫乱の罪を犯してしまい、神様の懲罰が彼に臨み、ダビデは自分の行いが神様に背いたことを知り、神様に<b><a href="https://www.bible-jp.org/how-to-pray-Lord.html" target="_blank">祈り</a></b>自分の罪を認め、自ら進んで神様の懲罰を受け入れ、従順になりました。ダビデは自分の行いを後悔し、この事を思い出す度に苦しくて涙を流し、まさに「詩篇」6章6節に「わたしは嘆きによって疲れ、夜ごとに涙をもって、わたしのふしどをただよわせ、わたしのしとねをぬらした。」と記載されている通り、ダビデはどれほど後悔したことでしょうか。ダビデが晩年の時、寒く感じて、大臣たちは美しい少女を彼の懐に送っても、彼は触らなく、これはダビデの真の悔い改めの現れです。もし私たちは自分が悔い改めたと言った後の行いが、古い自我の様で、依然として罪を犯しては告白するなら、悔い改めとは言えません。なぜなら、悔い改めは人が自分のサタンに堕落させられた真相に対して、本当の認識と憎しみを持ち、本当の変化に達し、もはや神様に抵抗せず、神様に逆らわないことを含み、これこそ真の悔い改めです。</p><p>　どのようにして真の悔い改めに達すことができるのか<br>&nbsp;</p><p>　私たちは真の悔い改めに達したいなら、また神様の進んだ一段階の<b><a href="https://www.bible-jp.org/2-misconceptions-about-salvation.html" target="_blank">救い</a></b>の働きを受け入れる必要があります。主イエスはこう預言されました。「わたしには、あなたがたに言うべきことがまだ多くあるが、あなたがたは今はそれに堪えられない。けれども真理の御霊が来る時には、あなたがたをあらゆる真理に導いてくれるであろう。それは自分から語るのではなく、その聞くところを語り、きたるべき事をあなたがたに知らせるであろう。」（ヨハネによる福音書16:12−13）「それがきたら、罪と義とさばきとについて、世の人の目を開くであろう。」（ヨハネによる福音書16:8）「わたしを捨てて、わたしの言葉を受けいれない人には、その人をさばくものがある。わたしの語ったその言葉が、終りの日にその人をさばくであろう。」（ヨハネによる福音書12:48）また聖書のほかの預言にこう書かれています。「さばきが神の家から始められる時がきた。」（<b><a href="https://www.bible-jp.org/Peter-recognize-Christ.html" target="_blank">ペテロ</a></b>の第一の手紙4:17）ここから分かるのは、終わりの日に、神様はまた来られて一段階の神様の家から始まる裁きをなさり、言葉を語り、私たちが理解していないすべての真理を語り、これによって私たちの内の罪を裁き、清めるのです。私たちは神様の裁きの言葉を受け入れた後に、自分のサタン的性質を本当に認識し、憎み、真の悔い改めに達し、神様に神様の国に導き入れられます。そのため、私たちは堕落した性質から解放され、真の悔い改めに達したいなら、終わりの日に神様がなさった裁きの働きを受け入れるべきです。裁きの中で清められる人こそ真摯に悔い改める人なのです。<br>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/gardenprayer/entry-12640236891.html</link>
<pubDate>Wed, 25 Nov 2020 21:22:08 +0900</pubDate>
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<title>逆境の最中に神の愛を味わう</title>
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<![CDATA[ <p><br>　私は1980年代にある村で生まれ、一家は代々続く農家でした。大学に進んで貧しく遅れた村の生活から抜け出そうと、私は学業に没頭しました。高校に入って「西洋美術史」と出会い、「創世記」「エデンの園」「最後の晩餐」など数々の美しい絵画を目にしたとき、宇宙には万物を創造なさった神がいらっしゃるのだと初めて気づきました。私は神への憧れで心が一杯になるのを抑えられませんでした。大学卒業後はよい仕事をたやすく見つけ、素晴らしい伴侶を得ました。ようやく自分の願いと先祖の希望が叶ったのです。私は地面を相手に働く先祖代々の農業生活から逃れ、2008年に子供が生まれると、人生はさらなる喜びに満ち溢れました。人生で得たすべてのものを見渡しながら、自分は幸せで快適な人生を送るに違いないと信じました。しかし、人も羨む美しい生活を送る一方で、心の奥にある漠然とした虚しさを振り払うことができませんでした。それは私をとても困惑させ、無力感を覚えさせたのです。<br>&nbsp;</p><p>　2008年11月、家族が<b><a href="https://jp.kingdomsalvation.org/about-us-questions-3.html" target="_blank">全能神</a></b>の終わりの日の福音について教えてくれました。神の御言葉を通して、神が人類のいのちの源でいらっしゃること、神の御言葉が私たちのいのちの活力であり、柱であることをようやく理解しました。神から私たちのいのちへ授かった糧と滋養を捨ててしまうと、私たちの心は空虚で孤独なものとなり、物質的な喜びをどれほど得たところで、心と霊が必要とするものを満たすことは決してできないのです。全能神も次のようにおっしゃっています。<br>&nbsp;</p><p>　「<strong>人間は結局、人間に過ぎない。神の地位といのちに取って代われる人間はいない。人類は、誰もが食べる物に満ちたり、平等かつ自由である公平な社会だけではなく、神の救いと神によるいのちの満たしが必要なのである。神の救いといのちの満たしを受けて初めて、人間の欲求、探究心、そして霊的空虚感が解決されるのである。</strong>」（『言葉は肉において現れる』の「神は全人類の運命を支配する」より）神の御言葉は砂漠のオアシスのように私の心と霊を洗い流し、心の混乱を解放しました。このとき以来、私は強い飢えと乾きを癒やすように神の御言葉を読み、心がようやく故郷に戻ってきたような、言葉では表わせない安心感を常に覚えました。それから程なくして、教会の取り計らいによって数名の兄弟姉妹と会うようになりましたが、彼らはどんな悪天候でも絶えず私に会いに来てくれました。その頃、私は多くのことを理解していませんでしたが、彼らはいつも辛抱強く私と交わってくれました。かすかな苛立ちを見せることも、私に調子を合わせることもなかったので、これらの兄弟姉妹の誠実さと愛を深く感じました。より多くの真理を理解するにつれ、人類をお救いになる神の切実な希望を理解し始めました。また、兄弟姉妹がとても熱心に自分を費やし、神の福音を伝えていることもわかりました。私も自分の本分を尽くしたいと思いましたが、子供が小さく面倒を見てくれる人が他にいなかったため、道を開いてくださるよう神に祈るだけでした。その後、幼稚園を運営している姉妹がいることを聞き、彼女のもとに子供を預けることにしました。彼女はためらうことなく子供の世話を手伝うと約束してくれたうえ、学費や食費さえ受け取りませんでした。そのときから、この姉妹は日中だけでなく夜間も子供の世話を手伝ってくれました。私はこの姉妹の行動に深く感動しましたが、これはすべて神の愛から来ているものだと知っていました。神の愛に報いるため、私はためらうことなく福音を宣べ伝える活動に加わりました。福音を伝えていると、神の輝きに照らされておらず、悲しい状況にいる人たちを次々と目にしました。彼らの辛い人生の嘆きを聞き、彼らが神による終わりの日の救いについて知った後、その顔が喜びと幸福で満たされるのも目の当たりにしました。このことは、私の福音伝道への情熱をよりいっそう駆り立てました。そして私は、暗闇の中で暮らし光に飢えているより多くの人々に神の<b><a href="https://jp.kingdomsalvation.org/" target="_blank">福音</a></b>をもたらす決意をしました。しかし、ちょうどその頃、中国共産党政府が兄弟姉妹への厳しい弾圧と追及を開始し、私もこの災難を受けることになりました。<br>&nbsp;</p><p>　それは2012年12月21日の午前のことでした。十数人の兄弟姉妹があるホストファミリー宅で集会をしていると、突然ドアをけたたましくノックする音と、怒鳴り声が聞こえました。「ドアを開けろ！ドアを開けろ！家宅捜索だ！」姉妹の１人がドアを開けると、６、７人の警官が警棒を振り回しながら突入してきました。彼らは私たちの間に乱暴に分け入り、引き出しをあさり始めました。若い姉妹が進み出て、「私たちは友人の家に集まっていただけで、違法行為はしていません。どうして家宅捜索しているのですか」と尋ねると、その警官は強い口調で「言うことを聞け！俺たちがそこに立ってろと言ったら、そこに立ってるんだ。俺たちが話せと命じてないなら、黙っていろ！」と答えました。そして彼女を乱暴に床に投げ飛ばすと、「反抗する奴は叩きのめしてやる！」と怒鳴りました。彼女の爪は割れていて、指から出血していました。警官の悪意に満ちた顔を見て憎しみと恐怖を感じた私は、私に強さと自信を与え、神の証しに立てるよう私をお守りくださいと、心の中で神に祈りました。祈り終えると心がかなり落ち着きました。警官は伝道に使う資料と神の御言葉の書籍を多数押収し、私たちをパトカーへと追い立てました。<br>&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><img alt="" height="346" loading="lazy" sizes="(max-width: 615px) 100vw, 615px" src="https://jp.kingdomsalvation.org/wp-content/uploads/tasting-love-of-God-in-midst-of-adversity-1.jpg" srcset="https://jp.kingdomsalvation.org/wp-content/uploads/tasting-love-of-God-in-midst-of-adversity-1.jpg 615w, https://jp.kingdomsalvation.org/wp-content/uploads/tasting-love-of-God-in-midst-of-adversity-1-520x293.jpg 520w" width="615"><br>&nbsp;</p><p>　警察署に着くやいなや、警察は私たちの所持品をすべて押収し、名前と住所を訊いたあと、教会のリーダーは誰かと問いました。私は家族を巻き込むことを恐れて何も話さず、もう１人の姉妹も無言でした。そのため、警察は私たちがリーダーだと考え、別々に尋問する準備を始めました。そのとき、私は強い恐怖を感じました。警察は地元以外の人間が相手だと特に残酷になると聞いており、その自分が尋問対象とされたのです。それは間違いなく、残忍な行為と不運を意味していました。私が心を乱して恐怖に陥っていると、すぐそばにいた姉妹が「神よ、あなたは私たちの岩であり、私たちの避難所です。サタンはあなたの足元にひれ伏す存在で、私はあなたの御言葉に従って生き、証を立ててあなたに満足していただきます」と祈るのが聞こえました。それを聞いて心が明るくなり、次のように考えました。「その通りだ。神は私たちの岩でいらっしゃり、サタンは神の足元にひれ伏す存在だ。何を恐れる必要があるだろう。神に頼り、神に協力する限り、サタンを打ち負かすことができるだろう」突然、私は恐怖を感じなくなり、それと同時に恥ずかしさを覚えました。この姉妹はこんな状況に遭遇しても神の御言葉に頼って生きることができ、神への信頼を失っていません。一方の私は臆病で意気地なしです。神を信じる者の気骨がまったくないのです。<b><a href="https://jp.kingdomsalvation.org/gods-love-is-most-real.html" target="_blank">神の愛</a></b>と、私を力づけ助けてくれたその姉妹の祈りのおかげで、私は警察の横暴な力に対する恐れを感じなくなりました。そして心の中で次のように決心しました。「今日、私は逮捕されたけれど、きっと証しを立てて神に満足していただこう。神を失望させる臆病者には決してならないわ」。<br>&nbsp;</p><p>　10時頃、２名の警官が私に手錠をかけ、私だけを尋問室に連行しました。警官の１人が地元の方言で話しかけましたが私には理解できず、何と言ったのかと聞き返しました。すると意外にも、この質問に警官たちは激怒しました。警官の１人が叫びながら立ち上がり、「お前は俺たちを尊敬していない！」と怒鳴りながら私のほうに駆けてきて、髪の毛を掴んで頭を前後に揺さぶりました。私はめまいを感じてひっくり返り、頭皮が剥がれて髪が引き抜かれたような気がしました。その直後、今度は別の警官が私のもとに駆け寄り、「痛い目に遭わせなきゃならんようだな。白状しろ！誰に言われて福音を伝道したんだ」と叫びました。私は怒り心頭で、「福音の伝道は私の本分よ」と答えました。そう口にした瞬間、最初の警官が再び私の髪を掴んで顔を平手打ちしながら、「それならもっと伝道させてやるぞ！もっと伝道させてやる！」と怒鳴りました。そして、私の頬が赤かぶのように赤くなり、痛みがこもり、腫れ上がるまで、彼は殴り続けました。殴り疲れると私を放し、私から発見した携帯電話とMP4プレーヤーを取り上げて、教会に関する情報を聞き出そうとしました。私は知恵を絞って彼らに対処しようとしましたが、１人の警官が出し抜けに「お前はここの人間ではないな。お前の北京語は流暢すぎる。明らかにそこら辺の奴とは違う。正直に言え！なぜここに来た。誰に送られた。お前たちのリーダーは誰だ。ここの教会にどのように接触したんだ。お前の住所はどこだ」と訊きました。警官たちが私を重要人物とみなし、あくまで私から教会の情報を聞き出そうとするのを耳にして、口から心臓が飛び出そうになりました。そこで自信と力を与えてくださるよう神に求めました。祈りのおかげで心が次第に落ち着き、「私は何も知りません。」と答えました。その返事を聞くと、彼らは激しくテーブルを叩いて「ちょっと待ってろ。すぐに思い知らせてやる！」と叫びました。そして私のMP4プレーヤーを取り上げ、再生ボタンを押しました。私はとても怖くなりました。彼らがどんな手段を使って私を取り扱おうとしているのかがわからず、急いで神様を呼び求めました。いのちへの入りに関する交わりがここで再生されるとは思ってもいなかったのです。「あなたがたは、そのような人間が救われると思っているのですか。そのような人はキリストへの献身がなく、キリストと心を一つにしていません。そのような人は試練に遭遇すると、キリストから離れて独自の道を進みます。神に背を向けてサタンに従うのです……赤い大きな竜の治世で神の働きを経験するあいだ、赤い大きな竜に背を向けて神の側に立てるならば、どのような迫害や追及や抑圧があろうと、神に絶対的に従い、死ぬまで神に身を捧げることができます。このような人だけが「勝利者」と呼ばれるにふさわしく、神と心を共にしている人と呼ばれるにふさわしいのです（『いのちへの入りに関する説教と交わり IV』収録の「救われて完全にされるために入らなければならない神の御言葉の10の現実」より）。「キリストから離れ」という言葉を聞いて、心が刺されたように痛みました。主イエスが働きをなさっていたとき、主に従ってそのお恵みを享受した人は数多くいたものの、主が十字架にかけられ、ローマの兵士がクリスチャンをこぞって捕縛し始めると、多くの人が恐怖のために逃げ出したことを思い出さずにはいられませんでした。それは神に大きな痛みをもたらしたのです。しかし、これら恩知らずな人々と私の違いは何でしょうか。私は神のお恵みと祝福を享受し、自分は神に従っていると信じ切っていました。しかし、苦しんで代価を払うことが必要な試練に直面すると、臆病になって恐怖を覚えたのです。それでどうして神に安心していただけるでしょうか。無神論者が支配する国、中国で受肉なさることは大きな危険を伴うことを、神は明確にご存じだったにもかかわらず、堕落した私たち人間を救うべく、ためらうことなくこの悪魔の地へとおいでになり、追及と断罪に耐え、自ら私たちを真理の追求の道へと導いてくださった事実について考えました。神が私たちを救うために進んですべてを犠牲になさり、すべてをお捨てになるのを目の当たりにして、神の救いというお恵みを享受している私のような人が、どうしてわずかばかりの代価を払えないのでしょうか。私は良心の呵責を感じ、自分がとても自分勝手で無価値なことを憎みました。また、神が私への期待と心配に満ち溢れていらっしゃることを私は深く実感しました。私の霊的背丈が未熟であり、サタンの横暴に直面して恐れを感じていることを、神はよくご存じなのです。神は警官に録音を再生させるという形でそれを私にお聞かせになり、ご自身の御心を理解できるようになさることで、私が試練と抑圧の最中で神の証しを立て、神に満足していただけるようになさいました。しばらくのあいだ、神の愛にとても感動して涙が溢れ出ました。そして心の中で次のようにお伝えしました。「あぁ、神よ。私はあなたから離れてあなたを傷つける人にはなりたくありません。喜びのときも悲しみのときも、あなたと共にいたいのです。いかにサタンが私を拷問しようと、私はあなたの証しを立て、あなたに安心していただくことを決意しました」。<br>&nbsp;</p><p>　そのとき、警官がプレーヤーを止めると同時にばたんと音がし、警官たちが私のほうに駆け寄ったかと思うと憎々しげに、「その通りだ。俺は赤い大きな竜で、今日はお前を拷問するためにやって来たんだ」と言いました。それから地面に裸足で立つよう命じ、コンクリートブロックの真ん中に固定された鉄の輪に私の右手を拘束しました。ブロックがとても小さいので、中腰の姿勢にならざるを得ません。警官たちは私がしゃがむことも、左手を使って脚を支えることも許しませんでした。しばらくすると立っていられず、しゃがみたいと思いましたが、警官が私に近づき「しゃがむな！苦しみたくないならさっさと白状しろ！」と怒鳴りました。私は歯を食いしばって耐えることしかできませんでした。それからどれくらい時間が経ったでしょう。足は氷のように冷たくなり、脚は痛み、痺れ、どうしてもそれ以上立っていられずしゃがみこんでしまいました。すると警官は私を掴みあげ、コップ一杯の冷水を持ってきて私の首にかけました。あまりにも冷たくて身体が震えだしました。そして警官は私の手錠を外して木の椅子に突き飛ばすようにして座らせると、両手を椅子の両端に拘束し、窓を開けてエアコンをつけました。冷たい突風が吹き込み、寒さに震えが止まりません。心が弱るのを抑えられませんでしたが、この苦しみの最中、私はひたすら祈り続け、この痛みを耐える意志と強さを私に与え、肉の弱さに打ち勝たせてくださるよう神に懇願しました。まさにそのとき、神の御言葉が内側から私を導いたのです。「<strong>たとえあなたの体が苦しみに耐えている時でも、サタンによる思いを受け入れてはならない。…信仰とは一本の丸太橋のようものである。卑屈になって命にしがみつく者がそれを渡るのは困難だが、自らを進んで犠牲にする者には不安なく渡ることができる。</strong>」<br>（『言葉は肉において現れる』第一部「キリストの初めの言葉」の「第六章」より）神の御言葉のおかげで、サタンは私に神を裏切らせるべく私の肉を拷問しようとしていることと、肉のことを少しでも気にかければサタンの策略にはまってしまうことがわかりました。私はこの2つの文章を頭の中で繰り返し反芻し、サタンの策略に用心してその考えを拒否しなければならないと自分に言い聞かせました。その後、警官は大きなやかんに入った冷水を持ってきて、私の首に残らずかけました。衣服がすっかりびしょ濡れになり、その瞬間、まるで氷室の中に落ちたかのように感じました。あまりにも卑劣で邪悪な警官を見て私は怒りで一杯になり、次のように考えました。「この悪魔の群れはあらゆる手段を用いて私に神を裏切らせようとしている。絶対にその企みを成功させるわけにはいかない」私がひどく震えているのを見た警官は私の髪を鷲掴みにして窓から空を見上げさせ、嘲るように「寒いんだろう。だったら神に助けてもらえよ」と言いました。私が無反応なのを見ると、再びやかん一杯の冷水を私に浴びせ、エアコンを最低温度に設定し、その風が直接私に当たるようにしました。骨を突き刺すような突風が何度も吹き込み、エアコンの冷風も私を襲います。私はあまりの寒さに身体を丸め、あたかも凍った塊のようになりました。全身が硬直してしまったような感じです。私の自信は少しずつ揺らいでいき、馬鹿げたことを考えずにはいられませんでした。「奴らはこんな寒い日に冷水を浴びせ、冷房をつけた。私を生きたまま凍らせようとしているのか。私がここで死んでも、親戚は知るよしもないだろう」私が暗闇に落ちゆく中、イエスが人類を贖われるべく十字架にかけられながら耐えた苦しみのことが突然頭に浮かびました。そして、次の神の御言葉を思い出しました。「<strong>精錬を経た愛は強く、弱くはない。いつ、どのように神があなたを試練にあわせるかにかかわらず、あなたは自らの生死に悩むことなく、喜んで神のためにすべてを捨て、神のためにどんなことでも耐えることができる。かくして、あなたの愛は純粋になり、信仰は真となるだろう。</strong>」（『言葉は肉において現れる』の「精錬を経験することでのみ、人は真の愛をもつことができる」より）神からのこれらの御言葉は私を心底刺激しました。そうです！神の証しを立てられる日には、神が私をすくい上げてくださる。肉のことなどどうして気にしていられるでしょうか。たとえそれが命を失うことを意味するとしても、私は神に忠実でいようと決心しました。すると突然、心の中にこみ上げるものがあり、大いに元気づけられました。私は無言で神に祈りました。「あぁ、神よ。あなたは私にこの息を授けてくださいました。いのちに執着してあなたを裏切った者として生きるぐらいなら死んだ方がましです」徐々にそれほど寒さを感じなくなり、神がそばにいらっしゃって私を慰めてくださるのを実感しました。正午から夜7時まで、警察は休むことなく尋問を続けました。私がまったく口を開かないのを見た彼らは尋問室に私を閉じ込め、冷気が直接私に当たるようにし続けました。<br>&nbsp;</p><p>　夕食後、警察の尋問は一層厳しくなりました。警官たちは悪意も露わに、「話すんだ！お前たちの教会のリーダーは誰だ。言わないなら手段は他にもある。唐辛子の絞り汁と石鹸水を混ぜたものをお前に飲ませ、糞を食わせ、裸のまま地下室に閉じ込め、そのまま凍死させてやる！今日話さなければ、明日もう一度訊いてやる。時間はいくらでもあるからな」と脅しました。警官がこのように言ったことで、彼らは人間ではなく、人間の皮を被った悪魔の群れであることがはっきり分かりました。彼らがこんな風に脅せば脅すほど、私は心から彼らを憎み、絶対に屈するものかと決意が新たになりました。私が屈しないのを見た彼らは布袋を見つけてきてそれを水に浸し、私の頭に被せました。そしてそれを私の頭部に押し付け、私を動けないようにしてからそれを縛り付けました。両手が手錠で椅子につながれているので、まったく身動きできません。間もなく、私は窒息しそうになりました。全身がこわばるのを感じましたが、それでも警官たちの憎悪が消えることはありませんでした。彼らは冷水の入ったやかんを持ち、口を割らなければ窒息死するぞと言いながら、冷水を私の鼻に注ぎました。濡れた布袋が空気を通さないのに、そのうえ鼻に水を注いだのです。呼吸するのも難しく、死がそこまで迫っているように感じました。私は無言で神に祈りました。「ああ、神よ。私のこの息はあなたが私に授けられたものです。そして今日、私はあなたのために生きなければなりません。いかに警察が私を拷問しようと、けっしてあなたを裏切りません。私のいのちを犠牲にせよとおっしゃるなら、一言たりとも不満を漏らさず、あなたの御旨と采配に喜んで従います……」警官たちはなおも拷問を続けました。私が意識を失って呼吸が止まろうとしたまさにそのとき、彼らは突然その手を放しました。私は心の中で神に感謝せずにいられませんでした。神が万物の主でいらっしゃること、常に私を見守っていらっしゃること、そして私が警察の手に落ちたとしても、肉への拷問はお許しになるものの、いのちまでは奪わせないことを身をもって体験したのです。その後、私は自信を深めました。<br>&nbsp;</p><p>　翌日の正午頃、数名の警官が私ともう一人の姉妹をパトカーに乗せて拘置所に連行しました。警官の１人が脅すようにこう言いました。「お前はこの辺の人間じゃない。お前を６ヶ月拘束してから、３年ないし５年の禁固刑にしてやる。いずれにしても、誰も知るよしはないだろう」「禁固刑？」自分が刑罰を受けると聞いて、私は弱くならずにはいられませんでした。服役したら他人に見下されるだろうと思ったのです。苦痛と弱さを感じていると、神が再びそのお恵みを示してくださいました。同じ雑居房の囚人が全員、全能神を信じる姉妹だったのです。彼女たちは悪魔の巣窟にいても、恐れている様子を少しも見せませんでした。互いに励まし、支え合っていたのです。私が否定的になって弱っているのを見ると、自分の経験を話して証しをし、神への信頼を与えてくれました。また経験に関する次の<b><a href="https://jp.kingdomsalvation.org/hymns.html" target="_blank">賛美歌</a></b>を歌い、私を励ましてくれました。<br>&nbsp;</p><p>　「<strong>人類を救うため、神は謙って肉となられ、各段階を導き、教会の間を歩み、真理を表し、丹念に水を注いで人を清め、完全にする。私は試練の苦みを味わい、神の裁きを受けた。苦みの後には甘みが訪れ、私の堕落は清められた。私は神の愛に報いるため、心と体を捧げる。神は幾度も春、夏、秋、冬を見てこられた。苦みも甘みも共に味わいながら…。神は後悔することなく全てを犠牲にし、ご自身を無にして愛を与えられた。私は試練の苦みを味わい、神の裁きを受けた。苦みの後には甘みが訪れ、私の堕落は清められた。私は神の愛に報いるため、心と体を捧げる。愛する人々は私を捨て、他の人々は私を中傷したが、神への私の愛は最後まで揺るがない。私はひたむきに神の御心に従う。私は迫害や苦難に耐え、人生の浮き沈みを経験する。私が人生でこれに耐え、人生が苦みに満ちているのは重要ではない。私は神に従い、神を証ししないといけない。私は試練の苦みを味わい、神の裁きを受けた。苦みの後には甘みが訪れ、私の堕落は清められた。私は神の愛に報いるため、心と体を捧げる。</strong>」（『小羊に従って新しい歌を歌おう』の「神の愛に報いることと神の証人となること」より）この賛美歌について考えているうち、これら姉妹からのいのちの力を感じ、私は大いに励まされました。賛美歌のとおり、私たちは真の神に従い、神を敵とみなす無神論政党が支配する国で、正しいいのちの道を歩んでいるのです。私たちは数多くの苦難を経験するよう運命づけられていますが、そのすべてに意義があり、監獄にいるのさえ輝かしいことです。なぜなら、私たちは真理を追い求めて神の道に従うために迫害されているのですから。世俗の人々が恐ろしい罪を犯して投獄されているのとはまったくわけが違います。そして、真の道を守るために迫害と屈辱を受けた歴代の聖徒のことを考えました。しかし現在、私は数多くの神の御言葉を無償で提供され、何世代もの人々が理解できなかった真理を理解し、彼らが知りえなかった奥義を知っています。それなのに、どうして少しばかりの苦しみに耐えて神の証しをすることができないのでしょう。こう考えたとき、私は弱さの状態から再び這い上がり、心は自信と強さに溢れていました。そして神に頼り、毅然たる態度で、明日の拷問と自白の強要に臨む決意をしました。<br>&nbsp;</p><p>　それから10日後、警察は私だけを別の拘置所に連行しました。そこに拘束されていたのは全員、詐欺や泥棒、違法ビジネスの罪を犯した人達でした。私が監房に入ると、彼女たちは「ここに入ったらよほどのことがない限り出られない。あたしたちはみんな判決を待ってる。中には数ヶ月待ち続けている奴もいるわ」と言いました。私はこの囚人たちを見て、不安のあまり心が張り裂けそうになりました。ひどい扱いをされるのではないかと怖くなったのです。そして、警察が私を彼女たちと同じ監房に入れたということは、きっと自分に重罪の判決が下るのだろうと考えました。８年間も投獄された兄弟姉妹がいるという話を聞いたことがありました。私の刑期はどのくらいになるのでしょう。まだ29歳だというのに。この暗い牢屋の中で老いていくなんて。これからの日々はどうなるのだろう。その瞬間、故郷、両親、夫、そして子供が突然ひどく遠くに行ってしまったかのように思えました。まるで心をナイフでえぐられたかのようで、目に涙が溢れました。自分がサタンの策略にはまったことは知っていたので、神に必死で呼びかけました。神が私をお導きになってこの苦しみから逃れることを望んだのです。祈りのさなか、「これに立ち向かうとき、あなたは神の許しを得ている。試練を受けたヨブのように不平を言うな」と、心の中で明確なお導きを感じました。その瞬間、神の御言葉が私を再び啓いたのです。「<strong>あなたはむしろわたしのすべての取り決め(たとえそれが死であっても、あるいは滅びることであっても)に服従するか、それとも、わたしの刑罰を避けるために途中で逃げ出すか。</strong>」（『言葉は肉において現れる』の「あなたは信仰について何を知っているか」より）神の御言葉の裁きと刑罰に私は恥ずかしくなりました。自分は神に対して少しも誠実でないのに、口では素晴らしい神の証しを立てたいと言っていたことに気づいたのです。しかし、投獄されるという厄災が実際我が身に降りかかると、私は逃げることだけを望みました。真理のために苦しむ実際の能力はこれっぽっちもありません。逮捕されたときのことを思い返すと、神は常に私のそばにいらっしゃいました。その間ずっと、私が自分の道を失ったり、道で躓いたりするのではないかとご心配になり、決して私をお見捨てになりませんでした。神の私への愛はまことに誠実で、まったく空虚ではありません。しかし、私は身勝手で、自己中心的で、自分の肉の損得ばかり考えていました。進んで神のために代価を払おうとしなかったのです。どうして私に人間性や良心があるでしょうか。そう考えると後悔と負い目で一杯になりました。私は無言で神に祈り、悔い改めました。「ああ、神様。私は間違っていました。これ以上あなたを口先で褒めて欺くことはできません。私は進んで現実を生き、あなたに満足していただきます。判決がいかなるものになろうとも、必ずあなたの証しを立てます。あなたが私の心を守ってくださることだけをお願いいたします」ちょうどそのとき、リーダー格の囚人が私のそばに来て、「なぜあんたがここにいるのかはわからないけど、あたしたちの間では、『休みたくて自白すれば、死ぬまで刑期を勤めることになる。激しく抵抗すれば、自分の人生を生きられる』って格言があるのよ。話したくないなら話しちゃだめよ」と話してくれました。リーダー格の囚人を通して私に授けられたこの信じられないような采配と知恵に対し、私は神に感謝しました。神はそうなさることで、続く尋問にどう対処すべきかを私が知るようになさったのです。また、他の囚人も私をいじめなかったばかりか、衣服をくれたり、食事の時間に多目によそってくれたり、自分たちが買った果物やお菓子を分けてくれたりするなど、私の面倒を見てくれた上、日々の労働でも私を助けてくれたことに感謝しました。これらがいずれも神の御旨にして采配であることはわかっていました。私の霊的背丈が子供のように低いことに対する神の思いやりだったのです。神の愛とご加護を目の当たりにし、私は決心しました。「刑期がいかに長くなろうと、神の証しを立てよう！」<br>&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><img alt="" height="346" loading="lazy" sizes="(max-width: 615px) 100vw, 615px" src="https://jp.kingdomsalvation.org/wp-content/uploads/tasting-love-of-God-in-midst-of-adversity.jpg" srcset="https://jp.kingdomsalvation.org/wp-content/uploads/tasting-love-of-God-in-midst-of-adversity.jpg 615w, https://jp.kingdomsalvation.org/wp-content/uploads/tasting-love-of-God-in-midst-of-adversity-520x293.jpg 520w" width="615"><br>&nbsp;</p><p>　この拘置所では数日おきに警察の尋問を受けました。厳しくしても効き目がないと見た警察は、今度は下手に出始めました。尋問していた警官がわざと気楽な態度を装って私と雑談し、おいしい食べ物を与えたうえ、良い仕事を探す手伝いができると言いだしたのです。これはサタンの策略だとわかっていたので、彼が尋問するたび私は神に祈り、これらの策略にはまることがないようどうかお守りくださいとお願いしました。尋問中、この警官はついに邪悪な意図を見せました。「俺たちはお前に文句があるわけじゃない。ただ<b><a href="https://jp.kingdomsalvation.org/about-us-questions-4.html" target="_blank">全能神教会</a></b>を取り締まりたいだけなんだ。協力してくれ」この邪悪な言葉を聞いて私は心から怒りを感じ、次のように考えました。「神は人間を創造なさり、現在までずっと私たちに糧を施し、導いてこられた。そしていま、神はご自身がお作りになった人々を救い、私たちが苦しみの深淵から逃れる手助けをなさるべくおいでになった。いったいそのどこがいけないの。これらの悪魔にここまで憎まれ、中傷されなければならないのはなぜなの。私たちは神の被造物。神に従い、神を崇拝するのは正しく適切なこと。それなのに、サタンはなぜ私たちをこのように妨害し、神に従う自由さえ奪おうとするの。いま、彼らは神を打ち倒そうと躍起になる中で、私を操り人形にしようとしている。中国共産党政府はまさに、断固として神に逆らう悪魔の群れだわ。本当に邪悪な反動主義者よ！」そのとき、筆舌に尽くし難いほど心が痛み、神の証しを立ててそのお心を安らげることしか望みませんでした。なおも私が話そうとしないのを見ると、警察は心理的な手段を使ってきました。チャイナモバイル社経由で私の夫を探し出し、子供と一緒に説得のためによこしたのです。もともと、夫は私の神への信仰を気にしていませんでしたが、警察に騙されて何度も私に、「頼むから信仰を諦めてくれ。私のことはともかく、少なくとも子供のことを考えてくれ。母親が刑務所にいるなんて、この子にどれほどひどい影響を与えるか……」と言いました。夫は無知のせいでこのようなことを言っているのだと、私にはわかっていました。そこで夫の話を遮り、次のように言いました。「あなたはまだ私を理解していないの。私たちは長年一緒に暮らしてきたのよ。あなたはいつ、私が何か邪悪なことをしたのを見たっていうの。何もわかってないなら黙ってて」何を言っても私の心が変わらないのを見ると、夫は冷たい言葉を言い放ちました。「そんなに頑固で聞く耳を持たないなら、離婚だ！」「離婚」の一言は私の心を深く突き刺しました。そのせいで、私は中国共産党をいっそう憎むようになりました。夫が神の働きをこのように憎み、これほど心無い言葉を私に投げつけたのは、彼らが中傷し、不和の種を蒔いたからです。中国共産党政府こそ、天に背くよう一般の人々に呼びかける罪人です。また、私たちの夫婦としての感情を傷つけた罪人でもあるのです。そう考えると、もう何も夫に言いたくなくなりました。そして静かに、「だったら急いで子供を家に連れて帰ってください」と言いました。この作戦がうまく行かなかったのを見た警官は怒りのあまり机の回りを行ったり来たりしながら、私に「俺たちがこんなに努力しているのに、何一つお前から答えを引き出していない！あくまでこのまま口を割らないなら、お前をこの地域のリーダー、政治犯とみなす！今日話さなければもうチャンスはないぞ！」と叫ぶように言いました。しかし、彼らがどれだけ怒鳴り散らそうと、私は心の中で神に祈り、私の信仰を強くしてくださいとお願いするだけでした。<br>&nbsp;</p><p>　尋問中、神の御言葉の賛美歌が私を内側から導き続けてくれました。「<strong>大きな信仰と大きな愛がこの働きの段階で要求される。不注意ならつまずくかもしれない。なぜならこの業は前と違うから、神が完全にするのは人の信仰である。人はそれを見ることも触れることもできない。神は言葉を信仰と愛と命に変える。神が完全にするのは人の信仰だ。人は幾多もの鍛錬に耐え、ヨブより大きな信仰を持たねばならず、大きな苦難を受けねばならない。それでも神から離れることなく、神が完全にするのは人の信仰である。人はそれを見ることも触れることもできない、神は言葉を信仰と愛と命に変える。神が完全にするのは人の信仰だ。人が大きな信仰を持ち、死に至るまで従順なら、神の業のこの段階は完成する。それはあなたが思うほど容易ではない。人の観念に合わないほどその意義は深くなる。これを注意して考慮せよ！</strong>」(『小羊に従って新しい歌を歌おう』の「神が完全にするのは信仰である」より)神の御言葉から受け取った信仰と強さのおかげで、尋問中、私は非常に断固たる態度を取ることができました。しかし監房に戻ると、いささか弱くなって傷ついた気持ちを抑えることができませんでした。「<strong>夫は本当に私と離婚するつもりのようだわ。そうしたらもう帰る家はない」また刑期がどのくらいになるかも見当がつきませんでした。この痛みの中、神からの次の御言葉が頭に浮かびました。「あなたは当時のペテロの気持ちを体験すべきである。彼は悲しみに打ちひしがれ、もはや未来もどんな祝福も求めることはなかった。彼は利益、幸福、名声、世の富などを求めることはせず、最も意義のある人生を生きることだけを求めた。それは神の愛に答え、彼にとって最も、最も貴重なものを神に捧げることであった。そうすることで、彼の心は満たされた。</strong>」（『言葉は肉において現れる』の「ペテロはどのようにしてイエスを知るようになったか」より）ペテロの偉業は私を深く感動させるとともに、すべてを捨てて神に満足していただく私の志をかき立てました。その通りです。ペテロは悲しみが極限に達したときも、それに耐えて神に満足していただくことができました。それは彼自身の見通しや運命のためでも、彼自身の益のためでもありません。そして最後は十字架に逆さ吊りにされましたが、そのときも神の証しを立てる立派な証人として振る舞いました。一方、私は幸運にも受肉した神に従い、私のいのちに対する神の無限の糧とお恵みと祝福を享受しながら、神のために本当の代価を払ったことは一度もありませんでした。そして私が神の証しを立てることを神が必要となさっているいま、その一度だけでも私は神に満足していただくことができないのでしょうか。この機会を逃してしまえば、一生後悔することにならないでしょうか。そう考えた私は神の御前で決意しました。「ああ、神よ。私は喜んでペテロの例にならいます。どのような結果になろうと、たとえ離婚されることになっても、監獄で刑期を勤めることになっても、私は決してあなたを裏切りません！」祈り終えると体の芯から強さが湧き上がってくるのを感じました。有罪になるのか、刑期はどのくらいになるのか、家に帰れるのか、家族と再会できるのかといったことはもはや考えから消えました。悪魔の巣窟での１日は神の証しを立てる１日だと、それだけを考えるようになったのです。一生刑務所で暮らすことになったとしても、決してサタンに屈しません。自分を捨てた瞬間、神の愛と愛情を本当に味わうことができました。それから数日経ったある日の午後、看守が突然、「荷物をまとめろ。家に帰っていい」と言いました。私は自分の耳を疑いました。釈放される前、警察は一枚の書類に署名するよう私に言いました。その書類にははっきりと、「証拠不十分にて無罪。釈放」と記載されていたのです。私はこれを見てとてつもなく興奮しました。「<strong>自らを進んで犠牲にする者には不安なく渡ることができる。</strong>」という神の全能性と誠実さを目の当たりにしたのです。この霊の戦争でサタンは戦いに敗れ、最後に勝利なさったのは神でした！<br>&nbsp;</p><p>　36日間拘束されて中国警察から迫害を受けた後、私は残酷な専制政治と、中国共産党政府の反抗的で反動的な本質を真に理解しました。このとき以来、私は政府を深く憎悪するようになりました。この逆境のさなか、神はずっと私のそばにいらっしゃり、私を啓いて導き、私がサタンの残忍さと試練を克服できるようにしてくださったのです。これにより、神の御言葉はまさに人のいのちであり、私たちの強さであるという事実を真の意味で経験することができました。また、神は私たちの主でいらっしゃり、万物を支配なさり、サタンにどれほど多くの策略があっても、常に神に打ち負かされることを真に認識しました。サタンは私の肉を拷問して私に神を裏切らせようと試みましたが、その残酷な拷問は私を打ち負かすことができなかったばかりか、かえって私の決意を固くさせ、その邪悪な素顔をすっかり露呈するとともに、私が神の愛と救いを認識できるようにしました。私が最も貴重ないのちの豊かさを得られるよう、神が私のために采配なさったすべてのことに、心の底から感謝いたします。この先どのような抑圧や逆境があろうと、断固として神に従い、これまで同様、福音を広めて神の偉大な愛に報い続けることを、私は決意いたします。<br>&nbsp;</p><p style="text-align: right;">浙江省　陳露</p>
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<pubDate>Tue, 24 Nov 2020 23:24:37 +0900</pubDate>
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<title>キリストの言葉「贖いの時代における働きについての真実」</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p style="text-align: center;">　<iframe allowfullscreen class="youtube_iframe" frameborder="0" height="274" src="https://www.youtube.com/embed/euRbZwFhceM" width="488"></iframe><br>キリストの言葉「贖いの時代における働きについての真実」<br>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　</p><p>&nbsp;　神は言われた。「恵みの時代、人はサタンによって堕落させられており、すべての人間を贖う働きには満ちあふれる恵み、限りない寛容と忍耐、そしてさらに多くの、人間の罪を贖うのにふさわしい捧げ物が必要だった。恵みの時代に人々が見たのは、ただ人間に対するわたしの捧げ物である<b><a href="https://www.bible-jp.org/Lord-work.html" target="_blank">イエス</a></b>に過ぎなかった。そして彼らは、神は憐れみ深く寛容であり得ることだけを知っており、イエスの慈しみと憐れみだけを見た。それは彼らが恵みの時代に生きていたからである。そzadとであった。そうすることで、彼らは恵みを楽しむことを通してその罪を赦されることができ、イエスの寛容と忍耐を楽しむことを通して贖われる機会を持つことができた。」<br><br><style type="text/css"><!--td {border: 1px solid #ccc;}br {mso-data-placement:same-cell;}--></style>あなたのために聖書の名言ー14節<a href="https://www.bible-jp.org/" rel="noopener noreferrer" target="_blank">聖書</a>の中の神の裁きに関する聖句・罪を抜け出し天国に入る道を見つけるに関するより多くの文章を推薦します。</p>
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<pubDate>Mon, 23 Nov 2020 22:21:02 +0900</pubDate>
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