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<title>たばこについていろいろ</title>
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<description>たばこを吸わないことにした。そう決めてから、ずっとたばこのことを考えている。深く、いろんなこと。理屈っぽいことやあたりまえなこと、感情的なことや可笑しなこと。。。これは忘れたらもったいないなと思い、ここに徒然に書き留めておきます。</description>
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<title>禁煙したい方へ</title>
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<![CDATA[ <p>いったいどれだけのスモーカーがやめたいと思いながらたばこを吸っているのだろう？</p><p>一度も禁煙を考えた事がない、心底からのスモーカーは、この世の中にいったいどのくらいいるのだろう？</p><p>これだけ禁煙に関する本が出版され、ニコチンガムやらパッチやらが販売され、セラピーやインターネット禁煙マラソンや禁煙道場が存在する、ということは、ほとんどのスモーカーが一度くらいは禁煙を考えたことがあるのではないか。</p><p>それにもかかわらず、たばこをいまだに売れ、スモーカーが存在するということは、いかに禁煙がむずかしいかということだ。</p><br><p>禁煙が難しいのではない。</p><p>自分にぴったり合った禁煙法にめぐり合うことがむずかしいのだ。</p><p>それさえ見つけてしまって、、自分の心身の状態のタイミングを合わせれば、たばこを吸わない生活に入ることはそんなに難しくない。</p><p>あとは気持ちを切り替えればよい。</p><br><p>私は、ありとあらゆる禁煙法を試し、投資し、時間を費やし、そのたびに失敗しては絶望感に陥った。</p><p>今から思うと、それは決して無駄だったのではなく、たばこのない生活に移行するための準備期間だったと思う。</p><br><p>最後にえいっと壁を乗り越え、喫煙生活から煙のない生活へ移動するには、エネルギーもいるし、体力もいる。</p><p>また、考えを整理し、理論武装することも必要だった。</p><p>何しろ、ニコチンは多くのさまざまな罠をしかけ、あの手この手で喫煙世界に私をとどまらせようとするから。</p><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/gavimarine/entry-10444982299.html</link>
<pubDate>Thu, 28 Jan 2010 20:08:44 +0900</pubDate>
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<title>単にたばこをやめただけではない。</title>
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<![CDATA[ <p>何度も言うように、私にとって禁煙は我慢であってはならない。</p><p>そもそも「禁煙」という言葉も、「普通だったらたばこを吸うのに、それを一時的に禁止している」というニュアンスが感じられるので、しっくりこない。</p><br><p>これから一生涯、たばこを吸わないことが普通であるように。</p><p>我慢してではない、吸わないことが本来の私であるように。</p><p>胸が騒いで一杯になった時、たばこを吸えばどうだろうか、と思わないように。</p><p>忙しくて心がささくれ立ち、ひねくれた自分を持て余したとき、たばこを吸ってみようか、などと思わないように。</p><br><p>もともと余分なものなのだから。</p><p>たばこを吸わないことがマイナスになって、ぽっくり心に穴があくのではない。</p><p>たばこを吸うことは、本来の私にはない、余分なことなのだから。</p><p>そして、本来の私は過ぎてゆく時を愉しみ、慈しみ、生命のリズムを持ち、みずみずしい。</p><p>私本来の命の律動を持って日々を暮らしてゆく。</p><p>それは透明で、くっきりしたまぶしい輝きに満ちている。</p><p>今日を微笑みを持って終わり、明日への希望へとつなげる。</p><br><p>単にたばこをやめただけではないのだ。</p>
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<link>https://ameblo.jp/gavimarine/entry-10443419114.html</link>
<pubDate>Tue, 26 Jan 2010 20:01:17 +0900</pubDate>
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<title>白か黒か</title>
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<![CDATA[ <p>私にとってたばこは白か黒か、吸うか吸わないか、どちらかだ。</p><p>お酒の席だけ吸うとか、一ヶ月に一本だけ吸うとかは、ありえない。</p><br><p>一ヶ月に一本だったら、吸わないのと同じじゃないかと一見思えるが、全然違う。</p><p>たとえ一ヶ月に一本だったとしても、黒だから、ニコチン依存なのには変わりはない。</p><p>いや逆に、一本終えてから次の一本を吸うまでの時間が長い分、悲惨かもしれない。</p><p>なぜか？</p><br><p>一本吸うのにだいたい５分かかる。</p><p>そしてそのニコチンが体に残っている時間を２０分としよう、つまり２５分。</p><p>この２５分がニコチン依存者にとって、ニコチンが体内にある、幸せな時間だ。</p><p>ところで一日は６０分×２４＝１４４０分。</p><p>一ヶ月は１４４０分×３１＝４４６４０分。</p><p>一ヶ月に一本だけ吸うとすると、２５分以外はたばこを我慢することになる。</p><p>つまり、４４６４０－２５＝４４６１５分。</p><p>これが、一ヶ月に一本吸うスモーカーの、一ヶ月に我慢しなくてはいけない時間だ。</p><p>毎日４０本吸うヘビースモーカーよりも、我慢する時間が膨大な分、苦しい時間を背負っていると言える。</p><br><p>だから、一度ニコチンに依存してしまった私は、吸うか吸わないか、白か黒かしかないのだ。</p><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/gavimarine/entry-10442660782.html</link>
<pubDate>Mon, 25 Jan 2010 20:23:14 +0900</pubDate>
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<title>「好き」と「依存」の狭間</title>
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<![CDATA[ <p>ニコチン依存とアルコール依存は何が違うのだろう？</p><br><p>私はお酒が好きで、特別の事がない限り、毎日なにかしらのお酒を飲む。</p><p>仕事からの帰り道、夕食のおかずを考えながら買い物をするのだが、まず飲みたいお酒が先にあり、それからレシピを考える。</p><p>今日は赤ワインの気分なら味付けの濃いお肉、冷えた日本酒なら魚の塩焼き、芋焼酎なら湯豆腐にでもしよう、などというように。</p><br><p>くたくたになって家に着いたら、まず猫にごはんをやる。</p><p>冷蔵庫に買ってきた食材を詰め、植木に水をやり、シャワーを浴び、夕食を作りながら、ビールを一本。</p><p>そして夕食ができたら、それと飲みたかった酒を一緒に、改めて味わう。</p><p>ぐでんぐでんに酔っ払わない程度に楽しんだら、最後にごはんとお新香とおみおつけで満腹。</p><br><p>これを毎日、３６５日。</p><p>仕事が終わった後の、夜の私の楽しみだ。</p><p>飲むときのパターンや時間が決まっているのも、たばこと同じ。</p><p>これは、今度はアルコール依存なのではないのか？</p><p>ただ単に「大好き」と、「依存」はどこが違うのだろう？</p><br><p>たばこは私のとって「吸う」か「吸わない」か、白か黒か、どちらかだ。</p><p>灰色はない。</p><p>この先絶対に一本も吸わないか、やっぱりニコチンの鎖でつながれてしまうか、のどちらかだ。</p><p>たとえ一ヶ月に一本しか吸わなくても、その鎖が長くなっただけであり、それは私にとっては黒であり、スモーカーだ。</p><p>時々吸う、ということはありえない。</p><p>お酒の席だけ吸うスモーカーになろうと憧れて、何度も失敗したではないか！</p><br><p>そして私は「白」であることを選んだので、この先一生、絶対に一本たりともたばこは吸わない。</p><p>でもアルコールはどうなのであろうか？</p><br><p>毎日お酒を飲むことが楽しみで、実際毎日飲んでいるわたｈ詩は、依存しているのだろうか？</p><p>ただ単に好き、なだけなのだろうか。</p><p>何が違うのだろう。</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/gavimarine/entry-10440376860.html</link>
<pubDate>Fri, 22 Jan 2010 20:39:24 +0900</pubDate>
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<title>もう一つ、たばこをやめてよかったこと</title>
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<![CDATA[ <p>たばこをやめても身体機能が上がったという自覚症状はない、とこないだ書いたが、一つだけあった。</p><p>異常に鼻がきくようになったのだ。</p><p>でもそれはたばこに関してだけに限られている。</p><br><p>元々嗅覚というのは、人間の感覚の中でも一番敏感だと聞いたことがある。</p><p>しかしすぐに麻痺するらしい。</p><p>たばこをやめてからはたばこのにおいにものすごく敏感になった。</p><br><p>たとえばうちはマンションの８階なのだが、道路を一つはさんだ向かい側でビルを建設中だ。</p><p>ベランダに出てみると、休憩時間にその建築現場で働いている人たちがたばこを吸っているにおいがする。</p><p>どのくらい離れているのだろうか、少なくても目で確認できないくらいなので１００メート路は離れているだろう。</p><p>こんな距離でも、しっかりたばこのにおいはわかる。</p><p>もちろん風向きにもよるが。</p><br><p>職場で、書類を点検していると、そこからたばこのにおいがする事がある。</p><p>この書類を作成した人は、たばこを吸いながらだったのか。</p><p>あるいは喫茶店などで書き上げたのだろうか。</p><br><p>電車などで隣に座った人が喫煙者かそうでないか、１００％わかる自信がある。</p><p>たばこを吸う人は細胞の穴一つ一つから、たばこのにおいがするからだ。</p><p>（そして、けっして私は嫌いなにおいではない。）</p><br><p>こんなに異様にたばこに関して嗅覚が鋭くなったのは、元スモーカーだからだろうか。</p><p>元々たばこを吸わない人はどうなのだろう？</p><br><p>いずれにしても、私が隠れスモーカーだった時、歯を磨いたり、きつい味のキャンディーやガムを食べたりして、においをごまかしていたつもりだったけれど、そんなことではたばこのにおいはとてもとてもごまかせないのだ。</p><p>消えたと思っているのは本人だけだ。</p><p>私が高校生だった時、母親や先生は私のこのにおいに気づかなかったのだろうか？</p><p>それとも気づかぬふりをしていたのか？</p><br><p>そういえば我が愛猫は、私がベランダでたばこを吸い終えて家の中に入っていくと、すごい勢いで突進してきて、足に噛み付いたものだった。</p><p>猫の嗅覚は人間の数万倍というから、きっとものすごいにおいだったのだろう。</p><p>そして、猫は絶対にたばこを吸わないから、ニコチンに依存する事もないから、彼女にとってそれは嫌なにおいだったのだろう。</p><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/gavimarine/entry-10438829035.html</link>
<pubDate>Wed, 20 Jan 2010 20:12:37 +0900</pubDate>
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<title>ニコチンのリズム</title>
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<![CDATA[ <p>たばこをやめたら、たばこを吸う必要もなくなり、解放された私。</p><p>何から解放されたかというと、ニコチンのリズムから解放されたのだ。</p><br><p>つまり</p><p>吸う　→　ニコチンが体に充満する　→　時間の経過と共にニコチンが体外に排出される　→　ニコチンを体が渇望する　→　吸う</p><br><p>一日８・９回繰り返していた、この永遠に続く、このニコチンの体内濃度の波。</p><p>それから私は解放されたのだ。</p><p>このリズムはたばこを吸っていた頃、食べたり睡眠を取ったり疲れを感じたり休憩を取ったりする上での、生活するうえでの、私の大切な基盤であった。</p><p>そこから解放された。</p><br><p>ではニコチンのリズムから解放されると、何をベースに生活していけばよいのだろう？</p><p>最初のうちは、なんだか今まで頼りにしていたつっかい棒をはずされたようで、調子が狂っていた。</p><p>ニコチン禁断症状とも重なって、時間の経過の感覚がうまくつかめず、ぼーっと頭の中に薄い霞のようなものがかかっているような日々だった。</p><br><p>しかししばらくたつと、私は一日のうちに数回、生き生きとした力強く迫ってくる不思議なリズムを感じるようになった。</p><p>それはぐぐ～と波のように迫ってきて、私の皮膚や心臓をざわざわと泡立たせるような感覚。</p><p>それは眠気と覚醒の感覚に近い。</p><p>ふわぁ～っと眠気をもたらし、しゃきっと覚醒をもたらすその波のようなリズム。</p><p>薄い青みがかった、透明のキラキラした時間をふりまきながら私の中を駆け抜けていく、そのリズム。</p><br><p>これが私という生命体が本来持っていたはずのリズム（バイオリズム？）なのだろうか。</p><p>それとも単なるニコチン禁断症状で頭がいかれているのか。</p><p>ノンスモーカーや他の禁煙者も、こういう感覚を感じているのだろうか。</p><p>それともかつて薬物中毒だった者だけが感じる、フラッシュバックなのだろうか。</p><br><p>たばこをやめると、いろんな新しいことが経験できる。</p><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/gavimarine/entry-10438057784.html</link>
<pubDate>Tue, 19 Jan 2010 20:28:39 +0900</pubDate>
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<title>一日のうちの１３時間２０分</title>
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<![CDATA[ <p>たばこをやめてよかったことは「たばこを我慢しなくていい」こと。</p><br><p>このことは、たばこを吸ったことがない人や喫煙者はもちろん、たばこを我慢して禁煙している人にはわからないだろう。</p><br><p>喫煙者だった時、私は一日に８、９本たばこを吸っていた。</p><p>一日の睡眠時間は７～８時間、すると平均すると起きている時間は２時間ごとにニコチンを補給していたことになる。</p><p>ニコチンが体から排出される（＝ニコチンが切れる）のは大体吸ってから２０分後だという。</p><p>つまり、私は</p><br><p>たばこを吸ってニコチンを入れる　→　その後２０分はニコチンが効いているから正常　→　その後の１時間４０分はニコチン切れの状態（我慢している状態）　→　耐えられなくなってたばこを吸ってニコチンを入れる</p><br><p>という繰り返しを毎日８回から９回やっていたことになる。</p><p>仕事が忙しかろうが病気で寝ていようが、この繰り返しは毎日「行わなければならぬ」。</p><p>なぜなら、私はニコチンという薬物に依存していたからだ。</p><br><p>これが私の一日。</p><p>つまり、起きている間はたばこを吸っている（そしてその後、ニコチンをキメテいる）か、我慢しているかのどちらかの状態。</p><p>しかも、我慢している時間の方がずっと長い。</p><p>起きている時間のうち、</p><p>１時間４０分×８＝８００分、つまり１３時間２０分はニコチン切れで、我慢しているのだ。</p><p>これでは我慢するために生きているようなもの。</p><p>それに比べ、ニコチンが体の中に残っていて、正常な状態なのは２０分×８＝１６０分、つまり２時間と４０分。</p><p>そして残りが睡眠時間だ。</p><br><p>ニコチンはトリップできるとか、頭が冴えるとか、パワーが湧き出るとか、幸せになれるタイプの薬物ではない。</p><p>味がおいしい、ということすらない。</p><p>つまり、ただ単にニコチンが体の中にあるから「我慢しなくていい」状態が一日のうちに２時間４０分ある、それだけの薬物だ。</p><p>けっして一日のうちの２時間４０分幸せなのではない。</p><p>（一日２時間４０分幸せを感じられるのなら、それはそれでたばこを吸う価値があるのかもしれないが。）</p><br><p>つまり、たばこをやめると、このサイクルから解き放たれるから、つまり一日１３時間２０分耐えていた時間を我慢する必要がなくなったということだ。</p><br><br><p>　</p>
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<link>https://ameblo.jp/gavimarine/entry-10437336628.html</link>
<pubDate>Mon, 18 Jan 2010 20:36:16 +0900</pubDate>
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<title>たばこをやめて得たもの</title>
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<![CDATA[ <p>たばこをやめて得たものは何だろう。</p><p>私がたばこをやめた理由が健康でもお金でもなかったように、やはりたばこをやめて得たものも健康やお金ではない。</p><br><p>禁煙すると息切れがしなくなったという人がいる。</p><p>私の場合は運動しても前とあまり変わらない。</p><p>息切れもするし、体力もない。</p><br><p>肌がつるつるになった、歯茎がきれいな色になったというのは？</p><p>私はこの季節、肌が乾燥しているのもいつものことだし、歯周病で悩んでいる。</p><br><p>深く眠れるようになった、寝起きが良くなった、元気一杯疲れ知らずになった、という禁煙の効果をあげている人もいるが、私はあまり違いを感じられない。</p><br><p>身体的な変化ということでは、むしろたばこをやめた直後の、あのすざましいニコチン禁断症状の方がはるかに劇的だった。</p><p>そのうち、「眠くて眠くてしかたがない」というのは今でも回復していないような気がする。</p><p>（単に寝不足なのか？）</p><br><p>経済的な面について。</p><p>確かにたばこにお金を使うことはなくなったが、そしてたばこを吸うために喫茶店に行ったり飲み物を買ったりすることもなくなったが、逆に浮くはずだったたばこ代を見越して、近頃なんだか衝動買いや無駄遣いが増えたような気がする。</p><p>たばこを吸わなくなったのだから、その分自分のために遣ってもいいのだと、かえってお小遣いの額は多くなっている。</p><br><p>その他禁煙本などには、「たばこをやめてこんないいことがあった。」といろいろ書いてあって、わくわくしていたが、あまり思い当たる事がなく、そういう人がうらやましい。</p><br><p>だが、精神的な変化はたくさんある。</p><p>だから私はもう二度とたばこを吸うことはないだろう、と思えるような、大きな精神的な変化。</p><br><p>その最大のものが「たばこをやめて、たばこを我慢する必要がなくなった」ということだ。</p><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/gavimarine/entry-10436371634.html</link>
<pubDate>Sun, 17 Jan 2010 15:48:05 +0900</pubDate>
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<title>ニコチン最後のあがき</title>
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<![CDATA[ <p>ニコチンの身体的依存は、「なんだかふわふわしていて不思議な感覚・・・」と味わっているうちにいつしかなくなってしまった。</p><p>ニコチンは身体的依存と精神的依存のコンビネーションだ。</p><p>そしてしつこく残るのは、精神的依存の方。</p><br><p>なにしろ、２０年間、悲しい時も嬉しい時も、嫌な時も幸せな時も、どんな時も一緒だったのだ。</p><p>本当に、どんな時も、たばこは一緒だった。</p><p>生きてきたうち、その節目には、いつもそこにいた。</p><p>晴れのときも雨のときも、いつもいつも。</p><p>日常の何気ないひとコマにも、いつもそこにいた。</p><p>意識していても無意識でも、いつもいつも。</p><br><p>たばこは全ての風景や場面と結びついている。</p><p>たばこは喜び、怒り、安堵、幸福、悲しみ、ありとあらゆる感情と結びついている。</p><p>そんなものが私からなくなってしまう。</p><p>これからタバコなしで生きていけるのか？</p><br><p>ちょっと感傷的で不安になってしまう。</p><p>いや、どんなことでも過去のことは美しく見えるのだろう。</p><p>または、にこちんの最後の足掻きがこのように私を感じさせるのかもしれない。</p><p>たばこの香と煙に彩られた日々はもう、塀の向こう側。</p><p>それを全否定することはない。</p><p>ふわっと跳んだあとのこれからは、また別の世界が待っているのだろう。</p><p>わくわくする、楽しみだな、というのはちょっとやせ我慢？</p><p>いや、たばこを吸わないことは我慢ではない、と心に強く誓ったはずだ。</p><p>静にあじわっていくことにしよう。</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/gavimarine/entry-10435366041.html</link>
<pubDate>Sat, 16 Jan 2010 08:08:01 +0900</pubDate>
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<title>禁断症状の愉しみ</title>
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<![CDATA[ <p>人生で本当の最後の一本を吸ってからの禁断症状は、私にとって楽しかった。</p><p>なぜか。</p><br><p>たばこをやめるというのは、たとえばマラソンのイメージではない。</p><p>ゴールまで我慢して頑張って走るのではないのだ。</p><p>だいたい一生禁煙を続けるとすれば、ゴールなんてあるのか？</p><p>ゴールというのは死ぬ時なのか？</p><p>ゴールのないマラソンなのか？</p><p>もしそうならば、これは苦行でしかない。</p><p>苦行の一生を送るのか？？</p><br><p>そうではない。</p><p>たばこをやめるということは、私にとって「ニコチンありの生活」から「ニコチンなしの生活」へと、まったく違う世界に一気にシフトすることだ。</p><p>つまり、ひたすら走るマラソンでなはく、ニコチンにまみれた暗い迷宮から、棒高跳びのようにふわっと塀を乗り越えて明るい草原に飛び出るようなイメージ。</p><p>禁断症状は、この「ふわっと塀を乗り越えている」時の感覚なのだ。</p><p>だから、激しくはあるけれど、苦しいのではない。</p><p>あぁ、今ふわっと跳んでいるところなのだ。</p><br><p>ニコチンは身体依存を引き起こす薬物だから、使用を断つと禁断症状を感じる。</p><p>禁煙の本には「禁断症状はない」と書いてあるものもあるが、そして人によっては感じないのかもしれないが、これは読者の、禁煙の決意を妨げないようにするためなのかもしれない。</p><p>だいたい、禁煙の指南本を書いた医者や心理学者の方たちは、いったい、たばこを吸った事があるのだろうか？</p><p>自身がかつて喫煙者で、そこからたばこを吸わない世界に来た人たちなのか？</p><br><p>そうではない。</p><p>そうではないのだ。</p><p>あるものをないというのではなく</p><p>ごまかすのでもなく</p><p>気を紛らわせたりすることもない。</p><p>ちゃんと見るのだ、きちんと受け止めるのだ、これを。</p><p>二週間もすればもう永遠にこれを経験することもないのだから。</p><p>永遠に、味わう事ができない、この禁断症状。</p><p>そしてこのふわっと跳んでいる自分を感じるのだ。</p><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/gavimarine/entry-10434322908.html</link>
<pubDate>Thu, 14 Jan 2010 20:45:12 +0900</pubDate>
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