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<title>8番ライト的な人生を転換させる</title>
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<description>人生を変えたいんです</description>
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<title>現実を考える</title>
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<![CDATA[ 立法府には、行政部門が処理を求められる日々の決定を行うための時間や機関がない。委員会の決定を再検討しようとした立法府が、その作業に何週間も、場合によっては何か月も費やしたあげく、結局結論に到達できなくなる現実を考えるといいだろう。また、立法府は、みずからが利益集団の圧力に屈しやすいゆえに、間違った方向へと導かれることを自覚し、受任者の方が利益集団の圧力を受けるおそれがないだろうと期待し、またそう信じていることがある。利益集団の圧力自体が委任を創出することもあるが、それは、強力な利益集団が立法府で明白な勝利を収められないものの、ゆくゆくは執行権力を担うはずの行政部門に対しては一定の権威を確立しているような場合である。立法府は、決定を下すと選挙で報復されることをおそれて、一部の困難な選択への責任を回避したいとさえ考えるかもしれない。自己利益を追求する代表者たちは、あいまいで空虚な基準（「公益」や障害者のための「合理的配慮」、殺虫剤の「合理的な規制」）を制定し、実施に際して生じた問題の責めは受任者が負うとしたうえで、別の誰かに基準の特定作業をゆだねる。<br><a href="http://www.gruesomes.com/">人生について</a><br><br>
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<pubDate>Sun, 03 Nov 2013 21:57:50 +0900</pubDate>
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<title>非常に極端なリスク</title>
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<![CDATA[ 研究者たちが注目したのは、もっとも大きなリスキー・シフトがみられるのが、集団のなかに「最初から非常に極端なリスクを抱えた立場がある」場合だということである。このとき、熟議前の個々人の意見の多くは「出発点において中間的な意見とまったくあるいは少ししか変わらない」のだが、全体としてはリスキーな方に重心がかかっている。そして、もともとの傾向が向いている方向へと変化は起こるだろうし、変化の大きさはもともとの傾向の極端さによって決まる。同様の現象は、法や民主政にかかわる多くの状況でみられる。たとえば、経済援助、アーキテクチャ〔人の行動を制約・誘導するために利用される、選択環境の構造および選択主体の認知的傾向性〕、教育、政治的指導者、人種、そして有罪無罪の判断といった問題である。極化は、事実の真偽の問題だけでなく、評価の問題でもあらわれる。そこには、政治的、法的な事柄から、スライドに映された人々の魅力といったものまで含まれる。集団極化をどう説明するか。この問いには、このように考えたくなる。同調が大きな役割を果たしていて実験が示すように、個人の判断は同調の欲求に大きく影響されるのだ、と。<br>
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<link>https://ameblo.jp/gclkgodi/entry-11648691790.html</link>
<pubDate>Wed, 23 Oct 2013 13:13:39 +0900</pubDate>
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