<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>玄関口のブログ</title>
<link>https://ameblo.jp/gen-kan-guchi/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/gen-kan-guchi/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>ブログの説明を入力します。</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>白線テェルミット</title>
<description>
<![CDATA[ 気がついたらここにいたんだけど、人間なんてみんなそんなじゃないだろうか。 <br><br>今朝だっていつの間にか通勤特快に乗っていて、いつの間にか乗換駅を通り越して新宿にいたんだし。その後はいつの間にか課長のデスクの前に立たされていて、いつの間にか定例の営業会議でプレゼンをしていて、そしていつの間にかここにいるんだから、ほら、なにも不思議なことはないじゃん。きっとまたいつの間にか別なところにいることになる。だから、ここがどこかわからなくても、それはそんなに心配してないんだよね。 <br><br>問題はこいつ。そう、白線。 <br><br>まっすぐ延びてるんだ。前にも、後ろにも。なにが楽しいのかわからない。たぶん道路標識のあれと同じ。道路表示だっけ？　忘れた。いつの間にか通ってた教習所でいつの間にか習ってたことなんて、そりゃあ、いつの間にか忘れても不思議はない。けど、この白線は忘れられない。だっていまここにあるんだ。 <br><br>白線はずっとむこうまで続いている。そのうえの一点に突っ立っているんだけど、なぜか線上から外れてみようとは思えない。左右という気持ちがよくわからなくなっている。前後しかないんだ。 <br>　 <br>で、困ったのはこの白線、ずっと向こうの方でどうやら燃え上がっているらしいってこと。前も、後ろも燃えている。そしてその炎が、少しづつ白線のうえを燃え広がっている。参ったな、このままじゃ挟み撃ちにあってしまう。炎は白線を舐めるようにして湯煙よろしく立ち昇っているから、ここから見るとまるで地面から逆立ちに生えた真っ赤なオーロラのようで壮観なんだけど、このまま見惚れてるわけにはいかない。いまだって参加者不在のBBQパーティーの開始時刻は刻一刻と迫ってきているのだから。 <br><br>とはいえ、進退窮まるとはまさにこのことで、前進しても後ずさっても、なんの解決にもなりはしない。見たところどっちの炎も、ここからちょうど同じくらいの距離を同じくらいの速さで延焼しているようだから、動くとかえってとろ火（傍点）で炙られる時間が長くなってしまいかねない。最善の策はちょうど真ん中のこの地点で大人しくしていることなんだけど、それもねえ。最悪から一番遠いという意味でしかなくて、結局どこも善くはない。つまるところぼくは、来たときと同じように、いつの間にかどこかにいることを、その「いつの間にか」がやってくるまで待っていることしかできないのかもしれない。 <br><br>とかなんとか言ってたらご覧のとおりこのザマだ。サハラ砂漠かよっていうくらいに暑くて、というか熱くて、投げ捨てた上っ張りはみごとに消し炭だし、もうスーツなんか着てらんないってんで脱ぎ出したら止まらなくてさ。腰巻一丁で我慢大会。パンツはほら、人間の尊厳ってやつ？　ゴムの伸びきったUNIQLOパンツが人間性の最後の砦だってのも泣けない話だけど。 <br><br>炎はすぐそこまで迫って来ている。ぼくも、冗談じゃなくいい感じに炙れてきてる。頬を伝うのは涙なのか汗なのか、それとも肉汁なのか。とって喰おうと考えているなにかがいるなら、そろそろ火を弱めたほうがいいですよと助言してやるところだ。 <br><br>最後になっても、「いつの間にか」はやってこなかった。そりゃそうだ。だって、「いつの間にか」なんて本当はなかったんだもの。あったのはただ、いつといつを結ぶ線。燃えるものが燃え尽きて最後に残るのはきっと、いつからいつの間隙をのっぺり塗りつぶしながら進んでいく、無限延の――白線。<br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/gen-kan-guchi/entry-10742431563.html</link>
<pubDate>Mon, 20 Dec 2010 15:34:23 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>世界同時席替えの日</title>
<description>
<![CDATA[ きのうは世界同時席替えの日でした。 <br><br>世界同時席替えの日は、世界同時革命を記念して、世界同時政府が革命の一年後にはじめたものです。 <br><br>世界同時席替えの日には、世界中のひとびとに世界同時政府から手紙が届きます。内容は、受取人の話すことばで書かれたかんたんな挨拶文と、新しい住所と、お引越しをするのに十分なお金です。 <br><br>世界同時席替えの日、ひとびとはお引越しします。一五歳までの子どもはどちらかの親に同行することができますが、それより年が上の子は、だめです。みんなばらばらで、新しいところに向かいます。だから、じじつ上、一五歳の世界同時席替えの日が、世界同時成人式です。 <br><br>世界同時成人式でわたしは成人として認められました。昨日のことです。今年の二月で一五歳になっていたからです。わたしは一五年間おかあさんについてきましたので、一二人のおとうさんとひとりのおかあさんを知っています。三人おとうさんが足りないのは、引越し先におとうさんが割りあてられていなかったのが二回と、割りあてられてはいたけれどなぜか現れなかったのが一回あるからです。一二人のおとうさんのうち八人とはまだ連絡を取りあっています。あとの四人はあんまり好きじゃないのと、影が薄くて忘れてしまったので、どうしているかは知りません。でも、おかあさんとわかれるのは今年が初めてです。いまは三回目の日本地区で、関東区の武蔵野市にポルトガル地区生まれのおとうさんといっしょに住んでいますが、今年の世界同時席替えで、おとうさんはグリーンランド地区へ、そしておかあさんはカザフスタン地区へお引越しすることになったそうです。かなしいけれど、お別れです。おかあさんとはずっと連絡はとりつづけるでしょう。ポルトガル地区生まれのおとうさんも、義理クリスマスカードぐらいは送ってあげてもいいと思っています。 <br><br>世界的にみて珍しいことに、わたしはおんなじ地区のおんなじ市にとどまることになりました。くわえて、引越し先の住所はいまの家から筋一つ越えたところという、世界稀にみる短距離引越しです。封筒に入った引越し資金は、だから、スズメの涙もいいところで、すこし残念な気がしました。家財道具（といってもわたし個人のものといえば、洋服にCDに漫画に教科書に……ぐらいですが）をかついで引越し先にまで歩いてゆくと、まだ前の住人の方が出ていく準備をしているところでした。前の住人の方も、どうしてこんなにはやく次の入居者が着いたのかと、目をまんまるくして驚いていました。ともあれ、最終的にはぶじ、あたらしいおうちに入り、荷解きも済んで、何日か経つとあたらしいおとうさんとおかあさんにも会えて、今年一年の生活が始まりました。あたらしいおとうさんとおかあさんは、それぞれジンバブウェ地区生まれのスポーツマンと、ミャンマー地区生まれの裁縫上手なひとでした。 <br><br>世界同時席替えは世界同時には終わりませんが、とりあえずということで、学校は席替えからちょうど一週間後、世界同時始業式を執り行います。はじめて二年間通うことになった学校で見覚えのある横顔をみつけたときは、だから、それはそれはびっくりしてしまい自分の目を疑ったものです。席替えの前となりの席に座っていた男の子は、席替えの後もわたしのとなりに座ることになっていました。べつにそんな興味はないけれど、せっかくだし話しかけてみようと思います。 <br><br>世界同時に恋の季節は来たりしないものですから。<br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/gen-kan-guchi/entry-10742430497.html</link>
<pubDate>Mon, 20 Dec 2010 15:32:39 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>My tender Pretendeer</title>
<description>
<![CDATA[ 鹿を飼っている。 <br><br>ずいぶんと前にカナダのノヴァ・スコシアで拾った。友人の動物学者に見せたところ、こんなおかしな生き物は見たことがないと言われたきりついぞ品種がわからずじまいだったので、別の友人の未来学者に見せてPretendeerだと判じてもらった。 <br><br>そもそもほんとうに鹿なのかどうかもわからないこの動物の魅力の源泉は、まずサイズにある。なにしろ立ち姿が両手にすっぽり収まってしまうほどのちび助なのだ。仔鹿のときに拾って以来、鹿の子模様が取れ角の生え揃ったいまとなってもその体躯は変わらない。外套のポケットに忍ばせて税関を抜けられたと言えば、だいたいの感触はわかっていただけるだろうか。 <br><br>書斎の卓上で放し飼いにしているが、書類を食い荒らすというようなこともなく、いたって穏やかな生き物である。というより、ふだんはほとんど動かないので、生きているのか死んでいるのか、見ているこちらが心配になってくるほどだ。撫でてやってもチラリと視線を返すだけで、Pretendeerが体を動かす契機と言えば、日に二回のご飯時と食後の運動、排泄時、そしてその名の由来となったある不思議な習性を現すときぐらいである。 <br><br>仕事中、視界の端でもそもそと動くものがあって目を向けると、大真面目に鹿にあらざる動きをしていることがある。はじめに気がついたのは未来学者に見せに行く前だから、まだ名前がなかったころだが、そのときは、ちびた赤青鉛筆を前肢で器用に掴んで野球のすぶり（傍点）に勤しんでいた。もちろん鹿の身体にできる動きには限界があるわけで、重たい尻を二本足でやっとこ支え、そのうえで上体を振り回すものだから、バランスは取れず、トンボ製のバットを一振りするたびに足下はぐらぐら、振り切ったバットは遠心力に引きずられ、蹄の間をすり抜けていきからんころん、一度振り抜ける度に苦労して色鉛筆を拾いバッターボックスに立ち直す姿は、愛らしくも滑稽ですらあり、目が合うと鉛筆を放ってなにごともなかったかのように定位置であるボックスティッシュの陰に帰って行った。こういうことが、手を替え品を替え、ひと月に一度くらいの割合で続くのである。サッカーをするふりのこともあれば、消しゴムを座席に見たててのドライブのふりのこともあった。バリエーションはともかくさまざまで、次になにがくるかは予想がつかない。ここまで説明したところで、友人の動物学者は匙を投げた。体が小さいだけならまだしも、きまぐれに人間のふりをする鹿なぞというあまりの荒唐無稽さに、手の込んだいたずらかなにかだと思ったらしい。 <br><br>動物学者と違って未来学者が偉かったのは、この「ふり」の意味を発見したことである。まだPretendeerではないPretendeerをダッシュボードに載せて某大学まで車を走らせた雪の日、暖房の効かない貧乏研究室でこの小動物を前に一通りの説明を聞いた未来学者は、少々動転しつつも、鹿の奇行はなにかわたしの行動にかかわりがあるのではないかと指摘した。つまり、飼い主であるわたしの真似をしているのではないか、というのである。とはいえ、わたしは運転はできてもふだん野球もサッカーもプレーしないし、テレビも見ない。よしんば誰かにゲームに誘われたとしても、そこにPretendeerを連れていくことはない。だから、九官鳥のようにわたしの真似をしているという線は薄いだろうと答えると――ここが未来学者は鋭かった――ではその逆はどうなのだ、と問いかえしてきた。むろん、未来学者も非常識な獣を前にして、半ばならずやけのやんぱちである。とりあえず思いついたことを、おそらくは考えもせずに言葉の並びをかえて投げ返してみただけなのかもしれない。しかし、ここでわたしの脳裏にふと、あのもやもやにさす一条の光がよぎったのである。初めてのオフィス机に興味深々で、洋書の山谷を徘徊するこの小さな鹿を見下ろしながら、わたしはそれを思い出した。 <br><br>野球観戦には行っていた。ただし、鹿がバッターボックスに立ってから。サッカーの試合にも友人に連れて行かれたし、妻と久々のドライブにも出かけた。ただし、すべては鹿が「ふり」をしてからだ。 <br><br>まさか、とは思ったが、思い当たる節が多すぎた。それを話した上で冗談半分に未来学者に命名を任せると、この不思議に愛くるしい生き物の名付け親に選ばれたことは満更でもなかったらしく、彼曰く「未来学的な」見地から、少々ウィットに富みすぎた品種名を下されたというわけだ。「ふり」をして事前に知らせる愛らしい鹿として、Pretendeer。 <br><br>こういうわけで、わたしは鹿を飼っている。PretendeerがPretendeerになってから、かれこれ二年以上経つ。しかし、ふだん日記など書かないわたしが、それこそPretendeerを拾ったときにすら日記をつけようという発想が欠片もなかったこのわたしが、いまここにそれを書き記しているのには理由がある。あれからPretendeerはさまざまな「ふり」をして目を楽しませてくれた。役に立つものもあったし、役に立たないものもあった。へべれけに酔っぱらったふりはなかなかに名演であったし、どこから見つけてきたのか、ミニカーを使っての撥ねられるふりはあまりの未完成さに涙を誘うものがあった。加えて言うなら、クリスマスパーティに参加する姿をひとりで再現するのは多少無理があったと思う。とはいえ、重要な事は、その「ふり」のどれもが的中してきたということである。事前に心構えが持てたという点で役に立つことはあっても、それを予期し回避しえたことは一度もないのだ。 <br><br>昨日から、Pretendeerが死んだふりをしている。「ふり」なのか、ほんとうに死んでいるのかは定かではないし、わたしとしてはそのどちらも好ましくない。しかし、それを言ったらそもそもPretendeerが野球の「ふり」をしていたのかはわからない。彼のなかではほんとうに野球をしているつもりだったのかもしれないのだ。Pretendeerが死んだふりをしているようだということ。重要なのは、もしかしたらこの後、こいつに餌をやってくれる人間が必要になるかもしれないということだ。それは、もしかしたら未来学者、きみかもしれないし、そうではないかもしれない。妻にはきみのことを話したことがあっただろうか……。ともあれ、この日記、あるいは遺書か、が誰だかわからないきみの手元に届いているということは、つまり――きみはもうすぐ、鹿を飼いはじめることになるのだろう。<br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/gen-kan-guchi/entry-10742429196.html</link>
<pubDate>Mon, 20 Dec 2010 15:30:38 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>６月委員会</title>
<description>
<![CDATA[ 　６月委員会とは、６月とはなんだったのかを検討する任意団体です。内閣府には届け出ておりません。 <br><br>　お集まりのみなさん、われわれ６月委員会の成果には、手前味噌でまことに恐縮ですが、他に類を見ない、いわば抜きん出た、頭ひとつ抜けた、あるいは抜けている、比類なき、突出した、篠突くような、はだしで逃げ出す、犬猫も泣き叫ぶ、全米が涙の熱帯低気圧に見舞われる、引き裂くような、絹を裂くような、ドドンパなみの、フジヤマのトビウオ的に東洋の魔女好みの、攻撃的な、砲雷科まかせの、おやしお級の、超弩級の、目も眩む、眩惑迷彩の、ＣＩＷＳの、曳光弾、その貫通力譲りの突破力と傑出性が認められることは、お手元にございます招待状に認めました通りでございます。ご唱和ください。６月委員会の目を灼かんばかりの輝かしい栄光に、乾杯！ <br><br>　みなさん、６月委員会の研究成果によりますと、たとえば、1765年の６月は“つば”であったことが確認されています。あの６月はつば（傍点）だったのです！　1853年はヌルヌルする船底に何百日もへばりついて疲弊したフジツボが６月の正体でしたし、1945年の６月はフェティシズムの親戚であるファシズムの心筋梗塞であったと言われています（一説では、老化にともなう自然的な現象としての脳溢血だったともされていますが、ひとまず委員会での主流派を採りました）。1793年に始まる１ダース弱の６月は長い間われわれの頭を悩まし続けてきましたが、これについても、昨年９月に開かれた第496回６月委員会大会にて多数決により決着がつけられ、白書としてとりまとめ提出されています。みなさん！　われわれの次なる課題としては、第一に６月誕生以前の６月たちについて吟味を加えること、第二に未来の６月たちを保護するようできるかぎりの政策提言を行ってゆくこと、第三に学究の徒として６月の定義をより厳密にしてゆくことが、全世界33,550,336人の６月委員によって同意されたところであります。 <br><br>　ところでみなさん、今年の６月とはなんだったのでありましょうか？　それはまだ丁々発止の議論が戦わされている喫緊の議題ではありますが、あえて申し上げましょう、わたくしはここで、性急にも、結論を出したいと考えているのであります。６月委員会主査として、全６月委員の注視のもとに、2010年の６月の正体をいま暴かんとする所存であります。いわんや、さきほど述べた６月委員会の三基幹命題にまでも、結論を与えんとする意気であります。 <br><br>　尺もないので結論を急ぎます。みなさん、もっとも完全な６月は６月の28日であることが知られていますが、今年の６月28日にはなにがあったでありましょうか。　……なにもなかったのです。今年の６月28日には、なにもなかったのです！　少なくともわたくしの日記は真っ白であります。その前後も含めて、日記に記述はないのです、なにも！　なにひとつ！　去年もおととしも、わたくしの日記はページが続く限り、どの６月も白紙ばかりであります！　タブラ・ラサなのです！ <br><br>　……簡単なことです。　……ただ目をそらしているだけです。見たくないものを見ようとしていないだけなのです。みなさん、わたくしは、６月委員会主査として宣言します。いえ、告白します。　……すべての６月は噓だったのです。あのウオノメだった６月も。Su-27の６月も。この６月も、その６月も！　すべての６月は真っ赤な、いや、嘘なのだから色などあるはずがありませんが、すべての６月は噓だったのです！　６月などというものはないのです！　６月などというものはなかったのです！　そんなことも知らなかったのですか？ <br><br>　すべての失恋も、６月です。<br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/gen-kan-guchi/entry-10742427380.html</link>
<pubDate>Mon, 20 Dec 2010 15:20:30 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>Geckonidae</title>
<description>
<![CDATA[ 死に至る病とは絶望である、と「墓場」の名を持つ男は言った。 <br>ひとはその絶望からひたすらに目を逸らして生きているのだ、と。 <br><br><br>今朝、家の前でヤモリが死んでいた。 <br>日の光に射し貫かれ、地面に縫い止められていた。 <br>押花みたいにぺしゃんこになって、干からびていた。 <br><br>仕事や課題で徹夜になると、窓から漏れる光にたかる昆虫を餌に求めて、深夜三時ごろ、どこからともなく現れた。重力知らずな縦横無尽の曲芸で、ガラス越しに疲れた目を楽しませた。不思議といちばんつらい時間帯にあらわれて、仕事の終わりがみえるとどこへともなく帰って行った。 <br>五本指の無口な働き者は、尻尾がちぎれ飛び、内臓をはみ出させて、今朝、アスファルトのよごれになっていた。 <br><br>汚い。 <br><br>一匹のアリが、どういうつもりか死骸に覆い被さっていた。 <br>ぼくは自転車に跨って、逃げるように学校へ向かった。 <br><br>ヤモリに墓場は、たぶん、いらない。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/gen-kan-guchi/entry-10742421084.html</link>
<pubDate>Mon, 20 Dec 2010 15:17:52 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>嘘</title>
<description>
<![CDATA[ 飲み会の楽しさがよくわからない、とか気取ってたら、誘ってくれるネットワークすらほとんどなくしてしまっていて、自業自得で、その癖周りが飲み会とかよく誘われてて、楽しそうなの見ると、と書こうとして、そもそもそういう「周り」を無意図を装いつつ意図的に排除してきたことに気がついて、書けない自分の卑小さに憤るけれども「いきどお」まで入力した辺りでまた軽やかにあるいは軽々しくpretendingな自分を目の当たりにして変換する親指はもはや惰性で飛ぶだけの間抜けなグライダで、とにかくそれでも飲み会の楽しさはやっぱりよく分からないと条件反射の舌剣が華麗な自己弁護となって翻り自己を切りつける切り結ぶ息をするように嘘をつけよ滑稽なシシュポスはぼくか
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/gen-kan-guchi/entry-10742419863.html</link>
<pubDate>Mon, 20 Dec 2010 15:15:01 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>ごあいさつ</title>
<description>
<![CDATA[ 簡単なことを難しく言いあらわすのは誰にでもできる簡単なことですが、難しいことを簡単に言いあらわすのは誰にでもできるというわけではないたいへんに難しいことでして。<br><br>簡単に言うと、このブログは玄関口です。<br>玄関口というからには、外と内があるはずです。<br>いまこの頼りない門柱に寄りかかって見回すと、それらの候補としては、どうやら以下のような領野があるようです。<br><br>・ おもしろい児童書<br>・ おもしろいYA<br>・ 風変わりな読みもの<br>・ エッセイじみたなにか<br>・ 哲学にかぶれたなにか<br>・ そのほか雑記<br><br>どれが内側とか、どれが外側とかはカンケイないです。<br>とにかく、玄関口だけがあるわけです。どこからどっちに抜けるにしろ、そもそも通らないにしろ、お好きなようにお使いいただければと思います。<br><br>ただ、玄関口ですから、ここにとどまることだけは、たぶんしない方がよいでしょう。<br>開けっ放しにすると、冬風が吹き込んで冷えますし。<br>適当にとどまって、適当にどこか好きなほうへ、入ってゆくなり出てゆくなりすればいいんじゃないでしょうか。<br><br>結局、なにが言いたいかわからなくなってしまいました。<br>でもたぶん、難しくはないんだと思います。<br>つまるところ、楽しめればいいのだと思いますので。<br><br><br>かしこ<br>（筆者が女性かどうかを確かめる術はありません）<br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/gen-kan-guchi/entry-10742418653.html</link>
<pubDate>Mon, 20 Dec 2010 14:53:02 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
