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<title>銀河鉄道は蒸気じゃない</title>
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<description>宮沢賢治作、「銀河鉄道の夜に」登場の鉄道は、どうやら蒸気機関じゃないらしい！</description>
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<title>幻想の匂い</title>
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<![CDATA[ 先日、テレビを見ていて初めて耳にした言葉。<br><br>「幻想文学」<br><br>お聞きになったこと、ありますか？<br>少し調べてみると、大きくはフィクション全般、特にファンタジー要素のある作品を指す意味が、原義のようです。<br>ただ、往々に使われるのは、現実と幻想の狭間と言うか。<br>言い換えるなら「白昼夢」のような、そんなフワッとした、不思議な感覚を指す時にぴったりなんだとか<br><br>さて、最近気になっているトピックの一つが「匂い」なんですけれども。<br>匂い、と「熱気」は似ている、そんなように思うことがあるんです。<br><br>随分と抽象的な議論になってきたので、いくつか具体例を交えてみたいと思います。<br>・夜の都会の匂い<br><br>例えば、初夏の季節。ビルを出たらもう夜になっていて、フッと風が吹くと、都会の夜のアスファルトの匂いが鼻をかすめる、なんてことありませんか？<br>もっと、イメージの補足をするなら、少し雨のような、生温かい匂い。<br>匂い、で気持ちが動かされるような。<br>僕は、六本木とか汐留みたいな、特に近未来的な雰囲気のある街なんかだと、一層気持ちが動かされるように思います。<br>もちろん、排気ガスだったり、高層ビルの明りやら高速道路やらといった景観含めた色んな要素があるんだと思いますけれども。<br>とにかく、匂いを嗅いだだけで、一瞬フッと気持ちが動いたり、意識の奥の何かがどこかへ行ったり、そんな経験はありませんか？<br><br>・海の匂い<br><br>海が近くに在って、潮風が吹くと湧きおこる気持ちもあるでしょう。<br>もちろん海といっても色々。沖縄やグアムのように常夏の島のトロピカルな風だったり、東北や北陸の日本海の風だったり、はたまた房総半島や湘南なんかの「日本の海水浴」を体現したような、電車や車を降り立った瞬間に鼻をかすめる匂いもあるかと思います。<br>今日、論題に挙げたい話や感覚に一番近いのは、お台場や豊洲、羽田空港なんかの湾岸エリアの匂いかと思っています。朝方だったり、夜や夕方なんかでも全然雰囲気の違う匂いで充たされますけれども、こうも人の心を動かすか、と驚くくらいにグッと掴んで話さない、そんな要素があるように思っています。<br><br>・合宿の朝の匂い<br><br>周囲にこの「匂い」の話をして、一番「あー、分かるわ」と共感を得るのが、この合宿の朝の話題。<br>例えば、中学か高校の部活の夏合宿で、山梨だったり長野なんかに行った経験のある人も多いと思います。朝、早く起きて宿舎を出ると、うっすら霧が出ていて、雨がりの土の匂いだったり、腐葉土のような森の地面の匂いだったり、またどこからともなく流れて来る焚火の残りのような匂いだったり。そんな匂いを嗅ぎながら、近くを散歩したりランニングしたりすると、不思議な気持ちになりませんでしたか？<br><br><br>まあ、具体例はこの辺りにして。少しでも話のイメージが伝われば幸いです。<br><br>最近思っているのは、この「匂い」を不意に嗅いだ時、戻って来る感情や気持ち、動かされる瞬間が少なからずあることにあります。<br>僕は下手くそながら少しだけ楽器と写真をやります。<br>視覚的な物、例えば風景や表情、もっと漠然と「色彩」はある程度「外部記憶」として記録することが可能でしょう。写真や映像が代表例だと思います。<br>また聴覚的な物、これは音楽だったり声だったり、もっと漠然と「音」と言えるものまで、録音することができます。また、楽器を奏でることもそうでしょう。<br>とにかく、自分が触れる少ない経験からも、視覚と聴覚はある程度の保存、再現が出来ることを感じています。<br><br>ただね、まあ前置きが相当長くなったけれども「匂い」だけは、上記のようにいかない。<br>頑張っても、なかなか残そうと思って残せるもんじゃない。再現しようと思っても作れない。<br>よく映画と旅行、映像か実際の風景かの違いは「臨場感」とか「生」と言う人がいると思います。音楽もCDで聞くのか、それともコンサートやライブに行くのか。そんなことも、左に同じことが言えるのではないかと。<br>つまり、「匂い」だと思うんです。やっぱり、匂いによる要素って本当に大きい。<br>人々が臨場感とか生、っていうあの言葉は、即ち「匂い」であると、言うことができる。<br>そんな風に思う、この頃です。<br><br>冒頭部分で「幻想」という言葉に触れましたが、人の気持ちを左右して「不思議だ」と思わせるにはこの「匂い」の要素が大きく関係していると。<br>そして、人の感情をセンセーショナルにさせる出来事ほど、その「匂い」はいつか「熱気」になり、やがて鎮火した時には「幻想」や「妄想」に変わると思います。<br>残像、とか、幻、とか、白昼夢、とか。<br>そんな単語を聞いて、もし少しだけでも反応する心の部分があるとしたならば、無意識的にそういった作用があるのかな、などなど。<br><br>幻想的な音楽と、幻想的な映像や画像に同時に触れた時、人の気持ちも大きく動きます。<br>これは映画の急展開のシーンもそうだし、ドラマなんかでよくある満点の星空やら、夏祭りの花火やらがある中で主人公が「結婚しよう」とか言ったりすることにも共通しているということができるでしょう。<br>マイナスイメージかもしれませんが、69年の安保の雰囲気。学生が異様な熱気の中で、ヘルメットを被って決起集会をする視覚的要因。また、過激な言論や政治活動、飛び交う罵声や怒号といった聴覚的な要因。加えて、これを「時代」と呼ぶんでしょうか？<br>やっぱり「匂い」が大きく関係していると。<br>その瞬間、その場所にいなければ味わうことにできない、100パーセントの理解は得ない。そんな匂いがあると思います。<br><br>随分と長い説明になりましたが、視覚も聴覚も嗅覚も伴わない、そんな文字文書による解説が最も中立かと思いました。<br>現在、この感覚的な物が一発で伝わるような、そんな何かを作成したい気持ちから奮闘中です。完成の暁には、このブログの方にも何らかの形でご報告したいと考えています。<br><br>しばし、お待ちを。<br>
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<link>https://ameblo.jp/ginga-tetsudou/entry-10900307648.html</link>
<pubDate>Mon, 23 May 2011 03:43:40 +0900</pubDate>
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<title>宇都宮　２</title>
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<![CDATA[ さて、先日は餃子の話で中途半端に終わってしまいました。<br>今日は新聞社の話をしたいと。<br><br>栃木県、報道、というキーワードから何を連想されますか？何を思い出されるでしょうか？<br><br>下野新聞を受験するきっかけは大学のある講義にありました。僕が所属する学部には、裁判や事情聴取、被疑者取り調べなど司法に携わる心理を専門にした教授がいます。僕の専門ではありませんが、その道では割と有名人というか、日本の中でも数少ない司法関係の心理を中心に研究されている教授なんだそうです。<br>それで、その教授のある講義の中で「足利事件」という冤罪の話を聞いたんですね。<br>事件の内容についてここでは深く触れませんが、無罪の方が殺人の罪で実刑判決を受けてしまっていた。が、報道機関の調査によって、かつての判決は事実無根、不当であったことが明らかになったと、大きく言ってそんな事件です。<br>３年ほど前の事件ですが、当時は裁判員裁判が始まった時期もあって、法曹界のみならず、大きく社会の関心が集まりました。日本の「警察」や「司法」の在り方が問われた訳ですね。<br><br>その事件が発生したのが、栃木県。もちろん、全国ニュースとして取り扱われた訳ですが、地元新聞である下野も、相当に力を入れての取材、報道であったとのことでありました。<br><br>大学教授は専門だったことから、新聞社の記事の解説や関連の本の出版に際し、コメント、批評や調査を手伝ったそうです。<br>その教授が「下野、良かったよ～、せっかくなら受けてみれば？」なんて声をかけてくれたもので、フラっとES書いて、試験受けて、と。<br>そんな流れで、前回書き始めた「宇都宮へ降り立つ」的な話に繋がる訳です。<br><br>地方新聞もいくつか受験を考えていますが、ちゃんと受験しているのはここが二つ目になるでしょうか？一つ前に受けた東海地方の新聞社とも共通しますが、その地域であるとか、地元のことを知らないとなかなか苦しい。そんな、地方新聞受験であります。<br>面接やら集団討論やら筆記試験やら、何かについて地元ネタが中心になったりするので、綿密なリサーチが欠かせません。が、やっぱり地元民と対等に話なんかできない。<br><br>まあ、おそるおそる、さも「詳しいですよ、何か？」的な虚勢を張って、やり過ごす。<br>そんな日々が続いております。<br>
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<link>https://ameblo.jp/ginga-tetsudou/entry-10900298676.html</link>
<pubDate>Mon, 23 May 2011 02:37:06 +0900</pubDate>
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<title>宇都宮　１</title>
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<![CDATA[ 宇都宮、行って参りました。<br><br>ということで、今回は宇都宮への小旅行と地方新聞について、少し能書き垂れます。<br>宇都宮、僕は20数年生きてきて、今月の初めまで行ったこと無かったんです。<br>ということで、先日初めて土を踏む。ガンダム、大地に立つ。<br><br>宇都宮に行った理由は一つ。そう、何を隠そう就職活動です。<br>栃木県の県庁所在地である宇都宮には「下野新聞（しもつけ、と読みます。僕も最初は読めませんでした）」という、県内発行の地方新聞本社があります。まあ、そこへ入社試験を受けに行ったと。そういう話です。<br><br>宇都宮には沢山の餃子屋さんがあって、駅前も市内も時折「餃子」の看板を見かけます。<br>あと、有名ですが「いちご」関連の食べ物が至る所に売っている、そんな街でした。<br>湘南新宿ラインの宇都宮線に揺られて、新宿から約一時間半。長い道のりでありました。<br>JRの駅と東武鉄道の駅が割と近くにあって、市街も「旧市街」、「新市街」に分かれているような、そんな印象を受けます。ちなみに、街は東武宇都宮を中心とした新市街が栄えている様に見えました。<br>これは日本全国、大抵の都道府県に言えることではあるけども、地方新聞の本社というのは県庁のすぐ近くにあります。そして、県庁は、大抵の場合駅前に在る訳ではない。<br>つまり、新聞社は駅前に無い。とまあ、こういった三段論法が成立します。<br>これはデフォルトです。<br>まあ、就職活動という名目ながら、普段行ったことのない土地に行くというのはなかなか楽しい体験であります。<br><br>今回は地元で有名と聞く「みんみん」という餃子屋さんにお邪魔して、昼食を摂る事に。<br>そのメニューの潔いこと、大変びっくりでありました。<br><br>・ライス　100円<br>・焼餃子　240円<br>・水餃子　240円<br>・揚餃子　240円<br>・ビール　400円<br><br>以上<br><br>この潔さ。僕はいままで「餃子」という食べ物に失礼な考えを持っていたのかもしれない、そんな風に考えさせられる出来事でありました。だってそうでしょう？<br>「餃子」は大抵、炒飯とかラーメンなんかと一緒に中華屋さんで出て来る食べ物だと思ってたんです。もちろん家庭で作ったりもするけれど、まさかご飯屋さんのメニューが<br>ライスと餃子だけとは思わなかった訳です。<br><br>まあ、ということで殆ど新聞の話にならなかった訳ですが、今日はこのへんで。<br>次回に続く。<br>
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<link>https://ameblo.jp/ginga-tetsudou/entry-10899139236.html</link>
<pubDate>Sun, 22 May 2011 01:04:17 +0900</pubDate>
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<title>毎日新聞　U記者について</title>
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<![CDATA[ さてさて<br><br>毎日新聞のU記者と話をする機会があった。大学に客員講師として来られていた関係もあって、講義も受講することもできたと。<br>とても有意義な時間なのです。<br>U記者はテレビの解説者もされている方で、毎週のある曜日に、みのさんと激論を繰り広げていらっしゃる。博識の本当に素晴らしい方、という印象でしたね。とても温かい、優しい方でした。いや、毎日新聞は素晴らしい。Tさんも、Yさんも、Nさんも。<br>お会いする度にその新聞社のカラーと云うものが少しだけ見えてくるように思います。<br>毎日新聞は自社の方の言われる通り、「自由」な気風そのまま、よく顕れているように感じるのです。<br><br>はい。その方と、この一ヶ月に３回程お会いする機会があって、毎回U記者の震災に関する評論やご意見を伺うことができました。以前は新聞社系の雑誌編集長を務められた名記者だけに、論点も鋭く毎度驚嘆の連続でありました。<br><br>さて、前回のブログ更新を見れば、3月の7日。次回クライマックスとか言っていたら、本当にブログが終わったかのようになってしまっていることに気が付きましてね。へへへ・・・。<br>今日は、震災に関することに色々と触れたいと思って、でもまた、これがなかなか難しい。<br>何を記すか、少し悩んだので、そのU記者の講義受講の感想レポートをそのまま掲載したいと考えます。<br>僕が、講義のレポートで普段どんな事を書いているのか、気になる方は是非ご覧くださいｗ<br><br>見たくねーよ、って人は、もうここで止めちゃって全然結構です。<br>以下、あまり面白いことは書いてません。<br><br>５月１８日提出レポート<br><br>果して、原発はどうあるべきなのだろうか？<br>講義を受ける中、平行してずっと思ったことである。考えていたことである。<br>先の震災より前期すぐのタイミングということもあり、地震や原発の話は切っても切り離すことのできない、「特別」な講義だった。その震災によって採用活動が延期された毎日新聞を受験する私にとって、その当の新聞社の記者の方から原因となった震災の評論を聞くことは、そういった意味においても「特別」に思えた。<br><br>私が思ったのは「言葉」ということである。情報と人々の声を媒介する新聞メディア。<br>講義を聞く中に現代を思った。最も印象的だったことは、第三回の講義冒頭で、一時帰宅の被災者の人々と、その行政の対応について触れられたことである。<br>ゴールデンウィークをはさむ全三回の講義期間。その一ヶ月の中でも、震災に関する様々な状況は日々変化し、進行した。一時帰宅の人々の「気持ち」をもっと優先すべき、とのU記者の言葉に思う所があった。胸が熱くなった。<br>透明のビニール袋にまるで「詰め放題」のように衣類や所持品を入れる人びと。背中の「番号」で識別される人々。住まいと生活と、大切な人や物を失った悲しみに、私たちはどれだけ寄り添えているのだろうか。二ヵ月余り経って、よもや半分他人事のようになっていないか。<br>私はそう問われているように思った。<br>「相手の身になって考える」ということは、口で言えても、真剣に取り組めば取り組んだだけ難しい。私はいかに「冷静」に受け止めるか、そういう手腕が求められる職業こそ記者と考えていたが、「人間を扱う仕事」と仰る言葉に、その奥の「思いやり」を感じた。<br>新聞では毎週のように様々な調査やアンケート結果が記事となって掲載される。テレビの記者会見や、人々への街頭インタビューも画面を賑わせている。左記で共通することは、「報道機関」が「何らかの対象者」へ「ある事柄」について「回答を求める」ということにあるだろう。<br>私がニュースや新聞を見て思うことは、質問のタイミングや言葉遣い、前後の会話や導入の流れによって、その「回答」のニュアンスも左右されることである。<br>震災のショックから「原発は不要だと思うか？」と質問すれば、大方の人はYESと回答するだろう。しかし「原発の使用もやむを得ないか？」と尋ねれば、これまたYESと言う人が多くなるのも事実である。<br>「言葉」ということを強く思う。<br>本レポートの冒頭に書いた「原発はどうあるべきか」という私の問いも、上のような矛盾や見えてこない真実への疑心から、かすみそうになることもある。<br>今はU記者の言われる「思いやり」という言葉の内に、その答えの片鱗があるように感じている。<br><br><br>以上<br>
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<pubDate>Wed, 18 May 2011 04:07:43 +0900</pubDate>
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<title>ツーリスト！</title>
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<![CDATA[ 今日は、話題の映画「ツーリスト」について。<br><br>今日ね、観て来ましたよ。１５００円払って。ジョニー・デップ、やあ、水の都で暴れまくってましたね。<br>なんだか、日本にも凱旋というか、PRに来ていたみたいで、大騒ぎだったニュースを見たんでね。<br><br>「英国王のスピーチ」を横目に、昨日公開の話題作観たんです・・・。はい。<br>みなさんはどの様な感想を持たれましたか？きっと、yahooの映画クチコミみたいな所では激しい品評が行われていることでしょう。<br>まあ、これは僕の個人的な感想なんだと思いますが、少し残念な感じでした。<br>というのも、最近気づいたのが僕はそもそもミステリー系の作品があんまり好きではない、ってこと。<br>上の映画の公式サイトに行ったら「ミステリー」って書いてあったし。観た感想、ミステリーなのかどうかも定かでは無い感じでしたが、話題の大きさと宣伝の割にパッとしない映画でした。<br><br>なんか、もっと激しいのやって欲しかった。大暴れして大爆発、どどーんみたいな・・・・、ああ、それじゃあアクション映画になっちゃうわけね・・。<br><br>ともあれ、おしゃれ感出し過ぎて、シナリオはそこまで力が入っていないような。オチも個人的にはオチてないようにも感じましたが。深み、は無くともそんなに頭を使わずに、綺麗な映像を観られる点ではとっても評価できると思います。確かに、おしゃれ感とカッコいい感じはよくでていたかと。<br><br>先月、ソーシャルネットワークも観たんですが、あれはなかなか面白かった。いままであんまり関心持てなかった情報関係の講義も少し楽しくなりそうです。<br><br><br>さてさて、明後日はいよいよ単位発表の日、ドッキドキですねー。<br>果てして、いくつの単位が取れているのか、無事進級はできるのか、次回感動のクライマックス。<br>積むや、積まざるや・・・・・。<br><br>（※今後もブログは続きます）
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<pubDate>Mon, 07 Mar 2011 01:26:16 +0900</pubDate>
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<title>端！</title>
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<![CDATA[ さて、こんばんは。<br><br><br>ブログ開設以来、ずっと記者だのＥＳだのばかりだったので、今回は音楽の話も。<br><br><br>まあ、こんなこと僕が言っても仕方ないんだけど、日本のロックシーンはしばらく元気無いですな。<br>音楽番組に一組もバンドが出ない。これは由々しき問題だと思うんです。<br>やっぱりね、バンド、というかギターが無くなったら、少し淋しい。それも、危機迫るギター。エモーショナルなギター。なんか、人間味溢れて、グッとくるようなギターを弾く人がどんどん姿を消していくようで。<br>とにかく、繊細な爆音、とでも言うんでしょうか。ずさんな訳じゃなくて、計算のある、確信犯的な爆音。ぶっとんでるんだけど、ちゃんと〆るとこ分かってるっていうか。<br>伝わりますか？　伝わりませんか？<br><br>とりあえず、ストラトやテレキャスや、ジャズマスターでキレるロックやってるバンド見るとドキドキしませんか？グレッチもいいよね。<br>９０年代の日本のロックは、今考えても、本当にやばい。<br><br>thee michelle gum elephant<br>blankey jet city<br>number girl<br><br>まあ、色んな意見があるとは思うけども、このバンドたちはマジで生きた伝説でしたね。<br>一昨年、アベさん亡くなって随分と注目集まったけど、特にミッシェルの初期と解散の直前期はやばいね。<br>グルーヴ、なんて言葉知らなかったけど、音圧と疾走感と「うねり」はもうビシビシ感じる。<br><br><br>こんなことを書いているブログ、きっと沢山あるんでしょう。どこにでもあるんでしょう。<br>うわー、痛ぁーい。<br>去年ね、暮れにzazen boysのワンマン観て来たんです。生の向井氏。圧巻でした。こちらもプロ。<br>昨日の話とも重複ですが、ひとつの事を極めるってことは本当に素晴らしい、本当に難しい。<br><br><br>でもねー、その人にしか出せない「味」というか「世界」というか、そういう雰囲気が醸し出せたらいいよねー。きっと、楽しいよねー。そりゃ色々ほんと大変なんだろうけど、カッコいいよねー。<br><br>時代の先端を走る、てのも一つ才能だと思います。時代の端っこを走る、てのもなかなか難しい。<br>どっちも、「端」なんです。端、というのは隅なんですね。隅っこで生きる、常に隅っこに居続けるのは難しいよねー。これは決して、つっぱるとか、そういう表面の話じゃなくて、自己の内側の問題。<br><br>人がやらないことをやる、できないことをやる。これはとっても大変だ。自分の業も、覚悟も、周りの声も全部向き合って、精力傾けて取り組む。あんまり、こんな話好きじゃない人も多いでしょうが、<br>どうもすみません。どうも、お付き合い。<br><br>僕もその端にいたいと願ってるんですね。まあ願ってるだけ。ずっと憧れ・・・・ふふ。<br><br><br>真ん中じゃなくて、端っこ。プライドのある端っこ。信念のある、端っこ。<br>端っこに懸けるって、なんだかイイじゃない？<br><br>
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<pubDate>Sat, 05 Mar 2011 00:37:01 +0900</pubDate>
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<title>プロ！</title>
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<![CDATA[ 先日、少年サンデー掲載の「ハヤテのごとく」というマンガを読む機会があった。<br>作中、キャラクターが「できないことができるから、僕はプロを名乗っている」と熱く言うシーン。<br>作中設定のプロ人気漫画家は、ギリギリの時間に猛烈なスピードと類い稀な才能をフルに発揮して、無理やり間に合わせる荒業を成し遂げる時、上のセリフを発したのね。<br><br>いやいや、「プロ」っていう言葉、本当にアツい何かがほとばしってるのを感じたね。<br>個人的には、上のセリフ、非常にgoodです。なんか、響くものがあったように思うよ、少しだけ。<br><br><br>というのも、先日、朝日新聞の記者、つまり物書きのプロ、取材のプロと半日、じっくり話をする機会があったんです。人格的にも、もちろん素晴らしい人ではあるんだけども、とにかく文章の能力。これは、着眼点も構成、校正の能力も、本当にケタ違いで、目の前で心から感動した出来事だった。いや、ここで表現できないくらい、あれはやばかった。プロ、っていうのはああゆうことを指すんだと思う。<br>同じ日本語を使ってるとは思えなかった。加えて、自分が全力で書いた文章のレベルに身震いですね。<br><br><br>話によれば、もちろん新人の時から苦労を重ねての今だそうで。と言っても、自分より７、８歳上の人が、自分の稚拙な文章を数分の間に、見違えるように息を吹き込む。確かに土台は自分の文章なんだけれども、同じ文量、文字数、行数で遥かに読みやすく、２倍くらいの情報が詰め込まれて、おまけに深みと余韻が出てる。<br><br>もう、本当にびっくりしました。だって、もっと読みたいと思う文章なんだから。<br><br><br>これには、自分の顔が驚きと尊敬と、超絶な職人芸、あんまりの自分との差を感じる複雑な気持ちも絡んで、無意識にニヤけっちゃったのね。自分の口角が壊れたのかと思った。マジで。<br><br><br>自分の目指してる職業ってのは、どれだけプロ意識の塊なんだろうか、と本当に感じました。<br>できないことができるから、プロを名乗っている。ほんと、ダテじゃないって言葉を思いますね。<br><br><br>憧れ、ずっと憧れ。<br>新聞記者、やべーよ。プロ、すげーよ。<br>何かに精通するっていうことは、素晴らしい。
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<pubDate>Fri, 04 Mar 2011 05:21:42 +0900</pubDate>
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<title>ＥＳピーク！</title>
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<![CDATA[ あー。前回は割に思いの丈をぶつけましたね。<br><br><br>まあ、自分も言えた義理じゃないけれど、ブログってのはつくづく、一方通行のメディアなんだと感じる訳さ。<br>つまり、誰が読むのか分からない。もしかして読者は０人かもしれない。そんな状況下でたくさんの人は、近況報告だの、つぶやきだの、雄たけびだの、ネットの海に情報を投げつける訳だ。<br>個人的には、海というより「雲」に向かって一人で喋ってる感覚に近いね。なんて言うか、社会に言いたいことはあっても、人からは批判されたくない、っていうザ・現代人のツールなんでしょう。<br><br>同じくしてブログ作った僕も、まあ例外なく。<br><br><br>・・・おもしろいっ<br><br><br>ゆるくやりたいと思うんでね。全部独り言ですわ。<br>ただ、誰からも相槌も無く、これだけずっと一人で喋れるっていうのも、大人としてどんなもんでしょうか？<br>ねえ。<br><br><br>ところで、ＥＳがピーク。やばい。新聞各社のＥＳ〆切が、なんとなんと怒涛の勢いで差し迫ってる。もう生活も完全に昼夜逆転してしまって。<br>夜に早い時間からＥＳに取りかかっても、集中して時間を忘れ、少し疲れて休憩して。でも、まあ中途半端で寝るとマズいかなー、なんて思うとキリのいいとこまで寝れなくて、「朝」。ってな毎日。<br><br>一日ズレ込むと、生活リズム狂っちゃってなかなか戻らない悪循環。いやいや、現代人感じる28時。<br><br>殊にね。新聞社のＥＳって多業種に比べてとにかく書かせるような雰囲気があるのさ。<br>業種から言って当たり前なんだけれども、文章推敲して、間違えないように清書する、って作業のエンドレスなこと。エンドレスなこと。<br>この一連の動作を、あと何クール繰り返すんだろーか？きっと、今この瞬間もＥＳに困って徹夜する学生たちに溢れている事でしょう。<br><br>とりあえず、ＥＳの作業に戻るとします。失敬
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<link>https://ameblo.jp/ginga-tetsudou/entry-10819815049.html</link>
<pubDate>Fri, 04 Mar 2011 04:15:53 +0900</pubDate>
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<title>記者になる</title>
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<![CDATA[ 最近、思うことと書いている事がなんとなく繋がっていない気がして、決して嘘ではないのだけど、危機迫る、肉迫した自分の感情の機微、みたいなものとはずいぶんかけ離れてしまっている様で、とにかくそういったエモーショナルな雰囲気に欠けてる気がしているわけだ。ＥＳの内容とかマジでふわふわして歯が浮く感じがする。<br><br>今日、学生運動のさわりだけのパロディ的な映像を目にする機会があった。この映像のおかげで、少し忘れかけていた、自分の内側から出て来る、内包するフツフツとした何かが、呼び起された気がする。ちなみに映像も、学生運動に対する解釈も浅く、ひどいと言わざる得ないようなものだったが、そういった事象については今回は触れることは避けたいと思う。<br><br>先日、朝日新聞記者と会ったが、度量と器と知識を備えた人物と感じた。最近、文章の構成や内容について指摘が多いので、今回は気にせず、ぶちまけてみたい。<br><br>記者になりたい、と思わせるのは、自分の生きている社会の矛盾や困っている人の力になりたいと思うような気持ちだったと思う。むしろ逆で、それは警察官であっても、自衛官であっても、国家公務員であっても構わない訳なんだが。まあ。色々考えた時に自由にやれて、生活に身近で、波及効果が大きいように感じたのよ。世の中の矛盾や訳のわからん事件、国家権力の有象無象に真っ向切って戦える「報道機関」という言葉に魅せられたように感じるね。<br><br>最近はやれ就職難だ、やれ不況だと世間が必要以上に騒いで煽るばっかりに、雇用側もリクルートする側も必要以上に加熱しちゃって、変に疑心暗鬼になったり、やたら肩書や能力や奇抜さにこだわったり、はっきり言って、とんだ茶番がどこもかしこも繰り広げられている。みんな能書きばっか並べる大勢の一人になってしまう。しかし、ここでそんな体制の批判をしたって始まらない。そんな時代と体制にとりあえず適応しないと、夢は叶えられない。夢を叶えられないと、先は見えない。大きいことを言えば、この国や社会も変わらない。つまり、我慢を強いられる就職活動に全力で取り組むことが、人に役立つことに繋がるわけだ。とんでもなく間接的ではあっても。<br><br>　だから、やっぱり全力で取り組まなきゃならない。なかなかうまくいかないけれど。<br><br>さて、逆である。つまり、記者になったら人に役立てる、じゃなくて、人のために何か頑張りたいから、せっかく一生過ごすなら社会の為に必死になってみたいからきっと記者を志すんだと思う。難しいね、やっぱり。一筋縄じゃいかないわ。<br>笑われてしまうかもしれないが、世の中にはフィクションよりもよっぽど怖い出来事がある。本当に目を背けたくなるような、大変な出来事が沢山ある。多くの人は、難しいし、面倒だし、嫌になって眼を背けてしまうのかもしれない。<br><br>けれども、その問題や事件の渦中にいる人はそうはいかない。どれだけ逃げたくても逃げられない。例えば、自分の家族が大変な目に遭ったり、もしくは世間に迷惑かけちゃったり、自分の生まれた国だったり、自分の信じる神様だったりが周りから批判されたりするようなことになると本当に大変だ。これは国際報道の話や、大きな地震とかビルに飛行機が突っ込んだりする話だけでなくて、今、君のすぐ近くでこの瞬間に起きている。隣の家で子どもが虐待されてるかもしれない。認知症のおじいちゃんが家族からいじめられているかもしれない。学校裏サイトのネット上で袋叩きされて人権とか考えて頭抱えてる中学生がいるかもしれない。これは問題だ。一生懸命真面目に生きてきても、自分の勤めてきた会社が「フキョー」のせいで潰れそうかもしれない。そもそも、その不況がなんで起きたのかも、何なのかも知らない人がたくさんいる。借金の連帯保証人になっちゃったために、自分が一円も使ってないお金の返済に悩まなきゃいけないかもしれない。これは本当に問題だ。日本の年間の自殺者数は年間3万人を越えてる。<br><br>つまり、遠く離れた砂地の国の出来事もとんでもなく大変かもしれないが、自分の生きている国や街でも、とんでもなく大変な事は毎日沢山起きているわけだ。これは、やばい。<br>何がやばいかって、これを、やばい、と思ってない人がたくさんいること。人事で済まない事が必ず誰でもすぐ傍にたくさん転がってるわけだ。ついつい、大きな事件や衝撃的な映像、デモとかテロとか爆発とか象徴的な出来事ばっかりに目が行くけれども、新聞のテレビ欄一枚めくれば、社会がどれだけ混乱しているか、よくこれだけ秩序を保っているものだと感心するくらいやばい現実を実感すると思う。<br><br>　さて話が少し逸れたけれども、こんな僕にも優しくしてくれる人がたくさんいる。家族だったり大学や所属している色んなコミュニティーの人が、考えてみればとんでもなく優しくしてくれるわけだ。ご飯を食べさせてくれたり、相談に乗ってくれたり、真剣に討論してくれたり、楽しい話をしてくれたり。頭にくることも随分あるけれども、色々差し引いても、とんでもなく優しくしてもらえる。これは、すんごい主観的意見だが、周りの優しくて一生懸命に前を向いて生きている人には、世の中の悲惨な現場とかできれば見てほしくない。難しくてやばい出来事も真剣に向き合ってはほしいけど、ご飯が喉を通らなくなるくらいには悩んでもらいたくない。もっと言えば、誰かのワガママや怠慢でもって虐げられたり、泣くようなことになって欲しくない。もう、これは本当に涙が出るくらいにそう思う。でも、実際にはそうならない現実もあったりして、世の中の人は（例外なく僕も含めて）そういう現場に立ち会うと無力感を感じるわけだ。<br><br>　僕の就活がうまくいって念願の新聞記者になれたとする。まあ、それで世の中が変わるとはあんまり思えない。むしろ、全然思えない。ただ、僕が新聞記者になって記事を書くことで、今、この瞬間にも困って声を枯らす位に泣いてる人が一人でも減ったらいいと思う。僕の書いた記事を読んで、自分の生きてる社会とか人生なんかを昨日よりも小指の爪くらいでも上乗せして真剣に考えてもらえる人が増えたら本当に嬉しい。みんな見たくないけど、誰かが見なければ始まらない事件なら、僕が向き合いたいと思う。僕も進んで見たいと思う訳じゃないけど、それが誰かの為に繋がるんだったら、わりと厳しい仕事でも頑張りたいと思う。<br><br>　こんな志でもいいだろうか。こんな話を聞いたら、坂の上の雲に出て来るような歴史の偉人達は笑うだろうか。雲の上の神仏はどんな風に思うだろうか。<br>　<br><br>全力を尽くしたい。<br>
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<link>https://ameblo.jp/ginga-tetsudou/entry-10817711467.html</link>
<pubDate>Wed, 02 Mar 2011 04:53:34 +0900</pubDate>
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<title>ご挨拶</title>
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<![CDATA[ さて、ブログ始めます。<br><br><br>誰に読んでもらおうって訳じゃないんだけれども、思ったことをぶちまける場があってもいいんじゃないかと思って、作ってみました。<br><br><br>音楽の事、日常の事、色々ここだけの話を織り込みたいと思います。<br><br><br>まあ、よそいきの話じゃなくて、ぜひ本音の場にしたいと。<br>どうぞよろしく。
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<link>https://ameblo.jp/ginga-tetsudou/entry-10817710053.html</link>
<pubDate>Wed, 02 Mar 2011 04:45:14 +0900</pubDate>
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