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<title>夢見るエンジニアのブログ</title>
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<description>ジャンルが定まってないけど、思ったことを。</description>
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<title>ブログについて</title>
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<![CDATA[ 最近はこちらのブログ更新が多いです。↓<br><br><a href="http://and1019.blog93.fc2.com/" style="font-size:140%;"><strong>ＩTαブログ（仮）</strong></a><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/global-peace/entry-10694171248.html</link>
<pubDate>Mon, 01 Nov 2010 19:22:54 +0900</pubDate>
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<title>従属を嫌う　～Think different～</title>
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<![CDATA[ なぜ人は自分以外の何かに付き従うことに満足してしまうのだろうか。多くの場合その何かのために時間を奪われ、ストレスを感じているにもかかわらずそこに収まっている。<br><br>結論を先に言ってしまえば、所属することで得る自尊心を得ること、あるいは何かに従っていることが楽だということだ。たとえ自分の所属している何かという環境が厳しいものであったとしても、成長できる機会を用意しているのはその何かであるのでそれは楽だ。楽とは怠惰ではない。目的地への道順が何かによって示されていることだ。<br><br>その中で自主的に動くことは可能だが、強い信念を持っていなければその文化や先人のモデルルートによって同化してしまうだろう。<br><br>ところで、従属とチームは全くの別物である。従属は楽であるかわりに個人を殺しかねないものだが、チームは恊働であり、自主性がなければ何も生み出すことができない。ここでいう自主性とは従属においての行動の自主性のようなものではなく、もっと根本的に主体性を持つことである。<br><br>従属に染まってしまう人はそれが楽だと思ってはいないだろう。何かのために一生懸命働いているので日々に疲れもするし自尊心も持つだろう。むしろ従属を嫌う人を非難するかもしれない。とくに日本人の労働主義ともとれる勤勉な文化ではそうだろう。<br><br>だが考えてみれば、何かのために自分を殺して一生を終えるのなら生まれてきた意味を見つける暇もない。子どものころ馬鹿みたいに憧れた夢を実現することもできない。可能性があるにもかかわらず。<br><br>こういうことを言うと、「もっと現実を見ろ」と反論されるだろう。そういう言葉にはあきらめが伴っているように思う。歴史に名を残してきた人たちは一部の選ばれた人間だとか、世界を動かしてきたのは一部のエリートたちだとか、才能が全然違うとか・・・<br><br>一つの個としてはほとんど相違ないのに、あきらめる必要はないと思う。もちろん生まれながらの環境の差や才能に違いはある。ところが幸いなことに世界は多様化しつつあるので、それらは目標をあきらめる理由としては弱まりつつある。<br><br>あきらめる人間は、自分の知る限りでは成功体験の少ない人間だ。勉強でもスポーツでも、成功した体験を持つ人は自分の可能性を信じる。そして成功によって得られる自尊心や喜びも知っている。だからこそさらに努力をし、さらに成功を収める。（一般的に高学歴な人たちが成功するのは、頭の良さや人脈・社会の評価のほかに成功体験という要素もあるのではないだろうか。）<br><br>従属から脱することは誰にとっても道なことであるが、可能性を最大限に発揮するにはチームや個人として自立した行動をとるべきだと思う。成功を知る人間にはそれが可能だ。成功体験のない人も、今から行動すれば少しずつ成功を重ねることができる。<br><br>要は動くか動かないかだ。<br><br>そしてこの動画は心に響くと思う。<br><br>"Think different"(日本語版)<br><object width="480" height="385"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/jIStLfVfwNg?fs=1&amp;hl=ja_JP"><param name="allowFullScreen" value="true"><param name="allowscriptaccess" value="always"><embed src="https://www.youtube.com/v/jIStLfVfwNg?fs=1&amp;hl=ja_JP" type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true" width="480" height="385"></object><br><br><br>→<a href="http://and1019.blog93.fc2.com/">ＩTαブログ（仮）</a>
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<link>https://ameblo.jp/global-peace/entry-10687565521.html</link>
<pubDate>Mon, 25 Oct 2010 21:58:27 +0900</pubDate>
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<title>好きじゃないと極められない、好きだけじゃ極められない。</title>
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<![CDATA[ （いつもと文体は違いますが・・・）<br>　楽しいこと、好きなことってのは誰にでもあると思う。はじめは単純に楽しいから続けていても、いつからかその分野では誰にも負けたくないって思うものだと思う。 <br><br>そんなとき、それはただ単純に好きだけじゃ極められないと気づく。どんなことでも一番になろうと思ったら努力が必要になってくる。それは非常に厳しいことで、逃げたくなるときもたくさんある。 <br><br>「楽しい」よりも「辛い」の方が多くなるかもしれない。でも極めるってのはそういうことだろう。この努力をするかしないかで極端に言えばプロフェッショナルとアマチュアのような違いにもなってくる。 <br><br>確かに辛いんだけど、それを乗り越えたときには楽に生きてきた人には手に入れることのできないものを手にする。 <br><br><br><br>俺も一応厳しいところでアイスホッケー続けてきて、辛いこともたくさんあった。楽しいことよりも辛いことの方が多かったかもしれない。 <br><br>単純に好きなだけだったらこんな辛いことはしなかったと思う。楽しむだけならもっとほかの道があったからね。 <br><br>だけどヘタなりに上を目指したかったから、周りが遊んでいるときに走るしかなかった。（極められたかどうかは別として・・） <br><br>不器用だからそんなことしかできないんだよね。 <br><br>辛いんだけど、試合に勝ったときなんかはすごい感動するし、負けたときは悔し涙を流したりする。努力無しじゃこんな感動は体験できなかった。映画見て感動するのとは全然違うんだよ！今の人格もこの努力によって築かれたと思う。 <br><br>小学生の頃からずっとアイスホッケーをやってるんだけど、長い間続けてこられたのはきっと好きだからだろうね。 <br><br>だから「好きじゃないと極められない、好きだけじゃ極められない。」ってことだ。 <br><br>組織とかのバック無しに活躍できるのは何かを極めた人だよな。正直に言うと今の自分は加速していない気がします。だけどこれからの数年間はIT×ビジネスの分野で生きると決めたから、頑張っていきます。
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<link>https://ameblo.jp/global-peace/entry-10670354097.html</link>
<pubDate>Thu, 07 Oct 2010 22:37:49 +0900</pubDate>
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<title>その言葉を使わない理由②　「社会起業家」</title>
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<![CDATA[ 　「社会起業家」。世間にこの言葉は広がりその概念が広まって、社会に貢献するために起業しようと考える人が増えるのは、非常にいいことだと思います。<br><br>　ただ僕個人の考えはちょっと違います。<br><br>　前々から言っていたことですが、僕がライフワークとしてやって行きたいことの一つは、世に言われる「社会起業家」という概念です。<br><br>　しかし、自分自身はこの言葉が好きではないのであまり使いません。<br><br>wikipediaによると社会起業家は次のように書かれています。<br><br><div style="background-color:#cccccc;margin:5px 10px 5px 10px;padding:10px;">ビジネスの起業家は、典型的には儲けと自分にどの程度報酬があったかで、その実績を計るのに対し、社会起業家は、社会にどれだけの強い効果を与えたかを成功したかどうかの尺度にしている。</div><br><br>　僕は起業家や会社組織は社会の役に立つことが前提だと考えます。もちろんそうでない会社もありますが、直接的・間接的に社会のためになっていると思います。そうでないと需要はない。<br><br>　社会のためになることを企業活動の目的にとする起業家が社会起業家というならば、水道哲学を唱えた松下幸之助は社会起業家でしょうか。ところが松下幸之助は偉大な経営者として世間に評価されています。その成功の源となったのが水道哲学をはじめとした社会への目だったと思いますが「社会起業家」とは違う気がします。<br><br>　また、「売り手良し、買い手良し、世間良し」という　近江商人の「三方良し」も商いが成功する人に多く用いられていて、「社会起業家」の概念に近い気もしますが、それは本来経営に必要なものであると思います。<br><br>　なぜ僕が社会起業家という言葉を使わないのか。<br><br>　まず上記のようなことは起業家にとって不可欠だと考えるので、あえて名乗る必要がないのではないかと思います。<br><br>　「社会起業家」と名乗ると何となくカッコいいイメージがあります。そして人は「世界中の人が幸せになれるように願い、自分だけはみんなよりさらにちょっとだけ…幸せであるようにと願う（※）」ものだと思います（自分だけ？）。なので僕はその感情を隠さず自分の利益も当然求めるのでカッコいい社会起業家という言葉を使って人に評価されようという考えは持ちません。<br><br>　もうひとつ、「社会起業家」という言葉が広まってきた現在、将来の夢を「社会起業家」という人もいるようです。しかし、何がしたいのかと訪ねると具体的には決まっておらず、ただ「社会起業家」になり社会に貢献したいという人もいるそうです。それは手段と目的が逆転しているのではないかと思ってしまいます。<br><br>　僕がなぜ「社会起業家」と言われる概念を目標にしているのかというと、自分自身激しい疲労によるとても苦しい空腹状態を経験し、世界の空腹を解消したいという目的からどうしたらいいかと考え、一時的・一方的な支援ではその根本原因が解消しないと思い、持続可能性の高い企業活動によって目的を達成しようと考えたからです。<br><br>　言葉だけが先走り、本来の目的を見失いたくないという思いから、僕は「社会起業家」という言葉は使いません。<br><br><br><br>※「<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4091822991?ie=UTF8&amp;tag=globalpeace00-22&amp;linkCode=as2&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=4091822991">世界の終わりと夜明け前</a><img src="https://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=globalpeace00-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4091822991" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;">」（浅野いにお）より引用 p142<br>
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<link>https://ameblo.jp/global-peace/entry-10661914198.html</link>
<pubDate>Tue, 28 Sep 2010 21:49:20 +0900</pubDate>
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<title>その言葉を使わない理由①　「社会人」</title>
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<![CDATA[ <p>自分は「社会人」という言葉をあまり使いません。</p><br><p>そもそも社会人とは何か？ネットで調べたら</p><br><ol><li>実社会で働いている人。学生・生徒などに対していう。「―になる」「―一年生」</li><li>社会の構成員としての個人。 </li><br></ol><p>ということらしいです。</p><p>これに対してなんとなく違和感を感じています。</p><br><p>自分が企業からの内定をもらい、大学を卒業する間際のときにバーで知り合った４０代くらいの男性に「これから社会人になるみたいだから聞くけど、社会人とは？」みたいな事を言われました。</p><br><p>社会人とはなんて考えたこともなかったし、その男性が求めているであろう答えを取り繕って答えることもできただろうけど、作文みたいになりそうだし社会人という言葉の違和感があったから答えることができませんでした。</p><br><p>自分は”これから”社会人になるのだろうか？学生という言葉の対義語として使うのなら確かにそうなのかもしれませんが、自分の周りには学生時代から起業をしたり、一般に社会人と言われる人よりも行動力や人格がしっかりした人がいたりと、学生と社会人という区別はできない気がしていました。</p><br><p>また自分自身も自分がコミットしている組織で責任のある立場を経験したり、企業サイトの制作に関わったりと、学生だから責任が免除されるとは思っていませんでした。</p><br><p>社会の構成員としての個人が社会人なのだとしたら、ほとんどの人がすでに社会人だし。</p><br><p>世間的に社会人といわれる人でも責任を放棄したりだらしのないことをしている人はいますし、年齢が低くても危機感を持って行動し社会に影響を与えている人もいます。</p><br><p>新卒一括採用で「学生」が終わったら「社会人」というのはなんとなく違和感があります。</p><br><p>だから自分は社会人という言葉はあまり使いません。</p><br><p>ちなみにその男性の答えは「責任と礼儀がある社会にいる人」でした。</p>
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<link>https://ameblo.jp/global-peace/entry-10571326530.html</link>
<pubDate>Wed, 23 Jun 2010 18:46:28 +0900</pubDate>
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<title>野菜直売所に学ぶ「商道」</title>
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<![CDATA[ <p>コンプライアンスは最近よく聞く言葉ですが、そもそもそういう言葉が注目されるようになってきたのが問題でしょう。</p><br><p>企業の不正が暴かれてニュースになることが多いです。おそらくニュースにならなくても不正は行われていると思われます。</p><br><p>一方で継続的に利益を得ながらもお客様のために働くという人たちもたくさんいます。</p><br><p>自分は武士道のような日本人の「道」という考えが商いにも必要であると常々思っていました。</p><br><p>身近な例で参考になったのが野菜直売所でした。自分の祖母は農家で野菜などを作っていますが、祖母は趣味で取れた野菜の一部を家の近くで直売所を開いて売っています。</p><br><p>趣味でやっているというのもありますが、直売所では利益を優先せずにそこに買いに来てくれるお客さんが喜ぶことを優先しています。</p><br><p>お客さんのほしい品物がなかったら畑に行って取りに行ったり、観光客が通りかかったら商品のトウモロコシをゆでてあげたりと利益には関係のないサービスをしています。（①）</p><br><p>何より祖母自身がそれを楽しんでいて、お互いが気持ちよく買い物ができます。（②）　それによって常連客もいるようです。（③）　常連客のお客さんは逆にお礼として品物を持ってきてくれることもあるようです。　（④）</p><br><p>また、店に誰もいないとき、商品の対価の支払いは用意してある箱に商品の価格分のお金を入れる仕組みになっています。商品やお金を盗むことは簡単にできますが、そのようなことをする人はいません。</p><br><p>お客さんを信用してそのようなシステムになっています。たとえコンビニなどで万引きを考えるような人でも、農家のおばあちゃんが一人でやっている直売所で万引きを考える人はいないでしょう。（⑤）</p><br><p>まとめてみるとこんな感じです。</p><ul><li>利益よりも客が喜ぶことを優先する（①） </li><li>仕事に心がこもっている　（②） </li><li>利益主義でないほうが結果として利益につながる（③） </li><li>いい仕事はお客に感謝される（④） </li><li>お互いに信頼関係がある（⑤） </li></ul><p>まだまだたくさんあった気がしますが今思いつくことをとりあえず書いてみました。</p><br><p>商いにも「道」があるといいと思います。直売所は考えずとも「商道」を実践していると思いました。「商道」を持つ企業が増えれば不正も行われなくなるのではないでしょうか。</p>
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<link>https://ameblo.jp/global-peace/entry-10567655011.html</link>
<pubDate>Sat, 19 Jun 2010 17:53:38 +0900</pubDate>
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<title>日本人の、幸せに対する熱意</title>
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<![CDATA[ <p>　たいていの日本人は、衣・食・住に困らず最低限度の生活に支障はありません。生まれたときから安全な環境に育ち、適切な教育も受けることができます。貧困に苦しむこともなければ戦火におびえる必要もありません。信仰も表現も自由です。</p><br><br><br><p>　貧困や戦争がなく自由に生きる道を選べる日本人と毎日の生活にも苦労する貧困国の人たちとは何が違うでしょうか。それは日本に生まれたということだけです。</p><br><br><br><p>　以前中国の大学に行ったとき、とある中国人の日本人に対する評価に驚きました。中国は発展中で今の日本よりも勢いはありますが、それでも経済大国としての日本・日本人を尊敬していました。</p><br><br><br><p>　ただその評価はトヨタやホンダといった一部の大企業の印象によるものだとも感じました。</p><br><br><br><p>　われわれ日本人の多くはたいした努力をしなくても最低限の幸せな生活を送ることができるし、尊敬されることもあります。逆に貧困国の人たちは最低限の幸せを得るために必死に努力します。</p><br><br><br><p>　努力をする気力や素質というのはどんな人でも持っていると思います。しかし自分が見る限り視野が狭いために努力を忘れてしまう人も中にはいます。</p><br><br><br><p>　大学を卒業後、新卒で就職した企業に一生をささげ、３０歳で結婚・２人の子どもを授かり安泰に暮らす。というのも最高の幸せですし努力を怠ってるとは思いません。しかし自分はあまり好きな生き方ではありません。</p><br><br><br><p>　貧困国の人が努力をしてこの生き方を手に入れようとするならば、同じ努力をして貧困をなくすよう努めたいし、日本を始め先進国の人たちにはそれが可能だと思います。</p><br><br><br><p>　幸せの形は様々ですが、自分はもっと広い目線を持つこともお必要だと思っています。</p><br><br><br><p>　優秀で熱意ある人が広い視野を持っていないとしたらどんなにもったいないでしょうか。</p><br><br><br><p>　日本人の幸せに対する熱意を世界に。</p>
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<link>https://ameblo.jp/global-peace/entry-10565961632.html</link>
<pubDate>Thu, 17 Jun 2010 20:41:02 +0900</pubDate>
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<title>「食」に対する美学（個人的に）　～アンチグルメ</title>
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<![CDATA[ <p>　「空腹」を経験したことがありますか？食べなければ死んでしまいそうなくらいの空腹（表現ではなく本当の意味で）。前にブログにも書いたように（<a href="http://ameblo.jp/global-peace/entry-10545606879.html">→ mixiに書いたマイビジョン</a>）、自分は以前それに近い経験をしたことがあります。</p><br><p>そのときは本当に食べ物のある日本という国に生まれてよかったと感じました。そんな経験から、自分は食に対してのこだわりがあります。</p><br><p>それまでも、高校のアイスホッケー部で体を作らなければならなかったので食べ物は必ず完食するようにしていましたが、自分だけではなく人の行動も気になってくるようになりました。</p><br><p>口に合わないからといって食べ物を残したり、お店で食べられもしないのに多く食べ物を頼むということを見ていると残念な気持ちになることが多くなりました。</p><br><p>特にテレビ番組によく出ている「グルメ」と呼ばれる人たち。彼らは一体何者なんだろう。どんなに舌が肥えているのかはわかりませんが、目の前に出された食べ物を平気でまずいといえるのが自分には考えられません。</p><br><p>世界ではトウモロコシの粉をお湯に溶いたものを主な食事としている地域もあるのに、しっかりと味付けもされた最高の食品をどうしてまずいといえるだろうか。日本で出てくる料理はたいていおいしいものばかりだと思いますけどね。</p><br><p>以前自分が中国に行ったとき、確かに口に合わないものもありました。でも残すことはありませんでした。なぜなら食べ物を食べることができるだけで幸せなのだから。また、食を提供することはもてなしであり、食べることはそれに答えることだとも思います（文化によって違うが）。それが自分の食に対する美学です。</p><br><p>世界で生産される穀物の量は、世界中の人々の空腹を満たすだけの量があるといわれています。しかし実際にはその多くが先進国で在庫として保管されていたり、廃棄されたり、家畜用のえさになったりしています。少し前にはバイオエネルギーというのもはやり始めました。</p><br><p>今は、食の流通サイクルに（時に生産者でもある）貧困国などが入れていないと思います。</p>
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<link>https://ameblo.jp/global-peace/entry-10555790149.html</link>
<pubDate>Sun, 06 Jun 2010 19:24:00 +0900</pubDate>
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<title>良いことだけどフェアじゃないよね・・・</title>
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<![CDATA[ <p>（思ったとおりの記事だ・・って思った人がどれだけいるか・・・）</p><br><p>「1 liter for 10 liter」と、掲げていた企業があった。たしか１リットルの水を買うと井戸を掘って（？）１０リットル分の水が貧困国にもたらされる・・・だったかな</p><br><p>最近この商品を買うとこれだけ寄付されます。みたいなキャンペーンって結構ありますよね。いいと思います。やっていることは。</p><br><p>でも大々的にＰＲするのはフェアじゃない。だって買うでしょう、そういう広告だったら。商品を売るために商品に付加価値を乗せないで消費者の福祉的な精神に働きかけるのは好きじゃない。</p><br><p>ＣＳＲを全うするのは素晴らしい。活動自体も素晴らしい。でもフェアじゃない。</p><br><br><p><br></p><p>今回の記事は短めで。</p><p>最後に以前<a href="http://www.2ch.net/">２ちゃんねる</a>にあったらしいこんな投稿紹介しておきます。<br>→「<a href="http://alfalfalfa.com/archives/14246.html">ココイチかな？</a>」</p>
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<link>https://ameblo.jp/global-peace/entry-10546725439.html</link>
<pubDate>Thu, 27 May 2010 22:21:47 +0900</pubDate>
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<title>就職活動には学歴も含めてシグナリングが必要（？</title>
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<![CDATA[ <p>※もしこれを読んだ人の中に就職活動をしている人がいたら、記事をあまり鵜呑みにしないでください。単なる自分の考えですので。</p><br><br><br><hr><br><br><p>リーマンショックなどによる景気の悪化以降、学生の就職状況は低下しているようですね。</p><br><br><br><p>しかしよく言われるのが、何割かの優秀な人はどんな時代でも複数の内定をもらい、逆に何割かの人はどんな時代でも苦労するようです。なぜそういうことが起こるんでしょうか。ちょっと考えてみました。</p><br><br><br><p>世間には就職活動ノウハウがなどがたくさんあふれています。自分はそれを否定しませんが、そのような情報に惑わされてもいけないと思います。</p><br><br><br><p>普通短い面接の中で自分を最大限発揮できるでしょうか。多くの人は緊張してしまったり言いたいことがうまくいえないと思います。それなのに面接一発勝負、ミスをしてしまえばもうその企業とは縁がなくなってしまう（中途採用をしない企業も多い）。もしかしたら不採用にしたことを１０年後に後悔するような人材だったかもしれないのに・・・</p><br><br><br><p>おそらく学生側も企業側もそういうことは避けたいと思います。しかし30分程度の短い時間で人間を判断するのはあまりに難しい。</p><br><br><br><br><br><p>だから・・・</p><br><br><br><p>面接でよく評価されるのは ”事実” ”実績” ではないでしょうか。たとえば学生時代にブログを書き企業の宣伝をする条件でスポンサーを集め世界一周をした人だとか、本を出版してベストセラーになった人、面白いウェブサービスを立ち上げて雑誌に紹介された人、起業した人、アイスホッケーの日本代表など・・・</p><br><br><br><p>あなたが採用担当だったらきっと心惹かれるでしょう。きっとそんな経験をしている人だからこういう人だな、というのもある程度想像できますよね。そんな実績を持っていて実際に話して面白かったらきっと採用される企業はおおいでしょう。</p><br><br><br><p>一般に高学歴者が就職に強いのも学歴という”事実”があるからで、学歴はシグナルのひとつだと思います。</p><br><br><br><p>面接でよくされる質問の中に</p><br><p>　・学生時代に力を入れたこと</p><br><p>　・自己ＰＲ</p><br><p>があります。</p><br><br><br><p>就職活動のノウハウ本などを見ると、「その経験から何を感じ、何を学んだか」をうまく説明しなさいなどと書いてあります。それも確かに大事でしょう。</p><br><br><br><p>でも単純に「実際のところ何やったの」っていうことも大事だと思います。「何を感じ、何を学んだ」なんていう作文チックなことはそうそうあるものでもない。実際かなりの人格者で大学に入る前に世間の大人以上に大人な人はたくさんいるし、環境や人に影響はされるけど「これで成長した」とはっきり言える経験を持っていないこともあるでしょう。</p><br><br><br><p>実績は手っ取り早く相手を説得できます。短い時間で説得しなければいけないときなんかは特に。</p><br><p>実績は自分に張り付いたシグナルです。人格にプラスして相手に何かを伝えられることができると思います。</p><br><p>だからバイトの経験というのは結構弱い</p><br><br><br><p>もちろんその実績とその企業の求めるものがあってなければいけませんが。</p><br><br><br><hr><br><br><p>（※最初にも書いたけどあんまり参考にしないでください）</p><br><p>（※就職活動本などと違うことを書こうと思ったけど書いてみたら結構同じようなことかいてた。）</p><br><p>（※情報は自分で選択しよう）</p><br><p>（※過去の実績にとらわれるなというのはまた別のお話）</p>
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<link>https://ameblo.jp/global-peace/entry-10546697428.html</link>
<pubDate>Thu, 27 May 2010 21:05:01 +0900</pubDate>
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