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<title>Psychology Journal</title>
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<description>人々の行動を心理学という観点から綴っていくブログです。サンフランシスコで修士１年生やってます。江戸っ子です。</description>
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<title>Culture Cycle in Media</title>
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<![CDATA[ <span style="font-size: 16px;">日本に一時帰国して、あと数日でアメリカに戻りますが、その間に日常生活で感じたこと、気づいたことを書き記していこうと思います。</span><br><br><br><span style="font-size: 16px;">まず、日本に帰ってくる前にカリフォルニアにあるUCLAという大学でプレゼンテーションを行ってきたのですが、そこで全体的に感じたことは、文化間のメディア比較が今文化心理学界でホットになってきているのではないかということでした。</span><br><br><span style="font-size: 16px;">そして今回とても興味深いと思っているのは、アメリカと日本の広告の違い。</span><br><br><span style="font-size: 16px;">僕は日本とアメリカのものの説得の仕方、主張の仕方の一番の重要な違いとして、「</span><span style="font-size: 16px; color: rgb(255, 0, 0);">（アメリカは）客観的であるのに対し、（日本は）主観的である</span><span style="font-size: 16px;">」ことがあげられると思っています。</span><br><br><span style="font-size: 16px;">ものすごく噛み砕いて説明してしまうと、アメリカのような</span><span style="font-size: 16px; color: rgb(255, 0, 0);">低文脈文化</span><span style="font-size: 16px;">といわれる文化では、人と人とがコミュニケーションする際に、共通するバックグラウンドが少ないために、説得するために客観的で論理的な視点がどうしても必要になってくるのです。とくにアメリカのような移民国家では、たとえばアジア人が白人にアジア人の視点で「僕はこう思うからこの商品がいい」と主張しても、白人側としては、もともとバックグラウンドの違うアジア人の主張は主観的なので説得力に欠ける、ということになるでしょう。だから、もっと客観的な視点が低文脈文化圏には必要になってくるわけです。</span><br><br><span style="font-size: 16px;">一方、日本のような</span><span style="font-size: 16px; color: rgb(255, 0, 0);">高文脈文化</span><span style="font-size: 16px;">といわれる文化では、もともと人はみんな同じようなバックグラウンドを持っていることが前提としてあるわけで、「僕はこう思うからこの商品が良い」という主観的な主張でも十分となるケースが多いのではないかと思っています。日本のような狭い島国では、全員日本人で、全員が同じ教育を受け、全員がおなじテレビを見て育ってますから、「あなたと私は根本的に違う」という低文脈文化特有の前提がないのです。</span><br><br><span style="font-size: 14px;">主題からは少し離れますが、低文脈文化の言語（英語）はコミュニケーションの際に情報量が多いのに対し、低文脈文化の言語（日本語）は情報量が少ないと言われています。日本語圏に住んでいて英語圏にも住んだことがある人ならば、日本語はなんでこんなに曖昧で英語ははっきりしているのかと思っただろうと思います。それは、こういうことが原因であるからではないかと言われています。<br></span><br><span style="font-size: 16px;">それでは、このような文化的価値観が広告にどのように表れているのか検証してみようとおもいます。</span><br><br><span style="font-size: 16px;">これは、アメリカのキンドルのコマーシャル動画です。<br></span><br><span style="font-size: 16px; color: rgb(255, 0, 0);"><a href="http://youtu.be/XtJBQHLdcM4" target="_blank" title="">キンド</a>ル米国版</span><br><a></a><br><span style="font-size: 16px;">面白いことに、アメリカにはこのように「</span><span style="font-size: 16px; color: rgb(255, 0, 0);">他社と比較して自社の製品はどれだけよいか</span><span style="font-size: 16px;">」という手法がとても多いのです。つまり、比較することによって客観的にどう自社の商品が良いのかを示すことができるわけです。中には他社の商品をコテンパンにやっつけるような宣伝もたまに目にします。しかしそれも、比較することで客観的なデータを示したいがためでしょう。</span><br><br><span style="font-size: 16px;">このような手法は、日本の広告では、ほとんど見られないのではないでしょうか。</span><br><a></a><br><br><span style="font-size: 16px; color: rgb(255, 0, 0);"><a href="http://youtu.be/NtqWTgN5Y_I" target="_blank" title="">日本版キンドル</a>動画</span><br><a></a><a></a><a></a><a></a><a></a><a></a><a></a><a></a><a></a><a></a><a href="http://youtu.be/NtqWTgN5Y_I" target="_blank" title=""><br><br></a><span style="font-size: 16px;">もちろん、日本では他社のことをけなすようなことはしてはならないというモラル的なことも絡んでくると思いますが、なにかと数字で</span><span style="font-size: 16px; color: rgb(255, 0, 0);">比較</span><span style="font-size: 16px;">して説得するという論理的な手法はなかなかどの広告にも見られないのです。僕はこれは、日本人のモラル観よりも高文脈文化の特徴が反映されているのではないかと思います。</span><br><br><span style="font-size: 16px;">では、論理を使わなくても良い日本ならではの宣伝の仕方はどういうものがあるんでしょうか。</span><br><br><span style="font-size: 16px;">日本にいてひとつアメリカとは決定的に違う、コマーシャルの手法に目が止まりました。<br></span><br><a></a><a href="http://youtu.be/VKGgjiinf7s" target="_blank" title=""><span style="font-size: 16px; color: rgb(255, 0, 0);">前田敦子　レ　ミゼラブル</span></a><br><br><span style="font-size: 16px;">僕はこれを見て、「なぜ映画とは関係のない前田敦子をわざわざ起用して宣伝するのかな」と思いました。これは、日本人特有の権威主義的なところもあるのではないかと思うと同時に、誰もが知っている有名人を起用することで映画のイメージをアップしようとしたのではないでしょうか。さらに、こういうたぐいの宣伝に、「なぜそれが良いのか」という論理的な視点はほぼ存在しません。</span><br><br><span style="font-size: 16px;">アメリカでは普通、映画の宣伝といえば制作に関わった役者や監督が宣伝する場合がほとんどで、第三者にわざわざ出演料を払って宣伝してもらうということはまずないのではないでしょうか。</span><br><br><span style="font-size: 16px;">映画の宣伝を除くアメリカの多くのコマーシャルでも、先ほど例にだしたように、なぜ自社の製品が良いのか具体的に数字で出して説得する論理的な方法が多いのに加えて、有名な芸能人を起用しているコマーシャルはほとんどないです。</span><br><br><span style="font-size: 16px;">おそらくそれは、客観的で論理的な視点を重視しているのと同時に、アメリカのような広く、人々がそれぞれ価値観も違う低文脈文化では、万人が支持するであろう、共通の知名度が高い芸能人はいないのではないか、ということが理由に挙げられると思います。</span><br><br><span style="font-size: 16px;">ですから、日本ではみんな同じテレビを観て、価値観も似通ったもの同士になりやすい高文脈文化では、論理で説得するよりも知名度の高い芸能人を起用したほうが話が早いのです。日本のコマーシャルや広告で、「有名ではない」人を探すほうが難しいのではないでしょうか。</span><br><br><br><br><span style="font-size: 16px;">つまり、広告をはじめ、低文脈文化と高文脈文化では客観的、主観的な視点によって説得の仕方、宣伝の仕方が違うのではないか、ということを一時帰国中に強く感じたのです。</span><br><br><br><span style="font-size: 16px;">少しアカデミックな内容になってしまいましたが、普段はラーメンと米ばかり食べて完全に下町野郎と化しました。</span><br><br><span style="font-size: 16px;">残りの日本での生活は、あまり分析しすぎるのをやめて、論理とは離れた良いところをまた感じていたいと思います。</span><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/go-tbirds/entry-11591481770.html</link>
<pubDate>Mon, 12 Aug 2013 22:58:18 +0900</pubDate>
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<title>Graduate School</title>
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<![CDATA[ <span style="font-size: 14px;">今回、二つの院から合格をもらっていて凄くなやんでいたのですが、<br><br>結局<br><br><br>San Francisco State University　（サンフランシスコ州立大学）の修士課程に進むことに決定しました！<br><br><br>５年間すんでいた田舎のユタに変わって、<br><br>今回は故郷の東京に割りと近い、都市部になりました。（東京の方が確実に住みやすいが）<br><br><br>とりあえず、今までの生活に慣れてしまったのでなかなか想像できないですが、サンフランシスコを存分に楽しもうと思います！<br><br><br>と言いながら、どうやって奨学金や仕事をもらいながら生活していこうかばかり考えています。泣　これ切実<br><br><br><br>とりあえず、「西海岸有名大学の博士課程に進学」の目標に、少しながらも確実に進んでいるようなので、よかったです！<br><br></span>アメリカに来たばかりの頃は自分が心理学で大学院に進むなんて全く想像してなかったですが、わからないものですね！<br><br>とりあえず、やった！<br>
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<link>https://ameblo.jp/go-tbirds/entry-11509302835.html</link>
<pubDate>Thu, 11 Apr 2013 14:23:13 +0900</pubDate>
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<title>Learning &amp; Memory Symposium　①</title>
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<![CDATA[ <span><span style="font-size: 14px;">昨日、うちの大学に、</span><span style="font-size: 14px; color: rgb(255, 0, 0);"><span style="font-size: 16px;">UCLA</span></span><span style="font-size: 14px;">, </span><span style="font-size: 14px; color: rgb(255, 0, 0);"><span style="font-size: 16px;">Harvard　</span></span><span style="font-size: 14px;">といった大学から、その分野で世界をリードしている心理学者が集まって、プレゼンをしてくれました。</span><br><span style="font-size: 14px;">非常に役に立つ情報があったので、まとめておこういと思います。</span><br><br><br><span style="font-size: 14px;">～ブログの前半はすべて要約に徹しようと思います。</span><br><span style="font-size: 14px;">そして後半は、日本の現状を少し批判的に分析してみたいと思います。～</span><br><br><div style="font-size: 14px; text-align: center;"><img thum_style="width:220px; height:164px;" thum_src="http://stat.ameba.jp/user_images/20130324/10/go-tbirds/23/ae/j/t02200164_0800059812470659356.jpg" orig_style="width:800px; height:598px;" orig_src="http://stat.ameba.jp/user_images/20130324/10/go-tbirds/23/ae/j/o0800059812470659356.jpg" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130324/10/go-tbirds/23/ae/j/t02200164_0800059812470659356.jpg" ratio="1.3333333333333333" style="line-height: 1.5; width: 300px; height: 225px; padding-top: 10.18181818181818px;" id="1364103067154"></div><br><br><span style="font-size: 14px;">まず、テーマは「学習・記憶」。勉強の仕方から、ゴルフを例にとった運動神経の効率的な形成のしかたまで語ってくれました。ゴルフのプレゼンは、次回にとっておきます。</span><br><br><br><br><br><span style="font-size: 14px;">まず、今回のボス的存在であるUCLAの　</span><b style="font-size: 14px;"><span style="font-size: 16px;">Robert Bjork</span></b><span style="font-size: 14px;"> の内容から。</span><br><br><span style="font-size: 14px;">大まか、彼のプレゼンは前回来てくれたときと重なってた部分が多かったです。</span><br><div style="text-align: center;"><span style="font-size: 14px; line-height: 1.5;"><img thum_style="width:160px; height:200px;" thum_src="http://stat.ameba.jp/user_images/20130324/09/go-tbirds/72/be/j/t01600200_0160020012470652972.jpg" orig_style="width:160px; height:200px;" orig_src="http://stat.ameba.jp/user_images/20130324/09/go-tbirds/72/be/j/o0160020012470652972.jpg" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130324/09/go-tbirds/72/be/j/t01600200_0160020012470652972.jpg" ratio="0.8" style="line-height: 1.5; width: 200px; height: 250px; padding-top: 0px;" id="1364103223057"></span><br><br><br><div style="font-size: 14px; text-align: left;">いかにも学者っぽい顔。笑<br><br>彼は記憶と学習について研究しており、世界でもトップレベルの認知心理学者だそうです。<br><br>彼のテーマは、<br><br>「<span style="color: rgb(255, 0, 0);">学生の勉強方法や信念と、実際の科学的な勉強の仕方のギャップ</span>」。<br>そして要点をまとめると、<br><br><div style="text-align: center;"><span style="line-height: 1.5;"></span></div><span style="font-size: 18px; color: rgb(255, 0, 0);"><div style="text-align: center;"><span style="line-height: 1.5;">「テスト」</span></div><div style="text-align: center;"><span style="line-height: 1.5;">「スペース」</span></div><div style="text-align: center;"><span style="line-height: 1.5;">「ランダム」</span></div></span><br><br>一つ目、「<span style="color: rgb(255, 0, 0);">テスト</span>」の重要性。<br><br>例えば、ある実験で、<br><br>「鯨は哺乳類である。」という記述を記憶させる実験をしました。<br><br>一つのグループは、<br><br><span style="color: rgb(0, 0, 255);">１３秒間</span>　「鯨は哺乳類である。」という記述だけを見る。<br><br>しかし、もう一つのグループには、<br><br><span style="color: rgb(0, 0, 255);">８秒間「鯨は＿＿＿＿」</span>という問題を出し、<br>残りの<span style="color: rgb(0, 0, 255);">５秒間</span>に正しい記述を表示した「鯨は哺乳類である」を表示する。　<br><br>二つのグループの違いは、<br><br>一つめは、「学習」だけに集中。<br><br>しかし後者のグループには、<span style="color: rgb(255, 0, 0);">テスト</span>が入っている。おなじ１３秒間。<br><br><br>さて、どちらがその後のテストで高い結果を得たかと言うと、<br><br><span style="color: rgb(255, 0, 0);"><span style="font-size: 16px;">後者。</span></span><br><br>つまり、<span style="color: rgb(255, 0, 0);">テストを通して、エラーをしたり、推測したりして、正しい結果を得た後に修正するというメタ認知の行為（自分自身の思考について思考する行為）が、学習には効果的</span>であるということです。<br><br><br>この結果をさらに発展させて、もう一つの実験を例に出します。<br>ここで、勉強＝Ｓ、テスト＝Ｔとしましょう。<br><br><br>一つ目のグループには、<br><br>テストの前に学習を４回<br><br><span style="color: rgb(255, 0, 0);">ＳＳＳＳ</span>→テスト　<br><br>二つ目のグループは、テストを４回<br><br><span style="color: rgb(255, 0, 0);">ＴＴＴＴ</span>→テスト<br><br>という条件を与えました。どちらのグループが、最終的なテストでよい結果を得たでしょうか？<br><br><br>結果は、<span style="color: rgb(255, 0, 0);"><b><span style="font-size: 16px;">後者</span></b></span>。<br><br><br>ここでさらに、実験の最後に彼は学生にアンケートをとります。<br><br>「どちらの勉強法の方が効果が高いか？」<br><br>学生の反応は、<span style="color: rgb(255, 0, 0);"><span style="font-size: 16px;">前者。<br></span></span><br><br>つまり、学生は前者の、勉強、勉強、勉強、勉強してからテストに望むほうがよい結果が得られると「<span style="color: rgb(0, 0, 255);">信じている</span>」のにたいして、<br><br><span style="color: rgb(0, 0, 255);">実験結果は全く逆</span>。<br><br><br><br>二つ目、　<span style="color: rgb(255, 0, 0);"><span style="font-size: 16px;">スペース</span></span>の重要性。「Massed Learning vs Spaced Learning」。<br><br>Massed Learningとは、<span style="color: rgb(0, 0, 255);">短期間で集中する勉強の仕方</span>。<br><br>Spaced Learningとは、<span style="color: rgb(0, 0, 255);">勉強する時間を空けて、勉強するやり方</span>。<br><br><br>彼の実験結果から、長期的な学習効果にはSpaced learningの方が良いと、すでに何度も結果が出ています。<br><br>しかし、ここで彼が強調したいのが、<br><br>学習者はどう思っているか？<br><br>ある実験で、二つの被験者のグループに<br><br>　<br>Ⅰ　　　　　　　　　ｓｓｓ→最終テスト<br><br>Ⅱ　　<span style="color: rgb(0, 0, 255);">ｓ　　　ｓ　　　ｓ</span>　→最終テスト<br><br><br>という条件を与えました。<br><span style="line-height: 1.5;">前者は、詰め込みがたなの</span><span style="line-height: 1.5;">にたいして、</span></div><div style="text-align: left;"><span style="font-size: 14px; line-height: 1.5; color: rgb(0, 0, 255);">後者のグループは、学習期間が大きく開いている</span><span style="font-size: 14px;">。</span><br><br><span style="font-size: 14px;">結果は？</span><br><br><span style="font-size: 14px;">最終テストの結果は、両者　</span><b style="font-size: 14px;">さほど変わらない</b><span style="font-size: 14px;">。</span><br><br><span style="font-size: 14px;">しかしここでのポイントが、最終テストのしばらく後に、またもう一つ</span><span style="font-size: 14px; color: rgb(255, 0, 0);"><span style="font-size: 16px;"><b>抜き打ちテスト</b></span></span><span style="font-size: 14px;">を与えたこと。（はっきり覚えてないので、もしかしたらやり方違うかも。。。）</span><br><br><br><span style="font-size: 14px;">さて、その抜き打ちテストの結果は？</span><br><br><span style="font-size: 14px;">後者は成績を保っているのに対して、</span><br><span style="font-size: 14px; color: rgb(255, 0, 0);">詰め込み型の前者は劇的に点数を落とした</span><span style="font-size: 14px;">。</span><br><br><br><span style="font-size: 14px;">そこでさらに、彼はアンケートをとって、学生に「テスト対策にはどうやって勉強する？」</span><br><span style="font-size: 14px;">「誰から勉強の仕方を教わった？」というようなことを聞きます。</span><br><br><br><span style="font-size: 14px;">ここで面白いのが、大半の回答が「</span><span style="font-size: 14px; color: rgb(0, 0, 255);">テスト直前に勉強する</span><span style="font-size: 14px;">」のと、「</span><span style="font-size: 14px; color: rgb(0, 0, 255);">自分自身で勉強方法を確立した</span><span style="font-size: 14px;">」に集中していることです。</span><br><br><br><span style="font-size: 14px;">三つ目の要点は、「</span><span style="font-size: 14px; color: rgb(255, 0, 0);"><span style="font-size: 16px;">ランダム</span></span><span style="font-size: 14px;">」</span><br><br><span style="font-size: 14px;">例えば、新しくアルファベットを習うとき、いつも</span><br><br><span style="font-size: 14px;">AaAaAaAa</span><br><br><span style="font-size: 14px;">BbBbBbBb</span><br><br><span style="font-size: 14px;">とＡから順番に何回も書いて覚えますよね。</span><br><br><span style="font-size: 14px;">日本語のひらがな、カタカナの習得も同様で、</span><br><span style="font-size: 14px;">あいうえお　から始まる。</span><br><br><span style="font-size: 14px;">ところが、彼の研究では、</span><span style="font-size: 14px; color: rgb(255, 0, 0);">順番はバラバラ</span><span style="font-size: 14px;">にやったほうが、長い間の記憶の定着には良いのだそう。</span><br><br><span style="font-size: 14px;">理由は、</span><br><br><span style="font-size: 14px;">①種類の違うものを連続的に勉強していったほうが、それぞれの「違い」が強調される。</span><br><br><span style="font-size: 14px;">のと、</span><br><br><span style="font-size: 14px;">②日常の場面で、</span><b style="font-size: 14px;">そのような順番に知識を問われることはない</b><span style="font-size: 14px;">。</span><br><br><span style="font-size: 14px;">から。</span><br><br><span style="font-size: 14px;">さらに、この理論を教科書にも応用できるのだそう。</span><br><br><br><span style="font-size: 14px;">例えば、普通の授業ではチャプター１から始めようとするが、</span><br><span style="font-size: 14px;">教科書内の各チャプターを何度も行き来し、ランダムに学んでいたほうが、長期的な記憶の定着には効果的。</span><br><br><span style="font-size: 14px;">ここでも、彼の実験結果は普段ぼくらが「なにげなく」やっている勉強法とは、眞逆。</span><br><br><span style="font-size: 14px;">まとめると。</span><br><br><span style="font-size: 14px;">彼の最大のポイントは、「</span><span style="font-size: 14px; color: rgb(255, 0, 0);">いつもわれわれは、なんとなくの印象で勉強の仕方を選んでいるが、そのような方法が効果的だという証拠はどこにもない。われわれ心理学者の仕事は、誰にでも共通するような効果的な勉強方法を実験を通して証明し、世に広めていくことだ</span><span style="font-size: 14px;">」ということ。</span><br><br><span style="font-size: 14px;">さらに、彼は時代の変化に伴う学習スタイルの変化にも言及します。</span><br><br><span style="font-size: 14px;">テクノロジーが発達し、色んな情報を得られるようになったのと、</span><br><br><span style="font-size: 14px;">教室の外での知識がより大事になっている現代では、より「自分自身」で勉強する力が問われる。</span><br><br><span style="font-size: 14px;">自分自身で学べる機会は、以前よりもずっと増えている。</span><br><br><span style="font-size: 14px;">だからこそ、自分で自分の勉強の仕方を管理、整理、コントロールする能力が今の時代には必要なのだと。</span><br><br><span style="font-size: 14px;">それなのに、世の中には「なんとなく」の勉強方法を、なにも疑うことなく、先生から、あるいわネットから集めて実践している。</span><br><br><br><br><span style="font-size: 14px;">さらに、これらの理論をどう教育システムに応用していくかが今後の課題であると述べていました。</span><br><br><span style="font-size: 14px; line-height: 1.5;">やはり、こういうやりかたはこれまでずっと行ってきた方法と「</span><b style="font-size: 14px; line-height: 1.5;">眞逆</b><span style="font-size: 14px; line-height: 1.5;">」なので、なかなか受け入れられがたいのだと。</span><br><br><br><br><span style="font-size: 14px; line-height: 1.5;">だから、これから研究者達はもっと一般の人達、とりわけ教育に関わる分野に、積極的にコミュニケーションをとっていく必要があると言っていました。</span><br><br><br><span style="font-size: 14px; line-height: 1.5;">最後に今回学んだ効果的な勉強方法をまとめると。</span><br><br><br><div style="font-size: 14px; line-height: 1.5; text-align: center;"><b style="line-height: 1.5;"></b></div><span style="font-size: 18px;"><div style="line-height: 1.5; text-align: center;"><b style="line-height: 1.5;">「テストをたくさん課す」</b></div><b style="line-height: 1.5;"><div style="text-align: center;"><b style="line-height: 1.5;">「勉強のスペースを空ける」</b></div><div style="text-align: center;"><b style="line-height: 1.5;">「順番にはこだわらない（ランダム）」</b></div></b><div style="text-align: center;"></div></span><div style="text-align: center;"><span style="font-size: 14px; line-height: 21px;"><br></span></div><br><span style="font-size: 14px; line-height: 1.5;">ことです。　</span><br><br><br><br><span style="font-size: 14px;">ここで後半からは、僕なりの解釈。</span><br><br><span style="font-size: 14px;">彼が述べていたように、僕らは普段何気なく勉強しているが、その方法が効果的なのには根拠があるのか？ということ。</span><br><br><br><span style="font-size: 14px;">ここで、考えてみて欲しい。</span><br><div style="font-size: 14px; text-align: center;"><img thum_style="width:220px; height:220px;" thum_src="http://stat.ameba.jp/user_images/20130324/13/go-tbirds/93/5e/j/t02200220_0300030012470911278.jpg" orig_style="width:300px; height:300px;" orig_src="http://stat.ameba.jp/user_images/20130324/13/go-tbirds/93/5e/j/o0300030012470911278.jpg" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130324/13/go-tbirds/93/5e/j/t02200220_0300030012470911278.jpg" ratio="1" style="line-height: 1.5; width: 300px; height: 300px; padding-top: 0px;" id="1364102769851"></div><br><br><span style="font-size: 14px;">日本ではこのような本がバカ売れしていることに、違和感を感じませんか？</span><br><br><span style="font-size: 14px;">このような著者と、認知心理学者のような人達を、比べてみて欲しい。</span><br><br><span style="font-size: 14px;">典型的な日本人著者は、</span><br><span style="font-size: 14px;">完全に「<b>個人の経験</b>」に集中しています。</span><br><br><span style="font-size: 14px;">「<span style="color: rgb(255, 0, 0);">俺のやり方が成功したから、お前にも通用する</span>」と言っているのです。</span><br><br><span style="font-size: 14px;">このやりかたは、科学とは全くかけ離れた、<span style="color: rgb(255, 0, 0);"><span style="font-size: 16px;"><b>主観的</b></span></span></span><span style="font-size: 14px; line-height: 1.5; color: rgb(255, 0, 0);"><span style="font-size: 16px;"><b>すぎる</b></span></span><span style="font-size: 14px; line-height: 1.5;">やり方です。</span></div><span style="font-size: 14px; line-height: 21px; text-align: left;"></span><span style="font-size: 14px; line-height: 21px; text-align: left; color: rgb(255, 0, 0);"><span style="font-size: 16px;"></span></span><div style="text-align: left;"><span style="font-size: 14px;"><span style="color: rgb(255, 0, 0);"><span style="font-size: 16px;"><br></span></span></span><br><span style="font-size: 14px;">つまり、科学的知見に立てば、たった一人が成功したやり方が他の人にも応用できるとは、言い切れないのです。</span><br><br><span style="font-size: 14px;">さらに、実験台が「自分自身」であることも問題です。自分自身を実験しても、<span style="color: rgb(255, 0, 0);">バイアスが含まれてる可能性がありまくり</span>です。</span><br><br><span style="font-size: 14px;">科学的に証明するには、「<span style="color: rgb(255, 0, 0);"><b>客観性</b></span>」が必要です。</span><br><br><br><span style="font-size: 14px;">だから</span><br><br><span style="font-size: 14px;">一つの理論が応用できるという証拠をだすには、</span><br><br><span style="font-size: 14px;">実験するしかないのです。実験してみて、ありのままの事実を受け止める。</span><br><br><br><br><span style="font-size: 14px;">心理学者たちは、より多くの人数をつかって、「実験」して、証拠を出してきている。</span><br><span style="font-size: 14px;">そこに、彼ら自信の信条や経験、いわゆる主観性は介入してはいけない。</span><br><br><span style="font-size: 14px;">そしてその証拠を元に、また新たな理論を構築していく。</span><br><br><span style="font-size: 14px;">今回紹介した彼のような学者は、おそらく４０年以上その道で実験を少しづつ繰り返して繰り返して繰り返してきているのです。</span><br><br><span style="font-size: 14px;">一回論文を書いた人ならわかると思いますが、</span><br><br><span style="font-size: 14px;">一つの理論を一つの論文にまとめていくだけでも相当な労力を必要とします。</span><br><br><span style="font-size: 14px;">そして、実際に自分みずから動いて、人を多く集めて調べていかなければならない。</span><br><br><br><br><span style="font-size: 14px;">ところが日本の多くの著者は、<span style="font-size: 16px;"><b>自分の経験に基づき、振り返りながら</b></span>本を書いているだけ。</span><br><br><span style="font-size: 14px;">さらに彼らの理論を他の人に実験してみた試しがないのですから、</span><br><br><span style="font-size: 14px;">学者達と比べたら、彼らの理論の質は雲泥の差。</span><br><br><br><br><span style="font-size: 14px;">どうして日本はそういうのが流行っちゃうのか？</span><br><br><br><span style="font-size: 14px;">僕なりの解釈としては、<br></span><br><span style="font-size: 14px;">僕らは<span style="color: rgb(255, 0, 0);">「日本人は皆同じ能力を持っている」</span>という大前提の下に生きているからだと思います。</span><br><br><span style="font-size: 14px;">能力に限らず、みんな同じような教育システムを通し、みんな同じようなテレビを見、みんな同じような将来をたどっていく。</span><br><br><br><span style="font-size: 14px;">だから、たった一人が成功した理論も、僕ら全体が同じだという前提があるから、受け入れられるのでしょう。</span><br><br><br><br><span style="font-size: 14px;">一方アメリカは、人種によって能力も違うし、時代をさかのぼれば、みんな違う場所から来ているし、誰もが違うバックグラウンドを持っている。</span><br><br><span style="font-size: 14px;">バックグラウンドの違うもの同士が直面した場面で、たった一人がひとつの理論を主張しても、「じゃあそれは他の人にも通用するの？」</span><br><span style="font-size: 14px;">という疑問が生まれます。だから、試してみるほかないのです。<br>だから客観性を重視する「科学」が生まれたのかも？？</span><br><br><br><span style="font-size: 14px;">僕はこのように、日本とアメリカの知識のつけ方やもののアプローチの仕方の違いには、<br></span><br><br><span style="font-size: 14px;">日本の<span style="color: rgb(255, 0, 0);"><span style="font-size: 16px;">高文脈文化</span></span>とアメリカの<span style="color: rgb(255, 0, 0);"><span style="font-size: 16px;">低文脈文化</span></span>という、文化的背景があるにではないかと思っています。</span><br><br><br><br><span style="font-size: 14px;">あなたは、人の「経験」を信じますか？</span><br><br><span style="font-size: 14px;">それとも、「科学」？</span></div></div></span><div style="text-align: center;"><div style="text-align: left;"><br><br><br><br><br><br></div></div>
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<link>https://ameblo.jp/go-tbirds/entry-11496908894.html</link>
<pubDate>Sun, 24 Mar 2013 09:48:20 +0900</pubDate>
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<title>Psychology and Media~2</title>
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<![CDATA[ <span style="font-size: 14px;">今回もアイドル坊主事件を心理学を使って説明しようと思う、第二弾。<br><br><div style="text-align: center;"><span style="color: rgb(255, 0, 0);"><i style="font-family: sans-serif; line-height: 22.640625px; background-color: rgb(255, 255, 255);">Outgroup homogeneity bias　</i><b style="font-family: sans-serif; line-height: 22.640625px; background-color: rgb(255, 255, 255);">外集団同質性バイアス</b></span></div><br>定義「<span style="font-family: sans-serif; line-height: 22.640625px; background-color: rgb(255, 255, 255);">自分の所属する</span><a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%86%E5%9B%A3" title="集団" style="text-decoration: initial; color: rgb(11, 0, 128); background-image: none; background-color: rgb(255, 255, 255); font-family: sans-serif; line-height: 22.640625px;">集団</a><span style="font-family: sans-serif; line-height: 22.640625px; background-color: rgb(255, 255, 255);">の多様性が他集団よりも高いとみなす</span><a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%82%A4%E3%82%A2%E3%82%B9" title="バイアス" style="color: rgb(11, 0, 128); background-image: none; background-color: rgb(255, 255, 255); font-family: sans-serif; line-height: 22.640625px;">バイアス</a>」<br><br><br>このバイアスはかなり身近に感じるんじゃないでしょうか。<br><br>例えば他の国、スポーツチーム、あるいは他学校にいる人間の<span style="color: rgb(0, 0, 255);">見た目</span>、<span style="color: rgb(0, 0, 255);">性格</span>、あるいは<span style="color: rgb(0, 0, 255);">システム</span>などが自分のいるウチ集団と比べてわりと全部一緒に見えるってことです。<br><br><br><br>外国人の顔が全部一緒に見えるのもこのバイアスが関係してるかもしれません。<br><br><div style="text-align: center;"><img thum_style="width:220px; height:141px;" thum_src="http://stat.ameba.jp/user_images/20130206/16/go-tbirds/af/70/j/t02200141_0526033712407981204.jpg" orig_style="width:526px; height:337px;" orig_src="http://stat.ameba.jp/user_images/20130206/16/go-tbirds/af/70/j/o0526033712407981204.jpg" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130206/16/go-tbirds/af/70/j/t02200141_0526033712407981204.jpg" id="1360136462955" ratio="1.5384615384615385" style="font-size: 12px; line-height: 1.5; width: 400px; height: 260px; padding-top: 14.363636363636367px;"><a href="http://blog.ameba.jp/ucs/entry/srventryinsertinput.do#" style="font-size: 12px; line-height: 1.5;">&nbsp;</a></div></span><span style="font-size: 14px;"><br>欧米人がこの写真を描写するのに、「全員一緒に見える」と言います。<br>そして、あたかもこの方たちの性格までも、一緒だと解釈するわけです。<br>仮にこの写真の人達にしてみれば、みんなそれぞれ個性があり、顔の区別も容易につくでしょう。<br><br><br>逆に言えば、もしあなたがアメリカ人の白人の小学校の集合写真を見せられても、全く同じことを思うでしょう。<br><br><br><br>このバイアスが今回のアイドル坊主事件とどう関わっているかと言うと、<br><br><br>海外の人達は、今回の報道を通してあたかも<span style="color: rgb(255, 0, 0);">反省して坊主</span>にすることが日本の文化であるとか、<span style="color: rgb(255, 0, 0);">男尊女卑</span>が日本社会の風潮であると思ってしまう。<br><br>しかし（僕の解釈では）この事件の真相は、<span style="color: rgb(255, 0, 0);">単なる良識のないアイドルの軽率な行動と日本の芸能産業の愚行</span>でしかありません。<br><br>つまり、ごくごく一部の人間の異常な行動に過ぎない。<br><br>海外の人たちはこの事件を通して日本国内にあるさまざまな<span style="color: rgb(255, 0, 0);">システム、個人の考え方、文化の多様性</span>を見逃してしまっている。<br><br>特に今回の海外メディアの偏見にまみれた誤報がさらにそのバイアスを助長している。<br><br><br>一方、これは <b style="color: rgb(255, 0, 0);">overgeneralization （過剰一般化</b>）　とも取れるでしょう。（<span style="line-height: 1.5;">一例をもとにそれが大多数の人口に当てはまるような解釈をすること。）</span><br><br><br>僕達は、なかなか相手の立場になって考えることができない生き物です。そして、それが集団になるとさらにこの傾向が強くなります。<br><br>身に覚えがありませんか。<br><br><br>たとえばアメリカで銃乱射事件があったとします。<br><br><br>日本人は、<b>アメリカ＝銃社会</b>　だと想像しているでしょう。<br><br><br>しかし実際は、地域によっては銃の全くないところもあるし、<br><br>銃を一生触らず、生の目で見たこともなく生きてきたアメリカ人もたくさんいるわけです。<br><br><span style="text-align: center; font-family: sans-serif; line-height: 22.640625px; background-color: rgb(255, 255, 255);">ここで<b style="color: rgb(255, 0, 0);">外集団同質性バイアス</b>が働いて、</span>日本人はアメリカ社会の多様性を見逃しているといえるでしょう。<br><br><br><br>こういうバイアスを克服するには、実際にソト集団に入ってみてその文化を経験するのが一番効果的な気がします。<br><br>アメリカという内部にいることで、アメリカ社会の多様性や、人間の多様性もわかるようになるわけです。<br><br>逆に、海外の人達はいっぺん日本に住んでみないと、今回の坊主事件がいかに異常なケースであるかはなかなかわからないでしょう。日本人の顔も区別がつかない。<br><br><br>やはり、メディアのつくりだすイメージは強烈な<b style="text-align: center; font-family: sans-serif; line-height: 22.640625px; background-color: rgb(255, 255, 255); color: rgb(255, 0, 0);">外集団同質性バイアス</b><span style="text-align: center; font-family: sans-serif; line-height: 22.640625px; background-color: rgb(255, 255, 255);">と</span><b style="color: rgb(255, 0, 0);">過剰一般化</b>を生みます。<br><br>賢い情報消費者になることが、僕自身のこれからの目標です。<br><br><br><br><br><br></span><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/go-tbirds/entry-11464925069.html</link>
<pubDate>Wed, 06 Feb 2013 15:50:16 +0900</pubDate>
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<title>Psychology and Media~1</title>
<description>
<![CDATA[ <div style="text-align: center;"><img thum_style="width:220px; height:175px;" thum_src="http://stat.ameba.jp/user_images/20130204/02/go-tbirds/1d/39/j/t02200175_0500039812404763284.jpg" orig_style="width:500px; height:398px;" orig_src="http://stat.ameba.jp/user_images/20130204/02/go-tbirds/1d/39/j/o0500039812404763284.jpg" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130204/02/go-tbirds/1d/39/j/t02200175_0500039812404763284.jpg" id="1359919851581" ratio="1.25" style="line-height: 1.5; width: 300px; height: 240px; padding-top: 8.181818181818183px;"><br><div style="text-align: left;"><br><br>この件について、どう心理学がアプローチできるかを解説してみたいと思う。<br><br><br><br>今回はこれ、<br><br><div style="text-align: center;"><span style="line-height: 1.5;"><span style="font-size: 16px;">Availability Heuristic　「<span style="color: rgb(255, 0, 0);">利用可能性ヒューリスティック</span>」<br></span><br><br></span></div>Heuristic-<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%83%E7%90%86%E5%AD%A6" title="心理学" style="text-decoration: initial; color: rgb(11, 0, 128); background-image: none; background-color: rgb(255, 255, 255); font-family: sans-serif; font-size: 15px; line-height: 22.640625px;">心理学</a><span style="font-family: sans-serif; font-size: 15px; line-height: 22.640625px; background-color: rgb(255, 255, 255);">におけるヒューリスティックは、人が複雑な問題解決等のために何らかの</span><a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%84%8F%E6%80%9D%E6%B1%BA%E5%AE%9A" title="意思決定" style="text-decoration: initial; color: rgb(11, 0, 128); background-image: none; background-color: rgb(255, 255, 255); font-family: sans-serif; font-size: 15px; line-height: 22.640625px;">意思決定</a><span style="font-family: sans-serif; font-size: 15px; line-height: 22.640625px; background-color: rgb(255, 255, 255);">を行う際、暗黙のうちに用いている簡便な解法や法則のことを指す。これらは経験に基づく為、</span><a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B5%8C%E9%A8%93%E5%89%87" title="経験則" style="text-decoration: initial; color: rgb(11, 0, 128); background-image: none; background-color: rgb(255, 255, 255); font-family: sans-serif; font-size: 15px; line-height: 22.640625px;">経験則</a><span style="font-family: sans-serif; font-size: 15px; line-height: 22.640625px; background-color: rgb(255, 255, 255);">と同義で扱われる。判断に至る時間は早いが、必ずしもそれが正しいわけではなく、判断結果に一定の偏り（バイアス）を含んでいることが多い。ヒューリスティックの使用によって生まれている認識上の偏りを、</span><a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AA%8D%E7%9F%A5%E3%83%90%E3%82%A4%E3%82%A2%E3%82%B9" title="認知バイアス" style="text-decoration: initial; color: rgb(11, 0, 128); background-image: none; background-color: rgb(255, 255, 255); font-family: sans-serif; font-size: 15px; line-height: 22.640625px;">認知バイアス</a><span style="font-family: sans-serif; font-size: 15px; line-height: 22.640625px; background-color: rgb(255, 255, 255);">と呼ぶ。－Wiki博士<br></span><br><span style="font-size: 14px;">そして今回の<span style="text-align: center;"><span style="color: rgb(255, 0, 0);">Availability Heuristic</span>はどういうものかというと、</span></span><span style="text-align: center;"><br></span><br><span style="font-family: sans-serif; font-size: 15px; line-height: 22.640625px; background-color: rgb(255, 255, 255);"><span style="color: rgb(255, 0, 0);"><span style="font-size: 16px;">想起しやすい事柄や事項を優先して評価しやすい意思決定プロセ</span>ス</span>-Wiki博士</span><br><br><br><span style="font-size: 14px;"><br><br>たとえば彼女の写真をパッと見た時に、あなたはどう感じますか？<br><br>何を思い浮かべますか？<br><br>「ひどい」「かわいそう」「What happened!!??」<br><br>中には「奴隷」のイメージを連想する人も多いと思う。<br><br><br>すると、人間の脳は、そのパッと一番さきにきたイメージを基に、物事を処理しようとする。<br>（これはほぼ無意識に行われる）<br><br><br>さらに、もう一つの傾向、<br></span><br><div style="text-align: center;"><span style="line-height: 1.5;"><span style="font-size: 16px;">Confirmation&nbsp;Bias　<span style="color: rgb(255, 0, 0);">確証バイアス</span></span><span style="color: rgb(255, 0, 0);"></span></span></div><br><p style="margin: 0.4em 0px 0.5em; line-height: 22.640625px; font-family: sans-serif; font-size: 15px; background-color: rgb(255, 255, 255);">「<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E5%BF%83%E7%90%86%E5%AD%A6" title="社会心理学" style="text-decoration: initial; color: rgb(11, 0, 128); background-image: none; background-position: initial initial; background-repeat: initial initial;">社会心理学</a>における用語で、個人の<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%88%E5%85%A5%E8%A6%B3" title="先入観" style="text-decoration: initial; color: rgb(11, 0, 128); background-image: none; background-position: initial initial; background-repeat: initial initial;">先入観</a>に基づいて他者を観察し、自分に都合のいい情報だけを集めて、それにより自己の先入観を補強するという現象である。</p><p style="margin: 0.4em 0px 0.5em; line-height: 22.640625px; font-family: sans-serif; font-size: 15px; background-color: rgb(255, 255, 255);">例： グループに一人だけ女性がいた場合（他は全員男性）、その女性が様々な行動を示していたにもかかわらず、女性への固定観念に合致する行動が特に認識されやすく「やはり女性は○○である」という結論に導かれる。」-Wiki博士<br><br></p></div><span style="font-size: 14px;"><div style="text-align: left;">自分の意見に反対する情報は無視しやすくなる、とてもシンプルな現象ですね。（これもほぼ無意識に行われる）<br><br><br><br><br><br>心理学の教科書では、ヒューリスティックをネガティブなイメージで使用している。<br><br>いかに、<span style="color: rgb(0, 0, 255);">僕らが僕ら自身の脳によって無意識に騙されているか</span>、ということ。もうちょっと慎重に判断しましょうね、と言っているのだ。<br><br><br><br>これを今回の事件に関連付けてみたいと思う。<br><br><br>まず、利用可能性ヒューリスティックの基となる情報や経験ってどこから形成されると思いますか？<br><br>それは<span style="color: rgb(0, 0, 255);">ミディア</span>です。<br><br><br>メディアの発信する情報の蓄積により、僕らは<span style="color: rgb(0, 0, 255);">物事を判断しやすい</span>ように脳を形成していく。<br><br>例えば自分がフェミニストであるならば、当然女性の人権に関する知識や情報も豊富だろう。<br><br>するとこの写真を見た瞬間、「女性の人権を守る」のイメージがパッと浮かんで、<br><br>それを補強する作業にはいる。<br><br>もはや、その裏にある出来事、カウンターアーギュメント、いろいろな情報を公平にジャッジしていくことが難しくなってくる。<br><br><br><br><br><br><br>僕は、この件を通してメディアの重要性を再認識した。<br><br><br><br>よーく日本の記事にある基の情報を辿れば、<br><br>「<span style="font-family: 'Lucida Grande', 'Hiragino Kaku Gothic Pro', 'ヒラギノ角ゴ Pro W3', 'ＭＳ Ｐゴシック', メイリオ, Meiryo, Geneva, Arial, Verdana, sans-serif; line-height: 26px; background-color: rgb(255, 255, 255);">先ほど週刊誌を見て、いてもたってもいられず、メンバーにも事務所の方にも誰にも相談せずに、</span><span style="font-family: 'Lucida Grande', 'Hiragino Kaku Gothic Pro', 'ヒラギノ角ゴ Pro W3', 'ＭＳ Ｐゴシック', メイリオ, Meiryo, Geneva, Arial, Verdana, sans-serif; line-height: 26px; background-color: rgb(255, 255, 255);">坊主</span><span style="font-family: 'Lucida Grande', 'Hiragino Kaku Gothic Pro', 'ヒラギノ角ゴ Pro W3', 'ＭＳ Ｐゴシック', メイリオ, Meiryo, Geneva, Arial, Verdana, sans-serif; line-height: 26px; background-color: rgb(255, 255, 255);">にすることを自分で決めました</span><span style="line-height: 1.5;">」</span></div><div style="text-align: left;">と言っている。（この発言の信憑性は置いておいて）<br><br>つまり、この行動自体が<span style="color: rgb(255, 0, 0);">彼女の勝手な行動</span>だったことが読み取れる。多くのメディアはこの重要だけど小さな情報を載せていない。<br><br><br>では実際、日本の何人もの<span style="color: rgb(255, 0, 0);">女性</span>が自分の反省を表す行為として坊主にして（されて）いるのでしょうか？<br><br><br>僕はこの彼女の行動は、<span style="color: rgb(255, 0, 0);">全体から見たら極めて稀有な行動</span>だと思う。だからこの行動が今の日本全体の文化、社会を象徴するなんて、有り得ない。<br><br><br><br>しかし、どれだけの人が「<span style="color: rgb(0, 0, 255);">反省ー坊主</span>」というイメージを持っている思いますか？<br>さらに、とても感情的なイメージが強い今回の件。（個人的には彼女のことも知らないし全然感情的じゃなかったが）<br><br><br>つまり、<span style="font-family: sans-serif; line-height: 22.640625px; background-color: rgb(255, 255, 255);"><span style="color: rgb(255, 0, 0);">想起しやすい事柄や事項を優先して評価しやすい意思決定プロセス</span>に支配されている。<br></span><br>そして一度脳が情報をある方向にセットしたら、確証バイアスの言うように<span style="color: rgb(255, 0, 0);">極端な方向へと自分の脳は物事を処理していく</span>。<br><br><br><br>特に、<span style="color: rgb(255, 0, 0);">海外のメディアはこれが彼女の独断の行動だったことを載せていない</span>。だからここに因果関係の誤りが生じる。<br><br>この因果関係を誤解すると、<span style="color: rgb(0, 0, 255);">日本の文化、社会</span>が彼女をそうさせた、と解釈せざるを得なくなる。<br><br>すると、脳は「<span style="color: rgb(0, 0, 255);">日本＝クレイジー</span>」という風にセットされる。<br><br><br>後は、どんな情報が外にあろうと、「日本＝クレイジー」のイメージを崩さない方向に脳は向かっていく。<br><br><br><br>一番最初に得た情報に不正確性があったとしても、一度脳がセットされてしまえば、その穴を補強することは難しい。じゃあその一番最初に情報を流すのは誰？　<br><br>それはメディアです。<br><br><span style="color: rgb(255, 0, 0); font-size: 16px; line-height: 24px; text-align: center;">利用可能性ヒューリスティック</span><span style="font-size: 14px;">を形成しているのはメディアです。</span><br><br><br><br><br><br>すると、いかに自分自身で考えているようなことでも実はメディアによって操作されていると、少し敏感になることができませんか？</div></span><div style="text-align: left;"><br><br><span style="font-size: 14px;">だから、いかにメディアの情報を意識的に取り入れるかが、大事になってきますね。<br><br><br>特に今回に事件についての海外メディアの報道の仕方は、巧妙でありタチが悪いです。<br><br>利用可能性ヒューリスティックと確証バイアスによって、事件の真相というのが見えにくくなってしまった。<br><br>こういう生まれやすいバイアスを理解しておくことによって、たまに踏みとどまることができるようになるのかもしれません。<br></span><br></div></div><br>
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<pubDate>Mon, 04 Feb 2013 02:36:50 +0900</pubDate>
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<title>Positive Reinforcement</title>
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<![CDATA[ <span style="font-size: 16px;">「褒めて伸ばすは本当だった」<br><br><a href="http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20121109-00000000-natiogeo-int" target="" title="">http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20121109-00000000-natiogeo-int<br></a><br>ていうニュースが最近でてきたようですけど、これについて実際に比較文化研究デザインをしてみようと思う。<br><br><br>僕は「<span style="color: rgb(255, 0, 0);">褒めて伸ばす</span>」派です。状況とか伸ばすの定義がなんちゃら、という話は省いて。<br><br>これは、僕の小学生を教えた時の経験、さらに心理学の研究からも十分に分かっていることなので、僕なりの判断としては賛成するしかないでしょう。<br><br><br>これは意外と<span style="color: rgb(0, 0, 255);">賛否両論</span>あると思います。<br><br><br>でも、叱って伸ばすことなんて有り得ると思いますか？<br><br><br>「伸ばす」の定義を、「パフォーマンス全体を向上させる」の意味にしたとしたら、もしかしたら当てはまるかもしれません。<br><br>でも、<br><br>僕は日本で「叱って伸ばす」が<span style="color: rgb(0, 0, 255);">アリ</span>かもしれないと思われているのは、<span style="color: rgb(255, 0, 0);">だれも褒められたことがないから</span>だと思うんです。<br><br><br>要するに比べる要素がないから叱られ続けてもパフォーマンス自体はそれなりに向上する。<br><br><br>褒めたことがないなら、褒めたときの効果なんて分かりっこないでしょう。<br><br><br>もう一つは、<br><br><br><br>日本人は小さい頃から褒められることが極端にないために、<span style="color: rgb(0, 0, 255);">褒められても伸びる率が他の国と比べて少な</span>い　かもしれません。<br><br>要は<span style="color: rgb(255, 0, 0);">日本文化が本来人間の性質とは眞逆のスタイル</span>をとっているから、「叱って伸ばす」も成立してしまうのかもしれません。<br><br>日本人は不孝なのかもしれません。科学は「褒めると伸びる」と言っているのに、日本文化は叱ることしかしないからせっかくの花の種がうまく育たないのかもしれません。<br><br><br>アメリカの心理学では、「褒めて伸ばす」の実験なんか既に<span style="color: rgb(255, 0, 0);">２０年</span>くらい前にアメリカ心理学者<span style="color: rgb(0, 0, 255);">スキナー</span>を初め、実証されています。モチベーションとかそっちの分野でも十分すぎるほどのデータがあります。<br><br><br><br>日本で今更「褒めて伸ばすが本当だった！」なんて騒がれているのは、世界中の心理学者からしたら<span style="color: rgb(0, 0, 255);"><b>実はとても奇妙なこと</b></span>なのです。<br><br><br>基本的に、動物を含め人間はポジティブなことを受け取ったら、それをもういちど得ようとして同じ行動を起こすものです。<br><br>逆に<br><br>例えば、子供がギャーギャー騒いでいるときに親が「静かにしろ！」と顔面を引っぱたいたら、子供はもう騒ぎたくはなくなるでしょう。<br><br>ふつうに考えて、これは<span style="color: rgb(0, 0, 255);">どの親も使う手段</span>だと思います。これは実は理にかなっているんですね。<br><br>だれも、顔面たたかれて痛いのを分かっているのにあえて同じ行動はしないでしょう。<br><br>体罰でないにしろ、<br><br>「お前はなんでいくら教えても分からないんだこの駄目息子！！」と言われたあと、あえて同じことを繰り返したくなる子供はいると思いますか？<br><br><br><br>実は、心理学にはちょっとした隠し味があって、それは「実証」されたからといって全ての人に当てはまることではないことです。人間の脳は、だれでも持っている心臓とかとちがっていろんな働き方が個人差であるんですね。<br><br><br>そこにつけこんで、「褒めて伸ばす」も「叱って伸ばす」も人それぞれ、状況次第だろ、と言う人が出てきます。<br><br><br><br>ならば、「叱って伸ばす」ことを実証するしか、説得力のある議論にはならないと思います。<br><br><br>どの要素をどれくらい天秤にかけて意見を決めるかは、人それぞれですが、僕は過去の心理学の研究と普通の人間の心理やモチベーションを考えても「<span style="color: rgb(255, 0, 0);">褒めて伸ばす</span>」のほうが、プラスだと思うんです。<br><br><br><br>逆に、日本人を実験に使って、「叱って伸ばす」ことが実証されたなら、それはそれで<span style="color: rgb(0, 0, 255);">衝撃的な結果</span>だと思います。西洋の心理学とは全く逆のことを言っているわけですから。<br><br><br>例えば、僕が実際に実験をやってみるとしたら、<br><br><br><span style="color: rgb(255, 0, 0);">日本人の子供</span>　（おそらく４－５歳）　<span style="color: rgb(0, 0, 255);">日本人の大人</span><br><br><br><span style="color: rgb(255, 0, 0);">アメリカ人の子供　</span>　<span style="color: rgb(0, 0, 255);">アメリカ人の大人</span><br><br>のグループにわけて、<br>「褒める」と「叱る」を二つ試してどちらがパフォーマンスが向上するかを試してみる<br><br>今までの研究から言うと、<br><br><span style="color: rgb(255, 0, 0);">アメリカ人の子供</span>　褒める<b>↑</b>　　<span style="color: rgb(0, 0, 255);">アメリカ人の大人</span>　褒める<b>↑</b><br><br>ということになります。<br><br><br>で、日本人の場合、僕が考えられる場合は以下の通りです<br><br><span style="color: rgb(255, 0, 0);">日本人の子供</span>　褒める　↑　<span style="color: rgb(0, 0, 255);">日本人の大人</span>　褒める↑<br><br><span style="color: rgb(255, 0, 0);">日本人の子供</span>　褒める　↑　<span style="color: rgb(0, 0, 255);">日本人の大人</span>　叱る↑<br><br><br>つまり、大人の場合、叱ってのびる可能性はあるとは思います。<br><br>しかし、それは日本の褒めることが極端に少ない文化が形成したものであって、<br><br>文化の影響の少ない子供のうちに「叱って伸びる」ことが実証されたら、それは<span style="color: rgb(255, 0, 0);">遺伝子レベルで日本人が<b>どＭ</b></span>であるということが実証されてしまうわけです。<br><br><br>つまり、<br>「褒めて伸ばすも叱って伸ばすも人それぞれ、状況次第」という人は、もしかしたら当たっているかもしれない。それは、現にそういう日本人を見てきたからだろう。<br><br><br>しかし、子供を使った実験を参考に考えてみれば、それは<span style="color: rgb(255, 0, 0);">単に人間のメカニズムとは反対のことをしている</span>、という事に他なりません。<br><br>だから、「叱って伸ばす」<br><br>こと自体が「褒めて伸ばす」こと<span style="color: rgb(0, 0, 255);">よりも効果が高い</span>ことは、実証できません。<br><br><br><br>最初に言ったように、今まで褒めて伸ばす環境にいなかった人は、自然とそういう体質になってしまっている可能性があると思うんです。<br><br><br>しかし、あまり文化や環境の影響を受けていない<span style="color: rgb(255, 0, 0);">素っ裸の子供</span>を実験すれば、どちらが効果的かは分かります。<br><br><br>西洋の心理学は、「褒めて伸ばす」が、<span style="color: rgb(255, 0, 0);">人間の自然な学習メカニズ</span>ムだと言っている。<br><br><br>もし、<br><br><br><br>日本人の子供が「叱られて伸びる」ことが実証されたら、それは、世界の心理学会に良い意味で影響を与えることなので、研究する価値はあると思います。<br><br><br><br><br>しかし、僕は普通に考えてみて、<br><br><br>子供にネガティブなことを与えてもそれを繰り返す可能性は極めて低いと思っています。<br><br>日本人の子供の何人が、叱られて「<span style="color: rgb(255, 0, 0);">コンチクショーこいつを見返してやる！！</span>」と逆に燃える場合はどれくらいの確率であると思いますか？<br><br><br><br><br>以上のことから<br>、「褒めて伸ばす」のが効果的だと思うのです。<br><br><br><br>ここで、<br><br><span style="color: rgb(0, 0, 255);">どのくらいの頻度で、どういうふうに、</span>というのはまた別の議論になってしまうので、省きます。<br><br><br><br>それでも、<br><br>「結局人それぞれなんだよな～」と思う人は、たぶん心理学の研究とは無縁の生活でも全く害はないと思うので、そういう考え方をお勧めします。</span><br>
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<pubDate>Sat, 24 Nov 2012 17:52:20 +0900</pubDate>
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<title>Why Study Psychology?</title>
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<![CDATA[ <span style="font-size: 16px; ">今週は、秋休みなのでまとまった休みが取れました。いろいろと溜まった課題を一つづつ片付けていかなくてはいけないが少し時間にゆとりができてほっとしている。<br><br><br>来月から僕の大学院受験（僕にとっては就活のようなもの）が始まる。それに伴ってなぜ僕が心理学の道を進もうと決めてたかを少し振り返ってみたい。<br><br><br><br>なんで心理学を勉強したいのか？<br><br><br>僕はアメリカに来た時、英語を勉強したいのは当然ながら、何か日本に還元できるものを得て来たいという気持ちがあった。<br><br>生意気ながら、なにか海外を知ることで日本をいい方向に変えられるのではないかと思った。<br><br>そしてスポーツ、英語、教育、いろいろな場面から日本人には何が足りないのかを考えていった結果、心理学にたどり着いた。<br><br>心理学は、僕らの行動を科学する学問。だから、スポーツ、英語、教育を全てひっくるめて、心理学を使えばすべて説明できてしまうのだ。<br><br><br><br>なぜ日本に心理学が必要か？<br><br><br>Case Study 1<br><br>野球でいえば、今だに「走りこみ」が最重要視されている。<br><br><br>なぜか、いい投手になるには走りこみが一番大事で、<br><br><br>多くの指導者が走りこみしてれば速い球投げられるようになると思っている。<br><br>とにかく走れ、と言われる。<br>ここに、大きな落とし穴がある。<br><br>心理学はドイツで生まれて、すぐにアメリカでも広まって今では心理学のほとんどはアメリカの研究者によって研究されてる。<br><br>つまり、心理学は西洋の学問。<br><br>西洋人たちは、じゃあどう考えるのか？<br><br><br>まず、西洋人達は、「ほんとうにそれって当たってるの？」と疑問に思う。<br><br>つまり、「走りこみ」って本当に一番大事なの？　てところから始まって、そこで「科学的」な実験をして試してみる。<br><br>すると科学は、自分達の思ってたことが間違いだったと証明してくれた。この辺りは心理学ではなく、運動学（科学）が入ってくるだろうが。<br><br>これはダルビッシュ有も口酸っぱくいっている。「走りこみだけじゃなく他にもやることあるやろ」と言っていた。<br><br>きっと彼はアメリカで直接科学的トレーニングを実践してる選手達を見てきて痛烈に思っているのだろう。<br>彼のツイッター上での怒りも痛いほどわかる。<br><br><br><br>Case Study 2&nbsp;<br><br>練習中に怒鳴ったり叱ったりしてるだけで、選手のパフォーマンスは上るのか？<br><br><br>日本のスポーツ界では、怖いコーチがすっかり定着して、選手を怒鳴りちらしたり、あえて張り詰めた空気を作る。<br><br><br>しかし、西洋は違う。<br><br>心理学によって、「褒める」ことによって人のパフォーマンスは向上することを証明した。<br><br>これは教育においても同じ。<br><br><br>Case Study　３<br><br>モーツアルトの曲を聞いたり、「脳」ゲーをすることによって本当に頭ってよくなるの？<br><br><br>そこで西洋人は科学的に実験してみて本当にそうなのかを試してみた。<br><br><br>すると、科学はクラシックの曲も、脳トレゲームも頭の良さとは無関係だと証明した。<br><br><br><br><br><br>なにが言いたいのかというと、<br><br><br><br>日本人はほんとうに「なぜ？」や「それって本当にそうなの？」という考え方が浸透していないのだ。<br><br>日本にも「走りこみ」が全てじゃないと証明した科学者はいるはずだけど、それが一般社会に浸透していない。<br><br><br><br><br>しかし、西洋人達は違う。<br><br><br>なぜ？精神を元に色々な物事に果敢に挑戦してきて、いろいろなことを科学的に証明してきて心理学という学問を作り上げてきた。<br><br><br>すると、ふだん僕達が何気なくしている行動が実は効果的ではなかったり、別のやり方が見えてくるのだ。<br><br><br><br>たとえば面白いデータがあるんだけど、<br><br><br>人の一日の中で何を考えてるのかを調査した研究で、<br><br><br>人が「自分自身について考える」時間は、実は「何も考えてない」時間よりも少ない割合を占めていることが判明した。一日のたった１０％くらい。<br><br><br>つまり、僕らは僕らが思っているほど、自分達の行動について説明したり、反映することがほとんどないのだ。<br><br>そしてこれは、心理学者の仕事。<br><br><br>普段人が無意識、あるいは意識的にする物事について説明し、解明する。<br><br><br>すると、僕らは最低でもそれに「敏感」になることができる。<br><br><br>たとえば、<br><br>メールやツイッターなどのノンバーバルなコミュニケーションにおいて、<br><br>僕らが意図した７０％程度しか実は相手には伝わっていない　　というのを知っていれば、少しは注意しよう、となりませんか？<br><br><br>こういう事を知っているのといないのでは、大きな違いがある。<br><br><br>心理学が証明してきた理論を知っていることによって、<br><br><br>たとえば広告などにすぐに引っかからないようになれる。<br><br>Web上の情報のどれが正しいか胡散臭いかを見分けられるようになる。<br><br>物事に対して、少しだけ慎重に、敏感になれる。そうすることによって、防げるミスはかなりある。<br><br><br>アメリカは、心理学がすごい進んでいて、コミュニケーションの仕方までも科学的に実践しようとしている。<br><br><br>何がすごいかって、国が大学の研究にかける資金が日本とは全然違う。<br><br><br>一般的に大学の一番人気の学部は心理学部。（院の心理学部は一番倍率が高いとされている。。。。)<br><br><br>この心理学への異常な人気っぷりを見るだけでも、アメリカがいかに科学的な思考をもった国であるかが伺える。<br><br><br><br>日本の心理学って、どうですか？<br><br>日本にも優秀な科学者はたくさんいる。世界でもトップクラスだ。<br><br>けど問題なのは、日本人一般ピーポーが科学に対して非常に「鈍感」なことだ。<br><br>国全体が推進していないあまりに、せっかくの優秀な科学者がくすぶっている。<br><br>これは、詰め込み重視の教育などにも問題がある。<br><br><br>ようするに科学的に物事を「判断、思考」することに欠けてる。<br><br>だから今だに多くの人が子供にクラシックを一生懸命聞かせて無駄な労力と金を浪費しているわけだ。<br><br>極論、アメリカはそういう無駄を科学によって排除してきたためにたった数百年でこれだけ世界を牛耳る国に発達したのだ。<br><br><br>そしてそれこそが、心理学が解明する余地のある分野でもある。<br><br><br><br><br>アメリカが核を生み出したりパソコンを生み出したり常に最先端にいる理由は、科学を推進してきた結果。<br>さらには物事を「なぜ？」から考える科学的思考を推進してきた結果。<br><br><br>そして、もし日本がグローバル競争、社会に取り残されないようにするには、<br><br>科学的思考を少しでも「知っている」ことが大事になってくるように思う。<br><br><br>別に科学的思考が一番と言っているわけじゃない。<br><br>日本人特有の情を大切にする考え方も非常に美しい。<br><br>しかし、それだけじゃ、狭いと思いませんか。<br><br><br>とりあえず、持てる切り札は多くだけ持っておいたほうがいいでしょう。<br><br>これは、アメリカ人においても言えること。<br><br><br>時に日本人のように過去をたくさん振り返ったり、皆で合唱して情を作り上げていくことで豊かな人生を送れるだろう。<br><br><br>少しでも、多くの日本人に心理学が研究してきた「科学的思考」を知って欲しい、というのが僕の目標であり夢なのです。<br></span><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/go-tbirds/entry-11384945769.html</link>
<pubDate>Sun, 21 Oct 2012 11:33:47 +0900</pubDate>
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<title>An Idea</title>
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<![CDATA[ <span style="font-size: 16px; ">ふとしたときにどうでもいいアイディアが浮かんでくることがあるので、メモっておきたくなった。<br><br><br><br><br>言語の構造的に、日本語って重要情報があとにきますよね？<br><br><br>英語は、重要情報が文頭に先にくる。<br><br>てことは、、、、<br><br><br>こういう仮説ができるのではないか。<br><br><br>「<span style="color: rgb(255, 0, 0);">日本人とアメリカ人に、嫌いな食べ物、普通の食べ物、大好きな食べ物を並べて好きな順番で全てを食べるように指示したとき、アメリカ人は好きな食べ物を最初にたべ、&nbsp;日本人は好きな食べ物を最後に食べ&nbsp;る。</span>」<br><br><br><br>どうでもよさそうですがこれがもし成功したら、<br><br>いかに言語が僕達の行動に影響を与えているかっていう理論を少し補足できるんじゃないかと思います。<br><br><br><br><br>スタンフォードの研究で、<br><br>中国人とアメリカ人に石を並べてって指示した時に、中国人は縦に並べ、アメリカ人は横に並べた研究結果があります。<br><br><br>中国の人は、物事を縦に考えているという仮説です。<br><br><br><br>こういうのは考えるだけでもワクワクする。<br><br><br><br>誰かが発表しちゃう前にやりたいな。</span><br><br><br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/go-tbirds/entry-11334897982.html</link>
<pubDate>Wed, 22 Aug 2012 14:00:50 +0900</pubDate>
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<title>Media　Literacy</title>
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<![CDATA[ <span style="font-size: 14px; line-height: 21px;"></span><span style="font-size: 16px; "><span style="line-height: 21px; "><span style="color: rgb(0, 0, 255);">メディアリテラシー</span>という言葉がありますが、これは現代に住む僕らが賢く生き抜く上でかならず知っておいたほうがいい要素になってると思います。<br><br><br>このメディアリテラシーを考えたときに、僕は異常な危機感を感じて、日本大丈夫かな～と思ってしまいます。<br><br><br>このインターネットエイジにおいて、こういうメディアリテラシーを教育しているところがほとんどないのです。今だに少ないのではないかと思います。<br><br><br>メディアリテラシーとは、僕はメディアの流す情報をどれだけ自分で正しく、判定、判断できるか　のことだと思っています。つまり<span style="color: rgb(255, 0, 0);">クリティカルシンキング</span>が必要不可欠。<br><br><br><br>で、かなりやばいのがこのクリティカルシンキングを実践する場所や教えてくれる場所が日本にはないのではないか、と思います。<br><br>例えば、最近アメリカ人の友達と大統領の話をしていたとき、こんな話題が挙がりました。<br><br><br>「アメリカ同時多発テロ陰謀説」<br><br></span><a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E5%90%8C%E6%99%82%E5%A4%9A%E7%99%BA%E3%83%86%E3%83%AD%E4%BA%8B%E4%BB%B6%E9%99%B0%E8%AC%80%E8%AA%AC">http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E5%90%8C%E6%99%82%E5%A4%9A%E7%99%BA%E3%83%86%E3%83%AD%E4%BA%8B%E4%BB%B6%E9%99%B0%E8%AC%80%E8%AA%AC</a><span style="line-height: 21px; "><br><br>僕は、この話を聞いたとき、日本人ならこういう側面の話を考えたりもするだろうか？と思いました。<br><br><br>例えば、僕が日本にいたときの周囲の反応は、<br><br>「テロ→ひどい→アメリカ可愛そう」的な。<br><br><br><br>でもこの若者の話を聞いていて、僕は非常に納得させられたし、真実かどうかはさておき、こういう考え方をできるだけでも<br>凄いことだな、と思った。普通の２０歳そこそこのウィードを吸ってるような奴が。<br><br><br>特に陰謀論なんかは、もし真実であったとしても隠蔽されるのは当然だから、当然情報量に欠ける。<br><br><br>だから、もし日本に流れているほとんどの情報がアメリカ側だとしたら、陰謀論の話なんか普通の人がテレビや新聞などで耳にする機会はほとんどない。<br><br>しかし、だからといってそれらが正しい情報とは、誰にも分らない。<br><br><br><br><br>どちらの言い分も僕には筋が通るからだ。<br><br><br><br><br>こういう状況で、メディアリテラシーが低い人はメディアが流した情報を疑いもなく、もしくはなんとなく信じてしまう。<br><br>これは、僕はかなり危険なことだと思ってる。<br><br>奴らの目的は奴らの思うがままに国民を操作したいだけだから。<br><br>一つの考え方しか持てないことがいかに不幸なことか。一つの情報しかない人はその情報が正しいのかすらも判断できない。<br><br><br><br>で、とくに日本人はメディアリテラシーが低いのではないかと思っている。<br><br>一つの原因は、<span style="color: rgb(255, 0, 0);">教育</span>。<br><br><br>教育を見てみれば一目瞭然。<br><br><br>教育のテクノロジー化が進む世界で、日本だけは著しく遅い。<br><br><br><br><br>世界の学生達は早い段階からインターネットを使って学習している中、日本の学生は教科書だけを使って勉強している。<br><br>僕が日本での１２年間の教育の中で、批判的にモノを考えることが許されていた機会は<span style="color: rgb(255, 0, 0);">一度たりともない</span>。<br><br><br>さらに問題は、文科省の連中が非常に保守的らしいから、まず制度的に整わないのだそうだ。<br><br>これは、統計的に比べてみてもコンピューターの整備状況やインターネットの使用頻度に明らかに大きな差がある。<br><br>ここで、僕の仮説。<br><br><span style="font-size: 18px; ">「<span style="color: rgb(255, 0, 0);">日本政府は子供、日本人全体のメディアリテラシーが向上することによって彼らの価値観が日本の理想とは異なる方向にずれていくことを危惧している</span>」。</span><br><br><br>だから、教育のテクノロジー化をなんとしてでも阻止したいのだ。自分達が守り築いてきた伝統的な日本のシステムが崩壊することをおそれて。長年変わらない状況からこういう説明でしか納得できなくなりました。<br><br><br>たとえば、もし日本の学生のメディアリテラシーが上ったらどうなるか？<br><br><br>きっと、<br><br>「日本ってこんな非合理的なんだ」<br><br>「海外ってすごいな」<br><br>「僕の考え方ってどんだけ狭かったんだ」<br><br>「やっぱり日本が一番だ」<br><br>とかを思えるようになると思うんです。<br><br><br>で、もっと大まかに言うと、自分でモノを批判的に考えるようになるから、よくも悪くも「個人的」な考え方になる。<br><br><br><br><br>こういう能力は、年功序列の年寄り達が牛耳る日本社会にとって非常に不都合なんです。<br><br><br><br><br><br>だからけっきょく日本の目指しているところって、いわれたことを完璧にこなせるような人物だから、こういうメディアリテラシーは<br>はっきりいっていらないんです。考え方なんてなくて良いし、いわれた事を素直に従う人間が「理想」だから。<br><br><br><br><br>最近のトクシマやタケシマの問題を見ていてもそう。<br><br><br>結局ぼくら国民はメディアの執拗なあおりによってなんとなく韓国や中国に対して敵対心を植えつけられているんです。<br><br><br>韓国や中国に友達のいる人には、実はそこまで現地には日本嫌いの人なんかいないと言うことに気づくはず。<br><br><br>じつは、騒いでいるのはメディアだけで、韓国人や中国人あたかも全員がそうであるかのように洗脳されています。<br><br>そしてこういうメディアに踊らされて、自分の友人の母国、もしくは知りもしない人達に敵対心を抱くことがいかにバカバカしいことか。<br><br>もし海外に出たことがなくて、メディアリテラシーの低い人だったらどうだろう。<br><br>それこそ彼らの思う壺です。犠牲者です。自分が犠牲者であることも知らず。<br><br><br>メディアリテラシーがあることによって、少なくとも耳に入ってくる情報に疑いをかけることができる。<br><br><br>そうすると、別の立場になって考えることができ、すこし見えなかったところが見えてくることもある。<br><br><br>こういう能力は、急速に世界がつながっていっている現代において非常に大事だと思うんです。<br><br>しかもこれからは何億とネット上にある似たような情報を自分で判断していかなくてはいけない。<br><br><br><br>そして日本の問題は、そういう能力の促進をなんとかして阻止しようとしてるところが教育制度、マスコミなどを見ても顕著なところです。<br><br>これはきっと、韓国、中国にも言えること。<br><br>もっと個人個人が、自分自身で情報を判断していけるようになったら、もっと世の中上手くいくと信じています。<br><br><br><br><br><br></span></span><span style="font-size: 14px; line-height: 21px;"><br><br><br><br><br><br><br><br><br></span>
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<link>https://ameblo.jp/go-tbirds/entry-11333437981.html</link>
<pubDate>Mon, 20 Aug 2012 16:53:51 +0900</pubDate>
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<title>American University Students</title>
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<![CDATA[ <span style="font-size: 14px; ">またまた日米の大学の話です。しかし僕はとても重要だと思うのでまたまとめてみたいと思いました。<br><br><br><span style="color: rgb(0, 0, 255);">「アメリカの大学生はみんな必死に勉強してる」<br><br>「日本の大学生は甘い」<br></span><br>というのはよく言われることだ。<br><br><br>だけど実際に現地で学生をしてる自分からしてみると、こういう議論はどこか的をはずしている気がしてならない。<br><br><br><br>まず説明しておきたいのは、メディアなどがさす「アメリカの大学生」は、<span style="color: rgb(255, 0, 0);">ハーバード大学</span>などの超名門のごく一部の学生を指しているにすぎません。アメリカの大学はやり方もシステムも千差万別ですから、さすがにごく一部の目立つ学校の学生の特徴を一般化して日本の学生と比較するのも少しむりがあります。一流大学は高校でトップの成績だった生徒ばかりが入ってきます。<br><br><br>「アメリカの大学生はみんな必死に勉強してる」<br><br>「日本の大学生は甘い」&nbsp;<br>と言われれば、<br><br><span style="color: rgb(0, 0, 255);">アメリカの大学生は意欲的に勉強している。→　だから日本の学生ももっと頑張れ</span>っ<br>ていう風に聞こえませんか？？？<br><br><br><br><br>これについては、少し違います。<br><br>まず、一般的なアメリカの高校生はまったく教養がありません。<br><br>僕の友人は真剣に<b>「ミルクは鶏からできる」</b>と言い放つほどです。<br><br><br><br>きびしい競争の中で勉強したこともないから、勉強の仕方も分らない。<br><br><br>僕はアメリカの高校の問題点は、コミュニケーション能力やプレゼン力を重視するあまり地頭の良さというか、絶対的な知識量がないことだと思ってます。<br>彼らは大した知識もないのに上手く喋れるから、頭が良くきこえるのです。<br><br>そして、大学に入ったとたん、しっかりした勉強をせざるを得なくなる。<br><br>なぜならアメリカの大学は基準がある程度厳しいから。<br><br>課題もかなり多くでます。テストの点もセンター試験みたいに細かく出る。<br><br>それらを踏まえた成績のつけ方も厳格で、教授に媚売って成績を上げてもらう、等のことはできません。<br><br><br><br>だから、あたかもみんな一生懸命勉強しているように「見える」のです。<br>主体的にやっているように見えるが、ほとんどが卒業するために仕方なくそのばしのぎの勉強をしているに過ぎません。テストが終わった瞬間に忘れてしまう、高校の期末テストの連続のようなものです。<br><br><br>たとえば、日本で高校まで教育を受けた人がアメリカの大学に入学して、もし授業が全部母国語である日本語なら、何もしなくてもオールＡの成績で、「よく勉強したね」と言われるだろう。<br><br><br><br>はっきり言ってこれは僕がアメリカの大学に来て初めの頃、失望した点。<br><br>「もし英語が俺の母国語ならこんな授業勉強しないでＡ取れる」と何度思ったことか。<br><br><br>もちろん、僕の通う大学はレベルで言えば中堅で、誰でも入れる大学です。<br><br><br>中にはとんでもない頭のいい人もいますが、殆どが精神的習熟度、学力的には日本の中学生レベル。<br><br><br><br><br>それなのに世間では「アメリカの大学生は意欲的に勉強している」と日本の大学生を煽るのはどうかと思います。<br><br><br>正しく言えばそれは、単に彼らが<span style="color: rgb(255, 0, 0);">高校まで全く勉強せずに育ってきた当然の結果</span>だからです。<br><br><br>だから「アメリカの大学生はみんな必死に勉強してる」＝高校まで全然勉強してこなかった＋大学の課題やルールが厳しい<br>てことです。<br><br><br><br>で、日本の大学生の可愛そうな所は、高校まではアメリカの学生の何十倍も勉強してきているのに大学に入ったとたんにあたかも「日本の大学生は勉強していない」と言われるところです。<br><br>多分、小学校から大学卒業までの勉強時間をトータルで計算しても、まだ日本の学生のほうが勉強していると思います。大学なんてたった４年間程度です。<br>大学を含めた１６年間の教育をひっくるめたら、日本の学生の方がはるかに勉強しているでしょう。「勉強」の定義がかなり違うと思うけど。<br><br><br><br>だから全ての原因は大学側、あるいわ教員側にあると思います。<br><br>簡単な話、しっかり勉強しなければ単位をとらせないようなきちんとしたルールを設ければいい話です。アメリカみたいに。<br>もし留学生が英語というハンディキャップを背負っていなければ、そもそも全く厳しいルールでもないんですが。<br><br><br>また、高校までガリガリ勉強させて、大学からプレゼンとかコミュニケーション、さらに自ら問題発見解決型の勉強を重視したシステムにシフトしても、全然遅くはないと思っています。それこそ理想に近い教育なのではないでしょうか。<br><br>少しの工夫で、高校まで培ったガリ勉力＋集中力＋知識をうまく大学で育てられれば、アメリカの大学なんてゆうに超えられると思っています。<br><br>だから、<br><br>「アメリカの大学生はみんな必死に勉強してる」<br><br>「日本の大学生は勉強しない」&nbsp;<br><br>というのは全く現実を捉えてなくて、<br><br>正しくは<br><br>「アメリカの大学はそれなりに厳しい」<br><br>「日本の大学が甘い」<br><br>てことです。<br><br>だから<br>甘いのは大学生じゃなくて、その大学の制度とかそういう問題になってくると思います。だからあたかも「日本の大学生はアメリカの学生と比べて意欲がない」と言い切ってしまうのは間違いなのです。<br><br>日本の大学に在籍したことがないので全て周りからの情報だけが頼りですが、<br><br>能力自体はずっとアメリカの学生よりも上なのに、<br><br>日本の大学教育のせいであたかも落ちこぼれのように扱われるのはひどいと思うんです。<br><br><br>僕は日本の大学生が勉強していない（かもしれない）のは、大学側の責任だと思ってます。<br><br><br><br>一つの改善策は、大学の運営側、教授陣にもっと海外で教育を受けた人達を集めてくることだと思います。例えばハーバード大学で学長をやっていた人を東京大学の学長にしちゃうとか。<br><br>サッカーや野球のチームで監督が外国人なのはもう当たり前の事となりつつある。教育もそういう風にすればおのずと新しい風を吹き込むことができると思います。<br><br>（スポーツに例えると）僕はコーチが変われば選手も変わると思っています。自分の選手のやる気のなさを、選手だけに押し付けるコーチは駄目なコーチだと思います。<br><br><br><br></span><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/go-tbirds/entry-11307321247.html</link>
<pubDate>Fri, 20 Jul 2012 15:02:07 +0900</pubDate>
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