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<title>プロテスタンティズムの倫理とゴスペル歌いの精神</title>
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<description>日本で、クリスチャンでもないのにゴスペルを歌うというへんてこな状況へ否応無く追い込まれた兄弟/姉妹に向けて。</description>
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<title>ハンターハンター最新397話の感想など</title>
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<![CDATA[ <p>単行本派でして。長い休載を経て連載中のハンターハンター最新話を、ネットで考察動画とかみてフォローしていたのですが我慢できなくなり、とうとう人生初めてジャンプを買ってしまいました。<br>いい歳して恥ずかしくて、コンビニのセルフレジで😅<br><br>旅団、クラピカ、蟻編のゴン、みな動機付けが愛する者を奪われたことへの復讐なんですね。日本人は復讐ストーリーが好きですよね、忠臣蔵とか。愛するものの命の贖いのためなら、自分を含むその他の命は消えてよい、という生命倫理。</p><p><br>そこが他者を赦せ、あなたは高価で尊い、復讐するは我(神)にあり、とするキリスト教世界観との違いなんだけど、だからクロロは(作者に)逆十字を背負わされているのでしょうか？初登場時のツェリが”西洋画に於けるイエス”っぽい造形だとも言われてますね。アンチキリストスーパースター、クロロ。対するであろうツェリは、よく分かりませんが、アンチキリスト国家日本の、一神教の神観の反映？なのかな。</p><p><br></p><p>ちなみに、キリスト教死生観に基づく復讐者がどうするかは、神の小屋って映画や小説によく描かれてます。</p><p><br>冨樫先生がどの程度モチーフとして聖書を読み込んでるのか、気になるところです。それとも、神学の本でしょうか。日本人は、アンチテーゼとしてのニーチェは読むけどテーゼである聖書そのものは読まない。幽白の最後？後日譚？として、作品全てが劇中劇だったというのもあるみたいですし、冨樫先生は、この世界が誰かの創作物だったらどうする？という問いをずっと読者に発してる気がするんですが、そのへん皆さんいかがなんでしょう？</p><p>そして、冨樫先生ご本人はどう考えてらっしゃるのかな。もしかして、クロロもサラサも復讐なんて望んでないのに旅団員の期待に応えて復讐をせざるを得ないように、冨樫先生も復讐なんて望んでいないのに、読者の期待に応えて復讐譚を描かざるを得ない、ってことなのかな。それなら、人間の悪意を描いた蟻編の続きということで、納得。つまりサラサを殺したのは、より残酷な描写、より強い刺激を飽くなく求め続ける我々読者であるという皮肉なのかなと。<br><br><br><br>キリスト教世界観では、死後の世界があり、この世では人は皆寄留者(役割を演じている)なんだと説きます。<br>これはクロロが団長を演じていることとマッチするし、死後の世界を信じているっぽい発言、センリツが聴いたクロロの心音とも整合性があります。</p><p>でも、クロロは復讐をする。一義的には団員がそれを望んだから、なのですが。創造主がいても、指針となる聖書がない、救い主であるイエスがいない世界、だからなのか。創造主である冨樫先生が、復讐者として設定したから、なのか。これはもう神学的には予定論とかややこしい話になっちゃう？勉強不足でよく分かりません。<br><br></p><p>ハンター世界を創作した冨樫先生が、幻影旅団を創作したクロロに同情や感情移入(創作の苦しみ)するのはなんか分かる気がします。神が作ったこの世にいる冨樫先生が作ったハンター世界にいるクロロが作った旅団、という入れ子構造になってるわけですよね。<br><br></p><p>メタ的には、クロロは、いっこ上の次元において、インターネットミームとしてかなり長い命を手に入れたと言ってもよくないですか？紙の本でも何万部？何百万部？も出ているだろうし。うーんでも、となると、私の得た救いってなんなんだろう。よくわからなくなってきますが。ひたすら、み旨のままに。</p><p><br>ハンター世界には聖書がないし、イエスもいない。＝キャラの中の誰も、冨樫先生の存在に気付いていない。(キリスト教をハンター世界で例えると、ハンター世界に冨樫先生を崇める宗教があってさらに一番人口が多いっていう、読者ならドン引きの設定😅聖書に、神の名をみだりに口にしてはならないってのがあるけど、そう考えるとそれはそうかもね。)<br><br></p><p>神の愛、アガペの愛と、人間の愛の対比という意味でも、日本人の死生観を探る意味でも、ハンターそのもの、その人気や考察もとても面白いです。</p><p><br></p><p>そうそう、最近熱海に行きまして。MOA美術館の創始者、岡田茂吉氏の考えに触れました。”美をもって人心を陶冶(とうや)せん”とした、氏の素晴らしい業績に、感嘆させられました。</p><p>私は、美しいものが好きですし、人は誰しもそうだと思います。氏が美と、人心の平安を追い求めた結果、晩年新宗教の祖になるというのは、限りある、神あらざる人が、完全なるもの、美しいもの、永遠を希求した一つの帰着だと思う。</p><p><br></p><p>人は、神を求めている。パスカルの言う神の形をした空洞に気づかないふりをしながら生きることは、非常な苦しみを産む。</p><p><br></p><p>例えば私は40過ぎてからスキンケアやボディメイクに励んでいますが、それが自己目的化したら非常な苦しみを伴っただろうなと想像してます。神の創作物、作品である私の肉体の管理を任されているのだから、神を讃えるためにやっている、というエクスキューズがないと、私は何もできなかったんですよね。たとえばお化粧にしたって、自分を飾るため、醜い自分を隠すため、だとしたら、外面だけを取り繕おうとする自分をみっともなく感じてしまって、できない。実際、やってなかった。</p><p>なにもしないのであれば、鏡の中の己の姿に内心辟易しながら日々を過ごしていたでしょうし、神抜きに美を追い求めれば、際限がなくてやはり非常に苦しんだであろうと思います。拒食症や、整形依存症など、美を追い求める行為の側にも落とし穴はあるわけで。神抜きには、全てが虚しい。もちろん、美しい自分でいる方が快い、という動機もあるでしょうが、快か不快かが行動原理の全てというのは動物となんら変わらないわけで。人間には自らの行為に何らかの目的意識、意味付けというのを求めてしまうもんなんじゃないでしょうかね。</p><p>エゴとは本当に、獅子身中の虫といいますか、己を滅ぼすものですよね。傲慢なのも、卑屈なのも、どちらもエゴ、人間中心主義に拠るものなわけですから。</p><p><br></p><p>まぁ、そんな徒然でした。とりとめもなく。</p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/godiserve/entry-12778000081.html</link>
<pubDate>Tue, 06 Dec 2022 22:18:56 +0900</pubDate>
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<title>鬱にならないための宣言</title>
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<![CDATA[ <p>もちろん、安全保障理事会の常任理事国で<br>ありながら、国連憲章を踏み躙った<br>プーチン氏の侵攻には異を唱えるのだが<br><br>英雄気取りのゼレンスキー氏は、<br>平時には無能で易々と危機を招き入れ、<br>アジテーションばかりが巧みで、<br>今世界を核戦争の危機に陥れている、<br>という見方もできるわけだ。<br><br>耳障りのよい大義名分を与えられ、<br>解放軍のつもりでウクライナに乗り込んだ<br>“初期に投入されていた<br>士気の低い、弱いロシア兵”は、<br>怒号とともに<br>抵抗するウクライナの老婦人を目の前にして、<br>敬語で投降を呼びかけていたという。<br>対峙する二人は互いに平和を望んでいたのに。<br>何もかもが、酷い話だ。<br><br>思考をコントロールされ、扇動され、<br>そのために犠牲になるのは、常に弱者だ。<br>私たちの思考こそが最前線の戦場である。<br>大衆であり、弱者である私たちの考えていることは<br>一体、何に立脚しているのか。<br>一人一人が常に自己点検しなければならない。<br><br>クリスチャンである私の思考は、<br>聖書の歴史観に基づくものでなければならないと思っている。<br><br>もちろんこのような惨状を目にして、<br>益々己の無神論を強固にする人もいるだろう。<br>同じ事象を見ても、捉え方は様々だ。<br><br><br>人は上から下まで須く愚かで、罪深く、救いようがない。<br>それは、最初の人アダムが<br>創造主である、愛である神を信じず、<br>自ら罪と死を招き入れたためである。<br>そんな、救われるはずもない罪人に<br>唯一与えられたのが、<br>イエスという救いの道なのだ。<br><br>地獄に垂れた、蜘蛛の糸。でも、それが<br>全員分あるというのが、あのお伽噺との違いだ。<br><br>私はこの世の神(サタンとか言われている)が支配する地上に絶望するけれど<br>天にある希望を私から奪うことは、誰にもできない。<br><br>The Bible tells me so.<br>Hallelujah Thank You Jesus .<br><br><br></p>
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<pubDate>Thu, 28 Apr 2022 10:29:57 +0900</pubDate>
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<title>メモランダム</title>
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<![CDATA[ <div>最近政治について考えたりもする。</div><div><br></div><div>結局日本の採り得る選択肢って</div><div>White Supremacy か中華思想の</div><div>どっちもアレな二択しかないのかな。</div><div><br></div><div>前者を選べばSDGsだなんだと構造的搾取をされ続け</div><div>有色人種だからという理由で差別され続ける</div><div><br></div><div>後者を選べば良くて依存体質の腐敗した朝貢国家</div><div>最悪エスニッククレンジング</div><div>(今自発的にやってるけどね😅)</div><div><br></div><div>どっちも(ピーーFワードーー)な二択から</div><div>比較的マシな方を選べと。</div><div><br></div><div>となると、やっぱり前者なのか？</div><div>とはいえ、今の民族自死みたいな状態は</div><div>White supremacy に従ってきた結果ということになり</div><div>生かさず殺さずの</div><div>防波堤としてすら必要とされてないなら</div><div><br></div><div>どっちにしろ日本滅ぶじゃん。</div><div><br></div><div>という結論になっちゃうんだけども。</div><div><br></div><div>あー、あと不思議なのはさ、乳児院てあるじゃないですか。旧共産圏でやってた、エリート育成のために、家庭から赤ちゃんを取り上げて国家が育成するみたいなやつ。それも今、強制されることもなく自発的にやってるよね😂もちろん、現場の人が本当によくやってくださってるのは分かっているんだけど、あなたはワン　オブ　ゼムです。って自意識を、0〜1歳代から植え付けていくのを国策としてやってるわけよね。</div><div><br></div><div>個別の問題(可処分所得足りないね、お母さんも働かなきゃ、じゃあ保育園足りないね)に思想も大局観もない調整を繰り返した結果が、今なんだと思いたいけれども、違和感は拭えない。日本人って、こんなに近視眼的で欲望に弱く、浅ましかったっけ？清貧思想とかどこいっちゃったんだろう？</div><div><br></div><div>家畜化、どんどん進みますねー。</div><div>まさに、地獄への道は善意で舗装されている、ってことか。</div><div><br></div><div>戦後、70年。戦前に教育を受けた人は既に亡く、今、戦中を知ってる人が死に絶えようとしている。今後は戦後教育しか受けていない日本人しかいなくなるという、なんともかんともな時代に突入するわけですね。</div><div><br></div><div>何の力もない私には、</div><div>傍観することしかできませんが。</div><div>誰か何とかしてー(戦後日本人的発想)。</div><div><br></div><div>諸々、絶望しかない。</div><div>が、諦めて流されるのは嫌だから</div><div>蟷螂の斧だろうと</div><div>ただ、立ち向かうことしかできないんだけど。</div><div><br></div><div>蛇のように賢く、鳩のように柔和であれ。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div><div><br></div>
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<pubDate>Tue, 26 Apr 2022 18:09:44 +0900</pubDate>
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<title>ピノキオ系男子、ヨナ。いや、ヨナ系人形ピノキオというべきか</title>
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<![CDATA[ <span style="caret-color: rgb(69, 69, 69); color: rgb(69, 69, 69); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; text-decoration: -webkit-letterpress;">ヨナ（笑）</span><div style="caret-color: rgb(69, 69, 69); color: rgb(69, 69, 69); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; text-decoration: -webkit-letterpress;"><br></div><div style="caret-color: rgb(69, 69, 69); color: rgb(69, 69, 69); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; text-decoration: -webkit-letterpress;">前回の続きで、ヨナ書についてちょっと書きたいと思います。ヨナといえば、旧約聖書の最後の方に出てくる、魚に呑まれたので有名なあの人です。</div><div style="caret-color: rgb(69, 69, 69); color: rgb(69, 69, 69); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; text-decoration: -webkit-letterpress;"><br></div><div style="caret-color: rgb(69, 69, 69); color: rgb(69, 69, 69); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; text-decoration: -webkit-letterpress;">まずヨナは、悪の蔓延るニネベの街に行って、神のお告げを知らせなさいという啓示を受けるのですが、</div><div style="caret-color: rgb(69, 69, 69); color: rgb(69, 69, 69); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; text-decoration: -webkit-letterpress;">ニネベ？ニネベってあの大都会？なんで俺がそんなとこへのこのこ行かなあかんの、完全キチガイやと思われるやん！</div><div style="caret-color: rgb(69, 69, 69); color: rgb(69, 69, 69); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; text-decoration: -webkit-letterpress;">と、逃げ出して反対方向に行く船に乗っちゃいます。ちなみに、船の乗組員はみなヘブライ人じゃない、異邦人たちです。</div><div style="caret-color: rgb(69, 69, 69); color: rgb(69, 69, 69); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; text-decoration: -webkit-letterpress;">船は嵐に見舞われます。みんな、転覆を避けようとてんてこ舞いです。荷物を捨てたり、めいめい各自の異邦の神に祈ったり。でもヨナがその時何してるのかというと、船底で寝てる（笑）熟睡。神経太すぎます。</div><div style="caret-color: rgb(69, 69, 69); color: rgb(69, 69, 69); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; text-decoration: -webkit-letterpress;">船長がヨナを起こしに来ます。</div><div style="caret-color: rgb(69, 69, 69); color: rgb(69, 69, 69); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; text-decoration: -webkit-letterpress;">「お客さんこんな時に、何寝てんですか！？あなたにもあなたの神様がいるでしょ？祈ってくださいよ！」</div><div style="caret-color: rgb(69, 69, 69); color: rgb(69, 69, 69); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; text-decoration: -webkit-letterpress;"><br></div><div style="caret-color: rgb(69, 69, 69); color: rgb(69, 69, 69); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; text-decoration: -webkit-letterpress;">そのうち、一体誰のせいでこんな大嵐に見舞われているのか、くじ引きではっきりさせよやないかい、という話になります。ヨナは絶対、やっべ、俺のせいかも、と思ってたはずですが、とりあえずしらばっくれてくじを引きます。</div><div style="caret-color: rgb(69, 69, 69); color: rgb(69, 69, 69); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; text-decoration: -webkit-letterpress;">くじは、見事にヨナに大当たり。とたんに開き直って、こう言います。</div><div style="caret-color: rgb(69, 69, 69); color: rgb(69, 69, 69); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; text-decoration: -webkit-letterpress;">「あーそうですー、この嵐はぼくのせいですー。ぼく神様の啓示から逃げようとしてましたからね。ぼくを海に放り込んでくださいよ、そうしたら静まると思いますよ」</div><div style="caret-color: rgb(69, 69, 69); color: rgb(69, 69, 69); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; text-decoration: -webkit-letterpress;"><br></div><div style="caret-color: rgb(69, 69, 69); color: rgb(69, 69, 69); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; text-decoration: -webkit-letterpress;">顔を見合わせる異邦人の乗組員たち。こんな迷惑千万な客を乗せてしまったのに、即放り込みもせず、とりあえず船を岸に戻そうとします。船長、マジいい人。でも、嵐は余計にひどくなるばかりです。とうとう乗組員たちは、ヨナの神に語りかけます。</div><div style="caret-color: rgb(69, 69, 69); color: rgb(69, 69, 69); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; text-decoration: -webkit-letterpress;">「僕ら別に、こんなことしたくないんですよ？でも、あなたのご意思だからしますけど。僕らを責めないでくださいよ！？」</div><div style="caret-color: rgb(69, 69, 69); color: rgb(69, 69, 69); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; text-decoration: -webkit-letterpress;">そういって、ヨナを海に放り込んだとたん嵐は静まり、乗組員たちは大いにヨナの神、主を恐れます。</div><div style="caret-color: rgb(69, 69, 69); color: rgb(69, 69, 69); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; text-decoration: -webkit-letterpress;">そしてヨナはクジラに呑まれ、三日三晩をそこで過ごす羽目になるわけです。</div><div style="caret-color: rgb(69, 69, 69); color: rgb(69, 69, 69); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; text-decoration: -webkit-letterpress;"><br></div><div style="caret-color: rgb(69, 69, 69); color: rgb(69, 69, 69); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; text-decoration: -webkit-letterpress;">反省したヨナは魚から吐き出され、再度神様からニネベに行くよう言われます。とうとうニネベに行き、神からの預言、この言葉を伝えます。</div><div style="caret-color: rgb(69, 69, 69); color: rgb(69, 69, 69); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; text-decoration: -webkit-letterpress;">「この街は40日後に破壊される」</div><div style="caret-color: rgb(69, 69, 69); color: rgb(69, 69, 69); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; text-decoration: -webkit-letterpress;">それを聞いた街の人々、王様も悔い改め、断食をして粗末な服を着て、祈ります。主はそれを見て考えを改め、ニネベの街を滅ぼすのをやめました。めでたし、めでたし…</div><div style="caret-color: rgb(69, 69, 69); color: rgb(69, 69, 69); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; text-decoration: -webkit-letterpress;"><br></div><div style="caret-color: rgb(69, 69, 69); color: rgb(69, 69, 69); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; text-decoration: -webkit-letterpress;">とはならず、ヨナ、キレます（笑）。</div><div style="caret-color: rgb(69, 69, 69); color: rgb(69, 69, 69); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; text-decoration: -webkit-letterpress;">「だから言いましたやん！どうせ、こうなること全部分かってて最初から滅ぼす気なかったんでしょ？だから逃げたかったんですわ。クジラに呑まれた挙句にこんな恥かかされて…死んだ方がマシですわ！」</div><div style="caret-color: rgb(69, 69, 69); color: rgb(69, 69, 69); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; text-decoration: -webkit-letterpress;"><br></div><div style="caret-color: rgb(69, 69, 69); color: rgb(69, 69, 69); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; text-decoration: -webkit-letterpress;">神にキレる男。不敵すぎます。</div><div style="caret-color: rgb(69, 69, 69); color: rgb(69, 69, 69); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; text-decoration: -webkit-letterpress;">いっそ殺せー！とわめいて、ニネベの街が見える小さな掘っ建て小屋に引きこもるヨナ。</div><div style="caret-color: rgb(69, 69, 69); color: rgb(69, 69, 69); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; text-decoration: -webkit-letterpress;">「そんな怒って…いいと思ってる？」</div><div style="caret-color: rgb(69, 69, 69); color: rgb(69, 69, 69); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; text-decoration: -webkit-letterpress;">神は、暑さに苦しむヨナのために、一本のとうごまを育て日陰を作ってやります。ヨナ、殺せとかいってた割に大喜び。しかし、翌朝とうごまは枯れてしまいます。</div><div style="caret-color: rgb(69, 69, 69); color: rgb(69, 69, 69); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; text-decoration: -webkit-letterpress;">「もうマジ、死んだ方が、マシ」</div><div style="caret-color: rgb(69, 69, 69); color: rgb(69, 69, 69); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; text-decoration: -webkit-letterpress;">「まぁ、そう怒らないの」</div><div style="caret-color: rgb(69, 69, 69); color: rgb(69, 69, 69); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; text-decoration: -webkit-letterpress;">「怒りで狂い死にしそうっすわ…」</div><div style="caret-color: rgb(69, 69, 69); color: rgb(69, 69, 69); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; text-decoration: -webkit-letterpress;">「あのね、君、自分が育てたわけでもない一本のとうごまでも、そんな惜しがるんでしょ？だったら、私が12万人の人がいるニネベの街を惜しむ気持ちも、分かるよね？」</div><div style="caret-color: rgb(69, 69, 69); color: rgb(69, 69, 69); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; text-decoration: -webkit-letterpress;"><br></div><div style="caret-color: rgb(69, 69, 69); color: rgb(69, 69, 69); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; text-decoration: -webkit-letterpress;">というような、ショートコントのような、痴話喧嘩のようなヨナ書のお話でした。神様と会話もできるヨナなのに、かなり図太いし短気。異邦人の船員たちのほうが余程、思いやりがあって常識人に見えます。これも、あるあるですね。教会と言えども所詮は人の集まり。ゴタゴタが始まると、クリスチャンじゃない人たちの方が余程、平和を愛する常識人に見えてきます。</div><div style="caret-color: rgb(69, 69, 69); color: rgb(69, 69, 69); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; text-decoration: -webkit-letterpress;"><br></div><div style="caret-color: rgb(69, 69, 69); color: rgb(69, 69, 69); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; text-decoration: -webkit-letterpress;"><span style="background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">聖書の預言者、というと、皆人間のできたマザーテレサのような人なのかと思いがちですが、こんな短気で狭量な人もいます。自分の働きかけで12万人の命が助かったことより、自分のメンツの方が大事。クリスチャンになったら、いいことばかりしていつもニコニコしてなきゃいけない、なんてことは、全然ないのです。ただ神様とのチャネルを持ってるか、持ってないか。それが信仰です。ですからヨナはヨブ並みに、とても聖書的な人物です。神に逆らったり、怒ったりしてますけど。</span></div><div style="caret-color: rgb(69, 69, 69); color: rgb(69, 69, 69); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; text-decoration: -webkit-letterpress;"><span style="background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">仮にクリスチャンがいいことばかりしてニコニコしているとすれば、それは神に救われた結果であって、目的や手段ではないのです。もし善行のための善行をするならそれは人本主義だし、自分が天国へ行くために善行をするなら、それは単なる欲です。信仰ではない。</span></div><div style="caret-color: rgb(69, 69, 69); color: rgb(69, 69, 69); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; text-decoration: -webkit-letterpress;"><br></div><div style="caret-color: rgb(69, 69, 69); color: rgb(69, 69, 69); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; text-decoration: -webkit-letterpress;">結果的に、嵐が静まったことで船員たちは神の力を思い知らされるわけです。ニネベも異邦人の街です。ヘブライ人だけのローカルな神(ユダヤ教の神＝キリスト教の神)が世界宗教として異邦人に伝えられるには、もちろんイエスの十字架の犠牲を待たなければならない訳なのですが、ここにその萌芽が見て取れます。</div><div style="caret-color: rgb(69, 69, 69); color: rgb(69, 69, 69); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; text-decoration: -webkit-letterpress;"><br></div><div style="caret-color: rgb(69, 69, 69); color: rgb(69, 69, 69); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; text-decoration: -webkit-letterpress;">ヨナ書について思うところでした。ヨナはこんなに構ってもらえて、愛されてますね（笑）</div>
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<pubDate>Thu, 09 May 2019 09:19:59 +0900</pubDate>
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<title>パアテル セルギウス</title>
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<![CDATA[ <span style="caret-color: rgb(69, 69, 69); color: rgb(69, 69, 69); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; text-decoration: -webkit-letterpress;">ふと示唆があって、トルストイ/森鴎外訳の、パアテル セルギウスを読みました。</span><div style="caret-color: rgb(69, 69, 69); color: rgb(69, 69, 69); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; text-decoration: -webkit-letterpress;"><br></div><div style="caret-color: rgb(69, 69, 69); color: rgb(69, 69, 69); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; text-decoration: -webkit-letterpress;">最近ある方に、あなたの信仰はカトリックの修道士みたいと言われまして。そのときはピンとこなかったのですが、これを読んでみたらまさにこんな感じでした（笑）</div><div style="caret-color: rgb(69, 69, 69); color: rgb(69, 69, 69); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; text-decoration: -webkit-letterpress;"><span style="background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">内容は、ひとりの信仰者の、人間の欲、エゴとの一進一退の闘争、敗北と勝利の旅路を書いた、近世版天路歴程って感じでしょうか。</span></div><div style="caret-color: rgb(69, 69, 69); color: rgb(69, 69, 69); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; text-decoration: -webkit-letterpress;">主人公セルギウスとは気性も行動パターンもすごく似てる気がします。<span style="background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">セルギウスは民衆から聖人と崇められるほどの人なのですが、実は癇癪持ちですぐ人を見限るし、その割に未練がましいし、意識は高いくせについ欲に負けるし（笑）誰しもそうであるようにただの人として、しかし全身全霊で神の前にいようとし続けます。</span></div><div style="caret-color: rgb(69, 69, 69); color: rgb(69, 69, 69); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; text-decoration: -webkit-letterpress;"><br></div><div style="caret-color: rgb(69, 69, 69); color: rgb(69, 69, 69); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; text-decoration: -webkit-letterpress;">とりあえず舞台である19世紀ロシアの上流社会が、ちゃらい。 主要な登場人物が清純派、パリピ、メンヘラと、各種の身持ちの悪い女です。こんなチャラけた内容を、文豪 森鴎外の美文で読むというのも、なかなか趣深いものがありました。結構笑えますのでぜひご一読を。</div><div style="caret-color: rgb(69, 69, 69); color: rgb(69, 69, 69); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; text-decoration: -webkit-letterpress;"><br></div><div style="caret-color: rgb(69, 69, 69); color: rgb(69, 69, 69); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; text-decoration: -webkit-letterpress;">周りからはご立派な聖人だと思われてるのに、夜中にひとり黒歴史を思い出しては“うあー”ってなってたり、このままじゃいかんと一念発起、生活を変えようと一旦は準備万端整えるのに、まぁいっかとなんとなく翻意しちゃうセルギウス。うーん、あるあるですね。</div><div style="caret-color: rgb(69, 69, 69); color: rgb(69, 69, 69); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; text-decoration: -webkit-letterpress;"><br></div><div style="caret-color: rgb(69, 69, 69); color: rgb(69, 69, 69); font-family: UICTFontTextStyleBody; font-size: 17px; text-decoration: -webkit-letterpress;">しかし、神に捕らえられた人は、人の思いで回り道をしたとしても、結局は行くべき場所へ行くことになる、というのが物語の主題のような気がします。啓示から逃げようとしてクジラに呑まれて、結局行かされるヨナの如く、ですね。</div><div><br></div>
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<pubDate>Wed, 08 May 2019 09:06:21 +0900</pubDate>
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<title>久しぶりにこのブログの存在を思い出した</title>
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<![CDATA[ <p style="font-stretch: normal; font-size: 12px; line-height: normal; font-family: Helvetica;"><span style="font-size: 12pt;">相模原の殺傷事件について思うことを。犯人の彼は全く反省してないそうだけど、彼は対岸ではなく、私たちと地続きの場所にいるということを述べたい。</span></p><p style="font-stretch: normal; font-size: 12px; line-height: normal; font-family: Helvetica; min-height: 13.8px;"><span style="font-size: 12pt;"></span><br></p><p style="font-stretch: normal; font-size: 12px; line-height: normal; font-family: Helvetica;"><span style="font-size: 12pt;">ドストエフスキーのカラマーゾフの兄弟に、有名な大審問官の下りがある。人間世界に溢れる悲惨、神はいないのか、という西洋世界に普遍的な問いだ。</span></p><p style="font-stretch: normal; font-size: 12px; line-height: normal; font-family: Helvetica;"><span style="font-size: 12pt;">彼の態度は神のない世界に絶望した人間の、一つの答え、または表現行為なのだ。仕事として”人間世界の悲惨(と、彼が思うところのもの)”と向き合わされただろう彼が出した結論は、とても悲しいもので、到底受け入れられない。しかし、神なき世に絶望しながら生きるということは、やり場のない憤りと焦燥に塗れて苦しむことなのだ。しかしそれは”神が死んだ”らしい近代社会に特殊なことではなく、誰もが通る道のはずだ。それが故、人は政治思想に傾倒したり、芸術にそれをぶつけたり、神の代わりにするべく科学技術の発展に寄与するわけで。アインシュタインが、すべての宗教、芸術、科学は、同じ一つの木の枝である、と述べた通りである。</span></p><p style="font-stretch: normal; font-size: 12px; line-height: normal; font-family: Helvetica; min-height: 13.8px;"><span style="font-size: 12pt;"></span><br></p><p style="font-stretch: normal; font-size: 12px; line-height: normal; font-family: Helvetica;"><span style="font-size: 12pt;">彼を生み出したのは、神なき世に効率主義と自己責任論を蔓延らせた人間の世界なのだ。敗戦後、復興と経済を新たな信仰とした戦後レジームが行き着くところまで行って生み出した人物。それが彼なんではないだろうか、と思う次第。</span></p><p style="font-stretch: normal; font-size: 12px; line-height: normal; font-family: Helvetica;"><span style="font-size: 12pt;">側聞に、宗教にハマるのは弱い人間だ、ときくけれど、その理屈でいくなら彼は”強い”人間だ。法律にも倫理にも縛られず己の信念に従っている。それが現代社会で、称揚の対象になるのか、忌避の対象になるのかは、単にベクトルの違いでしかない。</span></p><p style="font-stretch: normal; font-size: 12px; line-height: normal; font-family: Helvetica; min-height: 13.8px;"><span style="font-size: 12pt;"></span><br></p><p style="font-stretch: normal; font-size: 12px; line-height: normal; font-family: Helvetica;"><span style="font-size: 12pt;">そして、そんな風見鶏のようなものではなく、もっと確かなもの、すなわち今も生きている神に己の指針を求めたい、というのが、キリスト者である私の願いなんである。</span></p><p style="font-stretch: normal; font-size: 12px; line-height: normal; font-family: Helvetica; min-height: 13.8px;"><span style="font-size: 12pt;"></span><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/godiserve/entry-12459600787.html</link>
<pubDate>Tue, 07 May 2019 13:46:02 +0900</pubDate>
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<title>ノンクリスチャンが歌う、日本のゴスペル</title>
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<![CDATA[ <p style="font-stretch: normal; font-size: 12px; line-height: normal; font-family: Helvetica;">クリスチャントゥデイの記事より</p><p style="font-stretch: normal; font-size: 12px; line-height: normal; font-family: Helvetica;"><a href="http://www.christiantoday.co.jp/articles/24961/20171219/horii-kenichirou-christmas-2.htm" style="font-family: helvetica;">http://www.christiantoday.co.jp/articles/24961/20171219/horii-kenichirou-christmas-2.htm</a></p><p style="font-stretch: normal; font-size: 12px; line-height: normal; font-family: Helvetica;"><span style="font-size: 12pt;">まったくだよ。”ノンクリスチャンのゴスペル”を白眼視する教会関係者に聞きたい、じゃああなたは、どんな方法で聖書に触れたこともないノンクリスチャンに、聖句を口にさせることができましたか？と。あなたは人を救えないのだ。救えるのは主だけなのであるから、ノンクリのゴスペルを救いにつながらないと</span><span style="font-size: 12pt;">断ずることは、思い上がりも甚だしい。神に出来ないことはないと口で唱えつつ、信じていない。罪だよそれは。</span></p><p style="font-stretch: normal; font-size: 12px; line-height: normal; font-family: Helvetica;"><span style="font-size: 12pt;"><br></span></p><p style="font-stretch: normal; line-height: normal; font-family: Helvetica;">そもそも、日本でノンクリが歌わなくて誰がゴスペルを歌うんだよと。歌えるクリスチャンは、たいがい教会に引きこもって出てこないじゃないか。あなたが、大宣教命令を無視して弟子作りに失敗し続けているから、クリスチャンがいなくてゴスペル音楽がヤマハ音楽教室に乗っ取られてしまうんだよ。そしてなんでそこで、じゃあ俺らクリスチャンが本物のゴスペルを歌ってやる、じゃなくて、ゴスペル音楽はダメだ、になってしまうんだろう。</p><p style="font-stretch: normal; font-size: 12px; line-height: normal; font-family: Helvetica;"><span style="font-size: 12pt;"><br></span></p><p style="font-stretch: normal; font-size: 12px; line-height: normal; font-family: Helvetica;"><span style="font-size: 12pt;">私だって歌いながら、どれほど苦しく虚しいか。こんなもの賛美になってないと思いながらハとレとルとヤを言うのだ。賛美以前に音楽ですらない、意味をなさない細切れの音符を辿りながら、どれほどあなたの言う”本当のゴスペル”に憧れたか知れない。だがそうせざるを得ないから今歌うのだ。これが私の戦場だから踏みとどまっているのだ。</span></p><p style="font-stretch: normal; font-size: 12px; line-height: normal; font-family: Helvetica;"><span style="font-size: 12pt;">あなたは、安全なジェリコの街で嘲笑っていればいい。壁は崩れるのだ。勝利は主のものである。</span></p>
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<link>https://ameblo.jp/godiserve/entry-12337656711.html</link>
<pubDate>Tue, 19 Dec 2017 23:06:45 +0900</pubDate>
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<title>新しい希望</title>
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<![CDATA[ 私のようななんの力もないものが<div>このような大それた望みを抱いて良いものか</div><div>分からないのだが、ビジョンが与えられてしまったので言葉にすることにした。</div><div><br></div><div>自由な教会が欲しい。</div><div>そこで毎週日曜にゴスペル礼拝がしたい。</div><div><br></div><div>神様に不可能なことはないから</div><div>私はこのように祈っていくことにする。</div><div><br></div><div><br></div><div>親友とそのような話になり、新潟や大阪にある自由な教会が、なぜここにはないのだろうか。</div><div>じゃあ作ってよ！という流れになり、</div><div>まさかそんなことできるわけがない…とその時は思ったのだけれど、よくよく考えると</div><div>これまでの流れが全て</div><div>その一点を指し示しているような気がしてきた。</div><div><br></div><div><br></div><div>ブラックゴスペルを神様に向けて歌いたいのに、歌う場所がない。相変わらずゴスペルのワークショップをジプシーしながら、</div><div>満たされない想いだけが滾っていた。</div><div>神様は私になにをさせたいのだろう、と思っていた。</div><div>ニューヨークから帰っていきなりの、大御所との出会い。それから大阪と繋がり、次いで新潟に繋がる人と、先月巡り会った。</div><div>そして、この夏のとあるクワイアディレクターとの出会いは内村鑑三氏の著作への導きとなり、自由な教会というビジョンが与えられた。</div><div><br></div><div>私は自由な教会を開拓しなければならないのだ。</div><div>それが私が神様から与えられたミッションなのだ。</div><div>なんという大胆不敵！</div><div>人も物も金もない、才能もなければ場所もない。ただ神様だけ。</div><div>むちゃくちゃだなあと自分でも思う。</div><div><br></div><div><br></div><div>先月いらしたゲストの牧師から、召命、callingの話しを聴いた。召命は夢とは違う。ただその希望を抱くだけでなく、神様がその道を用意してくださるのが召命なのだという。</div><div>つまり、私が教会が欲しいと思って単なる夢で終わるならば、それは神様の意思ではないのだ。この道が正しければ、必ず主が私のために道を用意してくださる。隘路だろうが急登だろうが、私はただ従い行けば良いのだ。</div><div><br></div><div><br></div><div>と、いうわけで、これが実現しなくても私の実力不足とかではないのだ（笑）ただみ旨でなかっただけ。全部神様に委ねて進むのは、とっても楽だ。失敗を引き受けることも、成功を誇ることもない。自我を手放しそこに神様にいてもらうと、他人の評価が恐ろしくなくなり、何をやるのもすごく簡単に思えるのだ。</div><div>Just do itの心境にいとも簡単に至れるのである。</div><div><br></div><div>箴言19:21</div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">Many are the plans in a person’s heart,</span><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">but it is the</span><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">&nbsp;<span style="font-variant-caps: small-caps;">Lord’s</span></span><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">&nbsp;purpose that prevails.</span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto;">人の心にはたくさんの計画がある。しかし、主のみ旨はそれらに勝る。</span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto;"><br></span></div><div><br></div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/godiserve/entry-12335313176.html</link>
<pubDate>Sun, 10 Dec 2017 19:26:52 +0900</pubDate>
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<title>内村鑑三 「キリスト教問答」を読んで</title>
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<![CDATA[ ゴスペルの指導者やシンガーで、洗礼を受けたわけじゃない。日曜礼拝にも通わない。でも神様は好き、という人が時々いる。<div><br></div><div>曰く、僕は毎週教会に通うようなキャラじゃないから…。彼の想像する毎週教会に通うキャラってどんなキャラだろう。白髪の上品な老婦人で、いつも穏やかに微笑んでいる、みたいなのだろうか。はたまた、アスペルガー気質の空気読めない系の人だろうか。あるいはエキセントリックな芸術家崩れ？あるいは鼻持ちならない外国かぶれ？あるいはいい人オーラ全開の爽やか好青年だろうか。</div><div><br></div><div>無教会主義、という言葉だけは知っていたので気になって、宣教師の先生に尋ねてみた。提唱者の内村鑑三氏には毀誉褒貶があるが、その神学については素晴らしい、全く同意するとのことだった。ふーむなるほど、では著作を読んでみようかと思ったが、膨大にある。全集とか、論文とかはどうにも難しそうなので、この質疑応答形式の、口語で書かれた文庫本を手に取った。「ごく普通」の日本人である記者が、三位一体ってなに？訳わかんない。本気でそんなの信じてるの？とか、予定説(神に選ばれたものだけが救われる)って酷くない？とか、私もかつてキリスト教に対して思っていたような疑問をズバズバ聞いてくれて、内村鑑三氏がそれをバサバサ切る、という内容だった。痛快。</div><div><br></div><div>で、無教会主義である。教会、と言われて日本人がまずイメージするのは、サグラダファミリアやニューヨークのセントパトリックチャーチ、はたまた大浦天主堂のような、華美で壮麗な大聖堂ではないだろうか。</div><div>でも、教会とは、建物のことではなく本来は信徒の集まりという意味なんだそうだ。こういった大聖堂は全部カトリックのもので、これに対し宗教改革の神学者が唱えたのは</div><div><br></div><div>聖書のみ(ソラ・スプリクトゥラ)</div><div>信仰のみ(ソラ・フィデ)</div><div>恵みのみ(ソラ・グラティア)</div><div>キリストのみ(ソルス・クリストゥス)</div><div>神の栄光のみ(ソリ・デオ・グロリア)</div><div><br></div><div>である。教会は入っていない。</div><div>内村鑑三は、外国人宣教師がお膳立てしたお仕着せのバプテストだの、長老だの、そういう教派は要らないと説いている。それは確かに、私も疑問に思っていた。同じクリスチャンの筈なのに、そして日本のクリスチャンが少ないことをいつも嘆いている割に、ゴスペル仲間を教会に紹介しようとすると、その人は〇〇派なんだね、あそこはカルト風になり易いからどうかと思う、とか、××派は△△を重視してるけど、私は△△が信仰に必要とは思えないね、とか、会う前にまず所属教団、教派で選別が入るんである。(それ以前に、同じ教派だろうが教会員にあらずんば仲間にあらず、みたいな空気もある。教会員になったところで、新参者はお呼びでない、みたいな人もいる)</div><div>クリスチャンてみなキリストの兄弟姉妹なんではなかったの！？福音派信徒には福音派の兄弟姉妹しかいないんであろうか。み国はルーテル派用とペンテコステ派用が別々に用意されてるんであろうか。んなわけは無い。</div><div><br></div><div>日本の教会は、ムラ社会の延長に非常になり易いのであろう。この世的なしがらみ、序列、常識、そういったものが常に主にあって自由であるはずの教会を脅かし、自由を愛する人を教会から遠ざけている。</div><div><br></div><div>内村鑑三は、既存の教団に属するのではなく、志を同じくする人と勝手に教会を作っちゃえばいいじゃん、それがあるべき姿だよ、と言っている。実際に、今大阪や新潟で、何派でもない、ゴスペル指導者のオリジナルな教会(場所は家だったり、お店だったり)が出来ているみたいだ。内村鑑三の理想が時を超えて、実現しているのだ。</div><div>こういった草の根教会から日本の宗教改革、そしてリバイバルが起こることを、超期待するのである。</div><div><br></div><div><br></div>
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<pubDate>Tue, 14 Nov 2017 02:33:29 +0900</pubDate>
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<title>夏の思い出と、パリサイ派との戦い。</title>
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<![CDATA[ すっかり夏の熱狂が過ぎ去り、1週間ほど虚脱状態に陥っていた。<div><br></div><div>とても特別な夏だった。全てが神様からのご褒美、ハネムーンだった。愛されて、守られ、私はその中で自由だった。</div><div>気心の知れた長い友達、素敵な新しい友達、懐かしい古い友達と、新しい歌、また聞き知った歌を神様のために歌った。</div><div><br></div><div>これまでの閉ざされた、ひとりぼっちの暗い場所から連れ出された私を、神様は羊の群れがいる美しい緑の牧草地へ連れてきて、私だけを特別にそばに置いて、いままでの人生を癒すために憐れんでくださったのだ。</div><div><br></div><div><br></div><div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">主われを愛す　主は強ければ<br>われ弱くとも　恐れはあらじ</span><br></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto;">本当にその通り、Amen で、夏の間私はお姫様、ヒロインで、怖いもの無しだった（笑）何をバカな、と思う向きもあろうが、ほんとに。尊敬すべき人たちから愛してるの言葉やハグをいっぱいもらい、美しい衣装で人前で踊るチャンスを何度も与えられ、しかもそれをとても大切な人に見てもらった。素晴らしい歌を歌って、笑いながら過ごした夏だった。</span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto;">神様の愛を受け入れると決めてからは、魔法で襤褸を美しいドレスに変えられ、舞踏会に連れ出されたシンデレラみたいなのだ。今までの惨めさが全部、キリストの犠牲で贖われた。</span></div><div><br><div><div>でも、これは私の戦いなのだと思う。全ての人が羨むくらいの愛を受けて、幸せで輝く私を、人前に示さなくてはならない。そしてその姿で誰かを勇気付け励まし、キリストの十字架の前へ連れて行かなくてはならないのだと思っている。</div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">目立つこと、人前に出ること、人に影響を与えることを物心ついてからずっと忌避していたのに、とんでもない使命を与えられたものだ。</span><br></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></div><div>先月、日曜朝の教会学校で、クリスチャンになって、変わったことはあるかというテーマになった。私は以前は極度の緊張体質だったのだけれど、救われてからは一切ステージで緊張しなくなった、という話をした。「弱く醜い私」を衆目に晒している、と思うから緊張していたのであって、今は「私を通して働かれている神様の愛」を見てもらうのだから、私は何も恐れることがない。私は他の何の目的でもなく、ただ主の栄光を現すために、舞台に立っている…というより、立たされているのだから。</div><div><br></div><div>他の人も口々に変えられた体験の話をしたところ、今月になって、それを聞いていた女性が受洗を決意された。変えられていく皆さんを見て、私も変わりたいと思った。でも自分では変われない。神様に変えて欲しいと思った…とのことだった。ハレルヤ、本当に神様は全ての栄光を受けるのにふさわしい方だ。</div><div><br></div><div>神様から離れては、人は生きられない。生きているように見えて、それは滅びの道をただ、断崖へ向かって歩いているだけなのだ。</div><div>無神論者、唯物論者に特に顕著であるが、彼らにとって肉体の死は、己の魂の消滅である。彼らの生はそこで終わる。肉体とともに滅びる。そのような限りある生で、人はどのような希望を抱けばいいんだろうか。わたしには、とても無理だった。子育てだって、社会の歯車の再生産としか思えず、旅行だって美味しい食べ物だって、その時だけは楽しくても虚無的な浪費のように思えていた。その人が死んだら焼かれて終わりの、シナプスに刻まれた思い出に、何の意味があるだろうかと思っていた。何の喜びもない、皮肉屋。それがかつての私だった。</div><div>希望とは、このような虚無から神に救い出され、生きる道を示されてやっと抱けるものなんではないだろうか。それを人はみ国とか、永遠の命とかいう言葉で表現している。それが何なのかは死ぬまで分からないのだけれど、神様が用意してくれているのだから素晴らしいものだということだけは分かっている。見たこともない、この地上に生きているうちには絶対に見ることのない希望を信じる。それが、キリスト者という、側から見たら馬鹿げた生き方なのだ。</div><div><br></div><div>キリスト者はそのバカらしさを十分に分かっているはずで、本来自分がキリスト者だということで未信者を見下したりは絶対に、できないはずなのである。</div><div>敵の大軍の前に、武器を持たない楽団を前面に押し出し、賛美の歌を歌わせながら進み出る。ジェリコの城壁を砕くために、壁の周りを7回回って、鬨の声を挙げる。主に信頼してそんなバカげた常識外れなことをするのが、信仰者なのだ。</div><div><br></div><div>私も周りが見えてないとか、頭がおかしいとかよく言われるのだが、褒め言葉だと思って聞き流している。そんな態度が気に入らないようで、ますます己の信仰を他者より優位に立つためのマウンティングに使うような先輩クリスチャンやゴスペル関係者には嫌な顔をされるが、私は神様と、神様に繋がった人には愛されているから、こういう人に嫌われようがどうでもいいのである。こういう人たちは、イエスの敵、教条主義的なパリサイ人だと思うことにしている。</div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);"><br></span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">偽善な律法学者、パリサイ人たちよ。あなたがたは、わざわいである。あなたがたは、天国を閉ざして人々をはいらせない。自分もはいらないし、はいろうとする人をはいらせもしない。 (マタイ23:13)</span></div><div><span style="-webkit-text-size-adjust: auto; background-color: rgba(255, 255, 255, 0);">偽善な律法学者、パリサイ人たちよ。あなたがたは、わざわいである。あなたがたは白く塗った墓に似ている。外側は美しく見えるが、内側は死人の骨や、あらゆる不潔なものでいっぱいである。 (マタイ23:27)</span><br></div><div><br></div><div>パリサイ派の人はそれこそ2000年前のエルサレムでも、どこにでもいるけど、日本の年功序列、儒教的縦社会はパリサイ的権威付けを大いに助けるところがありそうだから、この世のものが混じり込んだ教会はカトリックでも、プロテスタントでも、はたまたクワイアでも、こういうものを排除するのが大変だろう。日本の宣教がさっぱり進まないのは、この辺にも理由がありそうな気がする。</div><div><br></div><div><br></div><div><br></div></div></div></div>
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<link>https://ameblo.jp/godiserve/entry-12327538358.html</link>
<pubDate>Sat, 11 Nov 2017 19:22:36 +0900</pubDate>
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