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<title>再び「最高に良い顔」をした日</title>
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<description>最高の人生から、鬱病/自殺未遂を経験。再び「最高に良い顔」をするまでの一人の男のREAL STORY</description>
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<title>中坊の頃のお話②</title>
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<![CDATA[ 伝説の中学時代の幕開けは、<br>現在も続く金髪嫌いの自分が作られたところから始まる。<br><br>初めての中学。<br>小学校で散々いばってきた自分達も、<br>中学では一番下からスタートする。<br><br>新しい出会いに緊張とワクワクがいっぱい。<br>自分の中学は地元にあり、<br>同じ小学校の皆がそこに通うのだけれども、<br>他の小学校からも集まるという感じで。<br><br>小学校からの友人たちと、<br>いざ登校。<br>学ラン姿にお兄さんになったことを誇らしげに、<br>いつもよりもよく喋りながら登校した。<br><br><br>門をくぐると、中学生活がスタートする。<br>その一歩をかみしめて、くぐろうとしたその時、<br>門の上に金髪のお兄さん方が、たくさんいるのを発見した。<br><br>・・・たくさんいた。<br>この一番上までしっかりと締めている、<br>そんな学ラン姿の自分達とは違い、<br>好き勝手なＴシャツを着ている方々。<br>本当に、たくさんいた。<br><br>説明します。<br>自分は、大のびびりであるのです。<br>ケンカが強そうに見せかけるのはいいが、<br>ケンカはしたことがないのです。<br>本当のビビり。<br>怖そうなお兄さんとどれだけ目を合わせないかに、<br>実は神経を注いできた自分。<br>絡まれないように行動する主義。<br><br><br>ひとつだけ言わせて頂くと、<br>門のところにおられたら、<br>逃げられないのです。<br><br><br>あと一歩踏み出せば、<br>中学時代の幕開け。<br>しかしながら、<br>絡まれないように行動する主義の自分は、<br>その一歩を踏み出すことをためらう。<br><br>差し迫る選択。<br>義務教育という言葉が、<br>自分の心をとらえる。<br>選択する余地はない。<br>いざ、一歩を踏み出さん！！<br><br><br>・・・<br>そりゃ、絡まれるわけですよ。<br>脳内パニック。<br>ただ声をかけられただけでしたが、<br>脳内緊急事態。<br><br>ささっと、逃げます。<br>そりゃ、皆に任せて怖いところはしっかり逃げました。<br><br>あの時の恐怖体験のおかげで、<br>金髪＝不良というイメージが完全にできあがると同時に、<br>不良＝ケンカという日本の電波のおかげで植えつけられていて、<br>金髪＝ケンカが成り立ち、<br>それ以降、その方々が通る時間、道を覚えると同時に、<br>最悪の事態がおきない限り、<br>避けて通るようにした。<br><br>まるで、のだめカンタービレの千秋が、<br>極力飛行機に乗らないようにするかのように。<br><br><br><br><br>
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<pubDate>Sat, 04 Jun 2011 23:50:44 +0900</pubDate>
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<title>中坊の頃のお話①</title>
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<![CDATA[ 中学校の入学式前に、<br>野球のクラブチームを探しに行った。<br><br>中学野球は硬式と軟式があったのだけれども、<br>軟式一本に絞っていた。<br><br>当時小学校4年生にして、<br>プロ野球選手の夢は崩れ去っていた。<br>それも全てとあるすごい選手がいたからである。<br>その人についてはまた書くとして、<br>その人ですら、硬式野球を選択しなかった。<br>体ができていない状態で、硬式はやめた方がいいということだったので。<br><br>当時その人を尊敬というよりも、崇拝していたので、<br>その人に言われるがまま、軟式の道へ。<br><br>崇拝とは、その人がうんこは食べる物と言ったとしても、<br>それがその人に近付く道として、食べてしまうというレベルなので、<br>もはや迷いはなく、すんなりと、軟式の道へ。<br><br><br>条件は、家から近くて誰も知り合いがいないところ。<br>仲の良い気が合うやつらとは、全く違うところで、<br>1からとことんやりたかったのだ。<br><br>そこで見つかったのは、家から自転車で20分くらいのグランドを、<br>本拠地として持ったチーム。<br><br>中学で体が出来あがった中三ボーイたちがいると、<br>どこのチームも強そうだったので、正直条件さえ当てはまれば、<br>どこでもよかったのである。<br><br>練習に参加して、即決でそのチームに入った。<br>即決できたのは、あるファーストの人が声をかけてくれたから。<br>初めての練習で、バッティングをさせてくれた。<br>ケースバッティング。<br>そこで、初打席初ヒットを打った自分に、<br>ファーストの方が、笑顔でナイスバッティングと言ってくれた。<br><br>その当時は、褒められるとallOKboyだったので、<br>このチームにはハートがあるとか意味のわからん解釈をし、<br>即決にいたったのである。<br>今考えても、あの時の自分は、頭が悪すぎた。<br>それは、今も変わらないと思われるが。<br><br>チームが決まると、中学への準備は全てＯＫ。<br>もう、何でも来い状態で、<br>伝説の中学時代が幕をあけようとしていた。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/goodface1010/entry-10903912946.html</link>
<pubDate>Fri, 03 Jun 2011 23:50:35 +0900</pubDate>
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<title>小さい頃のお話⑫</title>
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<![CDATA[ 野球は最高、では学校では？<br>学校も最高だった。<br><br>まず前回書いたとおり、マドンナと素晴らしい関係を保っていた。<br>でも、それ以上に小さいハゲ先生との出会いが、本当に良かった。<br><br>怒るところは本気で怒る、<br>殴るし蹴るし、授業はつぶれるし。<br>ただ怒られて、怒られるところをみて、<br>気持ち良いと感じることができた。<br>それだけ正しい怒り方をされていた。<br><br>遊ぶ時は遊ぶ。<br>授業も早く進めては、遊ぶ。<br>怒られることが日常であって、<br>授業がつぶれていたけれども、<br>それでも遊ぶ時間があったということは、<br>相当早いスピードで勉強していたんだろう。<br><br>運動会、球技大会など、<br>クラス対抗で何かを競う時、<br>本気で勝ちにこだわる。<br>実力はたぶん五分五分だけど、<br>全て一位になっていたし、<br>クラスの一体感は相当よかったと思う。<br><br>よく相談というか、<br>生徒の話も聞かれていた。<br>自分も良く呼び出されては、<br>いろいろとご教授頂いた。<br>職員室の中にある談話室みたいなところで出される水は、<br>水道水で飲む水より、おいしかった。<br><br>小さなハゲとこのブログでは幾度もなく書いているが、<br>それはその先生公認のことである。<br>当時から、ハゲと呼んでいた。<br>それは公認されていることだった。<br>ただハゲを触ると激怒した。<br>してもいいことと、してはいけないことの分別、<br>つまり先生にとって、<br>ハゲと呼ばれることは良いが、触るのは絶対に嫌ということ。<br>人が良いということは良い、嫌ということはしてはいけない。<br>それを身をもって説明しては、きちんと対処されていた。<br><br>そんなこんなで、<br>誰からも愛される良い先生だった。<br>その先生の下で２年という日々を過ごせたことは、<br>本当に心から良かったと思える。<br><br>そんな先生の下で、<br>学級委員長として、生徒会会長として、<br>とにかく野球仲間や友人たちと、<br>毎日を楽しく、時に甘酸っぱく、<br>元気いっぱいに過ごしていた。<br>そんな毎日が、最高じゃないわけがない。<br><br>本当に良い小学校生活を、<br>その先生と、多くの友人たちのおかげで、<br>送ることができた。<br>皆、有難う。<br><br><br>追伸<br>土屋博士とスライム博士、小さいハゲ先生のおかげで、<br>ハゲによる将来なりたくない職業に君臨していた、<br>博士と先生。<br>このふたつは、小さいハゲ先生が、<br>見事に打ち倒し、<br>当時なりたい職業一位に、小学校の教師が君臨した。<br><br>それも、高校３年までだが。
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<link>https://ameblo.jp/goodface1010/entry-10902362091.html</link>
<pubDate>Thu, 02 Jun 2011 23:50:29 +0900</pubDate>
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<title>小さい頃のお話⑪</title>
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<![CDATA[ 急成長とともに野球がとても上手になった。<br>成長する前から、ポジションがキャッチャーになって、<br>肩も、足の速さも、打撃も、全てが二段階くらいレベルアップした。<br><br>そして我の強さは、5段階くらいレベルアップした。<br><br>小学校6年生になって、キャプテンに任命される。<br>我の強いキャプテン、<br>リーダーだけども、まとめられないキャプテン。<br>これは、高校まで続くこととなる。<br><br><br>小学校6年から、自分達のチームは強くなった。<br>選手層が厚く、本当に良いチームだった。<br><br>先輩がいない野球は、とても楽しかった。<br>自分達がこのチームの代表という自覚が芽生えたから。<br>また、好き勝手できたことも、その要因だろうと思う。<br><br>キャッチャーとして、<br>ピッチャーと喧嘩は当たり前。<br>要求通りに投げなければ、やじを飛ばす。<br>常にケンカ、ピッチャーが泣きながら怒って投げていたこともあった。<br>あの時のスピードはかなり速かった。<br>人間泣きながら怒ると、球速がアップすることがわかった。<br><br>これは最近おかんから聞いた話だけれども、<br>たまに試合中、監督と喧嘩する一面もあったらしい。<br>とてつもない12歳だったらしい。<br><br>打者として、<br>ヒットが打てれば試合がどうなろうがよかった。<br>ホームランが打てれば、もう何でもよかった。<br>ひとつだけ言える事は、<br>こんなキャプテンの下では、野球はやりたくない。<br><br><br><br>そんなこんなで、優勝、準優勝を幾度も経験した。<br>特に地元のリーグ戦やトーナメントは総なめにしていた。<br>とてもうるさいすごい選手がいる、結構地元では有名だったらしい。<br><br><br>小学校の野球で一番記憶に残っていることは、<br>最後の地元の大会で、優勝ができなかったこと。<br>その日普段はあり得ない一日3試合の日、<br>朝一番に一試合、昼から二試合、<br>昼からの二試合が地元の大会の準決勝、決勝だった。<br><br>決勝の相手は、小学校4年生からの顔なじみのやつら。<br>本当に昔から試合をしていたため、そいつらと決勝をやれてよかったと思う。<br>ちなみに中学生にあがってからは、<br>そいつらと一緒のチームで野球をやることになる。<br><br><br>自分達のチームは、<br>一試合目、二試合目でピッチャーを使い果たし、<br>残る決勝で本職ピッチャーの人間がいなくなった。<br>ので、のでので、自分がピッチャーとしてあがることになった。<br><br>いつも口うるさくピッチャーに怒鳴っていた自分、<br>もし自分がピッチャーで自分がキャッチャーだったら、<br>確実に初球から切れていたと思う。<br><br>試合は本当にいい緊張感を保てる内容で、<br>実力は五分五分だった。<br>６年生なりたての頃は、<br>自分達のチームが断然強かったが、<br>そいつらは徐々に力を持ち始め、<br>最後には五分五分になっていた。<br><br>努力したんだなと思っていたけれども、違った。<br>ピッチャーとキャッチャーのやつらが急成長しただけだった。<br>身長ぐんっと高くなってたし。<br>そこんとこは、中学時代嫌というほど、<br>同じチームで野球をしたおかげで、理解している。<br>彼らは努力という言葉が世界で一番似合わない。<br><br>最終的に僅差で負けたようなあいまいな記憶が残っている。<br>でも一番記憶に残っていた試合。<br>それは、負けても気持ち良かったからだった。<br><br>努力の似合わない彼らはどうかしらないが、<br>そのチームは打倒自分達のチームで一年を過ごてきたチームであり、<br>ともに良きライバルチームであり、<br>一番の顔見知りのやつらであり、<br>たまに同じグランドで練習をし、<br>強い友情みたいなものを、感じていた。<br><br>だからこそ、勝つために全てを注いだ。<br>それでも負けたのだから、<br>残るは気持ち良さしかなかったんだろう。<br>出しつくさずして勝った試合より、<br>出しつくして負けた試合の方が、気持ち良い。<br><br><br>本当に、最高の小学校時代の野球人生を送れたと思う。<br>多くの仲間と、多くのライバルと、多くの先輩、コーチと出会えて、<br>本当によかった。<br><br>
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<pubDate>Wed, 01 Jun 2011 23:50:51 +0900</pubDate>
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<title>小さい頃のお話⑩</title>
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<![CDATA[ 急成長、髪型変更により、<br>スポーツ万能、イケ面に変わった自分の、<br>甘酸っぱい小学校の恋の話をする。<br><br>学校のマドンナと小学校五年から同じクラスに。<br>その時はまだしょぼい生意気なガキで、<br>そのマドンナに振り向いてもらうことはできなかった。<br>ただ、そんな自分にもチャンスはあった。<br>名字の頭文字が隣だったため、<br>日直という仕事が同じだったのだ。<br><br>あの神様のいたずらっぷりには、<br>今でもにやけてしまう。<br>妙にテンションがあがっていたが、<br>さりげなく、好きな気持ちを抑えつつ、<br>ちょっといじめるような口調で。<br><br>好きな女子をいじめるのは、<br>好きだと言う気持ちがばれたくないからでしかない。<br>本当に、あの時の自分のマドンナに対する態度は、甘酸っぱかった。<br><br>当時誰が誰を好きだなんていうものは、<br>少年少女のくちの軽さを通して、皆に知れ渡っていた。<br>マドンナは違うクラスのやつが好きだ。<br>そんな情報を、飲み込めずにいた自分。<br>クラスの後ろの方で、たたずんでいた時に、<br>自分がマドンナの事を好きだと知っていた友人は、<br>嬉しそうにそのことを伝えにきてくれた。<br><br>有難う、そして帰れと、素直に思っていた。<br><br>そんな憎たらしくも、良い友人は、<br>なんとそのマドンナの友人と幼馴染であった。<br>その友人を通して、マドンナと遊ぶ機会が、徐々に増えていった。<br>有難う、今度こそ、心のそこから思っていた。<br><br><br>徐々に身長を伸ばし、五年生が半年くらいたった時には、<br>大変身をしてしまった自分。<br>その頃から、マドンナの心境が変わり始めていることを、<br>周りから聞いていた。<br><br>少しずつ、マドンナが自分に傾き始めたのだ。<br>嗚呼、このときの、<br>両想いになるのか、ならないかの審判の甘酸っぱさといったら、<br>大学に入ってから食べた彼女の失敗した料理よりも、<br>甘酸っぱい。どちらも本当に甘酸っぱかった。<br><br>男子は単純、体育の授業はどんなけ女の子にアピールできるかが重要。<br>とにかく成長した姿を、マドンナに見せつけていた。<br>男子は単純、好きな子が出来れば、<br>ちらちらとみては、目が合うだけで幸せになった。<br><br>五年生の秋口くらいに、<br>ようやく、アピールのかいがあって、<br>マドンナと自分が両想いになったことを知る。<br><br>あの時の感動は、今でも強く覚えている。<br>そこから二人で遊ぶことがちらほら、<br>みんなで遊ぶことがどんっと増えた。<br>密な時間、憎たらしくも良い友人、本当に有難う。<br><br><br>小学校五年の終わりくらいに、<br>マドンナと他の両想いの二人と、<br>四人で遊んでいた時のこと。<br>突然自分の口から、信じられない言葉がはっしられた。<br><br>キスせーへん？<br><br>もう、当時からいちゃつくことばっかりしていたので、<br>次のステップに移りたかったのだろう。<br>とにかく二人きりに無理やり言い訳をして、なってみた。<br><br>良いよと言われて、自分のファーストキスがちょんっと終わった。<br>もう、フレンチキスの三乗くらいだったけれども、<br>最高に幸せな時間だった。<br>もう、時間が止まればいいと、本気で思っていた。<br>するとマドンナからこんな言葉を頂いた。<br><br>この唇は私のファーストキスを奪った悪い唇や♪<br><br>もう、なんていったらいいのかわからず、<br>おおぉ。とうなずいた。<br>どんなけこいつカッコいいねんって、正直思うと同時に、<br>心臓が止まる思いをした。<br>本当に女子は、すごい。<br><br>そんなキスの日の夜、<br>自分は眠れなかった。<br>それは、興奮していたからではない。<br>当時キスで子供が出来ると、両親からの嘘で洗脳されていた自分は、<br>もう父親になってしまうことを本気で怖がっていた。<br>次の日、妊娠していなそうな、そんなマドンナを見て安心した。<br><br>キス以外の方法で、妊娠することがわかったのは、<br>小学校六年の時の、クラスの女子による図書室での、<br>エッチなビデオを見た私が教えてあげられる事講座で、<br>ようやく理解することになる。<br><br>とにかくマドンナは、<br>小学校が終わるまで、幸せな時間をくれた、<br>最高の女子、いや女性であったことに間違いはない。<br><br>本当に有難う、マドンナ。<br><br><br>
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<pubDate>Tue, 31 May 2011 23:55:37 +0900</pubDate>
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<title>小さい頃のお話⑨</title>
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<![CDATA[ 小学校五年の時の始業式、<br>誰と同じクラスなのか、<br>どの先生が担任なのか、<br>ワクワクしていたのを覚えている。<br><br>いちいち各学年の始業式を覚えているわけではない。<br>衝撃的な始業式だったから、覚えている。<br><br>始業式の日、まずクラス発表がある。<br>そのクラス発表を見て、ひとつ嬉しかったことがあった。<br><br>それはどの学校にもいるマドンナと同じクラスになれたこと。<br>それはもう嬉しかった。<br>ただ、その時はまだ成長期も、髪型の変更もなく、<br>ただの小太りの少年だったため、外から眺めて溜息をつくだけだった。<br>それでもマドンナと一緒になれたことは、やっぱり嬉しい。<br><br>そんな状態で始業式に参加する。<br>どんな人が担任になるのか、ワクワクした。<br>マドンナ効果でモチベーションがあがっていた自分は、<br>誰よりもワクワクしていただろうと思う。<br><br>担任が発表される前に、<br>新しくきた先生の発表がある。<br>みんなそれをワクワクしてみていたが、<br>一人だけ、異質な空気をもったハゲがいた。<br>小さいハゲだった。<br>後ろは残っていたが、おでこからてっぺんにかけてハゲだった。<br><br>誰もが心で思ったと思う。<br>あの人だけは担任が嫌だと。<br><br>・・・・<br>そう、御察しの通り、<br>小さなハゲが担任になった。<br>小学校五年のクラスは六年でも継続される。<br>つまり担任も継続される。<br>つまりつまり、小学校最後の先生が小さなハゲだった。<br>心が折れた。<br>担任が決まるだけで、これからの小学校生活の心が折れるなんて、<br>そう滅多にあるものではない。<br>ただ、そのときの驚きと、心の折れ具合は、今でもはっきりと覚えている。<br><br><br>初めてのクラスでの授業。<br>自分は、ワクワクと絶望の淵にいた。<br>たぶん、クラスの男子はほぼ、同じ状況だったのではないだろうか。<br><br>その時は、まだみんな、全く知らないこの小さなハゲと、<br>泣きながら卒業できるなんて、<br>今でも一番素晴らしく、尊敬できる先生なんて、<br>知る由もなかった。<br><br>とにかく小学校五年の始業式ほど、<br>記憶に残っている始業式は、無い。<br><br>それだけインパクトがあった、<br>小さなハゲとの出会いだった。<br><br><br>この時、<br>スライム博士と土屋博士のダブルハゲの印象で、<br>博士にはなりたくないと思っていたのが、<br>そこに追加で教師も入ることになる。<br><br>そのハゲによる将来なりたくない職種思考は、<br>一年後には大逆転することになる。<br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/goodface1010/entry-10900361023.html</link>
<pubDate>Mon, 30 May 2011 23:50:37 +0900</pubDate>
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<title>有難うを心から伝えたい人①</title>
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<![CDATA[ 小学校2年で野球を始めて、<br>出会った人がいる。<br>杉崎さんという、おじさんコーチだ。<br><br>この人はいつもスルメ臭くて、<br>ガンの手術の後を何度も見せらて、<br>とても厳しいコーチだった。<br><br>とにかく野球が大好きな人で、<br>自分達の学年専属のコーチだった。<br><br>その杉崎さんが自分に残した思い出はみっつ。<br>ひとつめは、4次元ポケット。<br>ふたつめは、ピッチャーの素質を見出してくれたこと。<br>みっつめは、人の死に対する悲しみを最後に教えてくれたこと。<br><br>杉崎さんのポケットからは、何でも出てきた。<br>何でも、というと嘘になるがあるカテゴリーに属したものなら、<br>何でも出てきた。<br>お菓子だ。<br><br>何故か杉崎さんがポケットに手を入れると、<br>皮の剥いてあるみかん、飴、するめが出てきた。<br>スルメは袋入りしておらず、<br>ポケットから出てきたので、<br>食べるかという声にＹｅｓと答えたことはない。<br><br>そんな杉崎さんとの日々が過ぎる中、<br>まだスポーツが得意でなかった小学校4年生のはじめに、<br>お前にはピッチャーの素質があると言ってくれた。<br><br>当時ファーストや外野を守っていた自分にとって、<br>花形のピッチャーはやりたいポジション1位だった。<br>とても嬉しかった。<br>でも、その言葉だけ残して、杉崎さんは亡くなった。<br><br>お葬式はたぶん、杉崎さんの前にも、<br>何度か行ったことがあったけれども、<br>それでも悲しかったことはなかった。<br><br>でも、杉崎さんの時は、<br>初めて人の死で涙を流したと思う。<br>どんなに練習がきつくても、<br>どんなけ走らされても、<br>どんなけスルメ臭くても、<br>どんなに嫌いなふりをしても、<br>多分、大好きだったんだろうと思う。<br><br>とっても悲しいお別れ。<br>最後まで、良い経験をさせてくれた杉崎さん。<br>本当に、有難うございました。<br><br>ちなみに花形ピッチャーは、<br>スポットではあったけれども、<br>本格的にすることはこの先無かった。<br>ピッチャーの才能、杉崎さん、なかったみたいです。<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/goodface1010/entry-10900336147.html</link>
<pubDate>Sun, 29 May 2011 23:50:40 +0900</pubDate>
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<title>小さい頃のお話⑧</title>
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<![CDATA[ 小学校4年生まで、それはもうやんちゃだった。<br>存在感抜群の自分は、学級委員長や班長、<br>スポーツ大会では必ずリーダーをしていた。<br><br>もうそれは、とにかく楽しかった。<br>自分の一言で動く人達がたくさんいる。<br>自分はしっかりしたリーダーなのだ。<br>目立つことが大好きな自分にとってみれば、<br>リーダーという役職は、最高に気持ちがいい。<br>本当に、最高の小学校生活を楽しんでいた。<br><br>っと、感じでいたけれども、<br>それは淡い幻想でしかなかったということを、<br>小学校4年生にして、ようやく気付くことになる。<br><br>自分が手にしていた友達は、<br>あくまで自分の我を通した結果、<br>集まっていた友人たちでしかなかった。<br>権力に怯える人達でもいおうか。<br><br>小学校4年にして、嫌われていることを、<br>肌で感じることが多々あった。<br>遊びに誘われることもなくなった。<br>声をかけても集まってくれなくなった。<br>軽いいじめみたいな現象を、<br>とにかく毎日味わっていた。<br><br>見返してやる。<br>そう思っても、どうすればいいのかわからない。<br>しんどい毎日を過ごしたことを、今でもはっきり覚えている。<br>だから学童保育を途中でやめることにした。<br>そして、学校が終われば、おかんの働く場所に行くことにした。<br>それはもう、毎日のように通っていた。<br>やんちゃ坊主がおかんにすがるという選択を取るくらい、<br>多分、しんどかったんだろう。<br><br>そこで頭を何百回、何千回と打っていればよかったものの、<br>小学校5年になってから、<br>神様が自分を甘やかす出来事が2つも同時に起きた。<br><br>一つ目は、成長期に入ったこと。<br>太っていた自分が、<br>体重そのままに身長がぐっと高くなってしまった。<br>スポーツ能力急上昇、カッコよさ倍増である。<br><br>二つ目は、髪型が変わったこと。<br>おかんの通う美容室で髪を切っていたのだけれども、<br>そこでおかんはいつも、<br>ドラゴンボールのトランクスと同じ髪型をお願いしていた。<br>ひとつだけ言っておくが、トランクスの髪型が似合うのは、<br>トランクス本人しかいない。<br>下手すると、いじりー岡田になってしまう。<br><br>おかんがたまたま当時はやっていたＧＴＯの鬼塚みたいな髪型にしてと、<br>お願いを変えてから、急にイケ面度が2倍になった。<br><br>どの学校にも、どの女子も必ずこの人を好きになるという体験を、<br>しているはずだと思う。<br>まさに、そんな状態になった。<br><br>カッコいい、身長高い、スポーツ万能、<br>誰が文句をいうのか。<br>誰がそいつをほっとくのか。<br>そんな小学校5年生になってしまった。<br><br>人がまた、集まり始めた。<br>今度は権力ではない、見た目とスポーツ能力だ。<br>ここで人格がよくなってなんて言えていたら、<br>多分未来もだいぶ変わったのではないかと思う。<br><br>神様は、自分をここで甘やかした。<br>有難いその時と、少し悔いる今。<br><br>甘やかすとは、今を良くして未来を壊すものだと、<br>気付くまではあと10年かかるとは、<br>そのときは一切気づいてなかった。<br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/goodface1010/entry-10900331707.html</link>
<pubDate>Sun, 29 May 2011 00:00:24 +0900</pubDate>
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<title>小さい頃のお話⑦</title>
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<![CDATA[ 昔から両親共働きの家庭に住んでいた自分は、<br>小学校に入ると同時に学童保育所に入った。<br>1年生～4年生までの皆で夕方までを過ごす。<br><br>そこではコマやケン玉を身に付けた。<br>また生まれて初めて漫画に出会った。<br>初めて読んだ漫画は「はだしのゲン」<br>戦争時代の少年の話に、虜になった。<br><br>初めて出来た友人は、小学校4年生。<br>自分よりも年上の、障害をもった人だった。<br>何も変わらないのに、何故障害者なのかわからなかった。<br><br>その人は絵が描くのがとても上手で、<br>いつも絵を描いているのを横で見ていた記憶がある。<br><br>小学校での友達も多くなっていたけれども、<br>初めて出来た年上の友達であり、<br>初めて出来た障害を持った友達であり、<br>とても印象に残っている。<br><br>おかんとその人の母親はちょっとした関係があって、<br>家に遊びに行くことになったりもした。<br><br>本当に普通の人。<br>なのに、障害を持っている。<br>その頃の自分達はどこか、障害という言葉に、<br>ちょっとした差別的なものを感じていて、<br>周りがよりつかないのがわかった。<br>それでも自分にとっては、友達であり、<br>結構一緒にいることがあった。<br><br>5年生になったその人とは、<br>学童保育に来なくなって、<br>それ以来会っていないけれども、<br>今では何をしているのかが、気になったりする。<br><br><br>昔から普通ではなく、異質な空気を持つ人達に憧れる傾向がった。<br>5レンジャーに本気でなろうとしている年上の人たちと、<br>ずっと一緒になって遊んでいた。<br><br>そのグループのリーダーのお父さんが、<br>スライムを作る遊びを教えてくれた。<br>当時の自分達にとってみれば、<br>練りケシなんか相手にならないレベルの、<br>とっても貴重な存在。<br><br>小さい頃の自分にとって、<br>スライムを作れるそのお父さんは、<br>レッツ＆ゴ―というミニ四駆漫画の、<br>土屋博士よりも博士的な存在で、<br>心の中ではキリスト以上に神的な存在だった。<br><br>またそのお父さんは髪の毛がなく、<br>土屋博士もうっすらハゲだったので、<br>博士は皆ハゲであるという概念が生まれ、<br>将来なりたくない職業No1に数年君臨することになる。<br>
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<pubDate>Sat, 28 May 2011 00:00:14 +0900</pubDate>
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<title>小さい頃のお話⑥</title>
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<![CDATA[ 野球の練習に参加し始めて数週間。<br>いよいよクラブチームに入会することになった。<br>ユニフォームを手にして、早速来てみることに。<br><br>・・・着方が一切わからない。<br>野球選手のユニフォームを見て頂ければわかるのだけれど、<br>足元が意味のわからないことになっていることに気付いてただけるはず。<br><br>仕組みは簡単なのだけれども、<br>野球なんて一切関係のなかった我が家では、<br>この足の下の部分をどうするかで結構苦労した。<br><br>着てみると、様になっていて、<br>とてもやる気に満ち溢れたことを今覚えている。<br><br><br>お祝いといってはなんだけれども、<br>ユニフォームを着て練習にいった日の夕方、<br>我が家には新しい家族が加わっていた。<br>柴の子犬である。<br><br>ゴン太以来1年以上時を経て、<br>我が家に犬が来た。<br><br>野球を始めたての頃だったので、<br>夢は大きく、犬の名前に夢の名前を授けた。<br><br>「リーガー」<br><br>メジャーリーガーのリーガーをとった。<br>今から思えばの話になるけれども、<br>リーガーではなく、メジャーの方がよかったかもしれない。<br>リーガーって、それ単体ではわからない。笑<br><br>リーガーの話はまたじっくり書くとして、<br>野球をし始めた頃は、<br>投げる事、打つ事、守る事、意味のわからないことだらけだった。<br>そして一番わけがわからなかったことは、<br>「どんなけ走らせるねん」ってことだった。<br><br>スポーツ選手はとにかく走る。<br>意味がわからない程に走る。<br>サッカーやバズケならわかるけれども、<br>野球はそんなに走ることのないスポーツである。<br>なのに、意味のわからないくらい走った記憶がある。<br><br>とにかく走ることが嫌で嫌で、<br>練習が嫌いでおじいちゃんおばあちゃんを10回以上殺したのではなく、<br>本当のところは、走るのが嫌で殺してたんだと思う。<br>・・・あまり良い表現できてないのは謝罪します。<br><br>そんなこんなで、低学年の野球で覚えていることは、<br>「走ることが嫌！」ということである。<br>それ以外、あんまり記憶がない。<br><br>それでも土日が充実していたことに変わりはなく、<br>何気ない日常の変化を、楽しんでいたんだと思う。<br><br><br>
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<pubDate>Sat, 28 May 2011 00:00:05 +0900</pubDate>
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