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<title>自分の人生を生きるための心理学</title>
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<description>親の呪縛から自由になりたい。自分のために自分の力で人生を生きたい。そんな願いを持つ私が、前を向いて進むためのブログです。</description>
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<title>自分が不幸かどうかは、自分で決めること</title>
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<![CDATA[ あなたは自分を不幸だと思っている。<br>それならそれでいい。<br>あなたは自分が不幸であるという結論を気に入っているのだろう。<br><br>だれかのせいで、私は不幸になった。<br>予期せぬ理不尽な目に遭って、私は不幸になった。<br><br>そう思って、<br>私は不幸だから優しくして、<br>私はかわいそうなのだから、慰めて<br>誰か私を幸せにしてと、<br>ずーっと泣いてればいい。<br><br>私はそういう人生は送りたくない。<br>不幸な目に遭ったとしても<br>それで自分が不幸になったと思うかどうかは<br>自分で決めることができるのだ。<br><br>つらいことがあったり、<br>どうしようもない状況に陥っていたり、<br>自分の力だけではどうしても変えられない<br>「仕方のないこと」の渦中にあるとき、<br>私は、その中でも自分にできることを頑張ろうと思う。<br>その中でも、精一杯やるだけだと思っている。<br><br>それが自分の人生を自分で操縦するということだ。<br><br>環境や他人が変わってくれるのを待ち続けて<br>自分の人生の時間を無駄にしたくない。<br><br>閉じこもって外を見ないふりをして<br>死んだように生きるのもイヤ。<br><br>シミがついていても、ほころびがあっても、<br>破れた穴があってもいい。<br>それでもその人生が私の人生。<br><br>私の人生は私のもの。<br><br>シミをつけた人を恨んだり<br>ほころびを作った環境を憎んだり<br>破れた穴を嘆いてみたりすることは<br>自分の人生をほったらかして、サボってるのと同じ。<br><br>「私は不幸だ」と思っている人へ。<br><br>あなたが不幸なのは、あなたが「自分は不幸だ」と決めたからです。<br>いつでも撤回できます。<br><br>撤回するということは、<br>誰か私に優しくしてください、という願いを捨てることだから<br>つらいことかもしれない。<br><br>でも、結局、他人は誰も本当に優しくなんかしてくれないのだから<br>自分が自分に優しくなるしかない。<br><br>自分の人生の操縦桿を手放すな。<br>そうすれば、また違った風景が見えてくる。
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<link>https://ameblo.jp/goodluck7910/entry-12051845394.html</link>
<pubDate>Sat, 18 Jul 2015 15:11:53 +0900</pubDate>
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<title>親に恵まれないと人生がハードモードになる理不尽</title>
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<![CDATA[ なんか、思う。<br><br>機能不全家庭で育つという<br>自分には何の非もない試練に耐えて大人になった人には、<br>「今までよく頑張ったね」という意味で、<br>神さまから、人よりもより幸福になれるカードがもらえたらいいのに。<br><br>現実はその逆。<br><br>認知は歪んでいる、<br>自己肯定感は持てない、<br>コミュニケーションの逃避癖あり、<br>人間嫌い、<br>自尊感情が低い、<br>無気力、<br>メンタル疾患予備軍<br><br>こんなダメダメカードをたくさん持たされて、<br>必然的に、人生ハードモードになる。<br><br><br>心理的に健康な親のもとに生まれ育った人は、<br>当たり前のように幸せな幼少期、子ども時代を生きて<br>健康な人間に育つ。<br><br>でも、そうじゃない親の元に育つと、<br>大人になった後も、人生がつらいまま。<br>いろんなことが、うまくいきにくい。<br><br>なんなんだ、この理不尽。<br><br>子は親を選べないのに。
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<link>https://ameblo.jp/goodluck7910/entry-12044906849.html</link>
<pubDate>Tue, 30 Jun 2015 14:29:51 +0900</pubDate>
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<title>母を認めると距離を取れる</title>
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<![CDATA[ 母は病気だ。<br>だから母から思ったものが得られなくても仕方がない。<br>そもそも、求める方が間違いなのだ。<br><br>と、いうふうに考え初めて数日。<br><br><br>母に何も求めないのが正しいあり方だと思ったら<br>なんだか心が軽くなった。<br><br>そしたら不思議と、一日がゆったり流れる。<br><br>子どもを保育所に預けて働いてみるのもいいな<br>という気持ちにもなってきた。<br>それがすごく爽快な気持ちなのだ。<br><br>今までは、そういうことを考えると<br>「私には無理だろうな…」<br>という感情が浮かんできた。<br><br>ということは、<br>無意識に、母が私にそうすることを望んでいない<br>というふうに思っていたのだろうか。<br><br>母は専業主婦で子育て専念することを私に求めている（と私は思っている）。<br><br>何故なら母もそうだったからだ。<br><br><br>私は母と違うことをすることに、抵抗を感じていた。<br><br>表面上はあれこれ理由をつけて、<br>「自分もそのほうがいいと思っているから」その通りにする。<br>自分の選択として納得する。<br><br>が、無意識レベルでは、それは「母の声」「母のやり方」。<br>母が選択するように選択しなくてはという怖さがある。<br>母の歩いていない道を歩くことが怖い。<br><br>怖い？<br>何が？<br><br>母を見捨てるような気がする？<br>母に見捨てられるような気がする？<br><br>母の歩いてきた道を歩くと、母に喜んでもらえる？<br>母の人生を肯定するような気がする？<br><br><br>そうやって私は自分の人生を捨てて、<br>母のために消費しようとしてきたのか。<br><br><br>何故だろう？？？？<br><br>そこまでして認めてもらいたいのか？<br>そこまでして母を慰めたいのか？<br>母をヨイショしたいのか？<br><br><br>何故？<br>
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<link>https://ameblo.jp/goodluck7910/entry-12043024940.html</link>
<pubDate>Thu, 25 Jun 2015 15:36:44 +0900</pubDate>
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<title>目の前の母を認める</title>
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<![CDATA[ 現時点で思うこと。<br><br>母という人は、ひとりの大人としては幼すぎる。<br>大人になれないまま、年老いてしまった人なのだ。<br>（加齢のために、さらに退行も加わっているかもしれない）<br><br>だからそんな母に対して「普通の大人」の対応を求めることは<br>無駄なのである。<br><br>どんなに母と同世代の女性が自分の人生を楽しみ、<br>様々な経験に基づいて築き上げた豊かな人間性を発揮して<br>美しく輝いているのを目の当たりにしても、<br>母に同じようなことを求めてはいけない。<br>比較をしてはいけない。<br>母に対して批判的な気持ちが芽生えても、自分の中におさめ、受け流すこと。<br><br><font size="5">母は、こういう人間なのだと認めること。諦めること。<br></font><br><br>もっと溌剌としてほしい。<br>もっと身ぎれいでいてほしい。<br>もっと人として強くあってほしい。<br>もっと他者に寛容であってほしい。<br>もっと家族と距離を取ってほしい。<br>もっと合理的なものの見方をしてほしい。<br>もっと自分を大切にしてほしい。<br>自分の人生から逃げないでほしい。<br>コミュニケーションのスキルを向上させてほしい。<br><br>母に求めたいことはいろいろある。<br><br>が、こうして「求める」ということ自体が、<br>私がありのままの母を認めていない証拠だ。<br><br>私の母は、子どもの心のまま老いてしまった人。<br>年を重ねるたびに、母の中に置き去りになっていた<br>子どもの心の叫び声は激しさを増している。<br><br>そして、もうこれ以上「大人」の仮面をつけて生きるのは<br>無理だと言っている。<br>本当は自分は幼い子どもなのだから、<br>もっと優しくしてくれ、甘やかしてくれ、<br>愛してくれと叫んでいる。<br><br>何故優しくしてもらえなかったの。<br>甘えさせてもらえなかったの。<br>愛してもらえなかったの。<br><br>そういう想いが、ものすごい「怒り」となって表出している。<br><br>それは、母が母の母（私の祖母）に向けるべき声なき声であって、<br>娘である私が浴びる筋合いのものではない。<br><br>私にできることは、<br><br><font size="5">・母には期待しない<br>・母には求めない</font><br><br>そして、私自身が、母に「怒り」を持っていることに<br>きちんと気づくことが大切である。（別項にて整理）<br><br><br>でも、一つだけ母にはどうしても求めたいことがある。<br>病院に行くか、カウンセリングを受けるかしてほしい。<br>心の専門家の指示を仰いでほしい。<br>健康な心を持ちたいという気持ちすら失っている以上、<br>無理なことなのかもしれないけど。
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<link>https://ameblo.jp/goodluck7910/entry-12042257019.html</link>
<pubDate>Tue, 23 Jun 2015 15:21:01 +0900</pubDate>
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<title>はじめに</title>
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<![CDATA[ このブログは、母親との関係に悩む私が、<br>自分の人生を自分のものとして生きるための<br>セルフカウンセリングを目的としたブログです。<br><br>母親との共依存。親離れ。自立。<br>機能不全家族。過干渉。一卵性親子。<br>母親への怒り。恐怖。軽蔑。<br>健全な関係性への希望。<br><br>こうしたキーワードがしっくり来る方には<br>すんなりわかっていただける内容かと思います。<br><br>あくまで私的な心の作業のためのブログ更新のつもりですが、<br>いつか同じような志を持たれる方との意見交換ができればいいな<br>とも思っています。
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<link>https://ameblo.jp/goodluck7910/entry-12042250506.html</link>
<pubDate>Tue, 23 Jun 2015 15:10:56 +0900</pubDate>
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