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<title>gooffr4のブログ</title>
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<title>『山からの手紙ーーあなたへ』</title>
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<![CDATA[ <br>おはようございます。<br><br>今朝もBGMのクラシック音楽が流れています。<br><br>かつて、美しい調べが流れ、美しいロケーションの中に住みたいなぁ～<br>と思ってましたが、気が付いたら、今、そんな所に住んでいます。<br><br>本当に、思う事、願う事って実現するんですね。<br>特に、<br>人は窮地、極限を体験している時って、思い、願いは叶えられ易いですね。<br><br>私は「線維筋痛症」という特殊な難病で、激痛、苦しみを体験したけれど、<br>振り返ってみると、それ以上に得たものが大きいかったです。<br><br>あの時、私は治らないと言われた難病から奇跡的に立ち直れたのは、<br>人との出会い、ご縁からでした。<br><br>そして、不思議なことの連続でした。<br><br>日本にたった二人しかいない専門医の一人と、近所の田舎町で出会った奇跡。<br><br>これを苦に、自殺した日本テレビアナウンサーからの「生きること」への<br>テレパシー的なメッセージ。<br><br>アメリカで克服した方の体験談をジャストタイムで入手していた友達からのアドバイス。<br><br>そして、不治の難病を３か月で完治させてくれた強力な抗酸化補助食品の黄金の配合率。<br>食べて１週間目に、奇跡としか言えない、瞬間的な激痛からの解放。<br><br>それ以上に、私に希望を与えてくれ、免疫力、自己治癒力の活性化につながった、<br>会社の社会貢献への理念。<br>「人の環（輪）のちからで社会を立て直そう」という揺るぎない信念。会長の人への想い。<br><br><br><br>そして、私にとって、最も特筆すべきこと。<br><br>それは母からの援助です。<br><br>母は、７歳の時、実母を亡くした私たちの継母です。<br>若くして、父の元に嫁いで来たのですが、私たち幼い姉弟に対して愛情が持てないらしく、<br>私には冷たい母としてしか写っていませんでした。<br><br>その母が、私の難病を知って、「そんな病気になって、かわいそうに、かわいそうに」<br>と言って、金銭的なサポートをしてくれたのです。<br><br>それこそ奇跡！でした。<br><br>あの心ない母が人が変わったように、仏の母になったのです。<br><br>金銭的にピンチの私にとって、本当に、有り難い事でした。<br><br>どんなに「生きよう！」としても、<br>どんなに黄金のサプリに出会っても、<br>どんなに、免疫力を活性化させてくれた精神的な栄養。理念に出会っても、<br>肝心のお金がなければ、私は助からなかった。<br><br>それが、思ってもなかった人からの援助。<br><br><br>私は精神分析家で、常々、人の問題は自立すること。<br>人間として自立すれば、その殆どが解決すること、経験上、知ってました。<br>その自立とは、経済を伴った自立です。<br>それが、<br>その私が、難病になり、おまけに金欠病。<br><br>人って、極限状態にあるときって、不思議に覚めてもいるんですね。<br><br>激痛の最中にあって、私がもしも、この難病から立ち直れたら、人間としての本当の自立、<br>経済の事を真剣にやろう、と思っていました。<br>それは、母からの援助をまだ知らない時に、強烈に感じていたことでした。<br><br>そうーしたら、思いがけない人、母からの援助です。<br>精神分析家でありながら、経済的な自立を果たし切ってない私に助けが来たのです。<br><br>こんな、奇跡。<br>神様からの贈り物です。<br><br>なんの宗教も持っていない私でしたが、神の思し召しだ！<br>と思いました。<br><br><br>その後、私が健康を回復したら、母は、また心無い母に戻ってしまいました。<br><br>ですが、それから徐々にですが、母は情の深ーい人に変わっていったんです。<br>私の難病をきっかけに、本来、眠っていた母の「やさしさ」が目覚めてきたんですね。<br><br>こんな風に、窮地が自分だけでなく、周りの人たちをも変容、進化させてくれるんですねぇ～<br><br><br><br>そして、物凄ーく得たもの。<br><br>人と人の関係は本来、感謝しかないこと！<br>　<br>一段と深く認識させられました。<br><br><br><br>今日も読んで下さって、ありがとうございます。<br><br><br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/gooffr4/entry-12131480254.html</link>
<pubDate>Mon, 22 Feb 2016 08:31:56 +0900</pubDate>
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<title>『山からの手紙ーーあなたへ』</title>
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<![CDATA[ <br>おはようございます。<br><br>今朝も爽やかなクラシック音楽をBGMにして、メールしてます。<br><br>「喉元過ぎれば熱さを忘れる」　という格言がありますね。<br>良きにつけ、悪しきにつけ使いますが、<br>私が体験した「線維筋痛症」という難病、あれから８年。都合よく、忘れかけていました。<br>地獄のような痛みでしたから、あんな痛みを覚えていたら、とても生きてはいられませんでしたね。<br><br>私たちは日々、生きていく上で、自分にとって不都合な出来事、体験はさっさと忘れた方が良いようですが<br>あの極限状態で気づいた大切なエッセンスは忘てはいけないと思いました。<br><br>あの窮地の時、不思議なことがいっぱい起きました。<br>今から思えば、シンクロニシティ（共時性）が起きたのだと思います。<br><br>身体中が動けないくらい痛い！<br>どの医者も、原因が分からないので治療法が見つからない。<br><br>そんな時、発症して一か月も経たない内に、日本でたった二人しかいない研究者の内の一人に出会えたということの奇跡。それも長野の田舎町で。<br><br>しかし、やっと病名は分かったものの、治療法はまだ分かりませんでした。<br>それでも、医者さんとして、最善の治療、薬の投与をして下さいました。<br><br>そんな中、日本テレビのアナウンサーがこの病気が原因で飛び降り自殺。<br>日本中に衝撃が走りました。<br><br>私もショックでした！<br><br>でも、彼女の死によって、不思議なことに、逆に「どんな状況でも生き抜こう！」<br>という強い意志が私にやって来ました。<br><br>その時、あの極限のアウシュビッツ強制所を生き抜いた、精神科医ヴィクトール・フランクルの言葉、『生きる意味」が、殊更に思い出されました。<br><br>「生きる意味は自ら発見するものであり、苦しみは真実への案内役だ」と。<br><br>私はそれから、<br>私がこの世に生まれて、ここまで生かされて、そして、こんな体験を通してまで生きる、「本当の意味」は何だろう？　と<br>真剣に自分に問いました。<br><br>いろんな多くの事に気づかされました。<br>激痛故に、精神が研ぎ澄まされていたので、普段気づけないことにも、気づかされましたが、このことについては、またの機会にメールしますね。<br><br>私が鈴木きみえさんの死によって、こんな激痛の状態にあっても、逆に、強く生き抜こう！と<br>思えたのは、実は彼女が、私に生き抜くことを教えてくれたからです。<br><br>というのは、命を絶った直後の彼女の気持ちが痛いほど、伝わって来たのです。<br>彼女は、衝動的に命を絶ったものの、どんなに後悔したことか！<br>生まれたばかりの赤ちゃんを置いて、どんなに無念だったか、、の気持ちが。<br><br>人は死んだ直後に気づかされると言います。でも後の祭りなのです。肉体がありません。<br>オカルト的に聞こえますが、往々にしてあり得ることです。<br><br>人の意識は死んでも４９日は、この世に在ると言われる所以です。<br><br>そんな、鈴木きみえさんの無念を知って、逆に私が生かされたのです。<br>彼女の死を無駄にしてはいけない。<br><br>私は「生きる意味」をこんな状況にあってもしっかり見つけて、<br>真剣に生きようと思いました。<br><br>これが、彼女とのシンクロ（共時性）でした。<br><br>その後も、運命的なこと、共時性がいろいろと続きましたが、<br><br>また次回に　お話ししようと思います。<br><br>でわ、今回も、読んで下さって、ありがとうございます。<br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/gooffr4/entry-12129762502.html</link>
<pubDate>Wed, 17 Feb 2016 14:00:03 +0900</pubDate>
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<title>『山からの手紙ーーあなたへ』</title>
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<![CDATA[ <br>おはようございます。<br><br>今朝は、大雪ならぬ大雨で、例年ならどっさりある筈の雪が一夜で半分になってしまいました。<br><br>本当に、気象も、世の中の情勢も、もう混乱状態。カオスですね。<br><br>でも、大丈夫！<br>人は、もうダメ！　と思った時、立ち直れる凄い力、叡知を底力に持っている存在です。<br><br>この人間の持つ「底力」、と申しますか、「自己治癒力」について、今日はメールしますね。<br><br>前回の続きですが、私が、桃源郷のような山に移り住んで、２年目に難病「線維筋痛症」に侵された話は、前回しましたね。<br><br>この病気、新種の病気というか、以前からあったのでしょうが、医学的な反応が見つからないので、あまり取り上げられて来なかったのだと思います。<br><br>それが、アメリカで初めて認知されたのですが、医学会も原因不明で、治療法も分からない病気ですから、日本では注目されてきませんでした。<br><br>それが、日本テレビのアナウンサー、鈴木きみえさんがこの病気を悲観して、自殺したことによって、いきなり注目を浴びるようになりました。<br>そして、テレビ番組のたけしの「そこが怖い家庭の医学」で取り上げたり、読売新聞や、朝日新聞でもかなりの紙面を割いたりして、多くの人がこんな難病があるんだと認めてくれました。<br>ですが、やはり、原因も治療法も分からず、研究する医者も日本には二人しかいませんでした。<br><br>ただただ痛い！　身体中を走る激痛。時には、ガラスの破片でザクザク刺すような、また、ある時には五寸釘でザックと突き刺すような、、、<br><br>病院で色んな科を受信しても、分からず、、、<br>発症して一か月目。運よく、二人の日本の研究者の一人のドクターと巡り合うことができました。<br><br>それで「線維筋痛症」という難病だということが分かりました。<br>しかし、治療法が不明なので、医者は「痛み止め」をくれたのですが、どんなに強い鎮痛剤でも、止まるシロモノではありませんでしたので、鬱の薬「抗精神薬」をくれたのです。<br>それによって精神をボーっとさせて痛みを緩和させるのです。<br><br>私はセラピーに携わったこともあり、その薬を服用するのに抵抗がありました。<br>ですが、痛みには耐えられず、やむを得ず、服用しました。<br>それでも、痛みは多少緩和されたのかな？という程度でした。<br>少し、緩和されたら、止める。また、激痛が走るので服用。また止める。それの繰り返しでした。<br>身体の痛みもさることながら、その薬を常習することに対する苦痛の方も辛かったです。<br><br>身体の痛みと心の葛藤と。<br>私は精神分析家でもありますから、常に、激痛に耐えながらも、自分の内面に問うていました。<br>何ゆえに私はこの病気を発症しているのか？<br>この不治の難病から、何を学べ、というの？<br><br>人の世は、すべて「原因、結果の法則」で成り立っている。<br>私は、どんな原因をつくりだしたのだろうか？<br>自問自答していました。<br><br>鈴木きみえさんが、これが原因で命を断ったニュースはショックでした。<br>寿命までこの地獄の痛みと付き合うのだったら、死んでしまえば、この苦しみから解放されるんだ。<br>そんな思いも私にもやってきましたが、しかし、<br><br>私は『生きる道！』を選びました。<br>生きる「意味」を見つけたかったからです。<br><br>いつも、私の脳裏には、第二次世界大戦中、ナチスのアウシュビッツ強制収容所に囚われ、その収容所で、妻、両親を亡くし、極限的体験を経て生き残ったユダヤの精神科医ヴィクトール・フランクルの言葉がよぎっていました。<br><br>仲間たちが絶望の果てにガス室に送られる中で、彼は<br>「人生にはどんな状況でも意味がある」<br>「心の支え、生きる目的を持つことが生き残る唯一の道である」<br>そして<br>「誰もその人の身代わりになって、苦しみをとことん苦しむことは出来ない。この運命を引き当てたその人自身が、この苦しみを引き受ける事によって、ふたつとない何かを成し遂げるたった一度の可能性はあるのだ」<br><br>の言葉に励まされて来ました。<br><br>強制収容所の体験、あの有名な『夜と霧』の中で語っているのです。<br>そしてフランクルは強制収容所から生還できたのです。<br><br>私もこの運命を引き受けました。<br>この難病になった本当の原因は未だに分かりませんが、この苦しみの中で、色んな気づきを得ました。<br>ともすると忘れがちになっていた、私が、私故に生きなきゃならないミッション（使命）も再認識されました。<br><br>発症して４か月経った頃、友達からアメリカで「線維筋痛症」を克服した方の体験を聴き、その治療法を知りました。<br><br>強力な抗酸化食品を摂る必要があるとのこと。<br>その強い「抗酸化複合栄養補助食品」を提供している会社も教えてもらいました。<br><br>しかし、その会社はその食品を売る事が本当の目的ではなく、人と人との縁の環で社会貢献をする、社会を立て直すという壮大なビジョンを持っていました。<br>この会社の詳細はまたの機会にしますね。<br><br>１８種類の強力な抗酸化の食品を互いに相乗効果が出るように絶妙のバランスで配合している補助食品を提供していました。<br>栄養に関して、かなり気を付けてきた私でしたが、あらゆる病気の９０％は身体の酸化が原因でもあるという事は、目から鱗でした。<br><br>そして、何よりも、私に希望を持たせてくれたのが、会社の想い、「理念」でした。<br><br>黄金の配合率を持った抗酸化食品であっても、それ自体を売ることだけが本来の目的ではなく、人と人の縁の環で社会貢献をすることがその会社の一番の目的でした。<br>その仕組みの中で、人の健康のために研究に研究を重ねて、本物の製品を造ったのです。<br><br>会長の『犬でもね、猫でもね、自分の生んだ子は自分で育てる。でも、人間だけが、親が子を殺し、子が親を殺す。どうしてこんな世の中になってしまったのだろう。<br>早く、何とかしなきゃならない。でも、私一人の力では何も出来ない。どうか、皆さんの力を貸してください』という会長の願い。想い。<br>本物だと思いました。感動！しました。<br><br>２００７年、発症してから４か月目。自分の運命を引き受け、自分のミッションを再認識したとき、こんな素晴らしい理念に出会ったのです。<br><br>この時、私はこれでこの難病も治る！と強く思いました。<br>そして、その通り、その栄養補助食品を食べて一週間で激痛はなくなり、３か月目に私は不治の病とおさらばしました。<br>医者は未だに信じません。また、再発すると言いました。<br>ですが、あれから、９年が過ぎましたが、再発するどころか、私は益々、健康になり、見た目も－１０歳も若返りました。<br><br>そうーして、いま、振り返って観ると、私をここまで健康にしてくれたのは、私の精神の在り方だったのだと思えるのです。<br><br>鈴木きみえさんが自殺した時、私が選択したのは、ヴィクトリア・フランクルのように「どんな過酷な状態にあっても生きる意味を見つけよう」としたことだと思います。<br><br>それを引き受けたトタンに地獄の苦しみから抜け出す助けがやって来たのです。<br><br>その助けが、アメリカで難病を克服した方の体験談を持ってきてくれた友達。<br>病気が治るきっかけになった抗酸化食品との出会い。<br>そして、社会を私たちの人の環で立て直そうとする素晴らしい仕組み。<br>理念を知った時の感動。<br><br>これらの前向きの生き方が私に希望を与え、「自己治癒力」を活性化させてくれ、地獄の痛みから私を生還させてくれたのです。<br><br>これが、私が言いたかった、人は土壇場で立ち直るという事です。<br><br>随分、長いメールになりましたね。<br>まだまだ、これに関して、思うところ、書きたいことがありますが、<br>次回またにしますね。<br><br>ここまで長い文章にお付き合いくださって、ありがとうございます。<br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/gooffr4/entry-12128701277.html</link>
<pubDate>Sun, 14 Feb 2016 08:04:44 +0900</pubDate>
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<title>『山からの手紙ーーあなたへ』</title>
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<![CDATA[ <br>おはようございます。<br><br>パッヘルベル：カノンニ長調の美しいメロディーを聴きながらメールしています。<br><br>今年は暖冬。<br>山に移り住んで、１１年目。例年でしたら寒波に見舞われているのですが、こんなに暖かい２月は初めてです。<br>そして、桜島は大噴火。<br>本当に今、地球はおかしいですね。<br>これも、私たち人間の意識と関係しているようです。<br>私たち人間の意識に調和が取れていないのが、反映しているそうですよ。<br><br>それで、ふと、ハワイの問題解決法　「ホ・オポノポノ」　の祈りのことばを思い出しました。<br><br><br>【はじめの祈り】<br><br>「わたし」は「わたし」<br><br>「わたし」は　無より出でて　光にいたる<br>「わたし」は　息吹　いのちを育む<br>「わたし」は　空（くう）意識はるか超えた先の空洞<br>「わたし」、イド、すべての存在<br>「わたし」は　水と水つなぐ　虹の弓を引く<br>　はてしなく続く　こころとできごと<br>「わたし」は　めぐり入て　出づる　息吹<br>　見えず　さわれぬ　そよ風<br>　ことば　かなわぬ　創始の原子<br>「わたし」は「わたし」<br><br><br>なんとも美しい「真実のことば」じゃありませんか。。<br><br>今の時代だからこそ、誰もが内在している、この「原子のことば」の響きを、思い出さなければいけないと、感じています。<br><br>「ホ・オポノポノ」についての詳細はパソコンで検索してみてくださいね。<br><br><br>さて、私は都会の喧騒を離れて、山に住んで１１年目。<br>北アルプス一望の美しい景観と澄んだ空気。聖山からの美味しい湧き水。満天の星空。寒暖の差が激しいがゆえに美味しい野菜。<br>最近まで、秘境のような処でしたから、人々も純粋であたたかい。そして長寿。<br><br>これだけ聞けば、まるで桃源郷のような処だと思いますよね。<br><br>確かに一昔前までは、ある意味で雑多な意識から隔離されていましたから、質素でシンプルな生活に何の不自由さも感じず、人々は幸せだったと思います。<br><br>でも、今は、テレビはもちろんのこと、インターネットも繋がり、車で移動し、情報に触れ、都会とそんなに違いのない暮らしになってきました。<br><br>それだけに人々も素朴さから離れ、以前は米、野菜など、食べ物にも不自由なく、それなりに満足していたと思いますが、外の世界の物質の豊かさを知ったがゆえの不便さを感じて、それがストレスになっているのも事実です。<br><br><br>私もここは「癒しの里だ！、芸術村だ！」というインスピレーションを受け、桃源郷を求めて入山したのは、否めません。ですが、現実には生活を営まなければいけませんでした。<br><br>ここは寒暖の差が激しいので、花の色が極めて鮮やかで，丈夫だというのが定評なので、家族と共に花卉栽培をしました。<br>りんどう、ユリ、小菊など。<br><br>里親さんに着き、２年間の研修を経て独立したのですが、思ったほど、甘くはなく、なにしろ自然相手ですから、花も生き物。現実に商品になるように一律には咲き揃ってはくれません。<br>病気にはなるし、お天気次第で、思うようにいかない現実にぶつかり、当然、収入も見込めなく、赤字続き。<br><br>そんな中で、慣れない肉体労働と、心労で、こんな環境の良い中で、私は難病に侵されてしまいました。おまけに金欠病。<br><br>難病は不治の病気と言われている「線維筋痛症」。<br>原因も治療法も解らない新種の病気で、検査してもどこも問題はなく、ただ痛い！。人にもよるけれど、私の場合は日常生活も出来ないくらい激痛でした。<br><br>私が発症した同時期、日本テレビのアナウンサー、鈴木きみえさんも発症し、彼女は治らないことを悲観して自殺してしまいました。２００７年のことでした。<br><br>しかし、私はその不治の病から４か月で、ものの見事に立ち直り、経済的にも回復しつつある現在。<br><br>何故、どのようにして、治らないと言われる難病を克服し、経済的にもメドが着いてきたのかを次回、お話ししましょう。<br><br>読んでくださってありがとうございます。<br><br>では、次回またね！<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/gooffr4/entry-12125607881.html</link>
<pubDate>Sat, 06 Feb 2016 09:23:35 +0900</pubDate>
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<title>『山からの手紙ーーあなたへ』</title>
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<![CDATA[ <br>前回のメールから日にちがアッという間に過ぎてしまいました。<br><br>メールしなきゃ、と思いつつも日々の多忙に追われたり、どういう風な構成に<br>しようか、思案している内に時が経ってしまい、、、なかなか行動に移れない自分がいましたが、<br><br>ふと、『つれづれなるままに、日ぐらし硯に向かいて、、、」という有名な吉田兼好（兼好法師）の一文が脳裏に浮かび、<br>そうだ！　兼好法師だ！<br>と思ったら、ペンが走りだしました。<br><br>兼好法師は、時間がゆっくり流れている鎌倉時代末期に生きた歌人・随筆家で、著書は「人生の様々な謎に<br>対して、自分なりの答を見つけた」時に執筆された随筆、<br>彼の「気づきの手帳」でもあります、あの有名な『徒然草』です。<br><br>時代の背景，スピード感、情報量、、、兼好の時代とは比較にならないけれど、<br>人が生きるための大切なエッセンス、感性は普遍的なもの。<br>多忙で情報過多の時代だからこそ、吉田兼好の心境が必要なのではないでしょうか？<br><br>兼好の冒頭の一文が脳裏をよぎったとき、時代を越えて、兼好と一瞬、心が重なった気がしました。<br><br>人は人生をより良く、生きるための大事なエッセンスは心の在り方だと思います。時代に関係なく。<br><br>私の掲げる「本当の健康とは、、、」に必要な心のエッセンスは、吉田兼好のゆったりとした『つれづれなるままに、、』の心境から、ふとしたところで学ばせていただいたという感覚です。<br><br>健康な人と心が重なったとき、心に余裕、空間ができるものですね。<br>そしてその時、良いアイデアとか、ひらめき、活力もやってくるのですね。<br><br>そんな体験が、心身ともに健康にしてくれるコツだとも思いました。<br>改めて、時を越えて、偉人の心に触れる大切さを味わいました。<br><br>現代は、外の世界も内面も忙しいからこそ、ふうーっと立ち止まらなければならないひととき、心境が必要ですね。<br>誰しも、現代人は会得したいコツです！<br><br>あなたも誰か、偉大な人を思い浮かべてみてはいかがでしょうか。。。<br><br>では、またメールしますね！<br><br><br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/gooffr4/entry-12124167846.html</link>
<pubDate>Tue, 02 Feb 2016 10:56:04 +0900</pubDate>
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<title>『山からの手紙ーーあなたへ』</title>
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<![CDATA[ こんにちは　お元気ですか？<br><br>今年は暖冬。<br>私が住む、長野市の外れ大岡の山中も、昨年の大雪とは打って変わって<br>雪の無いお正月でした。<br>でも今日はうっすらと雪化粧。<br>雪げむりに霞む北アルプスの山並みは「墨絵」のような幻想的な風情です。<br><br>ここは最寄り駅から車で３０分の標高１０００m、北アルプス一望の絶景の山郷です。<br><br>１１年前、初めてこの地を訪れた時、<br>強烈なインスピレーションを受けました。<br><br>この景観の美しさ。<br>場の持つエネルギーの清々しさ。高さ。<br>そして何といっても北アルプスの圧巻の山並み。<br><br>ここは「癒しの里」だ！<br>　　　「芸術村」だ！<br>　　　　　　　　　　　　と強烈な感動を覚えました。<br><br>そして、そのまま住み着いてしまったという訳です。<br><br>私はそれまで、横浜で「心身のセラピー」をやっていました。<br>そこで人は本来、自分で自分を癒す力「自己治癒力」を持っている有機体である<br>なのに、何故、その「自己治癒力」が出て来ないのか？<br>いつも疑問に思っていました。<br><br>現代の高度なテクノロジー。多様な価値観。一見、進化したように観える反面、<br>複雑な人間関係、添加物だらけの食品、環境問題。などなど、。<br>で「自己治癒力」が追いつかないのも事実です。<br><br>ですから、人は傷ついた心身を立て直すには、まずは素朴な自然環境が絶対必要だと<br>思ってました。<br>それがこの地にある！と思いました。<br><br>寒暖の差が激しいゆえに、生命力のある美味しい野菜、お米。<br>眩しいぐらいに鮮やかな花の色。<br>聖なる湧き水。素朴な人々の情。満点の星空。<br><br>そして、何と云っても、長野市の人々さえ知らない秘境の地からの北アルプスの<br>神々しいまでに雄大で優美な眺望。絶景。<br><br>ここには、人が「自己治癒力」を取り戻し、活性化させる原子のエネルギーが<br>息づいている。<br><br>人を癒す私が一番癒されました。<br><br>では、次回から、私がなぜ、人の心身の健康に携わり、さらに<br>お金からの自由を追求しているのか？<br>お手紙しますね。<br><br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/gooffr4/entry-12116231889.html</link>
<pubDate>Mon, 11 Jan 2016 14:06:42 +0900</pubDate>
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<title>『山からの手紙ーーあなたへ』</title>
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<![CDATA[ 『山からの手紙ーーあなたへ』３通目<br><br><br><div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160108/21/gooffr4/b8/bb/j/o0320018013535464940.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160108/21/gooffr4/b8/bb/j/t02200124_0320018013535464940.jpg" alt="" width="220" height="123" border="0"></a></div><br><br><br>昨日は「七草粥」<br>お正月料理で少々、無理した身体に春の７つのやさしい野菜を与えて、また今年１年「がんばるぞう！」という日でありました。<br><br>と同時に、全国各地で「どんど焼き」が行われました。<br>お正月の「門松、しめ縄、書初め」など、お正月飾りをすべて燃やします。<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160108/21/gooffr4/8d/50/j/o0345061313535475638.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160108/21/gooffr4/8d/50/j/t02200391_0345061313535475638.jpg" alt="" width="219" height="390" style="clear:both;float:right;" border="0"></a><br><br><br>私が住む長野市の外れ、北アルプス一望の山中、大岡でも各部落ごとに盛大に行われました。<br>朝から、山の男たちが木や竹でやぐらを立て、そこに今年初めの祈願のものを「ごくろうさま。ありがとう」の思いで飾ります。<br>そして、暗くなってからいよいよ「火」を付けます。<br><br><div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160108/21/gooffr4/1c/92/j/o0360064013535493424.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160108/21/gooffr4/1c/92/j/t02200391_0360064013535493424.jpg" alt="" width="220" height="391" border="0"></a></div><br><br>「火」は最初はめらめらと小さな灯りですが、やがて炎上し、真っ暗な闇を照らし、辺りの雪景色を浮き彫りにしていきます。<br><br>「真っ暗な闇」と「雪景色」と「燃え上がる炎」<br><br>何とも言えない幻想的な風景。<br><br>そして、空には満点の星が降り注いでいます。<br><br>そんな中で山の人たちは手を合わせ、今年一年の「無事」を祈ります。<br><br>そして後半、「火の粉」は舞い上がり、花火を演出します。<br>みんな、手を叩いて大喜び。<br><br>お神酒が振舞われ、「祈り」と共にいただきます。<br><br>やがて「火」は中火になり、村民たちは持参した「餅」をその「火の粉」で焼き、<br>食べます。<br>それを食べれば、今年一年は無病息災でいられるのです。<br><br>なんとも言えない「素朴で美しい抒情詩」です。<br><br>太古の昔から、人は「火」を崇め、畏れ、「癒され」て来ました。<br>そんな「火」の持つ原子そのもののエネルギーを山の人たちは純粋に肌で感じているのです。<br><br>ですから、ここの人たちは健康で、長生きです。<br><br>この「どんど焼き」というクライマックスを迎えるために、山から木や竹を切り、<br>秋に収穫した豆ガラなどを集め、木の皮で紐を造り「やぐら」をこしらえます。<br>そして、そのやぐらに「道祖神」を創っていくのです。<br>「道祖神」の顔はお正月に飾った、手作りのわらのしめ縄、カップで、造ります。<br><br>それが山の人たちの神様なのです。<br>自然に対する「畏敬の念」なのです。<br>お神酒も振舞われます。<br><br>この一連の工程そのものが、人と人との協力、分かち合い、認め合う心を 自然に培ってくれる。人としての精神の高見に至るための儀式なのだと思います。<br><br>毎日、雄大で優美な北アルプスを目の当たりにして、起伏の厳しい自然条件の下で、農業を営んできた人々。自ずと身につけた逞しさ、やさしさ、暖かさ、そして人としての礼儀、品性を備えているのです。<br><br>私が１１年前、この地に訪れたとき、「ここは癒しの里だ！芸術村だ！」<br>という強いインスピレーションを受けました。<br>ここには、生きることの原点。逞しさ、生み出すことの強さ、優しさがある。<br>そして美しい。。。<br><br><br>でわ、またこのつづきを！<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/gooffr4/entry-12115060880.html</link>
<pubDate>Fri, 08 Jan 2016 04:39:15 +0900</pubDate>
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<title>『山からの手紙ーーあなたへ』</title>
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<![CDATA[ <font color="#0000FF"><font size="5"> 明けましておめでとうございます   <br><br><br><div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160105/11/gooffr4/38/f2/j/o0640038413532362239.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160105/11/gooffr4/38/f2/j/t02200132_0640038413532362239.jpg" alt="" width="220" height="132" border="0"></a></div><br><br> <font size="2"> <font color="#000000">昨年暮れに初めて、記事を書いてもう新年を迎えてしまいました。<br><br>  パソコン操作に弱い私ですが、今年から,３日に一度は『山からの手紙ーーあなたへ』の<br>  記事を更新していこうと思います。<br><br>  テーマは【心とからだの本当の健康・美しさとは。。】　について<br><br>  心理セラピストとしての経験から、また私自身の「難病の克服」や「精神的危機の脱出」の<br>  体験を通して会得した知恵を綴っていこうと思います。<br><br>　世の中があまりにも複雑になった現代。<br>　多様な価値観。複雑な人間関係。経済の低迷。環境問題。<br><br>　そんな中で起きる「身体と心のストレス」から、どのように脱却し、身を守り、<br>　いかにシンプルに　豊かに　美しく生きるかを探っていこうと思います。<br><br>　『山からの手紙』を読んで下さるあなたの参考になればと思っております。<br><br></font><br></font><br></font></font>
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<link>https://ameblo.jp/gooffr4/entry-12113608850.html</link>
<pubDate>Mon, 04 Jan 2016 07:36:36 +0900</pubDate>
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<title>『山からの手紙ーーあなたへ』</title>
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アメンバー限定公開記事です。
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<pubDate>Tue, 22 Dec 2015 22:54:43 +0900</pubDate>
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