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<title>七世代先の伝統工芸</title>
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<description>世の中がよくない方向に向かっている気がしませんか。今の日本はアメリカインディアンのように七世代先まで考えて判断しているのか疑問です。苦しくてもなんとか未来に伝えたい伝統工芸。その仕事に関わる著者が雑感を語ります。</description>
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<title>インターネットの未来</title>
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<![CDATA[ <div>　インターネットの普及で世界の流通が変わってしまった。先日の日経のコラムにあった「デスバイアマゾン」の話は興味深い。</div><div>　一方で、和装業界は旧態依然としていて、先日こんな事例があった。</div><div>　とある小売店が消費者に袋帯を販売した。後日、その商品を買った消費者が、ネットで他社が安く売っているのを見て憤慨し返品してきたそうだ。小売店は仕立て済みであっても消費者の返品を受け入れ、問屋さんに上代返品（仕入れ価格でなく消費者に売った価格で返品）を要求し、問屋はそんな理不尽な話は断ればよいと思うのだが、断わると取引停止になるので、断りきれず応じていた。</div><div>　市場が急速かつ大幅に縮小したので、過剰在庫を換金すべく、商品をネットで安く売る業者が増加している。また、ネットだと簡単に参入できるので素人としか思えない業者が多数参入している。</div><div>　和装品は、洋装と違い豊富な知識を持つ消費者は少なく、またアフターフォローが必要である。小売店はコーディネートやメンテナンスなど様々な知識と経験が必要で、デスバイアマゾンにはなりにくい商品である。そして、しっかり経営していくためには、当然ながら適正なマージンが必要である。</div><div>　インターネットの普及は本来なら歓迎すべき世の中の変化のはずだが、和装に関しては少し混乱気味のようだ。市場原理を加速させるインターネット。しかし和装の未来予想図はまだ見えてこない。</div><div><br></div>
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<pubDate>Sun, 10 Feb 2019 03:18:00 +0900</pubDate>
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<title>炎上</title>
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<![CDATA[ <div>　りんどう屋という織元のひとことが炎上した。次のコピペの通り。</div><div>「西陣織を習いたい、将来的に仕事にしたい方を募集します。ただし最初の半年は給与的なものも出ませんし、その後の仕事を保証はできません。ただ、この西陣織の職人が減りゆくなか、将来的に技術を覚えておきたい方に無料で教授いたします」</div><div>　ブラックだという批判が多いが、これは学費ゼロ円の学校ではないのか。某大手織物会社のスクールなら７桁の学費を用意しないと入学できない。</div><div>　よくわからなかったネット民の炎上がいかに安易で軽率なものか今回ようやく理解できた。耳を傾けるに値しない、しかし社会に影響を与える不思議な存在である。</div><div>　確かに今は業界に新人を育てる力はない。なぜなら圧倒的な供給過剰で、かつその供給者が高齢者の一人親方だからだ。「雇用」と違い保護されない立場の人たちの競争は苛烈を極める。最低賃金は関係なくどこまでも価格競争が続く。手厚い社会保障、労働者保護を受けながらも成果物の上がらない新人職人は競争に勝てず参入の機会がない。</div><div>　その中で提案された、りんどう屋の社会貢献にエールを送りたい。</div><div>　ちなみに当社は、無償で教えてその職人を業界に送り込むりんどう屋のやり方ではなく、最初から雇用し、給料を払っている。育った後で他社に引き抜かれることを心配しながら。</div>
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<link>https://ameblo.jp/gorokaro/entry-12438123201.html</link>
<pubDate>Thu, 07 Feb 2019 05:49:00 +0900</pubDate>
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<title>外国人労働者</title>
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<![CDATA[ <div>　果たして日本に外国人労働者は必要なのか？　世間は「労働力」には注目しているが「労働者」という人間に視点が当たっていると思えない。</div><div>　国家の幸福とは、国民の幸福である。国民の大半は、資産家のような不労所得はなく、汗を流し労働して生活している。その労働者が十分に雇用され人手が足りないというのは、素晴らしいことではないのか。企業の労働コストを押し下げるであろう労働力の輸入増加という今の国策は、国民の幸福に反しているのではないか。</div><div>　企業経営者としては労働コストは安いほうがよい。しかし国の在り方を論じないまま外国人労働者を増やすことに唐突な印象が否めない。いわゆるマクロとミクロの誤謬である。</div><div>　女性の労働環境のカイゼン、不必要な規制撤廃、高齢者に偏った社会福祉を労働者の世代に、など先にやるべきことは枚挙にいとまがない。労働者保護も実際は正社員保護だけの保護に偏重し、周りを見ても正社員を増やさないよう努力をする企業の多いこと。恥ずかしながら当社も同様である。一人親方と正社員ではゲームのルールが違いすぎ競争に勝てない。西陣織においては出機がその最たるものである。このままではいずれ産業全体が崩壊するのだが、手を打てない状態がこのまま続くだろう。</div><div>　ただでさえ厳しい状況に新たなルールが増え、外国人労働者が短期で生産現場に参入すると、高い習熟度を必要とする難易度の高い織物とそうでない単純な織物のコストの開きが大きくなるだろう。難易度の高い素晴らしい織物が政策によって駆逐される日は遠くないかもと思う。</div><div>　友禅の関係者からこんな話を聞いた。「簡単な作業はインクジェットに取られたので若手を育てる機会がない。若手が突然に難易度の高い友禅を要求されることになるができるわけもなく、このままでは人が育たず崩壊するが手が打てない。」</div><div>　工芸はどのジャンルでも経営に苦しんでおり、人を育てるコストを吸収できない中でどうしていくか。先の見えない手探りの経営が続く。</div>
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<link>https://ameblo.jp/gorokaro/entry-12438121639.html</link>
<pubDate>Wed, 06 Feb 2019 05:02:47 +0900</pubDate>
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<title>丁稚と正社員</title>
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<![CDATA[ <div>　先日、大工の棟梁と話していて、雇用の話題になった。</div><div>　初老の棟梁いわく、昔は丁稚からはじめて、三度の飯と少しの休みだけで一人前になるまで必死でがんばった。早く手に職がつき、一人前になるとまとまったお金をもらい独立できた。今、経営者となり、仕事ができるできないにかかわらず初任給を払う時代になって、負担が大きすぎて新規の雇用が難しい、と。</div><div>　西陣もまったく同じで、一人前になるのは時間がかかる。今では考えられないが、昔は「受取り」といって雇用であっても織った分だけの賃金の支払いで、織り手さんは必死で頑張った。なので初老の職人はとても手が早い。</div><div>　今は当然だが労働コストが最初から発生する。当社は力織機だが、例えば爪掻き本綴れだと尚更たいへんだろう。綴れの親方が新人も親方もツラいと言っていた。新人も成果物ができず難物の山の中で給料をもらうのがプレッシャーだという。</div><div>　結局、建設業界では自社での社員育成をあきらめ一人親方を探す。西陣では出機を探す。一人親方も出機も誰かに教えてもらわないと増えないが、その枠組みがなくなり減っていく一方である。</div><div>　職人の世界が、正社員だけを守る現在の社会のルールのために崩壊していく。</div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/gorokaro/entry-12435943330.html</link>
<pubDate>Sun, 27 Jan 2019 20:22:44 +0900</pubDate>
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<title>「本店」か「本社」か</title>
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<![CDATA[ <div>　ヨーロッパの職人は社会的地位が高いと聞く。日本の伝統工芸の世界は、作家は別にして職人は総じて日陰の存在である。完成品を知らずに、糸を染める人、経（たて）糸を並べる人。<br></div><div>　職人に光が当たらないのは、それを束ねる親方、経営者に問題があるという。その問題を端的に表したのが自分の会社の言い方である。表題の通り「本店」か「本社」か。本店では自社商品を自分の店で売る。西陣に自分で店舗を構えて売る店はほとんどなく「本社」ばかりである。</div><div>　伝統工芸の不振も手伝い日本の職人の賃金は高くない。売る努力を人に任せるのだから、当然といえばそうかもしれない。さらに今は世間にモノがあふれかえる時代で、作るより売るのが難しい。そして難しいことをした人が利益を得る。</div><div>　がんばれ、伝統工芸。</div>
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<link>https://ameblo.jp/gorokaro/entry-12435081101.html</link>
<pubDate>Wed, 23 Jan 2019 23:46:22 +0900</pubDate>
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<title>「ハレ」と「ケ」、「工芸」と「民芸」</title>
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<![CDATA[ <div>　ハレとケという考え方は、柳田國男によって発見されたそうだ。ハレは祭事など節目節目の非日常、ケは普段の生活、日常を指す。<br></div><div>　成人式に着る晴れ着もハレの通過儀礼だが、やはりそこでは日常で着装しない豪華な衣装を着る。西陣織の出番である。</div><div>　今回のもうひとつの視点である工芸と民芸。民芸とは日常的に使われる地域独特の手工芸品のこと、柳宗悦のグループによって提唱された、とwikiにある。日常であるかないか、がその違いのようだ。また、民芸は地産地消、工芸は地域から出ていくという違いもあるそうだ。</div><div>　西陣織がその豪華絢爛な製織技法で技術的に突出しているのは、過去のセレブが主たる顧客だったことにあるが、その顧客が日本文化のハレを大事にしていたといことがその背景にあったということか。まさしく「衣食足りて礼節を知る」で、貴族と民衆は違う生活だったのだろう。</div><div>　今は大衆でも着物をきる時代である。きものの中にも、古着、モダン、洗える着物、など様々な市場がある。なおのことハレとケを意識しながら西陣織に取り組みたい。</div><div><br></div><div><br></div><div></div>
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<link>https://ameblo.jp/gorokaro/entry-12434661313.html</link>
<pubDate>Tue, 22 Jan 2019 09:21:00 +0900</pubDate>
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<title>組合員の減少</title>
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<![CDATA[ <div>　組合員の減少に歯止めがかからない。<br></div><div>　西陣織は日本最大の伝統工芸の組合で、規模が大きいがゆえに総代制度を持つほどである。過去最大で2000社が所属していた。この地場産業はまったく広域ではない。京都市内の上京区あたりの狭い地域に織元が集中している。</div><div>　その織元の減少が昨今著しい。いよいよ300社を切ってきた。それでも他産地に比べ巨大ではあろう。</div><div>　さらなる問題は、あくまで登録がそれだけあるということである。廃業予備軍、理事長のいう「織屋のフリ屋」が多数存在している。</div><div>　実際に活発に活動している織元はどれだけあるのだろう。巷の噂話はだいたい60-100社のようだ。しかしその中にもすでに後継者をあきらめている経営者は少なくない。</div><div>　なぜ減るのか。食えないから、につきる。生活習慣の変化には抗えない。需要の分しか供給は存在し得ない。</div><div>　帯屋、着尺屋、ネクタイ屋、金欄屋などから、少しでも違う商材をと多くの織元が様々な取り組みをしているが、なかなか道はつかない。肩幅のような超小幅な織機で、素材はシルク。経済合理性よりも、いかに素晴らしい織物が織れるかどうかを競ってきた産地である。その蓄積を活かせる市場が見つからないのだ。</div><div>　高度な技術はあるが斜陽産業であることを心配し業界の外の人からは、広幅で合理化を、海外で売れるはず、シルク以外でやればいい、壁紙で成功してるところがあるから、バッグを作ればいい、きものをもっと安く売ればいい、と様々なアドバイスをいただくが、うんざりする。</div><div>　後継者がいないところ、大きな設備投資ができないところ、資金繰りが忙しいところ、ましてややめられないから続けているところすらある。</div><div>　減ったら需給バランスがあってよくなるかといえば、そうでもない。細分化された分業体制で食えない工程が出てきて業界全体の機能が停止するリスクがある。</div><div>　護送船団で全員が生き残るのは無理。単独で生き残ることも無理。依然として有効な策は見えない。</div><div><br></div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/gorokaro/entry-12432345970.html</link>
<pubDate>Sun, 20 Jan 2019 12:30:00 +0900</pubDate>
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<title>日本の労働力不足</title>
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<![CDATA[ 　肌感覚での実感はないが、日本は労働力不足らしい。だから外国人を頼ると。<div>　しかしその話は納得しにくい。国家の幸福は、すなわち国民の一人ひとりの幸福であり、国民一人ひとりは基本的に自助努力でつかみ取るべきものである。その元は不労所得でなく「労働」である。</div><div>　労働者が幸せであれば、国家は幸福なのだから、足りないところは国民は我慢すべきで、国民全体でまかなえない過剰なサービスを外国人労働者に頼るべきでない。</div><div>　外国人労働者の幸福が前提なら共感しないが話は理解できる。「労働者」が不在の「労働力」の議論はまったく誤った考えで、政治が大企業の利益至上主義の傀儡であってはならぬ。</div><div>　中小零細企業は、常に雇用との戦いである。おおかたの中小零細企業は収益性の低いビジネスモデルの中で戦っている。また、大企業と違い、雇用は単に何人かという数でなく、従業員の家族まで見える「生活」である。人件費は安いほうがいいに決まっている。一方、従業員の生活は守りたい。その生活を守るため経営舎は必死で戦っている。</div><div>　労働者の幸福の視点を欠いた経済発展はありえない話だと思うのだが、なぜだかそういう議論はなされず、外国人労働者はますます増えそうで、とても残念に思う。</div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/gorokaro/entry-12433369671.html</link>
<pubDate>Sat, 19 Jan 2019 07:00:00 +0900</pubDate>
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<title>伝統工芸士であるということ</title>
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<![CDATA[ <div>　伝統工芸士は、やはり京都に多い。高度な技術的を持つ様々な伝統工芸があるからだが、おもしろいなと思うのは、「伝統工芸士」は経産省管轄である。工芸が日本の文化の一翼を担っているなら文科省管轄であるはずである。やはり本音は、経済的弱者の救済、なのだと思う。</div><div>　ウィキにはこう書いてある。</div><div><span style="color: rgb(34, 34, 34); font-family: &quot;Helvetica Neue&quot;, Helvetica, &quot;Nimbus Sans L&quot;, Arial, &quot;Liberation Sans&quot;, sans-serif; font-size: 16px;">　「後継者不足等により低迷している伝統的工芸品産業の需要拡大を狙って、、、」</span></div><div><font color="#222222" face="Helvetica Neue, Helvetica, Nimbus Sans L, Arial, Liberation Sans, sans-serif"><span style="font-size: 16px;">　なぜ後継者不足なのか。</span></font><span style="font-size: 16px; color: rgb(34, 34, 34); font-family: &quot;Helvetica Neue&quot;, Helvetica, &quot;Nimbus Sans L&quot;, Arial, &quot;Liberation Sans&quot;, sans-serif;">「食えんから」に尽きる。</span><span style="color: rgb(34, 34, 34); font-family: &quot;Helvetica Neue&quot;, Helvetica, &quot;Nimbus Sans L&quot;, Arial, &quot;Liberation Sans&quot;, sans-serif; font-size: 16px;">昭和49年にできた法律だが、その頃からすでに工芸では食えないということか。</span><span style="color: rgb(34, 34, 34); font-family: &quot;Helvetica Neue&quot;, Helvetica, &quot;Nimbus Sans L&quot;, Arial, &quot;Liberation Sans&quot;, sans-serif; font-size: 16px;">職人の価値アップを法的に実施している経産省には感謝であるが、欧州のように職人がリスペクトされることのない日本で、よい職人が育つわけがない。</span><span style="color: rgb(34, 34, 34); font-family: &quot;Helvetica Neue&quot;, Helvetica, &quot;Nimbus Sans L&quot;, Arial, &quot;Liberation Sans&quot;, sans-serif; font-size: 16px;">伝統工芸士が文科省の管轄になる日はくるのだろうか。</span></div><div><div>　当社にも在籍してくれている「伝統工芸士」は当社にとって誇りである。なんとか守りきりたいと切にネガイ、日々奮闘である。<br></div></div>
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<pubDate>Fri, 18 Jan 2019 07:00:00 +0900</pubDate>
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<title>洋服の大量廃棄</title>
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<![CDATA[ 　洋服が大量に捨てられている。ここまでヒドイとは知らなかった。<div>　統計をみると、1990年は生産、販売、ともに11億着でバランスがとれていたのが、2018年には販売が13億着であるのに対して、生産は28億着である。日本人全員が必要とする衣料品の2倍以上の生産である。売れ残りは、海外への輸出や廃棄で処理するそうだ。</div><div>　繊維などの原材料、物流、労働力など貴重な社会のリソースを大量に無駄にしている産業、要は社会に過度な負担をかけている産業にアパレルがなってしまっている。ファストファッションというクロフネがきたことで加速されたようだが、違法でなければ儲けるためには何をしてもよいのかと疑問を持たざるを得ない。今後、アパレル業界はどうなっていくのか。社会はこれを容認し続けるのか。</div><div>　コンビニ本部が店舗に弁当の廃棄を強要する事例をはじめ、日本の食品ロスは年間推計約621万トン。</div><div>　現在の日本の空き家は820万戸で7軒に1軒が空き家なのに新築は毎年100万戸程度ある。</div><div>　衣食住いずれもこんなことでよいのか、日本。</div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/gorokaro/entry-12432579047.html</link>
<pubDate>Wed, 16 Jan 2019 08:00:00 +0900</pubDate>
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