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<title>&quot; When The Music's Over &quot;</title>
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<description>・・・・・・・・・・・・・・・・音楽が終わったあとに・・・・・・・・・・</description>
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<title>音楽が終わったら</title>
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<![CDATA[ <p><b>連載コラム - Vol.32<br>＜気分はどうだい？ ＞1月</b></p><p>&nbsp;</p><p><img alt="📌" height="16" src="https://static.xx.fbcdn.net/images/emoji.php/v9/tac/1/16/1f4cc.png" width="16"><a href="https://l.facebook.com/l.php?u=http%3A%2F%2Fsmashwest.com%2F%3Ffbclid%3DIwAR2zvPdUmkH5i5-w4EHverzO45dInyyFaZvb8ZboK2UDHyny9rR01hPtq7I&amp;h=AT3TiNOA0_Vn3WvgT72jL00D9PI67AnYVll947qno8R5OBLw9RA1EPnPeq3x4nmrQ48SyGet9UXP-RJhiG3tAxZctwsl7f_llYzdOuabfs7O9XhtF45VrfF1RHIYZJ-6-_c&amp;__tn__=-UK-R&amp;c[0]=AT00LGNeOq21gL1KRB4x9Bj6tKu8hqLLO4zi4xLEMcpltvU11lcdo3qU5lfnpW1Gfa4AA2WHcSGJKrlRQ7kWb4u60cZk_f1-N0KbS8T2qbZmago3XSebyD6Xe7taRh1WpOPpUI6apuS5HLcb93zR1KD5FQ" rel="nofollow noopener" role="link" tabindex="0" target="_blank">http://smashwest.com/</a></p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20210101/12/grateful-130/54/ad/j/o0970055014875307470.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="352" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20210101/12/grateful-130/54/ad/j/o0970055014875307470.jpg" width="620"></a></p><p>&nbsp;</p><p>2021年、今年が本当にハッピーな良い年になりますように！！</p><p>&nbsp;</p><p>今年のはじめに・・思ったこと。</p><p>去年はいろいろな業種にとって最悪の年になったことには変わりがなく、僕が携わる音楽業界においても同じでした。ただ僕の場合、イベンター、音楽事務所、プロデュースの第一線からはもう既にリタイアー(現在はラジオの音楽番組の制作）しているわけで、多くの友人達も長年勤めていたレコード会社等を去ったり、自ら設立した音楽事務所を次世代にバトンタッチしています。しかし、今も尚ライブ活動をしている当時のアーティストやそれに携わるスタッフたちもいるわけで、その苦悩はよくわかります。</p><p>&nbsp;</p><p>大きなツアーの場合、何ヶ月も前からホールを押さえ、会場等へ書類を提出、打ち合わせを繰り返し、プロモーションをやり、チケットを販売する各地のイベンター（コンサート・プロモーター）そして、そのツアーのステージを作り上げる、照明、PA、美術、舞監さらにはそれら器材を各地のホールに運ぶトランポ（トラック・ドライバー）など大勢のスタッフ（フリーだったり、会社組織の業者）が参加しているわけです。多分去年はほぼ仕事にはならなかったと思います。もちろん外タレのコンサートも同様だったはずです。でかいホール・クラスのライブだけではなくいわゆる全国各地のライブハウスも大変な状況で、SNSなのでいろいろな情報を見聞きしていたし、知り合いの店のドネーション等にも参加はしました。日本だけではなく世界中がこのような状況に置かれ、今年がどうなるのか誰もがわからない状況だと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>そして僕が一番気になるのは勿論、こういったライブなりの今後もそうなのですが、去年においても多くのアーティストや音楽関係者達（日本においても）の訃報を見聞きするたびに、僕達（ビートルズ第一世代）が仕事として携わってきた音楽（ROCK）がどんどん消えていってるのではないかということなのです。残念ながらROCKに関して言えば結局50年前からの時代を引きずっているだけだと思うのです。さらに時代を大きく変え、時代を大きく牽引してきた＜ボブ・ディラン＞などのアーティスト達がいなくなることは近い将来に確実にやって来ることなのです・・音楽は残るけれど、人は消えてきます・・時代はどんどん変わり、若い人たちの音楽への関心も変わっていきます。「音楽」にとって今年がどのような年になるのでしょうか・・</p><p>......................</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20210101/12/grateful-130/92/8e/j/o0480036014875301143.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="360" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20210101/12/grateful-130/92/8e/j/o0480036014875301143.jpg" width="480"></a></p><p>&nbsp;</p><p><b>2020</b><b>年12</b><b>月30</b><b>日で74</b><b>歳になったパティースミス。43</b><b>年前、31</b><b>歳の発言。</b></p><p><iframe allowfullscreen class="youtube_iframe" frameborder="0" height="274" src="https://www.youtube.com/embed/k21olN29oPA" width="488"></iframe></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>………………………</p><p><b>そして、ドアーズの今でも頭の中で鳴ってる曲。</b></p><p><b>The Doors - When the Music's Over</b></p><p>&nbsp;</p><p><iframe allowfullscreen class="youtube_iframe" frameborder="0" height="274" src="https://www.youtube.com/embed/pSZ-vSrFhZE" width="488"></iframe></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Fri, 01 Jan 2021 12:47:57 +0900</pubDate>
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<title>「そこに僕はいた。 その時代、その場所、その時何処にいたのか。」</title>
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<![CDATA[ <p><b>連載コラム - Vol.31</b></p><p><b>＜気分はどうだい？ </b><b>＞12</b><b>月</b></p><p><b>「そこに僕はいた。その時代、その場所、その時何処にいたのか。」</b></p><p>http://smashwest.com/</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20201202/19/grateful-130/8c/6f/j/o0970054514860528952.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="348" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20201202/19/grateful-130/8c/6f/j/o0970054514860528952.jpg" width="620"></a></p><p>今回、12月19日、20日と大阪で開催する＜室矢憲治＞のトークイベントのナビゲーターをすることになり、色々なことを彼の体験した音楽それに付随する文学や人や場所や時代を自分自身の体験と重ね合わせ思い返していました。その時僕は何処にいたのか。</p><p>&nbsp;</p><p>いつも書いていることなのですが、いわゆる欧米のROCKに初めて触れた時代から50年以上経ち、結局それがきっかけで何十年も音楽の仕事に携わってるわけです。ミュージシャンになってそれでずっと食ってきて気がつけばデビュー数十年とかになっている友人や関わってきたバンドなどが最近特に多くなってきました、趣味やアマチュアーの音楽活動ではなく、職業として音楽を選んだ連中達。FBなどを見ても欧米の一斉を風靡したアーティストたち、いわゆるクラシックロックとして今も多くの欧米のラジオ局がその頃の曲をかけまくっているアーティスト達も老齢化し、消えていく時代になっています。音楽ビジネスも大きく変わったのですが、日本の場合、結局は欧米のロックを模倣し、向こうのヒット曲を取り込み、アレンジし、ヒットさせ売れた時代から殆んど進歩せず現在に至ってるような気がします。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20201202/19/grateful-130/87/b4/j/o0960096014860529103.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="620" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20201202/19/grateful-130/87/b4/j/o0960096014860529103.jpg" width="620"></a></p><p><b>室矢憲治、ワンダーランドな旅の記憶・・（ごく一部ですが）</b></p><p>&nbsp;</p><p>しかし、それもその時代の流れだったと思うのです。先日亡くなった筒美京平氏のドキュメンタリー等を見てよく分かりました。僕が仕事としてやっていたイベンターと言われる職業は当初はそれら日本の歌謡曲とは違う（と思っていた）アーティストやバンドのコンサート主催やプロモーションをやっていました。最初はメディア等には見向きもされず、ある一定の限られた層だけに支持を受けていたものが、それが市民権を受けメインストリームになると当初の目的からはどんどん違う方向に行ってしまいました。もちろん誰だってビジネスが大きく発展し個人の印税や会社の売上が多くなるのは素晴らしいことだったのです。誰だって貧しいままインディー、アンダーグラウンドでやろうとは思っていなかったと思います。（あえてそれを最後まで貫こうとする連中もいるのですが）</p><p>&nbsp;</p><p>で、最近はその欧米ロックの大きな衝撃、オーバーに言えば人生の転機となった、自分の意識が変わった時期＝その時代の事をこの歳になってよく考えるようになりました。コラムに書いてきたビートルズはガキの頃のミーハー的な取っ掛かりでした（勿論、現在は大量の情報が出てきた為に彼らの捉え方は随分変わりましたが）やはり大きな衝撃は67年～70年初期の出来事が大きな比重を占めています。僕の世代「団塊の世代」が成人を迎える前後です。色々なことが内外で起き、世の中の情勢にも大きな影響を受けます。しかし、NETのない時代、欧米の情報（同世代の連中が始めた新しい動きや音楽）はまだまだ入ってこず、現地からの生の声は限られていたのです。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20201202/19/grateful-130/2a/f4/j/o0960096014860529270.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="620" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20201202/19/grateful-130/2a/f4/j/o0960096014860529270.jpg" width="620"></a></p><p><b>室矢憲治が携わった翻訳本・・（色々な雑誌等にも数多く投稿されていますが）</b></p><p>&nbsp;</p><p>僕は生まれも育ちも大阪で、今だに大阪に住んでいるのですが、それぞれの人の体験というのはいつも思うのですがそれぞれ1個人の体験であり記憶なのです。中学の頃、ビートルズを最初に大阪の郊外でトランジスターラジオから聴いたというのも、「9500万人のポピュラーリクエスト」という番組が大阪でネットされていなかったり、ラジオ関西の洋楽中心であった「電話リクエスト」やフォークの番組を聴いていなかったらボブ・ディランやPPM、あの村上春樹の小説に登場するビーチボーイズなども早くから知ることはなかったと思うのです。元々関西には独特の文化がありました。東京の影響を全く受けない、受け入れない大阪、60年代後半も大阪そのものがサブカルチャーだったといえます。</p><p>&nbsp;</p><p>当時、殆どの欧米のロックバンド/シンガーの初来日公演にしても東京と大阪は確実に開催されていました。電車に乗って数10分のところにあるホールでほとんど観れたわけです。そして思うのは音楽（生のコンサート）の捉え方は個人差があるのは当たり前なのですが、更に言えば、同じコンサートに行っていたとしてもその人が観ていた場所、ホールの何処で観ていたのかということで全然感じ方が違うわけです。例えば大阪のフェスティバル・ホールで観た初来日のレッド・ツェペリンにしても勿論「凄かったね」になるのですが、五感で感じる臨場感と言うのはホールの最前列なのか最前列の一番端なのか、PA席のあったBOX席なのか、3階の最後列だったのかでそれぞれの個人の印象が違うはずなのです。ビートルズの武道館や箱根のピンク・フロイドにしてもそうだと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>生の空気感、体験はその個人の記憶だけなのです。その昔＜ラウドネス＞のスタッフとして米オハイオ州のトレドという街のアリーナでのコンサートの時の事。モトリークルーのオープニングだったのですが、何万人もいる会場の中で日本人はラウドネスのメンバーと我々スタッフだけの風景。でかいツアーバスの後部の応接セット、ステージ脇から観た観客、楽屋の匂い、出演前のメンバーの顔、そしてその日のライブ。それらは僕だけの記憶なのです。</p><p>&nbsp;</p><p>1969年8月15日から18日の3日間、いつもこの時期、僕は何処にいたのだろうと記憶を辿ります。あのウッドストック・フェスティバル、場所はニューヨークの郊外。そしてニューポートのフォークフェスでプラグインした直後のニューヨーク・フォレストヒルズ・テニススタジアムでのボブ・ディラン、NYのヴィレッジ・シーン、ビートニク詩人達、サンフランシスコのシーン、シティーライツ・ブックストア、グレイトフル・デッド等。カウンターカルチャー、ヒッピー、ドラッグ・カルチャーのど真ん中に・・そして、76年のあのラスト・ワルツの現場にいたとしたら・・</p><p>&nbsp;</p><p>「そこに僕はいた。」と室矢憲治。</p><p>&nbsp;</p><p>そして今、50年以上も前に一人の日本人の若者として体験した彼にしかわからないその場の空気感、臨場感、生身のアーティスト達との付き合い。何を感じたのか、どうだったのか、・・そしてその時代とは何だったのか聞いてみたいのです。同世代として、その皮膚感覚の体験を少しでも分かりたいと思うのです。情報の少なかった当時読んだ植草甚一、片岡義男、金坂健二、藤原新也、室矢憲治～等々・・・この時受けた影響は現在も自分の思考の核となり残っています。</p><p>.....................</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20201202/19/grateful-130/2b/70/j/o1200063014860529414.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="326" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20201202/19/grateful-130/2b/70/j/o1200063014860529414.jpg" width="620"></a></p><p><b>&nbsp;</b></p><p><b>『ムロケン・ワンダーランド』</b></p><p>ビートルズ、ディラン、ウッドストックをアメリカで生体験したロックキッドが60-70年代のカウンターカルチャーの風に吹かれて、どんな青春を送ったのか・・ムロケン・ワンダーランドの旅</p><p>&nbsp;</p><p><b>出演：室矢憲治　ナビゲーター：松居功</b></p><p>&nbsp;</p><p>ボブ・ディラン、ザ・バンド、ニール・ヤング、ジャクソン・ブラウン、、、いろんなアーティストの裏話を通して、ロックシーンにとって重要だった1960年代後半から70年代前半の激動の時代をリアルに検証するシリーズです。今回はVol.1、Vol.2をそれぞれ場所を移してお贈りします。</p><p>&nbsp;</p><p><b>Vol. 1</b></p><p><b>『60</b><b>年代、カウンターカルチャーを体感して』</b></p><p><b>「フジロッカーズ・バー関西」 </b></p><p><b>12/19(</b><b>土)</b><b>＠南堀江 bigcake</b></p><p>Open 17:00</p><p>Charge \2,000（要オーダー）※予約料金　当日\2,500</p><p>http://www.bigcake.jp/</p><p>Info・予約 06-6578-8010　</p><p>協力：スマッシュウェスト</p><p>&nbsp;</p><p><b>Vol. 2</b></p><p><b>『アーティストとの出会いとその時代』</b></p><p><b>12/20(</b><b>日)</b><b>＠北堀江 FUTORO Cafe</b></p><p>Open 18:00/Start 19:00</p><p>Charge\2,000(要オーダー) ※予約料金　当日\2,500</p><p>https://futurolive.exblog.jp/</p><p>Info・予約 06-6532-5830</p><p>協力：スマッシュウェスト</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>■室矢憲治</p><p>1953年、東京生まれ、ニューヨーク育ち。植草甚一、片岡義男らと『ワンダーランド』を創刊。編集長のポストをドロップアウトして世界を放浪。『宝島』『朝日ジャーナル』『ＳＷＩＴＣＨ』にロックライターとしてアメリカ若者文化について寄稿する一方、詩人、メディア・パーソナリティとして活躍。滞米生活中ビートルズからウッドストックをリアル体験。パイオニア・ロックライターとして著訳書多数。</p><p>&nbsp;</p><p>■翻訳</p><p>「アウトロー・ブルース」 ポール・ウィリアムズ著 晶文社 1972年</p><p>&nbsp;</p><p>「ジャクソン・ブラウン・ストーリー」 リッチ・ワイズマン著、 CBS・ソニー出版 1983年</p><p>&nbsp;</p><p>「ラスベガスをやっつけろ！ : アメリカン・ドリームを探すワイルドな旅の記録」 ハンター・S・トンプソン著、 1989年</p><p>&nbsp;</p><p>「トム・ウェイツ : 酔いどれ天使の唄」 パトリック・ハンフリーズ著、 大栄出版 1992年</p><p>&nbsp;</p><p>「ニール・ヤング詩集」シンコー・ミュージック 1993年</p><p>&nbsp;</p><p>「Smile ジェリー・ガルシア 絵・言葉」室矢憲治/監修・訳 PARCO出版 1993年</p><p>&nbsp;</p><p>「ジャック・ケルアック放浪天使の歌」 スティーヴ・ターナー 著, 河出書房新社 1998年</p><p>&nbsp;</p><p>「ビートルズ1964-65：マジカル・ヒストリー・ツアー」 ラリー・ケイン著、 小学館 2006年 (小学館文庫)</p><p>&nbsp;</p><p>「ウッドストックへの道：40年の時空を超えて主宰者が明かすリアル・ストーリー」 マイケル・ラング、ホリー・ジョージ-ウォーレン 著、小学館 2012年</p><p>&nbsp;</p><p>「`67～`69 ロックとカウンターカルチャー 激動の3年間:サマー・オブ・ラブからウッドストックまで」 2017/5/20</p>
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<pubDate>Wed, 02 Dec 2020 19:39:31 +0900</pubDate>
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<title>模倣から始まった日本のロックの落日</title>
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<![CDATA[ <p><span style="font-weight:bold;">連載コラム10月<br>気分はどうだい？ Vol.30</span><br>SMASHWEST.COM<br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20201006/18/grateful-130/2d/ac/j/o0607034614830833919.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="346" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20201006/18/grateful-130/2d/ac/j/o0607034614830833919.jpg" width="607"></a><br>ここ何日かの間にもガキの頃に熱中したミュージシャンの訃報が内外問わず続いていますが、でも時代、年齢を考えるともうそういうところに来ているのだと自分の年令を考えてもそれを実感しています。で、今回はそんな日本のロックと言われるものは結局何だったのかということを40数年音楽の仕事に携わってきた今、そのあたりのことを、書こうと思っています。<br><br>このコラムにもよく書くのですが、団塊の世代前後でプロとなったアーティスト（今でも引っ張っているのはこの世代の連中）の始まりはやはりビートルズであり、その時代の欧米のバンドの影響は凄く大きなものがありました。60年代、エレキブームが起こり全国各地でヴェンチャーズなどのコピーバンドが現れ、ブームとなりTVなどでもコピーの旨さを競う「勝ち抜きエレキ合戦」みたいなものも有りました、そして優勝したグループがプロとして活躍するようになります。かたやフォークブームがあり全国の学生がアメリカのモダーンフォークのバンドのコピーをし、それらの中から、やはりプロとして世の中に出ていくこととなります。そして同時にグループサウンズの台頭。やはり欧米の当時のシーンに影響を受けたバンドがストーンズやキンクスやゼムといったバンドのコピーをゴーゴークラブなどでやるようになり支持を得るようになります。当初はTVなどにもおいてもコピーそのものをやっているのですが、ある時期から日本語によるオリジナルでの曲に移行するようになります。（そのコピーとオリジナルは凄くギャップのあるものでした）で当初はGSは若い女子が主体のミーハーファンがメインだったため、あまり音楽的なこと云々は関係なかったのです。（向こうのビートルズやストーンズなどもそうだったように）<br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20201006/18/grateful-130/a9/16/j/o1024076814830834302.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="465" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20201006/18/grateful-130/a9/16/j/o1024076814830834302.jpg" width="620"></a><br><span style="font-size:0.83em;">日本のグループに影響を与えた欧米のシンガー・グループ達・・</span><br><br>当時は、やっているバンドの方も競うように欧米のバンドのコピーを取り入れライブでもやるようになるのです。ターガースはストーンズのこの曲とビージーズ、そしてゴールデンカップスはゼム、ヤードバーズのこの曲、モップスはアニマルズみたいな、それぞれが決めコピー曲を持っていたのです。当時の日本にはそんな欧米の連中が来日することもなく、YouTubeなども勿論ない時代、それらの楽曲を生で聞けるというこれらグループの疑似体験しかなかったわけです。彼等はもちろん、まんま、そっくりにそれらの楽曲を演奏するわけですから・・（勿論、演奏や歌がうまくなくてはだめなわけです）　<br><br>日本のレコードメーカーもこの頃（1969年前後）から和製フォークやGSの日本語オリジナルを発売するようになり、洋楽をあまり知らない当時のリスナーやファンの支持を受けるようになります。日本のジョーン・バエズ、日本のボブ・ディラン、ジョニ・ミッチェルのよう、キャロル・キングのよう、どこどこのジャニス・・などと言われる連中が出てくるようになります。あの「はっぴーえんど」も当初出てきた時はミュージシャン仲間達は音や録音、歌い方までまんまモビー・グレイプやバッファーロー・スプリングフィールドだというのは分かっていたわけで（勿論制作していた小倉エージさんなんかは確信犯で制作していたと思います。最初は売れなかったけれど）でもこのバンドが凄かったのはその歌詞（松本隆氏の）がそれまでの（日本の歌謡曲全般）歌詞とはまるで違ったということが大きかったし、事実作詞家としてロックのジャンルではないところの日本独自の音楽界で成功したことが物語っていると思います。<br><br>いつの時代も影響は欧米の音楽（ROCK）であり、日本人にフィットするものであれば、その時期にそれらが蔓延するわけです。マージービーツやモッズ系に影響を受けたグループ、ピストルズやクラッシュ、ダムドまんまのグループ、ガンズのまんま、エアロのイメージ、ボウイ、モータウン系、シカゴ・ブルース、オーティス・レディング、スティーヴィー・ワンダー、マイケル・ジャクソン、プリンス、サザーン・ロック、ウエスト・コースト等。バンド編成、使用楽器、歌い方からマイクの持ち方、勿論ファッションも・・ジャクソン・ブラウンやブルース・スプリングスティーンを筆頭にSSWの多くのフォロワーが出た時代もありました。さらにオリジナル曲に関しても盗作すれすれの、向こうの楽曲をモチーフ（まんまのイントロや構成なども）にしたものも多く、それらが通用し日本のチャートを賑わしました。それを気づき、分かってそこから離脱し自らの音楽を追求するアーティストは少なかったし、商業的には当時のイケイケのシーンの中ではうまくいきませんでした。<br><br>僕がイベンターやマネージメントの仕事をしていた頃も、すべてニューミュージック、JーROCKと言われる連中のコンサートに明け暮れたのですが、プロとなった多くのグループがレコードも売れ、全国においてホール・コンサートが出来るまでになり、それが日本のシーンの中でビッグビジネスとして成立した時代（1990年代まで）だったのです。多くの雑誌や評論家と言われる連中も後押しをしました。そして、長きに渡って、それら模倣から出発した日本のロックと言われるグループがJ-ROCKとして日本の市場を賑わすわけです。<br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20201006/18/grateful-130/11/1d/j/o0960096014830834573.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="620" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20201006/18/grateful-130/11/1d/j/o0960096014830834573.jpg" width="620"></a><br><span style="font-size:0.83em;">世界への動き：Miki Curtis &amp; Samurai（1968 ＠LONDON）/ Flower Travellin' Band (1970：米ATLANTIC) / Sadistic Mika Band（1974：英Harvest ?）/ Stomu Yamashta (GO / 1976 :英Island) / YMO (1978:米A&amp;M ) / LOUDNESS（1985:米ATLANTIC）（＊個人は除く）</span><br>　　<br><br>しかし、日本国内で大きなシェアーを持っていたこれらのロックも現在（2020年）では残像を残すのみで、日本独自のシーンの中だけで完結するようになった日本のロックは現在では欧米のシーンとは連動しなくなっています。今の全米のビルボード・チャートや英のチャートを気にする人などいないと思うし、番組にすらなりません。ますます日本のシーンとはかけ離れているように思うのです。唯一昔と比べて素晴らしいのは色々な欧米のバンドがどんどん日本でライブをするようになっているし、世界のシーンと同次元なフジロックみたいなフェスティバルが開催されているということ、素晴らしいことです。当時（1960年代）は欧米のグループを＜生＞で日本で見ることは出来なかったわけですから。<br><br>しかし・・・残念ながら、現在も続くパンデミックの中あらゆる産業が打撃を受け、音楽産業も同様であり、いつ以前のライブやコンサートの状況に戻るのか分かりませんが、もう昔のような展開は通用しないのかも分かりません。世界的には未だに白人のロック、黒人の音楽がメインストリームであるのは変わらないわけで、その中で日本人のロックが今後どうなっていくのか・・いくつかのグループのアメリカ進出を成功させた韓国の業界のような・・そういうパワーがまだ日本の音楽業界に残っているのか凄く気になるところです。</p>
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<pubDate>Tue, 06 Oct 2020 18:42:28 +0900</pubDate>
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<title>翻訳文化と洋楽ロックの時代</title>
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<![CDATA[ <p><b>連載コラム9</b><b>月</b></p><p><b>気分はどうだい？ Vol.29</b></p><p><b>「翻訳文化と洋楽ロックの時代」</b></p><p><a href="http://smashwest.com/">SMASHWEST.COM</a></p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200901/18/grateful-130/3d/75/j/o0970054514813086055.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="348" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200901/18/grateful-130/3d/75/j/o0970054514813086055.jpg" width="620"></a></p><p>日本に洋楽、いわゆるアメリカのポップスが入ってきたのはあのペリーが浦賀に来た時だと言われています。そういう歴史的なことは色々な文献に書かれていて、そういった本も色々出ているので興味のある人は読まれたらいいと思うのですが、今回は時代を経て1960年代に入り今のJ-ROCKにも大きな影響を与えた＜洋楽＞のロックについて・・</p><p>&nbsp;</p><p>＜洋＞のつく日本において現在でも普通に表記されたり言ったりする言葉に、洋服、洋食、洋画、洋書等があり、勿論、洋楽という単語があります。全てが明治になって、欧米から輸入されたものを和物と区別するためにこの言葉が使われるようになりました。そして現在においても欧米からの音楽はすべて＜洋楽＞と呼ばれています。僕の子供の頃（昭和30年代初期）欧米の工業製品や嗜好品などは「高級品」や「一流品」の地位を獲得しており、別の言い方として舶来品（foreign goods）とも呼ばれ結構高価なものが多かったのです。あと外国製というだけで今だに形容される言葉に「本物」「本場」があり、音楽においてもイメージ的には今もずっとその感じを引きずっている感じがします。外国に全く興味のない今の若い連中はそんなことは関係ないのか分かりませんが。そして僕がその洋楽のロックにハマるきっかけとなったのが、このコラムでも何度も書いているビートルズで、彼等のリアル・タイムな第一世代のミーハーファンということになります。60年代中頃の若者にとって洋楽の情報は当時の専門誌「ミュージック・ライフ」しかなく（少しの期間木崎義二氏がやっていた「ティーン・ビート」という雑誌もあり、毎号ソノシートがついていた）、それと連動して発売されるレコードを買い、新しい洋楽をラジオから吸収し、そこからフォーク・ソングやエレキ・ギターなどが学生を中心に流行していくわけです。そして同時期、初期のロカビリー的な＜ロックンロール＞から、それらは＜ロック＞と呼ばれるようになっていきます。すべて欧米のグループによる輸入された音楽で、向こうの音楽雑誌のチャートが日本においても重要視された時代で、日本国内においてはそれらのコピーや模倣の時代でした。</p><p><b>&nbsp;</b></p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200901/18/grateful-130/92/d7/j/o0960096014813086219.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="620" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200901/18/grateful-130/92/d7/j/o0960096014813086219.jpg" width="620"></a></p><p><span style="font-size:0.83em;"><b>上：勝ち抜きエレキ合戦 / 1965</b><b>年6</b><b>月23</b><b>日から1966</b><b>年9</b><b>月28</b><b>日までフジテレビ系列局で放送されていたフジテレビ製作の音楽番組。バックにビートルズの写真パネルが。</b></span></p><p>&nbsp;</p><p>で、その洋楽なのですが、中学あたりからあれだけ英語を勉強しているのに関わらず、英語の原書を、また字幕なしの映画を見るわけでもなく、日常でも英語を屈指出来るわけでもなく、ロックにおいてもVoを楽器のように捉え、歌詞に関しても多分殆どの日本のリスナーは対訳に頼っていたわけです。現在でもそうなのですが映画や音楽等のタイトルに日本語をつける（カタカナの表記や原題とまるで違うタイトル）というのが慣例のようになっていて、ビートルズの初期などはそれが顕著に出ており、当時の曲などは日本語のタイトルの方がしっくりくるものも多いわけです。日本は明治の頃から、＜翻訳文化＞の国であり、例えば「LOVE」や「SOCIETY」という単語を日本語にどう置き換えるかという、福沢諭吉や夏目漱石が悩んだ言葉の問題が常にあるのです。英語の歌詞の問題もそこにあり、例えばボブ・ディランなども訳本を読んでも結局解らないわけです（宗教的価値観や人種、国籍の問題等）僕は常にこの2重構造（原語と翻訳されたもの）が気なっていて、数十年、欧米のロックを中心に聴いていたにも関わらず中身を本当に理解していたのか凄い疑問なのです。その点、ビートルズの初期などはあの単純で分かりやすかった英語詞だったからこそ世界中で受けたのかも分かりません。小説などでは翻訳された時点で違う読み物になると言われていますが、それはどこの国（英語圏以外）でも同じなのかも分かりません。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200901/18/grateful-130/9a/e3/j/o0960096014813086643.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="620" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200901/18/grateful-130/9a/e3/j/o0960096014813086643.jpg" width="620"></a></p><p><span style="font-size:0.83em;"><b>ビートルズの日本発売のレコード。1964</b><b>年当時、東芝EMI</b><b>においてビートルズの初代ディレクターであった高嶋弘之氏が邦題のほとんどを付けた。</b></span></p><p>&nbsp;</p><p>そして、60年代以降に輸入された洋楽ロックが日本のロックの形成につながっていき、徐々に定着し、それらが国内だけで大きな市場を持つ大きなビジネスの主流となりピークを迎えるのですが、結局国内レコード・メーカーの終焉（理由に関しては長くなるので書きませんが）とともに消滅していくわけです。現在国内でリリースされている洋楽ロックも大半の商品は何十年も前のファンがメインのターゲットでありで、60年代から80年代に一斉を風靡した有名勢の記念パッケージのリリースや過去の焼き直しのような書籍が相変わらず出版されています。しかし美空ひばりや石原裕次郎等がほとんど語られることが無くなり、商品としても売れなくなってきたのと同様に、洋楽のロックにもこのような時代がすでに到来しているように思うのです。リアルな欧米のロックは全世界何千万、何億の人を相手にしている音楽であり続け、一国しか相手にしない日本国内の音楽とは勿論違ってるわけなのですが・・　</p><p>&nbsp;</p><p>少し前に「日本の文化は、日本のものだけで成立する」のか、とか「洋楽派」と「邦楽派」の対立みたいなことがよく言われましたが、今の現状ではもうそれすらもないのではないかと思うのです。僕自身、数十年、現在も音楽の仕事に付き、あらゆる音楽に関する仕事をし、個人的にも大好きな洋楽のロックを追いかけて来たわけですが、結局、極東の日本に居る僕（達）にとって＜洋楽ロック＞とは何だったのか・・そういう事を最近結構考えるようになりました。昔、寺山修司が書いた「 コカコーラの瓶の中のトカゲ」と言う文章が頭を過るのです。</p><p>&nbsp;</p><p>こういった本を読みながら・・</p><p>&nbsp;</p><p>＊ 黒船来航から、ひばり絶唱まで ...</p><p><span style="font-weight:bold;">「レコード・マンの世紀」飯塚恆雄 著：愛育社</span></p><p>&nbsp;</p><p>＊Loveの翻訳語がつくられたのは，ほんの一世紀前にすぎない・・</p><p><span style="font-weight:bold;">「翻訳語成立事情」柳父章 著：岩波書店</span></p><p>&nbsp;</p><p>＊巨大産業をぶっ潰した男たち</p><p><span style="font-weight:bold;">「誰が音楽をタダにした？」スティーヴン・ウイット著：早川書房</span></p><p>&nbsp;</p><p>＊なぜビニール盤なのか？なぜ集めるのか？</p><p><span style="font-weight:bold;">「ビニール・ジャンキーズ」ブレッド・ミラノ著：河出書房新社</span></p><p>&nbsp;</p><p>＊ファン第一世代であり日本でのビートルズの作品リリースの統括者が語る・・</p><p><span style="font-weight:bold;">「ビートルズは終わらない」行方均著：シンコーミュージック・エンタテイメント</span></p><p>&nbsp;</p><p>＊ビートルズはいかにして世界のアイドルとなったか</p><p><span style="font-weight:bold;">「ビートルズ神話・エプスタイン回想録」ブライアン・エプスタイン著：新書館</span></p><p>&nbsp;</p><p>＊ 彼女は一枚のレコードをとても大事そうに胸に抱えていた。</p><p><span style="font-weight:bold;">「ウィズ・ザ・ビートルズ」村上春樹：文學界 2019年8月号</span></p><p>&nbsp;</p><p>＊ おまえにゃ、瓶を割って出てくる力なんてあるまい、そうだろう、日本。</p><p><span style="font-weight:bold;">&nbsp;「アメリカ地獄めぐり」寺山修司評論集：芳賀書店　</span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/grateful-130/entry-12621815971.html</link>
<pubDate>Tue, 01 Sep 2020 18:36:55 +0900</pubDate>
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<title>昔々、英国にビートルズというロックバンドが・・</title>
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<![CDATA[ <p>連載コラム3月<br><span style="font-size:1.4em;"><span style="font-weight:bold;">気分はどうだい？ Vol.28</span></span></p><p><a data-focusable="true" dir="ltr" href="https://t.co/h8UXkxATii?amp=1" rel=" noopener noreferrer" role="link" target="_blank" title="http://smashwest.com">smashwest.com</a><br>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200303/18/grateful-130/f6/fe/j/o0931061714722422780.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="411" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200303/18/grateful-130/f6/fe/j/o0931061714722422780.jpg" width="620"></a><br>&nbsp;</p><p>このコラムにも頻繁にビートルズのことを書くことが多いのですが、今回はそのビートルズ世代＝「団塊の世代」が前期高齢者（65～74歳）になり、彼らがコレクションして（いる）いたレコード（CD)の行方について考えてみたのです。<br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200303/18/grateful-130/23/ee/j/o0960096014722423336.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="620" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200303/18/grateful-130/23/ee/j/o0960096014722423336.jpg" width="620"></a><br><span style="font-size:0.83em;"><span style="font-weight:bold;">現在も放送で使用している＜ラジオ関西＞所蔵のビートルズ当時の現物シングル盤。</span></span><br><br>その団塊の世代とは何だったのかということをもう一度確認するために色々なものから要約すると以下のような説明になります。<br><br>『団塊の世代とは、第一次ベビーブームが起きた時期に生まれた世代を指す。第二次世界大戦直後の1947年（昭和22年）～1949年（昭和24年）に生まれて、文化的な面や思想的な面で共通している戦後世代のことであり、学生運動が最も盛んな時期に学生生活を送る。高度経済成長、バブル景気を経験。用語は堺屋太一の小説「団塊の世代 」に由来。文化的観点から見れば、欧米の情報を敏感に吸収、ファッション、ロックミュージックという概念が浸透し始めた世代で、そのスタイルは現代に至るまで続く若者文化の基盤と呼べるものであった。欧米と東洋の文化の双方を楽しもうとする多文化世代の先駆けであり戦後世界の中での日本の復興と成長と共に成長した世代。音楽では10代にビートルズやその影響下で現れたグループ・サウンズの洗礼を受け、ビートルズ世代、またはGS世代とも呼ばれる。2020年での年齢は70～73歳となり、医療制度上は、前期高齢者（65～74歳）～後期高齢者（75歳以上）に該当する世代。この3年間の合計出生数は約806万人にのぼる（厚生労働省の統計）』<br><br>ほとんどの人が人は子供の頃から自分に興味のあるもの好きなものを収集した経験があるはずで、それが切手なのかトレーディング・カード、キャラクターグッズ、ミニ・カー、バービー人形、映画のパンフ、時計、ジッポのライター、ガラス瓶なのか分かりませんが、それが音楽で言えばレコード（CD)になるわけです。僕の友人で個人で約10万枚所蔵していて倉庫まで借りているやつもいます。自分自身においても整理（売ったりまた買ったり）はしているつもりなのに結構な枚数のレコードやCDがまた大量に家の中にあるし、昔持っていた有名メーカーのギター類は売ってしまったのにもかかわらず、家で弾くためのごく普通のギターがいまだ6本ほどあるという状態です。（蔵書の方が問題かも）そしていつも思うのですが長年に渡って収集されてきたそれらは各個人のオーバーにいえばその人の人生そのものかもわかりません。　　<br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200303/18/grateful-130/d5/a0/j/o0918071314722423964.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="482" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200303/18/grateful-130/d5/a0/j/o0918071314722423964.jpg" width="620"></a><br><span style="font-size:0.83em;"><span style="font-weight:bold;">今日現在も続々とオークションに出されるビートルズのレコード。この日の総数19000点</span></span><br><br>1964年初頭ビートルズが世界的に大きな人気を得、社会的な現象にもなった時代、日本における彼らのセールスはそれまでの洋楽の範疇を超えるものでした。それが日本のレコード産業において洋楽ロックのレコード販売の大きな転機となり（洋楽ロックも売れる時代）その後60年代後半から現れた多くのロックアーティストの日本での販売（されないものは輸入盤で購入するしかなかった）が定着するようになった要因はやはりビートルズであったわけです。ビートルズが世界中でセールスした枚数は3億枚から5億枚ぐらいだと言われています。それに近いレコード（CD）がまだ現存しているということになるのです。（廃棄処理しない限り）現在、中古市場（店頭、オークションも含め）には初回のオリジナル盤（高額で取引が）からごく普通の日本盤までがものすごい数で出回るようになってきています。（同時代の他のアーティストのものも）それらは長年かかって収集されたコレクターのレコード群であったり、一般の購買者が手放したもので、全体から見れば膨大な数のレコード（CD)）が世界中に溢れてきているのです。そしてどんどん時代が経つにつれ今後更に増えていくのではないかと思うのです。<br><br>音楽聴取もストリーミングの時代が定着し、欧米の著名ロック専門誌などもそのサイトの自動翻訳で簡単に読め、そしてフィジカルが欲しければ通販などで簡単に新譜レコード（CD）が手に入るようになりました。しかし日本においてはレコード会社が機能しなくなりなりその洋楽セクションが崩壊した今、殆どの洋楽ロック（名前自体が死語かも）はもう日本盤として発売されなくなっています。<br><br>つい最近1952年に創刊「世界の音楽情報誌」として60年近く刊行されていたラテン音楽（日本でも当時から大きな支持があったジャンル）の専門誌「ラティーナ」が残念なことに休刊しました。ますます洋楽に関する雑誌が数少なくなってきています。音楽、活字離れというのではなく購買していたその世代そのものが終焉し始めてるのだと思うのです。　　</p><p>&nbsp;</p><p>　</p>
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<link>https://ameblo.jp/grateful-130/entry-12579461844.html</link>
<pubDate>Tue, 03 Mar 2020 18:06:17 +0900</pubDate>
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<title>始まりは映画音楽だった</title>
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<![CDATA[ <p>連載コラム2月</p><p><span style="font-weight:bold;"><span style="font-size:1.4em;">気分はどうだい？ Vol.27</span></span></p><p><a href="http://smashwest.com/">http://smashwest.com/</a></p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200201/18/grateful-130/49/00/j/o0800045014705949692.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="349" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200201/18/grateful-130/49/00/j/o0800045014705949692.jpg" width="620"></a></p><p>&nbsp;</p><p>よくエッセイなどで「私の人生のサウンド・トラックは・・」などとも表現されるサウンド・トラック。今回はその映画の音楽（サウンド・トラック）について少し書こうと思います・・サントラ・レコードのコレクターの中には映画を観ずにレコードだけを集めている人も多くいるみたいです。僕はサントラ・レコードの収集家でもないので、それについて詳しく書こうとは思わないのですが、子供の頃から映画に親しみ、そこから多くの影響を受けたことも確かで、気がつけばサントラのレコードもそこそこ持っているわけです。　　</p><p>&nbsp;</p><p>子供の頃、親父に連れられてよく行ったごく普通の商店街にあった映画館。（日本版「シネマ・パラダイス」みたいな感じだったかも）もちろん日本映画が主体でしたが、月替りで公開される3本立ての洋画。字幕もろくに読めないし、それが恋愛や戦争映画でも、それらを理解できない時期（年齢）にも関わらず何故かその映画のことはよく覚えているわけです。多分、初めて見る外国の風景や出演者やその映像、特にその音楽に惹かれるところが大きかったのだと思います。必ずそれらの映画にはオリジナル・スコアの音楽が使われていました。その音楽は言語、ストーリーとは関係なくそのシーンのイメージともに今でも頭の中にインプットされています。この当時（60年代初頭）はヌーヴェル・ヴァーグで知られるフランス映画さらにイタリア映画が全盛で「道」「死刑台のエレベーター」「気狂いピエロ」「太陽がいっぱい」「昼顔」等、そしてこれらの映画から世界的な多くのスター俳優たちが生まれました。（書いていたらきりがないのでやめましたが）その他時期は前後しますがあの「風と共に去りぬ」や「OK牧場の決闘」「シェーン」などの西部劇やエロール・フリンの出ていた海賊映画、そして「タイムマシーン」といったSFもの、「ベン・ハー」などの歴史もの、そして「南太平洋」などのミュージカル映画、エルヴィス・プレスリー、マリリン・モンロー主演映画、ヒチコック作品などすべてこの時代に映画館で観ました。TVが普及するまでは映画が娯楽として一世を風靡していた時代だったのです。</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200201/18/grateful-130/fe/73/j/o0960096014705949878.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="620" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200201/18/grateful-130/fe/73/j/o0960096014705949878.jpg" width="620"></a></p><p><span style="font-size:0.83em;"><b>記憶にある映画（もちろん一部ですが）の一コマ、写真一枚でその音楽が、映像が・・</b></span></p><p>&nbsp;</p><p>で、最近、洋楽体験の最初はこれら映画音楽だったことに気がついたのです。今でもその映画のスティール写真を観ただけでもその音楽が頭に浮かびます。映画の場合、音楽のジャンルには関係なくいろいろな音楽がその映画のために使用されているわけでクラシック、ジャズ、シャンソンやラテン、民族音楽等の音楽をごく自然に聴いていたことになります。初めてのレコード体験も家に登場したコロムビアのステレオセットで聴いた親父が買ったリーダース・ダイジェストの「世界映画音楽のすべて」というオムニバスのレコードでした。さらにラジオの洋楽番組でも映画音楽がチャートに入っていて「鉄道員」「アフリカの星のボレロ」「男と女のいる歩道」「荒野の七人のテーマ」「大脱走のテーマ」ウエストサイド物語から「トゥナイト」など当時ヒットした映画からの曲が結構ありました。映画の雑誌「映画の友」や「スクリーン」を買うようになり、中学後半には友人と大阪梅田の映画館にもよく行くようになります。初めてでかいスクリーンで観た70ミリの「アラビアのロレンス」や「荒野の七人」「大脱走」「ドクトル・ジバゴ」そして「ウエストサイド物語」など一連のミュージカル映画等。初めてサントラのレコードを買ったのもこの頃です。　　</p><p>&nbsp;</p><p>70年代に入るとアメリカン・ニューシネマ、日本のATGにはまることになるのですが・・さらに広告代理店（制作部の所属）に就職後もCFのアイディアを得るためという口実で映画館を梯子したことも多々ありました。現在でもいろいろな映画を観る時、選ぶ時はその頃からの自分の趣向が今だに大きく影響しているように思うのです。で、さらに自分が共鳴する多くの映画もヴィム・ヴェンダース、ジム・ジャームッシュ、ティム・バートン、クエンティン・タランティーノやキャメロン・クロウ、トッド・ヘインズ、リチャード・リンクレイターなど同世代の監督が多く、彼らとの同時代的な感覚をすごく感じるのです。使用している音楽に関しても昨年観たタランティーノの「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」やトッド・フィリップス監督の映画「ジョーカー」においても同じような感覚で音楽を選択しているように思うのです。　　</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200201/18/grateful-130/2b/36/j/o0960062214705950319.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="402" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200201/18/grateful-130/2b/36/j/o0960062214705950319.jpg" width="620"></a></p><p><span style="font-size:0.83em;"><b>ヒドゥル・グドナドッティル / 2017</b><b>年SunnO))) </b><b>のオープニング出演時。</b></span></p><p><span style="font-size:0.83em;"><b>Hildur Gudnadottir (live at Convergence) London 21March / 2017</b></span></p><p>&nbsp;</p><p>もちろん最近の映画の中にも素晴らしいサントラがあるとは思うのですが（映画評論家でさえ年間400本くらいしか観れない…現在も膨大に公開されている映画）最近観た映画の中で特に印象に残っているのは先程も触れた映画『ジョーカー』のオリジナル・スコアなのです。1月5日のゴールデングローブ賞においてこの映画で作曲賞を受賞したアイスランド出身のチェロ奏者で作曲家の＜ヒドゥル・グドナドッティル＞の音楽。映画内ではクリームやその他ロックの既成曲が効果的に使われていましたが、この音楽そのものがこの映画全体のトーン、ストーリー性を如実に表現していると思いました。今年2020年の米アカデミー賞で作曲賞を獲ることを期待しているのですが。</p><p>&nbsp;</p><p>サントラ、やはり面白いです。その音楽を聴いただけで映画全体が蘇ります・・</p><p>&nbsp;</p><p><iframe allowfullscreen frameborder="0" height="234" src="https://www.youtube.com/embed/DpW5-qzFV_U" width="416"></iframe></p><p>&nbsp;</p><p>Joker / Hildur Guðnadóttir (Original Motion Picture Soundtrack)&nbsp;</p><p><b>https://bit.ly/36PA4hG (full songs)</b></p><p><b>&nbsp;</b></p>
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<link>https://ameblo.jp/grateful-130/entry-12571917640.html</link>
<pubDate>Sat, 01 Feb 2020 19:01:29 +0900</pubDate>
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<title>圧倒的なその孤高の存在感</title>
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<![CDATA[ <p>連載コラム1月<br><span style="font-weight:bold;"><span style="font-size:1.4em;">気分はどうだい？ Vol.26</span></span><br><a href="http://smashwest.com/">http://smashwest.com/</a><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200101/20/grateful-130/d3/ea/j/o0696038114688911895.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="339" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200101/20/grateful-130/d3/ea/j/o0696038114688911895.jpg" width="620"></a><br>&nbsp;</p><p>2020年に入り今年も去年同様1970年から50周年ということで洋楽ロックのいろいろな記念物がリリースされるはずです。更にあの大阪万博からも50年、そして日本での2回目のオリンピックなどが・・自身においても40年近く結局ずっと音楽の仕事をやっているわけですが2019年もいろいろな音楽を聞きました。以前コラムにも書きましたが普段家では向こうのラジオ局をかけっぱなしというのが多かったです。で、50周年記念のアルバムも結構聴きました。69年にリリースされたレコード達の。何か50年前の自分を回想しているような一年でもありました。その中でもダントツで聴いたのが＜69年ウッドストック・フェスティバル＞の38枚組の限定ボックスの音源でした。1969枚しか発売されなかったため、即売り切れだったみたいですが・・新譜のアルバムも偏っているとは思いますがいろいろ聴きました。現在向こうのいろいろなロック雑誌に2019年のベストアルバムのチャートなどが出ています。もちろん聴いていないアルバムも多いわけですが興味が有るものはすべて聴いたように思います。ストリーミングが充実しているせいか、それで聴くことが多かったです。昔なら現物を聴かないといけなかったわけですが・・さらに現在Dをしている神戸ラジオ関西の番組でも約700曲近くの洋楽ロックをオンエアーすることが出来ました。　<br><br>それらの中での、僕の個人的な2019年のNo1ベスト・アルバム（新譜）はなんだろうと考えたのです….色々あったのですが＜ニック・ケイヴ ＆ ザ・バッド・シーズ＞の2019年12月18日にリリースされた17作目のニュー・アルバム『ゴースティーン』になりました。<br><br>ニック・ケイヴは1980年前半の＜ザ・バースデイ・パーティ＞の頃からほとんどのアルバムを聴いてきました。彼に関しては過去の作品もいろいろなところに書かれているし、この新譜の内容に関してもそれらの方が的確なのかも分からないので、あまりニック・ケイヴを知らない人は是非検索を・・初めて動いてるニック・ケイヴを観たのは1987年公開のヴィム・ヴェンダース監督の映画「ベルリン・天使の詩」でした。もちろん映画として現在でも自分の中ではベストに入るわけですが、この世界観には凄く、たぶん影響を受けました。部屋にはレコード額に入れたLDが今だにあります。<br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200101/20/grateful-130/c5/8f/j/o0800080014688912124.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="620" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200101/20/grateful-130/c5/8f/j/o0800080014688912124.jpg" width="620"></a><br>映画「ベルリン・天使の詩」でのニック・ケイヴ・・</p><p>&nbsp;</p><p><iframe allowfullscreen frameborder="0" height="234" src="https://www.youtube.com/embed/ZPf6SWcENWo" width="416"></iframe></p><p>Wings of Desire- Nick Cave and the Bad Seeds</p><p>&nbsp;</p><p>で、今回のアルバム『ゴースティーン』。サウンドそのものは凄く綺麗なサウンドスケープなのですが、歌はやはりダークで孤高で今回もいつのように突き放された感覚があります。デヴィッド・ボウイの最期の「ダークスター」やレナード・コーエンの後期のアルバム、スコット・ウォーカーのソロ後期、ルー・リードやヴァンモリソン、そしてボブ・ディラン・・・共通して言えるのはそれぞれが白人シンガーの個人のキリスト教（神）における宗教観からくる歌詞が多いということです。家がクリスチャンだったので子供の頃から教会や聖書云々のそういう世界感は理解しているつもりなのですが、やはり国や人種（ルーツ）や環境の違いをまざまざと感じるのです。＜She loves you&gt; 的な歌詞であればそういうことを全然気にしなくて楽しめるというか、ハードロックであろうがフォークであろうが人間相手に対するラブソングやドラッグなどについて歌っているのであれば英語であっても全然問題ないのですが・・<br>　<br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200101/20/grateful-130/48/c9/j/o0800080014688913345.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="620" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200101/20/grateful-130/48/c9/j/o0800080014688913345.jpg" width="620"></a><br>『ゴースティーン』＜ニック・ケイヴ ＆ ザ・バッド・シーズ＞</p><p>&nbsp;</p><p><iframe allowfullscreen frameborder="0" height="234" src="https://www.youtube.com/embed/GwlU_wsT20Q" width="416"></iframe></p><p>Ghosteen / Nick Cave and The Bad Seeds&nbsp;<br>&nbsp;</p><p>例えばドストエフスキーの「罪と罰」…いまだに普遍で偉大な小説とされていますが、翻訳されたものを読んで表面上は分かっていても、あのキリスト教ありきのテーマになっている宗教観（神に対する）はいまいちわからないものがあります。と同じような感覚がニック・ケイヴの歌にはあるのです。たとえその歌詞を翻訳で読んだとしても。ボブ・ディランがその昔ボーン・アゲイン・クリスチャンに改宗した時も、その精神的な事は本人でないと分からないし、それが作品に反映されていたとしても理解できないわけです。今回のこのアルバムのMV（上記）を観てもらえれば分かるのですが凄くわかりやすい言葉で歌われています。そのためその一語一語が重く、たぶん選ばれた言葉の意味には大きなものがあると思うのです。向こうのリスナーはそのあたりをどう捉えているのかはか分かりませんが…このアルバム、向こうのいくつかの主要な音楽雑誌では2019年のNo1になり、最高傑作だとも評されています。<br><br>そういう分からないところに惹かれるのか、より深いところで理解しようとしているのか・・でも常に惹かれるのです＜孤高の人の唄＞に、ニック・ケイヴに・・</p>
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<link>https://ameblo.jp/grateful-130/entry-12563899213.html</link>
<pubDate>Wed, 01 Jan 2020 20:08:35 +0900</pubDate>
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<title>刷り込まれた曲の記憶</title>
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<![CDATA[ <p><span style="font-size:1em;">連載コラム12月</span><br><span style="font-weight:bold;"><span style="font-size:1.4em;">気分はどうだい？ Vol .25</span></span><br><a href="http://smashwest.com/">http://smashwest.com/</a><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20191203/17/grateful-130/27/ed/j/o0491032714659477299.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="327" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20191203/17/grateful-130/27/ed/j/o0491032714659477299.jpg" width="491"></a><br>&nbsp;</p><p>今年2019年は50年以上にわたり自分自身が聴いてきた音楽（いつの時代も結局ロックが中心でした）を振り返った時期だったように思います。今回は何かその辺りのことを・・・<br><br>とにかく今年は1969年にリリースされた色々なグループの50周年記念アルバムが次から次にリリースされ、そのほとんどのものがデラックス・ヴァージョンを含む拡張版でした。この原稿も11月22日にCD5枚組で発売されたジミ・ヘンドリックスが69年の大晦日にNYのフィルモア・イーストで行ったNYEのフル音源を聴きながら書いています。しかし最近は新譜も含め、ほとんどがストリームで聴くことが多くなりよっぽどの事がない限りフィジカルは買わなくなっています。50周年記念物の主要なものもほとんどがそうです。ウッドストックの38枚組のBOXもそうだったし、オリジナル盤では持っているのですが、やはりリマスター、リミックス、完全版やアウトテイクとか言われると聴きたくなり聴いてしまいます。しかし音がいいとか云々とかいうのはもう気にしないし、最近はそういう聴き方はしなくなっています。オーディオのセットは今だにあるのですが家では昔のような大音量では聴かなくなりました。毎週生放送しているラジオ局のメイン・モニターは許される範囲の音量で聴いていますが・・　　<br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20191203/17/grateful-130/98/57/j/o0960096014659477807.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="620" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20191203/17/grateful-130/98/57/j/o0960096014659477807.jpg" width="620"></a><br><span style="font-size:0.83em;">ジム・モリスン「知覚の扉の彼方へ」シンコーミュージック / The Lizard King: Jerry Hopkin　</span><br><br>よく無人島レコードやある時代のベスト10アルバムとかの特集が組まれたり、最近の音楽雑誌でも名盤と言われるアルバムの内容が事細かく紹介されていたりするのですが、そういうのではない頭の中に刷り込まれた曲というのがあって、どの時代になってもその曲がふとした時に立ち現れるのです。洋楽を中心に今まで聴いてきた何万もの曲の中で・・その筆頭はドアーズの「音楽が終わったら/ When the Music's Over」・・で、プロコル・ハルムの「青い影 / A Whiter Shade Of Pale」そしてボブ・ディランの「イッツ・オール・オーバー・ナウ、ベイビー・ブルー/ It's All Over Now, Baby Blue」の3曲。ディランは全オフィシャル・アルバムを持っているのですがこの曲なのです。<br><br>今までも、今でも随分と聴いているビートルズや60年代後半のグループ、70年代のSSWの曲や昔バンドでコピーしていた曲でもない、それとは全く違う潜在的にスリ込まれた曲なのです。ふとした時のデジャヴや夢の中に出てくる昔の風景とか、当時読んだ小説や映画のワンシーンとか、彼女とか、その彼女の体臭が記憶として残っている様な・・<br><br>3曲とも聴いていたのは17歳前後。アルバムでいえばドアーズは67年の「まぼろしの世界」、プロコル・ハルムは一曲目に「青い影」が入っていたやはり67年の米盤のファースト、ディランは65年発表の「ブリンギング・イット・オール・バック・ホーム」なのですが、この頃は、数少ない限られたレコードを深くのめり込んで何回も聴いていたということもあり、それまでとは違う曲の受けとめ方、解釈をするなど多感な時期だったのは確かで、それが作用しているのかもわかりません。<br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20191203/17/grateful-130/2f/48/j/o0960096014659480447.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="620" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20191203/17/grateful-130/2f/48/j/o0960096014659480447.jpg" width="620"></a><br><span style="font-size:0.83em;">- 音楽が終わったら/ When the Music's Over -<br>　*「ドアーズ・まぼろしの世界」（The Doors / Strange Days .1967）</span><br><br>昔デンゼル・ワシントン主演の映画で「悪魔を憐れむ歌」というのがありストーンズのこの曲が媒体となり悪霊が宿主を次々と乗り換えるみたいなのが有りましたが・・無意識の中で伝わる曲のパワーみたいなものがあったのかもわかりません。これらの曲がなぜ今も別格として残っているのか、ジム・モリソンやゲイリー・ブルッカー、ディランの声なのか歌詞なのかメロディーだったのか、単純に曲のタイトルからのイメージなのかわかりませんがとにかく頭の中にずっといるのです・・・洋楽のロック体感のトラウマ、刷り込まれた音楽の記憶なのです。　　<br><br>PS : どんな曲がそれぞれの人の頭の中に刷り込まれているのか凄く興味があります。<br><br>「「音楽が終わったら/ When the Music's Over」The Doors</p><p>&nbsp;</p><p><iframe allowfullscreen frameborder="0" height="234" src="https://www.youtube.com/embed/e17KtDqxFRU" width="416"></iframe></p><p><a href="https://youtu.be/e17KtDqxFRU">https://youtu.be/e17KtDqxFRU</a></p>
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<pubDate>Tue, 03 Dec 2019 17:33:16 +0900</pubDate>
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<title>死者のカタログ</title>
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<![CDATA[ <p><b>連載コラム11月</b></p><p><span style="font-size:1.4em;"><span style="font-weight:bold;"><b>気分はどうだい？ Vol .24</b></span></span></p><p><a href="http://smashwest.com/">http://smashwest.com/</a></p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20191107/22/grateful-130/98/f5/j/o0835046814634148210.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="347" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20191107/22/grateful-130/98/f5/j/o0835046814634148210.jpg" width="620"></a></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>2019年も残り2ヶ月、今年も多くのロック・ミュージシャン達が世を去りました。この原稿を書いている最中もリトル・フィートのポール・バレア（71）の訃報が…今回はロック・ミュージシャンの「死」について思うところを・・</p><p>　</p><p>最近は昔出版された音楽に関する本や雑誌を読み返すことが多いのですが、その一冊に1979年2月25日にニューミュージック・マガジン社から増刊号としては3冊目となる「死者のカタログ」―ミュージシャンの死とその時代-―を読み返しました・・この本は50年代、60年代、70年代のそれぞれの時代のロック・ミュージシャンの死から浮かび上がるそれぞれの人生（時代）を捉えようとしています。これが出版されて既に40年。音楽雑誌『ニュー・ミュージック・マガジン』が『ミュージック・マガジン』に誌名を変更する1年前。編集者、執筆陣もほとんどがまだ30代前後。この本が出た1979年のこの時点ではジョン・レノン、ボブ・マーレー、イアン・カーティス、（シド・ヴィシャス・79年の2月に亡くなっているのですがこの本にはまだ出ていない）もまだ存命でした。70年代を総括すると言うことで最後の年に企画、出版されたのだと思います。（以後No2は制作されていません）2019年の今でもロック・ミュージシャンの死といえば1970年初頭にいずれも27歳で亡くなったジャニス・ジョプリン、ジミ・ヘンドリックス、ジム・モリソンがアイコンとして登場してくるわけですが。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20191107/22/grateful-130/26/7d/j/o1920192014634148673.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="620" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20191107/22/grateful-130/26/7d/j/o1920192014634148673.jpg" width="620"></a></p><p><span style="font-size:0.83em;"><b>「死者のカタログ」大滝詠一インタビュー・ページ</b></span></p><p>&nbsp;</p><p>40年前この増刊をリアルタイムで読んでいた時（29歳でした）は読者も勿論ミュージシャン達も自分たちの人生が今後どうなっていくかなど10年先のことでさえわからなかったし、ましてや40年後など想像すら出来るものではありませんでした。1979年、ロックというジャンルが認知され最も勢いのある時代だったのです。50年代中頃から登場したロックンロール、そしてその「ロック」が時代と呼応した激動の60年代、ビートルズの解散で始まった70年代、ロックはさらに大きな市場を獲得していくことになります。この年もパンクという新しいムーブメントが登場し（日本においてはインベーダーゲームの大ブームであり、YMOなどのテクノが）まだまだ新しいバンド、新しい音楽の形態が次々と登場してきました。まだ「新しい」という言葉が通用した時代だったのです。</p><p>&nbsp;</p><p>60年代後半から70年代初頭、彼らの死そのものがセンセーショナルなものであればあるほど、それがロック的なものとして捉えられていくようになります。勿論それらミュージシャンを支持していたリスナーにとっては大きなショックであり喪失感がありました。リストアップされた7割以上のミュージシャンが20代の若さで世を去り、200人近い死者のほとんどが、なんらかな意味で突発的な死に方をしているとも書かれています。</p><p>&nbsp;</p><p>その「死」が最も大きな意味を持ったのはこの本が出版された翌年1980年12月8日のジョン・レノンの死でした。全く誰もが予想もしなかった最期。この事件によりビートルズの時代は完全に終わったということを誰もが実感せざるを得なくなります。</p><p><b>&nbsp;</b><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20191107/22/grateful-130/e0/1b/j/o0960096014634149118.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="620" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20191107/22/grateful-130/e0/1b/j/o0960096014634149118.jpg" width="620"></a></p><p><span style="font-size:0.83em;"><b>＜The 27 Club＞27</b><b>歳で他界したロックやブルースのミュージシャンの総称。</b></span></p><p>&nbsp;</p><p>60年代後半までの＜ROCK＞は当時の大人達や社会を否定し反抗、対抗していく武器としての反体制的（カウンター・カルチュアー/ 対抗文化）な若者の音楽であり、世界中の若者が叫んだ「DON'T TRUST OVER 30（ドント・トラスト・オーバー・サーティー）」＝「30歳以上の大人を信用するな」のスローガン。しかし70年代後半、それを声高々に言っていた者達が30歳を越えようとしたまさにその時期だったのです。サブカルチャーだったロックが商業主義的なメインカルチャーになった時期でもありました。</p><p>&nbsp;</p><p>この本の中には30歳になったばかりの大滝詠一のインタビュー（写真）、そして松平 維秋、中村とうよう、相倉久人、石坂敬一などがミュージシャンの死について素晴らしい洞察で文章を寄稿しています。すべて故人・・40年の時の流れを感じます。</p><p>&nbsp;</p><p>そして、あとがきに『「70年代」に死したミュージシャンの特徴はハッキリしている。（中略）60年代、あるいはかつての自分をひきずっていたことだ。そしてその死に方は、決して美的ではない。暗い影がある。彼らの死は、意地悪い言い方をすれば、70年代を生き抜けなかったということだ。』そしてさらに『このことは、ミュージシャンに限ったことではない。ミュージシャンとともに生きてきた聴き手にもつながることであり、同時代を生きる人間すべてにつながることだ（中略）だが問題なのは「死ねない」ミュージシャン、そして「生まれてきたミュージシャン」、そして「死ねない」聴き手、「生まれてきた聴き手だ』とも・・</p><p>&nbsp;</p><p>1950年中頃に誕生した＜ROCK&gt;…プレスリー登場から65年、多くのロック・スターが生まれそして消えていきました。そして今＜ロックの世紀＞で最も中心的な役割を担っていたミュージシャン達、リスナー達そのものが消えようとしているそんな時代の始まりだと思うのです。</p><p>＜敬称略＞</p><p>..................................</p><p><b>&nbsp;</b></p><p><b>＜</b><b>60</b><b>年代終わりから</b><b>70</b><b>年代に死亡した主なミュージシャン＞</b></p><p>*以前この増刊「死者のカタログ」を元にUPされていたものに追加修正し資料として再掲載。区切りとして1967年～1979年、ロック系が中心。勿論このリスト以外にも多くのミュージシャンが…　</p><p>&nbsp;</p><p><b>＜1967</b><b>年＞</b></p><p>ジョン：コルトレーン(1926.9.23-1967.7.17：肝臓炎)　</p><p>＊ブライアン・エプスタイン(1934.9.19-1967.8.27：ドラッグ)　</p><p>ウディ・ガスリー(1912.7.14-1967.9.3：ハンチントン舞踏病)</p><p>オーティス・レディング（1941.9.9-1967.12.10：飛行機事故）</p><p><b>＜1968</b><b>年＞</b></p><p>フランキー・ライモン／The Teenagers（1942.9.30-1968.2.28：ドラック）　</p><p>ウェス・モンゴメリー（1925.3.6-1968.6.15：心臓障害）</p><p><b>＜1969</b><b>年＞</b></p><p>ジュディ・ガーランド（1922.6.10-1969.6.22：ドラック）</p><p>ショーティ・ロング（1940.5.20-1969.6.29：溺死）</p><p>ブライアン・ジョーンズ／The Rolling Stones（1942.2.28-1969.7.3：溺死）　</p><p>＊シャロン・テート（1943.1.24-1969.8.9 ：マンソン・ファミリーにより刺殺）</p><p>＊レナード・チェス／チェス・レコード社長(1917.3.12-1969.10.16：心臓麻痺)　</p><p>マジック・サム（1937.2.14-1969.12.1：心臓麻痺）</p><p>＊メレディス・ハンター／オルタモント-フェスの観客（1969.12.6：撲殺18歳）　</p><p><b>＜1970</b><b>年＞</b></p><p>ビリー・スチュワート（1937-1970.1.17：自動車事故）</p><p>ジェイムズ・シェパード（1935.9.24-1970.1.24：強盗殺人）</p><p>タミー・テレル(1945.4.29-1970.3.16：脳腫瘍)</p><p>アル・ウィルスン／Canned Heat（1943.7.4-1970.9.3：ドラック）　</p><p>ジミ・ヘンドリックス（1942.11.27-1970.9.18：窒息死）</p><p>ジャニス・ジョプリン（1943.1.19-1970.10.4：ドラック）</p><p>アルバート・アイラー（1936.7.13-1970.11.25：自殺）</p><p><b>＜1971</b><b>年＞</b></p><p>キング・カーティス（1934.2.7-1971.5.13：刺殺）</p><p>ジム・モリスン／The Doors（1943.12.8-1971.7.3：入浴中心臓麻痺）　</p><p>ルイ・アームストロング(1900.7.4-1971.7.6：心臓障害)</p><p>ジーン・ヴィンセント(1935.2.11-1971.10.12：潰瘍)</p><p>デュアン・オールマン／AAB（1946.11.20-1971.10.29：オートバイ事故）</p><p><b>＜1972</b><b>年＞</b></p><p>マヘリア・ジャクソン(1911.10.26-1972.1.27：心臓麻痺)</p><p>リー・モーガン(1938.7.10-1972.2.18：射殺)</p><p>レス・ハーヴェイ／Stone the Crows（1944.9.13-1972.5.3：感電死）　</p><p>ブライアン・コール／The Association（1942.9.8-1972.8.2：ドラック）</p><p>ベリー・オークリー／AAB（1948.4.4-1972.11.11：オートバイ事故）　</p><p>ダニー・ウィットン／Crazy Horse（1943.5.8-1972.11.18：ドラック）　　</p><p><b>＜1973</b><b>年＞</b></p><p>ロン・マッカーナン／Grateful Dead（1946.9.8-1973.3.8：肝硬変）</p><p>クラレンス・ホワイト／The Byrds（1944.6.6-1973.7.19：自動車事故）　</p><p>ポール・ウィリアムス／The Temptations（1939.7.2-1973.8.17：自殺）</p><p>グラム・パースンズ（1946.11.5-1973.9.19：ドラック）</p><p>ジム・クロウチ（1943.1.10-1973.9.20：飛行機事故）</p><p>ジョン・ロスティル／The Shadows（1942.6.16-1973.11.2：感電死）</p><p>ボビー・ダーリン（1936.5.14-1973.12.20：心臓障害）</p><p><b>＜1974</b><b>年＞</b></p><p>ヴィニー・テイラー／SHANANA（1949-1974.4.17：ドラック）</p><p>グレアム・ボンド（1937.10.28 -1974.5.8：自殺）</p><p>デューク・エリントン(1899.4.29-1974.5.24：癌)</p><p>キャス・エリオット／The Mamas &amp; the Papas（1941-9.13-1974.7.29：心臓病）</p><p>ビル・チェイス／Chase（1934.10.20-1974.8.9：飛行機事故）</p><p>他メンバーのウォーリー・ヤーン、ウォルト・クラーク、ジョン・エマも死亡</p><p>ロビー・マッキントッシュ／Average White Band（1950.5.6-1974.9.23：薬殺）</p><p>ニック・ドレイク（1948.6.19-1974.10.25：自殺）　</p><p><b>＜1975</b><b>年＞</b></p><p>T・ボーン・ウオーカー(191.5.28-1975.3.16 ：肺炎)</p><p>ピート・ハム ／Badfinger（1947.4.2-1975.4.27：自殺）</p><p>テイム・バックリー（1947.2.14-1975.6.29：ドラック）</p><p>アル・ジャクスン／Booker T.＆the MG's（1935.11.27-1975.10.1：射殺）</p><p><b>＜1976</b><b>年＞</b></p><p>ハウリン・ウルフ(1910.6.10-1976.1.10：手術合併症)</p><p>ゲイリー・テイン／Uriah Heep（1948-1976.3.19：ドラック）　</p><p>ポール・コゾフ／FREE（1950.9.14-1976.3.19：ドラック）</p><p>ダスター・ベネット（1946.923-1976.3.26：自動車事故）　</p><p>フィル・オクス（1940.12.19-1976.4.8：自殺）</p><p>キース・レルフ／The Yardbirds（1943.3.20-1976.5.12：自宅で感電死）</p><p>　</p><p>フィル・リード／Flo &amp; Eddie（1951-1976.11：転落死）</p><p>トミー・ボーリン（1951.8.1-1976.12.4：ドラック）　</p><p>フレディー・キング(1934.9.30-1976.12.28：心不全)</p><p><b>＜1977</b><b>年＞</b></p><p>スリーピー・ジョン・エスティス(1904.1.25-1977.6.15：脳梗塞)</p><p>エルヴィス・プレスリー（1935.1.8-1977.8.16：心臓麻痺）</p><p>マーク・ボラン／T. Rex（1947.5.8-1977.9.16：自動車事故）</p><p>ビング・クロスビー(1904.5.2-1977.10.14：心臓麻痺)</p><p>ロニー・ヴァン・ザント／Lynyrd Skynyrd (1948.1.15-1977.1020：飛行機事故）　　</p><p>スティーヴ・ゲインズ／Lynyrd Skynyrd (1949.9.14-1977.10.20：飛行機事故)　</p><p>キャシー・ゲインズ／Lynyrd Skynyrd (1948.1.9-1977.10.20：飛行機事故)　　</p><p>ローランド・カーク(1935.8.7-1977.12.5：脳卒中)　</p><p><b>＜1978</b><b>年＞</b></p><p>グレゴリー・ハバート／BS&amp;T（1947.5.19－1978.1.31：ドラック）</p><p>テリー・カス／Chicago1946.1.31-1978.1.24：ピストル事故）</p><p>リック・エヴァース／キャロル・キング元夫（1978.3.21：ドラック）　</p><p>サンディーデニー／Fairport Convention (1947.1.16-1978.4.24：脳内出血)</p><p>キース・ムーン／The WHO（1946.10.23-1978.9.7：ドラック）　</p><p>ジャック・ブレル(1929.4.8-1978.10.9：肺血栓)</p><p><b>＜1979</b><b>年＞</b></p><p>チャールズ・ミンガス(1922.4.22-1979.1.5：急性心筋梗塞)</p><p>ダニー・ハサウェイ(1945.10.1-1979.1.13：自殺)</p><p>シド・ヴィシャス／Sex Pistols (1957.5.10-1979.2.2：ドラッグ）　</p><p>ローウェル・ジョージ／Little Feat (1945.4.13-1979.6.29：ドラッグ）　</p><p>ミニー・リパートン(1947.11.8-1979.7.12：癌）　</p><p>&nbsp;</p><p>＜参考資料＞</p><p>70年代発売のニューミュージックマガジンのスクラップ・ブック</p><p>ニューミュージックマガジン年鑑</p><p>ニューミュージックマガジン1979年2月増刊号「死者のカタログ」</p>
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<pubDate>Thu, 07 Nov 2019 22:12:33 +0900</pubDate>
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<title>ビートルの幻影</title>
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<![CDATA[ <p><b>連載コラム10月<br><span style="font-size:1.4em;">気分はどうだい？ Vol .23</span></b></p><p><a href="http://smashwest.com/">http://smashwest.com/</a></p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20191001/17/grateful-130/82/d6/j/o0940045714604050700.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="301" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20191001/17/grateful-130/82/d6/j/o0940045714604050700.jpg" width="620"></a></p><p>&nbsp;</p><p>1969年10月、ビートルズ12作目のオリジナル・アルバム「アビイ・ロード」を大阪梅田にあったレコード店「LPコーナー」で購入。</p><p>&nbsp;</p><p>2019年9月27日、ビートルズ50周年記念エディション「アビイ・ロード」をタワーレコード梅田大阪マルビル店で購入。　</p><p>&nbsp;</p><p>50年もの時間の経過・・</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20191001/17/grateful-130/2c/42/j/o0960096014604051023.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="620" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20191001/17/grateful-130/2c/42/j/o0960096014604051023.jpg" width="620"></a></p><p><span style="font-size:0.83em;"><b>2019</b><b>年9</b><b>月27</b><b>日、タワーレコード梅田大阪マルビル店</b></span></p><p>&nbsp;</p><p>当時はミーハー感覚で大好きなグループが新譜を出したから即買っただけのことで、このアルバムも友人皆が買っていたわけでもないし・・さらにこのコラムにも以前書いたのですが1969年は前回書いたウッドストック・フェスのような大きなイベントがあり、むしろ関心はそういったフェスに出ているグループの方に有りました。大きく「ロック」が変化した年、ビートルズに変わる新しいスターグループ達が登場。そして現在いまだに名盤と呼ばれるレコードが多くリリースされた年。そのため今年は50周年ラッシュとなっています。</p><p>&nbsp;</p><p>この60年代最後の年のビートルズ、ライブ活動をやめたとはいえ彼らがリリースするレコードは世界中のミュージシャン達が注目し、別格としてその存在感は以前のままでした。特にロックの世界においては矢沢永吉がこの前のNHKのドキュメンタリーで言っていたように「全てはビートルズから始まった」わけで、まだ団塊の世代＝ビートルズ世代が中心の時代だったのです。</p><p>&nbsp;</p><p>どのくらいのビートルズを知らない若い連中がこの記念盤を買うかは知らないけれど、まー圧倒的に何らかの影響を受けたミュージシャンやリスナーが中心であることは明らかです。現在、神戸のラジオ関西でやっている番組でこのアルバムをかけるということで久しぶりに新譜としてのアナログ・レコードを購入したのですが多分自分で購入する最後のビートルズのレコードになると思います・・</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20191001/17/grateful-130/2a/5c/j/o0960096014604051329.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="620" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20191001/17/grateful-130/2a/5c/j/o0960096014604051329.jpg" width="620"></a></p><p><span style="font-size:0.83em;"><b>写真左が9</b><b>月27</b><b>日発売の2019</b><b>年記念エディション。右は局にある1969</b><b>年発売の放送用見本盤（東芝赤盤AP-8815</b><b>）</b></span></p><p>&nbsp;</p><p>2019ミックス、新たなアウトテイクが23曲といっても、もう既にブートで聴きまくった音源も多く、もちろん新しくミックスされた音的なことに反応する連中もいるわけですが、当時は音がいいとかドルビーだとか、そんな聴き方をしていたわけではなく、皮膚感覚だけで「かっこいい」ただそれだけだったと思います。今回も色々なところで評論家然とした連中がいつものようにトレビアぽいことや、重箱系の分析や解釈を書いています・・もちろん当時に書きつくされたというのもあるし、69年発売時点の時代の空気感を伝えるのはやはり難しいのです。そしていつも思うのですがこういったリイシュー企画物は映画のメイキングやリストアで再上映されている作品を見るような感覚です。現在の技術で再構築、クローン再生された商品（否定してるわけではなく）だと思うのです。現在亡くなったアーティストのフォログラム再生によるコンサートが行われ始めていますが、それが主流になりブームになるかもわかりません。</p><p>&nbsp;</p><p>日本においても美空ひばりや石原裕次郎などのファンだったリスナーや購買者がいなくなりつつある今・・ビートルズといえども最近は1995年のアンソロジー発売のようなメディアを巻き込んだ盛り上がりもなく、今日の話題としてニュースで若干触れられただけです。　</p><p>&nbsp;</p><p>ロックと呼ばれるカテゴリーは残るけれど時代が共有していた「ROCK」は消滅し、特に洋楽と言われるシーンはライブ（来日）においては勿論残るけれど、商品に関してはますますだめになるのではと思います。メインのターゲットだった団塊の世代のビートルズ（洋楽ロック）ファンもそれらから離れ（亡くなる）、時代の幻想と郷愁だけが残るような気がします。50年後の100周年、ビートルズは20世紀の音楽としてバッハやモーツァルトのように扱われるのかもしれません。　</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Tue, 01 Oct 2019 17:26:09 +0900</pubDate>
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