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<title>My Stupid Mouth</title>
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<description>不意に思いついたことや感じたことを素直に発信しようかと思っています。幸か不幸かあなたのアンテナに引っかかってしまったら遠慮なく絡んでください♪</description>
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<title>「考える」から「観察する」へ</title>
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<![CDATA[ 最近僕の身の回りの状況が変わってきた。<br><br>雰囲気が変わったというか、今までとは違う種類の大きな流れみたいなものを感じる。<br><br>それは何者かによるものなのか己の意思の力によるものなのかは定かではないが、<br>一つ自分の中で大きな変化があった。<br><br>今までは、何かが起こるたびに、そのことについて何か意味はあるのか、それが存在している理由は何だ、と言う風にすべてのことに対して自分の「考え」を持ち出し、それを持って気運をコントロールしようとしていた。<br><br>しかし最近この「考える」と言うのをいっさい止めて、自分の感情や思念を徹底して「観察する」ことにした。<br><br>非常に伝わりづらいが、これは何も考えない、何も感じないと言うことではない。<br><br>日常の生活は今までの人間通り、嬉しかったり、悲しかったり、イライラしたりしている。<br>そして善悪や美醜、優劣などはつけないという薄っぺらい善人然とした価値観の転換でもない。<br><br>すべてのものに存在するだけで価値があるのは認めるが、決して価値が同じわけではない。<br><br>好きとか嫌いとか、綺麗だとか汚いとか、素晴らしいとか糞だとかいう感情に一喜一憂している。<br><br>しかしそのことについて考えないと言うことである。<br><br>そのことについて自分の中の自分が完全なる観察者となって、なるべく漏らさぬように目撃しようとしている。<br><br>ただ川のように滔々と流れていく様を見つめている。<br><br><br>するとどうだろう。心の安定感が格段に増し、現世のことを現世で考え悩むという感覚から、<br>現世のことを一個上の次元から見ているような感覚になる。<br><br>そしてにわかに気運が上がりだし、物事が非常にスムースに流れていく。<br><br>あくまで自分の予想だが、自分の中の自分が「考える」ということを行うと、まるで川をさかのぼって泳ぐように、川の推進力をもろに受け止めて、苦しい思いをするのではないかという気がする。<br><br>ただ観察するという行為も考えるのと同じくらいの集中力を必要とする。<br>しかし至極自然な状態であることを認識できる。<br><br>これは川の流れに身を任せ自分の進むべき道に集中するということなのではなかろうか。<br><br>もちろん、あらゆる物事に偶然はないと思っている。例外なく。<br><br>しかし起こった、もしくは起こっている現象自体は、ただの事象である。<br>それ自体には何の意味も意思もない。<br><br>このニュアンスが伝わるだろうか。<br><br>いずれにせよ、この自分の中の自分が「考える」と言うことを止め、<br>ただ集中して「観察」すると言うことを騙されたと思って試してほしい。<br><br>うまくいくと自分でも信じられないスピードで物事が解決するかもしれない。<br><br>
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<pubDate>Thu, 14 Jun 2012 19:40:25 +0900</pubDate>
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<title>かっこいい背番号の法則</title>
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<![CDATA[ 団体競技のスポーツでは欠かせない背番号。<br><br>たかが番号と言ってしまえばそれまでですが、ファンはもちろんプレイしている本人たちもかなりのこだわりがある場合が多いです。<br><br>最近ではサッカー日本代表の本田選手が4番にして世間を驚かせましたね。<br><br>野球の場合FAの条件の中に、この番号を用意していますということがあります。それほど選手にとって背番号というのは大きな要素なのかもしれません。<br><br>たんなる番号なのにやはり人気・不人気があります。<br>それはラッキーナンバーかもしれないし、誕生日かもしれない。<br>しかし人気の番号というのは共通したある法則があります。<br><br>中学時代僕の所属していたバスケ部ではじゃんけんで背番号を決めていました。<br><br>僕は非常にベタですが7番を希望しました。が、やはりそこは一番人気でした…。<br>確か、4・5人の立候補者で争いましたが見事に負けてしまい、不本意ながら6番をつけました。<br><br>6の方が7より若いのに残っているという不人気ぶり。<br>不思議ですねー。<br><br>好みにもよると思いますが、基本的に数字というのは偶数より奇数の方がスタイリッシュな気がします。実際奇数の方が比較的人気があるのではないでしょうか。<br><br>そして一桁というのはやはり人気です。<br><br>プロ野球だと3・5・7あたりは特に人気なのではないでしょうか。<br>最近だとダルビッシュの11もかなりかっこいいですよね。<br><br>サッカーの場合結構ポジションに忠実なので、やはり点を獲るFWやMFの背番号が人気なのではないでしょうか。<br><br>11・13・17・19とかはサッカーの場合特に映えますよね。<br><br>そして伝説のバスケットプレイヤー、マイケル・ジョーダンの背番号である23。<br>やはり特別感がありますねー。<br><br>なぜかこの番号、バスケに限らず、野球やサッカーでも多く見られます。<br><br>ベッカムがレアル・マドリードにいたころの番号も23でした。<br><br>なぜこの23という番号に惹かれるんだろうと思いませんか？<br><br><b>実は、今挙げた背番号はすべて1以外で割り切れない数字。<br>つまり「素数」なんです。</b><br><br>割り切れないと言うことで、その数字の持つパワーが一段と強く感じられるのでしょうか。<br><br>厳密に言うと2も素数なんですが、偶数だし1+1という関係性があるのでちょっと違う気がします。<br><br>個人的には13が好きです。<br>なんとなくというのもあるし、なんか縁起悪いとされているけど、逆に相手から忌み嫌われ、恐れられるくらい良い仕事しそうじゃないですか（笑）<br><br>そしてとなりに12という世界で最も安定感のある数字があるにも関わらず、いきなりこの虚無感、と言っていいんでしょうか、このなんとも言えない太陽と月のような関係性が妙にお洒落に見えてくるんです。<br><br>こうやってみると数字と言うのはそれぞれ個性があり愛着が湧いてきます。<br>数字には意思すらあるのではないかと思ってしまいそうです。<br><br>みなさんは何番がお好き？？
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<link>https://ameblo.jp/greeneiji/entry-11267922775.html</link>
<pubDate>Sun, 03 Jun 2012 15:24:53 +0900</pubDate>
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<title>時間は存在するのか</title>
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<![CDATA[ 僕たちを取り巻く世界で揺るぎなく流れている「時間」<br><br>僕はこの「時」というものにものすごいロマンを感じてしまいます。<br><br>昔からタイムトラベルものの映画が大好きでした。<br>代表的な「Back to the future」を始め、「バタフライ・エフェクト」や「オーロラの彼方へ」なんかは特に好きです。<br><br>また普段から過去を懐かしみ、未来に思いを馳せるというような傾向があります。<br><br>しかし、ふとこの「時間」というのは、もともと宇宙に存在している「法則」なのか。<br><br>それとも単に私たち人間が生み出したひとつの「概念」なのか。<br><br>最近になってどうやら後者なのではないかと思い始めました。<br><br>時間というのはある地点とある地点があり、その二つの地点の関係性があって初めて存在できるのではないかと思います。<br><br>時というものはそれ自体が流れているのではなく、あくまで「比較的なものさし」なのではないでしょうか。<br><br>僕たちが目にしているこの世界は、つながりがあるものではなく、一枚一枚の写真のような映像が無限に近いコマ数で、しかも物質的な実感を伴ってまるで超高精細のアニメーションのように動いているのではないでしょうか。<br><br>人間の脳はたとえパラパラ漫画のようなものでもそのページとページの間を補完してつながっているかのように錯覚します。<br><br>実際、時間というのは一定に流れているようで、感じ方は曖昧だったりします。<br><br>例えば、何かに集中してたり、没頭してたり、好きなことをしていたりする時は時間の流れが早いですよね。<br>逆に苦痛を強いられている状況や、恐怖やストレスなどを感じていると時間というのは、ほんの10分でも恐ろしく長く感じます。<br><br>時間というのは非常に客観的な要素ですが、一方でこのようにかなり主観的でもあります。<br><br>このように、時間は何の制約も受けていないと思っていましたが、実は人間の意識というものが時間に作用しているのではないかと思いました。<br><br>また、「距離」というのが「時間」と密接な関係があります。<br><br>距離という概念がなければ、時間という概念も存在し得ません。<br><br>距離がない世界というのはすなわち、ネットワークというシステムです。<br><br>インターネットで例えると分かりやすいかもしれません。もちろん物理的な通信のタイムラグはありますが。<br><br>要するに1つ2つと数えられる限りあるものではなく、ひとつの全体的なシステムなので、どこへでも、いくつでも、一瞬で現れることができるのです。<br><br>そしてこの人間の意識というものこそ完全なるネットワークなんです。<br><br>その末端が私たち個々の身体です。<br>しかし意識は深いところですべてのものと繋がっています。<br><br>霊的な存在または高次元の自分（ハイヤーセルフ）というのはこのネットワークの一部なんです。<br><br>しかし決定的にインターネットと違い、理解に苦しむところがあります。<br>それはこのネットワークはそれぞれ「意思」を持っているということです。<br>感情もあるし、ミスもします。好き嫌いもあります。<br><br>僕たちも含めて、すべては「個」であると同時に「全的な存在」でもあるわけです。<br><br>話は若干逸れましたが、意識（思考）が時間を伴ったこの現実の映像に影響するとするならば、やはり「引き寄せの法則」や「思考は現実化する」というのは理にかなっているわけです。<br><br>たぶん今の時点での「未来」というか厳密に言うと「方向性」は決まっていると思います（というかそもそもこのネットワークには過去とか未来とか言う概念がありません）しかし意識（思考）に何か変化を加えると、その現在敷かれているレールの方向性が変化します。<br><br>これから投影される予定の準備されているスライドショーが差し替えられるわけです。<br><br>ただしこの世界は時間に支配されているので、その変化が如実に現れるのは大なり小なりタイムラグがあるわけです。<br><br>この続きの詳細はまた機会がありましたら書きたいと思います。
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<link>https://ameblo.jp/greeneiji/entry-11265334748.html</link>
<pubDate>Thu, 31 May 2012 15:33:05 +0900</pubDate>
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<title>こだわらない</title>
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<![CDATA[ 人生のすべてにおいて、どんな小さなことにでもこだわりを持って臨んできました。<br><br>それが自分というものを彩り、形作っていくものだと信じてきました。<br><br>しかしふと周りを見渡すとこの自分のこだわりがない人ほど、穏やかで幸せな人生を歩んでいるように思えてなりません。<br><br>自分がこだわりを持てば持つほど、人や物や状況が自分のもとから離れていくような感覚に陥ります。<br><br>いままでこだわりだと思っていたものは単なるエゴだったのかもしれません。<br><br>僕が強くこうありたいという思いを込めれば込めるほど、その思った方とは逆の方向に現実化が進みます。<br><br>思考と現実の間に何か方向を反転させるようなフィルターがかかっているような感覚に陥ります。<br><br>その正体こそこのエゴというものかもしれません。<br><br>今まで自分がないと思っていた人たちは、実はエゴがないというだけで、何か他のもっと大切なものを守っていたのかもしれません。<br><br>僕もこれからは細かい思考はスルーして、もっと流れに身を委ね、その中で真価が発揮できるように努めたいと思いました。<br><br>人生は出たとこ勝負の積み重ねかもしれません。
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<pubDate>Sun, 27 May 2012 19:22:58 +0900</pubDate>
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<title>John Mayer New Album &quot;Born and Raised&quot; レビュー</title>
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<![CDATA[ 前作「Battle Studies」から約2年半、待望の新作「Born and Raised」がリリースされましたね。<br><br>今作はボブディランにインスパイアされたということなんですが、全体的にアコギ主体でカントリー調です。ほのぼのした暖かい印象を受けました。<br><br>メロウな曲が多く、あまりキャッチーではなくなってしまったんですが、飽きること無くずっと聴いていられるし、むしろ彼のあのスモーキーな声がよりいっそう身体に染み渡るような、そんな渋い一枚です。<br><br>前作の「Who Says」のような絶対的な決め曲は無いですね。強いて言えばやはり「Shadow Days」でしょうか。しかし前作よりもアルバムをひとつの作品としてみたときに、とてもバランスがよく、深い世界観が広がっています。<br><br>個人的には特に好きなのは<br><br>「①Queen Of California」<br>アルバムの一曲目としては地味ですが、いい感じで力が抜けていて、それでいてフットワークが軽い感じが心地よくテンションをアップさせてくれます。<br><br>「③Shadow Days」<br>シングルカット曲なので、以前からラジオなどで何度も聴いたというのもあり、やはり一個頭抜けている感じです。いつのまにか口ずさんでしまっている「隠れキャッチー」な曲です。<br><br>「⑥Born And Raised」<br>これまたタイトルトラックとしてはかなり渋いですが、今までの彼のテイストと今作でのテイストが見事にマッチした曲だと思います。哀愁漂いまくりなのにポップです。<br><br>「⑧Love Is A Verb」<br>もしかしたらこのアルバムで一番好きになる可能性大です。なんでしょうこの突き抜けるようなピュアさは！ダイレクトに琴線を揺らします。<br><br>「⑩Whiskey, Whiskey, Whiskey」<br>全体的に言えることなんですが、こういう一見コテコテな曲のようで、John Mayer特有のスタイリッシュさというか都会的なスマートさが感じられます。<br><br>前作はどちらかというとちょっとひねくれたなーというか、どこか影のある印象を受けたのですが、今作は何かそのもやもやを突破して結果シンプルでピュアなところに行き着いたというような感じがします。<br><br>いよいよ彼も円熟期を迎えたのでしょうか。<br><br>来日したら絶対ライブ行きたいと思います！<br><br><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/B007MAETA8/ref=as_li_ss_sm_am_asin_tl?ie=UTF8&amp;tag=greeneiji-22&amp;linkCode=shr&amp;camp=1207&amp;creative=13007&amp;creativeASIN=B007MAETA8&amp;qid=1337948326&amp;ref_=sr_1_1&amp;sr=8-1"><img src="https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/61oAebkdxgL._SL160_.jpg"></a><br><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/B007MAETA8/ref=as_li_ss_sm_am_asin_tl?ie=UTF8&amp;tag=greeneiji-22&amp;linkCode=shr&amp;camp=1207&amp;creative=13007&amp;creativeASIN=B007MAETA8&amp;qid=1337948326&amp;ref_=sr_1_1&amp;sr=8-1">Born &amp; Raised</a><br>
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<pubDate>Fri, 25 May 2012 20:28:33 +0900</pubDate>
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<title>片付けられない人の思考パターン-その2の2【もったいないの捉え方・実践編】</title>
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<![CDATA[ さて、以前もったいないという言葉はあまり好きではないと言いましたが、認識を間違えなければとても有効な言葉だと思います。<br><br>今回は実際にどういう風に「もったいない」という言葉を判断基準に用いるかということを紹介したいと思います。<br><br style="font-family: yui-tmp;"><a title="" target="_blank" href="http://ameblo.jp/greeneiji/entry-11256882877.html">片付けられない人の思考パターン-その1</a>で説明した、スペースを存在として認めるということが出来れば、スペースにお金を払っているという認識が生まれます。<br><br>例えば家賃が10万円のアパートやマンションを借りているとします。<br><br>その中で部屋の面積（厳密に言うと高さも入れた体積）の3割を何らかの物が保管されているとしましょう。ベッドやソファや家電など毎日使う物はアクティブな（生きている）状態なので保管ではありません。<br><br>保管とは毎日もしくは定期的に使う物以外を置いておくものとします。<br><br>この場合単純に月々3万円をただ物を置いておくだけに払っているわけです。<br><br>それが例えまだ「使える」ものだとしてもアクティブではない物に3万円を毎月払い続けます。これは死に金です。<br><br>これが4割、5割となってきたらと考えたときに「ああ、もったいない」と思いませんか。<br><br>ひょっとしたら、場所があればやりたいヨガやストレッチ、絵が描きたい、友達を呼んで楽しいホームパーティなどなど、本当はもっと自分らしいことをしたいと願っているかもしれません。<br><br>こんな素晴らしいワクワクするようなことができる可能性を秘めた空間をただ物を置いておくということに譲ってしまっているんです。もったいない。<br><br>不要な物を減らせばこうしたアクティブな空間にお金を払うことが出来ます。これが生き金です。<br><br>しかも物が多いとその圧迫感から知らず知らずにストレスを感じています。<br>いや、自分は物に囲まれていた方が落ち着くんだという人も、おそらく無意識の部分ではストレスを感じています。<br><br>だから「何も無い」という空間もアクティブなんです。<br><br>この思考から抜け出せない人はたとえ100畳の部屋に住んでも同じ現象が起こると思います。<br>逆にこの思考から抜け出した人は四畳半でもスッキリしていて心地良い空間を作り上げていると思います。<br>これは大げさではありません。<br><br>部屋というのはその人の心を明確に表します。<br><br>「もったいない」という言葉を気分や感情で使うと、ドツボにハマってしまうかもしれません。
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<pubDate>Thu, 24 May 2012 22:18:19 +0900</pubDate>
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<title>サッカー日本代表いい感じ</title>
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<![CDATA[ 今日のサッカー日本代表のアゼルバイジャン戦、良い形でゴールを決めたし、失点も0で抑えたし、予選本番前としては及第点じゃないかと思いました。<br><br>最近のサッカーは4-2-3-1というワントップが主流になりつつありますが、このフォーメーションは今の日本代表にとてもマッチしていると思います。<br><br>一昔前の日本代表はとにかく前線と最終ラインの距離を縮めて、ひたすらゾーンプレスという印象が強かったのですが、ザックジャパンになってからピッチをもっと広く使おうという意識が感じられます。<br><br>もちろん今でも近い距離感でのパスワークは健在で、むしろ前よりも精度とスピードが上がってきて見ていて気持ちいいです。<br><br>ピッチを広く使うということは、必然的に一対一という状況が生まれやすく、長友や香川のような日本代表が誇る世界でも屈指のスピードスター達を有効に使えるということではないでしょうか。（個人的にはFC東京の石川を右サイドで使いたいという思いがあります）<br><br>そして日本の永遠の課題であるFWの得点力不足ですが、無理にFWの仕事は点を取ることだとプレッシャーに思わない方が良いんじゃないかと思います。二列目の選手の方がまだ点を取ることだけが仕事ではないので伸び伸びプレイしていて逆に得点力が増しているような印象を受けます。<br><br>今の日本代表のFWに必要なのは得点力よりも、本田のような確実にボールが収まる身体の強さと、岡崎のような献身性を兼ね備えたポストプレイヤーではないかと思います。<br><br>献身的というのは守備の意識が高くゴールに対して消極的という意味ではなく、チームのために身体を張りエゴが無いということだと思います。攻撃に対しての積極性は忘れてはいけません。<br><br>極端に言えば屈強なボランチ的な選手がただ単に一番前にいるという感覚の方がいいのではないでしょうか。今の日本代表には決める力を持っている選手が他にたくさんいます。<br><br>ミドルシュートも一昔前のすぐふかすJリーグシュートではなく、しっかりと抑えの利いた強烈なシュートが打てるようになってきています。長谷部のミドルには毎回唸ります。<br><br>なのでFW・トップ下・ボランチの一人（もう一人は遠藤のようなゲームを作れる人）のセンターラインは身体の強い選手で軸をしっかり作り、サイドのスピードを生かすというような、<br><br>「役割はシンプルに、そして動きは流動的でファンタスティックに」<br><br>というスタイルが良いような気がします。<br><br>しかし日本代表のプレイはお洒落になりましたよね。昔は松井大輔がかなり洒落てるなーと思っていましたが、今はなんか全体的にスマートです。<br><br>点が入らなくても充分楽しめるようになってきましたね。<br><br>これからも応援しています！<br><br><br><a target="_blank" href="http://yukan-news.ameba.jp/20120523-650/"><b><i>香川と岡崎のゴールで日本が完封勝利…宮市がA代表デビュー</i></b></a><br><i>　日本代表は23日、キリンチャレンジカップ2012でアゼルバイジャン代表と激突し、2－0で勝利した。..........</i><i><a target="_blank" href="http://yukan-news.ameba.jp/20120523-650/">≪続きを読む≫</a></i><div align="right"><a href="http://yukan-news.ameba.jp/" target="_blank"><i>[アメーバニュース]</i></a></div><br>
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<link>https://ameblo.jp/greeneiji/entry-11258800238.html</link>
<pubDate>Wed, 23 May 2012 21:33:51 +0900</pubDate>
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<title>片付けられない人の思考パターン-その2【もったいないの捉え方・基本編】</title>
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<![CDATA[ 日本人の美徳とされている「もったいない」という感情。<br><br>僕はあまりこの言葉が好きではありません。<br><br>なぜかというと、「もったいない」という言葉自体には何の感情もありませんが、その表現の使われ方が少々歪んできているからです。<br><br>例えばあなたはまだ使えるものを捨てるとき、どう感じるでしょうか？<br><br>もしかしたら、もったいないという思いが浮かぶかもしれません。<br><br>しかしこれは本来のもったいないという言葉の意味合いとは違います。<br><br>僕が考える本来のもったいないとは、<br><br>例えば…<br><span style="font-size: 14px;"><b><br>・優れた能力や才能があるにも関わらず、それを活かしていない。もったいない。</b></span><br>能力や才能というのは数や容量のような限りがあるものではなく恒常的に存在しているものです。しかし能力や才能というのは使われて初めて生きるものです。それが本来の姿です。そうしないのはもったいない。<br><br><b></b><span style="font-size: 14px;"><b>・こんな綺麗ですてきな奥さんは私にはもったいない。</b></span><br>この例は、捉え方によっては誤解を招くかもしれませんが、この人は私にはもったいないからと言って断っている訳ではありません。私にはもったいないということで奥さんに最上級の賛美と感謝を表しているんです。こういうへりくだり方が本当の日本人の美徳ではないのでしょうか。<br><br><b></b><span style="font-size: 14px;"><b>・一つで良いのに二つも買ってしまった。もったいない。</b></span><br>一つで事足りるということは、二つ目の価値は同じものなのにも関わらず「死んで」しまっています。価値というのは絶対的なものではなく、その状況や条件で0にも100にもなるんです。この場合は殺さなくても良かった価値をみすみす殺してしまったことにもったいないと言っている訳です。<br><br>このように「もったいない」という言葉は生かすべきものに対して、あるいは他者を生かすために使う言葉です。<br><br>しかしまだ使えるのに捨てるのはもったいないと言いますが、もしその物はこれから使うことは無いとしたら、「使える」からとっておくということは果たして生かしているということになるのでしょうか。<br><br>「使わない」ということはその時点でその物の価値は0になっているんです。<br><br>これが僕の考える「もったいない」に対する基本的な考え方です。<br><br>少々長くなってしまったので、続きは次回にしたいと思います。
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<pubDate>Tue, 22 May 2012 21:35:27 +0900</pubDate>
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<title>片付けられない人の思考パターン-その1【スペースの捉え方】</title>
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<![CDATA[ <p><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20120521/20/greeneiji/a4/78/j/o0800019711985859908.jpg"><img id="1337598742258" ratio="4.060913705583756" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20120521/20/greeneiji/a4/78/j/o0800019711985859908.jpg" style="width: 400px; height: 98.5px; border: medium none;" alt="SPACE"></a></p><p><br>みなさんはお片づけは得意でしょうか？<br></p><br>結構苦手という方が多いのではないでしょうか。<br><br>実際僕も昔は片付けるのが苦手でした。<br>部屋には常に物があふれ、物の中に埋まるようにして生活をしていました（笑）<br><br>しかし空間に対する考え方が変わるとがらりと部屋の様子も変わりました。<br><br>何の苦労や訓練も必要ありません。<br><br>僕は今までグラフィックデザインに携わってきたのですが、その中で学んだことがとても重要なヒントを与えてくれました。<br><br>ほとんどのデザインの中で、その善し悪しを決するのはスペース（余白）をどれだけうまく使えているかということです。<br><br>僕は今まで、要素と要素の間に生じた隙間をスペースだと思っていました。<br>しかしそれではあれも入れたいこれも入れたいとなって、非常に散漫なものになってしまいます。<br><br>そうではなくて、スペースとスペースの間に要素があるといっても過言ではありません。<br><br><b style="color: rgb(0, 0, 0);"></b><span style="font-size: 12px;"><b style="color: rgb(0, 0, 0);"></b></span><span style="font-size: 14px;"><b>スペースを存在として認めるということは、全体の調和を考えるということです。</b></span><br style="color: rgb(255, 130, 115);"><br>たまたま空いたからスペースなのではなくて、そのデザインや内容によってそれぞれ心地良い余白の取り方があり、それを無視するとなんだか気持ち悪さが残ります。<br><br>スペースが全体を支配しているのです。<br><br>部屋にも全く同じことが言えます。<br><br>まず全体の調和を考え、ゆったりとした充分なスペースを取るように計画します。<br><br>最初は空いてるということに「もったいない」という感情が生まれてしまうかもしれませんが、それは間違った感情です。（このことについては次回詳しく説明しようかと思っています）<br><br>そうすると自分にとって本当に必要なものや、断捨離的に言うとときめくものがはっきりと見えてきます。<br><br>ここまでくると今度は買い物をするときにも変化が生まれます。<br>今まではその時の感情で、女性は特に「かわいい」というスイッチが入ってしまったら、後先考えず買ってしまって、部屋に戻ってからこれどこおくねんと後悔してしまうケースが多々あると思うんです。<br><br>しかし常に部屋全体の調和を考えていると、一時は欲しいと思っても、「いや、これはいらないな」と踏みとどまることができます。慣れてくるとそのようなものは欲しいとも思わなくなります。<br><br>特に物があふれている現代の日本では、スペースというのはどんな物よりも、贅沢で豊かなものなんです。
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<link>https://ameblo.jp/greeneiji/entry-11256882877.html</link>
<pubDate>Mon, 21 May 2012 19:09:30 +0900</pubDate>
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<title>キャンバスCD日本人アーティスト第一弾</title>
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<![CDATA[ 最近キャンバスCDという50cm×50cmの大きなジャケットのCDがヨーロッパで話題らしいのですが、なんとその日本人アーティスト第一弾がhideらしいんです。<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20120521/00/greeneiji/c9/e1/j/o0450045011984430462.jpg"><img id="1337527728959" ratio="1" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20120521/00/greeneiji/c9/e1/j/o0450045011984430462.jpg" style="width: 403px; height: 403px; border: medium none;"></a><br><a href="http://blog.ameba.jp/ucs/entry/srventryinsertinput.do#" class="thum"></a><br>価格は16,800円！これまた大きく出ましたねー。3枚組ですが。<br><br>というかまだ出すんかい！と思いましたが、逆に没後10年以上経って出してもまだ売れるというのはすごいですね。並大抵のカリスマ性じゃありません。<br><br>実は僕は中学時代からhideの大ファンです。<br><br>hideに影響され高校に入りギターを始めhideのコピーバンドをやっていました。<br><br>ファッションも思いっきり影響されてやたら蛍光色を好んで着ていましたね。<br><br>いやー懐かしい。。<br><br><br>話をキャンバスCDに戻しますが、<br><br>今はインターネットでの音楽配信がものすごい勢いで隆盛し、CDが全然売れない時代です。<br><br>単なる音を記録しておくメディアとしての役割は終わりつつあります。<br><br>やはり予想していた通り二極化が進んできましたね。<br><br>CDをアートワークやコレクション、または高級感などの付加価値をつけ、音楽そのものというよりはモノとしての価値を売っていこうという流れになってきました。<br><br>僕個人としてはもともとCDをアートワークを含めたモノとしての価値を感じていたので、未だにCDを買う派なんですが、もはや今の若い人たちとは感覚が大きくずれてきたのかもしれません。<br><br>これからはCDに限らず、本やその他印刷物は、そのモノ自体としての価値が充分にないと売れないというところに来てしまいました。<br><br>そうするとどうしても価格は上がってしまいます。<br><br>だけど、それで良いと思います。<br><br>本当に好きな人だけが買ってくれて、愛してくれます。<br><br>聴き飽きたからといってその辺の中古CDショップに二束三文で叩き売られることも無いでしょう。<br><br>ちなみにhideは今でも現役バリバリで聴いています。<br>全く時代を感じさせません。<br>
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<pubDate>Sun, 20 May 2012 23:50:56 +0900</pubDate>
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