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<title>翻訳のこころ</title>
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<description>フリートランスレーターの日々感じたことなど</description>
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<title>ホームランと性的絶頂</title>
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<![CDATA[ <p>先日、大谷選手がホームランを打った際、エンジェルス球団がこんなツイートをのせた。</p><p>&nbsp;</p><p>さようなら<img alt="飛行機" draggable="false" height="24" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/381.png" width="24"></p><p>&nbsp;</p><p>絵文字の部分は飛行機じゃなくてロケットだったけれど、なんとく言わんとしていることはわかると思う。</p><p>&nbsp;</p><p>このツイートを見てたぶん多くの日本人は？？と思ったに違いない。だって大谷選手が打ったのは別にサヨナラ本塁打ではなかったから。</p><p>&nbsp;</p><p>アメリカ人のアナウンサーはホームランが出ると、"Good bye!", "See ya!", "Out of here!"など、それぞれ決まり文句がある。バリエーションは違うけど、ニュアンスは似ている。つまり「さようなら」はこうした表現を直訳しただけであり、この事を知らないと、上記ツイートを見ても一瞬何のことかわからない（と思う）。</p><p>&nbsp;</p><p>面白いのは、打者がホームランを打った場合、日本のアナウンサーは「<b style="font-weight:bold;">入ったあ</b>（the ball goes&nbsp;<b style="font-weight:bold;"><u style="text-decoration:underline;">into</u></b> the bleachers)と言うのに対して、アメリカ人は「<b style="font-weight:bold;">出たあ</b>（the ball goes <b style="font-weight:bold;"><u style="text-decoration:underline;">out of</u></b> the ballpark）」と言う点。つまり表現がまったく逆。</p><p>&nbsp;</p><p>で、察しのいい人はもう気づいていると思うけれど、性的絶頂の表現では、この関係がさらに逆になる。つまり、あの瞬間、日本語では「いくぅ」と叫ぶのに対し、英語では「Come（来る）」となる。日本語と英語って、どこまで真逆なんだよ、って思う今日この頃でした。</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20230412/13/greenstones2021/af/3c/p/o0399058215269163213.png"><img alt="" contenteditable="inherit" height="321" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20230412/13/greenstones2021/af/3c/p/o0399058215269163213.png" width="220"></a></p>
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<link>https://ameblo.jp/greenstones2021/entry-12798175481.html</link>
<pubDate>Wed, 12 Apr 2023 13:10:05 +0900</pubDate>
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<title>「太陽にほえろ」vs. 「ヒルストリートブルース」</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20230410/13/greenstones2021/b4/1c/p/o0590044115268189180.png"><img alt="" contenteditable="inherit" height="172" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20230410/13/greenstones2021/b4/1c/p/o0590044115268189180.png" width="230"></a></p><p>一時期、『ヒルストリートブルース』に夢中になっていた時期があった。</p><p>&nbsp;このヒルストリート署を舞台とした米国の刑事ドラマは、当時、フジテレビの深夜放送の他に、地元ケーブル局（CATV)でも再放送をやっていた。時間帯が遅いのでビデオ録画して後で観たことも多い。1989年～90年頃の話。</p><p>&nbsp;</p><p>このドラマで何より面白いのは個性豊かなキャラクターだ。酒癖が悪く女たらしのラルー刑事、ワイルドで短気だけれどどこかコミカルなベルガー巡査部長など、一癖も二癖もある人間ばかり。比較的まともなのは署長のフランク・フリオ（写真）とガールフレンドであり超美人のジョイス・ダベンポート弁護士だけれど、一見切れ者でエリートっぽく見えるフランク署長にも前妻という弱点がある。この前妻がわがままで頻繁に署にやってきてはお決まりのように愚痴をこぼしたりする（要するに結婚生活は上手くいっていなかった）。どのキャラも人間臭い。放送開始の年（1981年）に当時の記録であるエミー賞を8個取ったのもうなずける。</p><p>&nbsp;</p><p>これほどレジェンド的にアメリカでは評価されていたにもかかわらず、日本ではほとんど話題になっていなかったように思う。不思議だった。少なくとも子供の頃に見た『ショーグン』とか『ルーツ』といった作品と比べたら注目度はけた違いに低かった。深夜枠でしか放映しなかったことがそれを如実に語っている。おそらく登場人物が多すぎで、しかもドラッグとか人種差別とかアメリカ特有の問題を扱っていたから、日本の視聴者がいまひとつ感情移入できなかったのかもしれない。</p><p>&nbsp;</p><p>この圧倒的なリアリズムと隠し味的なコミカルさを兼ね備えた『ヒルストリートブルース』を見てしまうと、それまで見ていた日本の刑事ドラマが色あせてしまう。</p><p>&nbsp;</p><p>たとえば『太陽にほえろ』。</p><p>&nbsp;</p><p>アクションが派手だし、人気の若手俳優が出ていたりして、当時子供だった自分にも十分わかり易かった。人間ドラマも描かれていた。けれども『ヒルストリート』のような深みとリアリティが感じられない。特にアメリカで暮らすようになって思ったのは、年間の銃による死亡者が国全体で一桁程度の国で（それはそれで世界に誇るべきだと思うけど）、毎回銃撃戦が起こることの非現実さ。見ていた当時は、年齢的に幼かったし、そんなことは全く考えなかったけれど。</p><p>&nbsp;</p><p>『太陽に』に限らず、日本の刑事ドラマに登場する刑事は、憧れの存在であり、スーパーヒーローでもある。ボスは堂々として重厚感があり、山さんは常に冷静沈着、殿下は清潔感あふれた紳士、といった具合。そういった面ではウルトラシリーズや戦隊ヒーローものとあまり変わらない（余談だけど、ウルトラセブンや仮面ライダーの脚本家として有名な市川森一氏は、『太陽に』の脚本も手掛けている）。ボスが家庭問題で悩んでいるとか、山さんがアル中になりかけているとか、殿下が男尊女卑的な面を持っているとか、そんなことはありえないし、もし脚本家がそうした「斬新な」アイディアを出したとしても、恐らく制作側から却下されていただろう。ヒーローは弱点を見せてはいけないのだ。結果、極端な言い方をすれば、キャラクターはステレオタイプ的となる。かつて裕次郎や小林旭が活躍した日活アクション映画路線と同じようなメンタリティーと言えるかもしれない（またまた余談だけど『太陽に』は、石原裕次郎が出演した初めてのテレビドラマ）。</p><p>&nbsp;</p><p>一方、『ヒルストリート』の人間描写は実に細かい。刑事ドラマなので、お決まりのような犯人の追っかけや銃撃シーンもあるけけれど、それらのドラマ上の優先順位は低く、刺身のつま程度。あくまで重点は登場人物の心理的葛藤や社会問題の矛盾みたいな方向に向けられている。また演出もリアリスティックだ。例えば夏ならば特殊部隊の制服の背中はいつも汗で濡れていたりする。それがアメリカではウケた。自分が渡米した当時に出会ったブラジル人も『ヒルストリート』は好きだと言っていたから、恐らく世界でもたくさんの人が観ていたと思われる。つまりそれまでの刑事ドラマ、というよりテレビドラマの固定観念を打ち砕いたのが『ヒルストリート』であり、その結果がエミー賞の８冠だった。自分も夢中になった。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/greenstones2021/entry-12798005791.html</link>
<pubDate>Tue, 11 Apr 2023 13:10:55 +0900</pubDate>
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<title>MAY WAY／マイウエイ</title>
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<![CDATA[ <p>中学の時に「マイウエイ」という映画をテレビで観た。</p><p>以来、この有名過ぎるスタンダード曲について気になっていることがあった。</p><p>それはサビの部分「I did it my way」の中に出てくる itである。</p><p><span style="font-size:0.83em;">（この曲はシナトラの代表曲になっているけど作詞がポール・アンカであることを知ったのはつい最近。曲自体はフランスのシャンソンが元になっていて、アンカはシナトラのために新たに作詞したという）</span></p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220622/11/greenstones2021/a8/8f/j/o0511051615136556106.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="222" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220622/11/greenstones2021/a8/8f/j/o0511051615136556106.jpg" width="220"></a></p><p>一番目は次のようになってる。</p><p>&nbsp;</p><p>And now, the end is near<br>And so I face the final curtain<br>My friend, I'll say it clear<br>I'll state my case, of which I'm certain<br><br>I've lived a life that's full<br>I've traveled each and every highway<br>And more, much more than this<br>I did it my way</p><p>&nbsp;</p><p>訳詞としては布施明の「マイウェイ」が有名。一番はこんな感じ。</p><p>&nbsp;</p><p>今船出が</p><p>近づくこの時に&nbsp;</p><p>ふとたたずみ</p><p>私は振りかえる&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>遠く旅して</p><p>歩いた若い日を&nbsp;</p><p>すべては心の</p><p>決めたままに<br>&nbsp;</p><p>＊＊＊</p><p>&nbsp;</p><p>ご覧のように、原曲には「船出」も「旅」も、「若い日」もない。</p><p>つまり布施バージョンは訳詞というより、雰囲気だけを残して完全に別の詩になっている。</p><p><br>「詩」を完璧に別の言語に置き換えるのは不可能なので、それはいいのだけれど、一つ気になっていたのは、曲のタイトルを「マイウェイ」としながら、歌詞の中に、「マイウェイ」というフレーズが一度も出てこないこと。布施バージョンでは、「I did it may way」が「心の決めたままに」になっている。どこかしっくりこない。</p><p>&nbsp;</p><p>そこで他の人はどのように訳しているか検索してみた。</p><p>「いつも私のやり方で」（岩谷時子訳、別名「尾崎紀世彦バージョン」）</p><p>「私の道を歩んだ」</p><p>「わたしの道を生きてきた」</p><p>…</p><p>実にいろんな訳があった。</p><p>全く同じ訳がないということは、それだけ訳が困難であることを示している。</p><p>きっとこのサビのフレーズ「I did it my way」は訳者泣かせなのではないかと想像した。</p><p>&nbsp;</p><p>そもそもI did it my wayの中の「it」って何？</p><p>&nbsp;</p><p>「私の道を歩んだ」という意味なら、I followed&nbsp;my own way (path) などといったように、「道」を目的語とした表現になるはず。しかしながらそれだと目的語であるitが不要になってしまう。</p><p>&nbsp;</p><p>そこではたと気がついた。</p><p>「My way」を「わが道」（目的語）とするのが問題なのでは？</p><p>&nbsp;</p><p>結論を先に言います。</p><p><span style="font-size:1.4em;"><b style="font-weight:bold;">My wayは「わが道」でなかった。</b></span></p><p>wayは「道」ではなく「方法・手段」。つまりMay wayとは「自分のやり方」だった（岩谷時子訳が原曲に最も近い）。</p><p><br>文法的な話をすれば、my wayとは名詞ではなくて、didにかかる副詞的用法ということになる。そしてitは、自分の過去全般（＝人生）を指す「it」。</p><p>I did it（[人生を]やり遂げた）→どのように？→my way（自分のやり方で）</p><p>&nbsp;</p><p>やっと長年の疑問が氷解した。</p><p>&nbsp;</p><p>この曲を一言で言い表せば</p><p>&nbsp;</p><p>「これまで人生いろんなことがあったけれど、自分のやり方を貫いた。だから後悔はない」</p><p>&nbsp;</p><p>という意味。それがポール・アンカが書いて、シナトラに歌って欲しかった内容。</p><p>&nbsp;</p><p>次回（もし体力と時間があれば）は、自分なりの訳に挑戦してみようと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><blockquote><p>&nbsp;</p></blockquote>
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<link>https://ameblo.jp/greenstones2021/entry-12749459497.html</link>
<pubDate>Tue, 21 Jun 2022 14:40:14 +0900</pubDate>
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<title>OlympicとOlympicsの違い</title>
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<![CDATA[ <p>北京冬季オリンピックが始まった。</p><p>&nbsp;</p><p>大学時代、スキーに打ち込んでいた身としては何歳になっても冬季五輪は気になる。</p><p><a href="https://www.nikkei.com/article/DGXZQOKC061110W2A200C2000000/" rel="noopener noreferrer" target="_blank">日経の記事</a>によると、米NBCの開会式のviewwrsip（視聴者数）が、低かった平昌よりもさらに半減したとのこと。要するに超不人気。</p><p>&nbsp;</p><p>原因としては、まず時差１０～１３時間という時差。SNSの普及でテレビ自体を観る人が減っていることもある。それに外交的ボイコットを含む政治的問題もある。けれど不人気の最大の原因は、「ロケーション」のような気がする。</p><p>&nbsp;</p><p>そもそも北京でやることに無理があった。</p><p>&nbsp;</p><p>夏季五輪と違い、冬季五輪の魅力の一つは風光明媚な雪景色の中で行われることだと思う。つまり「Winter wanderland」。だから歴代の開催地はスキーリゾート地が多かった。</p><p>&nbsp;</p><p>それが平昌で怪しくなり、北京に至ってはリゾート気分はゼロ。要するにカネの力で強引に勝ち取ったようなもの。気温は低いものの積雪がほとんどない。だからスキー場の雪はほぼすべて人工雪だし、滑るコースもスキー場ではなくて五輪のために作った「特設会場」。フリースタイルスキーの<a href="https://www.sakigake.jp/news/article/20220207CO0031/" rel="noopener noreferrer" target="_blank">ビッグエア会場</a>は、製鉄所跡地に作られていて人工感万歳。</p><p>&nbsp;</p><p>屋内競技であるスケートは競技的側面が強いけれど、大自然の中で行われるスキーやスノボは一種の文化。どちらかというとサーフィンに近い。そうしたウィンタースポーツ文化を持たない土地で、お金と政治力で強引に作られた冬季オリンピックに米国の人々があまり関心を抱かないのもうなずけるというものだ。</p><p>&nbsp;</p><p>前置きが長くなりました。</p><p>&nbsp;</p><p>さてOlympicとOlympicsの違い。結論からいうと、前者は形容詞で後者が名詞。</p><p>けれども、日本では「オリンピック」と名詞として使われているので、英語で言う場合も、ついBeijin Olympicと言ってしまう。でもこれは間違い。正式にはBeijin OlympicsまたはBeijin Olympic Games（常に複数形である点に注意）と言わなければならない。</p><p><br>Beijin Olympicと言うと、日本人ならわからなくても、英語のネイティブスピーカーはすぐに「なんか変だな」とわかる。英語は面倒くさいですね。</p><p>&nbsp;</p><p>同じ問題に「ホームレス」がある。</p><p>&nbsp;</p><p>日本語で「ホームレス」というと「路上生活者」、つまり名詞として使われている。</p><p>だから英語でもつい、「He is a homeless」と言ったりする。もちろんこれは文法上間違いで、正しくは、</p><p>&nbsp;</p><p>He is homeless.　または</p><p>Hei is a homeless man.</p><p>&nbsp;</p><p>と言わなくてはならない。ご参考まで。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/greenstones2021/entry-12725544655.html</link>
<pubDate>Mon, 07 Feb 2022 12:17:49 +0900</pubDate>
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<title>The Bad News Bears (がんばれベアーズ）１</title>
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<![CDATA[ <p><span style="font-size:1em;">先日テレビで映画『がんばれベアーズ』を観た。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1em;">といってもオリジナルではなくて、第3作目の『がんばれ!ベアーズ大旋風 -日本遠征』（The Bad News Bears Go to Japan）。</span></p><p>&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220622/12/greenstones2021/69/fd/j/o0981074215136585945.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="318" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220622/12/greenstones2021/69/fd/j/o0981074215136585945.jpg" width="420"></a></p><p style="text-align: center;">&nbsp;</p><p><span style="font-size:1em;">部分的には見たことあるけれど、全編通して観たのは恐らく初めて。一応ベアーズが日本の少年野球と試合するのが最大の見せ場なのだけれど、ストーリーとはあまり関係のない日本とのカルチャーギャップをネタにしたドタバタ劇が繰り返され、肝心の野球のシーン、または野球に関係するシーンが極端に少ない。しかも日本語のセリフに全く英語字幕が入らないから（自分が観たのはアメリカのケーブルテレビです）、アメリカ人には何がなんやら訳わからないと思う。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1em;">その結果、同作品は</span>&nbsp;めだたくBad Cinema Societyによる<span style="font-size:1em;">最低映画賞を受賞した。</span></p><p>&nbsp;</p><p>かように映画としては最低なんだけれど、1970年代後半の日本を知る自分としてはアントニオ猪木が本人役で出たり、萩本欽一司会の家族対抗歌合戦の収録風景が出てきたりと、それなりに楽しめた。でもこれは映画の内容とは関係のない、感傷もまじった個人的感想。映画の出来映えからみたら、明らかにBADで、そこは議論の余地なし。</p><p>&nbsp;</p><p>それに比べたら、第一作の「The Bard News Bears」は本当によくできた作品だと思う。まず主役のWalter Matthauと&nbsp;Tatum O'Nealの演技が秀逸。脚本もいい。ビゼーのカルメンを使った音楽は言うまでもない。野球やコメディーというジャンルを超えて、映画として完成度が高いと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>この第3作「日本遠征」では、第1作目と同じ脚本家が担当しており（ただし監督は異なる）、どうしてここまでひどくなってしまったのかは不思議。想像だけれど、日本で撮影をしてゆく中で、かなり脚本に変更が加えられたのではないか。例えば家族対抗歌合戦で若山富三郎がしぶしぶ黒田節を歌うシーンがあるのだけれど、アメリカ人の脚本家が「黒田節」を知っていたとは考えにくいので、これなどもロケをしてゆく中で加えられたエピソードだと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>長くなってしまったので、この辺で。</p>
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<link>https://ameblo.jp/greenstones2021/entry-12692820844.html</link>
<pubDate>Wed, 18 Aug 2021 08:08:48 +0900</pubDate>
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<title>「よろしくお願いします」って英語で何ていうの？</title>
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<![CDATA[ <p>「<a href="https://eikaiwa.dmm.com/uknow/" rel="noopener noreferrer" target="_blank">DMM英会話なんてuKnow?</a>」というウエブサイトがある。</p><p>一般の人からの英語表現に関する質問にプロの翻訳者や通訳者が答えるサイトで、単語や熟語ではなく、「日本語表現」に対する英訳を教えてくれるところがミソ。回答者には英語のネイティブスピーカーも少なくなく、プロの端くれである自分も勉強させてもらっている。さて、</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;"><span style="font-weight:bold;">よろしくお願いします</span></span></p><p>&nbsp;</p><p>この言葉ほど日常的によく使われていながら、ぴったりの英訳がないものはない。</p><p>もちろん直訳は不可。</p><p>そこで状況に応じて意訳するのだけれど、これがなかなかむつかしい。一般的には、</p><p>&nbsp;</p><p>Thank you very much in advance.</p><p>I look foward to ～ing...</p><p>&nbsp;</p><p>などとするのだけれど、どれもしっくりこない。</p><p>なぜか？これらの英訳では意図は伝わるけれど、日本語の「よろしくお願いします」に込められた微妙なニュアンスが再現できないからだ。</p><p>例えば、ビジネスの世界では「I look foward to seeing you」とか便宜的に使われているけれど、これは「お会いできるのを楽しみにしております」というだけで、（忙しいいなか会ってくれる）相手に対する<span style="font-style:italic;"><span style="font-weight:bold;">感謝の念</span></span>みたいなものはない。また、「へりくだった態度」も感じられない。</p><p>&nbsp;</p><p>こういう時に翻訳（通訳）の限界を感じる。</p><p><br>なぜこのようなことが起こるかと言えば、やはり言語と文化が密接につながっているからだと思う。尊敬語、謙譲語、丁寧語を使い分ける日本語のデリケートさに対する理解なくして、この言葉を非日本語圏の人に伝えることは難しい。</p><p>&nbsp;</p><p>個人的には、「よろしくお願いします」に含まれた感謝の念を伝えるには、"thank you"よりも"appreciate"を使った方がベターのように思う。</p>
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<link>https://ameblo.jp/greenstones2021/entry-12683051940.html</link>
<pubDate>Sun, 27 Jun 2021 11:10:04 +0900</pubDate>
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<title>Reviewについて</title>
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<![CDATA[ <p>翻訳していると、たまに簡単だけれど「ぴったりする訳」が難しい単語に出会う。</p><p>&nbsp;</p><p>Reviewというのが、まさにそのひとつ。</p><p><br>辞書によると、「再調査、再検討、検査、再審理、批評...」などといった言葉が出てくる。けれども、例えば「上司から資料をReiviewするように言われた」とか、「プレゼンンの前にこの書類をreviewする必要がある」といった場合などには、上記の訳はどれもピンとこない。単語に"re-"とあるので、訳語のにも「再」が入っているのだろうけれど、英語では初めて見る文献でもreviewと言う。</p><p>&nbsp;</p><p>意味的には、「書類や資料などを詳しく見る」ということだと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>「レビュー」とカタカナ翻訳で逃げる手もありますが、一応プロ（翻訳でお金をもらっている）の端くれとして、それは禁じ手としておきます^_^;</p><p>&nbsp;</p><p>そこでいろいろと調べていたら、今日、ぴったりする言葉が見つかった。</p><p>それは</p><p>&nbsp;</p><p>詳覧（する）</p><p>&nbsp;</p><p>最初は「閲覧」するとも訳していたんだけれど、それだと「詳しく」というニュアンスがない。</p><p>でも詳覧は文字通り、詳しく見る（調べる）という意味がありぴったり。</p><p>ひとつ問題はあまり一般的でないこと。だから口語として使うことはできないけど。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/greenstones2021/entry-12671965364.html</link>
<pubDate>Sun, 02 May 2021 02:22:20 +0900</pubDate>
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