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<title>20代の思想に老け老け</title>
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<description>都内国立大学在学中適当に日々考えたことを投稿していきます。おそらくはたから見たら痛い休学大学生。でもね、そんなことを考える年頃なんです。皆様の厳しいコメントお待ちしております。もちろんそれ以外のコメントも嬉しいです♪</description>
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<title>ラストティーン</title>
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<![CDATA[ <p>携帯のメモを見ていたらこんなものを見つけた。</p><p>&nbsp;</p><p>高校までは体育会系で陽キャに憧れていた。大学に入ってから何か違和感を感じていたんだ。</p><p>&nbsp;</p><p>久しぶりにこのブログを見直しいて見てて新しく投稿したいと。ただ何か新しく書く元気はまだないと、、、www</p><p>&nbsp;</p><p>まず一つ目の投稿は「陽と陰」について。ここ１年ほどの私の中での最大のテーマです。</p><p>&nbsp;</p><p>（注）決してこのブログは怪しい思想を普及するためのものではありませんよ！！笑。</p><p>このテーマについて考えるにあたって、きっかけになった本がある。それが「絶望名人カフカ×希望名刺ゲーテ」である。以下にこの本を読んだ時の感想を書いてみる。是非皆さんも、感想を読んでみていただけたらともう。</p><p>&nbsp;</p><p>『絶望名人カフカ×希望名刺ゲーテ』</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;私はポジティブです。なるべく物事はネガティブには考えないでポジティブに考えた方がいい。その方が生活を送っていて楽だし楽しい。</p><p>&nbsp;よく、こんな考えの人には出会うことはあるし、そう思いたいと考える人は多くいると思う。ちなみにホルンもその1人であると思っていた。</p><p>&nbsp;では、希望のゲーテは目指すものであり、絶望のカフカはなるべくならないようにするものなのだろうか？</p><p>&nbsp;人間の感情は明るさとその影にできる闇でできている、と私は思う。どういうことだろうか。例えば、大好きな人と出会い、付き合うという喜び。一方、そんな大切な人が浮気をしないだろうかという不安。悲しい時にこそ無理やり、気持ちを奮い立たせる空元気。‥もちろん常に喜びの裏に悲しみがある、またその逆に関してもそうであるとは言わない。ただ人間という生き物は、というかこの世の摂理的にもあらゆる明るいものがあればその影に闇になりうる部分があると思う。</p><p>&nbsp;先に述べたように多くの人はポジティブな思考、感情（明）に憧れる。ただ今回この本を読んでみて感じたことは、人間が本来持ちうるネガティブな思考、感情（闇）に目を向けて見ることもとても大切なのではないかということだ。</p><p>&nbsp;以前の私は自分の闇に目を向けるのは怖いと思っていた。どうしてだろう？それはきっと、闇はよくなく、明るさを求めるべきだという煩雑な概念を持ってしまっていたからだろう。そして、本当の自分の闇を知ってしまうことに対する恐怖、自分自身を嫌いになりたくないという自己防衛心。そう言ったものがあってなるべくそちらの方に目を向けないようにはしていた。いざ本著を読んで見た。、、、、、、、、想像以上にカフカに共感する自分がいる、こう感じる自分がいた。あらゆることに対して恐怖を抱いていたカフカ。彼はその闇の部分に面と向き合って、それを感じ、そしてさらに悲しみを深めていった。私の場合、その恐怖の存在に気付き次第、そっと背を向けてみないようにするのだろう。そんな今まで見ないようにして来たことをカフカは教えてくれた。ありがとう。カフカ。</p><p>&nbsp;そして、最終部分にゲーテの人物を表す言葉として「目をそむければ暗いことはなくなるだろうと願っている人‥中略‥肯定的に人生を生きることをいうのだろう」（p273）という山田太一の言葉がある。単に闇の部分をゲーテは見ていなかったのでない。しっかりと自分自身の暗いところ明るいところを両方を見て考えた上で、肯定的に生きて行こうと考えていたのであった。そんな考えを私は持つことができていなかった。ありがとう。ゲーテ。</p><p>&nbsp;</p><p>感想文は以上。</p><p>つづく、、、<a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20210610/14/gutter18/a9/91/j/o1251166814955263660.jpg"><img alt="" height="560" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20210610/14/gutter18/a9/91/j/o1251166814955263660.jpg" width="420"></a></p>
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<link>https://ameblo.jp/gutter18/entry-12679769145.html</link>
<pubDate>Thu, 10 Jun 2021 14:40:13 +0900</pubDate>
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<title>少し自分を好きになってきたのかも知れない</title>
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<![CDATA[ <p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20191122/23/gutter18/65/10/j/o3264244814646762442.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20191122/23/gutter18/65/10/j/o3264244814646762442.jpg" width="420"></a></p><p>今年一年の目標として、「自分を好きになる」「自尊心を高める」ということをよく挙げてきた。</p><p>&nbsp;</p><p>11月になって少し自分ことが好きになってきたかも知れないという感情が出てきた。なぜこう思ってきたのか？</p><p>&nbsp;</p><p>まず最近の傾向として他人の目が気にならなくなってきた。</p><p>&nbsp;</p><p>嫉妬心というものもあまりなくなった。自分自身が自分の行いたいように装い、振舞っているため、あまり他人の評価が気にならなくなってきたのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>その方が気持ちも楽だし楽しい。やりたいことをやっているから。むしろやりたいことをやれていない人達の方が周りに多くいるため、より一層自分は幸せだ、好きなことできている自分好きだな！と思えるようにもなってきた。</p><p>&nbsp;</p><p>他人に嫉妬するというのは結局今の自分に満足していないから。</p><p>&nbsp;</p><p>満足っていう言い方は微妙だな。好きではないからにしよう。満足してるかどうかは別に悪いことではないと思う。満足するために頑張れるし。自分のことが好きであれば他人がどうであっても負の感情を抱くわけがない。</p><p>&nbsp;</p><p>むしろ最近は素敵な人を見るといいな！自分もそういう一面を持ちたいなっていう羨望？参考？の眼差しを持つ感じ笑。とてもメンタル的にも健康的。</p><p>&nbsp;</p><p>自分を好きになる方法。</p><p>&nbsp;</p><p>勉強しまくっていい大学行ったり、オシャレしまくってみたり、友達作りまくってみたり。それはそれで全てを否定するわけではないけど、あんまり自分に合わないことであるならやらない方がいい。</p><p>&nbsp;</p><p>無理してそんなことをして、ストレスを感じてしまうくらいなら自分の好きなことを探して、好きなことを存分にする方がきっと近道なんじゃないかな？</p>
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<link>https://ameblo.jp/gutter18/entry-12547821582.html</link>
<pubDate>Fri, 22 Nov 2019 23:44:47 +0900</pubDate>
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<title>平穏は準備であり、本番であり、結果である</title>
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<![CDATA[ <p>自分の中で1番大切にしているのは平穏。</p><p>&nbsp;</p><p>平穏は準備であり、本番であり、結果であると思う。</p><p>&nbsp;</p><p>日々の平穏な毎日の積み重ねが、たまに起きる喜びや悲しみをきちんと受けとめてくれる。だから平穏はそんな時のための、準備である。</p><p>&nbsp;</p><p>一方喜びや悲しみは平穏な毎日にたまに遊びにきてくれるお客さんのようなもの。だからあくまで平穏が本番。きちんと本番をやってこそゲスト達をもてなせる。</p><p>&nbsp;</p><p>日々過ごしていくと色々な感情が出てくる。それはもちろんその時その時の貴重なものだけど少し時間が経って、落ち着いたときにその時の感情を思い出して噛みしめる。そうするときの気持ちっていうのもやっぱり平穏。</p><p>&nbsp;</p><p>だから平穏は準備であって、本番であって、結果だと思う。</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20191120/21/gutter18/09/4e/j/o2448326414645168384.jpg"><img alt="" height="560" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20191120/21/gutter18/09/4e/j/o2448326414645168384.jpg" width="420"></a></p>
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<link>https://ameblo.jp/gutter18/entry-12547183966.html</link>
<pubDate>Wed, 20 Nov 2019 21:28:22 +0900</pubDate>
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<title>社会人と学生という孤独感</title>
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<![CDATA[ <p>社会人と学生という孤独感</p><p>&nbsp;</p><p>最近同級生と会うと、疎外感を覚えることがある。その理由は学生と社会人という立場の違い。</p><p>&nbsp;</p><p>人間関係において立場なんて関係ないっていう人もいるけれども、やはり似たような立場だからこそ分かり合える、話題も沢山ある。ってことで学生としての自分が感じた彼らとの絡みの中で自分にはまだ共有し合えないなぁと感じたことを挙げてみよう。</p><p>&nbsp;</p><p>これは多分自分が社会人になった当たり前になっていってしまうことだと思うゾォーーーー。</p><p>&nbsp;</p><p>お金の価値観：これはやっぱり持っている額が違うからしょうがないよね。削れるだけ削りたい俺と、使うところはしっかり使う社会人。ここはやはり大きな違いだよな。ちょっと羨ましい。</p><p>&nbsp;</p><p>会社関連の愚痴的な話：これもやっぱり勤めてないとわからない。上司が、、とか同僚が、、とか残業代が、、とか。ここの点お経験したことがないため一切わからない。</p><p>&nbsp;</p><p>人生設計的な話：やはりここで出てくる大きな話題は結婚かなぁ。社会人だから結婚だって本当に身近にある話題。がしかし学生の自分はどうしてもまだ先の話。</p><p>&nbsp;</p><p>そこのところの現実的な話みたいなのも少し距離感じてしまうなぁ～。</p>
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<link>https://ameblo.jp/gutter18/entry-12538196510.html</link>
<pubDate>Tue, 22 Oct 2019 10:21:23 +0900</pubDate>
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<title>心から分かり合える人って別にいなくていいんじゃない？てかいないのでは？</title>
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<![CDATA[ <p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20191018/21/gutter18/c5/5e/j/o3264244814618047262.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20191018/21/gutter18/c5/5e/j/o3264244814618047262.jpg" width="420"></a></p><p>人ってなかなか強くない。どうしても自分の中の闇？葛藤？のようなものって一人で抱えくるのは不安。</p><p>&nbsp;</p><p>だからそのようなものを誰かに話したい、わかってもらいたい、聞いてもらいって気持ちが出てくるのだろうな。</p><p>&nbsp;</p><p>しかもこの気持ちっていうものは割とかなりナイーブな部分の話だから聞いてくれればいいってもんでもないし、適当な人に話そうとは思わない。本当に自分のことをわかって、気持ちを共有できる人に話したいと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>そんなこんなで、こういう方をずっと探し求めて１～２年は経ったのかもwww結論としては、まーーなかなかいないですよねwwそれっていうの、皆違った道を歩んできたわけで、人の深いナイーブなところってそんな簡単に一致するわけもない。</p><p>&nbsp;</p><p>だからそういう自分自身の深い部分について誰かに癒してもらおうと考えるのはあまり良い考えではないのかも。</p><p>&nbsp;</p><p>だし、それも他者に初めから期待をしてはいけない気がする。それはただの依存っていうものよ。</p><p>&nbsp;</p><p>互いに話し合っていてたまたま自身の根幹の一部分を共有しあえればラッキー！と考えられれば良いと思う。何でもかんでも全てはよくないねぇ。だしあんまり他人に期待しすぎないで、まずは自分自身との対話が重要なんだろうなぁ。</p><p>&nbsp;</p><p>ただこんなことを書いてネットに載せている時点で、やはり共感を求めている自分がいるのだろうなぁ〜。ってことでわかる！と思ってくださった方はいいねやコメントをしてもらえますと筆者は喜びますww。</p>
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<link>https://ameblo.jp/gutter18/entry-12537108565.html</link>
<pubDate>Fri, 18 Oct 2019 21:56:17 +0900</pubDate>
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<title>自分自身のキャラ・タイプ</title>
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<![CDATA[ <p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20191018/22/gutter18/26/bc/j/o3264244814618050130.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20191018/22/gutter18/26/bc/j/o3264244814618050130.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>いろいろんなタイプの人と付き合っていく中で、本当に自分自身がいやすい環境というのがなんとなくわかってきた。ウェイウェイ系でもなく、お互いにふざけあい続けるタイプでもなく、どちらかというとじっくりとお話がしたいタイプなのかなぁーなどと感じたり。</p><p>&nbsp;</p><p>かといってたまにふざけたり、ウェーーイとお酒を飲みたくなることもあるし。そんな中でなんとなく自分いあったタイプというのもわかってきた気がする。ただ！自分の大学に来ている人ということでそれだけでかなり偏っている可能性もあるのでそのことも忘れてはいけない。それだけが全てではないと常に頭には置いておかなければとは思う。</p><p>&nbsp;</p><p>あと自分はかなりのレベルの八方美人であると思う。この人とは関わりたくないなぁと思うことはほとんどない。かなり多くの人から話しかけてもらった気がする。僕自身も話せて嬉しいし良かったと思う。多分これというのは、自分のタイプに合う合わない関係なく、どんな人なのか興味が結構強い方であった。他者になかなか興味があるんだ。</p><p>&nbsp;</p><p>それゆえにまず偏見はなく、その人がどんな人なのかを話してみたい！というのがこれの所以なのではと思う。</p>
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<link>https://ameblo.jp/gutter18/entry-12536064509.html</link>
<pubDate>Tue, 15 Oct 2019 23:03:12 +0900</pubDate>
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<title>共通の話題があると逆に話すことが薄くなってくる説</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20191018/22/gutter18/b8/1c/j/o3264244814618051367.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20191018/22/gutter18/b8/1c/j/o3264244814618051367.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>例えば大学の人などだと話すことは大学の授業のことだとか、誰々の色恋沙汰などである。そんな話で実際話は盛り上がる。それ故にその人自身の話などには中々踏み込んでいかない。</p><p>&nbsp;</p><p>逆にお互いに何も共通点がない方がお互いについて質問しあったりして、お互いのことを知ることができることが多いのではないだろうか？</p><p>&nbsp;</p><p>皆さんはどれくらいの人と本音話し合っているのでしょうか？？</p>
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<link>https://ameblo.jp/gutter18/entry-12535740325.html</link>
<pubDate>Mon, 14 Oct 2019 21:03:21 +0900</pubDate>
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<title>自分にとっての旅行とは？</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20191018/22/gutter18/d3/48/j/o4032302414618053946.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20191018/22/gutter18/d3/48/j/o4032302414618053946.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>1人⇨観光地を回る必要がない気がしてきた。まるで観光地を回るのはスタンプラリーのような気分で回っていた。回らないと行けないっていう義務感すら少し感じながら。たしかに景色等々は綺麗であるがまたそれらを見る感動よりも、電車、車、カフェ等で外を見ながらボォーっとしている時間の方が心の満足度が高い。5.6時間の移動であれば全然苦ではない自分がいる。そう考えると1人の時は移動、喫茶店、飯、移動だけで良いのではないかと言う考えが出てきた。</p><p>&nbsp;</p><p>2人（複数）⇨2人で共通の目標、旅行の場合は観光地に向けて行動するのは割と楽しい気がする。他の人と同じ刺激を感じて、気持ちを共有するのは悪くない。そう言う点ではやはりある程度観光地を回るのもありなのではないかと言う気持ちが出てきた。なんか1人で旅行していて一人で観光地を味わってしまうのはむしろなんか勿体無い気すらしてきた。誰かと行けばこれもその人との大切な思い出になるのになぁーと言った感じ。</p>
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<link>https://ameblo.jp/gutter18/entry-12535435037.html</link>
<pubDate>Sun, 13 Oct 2019 23:24:30 +0900</pubDate>
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