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<title>行政書士をやってみた</title>
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<description>サラリーマンをやめて行政書士として独立。今年で開業１７年目になるが、わが行政書士人生をちょっとだけ振りかえってみようと思う。</description>
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<title>あっという間の１年</title>
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<![CDATA[ 早いもので、自分の事務所を持ってから１年近くが経とうとしていた。<br><br>ＤＭの効果は予想以上にあった。<br><br>仕事の依頼を受けた建設業者の中には嬉しいことに兼業の事務所ではなく行政書士専業の事務所に任せたいという業者もいた。<br><br>飛び込みの依頼者はほとんどなく、ＤＭと紹介での依頼が多かった。依頼者側からすれば、行政書士事務所へ飛び込みはなかなか入りづらいのだと思う。だから紹介が増えるのだろう。<br><br>依頼された仕事を迅速、正確且つ誠意をもってこなすことによって信頼を得ることができる。そうなるとこの依頼者が別のお客さんを紹介してくれる。<br><br>そんな感じで建設業許可を３件続けて依頼されたことがある。許可を取得した業者がすぐに別な業者を紹介してくれ、またその業者が許可取得後すぐに友人の同業者紹介してくれる。<br><br>とにかくこの仕事で一生懸命頑張るんだという気持ちが必要だと思った。<br><br>その一生懸命さを依頼者も理解してくれる。そして頑張って信用と実績を作っていくことが次の仕事につながる。<br><br>決して満足な収入があった１年ではなかったが、自分なりに次の年も頑張るぞ！という気持ちを持つことができた１年だった。<br><br>かみさんには苦労のかけっぱなしではあったが、来年はもうすこし楽をさせてあげよう。<br><br>
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<pubDate>Sun, 10 Apr 2005 18:40:53 +0900</pubDate>
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<title>強力なスタッフ現る</title>
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<![CDATA[ 行政書士は毎月顧問報酬が入ってくる税理士や社会保険労務士と違ってどちらかというとスポット的な仕事が多い。<br><br>その中でも車庫証明は毎月入ってくるので、非常に助かる。Ｕ先輩の紹介してくれたデーラーや札幌の中古車屋さんからの車庫証明が毎月増えてきていた。<br><br>ただ仕事は車庫証明ばかりではないので、１日１０件近く集中するとかなり厳しい。それに地方の車庫が加わると窓口の締め切り時間になんとか間に合わせる為にストレスでいっぱいになる。<br><br>急ぎの登録があると、車庫証明も至急とか大至急という依頼が来る。これがまたプレッシャーになり結構きつい。<br><br>でも、贅沢は言えない。頑張るしかない。<br><br>毎月の定期的な収入を少しでも増やさなければならない。そう考えているうちに強力なスタッフと出会うことになる。<br><br>うちで建設業の許可をとったある業者に勤めていた事務の女性を知人に紹介される。その女性はその会社を退職するので、どこか勤め先を探しているというのだ。<br><br>記帳が得意らしい。<br><br>ちょうどその頃うちの事務所で会社を設立したところから記帳を頼まれていたが、自分には記帳の知識がないので、どうしようかと思案していた。<br><br>渡りに船という感じもしたので、少しパートで手伝ってもらうことにした。<br><br>これが正解だった。<br><br>その後、自分が関わったクライアントに記帳を始めてた話をすると数件が頼みたいと言ってきた。<br><br>安定収入にはほど遠いが、少しずつ毎月の固定収入が増えていった。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/gyosei/entry-10001424814.html</link>
<pubDate>Tue, 05 Apr 2005 00:03:40 +0900</pubDate>
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<title>風営７号パチンコは大変だった</title>
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<![CDATA[ 風営で一番緊張したのが、パチンコの７号営業だった。電話帳にも広告を出していたのだが、その広告を見たのでと電話が来た。<br><br>明日にでも書類を持って打合せに行きたい、という電話だった。時間を決めたのはいいのだが、２号営業とどう違うのだろう。どんな書類が必要なんだろう。<br><br>依頼の喜びより、不安の方が強くなっていった。とにかく話だけでも聞いてみようと、打合せの時を待った。<br><br>次の日、依頼者は時間通り事務所にやってきた。すでに慣れているようで申請に必要な証明書類などを一通り持参していた。<br><br>その他に別の店で申請した控えも持ってきてくれた。申請書類はぶ厚いファイルの中に納められていて、かなりの書類量だった。<br><br>完全にその量は２号営業の時と違っていた。依頼者Ｋさんとの打合せで一番心配だったのが、申請時期だった。<br><br>オープンの日が決まっているので、申請の時期を遅らせるわけにはいかなかった。しかも完全な書類をＫさんに渡さなければならない。<br><br>このパチンコ店は全国展開しており、市内では初めての出店だった。助かったのは岩見沢市の店で提出した控えがあったことだ。<br><br>Ｋさんと別れた後、何度もその控えを見た。申請書類、添付書類などを入念にチェックした。申請書類の記入は時間がかかりそうだが、なんとかなりそうだ。<br><br>大変なのが大量の図面だ。<br><br>自分で作成しなければならないものがある。ただこれも控えを参考にして作成していった。そしてなんとか希望されていた日にまでに間に合いそうだった。<br><br>念のため、引き渡しの前日に警察の窓口に申請書類を持って行き、内容をチェックしてもらった。<br><br>窓口の担当者は親切な人で、丁寧に内容を確認してくれた。その結果書類には問題なしで申請してＯＫという返事をいただいた。<br><br>ホッとした気持ちで事務所に戻り、Ｋさんに連絡をした。<br><br>翌日、書類を引き渡した。Ｋさんはその足で警察に申請した。Ｋさんから受理されたと連絡があり、初めての７号営業は終了した。<br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/gyosei/entry-10001345333.html</link>
<pubDate>Sun, 27 Mar 2005 23:33:04 +0900</pubDate>
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<title>初めての風営２</title>
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<![CDATA[ ２号営業の申請書類の作成は思ったほど難しくなかった。ちょっと時間がかかったのが営業所の図面作成だった。<br><br>１００ｍ以内の施設に関してはあらかじめ図面を作り、警察署の窓口で確認していた。営業所の図面は意外と面倒だった。平面図の他に照明図や防音関係の図面を書かなければならなかった。<br><br>保存してあった書類を参考になんとか図面類を仕上げた。これで完成だ。<br><br>依頼者に電話をして書類を取りに来てもらった。依頼者とは書類引き渡し時に報酬をいただくことになっていた。入金が遅れている業者がいたので、引き渡し時の支払いは助かった。<br><br>でも、書類が受理されるかどうか心配だった。次の日Ｍさんから電話が来て無事受理されたことを聞いてホッとした。<br><br>その後Ｍさんから風営許可（２号営業）を取りたい友人を数人紹介され助けられた。<br><br>その後ゲームセンターやパチンコなどの風営許可を頼まれたが、この経験が非常に活きた。<br>
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<link>https://ameblo.jp/gyosei/entry-10001238748.html</link>
<pubDate>Sun, 20 Mar 2005 22:32:41 +0900</pubDate>
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<title>初めての風営１</title>
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<![CDATA[ １月に自分の事務所を構えてから６ヶ月近くが経っていた。<br><br>少しは事務所の宣伝に効果があるかなと駅前通りの一角にＰＲ用の看板を置い<br>ていた。一月１万の経費がかかる。<br><br>しかし、その看板見てきたお客さんは今までいなかった。<br><br>あまり効果がないのかなと思っていたところに、その看板を見てきましたとお客さんが事務所にやってきた。結構若くて、パンチパーマのなんとなくそれっぽい人物だった。<br><br>私としては初めてのタイプだったので、どんな仕事か聞いてみると風俗営業の許可を取って欲しいという。<br><br>ただ風営は初めてである。どんな書類が必要かわからない。話を聞いているうちに、前の経営者が出していた申請書の控えがあるという。<br><br>これはラッキーだった。その控えを持ってきてもらう約束をして、苫小牧署の所轄の窓口に申請書類をもらいにいった。<br><br>担当者に注意事項を聞いて、作成の準備を始めた。まず、気をつけなければならないのが半径１００ｍ以内の施設である。学校や児童公園、児童施設、病院などの施設がないか確認しなければならない。<br><br>数日後、依頼者のＭさんが控えを持ってきた。それが非常に参考になった。<br><br>誰が作成したかわからないが、必要書類や図面など手書きではあるが、一通り揃っていたのである。ただかなり古くて汚れていたので、営業所の実測が必要<br>だった。<br><br>お互いに都合の良い日を決めて、その建物の前で待ち合わせをした。Ｍさんが来て建物の中に入ったが、内部はかなり図面とは変わっていた。<br><br>ありゃ、これは本格的な図面書きが必要だ。Ｍさんに手伝ってもらい、営業所の測定を始めた。<br>
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<link>https://ameblo.jp/gyosei/entry-10001169637.html</link>
<pubDate>Tue, 15 Mar 2005 23:38:18 +0900</pubDate>
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<title>国金さんの世話になる</title>
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<![CDATA[ 仕事の方は嬉しいことに思っていたより入ってきていた。<br><br>午後１時から５時までアルバイトの補助者をお願いしていたのだが、電話番が主だった補助者にやっと任せる仕事が増えてきた。<br><br>ただ仕事をしても報酬が入るまで時間がかかる為、貯金が底をつきそうになっていた。立て替えもあるため、手元に現金がないときつい。<br><br>そこで、国民金融公庫に融資のお願いすることにした。開業してまもないのに、貸してくれるかどうか心配だった。<br><br>ダメ元で国金さんの扉をたたいた。担当者はとても親切な人だった。必要書類をもらい、記入要項の説明を受け、戻った。<br><br>かみさんと相談し、返済が大きくなってもたいへんなので、取りあえず１００万円を借りることにした。<br><br>保証人が必要だったが、地元の新聞社に勤める弟になってもらった。<br><br>２～３日後、再度国金さんを訪問し書類を提出した。あとは、審査の結果待ち。なんとか審査を通って欲しかった。<br><br>それから１週間くらいしてから、国金から連絡が来た。審査が通ったので、近いうちに振り込むという。お礼を言って電話を切ったが、助かった。<br><br>これで当分の間の運転資金＋生活費ができた。<br><br>これを最初として、その後もずっと国金さんの世話になることになる。<br>
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<link>https://ameblo.jp/gyosei/entry-10001136558.html</link>
<pubDate>Sun, 13 Mar 2005 20:52:06 +0900</pubDate>
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<title>たまに息抜き</title>
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<![CDATA[ ゴールデンウィークが近づいていた。独立してから家族をどこにも連れていなかったので、どこかに連れて行きたかった。<br><br>ただ肝心の予算が乏しいので、あまり贅沢な旅行はできない。それにもう泊まるところもないかもしれない。いろいろ探してみた。子供たちが帯広のグュック王国へ行きたがっていたので、近くの温泉を探した。結局２泊３日で１泊目は糠平温泉、２日目は美幌に泊まることにした。<br><br>そしてゴールデンウィークが来て久しぶりの家族旅行に出かけた。<br><br>出発は仕事が終わってから出かけたので、糠平に着くのはほぼ夕食の時間にってしまった。夕食後ゆっくりと温泉に入り、疲れをとった。次の日は然別湖とグリュック王国に行く予定をしていた。<br><br>翌朝、窓をみて驚いた。雪がシンシンと降っているのだ。ゴールデンウィークに雪というのは初めてだった。夏タイヤで来ていたので運転が心配だった。<br><br>三国峠はアイスバーンになってるらしく、然別湖に行くのはやめて帯広の市内観光をすることにした。そして夕方美幌に向かった。夕方は雪がやんでいたが、道路が濡れていて、スリップが心配だった。<br><br>肩ががちがちに凝りながら運転し、やっと美幌のホテルに着いた。<br><br>最終日は網走を通り、サロマ湖をみてから帰ることにしていた。ここで驚いたのが網走港を通ったときだった。海に大きな氷がある。流氷が残っていたのだ。流氷を見るのは初めてだったので、異様な感じを受けた。砂浜に残っていた流氷に子供たちが喜んでいた。<br><br>サロマ湖を見て、日勝峠経由で帰るつもりが、夏タイヤは危険ということで、石勝峠を抜け、旭川経由で自宅に帰ってきた。<br><br>疲れはしたが、良い気分転換になった。家族もとても喜んでくれた。<br><br>また仕事をする意欲が出てきた。
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<link>https://ameblo.jp/gyosei/entry-10001112794.html</link>
<pubDate>Fri, 11 Mar 2005 23:36:01 +0900</pubDate>
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<title>先輩に助けられる</title>
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<![CDATA[ 実務経験は思っていたほど簡単ではなかった。Ｏ工務店の取りたい業種は大工工事だった。この大工工事の注文書や契約書などを１２０ヶ月分揃えなければならない。<br><br>他の書類はどんどん進んでいたが、この注文書がなかなか揃わない。Ｏ氏も自宅や事務所の段ボールを片っ端から調べていた。<br><br>しかし、運良くというか１０年以上の古い書類を保管していて、持ってきた注文書を確認すると１２０ヶ月をちょっと越えるくらいの経験期間の確認書類が揃った。大急ぎで実務経験証明書を作り、申請書類を完成させた。<br><br>前回初めて申請し、許可を取得できた経験というのは自分に僅かではあるが自信をつけていた。経験はやはり力になる。<br><br>前回提出した書類と比較しながら、不足書類や見落としがないか確認した。<br>そして申請。担当者にチェックされている間はやはり緊張が続いた。<br><br>そしてチェックが終わり、「本日受付します」の言葉を聞いたときは、ホッとしたと共にめちゃくちゃ嬉しかった。<br><br>自分はついていると思った。２回目の建設業許可申請提出から数日後、先輩の行政書士から電話があって、相談があるから事務所に来てほしいという。<br><br>この先輩は２歳年上の先輩で社会保険労務士と兼業である。時間を合わせて訪問。相談内容は先輩が今まで受託していた車庫証明を引き受けてほしいというのだ。当時私が乗っていた愛車を販売しているトヨタ系のデーラーだが月に１０台前後の車庫証明があるというのだ。<br><br>私にとっては渡りに船の話である。勿論喜んで引き受けた。このＵ先輩からその後もずっと助けられることになる。<br><br>このＵ先輩がやはり年が近い行政書士Ｋ先輩と３人でゴルフをやろうというのであまり高くない千歳のゴルフ場で月に１回程度、ゴルフををすることになった。正直ゴルフをする余裕などなかったのだが、ストレス解消にいいかなと思い一緒にプレーした。<br><br>Ｕ先輩の紹介してくれたデーラーでの車庫証明は最初は言われたとおり１０件程度だったが、担当者がまたいいひとですこしずつ件数が増えていった。<br><br>毎月定期的な収入になるので、とても助かった。<br><br>ＤＭ作戦は相変わらず続けており、毎週月曜日にＤＭを２０件から３０件程度出していて、少しずつ問い合わせが増えてきていた。<br><br>ある日、以前ＤＭを出し事務所も訪問していた会社から電話が来た。個人会社なのだが、有限会社にして、建設業の許可を取って欲しいという。<br><br>両方ともすでに経験していたので、落ち着いて話をすることができた。そして相手の都合に合わせて訪問することになった。<br><br>なんとか仕事が続いている。もっと頑張らねば。<br>
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<link>https://ameblo.jp/gyosei/entry-10001080074.html</link>
<pubDate>Wed, 09 Mar 2005 22:28:56 +0900</pubDate>
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<title>次の仕事が来た！</title>
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<![CDATA[ Ｏ氏は私の一つ年下で、とても気さくな性格で話も良くあった。彼の依頼は会社設立と建設業許可の取得だった。会社設立に関して、あらかじめ書籍でェックしていたので、取りあえず必要事項を確認した。建設業許可に関しては実務経験で取りたいという。<br><br>この実務経験で取るというのも初めてだったので、相手にその旨を伝え、必要書類を確認してから再度連絡することにした。<br><br>１度に二つの仕事の依頼である。<br><br>嬉しい気持ちはあったが、経験がないばかりにそれなりのプレッシャーは感じていた。それでも、仕事をいただきながらガッチリ勉強していこうと必死だった。<br><br>私には３人の家族がいる。この３人を食わしていかなければならない。ひとつでも多く仕事を受託し、１日でも早く仕事をマスターしていこうと思っていた。<br><br>まずは会社の設立。有限会社だった。書籍のひな形を利用し、ワープロで作成した。当時はまだワープロ全盛でパソコンで作成の時代ではなかった。使用していたのは東芝のＲＵＰＯだった。<br><br>不安な部分は法務局の窓口で確認した。今ほどの親切さはなかったが、こちらがしつこかったのか気がついたところは指摘してくれた。そうして、初めての会社設立の書類が出来上がっていった。<br><br>定款の認証は問題なくうまくいった。登記に関してはお願いする司法書士を決めていた。私の卒業した大学同窓会の苫小牧支部があり、その支部長の息子さんが司法書士として開業していた。<br><br>定款認証後その司法書士さんのところに行って、残りの必要書類の確認をした。この司法書士さんもいい人でとても親切に教えてくれた。<br><br>そしていよいよ登記申請。<br><br>数日後、司法書士さんから連絡があり、設立登記完了。<br><br>ついに初めての会社設立を経験した。Ｏ氏に設立完了の報告をし、会社謄本、印鑑証明、原始定款などを届け、次の建設業許可の作業に入ることになった。<br><br>しかし、実務経験というのは大丈夫だろうか。個人事業の経験は１０年以上あるというので、いけるかなと思っていたが果たして必要書類は揃うのだろうか。<br><br>なんとか２度目の建設業許可も成功させたいと新米行政書士は気合いを入れた。<br>
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<link>https://ameblo.jp/gyosei/entry-10000994460.html</link>
<pubDate>Thu, 03 Mar 2005 22:50:32 +0900</pubDate>
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<title>初仕事！</title>
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<![CDATA[ 現在は単位会また各支部での業務研修会が充実してきており、新人にとってグッドな環境が整ってきている。しかし、私が開業した頃は、研修会もあまりなく、新人をサポートしてくれる環境にはほど遠かった。だから、一から自分で覚えていかなければならない。<br><br>結局一番の先生は、申請受付窓口の担当者だった。電話をもらったＭ建設はもし許可が取れるなら申請してほしいということで、書類をそろえることになった。<br><br>許可の要件など何度か事前に支庁の担当者に確認の電話を入れ（またあいつかと思われたことでしょう）、書類を進めていった。<br><br>時間はかかったが、Ｍ建設の書類が少しずつ出来上がっていった。なんとか完成できたものの、自信がない。<br><br>当時は申請には業者の社長さんを同行しなければならなかったので、社長に連絡し、同行をお願いした。翌日、完成した書類を持ち、Ｍ建設の社長に同行していただき支庁へ向かった。　<br><br>支庁に着き、建設業許可申請の担当者に書類を恐る恐る提出した。なんとかクレームがつかないよう心の中で何度も祈った。<br><br>緊張感で、肩がだんだん張ってくるのが分かった。　書類のチェックをしている時間が異常に長く感じられた。依頼客と何か話しをしたのだが、上の空状態であったと思う。<br><br>しばらくして、担当者が、私を手招きで呼ぶ仕草をしたので、担当者のところへ行くと、なんと、もう一つ許可を取られたらどうですかと言うのだ。<br><br>私は、『建築一式工事』の許可申請を依頼され、その分の書類を作成したのだが、Ｍ建設の社長が「２級建築士」の資格を持っていたので、持参した書類で、大工工事も取れるよというのだ。<br><br>まさに目から鱗。<br><br>思わず大声で「有難うございました！　宜しくお願いします！」と担当者に言ったことを今でも鮮明に覚えている。結局、２つの許可を申請することになった。　<br><br>Ｍ建設の社長も新米行政書士の私の初仕事の成功を喜んでくれた。　このＭ建設の社長とは、それ以後長いつき合いをすることになる。　　<br><br>運がいいことにこのＭ建設の社長が、会社設立と建設業許可を取得したいというＯ工務店の社長を連れてきてくれたのだ。　<br><br>そこからＯ氏との付合いが始まった。<br>
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<link>https://ameblo.jp/gyosei/entry-10000927884.html</link>
<pubDate>Sat, 26 Feb 2005 23:19:59 +0900</pubDate>
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