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<title>甲斐とのブログ</title>
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<title>エクスペンタブルズ</title>
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<![CDATA[ シルベスタースタローン監督出演の映画。面子が豪華って事で話題になったストーリーはあんま期待して無かった。が、結構面白かった。ジェイソンステイサムがカッコよすぎる！ステイサムが彼女を殴った男をボコボコにするシーンは最高だった！あと、シュワちゃんとウィルスミスも途中ちょっとだけ登場します。出演者に対するメタなブラックジョークも面白い。でもなんといってもアクションが凄い！「96時間」「ボーンシリーズ」に匹敵するくらいかっこ良い！ナイフの爽快感とか壁伝いの技とか！エンターテイメントとしては極上でした。<br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/gzyntt/entry-11496225475.html</link>
<pubDate>Sat, 23 Mar 2013 09:27:08 +0900</pubDate>
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<title>キルビルv1</title>
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<![CDATA[ タランティーノの映画ですね。<br><br>タランティーノの楽しみ方を知ってる方なら普通に楽しめると思います。私は途中で少し飽きました。退屈なアクション、ありきたりなストーリー、B級感が強すぎる。いつものタランティーノの遊び心は要所要所で感じましたが…うーん。ちょっと前に見た「ジャンゴ」が凄すぎたのかな。ジャンゴと比べるとかなり劣る作品です。多分2は見ないかも…。あとタランティーノが日本好きと言う事もあるのか舞台は日本です。でもこの映画での日本はいかにも「外国人が好きな日本」です。サムライ、スシ、ニンジャ、ヤクザとかね。外国人の方なら存分に楽しめるのかもしれないけど日本人の私からすれば日本にそんなイメージはなくて、別の世界を見てるような、そして少し日本がバカにされてるかのような感覚を覚えました。ですが後半の無双シーンは一見の価値はあるでしょう。日本刀で大量のヤクザを殺しまくる。興奮しました。けどやっぱ退屈な映画でした。2は見ないかも…。ジャンゴ面白かったなー<br><br><br><br>
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<pubDate>Sat, 16 Mar 2013 09:11:34 +0900</pubDate>
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<title>悪の華１～７</title>
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<![CDATA[ 前々から気になっていたタイトル。アニメ化が決まった今買ってみました。<br>全巻中古購入で１～３巻までは各250円４～７巻までは各300円で合計1950円でした。まぁどの店でもこのぐらいが安定なのかなと。<br><br>読書好きな一見普通な少年の春日がクラスでは変わり者の中村と出会いおかしな方向に成長していくというストーリー。<br><br>まず１～３巻までの表紙のインパクトが絶大。表紙買いした人も多いはず。<br>1～３巻、４～６巻、７巻と表紙の作りが違うのは話の区切りに合わせているからだと思います。<br><br>１～３巻　導入　春日と中村の出会い、佐伯への思い、自分のなかの変態に正直になれない。<br>４～６巻　覚醒　春日が自分の中の気持ちに気づき中村とともに本格的に行動をしだします。<br>　　　　　　　　その際佐伯はおいてけぼりになり変になっちゃいます。<br>７巻　　　新章　すべてを保留にしたまま舞台が変わります。新キャラ常磐の登場、本への思い　　　　　　　　の復活。<br><br>僕は１～３巻がとても面白かったです。思春期ながらのモヤモヤや罪への考え方、自分の欲望をさらけだせない感じがとても好きです。<br><br><br><br>登場人物の心情の変化からこの作品を捉えてみました<br><br>まずは変化の面から。<br>春日は「自分の本性を隠す」から「自分の気持ちに正直」に変化します<br>佐伯は「偽物の自分」から「本当の自分」に変化します<br>この両者ともに「隠す」「嘘」「偽物」から「真実」「本性」に変化しています。<br>漫画の表紙裏に「思春期に苛まれている少年少女へ」とかいてあることから、この作品の中心にあるのは「思春期の少年少女」だとわかります。<br><br>だとすると春日、佐伯の変化前はとてもわかりやすい思春期像です。<br>「隠す」「嘘」「偽物」これがこの作品における「思春期」の定義だと考えました。<br>ここから「真実」「本性」を表す「何か」に成長します<br><br>このような「思春期」の少年少女が最初から「何か」の状態の中村に出会います。<br>中村は「思春期」の春日を「何か」にしようとします。<br><br>この際中村の「何か」と佐伯が成長した「何か」は別の物みたいなので、佐伯は「本当の自分」と区別します。<br><br>１～３巻の春日は「思春期」の春日です。ここで同じ「思春期」である佐伯のことが好きになります。この出会いで佐伯は「思春期」から「本当の自分」に成長します。<br><br>４～６巻では春日が「何か」に成長します。中村と同じ状態になった春日は中村のことが好きになります。しかし佐伯は「思春期」の春日が好きなのであって「何か」になってしまった春日の変化に戸惑い、「本当の自分」をぶつけてしまいます。ですが「何か」の状態の春日は「思春期」の佐伯が好きなであって「本当の自分」の中村は嫌なのでした。「こんなの佐伯さんじゃない」というセリフからわかります。<br><br>この後佐伯さんは警察の尋問に対して嘘をつきます。つまりまた「本当の自分」から「思春期」にもどってしまします。<br><br>このようなグチャグチャになっている状態から一気に舞台が変わります<br><br>７巻ではかつての中村を忘れずにいる春日が描かれますこの状態の春日は「何か」を隠す、つまり「思春期」になっています。<br><br>７巻は「おやすみプンプン」の新刊に似てますね、かつて自分を変えた人を待ち続け、ついに出会ったときに自分の殻が壊れ、最強になるみたいな。<br><br><br><br>この作品を通して変化をしていないのは「何か」を持ち合わせている中村だけです。彼女が求めていたのは「向こう側」でした。「向こう側」にいけない人たちは自分も含め「クソムシ」だといっています。<br><br>しかし夏祭りのシーンで中村は「向こう側はない、ずっとクソムシのまま」だといっています。<br>この後ストーリーは続いていますのでこれが答えではないと思います。<br>他、佐伯の「震えていた」などから分かることは、「何か」である中村も迷っているということです。<br><br>つまり「何か」も完璧ではなく成長過程だということです。<br><br>「思春期」　「本当の自分」　「思春期」　<br>春日、佐伯→佐伯　　　　　→佐伯、春日<br>↓<br>「何か」　　　　　　　　　　　　　↑<br>春日、中村→　→　→　→　→　→　<br>↓<br>「向こう側」<br><br><br>図にするとこんな感じですかね、中村の父の発言から中村の母も「何か」であったと思われますので、その影響で中村が「何か」になってしまったと思われます。今後の展開に期待ですね。<br><br><br>次は僕の勝手な予想を書いていきます<br><br>思春期とはとても多感で変化が大きいものです。<br>中村は大人に向かってよくクソムシと言います。校長室のシーンで春日は「上っ面だけ見てすべてを決め付ける。中村はそれがきらいなんだ」と言っていることから、中村は主にそういう大人をクソムシと呼んでいると思われます。<br><br>そうならないように中村はその大人たちとは違う「向こう側」へ行こうと必死になります。<br>中村の日記に書いてあった残念な感じからどれだけ本気だったかわかりますね。<br><br>ですが夏祭りのシーンで中村なりの答えに行き着きます。「向こう側」はない、だから自分も「クソムシ」だ、と。「クソムシ」になるぐらいなら死んだほうがマシ、どこかで言ってましたね。だから中村は死のうとしました。そこで、あの花が目を開きます。しかし失敗するすると閉じてしまいます。つまり「向こう側」へ行くには死ぬしかないということでしょう。中村の母が登場しないのもなにか関係があるのかもしれません。<br><br><br>最初に書きましたがこれは「思春期の少年少女」へむけての作品です。<br>そう考えると佐伯、春日、中村の変化はとても思春期的です。<br><br>佐伯は今まで親の言われるがままにしてきたことに対して自分の意思を示したくなり<br>春日は自分にないものを持っている中村に憧れ、ああなりたいと思い、なろうとします。一種の厨二病ですね<br>中村はつまらない大人になりたくないと新しい道を探します。その道が変態的なことだったのは意味がわかりませんが(笑)<br><br><br>この作品を読んでて思ったんですが、夏目漱石の「こころ」に少し似てますね。<br>こうはなりたくないと、先生はかつて自分を裏切った叔父を思っていましたが、ある事件をきっかけに先生自身も叔父と同じ人間になってしまった。というもの。<br><br>なりたくない存在。が共通点ですね。<br><br>先生はこの後、自分自身を含めた「人間」のことが信用できなくなり自殺をしてしまいます・・・。まぁ別の作品なので(笑)<br><br><br>さて、悪の華の７巻では舞台は高校生に移ります。<br>新キャラ常磐が現れ、春日はその姿に中村を重ねて次第に心惹かれていきます。<br>また、常磐の勧めで再び本を読み始めました。<br>「何か」の春日は父に「本はもういらない」と言っていましたので、本を読み始めた春日は、本を必要とする「思春期」の春日だと分かりますね。<br><br>高校生になって年齢は大人に近づいてきました。<br>中村、春日の求めるつまらない大人にならないための道、つまり「向こう側」は見付かるのか！「本当の自分」を閉ざした佐伯の今後は！？<br>常磐との関係は！？<br><br><br>今後の展開がとても気になりますね！！<br><br>思春期真っ只中(？)の僕もつまんない大人にはなりたくないと思っています。<br>なのでとても感情移入できました。<br><br>この作品なりのつまらない大人にならないための答えも知りたいです！<br><br>悪の華８巻はアニメに合わせて春に発売だと思われますとても楽しみです！
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<pubDate>Thu, 28 Feb 2013 18:03:01 +0900</pubDate>
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<title>桐島、部活やめるってよ</title>
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<![CDATA[ ミリオネアといいこれといいタイトルで映画選ぶもんじゃないね<br><br>ゲオでこの作品のくくりが「青春映画」になってたけどこれは青春映画ではないですね<br><br>１、テンプレ青春映画の批判<br><br>なぜかというと、かなりリアルな学園模様を描いているからです<br><br>最近再放送してたドラマ「マイボスマイヒーロー」と比べてみましょう<br><br>マイボスでは仲のいいグループは本当に仲が良くて、お互いに不満もない<br><br>そのグループごとにイメージが決められていて、明るいグループ、暗いグループ、卑屈なグループ、など。そしてイメージが被ることもないし登場人物ひとりひとりがとても個性的だ。<br><br>映像作品、創作物としてはとてもいいことだし、こうでなければ面白くないだろう。<br><br>だがそれは現実ではありません、あくまでもストーリーを面白く、円滑に進める為に考えられて作られた人形でしかないのです。<br><br>桐島ではここら辺の青春映画の典型に批判的な映画でした<br><br>描かれる生徒の数も少なく同じクラスでも登場しない人物もいます<br><br>人間関係も現実的で、同じグループにいても裏で悪口を言ったり、自分のプライドや面目を守るために隠し事をしたりします。<br><br>後に述べるスクールカーストも描くことでも批判していますね<br><br>２、上位グループと下位グループ<br><br>この作品では二つのグループが描かれています。<br>ひとつはクラスの中心的なリア充グループとオタク系な非リア充グループです<br><br>僕が非リア充グループに属してたこともあるからでしょうか、とても感情移入できました。<br>非リア充なら誰でも経験したことのあるような場面が沢山でてきます、もちろん嫌なことも全面的に描かれています。だからこそ現実的だと思いました。<br><br>どの学校でもリア充グループが上位、非リア充グループが下位、と区別がなされていると思います。これはスクールカーストというそうです。<br><br>　<br>恋愛・性愛経験 - 豊富なほど上位<br>容姿 - 恵まれているほど上位<br>ファッションセンス - 優れているほど上位<br>場の空気 - 読めたり支配できたりするほど上位<br>部活 - 運動系は上位、文化系は下位<br>趣味・文化圏 - ヤンキー・ギャル系は上位、オタク系は下位<br>自己像- 自分探し系は上位、引きこもり系は下位<br>　スクールカーストwikiから抜粋<br><br>３、スクールカーストの崩壊<br><br>僕はこの映画を非リア充グループで映画研究部の前田 涼也を主人公と考えて視聴しました<br><br>クラスの中心であった桐島がいなくなった途端クラスが崩壊し始めます。<br><br>その中で唯一ダメージを受けず自分のやりたいことをしていたのは前田 涼也等の下位グループだけでした。<br><br>中心を勝手に決めてしまうとその中心の力が強ければ強いほどいなくなった時の反動が大きい事がわかりますね。独裁主義への批判的考え方です。<br><br>桐島がいなくなったところでスクールカーストは崩壊します。<br><br>中心的存在だった桐島とみんなどこかで繋がっていたため被害はとても甚大です。<br><br>４、成長<br><br>中心人物の桐島とスクールカーストに頼りきっていた登場人物達は困り果ててしまい、グループ内でも喧嘩が起きるなど、今まで隠れていた本人の意思が見え隠れしていきます。<br><br>誰かに頼って生きるのではなく自分で意思を示して生きる事<br><br>桐島をなくしたクラスではこの趣旨の成長のもと成長が描かれました<br><br>一番分かりやすく成長したのは元野球部の菊池 宏樹です。<br><br>今までは自分の意思をあまり示さず流されるがままというイメージでしたが、後半にいくにつれて自分から野球部に行きたいと思ったり、下位だと思っていた前田 涼也の方が桐島をなくして右往左往している自分よりも強いと分かり、涙を流すシーンもあります。<br><br>他にも登場人物の成長は描かれていますが基本的な趣旨は菊池 宏樹とおなじです。<br><br>５、まとめ<br><br>同じ人間、それも同じクラスの人に上下の関係を付ける事の愚かさが全体を通して感じられました。本当の強さは運動神経やコミュニケーション能力では測れないんだと！<br><br>そして作品中のセリフの「俺たちはこの世界で生きていかなければならないのだから」がひとつの答えを示しています。<br><br>つまり中心をなくして困ってても上下の関係が嫌でも結局そこで生きていくわけだから受け止めなくてはいけないということですね。<br><br>作中で成長した登場人物等はみなこの答えにいきついています。<br><br><br>たくさんのメッセージの込められた映画だと思いましたが一つにしぼるとしたら、やはり最後の「俺たちはこの世界で生きていかなければならないのだから」になるでしょう。<br><br>色々と考えさせられる映画でした。<br><br>８５点
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<link>https://ameblo.jp/gzyntt/entry-11479803769.html</link>
<pubDate>Wed, 27 Feb 2013 17:57:15 +0900</pubDate>
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