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<title>h-kuriharaのブログ</title>
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<title>ガチンコ営業道！　28</title>
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<![CDATA[ 復活します！　と、宣言をしておきながら更なるお休み、、本当に失礼致しました。<br><br>その後、快気祝いにとささやかながら家族で近所の焼肉どんどんに食事をしに行き、嫁以外全員が食中毒に掛かり、その日の午後11時にまず一番下の息子、次いで2番目の娘、高校生の長男と私　順次嘔吐と下痢にみまわれ、嫁以外は明け方まで吐き気に悩まされ、辛い夜を強いられる状況となり、あさ一番で医者にかかるという事態に陥りました。<br><br>お薬で幾らか症状は治まったものの、子供たちは結局3日間学校を休まなければならない羽目になり、とんだ快気祝いとなってしまいました。<br><br>4日後、病院から連絡があり、検査の結果　黄色ブドウ球菌　が、全員から検出されたから、改めて直ぐ来い！　と、連絡があり、改めて新しいお薬も飲み始めようやく落ち着いた矢先に、一昨日お客様と飲みに行った帰りにまた吐き気と嘔吐に見舞われ、今回は少し熱も出たので昨日午後医者に行ったところ、改めて再検査となってしまい、場合によってはノロウィルスの可能性もありとの事でした。<br><br>来週の月曜日に検査結果がわかるので、それまではあまり人前に出るべきではないかと考えております。<br><br>今月は大変な月でした！
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<link>https://ameblo.jp/h-kurihara/entry-10718514649.html</link>
<pubDate>Fri, 26 Nov 2010 08:38:52 +0900</pubDate>
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<title>ガチンコ営業道！    お知らせ</title>
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<![CDATA[ 現在体調を崩し入院中でしたが、明日には退院出来そうなので復活致します。<br>長らくのお休み申し訳ありません。
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<pubDate>Wed, 17 Nov 2010 01:17:04 +0900</pubDate>
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<title>ガチンコ営業道！　27</title>
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<![CDATA[ 以前、新卒採用のコンサルを行う会社の名古屋支店と大阪支店のオフィスを仲介させて頂いた事があり、その際リクルート出身の社長からこんな質問をされた事があります。<br><br>『成長する』ってどういう事だと思う？<br><br>何年も前の話なので、何と返答したかは定かではありませんが、あまり的を得ない返答だったんでしょう、その社長からは、こんな回答が出てきました。<br><br>『変化して行く事だよ！』<br><br>小さな幼虫が大きな幼虫になるのは、成長では無い！<br><br>小さな幼虫がやがてさなぎになり、そして蝶になり空を羽ばたくようになる、これが成長だよ。<br><br>変化をして行くという事は凄く勇気のいる事で、今まで行って来た事を引き続いて行っている事の方が、大きな失敗をする事もなく無難である。　だけどそのままでは、その仕事をこなすスピードは多少上がるが、それ以上クォリティの高い仕事がこなせる奴にはなれない。<br><br><br>この話を伺ってから、常に変化する事ばかりを考えるようになり、これがかえって私の場合あだになっているような気もしますが、その意識は今後も持ち続けて行くように心がけよう！　と、今日営業の帰りに改めて感じました。<br><br><br><br>サラリーマン時代、目標を設定する度に『走れメロス』を、思い出してました。<br><br>この目標が達成出来なかったら、『母親が殺される！』　現実にそんな状況だとしたら、死にものぐるいでこの目標を達成するんだろうなぁ！　　そして達成出来るんだろうなぁ！　　常に月初、期初はそんな事を思って、目標を立ててました。（笑）<br><br>設定した目標が達成出来たら、更なる大きな目標を立て、また母親が両手両足に錘りと手錠を付けられている様子をイメージして、更なるステージをクリアして行く。サラリーマン時代はこれの繰り返しでした。ですが、あるステージに達した時、限界を感じました。<br><br>冒頭申し上げた成長の話は、その限界を感じた時に絶妙のタイミングで伺ったお話でして、そのお陰でそのステージをクリアする事が出来ましたので、多分一生忘れる事は無いと思います。<br><br><br>今日、大変ご尽力を頂いた方のお陰で、新たに大きなステージに立てる事になりました。<br>が、同時に今の僕ではクリア出来ない新たな限界を感じる瞬間でもありました。<br>このステージに立てたからこそ感じられる事が出来たので、極めて喜ばしい事なんですが、これを気にまたひとまわり大きな男になれるよう成長をしなければなりません！<br><br><br>お母さん　またふしだらな事を考えてしまう息子をお許し下さい。<br><br>でもお母さんは、必ず助けますから！<br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/h-kurihara/entry-10701502442.html</link>
<pubDate>Mon, 08 Nov 2010 22:59:32 +0900</pubDate>
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<title>ガチンコ営業道！　26</title>
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<![CDATA[ 今日はとある都市銀行の支店長さんより、土地の有効活用をご検討されるお客様のご紹介で、神奈川県の大和市に行ってきました。その方はビックリするくらいの大地主で、最寄り駅まで10分の道のりを、全てご自身の敷地を通って行く事が出来るくらいの方でした。<br><br>この仕事を通して、桁違いの大金持ちはたくさん見てきましたが、この人は過去お会いした方の中でもベスト10に入るくらいの方です。<br>（中には大型ジェット旅客機を40機お持ちになり、世界各国の航空会社にリースをしている方もいました）<br>資産家さんは得てして、初対面の人間に対してとっ付きにくい所をお持ちになる方が圧倒的に多いのですが、今回は息子さんがTBSのテレビマンでいらっしゃると言う事で、かなりスムーズに懐に飛び込む事が出来ました。　<br><br>私の、およそビジネスマンとかけ離れた経歴も無駄では無かった！　と、感じた数少ない瞬間でした。<br><br>今日はお仕事で息子さんとはお会い出来ませんでしたが、次回相模大野の美味しいナポリタンを食べさせてくれるレストランにご招待して頂ける事になり、そこでお会い出来そうです！<br><br>TBS と言えば、動物ランドや Howマッチ 以外にも、色んなバラエティー番組でお仕事をさせて頂きましたが、他局の方に比べて変人が多い局でして、本日お会いした資産家のご子息がそうで無い事を祈るばかりですが、、、、。<br><br>変人が多いTBS の中でも、特に変人だと思ったのは、現在はもう定年退職されていらっしゃると思うのですが、20年前 演出三部の部長をされていた今里さんです。<br><br>『どうなのよ？　ユー？』<br>これが今里さんの口グセで、今里さんにとって<br><br>『おはよう』は『どうなのよ？』であり<br>『こんにちは』は『どうなのよ？』であり<br>『おやすみなさい』は『どうなのよ？』というくらい『どうなのよ？　ユー？』を連発される奇妙な方でした。<br><br>今里さんに『どうなのよ？　ユー？』と、挨拶され『あの・・・・急にどうなのよ？・・・・・と、聞かれても・・・・・』と、まじめに答える必要がない挨拶の様なものなんだ！と、気づいたのは、かなり時間が経ってからの事でした。<br><br>一番驚いたのは、相手が大勢いる場合、つまり『どうなのよ？　ユー？』の複数型を聞いた時でした。<br><br>いつものように仕立ての良いジャケットを粋に着こなしたダンディーな今里さんが打ち合わせ中の会議室に入ってきて、スタッフ一同の煮詰まった顔を見るなり100万ドルの笑顔で、<br><br>『どうなのよ？　ユーたち？』<br><br>ユーが複数になるとユーたちになるんだぁ（爆）　　その後の会議は、ひたすら笑いを堪えなければいけない苦痛な会議であった事は言うまでもありません。<br><br>それ以外にも、会話の中には日本語に混じって、<br><br>『By the way  例の件だけど』　とか<br>『Anyway　こうしよう！』　とか<br>『As soon as ～　』　『Not only ～ but also』<br><br>と、英語がポンポン飛び出し、その上声がとにかくデカイときてるので、知らない人が見たら１００％マニラのぽん引きにしか見えないような人でした。<br><br>お会いして間もない頃は、会議中Gパンの上から太ももを思いっきりツネくりながら笑いをひたすら堪え続けていたのを思い出します。<br><br>でも本人は至ってまじめで且つとても偉い人なので、とても厄介です。<br><br>今里さんのお話をしたら、これも一晩では語り尽くせません。<br><br>それ以外に、当時のTBS には、新車のBMWに乗っているくせに、車体が重たいとガソリンを食う　と言う理由だけでスペアタイアをトランクからおろして走っている超ドケチの石川さんとか、数え上げたらきりがない程変人が多くいます。<br><br>石川さんの数々のドケチ談話も、改めて機会があればこのブログで記しますが、石川さんの奥さんが、<br>『うちの主人は本当にお人好しなんだから～～！』と、言うくらいの更なるドケチだと知ったのは不動産屋に来てからの事でした！<br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/h-kurihara/entry-10698545078.html</link>
<pubDate>Sat, 06 Nov 2010 01:28:24 +0900</pubDate>
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<title>ガチンコ営業道！　25</title>
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<![CDATA[ 今朝のブログで　『海外での激務』　と記載しましたが、どんな仕事だったかと言うと、主に<br><br>わくわく動物ランド<br>世界まるごとHow マッチ<br><br>のVTR部分の撮影で海外を飛び回っておりました。この番組が放送されていた1992年までは、1年365日のうち300日以上は海外出張でした（笑）　<br><br>こんな生活を送っていた期間　3年10ヶ月　　<br>渡航国数　ちゃんと数えていないですが間違いなく50カ国以上（バチカン市国やリヒテンシュタイン等も入れたら）<br><br> こんな生活を送っている間に、死にかけた事も何度もありました。<br><br>南アフリカ共和国　　シロサイに襲われる<br><br>スリランカ　　　　　象に襲われる<br>　　　　　　　　　　テロリストに襲われる<br><br>ケニア　　　　　　　ライオンに襲われる<br>　　　　　　　　　　ハイエナに襲われる<br>　　　　　　　　　　カバに襲われる<br>　　　　　　　　　　黄熱病で余命宣告される<br><br>タンザニア　　　　　マラリアで余命宣告される<br>　　　　　　　　　　ライオンに襲われる<br>　　　　　　　　　　移動中のセスナの不時着陸<br><br>ウガンダ　　　　　　コンゴとの国境付近で4日間拘束される<br>　　　　　　　　　　少年兵に狙撃される<br><br>ニューヨーク　　　　白タクのおじさんにホールドアップさせられ所持金全てを巻き上げられる<br><br>カナダ　　　　　　　そり上がった氷河が倒れ、その水しぶきが津波となってその津波に飲み込まれ流される<br><br><br>今思いつくだけでこれだけなので、多分もっとあります（笑）<br><br>上記の中でも特に怖かったのは、スリランカのテロリストに教われた時と、カナダの津波と、ウガンダでの拘束は、多分一生忘れません。病気もかなりヤバかったですが、恐怖が無かったのであまり印象に無いんだと思います。<br><br>いずれ個々についての詳細は、ブログに記しますが、いずれも『もう、死ぬんだ～～～！』と、覚悟した瞬間です！<br><br>なので、めまいなんかは楽勝です！<br><br><br><br>　　　　　　　　　　
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<link>https://ameblo.jp/h-kurihara/entry-10697524706.html</link>
<pubDate>Thu, 04 Nov 2010 23:39:49 +0900</pubDate>
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<title>ガチンコ営業道！　24</title>
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<![CDATA[ 先週末より体調が悪く、暫くお休みしておりましたが今日より復活致します。<br><br>以前にも記載したかと思いますが、テレビのカメラマンを辞めて、不動産屋さんへの華麗な？転身をはかった理由に、身体の問題がございました。<br>3年間の海外における激務がたたってか、ファインダーをのぞいていると目が回るようになってしまい、カメラマンを続けられなくなったと言うのが一番大きな理由なのですが、実はそのめまいが今なお続いており、数ヶ月に一度の割合で発生しております。<br><br>これは、医者にも理解出来ない部分があるらしく、10カ所以上の病院で色々調べて頂きましたが結局判らないので、現在に至っております（笑）　<br><br>それでも、かれこれ10年以上の付き合いになるので、発生しそうな時は何となくその気配を感じるようにもなり、今では女性の生理のような位置づけになっております。ただ、発生すると吐き気と立っていられない程目がぐるぐる回るので辛いのは辛いのですが、、、、、。<br><br>今回は、相鉄線の二俣川と言う駅でその症状が発生して、不覚にもホームで倒れ込んでしまったもので、駅員さんが119番してしまい、神奈川がんセンターと言う病院に救急車で運び込まれるという大事になってしまいました。<br><br>ここでも耳鼻科の先生がどうしても検査をしたい！　との事なので、暫く通院する事になってしまいましたが、多分結果は今まで通り判らずじまいだとは思います。<br><br>この病気だけは、中々人に説明しても良く理解してもらえないので、（医者が理解出来ないんで当たり前ですが、、、、）最近ではいちいち説明せず別の用事が入っていた事にしております。ですが、たまにつじつまの会わない事もあり、誤解を招く原因の一つにもなっており、困る事と言えばその事くらいですかね！（笑）<br><br>いずれにしても、多分年内はもう無いかと思いますので、通院しながらと言う制約は受けますが、本日より完全復活です！<br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/h-kurihara/entry-10696737050.html</link>
<pubDate>Thu, 04 Nov 2010 09:38:49 +0900</pubDate>
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<title>ガチンコ営業道！　23</title>
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<![CDATA[ 今日は日帰りで、大阪出張だったんですが、JRの大阪駅でバレリーナのようにくるくる回りながら近づきティッシュを配っている奴を見ました！<br>めったなことではティッシュを受け取らない僕が思わずティッシュを手にしてしまったので、色々考えたあげくの果てがあのバレリーナ配り何でしょうが、あの人ごみであんな恥ずかしい事　僕には死んでも出来ません（笑）<br><br>アルバイトと言えば、学生の頃に豊島園で友人二人と共にぬいぐるみに入って子供達に風船を渡すアルバイトをした事があります。<br><br>それぞれクマとパンダとピンクのウサギのぬいぐるみを来て園内で風船を配り始めたのですが、9月下旬でしたが外はまだ暑い日が続いており、ぬいぐるみを着て歩き回るのはかなりの重労働で、開始30分もしないうちに限界に達してしまいました。<br><br>暫くするとピンクのウサギが、『おい！ちょっと休憩しようぜ！』　と、声を掛けて来たので、3頭は休憩を取る事にしたのですが、流石に１時間で事務所に戻る訳にもいかないので、園内の人目につかない木陰のベンチで休憩する事にしました。<br><br>ベンチに座るや否や、ピンクのウサギが『一服しようぜ！』と言ってタバコを見せたので、3頭は並んで一服していたのですが、、、、、。<br><br>クマとパンダとピンクのウサギがベンチにふんぞり返って一服しているとんでもない光景を、社員さんに見つかってしまい、3頭ともその場でクビになりました。（笑）<br>ピンクのウサギに関しては、社員さんに飛び蹴りされてましたからね（爆）<br><br>ちなみに、このブログでも紹介した、現在東京女子医大に入院中の男がパンダで、ピンクのウサギは日本空港ビルディング株式会社と言う羽田空港を所有する会社の課長さんです。<br><br>早く空港内に俺がテナントを誘致出来るようなセクションに移してもらえよ！　　××田くん！<br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/h-kurihara/entry-10689575427.html</link>
<pubDate>Wed, 27 Oct 2010 23:16:09 +0900</pubDate>
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<title>ガチンコ営業道！　22</title>
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<![CDATA[ 広告業界でADと言えば、アートディレクターの略で、かなり地位も高いのですが、テレビ業界になるとADは、アシスタントディレクターの略であり、その身分はディレクターの奴隷、もしくは下僕です。<br><br>そんな下僕や奴隷を従えて、当時偉そうにしていた某目玉マークのテレビ局員だった方から、神谷町にオフィスをお探しになるお客様をご紹介頂きまして、本日お会いして参りました。<br>早速、物件を幾つかご覧頂く事になり、今回はビジネスになりそうな手応えを掴んで参りました。<br><br>帰り際、お客さん紹介してやったんだからおごれよ！　<br><br>その方は、目玉マークのテレビ局を退社され、現在はお父さんの後を継いで不動産管理会社の社長をおやりになられております。関西テレビを辞めて上京してきた私を、公私ともに支えてくれた方でもあります。が、ディレクター当時のこの人は、まぁ～わがままな人でした。<br><br>本番前のスタジオでセットを見ながら、突然<br><br>『日本語しゃべるアメリカの犬を連れて来い！』　とか、<br><br>『こ～んなにでかい、人間の背丈ほどあるタンポポが、どうしてもほしいぁ！』とか、<br><br>『松田聖子そっくりなバアさん、探して来い。そっくりじゃなきゃ意味ねぇぞ！　神田正輝が見間違うようなバアさんを本番までに探して来い！』とか、、、、、、、。<br><br>当時この人に殺意を覚えたADは、数えきれません。<br><br>この人の下についたADは、この人が『清水の舞台から飛び降りたつもりで、、、、』と言う言い回しを、間違って『清水（しみず）の舞台、、、』と、覚えていたが為に、5年間その方の前ではずっと『やっぱり今回は清水（しみず）の舞台から飛び降りたつもりでやりましょう！』と、訂正出来ないまま使い続けたと言う逸話まで作らせてますし、<br><br>更にこの人は、とにかく下僕であるADの名前を覚えない人で、<br>『オイ！』　『そこの！』　『タコ！』　くらいならまだしも、<br>肉体的特徴をついて、<br>『サル！』　『キリン！』　『ウマ！』と、まぁ無茶苦茶でした。<br><br>あるときその方が、どうしてもADに急用が出来て、連絡を取らなければならなくなり、当時携帯電話なんて物がなかった時代でしたので、深夜自宅に電話したとき、いつもアダ名で呼んでいたせいで、どうしても本名が思い浮かばず、電話に出られたADのお母さんに<br><br>『夜分遅くに申し訳ありません。　若ハゲくん居ますでしょうか？』<br><br>と、アダ名に　” くん ”　　を、付けて失礼にならないようにしたと言うアホな人でした。<br><br>こんな人ですが、関テレを辞めて上京して来た私に色々仕事をまわしてくれたり、しょっちゅう飯をご馳走してくれたり、当時新婚ホヤホヤだったのに2ヶ月もの間居候させてくれたり、メチャクチャお世話になった人で、わがままでケチですが本当に憎めない人です。<br><br>今日は取り敢えず、下北沢のやるき茶屋でムリクリ納得させ、ご馳走させて頂きましたが、店員さんにチーズの盛り合わせ無いの？　だの、　ほにゃららのワイン無いの？　と、メニューに無い物ばかり注文して、店員が置いてないとでも言おう物なら　『ねぇのかよぉ～　ったく使えねぇ店だなぁ～！』と、わがままさは、相変わらずご健在でした。<br><br><br>親愛なる松本さんへ<br><br>わがまま過ぎんだよ　このタコ！<br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/h-kurihara/entry-10688701121.html</link>
<pubDate>Wed, 27 Oct 2010 00:07:14 +0900</pubDate>
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<title>ガチンコ営業道！　21</title>
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<![CDATA[ 昨日は、嫁の診療のお付き合いで一日中 北里大学病院におりましたが、そこでメチャクチャ面白い人とお知り合いになりました。<br><br>診察待合室で順番を待っていると、頭は丸刈り、眉間には深いしわ、鋭い眼つき、どうみてもヤクザだろうと言う風体の方は、聞けば不動産屋だと言い、大学を卒業してから大手不動産会社を経て現在は競売を中心に物件を買い、リノベーションをして転売すると言ったスキームの会社を自ら経営していると言う。<br><br>競売でも、ヤクザが占有していて誰も落札しないようなややこしい都心の一等地物件を、住宅街の一軒家並の値段で落札し、ヤクザを追い出し、正規の相場価格で販売する。1件決まれば数年は寝て暮らせるらしく殆ど仕事はしていないとの事。（やっぱりヤクザじゃん）<br><br>最近は競売妨害の法律も整備され、取り締まりもきつくなってきているので、そんな物件もめっきり少なくなって来ているとの事ですが、一度そんな物件が出て来たら命がけの仕事になるらしい。過去に命の危険を感じたような事は数知れず、、、、。（怖）<br><br>そんな彼から、「今度、私のホームページを見て下さい」と言われ、ビックリ !。ホームページを持っていること自体ビックリなのに、内容をみて、２度ビックリ。　内容が詩である、ポエムである。彼の風貌からは、絶対に想像できない世界である。ボランティア活動も積極的にしている、施設・養老院等を訪問してお手伝いをしている、スゴイ　!。<br>仕事では、ヤクザを追い出し、私生活では、詩を書き、ボランティア活動をする、ギャップが大きいだけに、感動も大きかった。<br><br>人を見た目で判断してはいけないという、典型的な例でした。<br><br>追伸　ブログにHPのURLを乗せて良いかと訪ねたら、そんな前ふりがあるなら辞めてくれと頼まれ、記載出来ませんでした。顔写真付きで公開したらメチャクチャアクセス増えるのに～～～！（爆）<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/h-kurihara/entry-10687917604.html</link>
<pubDate>Tue, 26 Oct 2010 07:48:32 +0900</pubDate>
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<title>ガチンコ営業道！　20</title>
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<![CDATA[ 先日入院した友人が、日医大永山病院から東京女子医大病院に転院になり、そのお見舞いに行ってきました。<br>この半年ほど37度以下に体温が下がらず、原因が分からないまま早半年が過ぎようとしている中、本人は結構元気そうで少し安心しました。<br>今回の転院は、薬品投与だけではらちがあかないので、開胸も視野に入れてより専門的な医師のいる病院へとの事でした。　友人とはかれこれ30年近い付き合いになり、現在は父親の家業を継いで建築板金の会社を営んでいるのですが、この1年はまともに仕事もできておらず、親が残してくれた遺産を食いつぶしながら生活をしていると笑いながら話してくれました。<br>この半年で15kgも痩せ、みるからに病人と言う風体で、この先この病気が治るのかさえも依然として判らない状況の中で、笑いながら、、、、、。<br><br>永山病院に入院してから週に一度のペースでお見舞いを続けており、その都度必要な物を運んでいたので、ベットの周りはまるでオフィスか？　と、思わせるような状況になっております。<br>ベットの横にPCはもちろん、プリンターまで備え付けている奴は、数百ある病床を数える東京女子医大でも私の友人だけでしょう（笑）<br><br>思えば、私も多数の方に支えられて現在があります。（自慢出来る現在ではありませんが、、、。）<br>色んな方に支えられてきたと言う感謝の気持ちを忘れずに、友人の支えになれるようこれからもフォローはして行くつもりです。<br><br>明日と月曜日は嫁さんの付き添いで一日中病院に行く事になっており、ここのところ病院づいております。嫁は精神的な病なので、いつ完治するのかは不確定要素を多分に含んでおりますが、友人とともに<br>私の大事な人です。<br>ここまで色んな方に受けたご恩を、私が次 友人や嫁にする番だと思っております。<br><br>以前から色々お世話になっているとある不動産会社の社長（僕より年下）が、以前こんな話をしてました。<br>『困っている人を助けたり、支えになってあげたりすると　いずれそれは自分に返ってくるんですよ！』　勿論、そんな打算で行動する訳では無く、常にそんな気持ちでいるように心がけている　と言う事でしょうが、僕より10歳近くも若いのに大したもんだと当時感心したのを今でも覚えてます。<br><br>ビジネスもあまり欲深くならず、且つアグレッシブに、そして助け合う心を持ちながら頑張ろう！　と、改めて心に刻んだ一日でした。<br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/h-kurihara/entry-10683858559.html</link>
<pubDate>Thu, 21 Oct 2010 23:38:58 +0900</pubDate>
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