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<title>すべてがパワースポット</title>
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<description>今いる場所も、経験も、出会った人も、すべてが宝物</description>
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<title>生きているうち</title>
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<![CDATA[ <p><font size="2">大学における学部設置基準の緩和以降、日本では様々な学部や学科の名称が乱立している。それに対して、ア〇大学のバ〇学生なんて揶揄している人さえいて、それはそれで読み物として面白い。</font></p><p><font size="2">私自身、この現象に関しては悪いとは思っていない。既存の学問分野では追いつかないほどの時代の流れによって、人間だけではなく宇宙全体において、＜どうしてよいのかわからない＞ということをまざまざと感じられていることであるし、実際この解決に向けて行動を起こしている政治団体や学校が存在する。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">これに対して、私が要望することはただ一つ。</font></p><p><strong><font size="2">学部の名にした限り、教員は学術分野として成立させる責任感を持ち、大学（学部）はそこに存在する教員が一つになって新たな学問分野を追求する機会を与えるべきであるということ。</font></strong></p><p><font size="2">これに尽きる。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">しかし、現状の各大学の現状をみてみると、既存の学術分野をを複合させただけのもの、目新しい名称にし客寄せ（受験生増加）を目指すもの、新たな分野を目指すためにつけたはずなのに実際は既存の学術分野と何ら変わらない理念を持っているもの、、、である。</font></p><p><font size="2">つまり、新たな学術的分野としての確立を目指そうとするものではないのである。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">さて、この動きの中目立つのが、<strong>人間〇〇学部</strong>という名称である。</font></p><p><font size="2">人間そのものを追求する、人間の生き方を追求する、人間のさらなる教育を追求する等、である。</font></p><p><font size="2">しかし、それらの学部で行われていることの実態は、人間を対象にした既存の生理学、発生学、教育学等の複合体である。授業として行われていることのほとんどは、それぞれの教員の専門分野にまかせた各論の繰り返しである。</font></p><p><font size="2">確かに、それぞれの教員が長年研究してきた成果を学生たちに還元するという基本は崩してはならない。だが、学部に所属していることを考えるならば、その学部の名称を付けた以上、それを学術的に捉え、新たな学問分野を目指した核となる理念をその場にいる教員全体で追求していかなければならないと思う。その核となる理念を置いた上で、人文科学や自然科学を超えた取り組みがなされ、学生をも巻き込んだ大学としての方向が見えてくるように思える。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">これの難しさは、自分の（大学の中でのみの）立場や利益のためのみに動き回り、皆で考え抜いた理念やルールでさえ簡単に書き換えてしまう、こんな大学教員があまりにも多いということである。ある程度の立場になると、自分と同列の人間ばかりになる風土がそうしているのか、こんな考えを持っている人は新たな何かに踏み出そうとはしない（この時点で研究者として私は認めることができない）。しかし、研究者であり教育者であるという道を選んだ者としては何ともさみしい話である。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2"><strong>人間〇〇学部</strong>とつけた以上、胎児から息を引き取るまでの位置づけの中、今の学生たちをどうするか。そして、学術的に核となる理念はどのようなものなのか、徹底的に追及してもらいたいと考える。そこには、経営者として手腕を発揮してもらえるスタッフが必要なのはもちろんであるが、その話はまた別に書くこととする。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">さて、人間の一人である自分、これからどう生きるか。1990年代に日本を震撼させた大きな事件があったとき、警視庁の捜査一課長であった寺尾氏が警察官となった理由について以下のように語ったとある。</font></p><p><strong><font size="2">「一度しかない人生。人の役に立ちたい。そうした手応えがほしかった」</font></strong></p><p><font size="2">この言葉に私は何度も勇気をもらえた。</font></p><p><font size="2">息を引き取るまでがいつかは分からない。だけど、生命尽きるまで今の思いを忘れず、行動し続けてみたい。一度しかない人生なのだから。</font></p>
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<pubDate>Sat, 08 Mar 2014 18:03:43 +0900</pubDate>
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<title>チャンス</title>
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<![CDATA[ <p><font size="2">次年度に向けた動きが決まってきた。</font></p><p><font size="2">自分で決めた道、やるしかない、と。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">今の場所を離れることは、正直様々な面でマイナスになろうかと思う。</font></p><p><font size="2">だけど、反対にそれをプラスに変えなければならない。</font></p><p><font size="2">そんなこと考えていたら、稽古中に怪我をしたある学生にこんなことを言ったのを思い出した。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><strong><font size="2">怪我をしっかり治してください</font></strong></p><p><strong><font size="2">そして、怪我をして良かったなと思えるように頑張ってください</font></strong></p><p><strong><font size="2"><br></font></strong></p><p><font size="2">と。</font></p><p><font size="2">長所と短所は隣合わせ、もっと言ったらそれは考え方次第。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">何をプラスとするのか、何をマイナスとするのか。</font></p><p><font size="2">それが例え同じ状況であったとしても、自分の感情、思考、行動によって、どちらにでもすることはできる。</font></p><p><font size="2">もう、これだけで次に何を考え、やるべきかの答えは決まってくる。</font></p><p><font size="2">あとはそれを具体化するだけ。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">結局今回も人に助けられて決めた進路。</font></p><p><font size="2">面白いもので、求めているうちは決して得られず、諦めかけていると誰かが求めてくれる。</font></p><p><font size="2">「あなたを待っている。」</font></p><p><font size="2">「あなたが必要」</font></p><p><font size="2">と言われることも幸せであった。だけど、私がその求めに応じようと思った一言は</font></p><p><font size="2">「<strong>がんばれ！！</strong>」</font></p><p><font size="2">である。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">口説き文句としてはなかなか珍しいことだと思う。だけど、どうも今一つ自信を持てず、一歩前に進めずにいたここ数年の自分に対して背中を押してくれた。</font></p><p><font size="2">初めて話した人。しかも、電話で。それなのに、ここ数年で一番言ってもらいたかった一言を言ってもらえたような気持ちになった。きっとこの一言は一生忘れることはできないと思う。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">もう一度、たくさんの人と共に希望を語るチャンスを得た。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">つい最近も大切な仲間がくれたメールに、</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><strong><font size="2">一人一人に一生懸命ぶつかる</font></strong></p><p><strong><font size="2">仕事が大好き</font></strong></p><p><strong><font size="2">生徒との話をするときはとてもキラキラしている</font></strong></p><p><strong><font size="2"><br></font></strong></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">と私のことを書いてくれた。</font></p><p><font size="2">一人一人に全力で向かう、この一言に対して自問自答してしまった。</font></p><p><font size="2">ここ数年、そんなこと全然できていなかった。</font></p><p><font size="2">出会った生徒・学生、全てに100％</font></p><p><font size="2">このポリシーを実践してこなかったように感じる。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">今回声をかけてくれた先生がこんなことを言ってくれた。</font></p><p><font size="2"> </font></p><p><strong><font size="2">僕は何もしていない。あなたのこれまでが、この結果なんだよ。</font></strong></p><p><strong><br></strong><font size="2"> </font></p><p><font size="2">と。</font></p><p><font size="2">さて、10年後の未来。同じ言葉をかけてもらえることができるだろうか。</font></p><p><font size="2">未来のために今何ができるか。</font></p><p><font size="2">出会いに感謝し、今を精一杯生きる。これしかない。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2"><br></font></p><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/h-syougun/entry-11786559784.html</link>
<pubDate>Mon, 03 Mar 2014 19:52:42 +0900</pubDate>
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<title>期待</title>
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<![CDATA[ <p><font size="2">本日、杖道の講習会があり、審判法もはじめて経験。</font></p><p><font size="2">剣道以外の審判など、今後やることがあるのだろうか。</font></p><p><font size="2">終了後、母から電話が入っており、かけなおす。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">中学校時代の剣道部のコーチをして頂いていた先生が亡くなったとのこと。</font></p><p><font size="2">95歳の大往生である。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">決して怒ることなく、いつも笑顔で接して下さっていた。</font></p><p><font size="2">自分たちの勝ちたい、強くなりたいという思いを何よりも尊重してくださる、そんな雰囲気を持っておられる方であった。</font></p><p><font size="2">奥山京介先生が亡くなられた後、その道場での指導を中心とされていたため、先生が来られるのは毎週木曜日。そして、大会の時。当時80歳前後だったのに、自転車に防具を乗せて稽古に来られていた。</font></p><p><font size="2">とにかく元気、そしてとてつもない優しさに溢れた先生であった。</font></p><p><font size="2">同級生は11人。皆心をつかまれていた。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">武専仕込みの考え方。</font></p><p><font size="2">＜大きい技ができれば、小さい技もできる。大きい技を稽古しなさい＞と。</font></p><p><font size="2">稽古では、縁を切ることと、残心がないことについての戒めが多かったと記憶している。</font></p><p><font size="2">そして、残心の話になると、いつもこんな話が。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><strong><font size="2">僕が武専にいたとき、持田先生という先生がいてね。ある日、その先生に片手突をいったんだよ。すごく強い先生でね、いつもかすりもしなかった。だけど、片手で突いた時、当たったのがみえたんだ。「当たった！！」って思ったらね。次の瞬間、持田先生が僕の名前を読んでるのが聞こえたんだよ。「檜山君、檜山君！」ってね。何が起こったのかさっぱり分からなかった。それで、後から周りで見てた人に聞いたら、僕が突きにいった後、持田先生がすぐに僕を突いたんだそうだよ。それで、僕はひっくり返って気絶してしまんたんだ。</font></strong></p><p><strong><font size="2">だからね、「当たった！！」と思ったってことは、僕に残心が無かったってこと。強い人は、しっかりそこを応じてくるんだから。だから、打った後は1番気をつけなくちゃならないし、相手に技を出されてもすぐに向かっていかなくちゃならないよ。</font></strong></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">中学生の自分に持田先生なんて名前を出されても分からなかった。だけど、何度も何度もその話を聞いていたから、持田という先生がいたことだけは覚えていた。</font></p><p><font size="2">高校に入って、何となく剣道の本を読んでいたら、持田盛二という先生の記事が載っていた。</font></p><p><font size="2">よく読んでみると、明らかに先生が武専にいたころの時代と合致した。この範士十段の先生が、先生の先生だったんだ。。。すごく驚いたのを覚えている。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">それから、武専のことも気になって少し調べてみた。</font></p><p><font size="2">武専って何のことなのか？いつくらいまであったのか？どんな人たちがいたのか？</font></p><p><font size="2">そしたら、先生の話に出てくる人が、雑誌にたくさん出ている。</font></p><p><font size="2">「友人の〇〇という人が亡くなってしまったので、来週は稽古に来られない」とか。</font></p><p><font size="2">「後輩の〇〇君は、武専にいたときは全然強くなかったのに、卒業してから稽古を頑張ってすごく強い人になった。だから、剣道はいつ強くなるかわからないんだから、今は勝てなくても一生懸命頑張ってください」</font></p><p><font size="2">とか、名前を出していた人、みんな今九段じゃん、って知って驚いた。</font></p><p><font size="2">そして、先生が武専の主将だったってことを知って猶更驚いた。</font></p><p><font size="2">病気による20年間の空白期間がなければ先生だって。。。</font></p><p><font size="2">いや、その20年間があったから、僕たちはあれほどの愛情で教えを受けることができたのかな。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">だけど、先生は奢るとかそういうことではなかった。先生の頭の中は、僕らを強くすること。剣道の魅力を伝えることで満たされていた。教えられた人間は本当にそう思うんじゃないかなと。</font></p><p><font size="2">年に何度も手紙や葉書を頂くけど、それはすごい達筆で、そこでいつも励ましてくれていた。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">さて、中学校の剣道部の送別会の時である。</font></p><p><font size="2">後輩たちが色紙を送ってくれた。僕らはそれを受け取り、指導して頂いた二人の先生のところに持っていって裏にメッセージを書いてもらった。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><strong><font size="2">「将来を期待する人間像」</font></strong></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">と。そして、「80年生きた私が言うから間違いない」と言って手渡された。</font></p><p><font size="2">受け取った時、手が震えたのを覚えている。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">今、これを書いていても涙が溢れてくる。</font></p><p><font size="2">自分という人間が嫌になった時は、いつもこの言葉を思い出していた。</font></p><p><font size="2">だけど、とてもじゃないけど、先生の期待になんか応えられていない自分。</font></p><p><font size="2">そこまで思って頂いたのに、ただただ申し訳なさだけ。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">謝罪と御礼に行きたいのに、この雪で葬儀には行けなさそうである。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><strong><font size="2">そんな暇はないでしょ。一生懸命仕事をしなさい。</font></strong></p><p><strong><font size="2"><br></font></strong></p><p><font size="2">と言われているようでならない。</font></p><p><font size="2">葬儀は、まさかの親父の命日と重なる。2人に同時に言われているような感覚である。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2"><br></font></p><br><p><font size="2">明日からは、学生とスキーの実習。</font></p><p><font size="2">もちろん、一生懸命頑張る。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">そして、</font></p><p><font size="2">自分の生き方を見つめ直し、先生の期待の有難さと重さをしっかりと受け止め、前に進んでいきたい。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">今更かもしれない。</font></p><p><font size="2">だけど、やるしかない。</font></p><p><font size="2">それが恩返し。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">心よりご冥福をお祈りします。</font></p><br><p><font size="2"><br></font></p>
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<pubDate>Sat, 15 Feb 2014 20:02:36 +0900</pubDate>
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<title>選択</title>
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<![CDATA[ <p><font size="2">恩師からの急なる電話。</font></p><p><font size="2">5年前も同じような内容。次年度の仕事について。</font></p><p><font size="2">そして、答えを次の日までというところまで同じ。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">しかし、今回は5年前とは違う。</font></p><p><font size="2">私だって色々と学んだ。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">以前は、恩師からの話にそのまま飛びついた。</font></p><p><font size="2">悩みに悩んだが、恩師からのお言葉に心が躍った。</font></p><p><font size="2">今回もそこまでは同じ。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">だけど、今回ばかりは・・・</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">断りの電話。</font></p><p><font size="2">様々なことを言われた。ここでは言えないような内容まで言われた。</font></p><p><font size="2">罵倒とまで言えるようなことかもしれない。</font></p><p><font size="2">それでも自分で決めた。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">やはり、自分でやりたいこともある。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">人は人を傷つける。人は人に傷つかされる。</font></p><p><font size="2">だけど、人に救われる。</font></p><p><font size="2">だから、人を大切にしないでいられなくなる。</font></p><p><font size="2">それが、私。</font></p><p><font size="2">そんななか、はじめて進路という面で自分自身を最優先に考えた行動をとってみた。</font></p><p><font size="2">正直解き放たれた。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">5年間は後悔しか残らなかった。</font></p><p><font size="2">人生で最も充実できなかった。</font></p><p><font size="2">こみあげてくるものもなかった。</font></p><p><font size="2">それもすべて自分の責任なのであろうが。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">もうこれで後戻りできない。</font></p><p><font size="2">ずっと立ち止まっていた。</font></p><p><font size="2">職場以外にも進んでいきたい道がとれなかった。</font></p><p><font size="2">ようやく一歩進めた。</font></p><p><font size="2">やり残したこともたくさんあるけれど、それもこれからのエネルギーに変えてみせる。</font></p><p><font size="2">この5年間ではじめて前をみることができた。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">以前勤めていたところの主任からのお別れのメッセージに、</font></p><p><font size="2">「いつも前向きで、志が高く、夢を共に語れそうな雰囲気が魅力でした」</font></p><p><font size="2">とあった。</font></p><p><font size="2">とてもじゃないが、この5年間そんな生き方ができなかった。</font></p><p><font size="2">その方にも申し訳なく思う。</font></p><p><font size="2">そのほかにも、「〇〇県の教育界は待ってるぞ」とか、「戻ってきて活躍できる日を祈ってます」</font></p><p><font size="2">とか、以前の職場の方からは今年もそんな年賀状が送られてきた。</font></p><p><font size="2">その方々にも申し訳なく、ただ時間だけが過ぎていた。いや、過ごしていた。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">それでも、ようやく一歩進めた自分。</font></p><p><font size="2">絶対にこの選択は正しかったのだという生き方をしてみせる。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/h-syougun/entry-11760873392.html</link>
<pubDate>Thu, 30 Jan 2014 09:04:06 +0900</pubDate>
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<title>「作るもの」、「なるもの」</title>
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<![CDATA[ <p><font size="2">兄の下の女の子が今年成人式を迎える。</font></p><p><font size="2">一昨年、上の子のプレゼントを渡した時、「2年後楽しみ」の一言。</font></p><p><font size="2">渋谷の街を必死に探しました。</font></p><p><font size="2">ほんとにいろんなことを考えて、あーでもない、こーでもないを考えながら。</font></p><p><font size="2">付き合ってくれた友達にも感謝。</font></p><p><font size="2">結果は、すごく喜んでくれて一安心。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">地元で家族が集まる時のメンバーは、</font></p><p><font size="2">母、姉、姉の旦那、姉の子2人、兄の奥さん、そしてその子2人。</font></p><p><font size="2">兄とは腹違いであり、戸籍上も無縁。</font></p><p><font size="2">ついでにいうと、姉とは父親が違う。</font></p><p><font size="2">だから、兄の奥さんと、その子2人は母親にとっては他人である。</font></p><p><font size="2">にも関わらず、私の提案に合わせて、全員の時間を調整し、お店も選んでくれた。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">何よりも嬉しかったこと。</font></p><p><font size="2">昔から通っているなじみのお店にいる奥さんに、「孫です」と言ってくれた。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">早く死んだ兄の分、その子たちに何かしてあげられないかと一人で考えていた。</font></p><p><font size="2">がんばろうとも思っていた。</font></p><p><font size="2">突っ走りすぎたのかもしれない。</font></p><p><font size="2">これは仕事も一緒か・・・</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">家族ということに関して、少し肩の力をぬいてもいいのかなと考えさせられた。</font></p><p><font size="2">この一言に救われた気がした。</font></p><p><font size="2">こっちが何とかつなぎ合わせようとしなくても、十分つながっていたのかなと。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">人間関係は、「つなげる」ものじゃなくて、「つながる」もの。</font></p><p><font size="2">地元で最後の夜となる今日は、「作った」ものじゃなくて「なった」友達と、いつもと同じ、他愛もない話であろう会話で、盛り上がってこよう。</font></p><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/h-syougun/entry-11742291512.html</link>
<pubDate>Fri, 03 Jan 2014 15:17:56 +0900</pubDate>
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<title>走馬灯</title>
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<![CDATA[ <p><font size="3">先週、お世話になった先輩の急逝。</font></p><p><font size="3">7月にお会いしたのが最後。その時撮った写真もしっかり残っている。</font></p><p><font size="3">地域のためにエネルギッシュに働きかけていました。</font></p><p><font size="3">周囲を明るくする人で、信頼も厚く。</font></p><p><font size="3">子ども3人を残して逝かれました。</font></p><p><font size="3">道場にいたころから、兄弟のように接していた中の一人。</font></p><p><font size="3">亡くなり方が私の兄と同じ。朝ご家族が起こしにいったら冷たくなっていたと。。。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">つい先日は教え子が事故で亡くなる。</font></p><p><font size="3">人々に明るい未来を作りたくて働きかけていた人。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">自分以外の誰かのために必死で生きていた人から次々に亡くなっていく。</font></p><p><font size="3">それが運命というのならあまりに残酷すぎる。そして、日本にとって大きな損失である。</font></p><p><font size="3">そんな志を少しでも受け継ぎたいと思いつつ、あまりにも力不足な自分。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">亡くなるときに走馬灯のように自分の人生が流れるという。</font></p><p><font size="3">だけどそんな走馬灯をみるような人生を送りたくはない。</font></p><p><font size="3">これからの日本が、そして出会った生徒や学生がどんな世界を作ってくれるだろうか。</font></p><p><font size="3">死ぬとき、明日から先の、未来のことが自然と浮かんでくる。そんな生き方をしてみたい。</font></p><p><font size="3"><br></font></p><p><font size="3">ご冥福をお祈りします。</font></p><br>
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<link>https://ameblo.jp/h-syougun/entry-11696475848.html</link>
<pubDate>Sat, 16 Nov 2013 13:36:00 +0900</pubDate>
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<title>8月31日</title>
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<![CDATA[ 毎年来るこの日。<br><br>偉そうに学生に説教なんかできる人間か俺は。<br>笑わせる。<br><br><br><br>Android携帯からの投稿
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<link>https://ameblo.jp/h-syougun/entry-11604007359.html</link>
<pubDate>Sat, 31 Aug 2013 23:03:00 +0900</pubDate>
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<title>哲学的な遺書</title>
<description>
<![CDATA[ <p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><font size="3"><span lang="EN-US"><font face="Century">1903</font></span><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">（明治</span><span lang="EN-US"><font face="Century">36</font></span><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">）年</span><span lang="EN-US"><font face="Century">5</font></span><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">月、日光の華厳の滝から投身自殺をした若者がいる。当時、第一高等学校の学生であった藤村操という人物である。この時、現場近くのミズナラの大木を削り、墨文字で残した文言がある。後世、最も哲学的な遺書として後世に伝わることになった、「巌頭之感」である。この死因は哲学的な自殺であったとか、失恋によるものとかあるが、未だに明らかにはなっていない。ただ、</span><span lang="EN-US"><font face="Century">10</font></span><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">代の学生が書いたものであるということは事実である。内容ははっきりいって、私自身消化できていない。当時の</span><span lang="EN-US"><font face="Century">10</font></span><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">代の人間が、どのような感情の中で、日常のどのような思いの中で書かれた言葉なのか知りたくて、いつでもみることのできるところに書いておきたい。それだけのこと。</span><span lang="EN-US"><br></span></font></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span lang="EN-US"></span></p><p><font size="3" face="Century"> </font></p><p></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><b style="mso-bidi-font-weight: normal"><font size="3"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">　　悠々たるかな天壌遼々たるかな古今。五尺の小軀をもってこの大をはからんとす。ホレーショの哲学、竟に何等のオーソリチーを価するものぞ。万有の真相は唯一言にして悉す。曰く「不可解」。我この恨を懐いて煩悶、終に死を決するに至る。既に巌頭に立つに及んで、胸中何等の不安あるなし。始めて知る、大なる悲観は大なる楽観に一致するを。</span><span lang="EN-US"><br></span></font></b></p>
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<link>https://ameblo.jp/h-syougun/entry-11591818824.html</link>
<pubDate>Tue, 13 Aug 2013 14:07:53 +0900</pubDate>
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<title>心ここに</title>
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<![CDATA[ <p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><font size="3"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">人間は必ず死を迎える。それを常に考える。そうすることによって、今生きるということを考える。宗教もこの死を捉えた上で、生を考えることにはじまっていく。道元は死を考えなければ真に充実した人生はおくることができないと言った。ガンジーは、「生は死から生じる。麦が芽吹くためには、種子が死なねばならない。」「明日死ぬかのように生きよ。永遠に生きるつもりで学べ」と、死を意識した生き方を考えた。中島義道先生のように、死を人間にとって最大の不幸と捉え、そこに生きることの虚しさを感じ、最終的にはよい意味で開き直った生き方をされておられるようにみえる。いずれにせよ、死というものを捉えた時、次に考えるのは自らの人生をどうするか、それに加えて自分の死んだ後の世界を考えてしまう。良い悪いではない、死んだ後まで考えてしまうのは、私の癖のようなものだ。</span><span lang="EN-US"><br></span></font></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><font size="3"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">　さて、爆笑問題があるテレビ番組の取材をもとに新書にしたいじめという怪物において、面白いことが書いてあったので、ここに書き留めておく。</span><span lang="EN-US"><br></span></font></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><font size="3"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">　<b style="mso-bidi-font-weight: normal">明治維新の時の学生発布において、それまであった私塾や寺子屋を一斉に変えた。その時に出た無理が今もなお続いているという。明治維新を成し遂げた人々は、ほとんど私塾で育っているはずなのに、その人たちが上に立つと、将来自分みたいな優秀な人材が現れ、この政府を壊すかもしれないと恐れた。そのため、政治には全く関係のない教育科目だけを外国から輸入した。</b></span><b style="mso-bidi-font-weight: normal"><span lang="EN-US"><br></span></b></font></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><font size="3"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">　おおよそこのようなものである。</span><span lang="EN-US"><br></span></font></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><font size="3"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">　この話の真偽は調べてみなければ分からないが、面白い見方である。この見方に沿って考えると、新たな日本を作った人にとって、自分よりも優秀な人材が育ち、自分の立場を脅かす存在への恐怖はもちろんのこと、これまでにない自分が作ってきた国の形を壊されることへの嫌悪感のようなものもあったのかもしれない。これは、あらゆる学校の</span><span lang="EN-US"><font face="Century">OB</font></span><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">や</span><span lang="EN-US"><font face="Century">OG</font></span><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">たちが持つ、自分のいた頃の母校の雰囲気を守りたくて仕方がないという感情に似ている。つまり、自分が作り上げ、実際にいた環境を変えられることに対し、人間は感情的に否定的になりがちである。その気持ちも分からなくない。だが、今の時代を生きている人というのは、明治維新を行った人でもなければ、軍国主義を突き進んでいた時代の人たちではない。後世の人間は、自分の生まれてきた国を築き上げていった人を敬い、彼らの積み重ねの上で我々が生きられていることを自覚し、生きていくべきである。一方、既に先に死ぬことが決まっている人間は、自分の生きたうちにできたことはできたこととして、後の時代の人間のことは見守っていくぐらいの器量が必要である。これは、会社内でも同じこと。去ってしまったあとは、それをいじっている人のことに口を挟まないことと一緒である。あまりにも変えられてしまった時、そんな人材しか育てられなかった自分の能力の無さを悔やむしかない。なぜなら、国のために生命を投げ出した人たちが、今の日本をみて感じる所があっても、何もできないのだから。</span><span lang="EN-US"><br></span></font></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><font size="3"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">　優れた人、自分に大きな影響を与えた人、そんな人のことを人は忘れない。その人の意志を受け継ぎたいと、死してもなお尊敬している一人の人がいる。剣道も人間的にも未だに愛してやまない人はたくさんいる。聖人とはかけ離れた生き方を送った豪快な人であった。しかし、多くの人に愛された。その人が、死の直前、行きつけのいくつかの飲み屋に残したという言葉がある。ほぼ伝説であり、私の友人は「</span><span lang="EN-US"><font face="Century">1</font></span><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">つみつけた！」と、涙を流しながらはしゃいでいた。</span><span lang="EN-US"><br></span></font></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><font size="3"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">　「<b style="mso-bidi-font-weight: normal">心ここに</b>」</span><span lang="EN-US"><br></span></font></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century"><font size="3">心さえあれば、後は自分と接してきた人々がこれからの世界を作ってくれることを、善き世界にしてくれることを祈るだけである。</font></span><span lang="EN-US"><br></span></p>
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<link>https://ameblo.jp/h-syougun/entry-11591818368.html</link>
<pubDate>Tue, 13 Aug 2013 14:07:25 +0900</pubDate>
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<title>進化と今</title>
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<![CDATA[ <p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><font size="3"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">かつてのサルトルとレヴィストロースとの争い。</span><span lang="EN-US"><br></span></font></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><font size="3"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century">　「なぜ、今の我々の生活の方が進化しているといえるのか。」</span><span lang="EN-US"><br></span></font></p><p class="MsoNormal" style="MARGIN: 0mm 0mm 0pt"><span style="FONT-FAMILY: &quot;ＭＳ 明朝&quot;,&quot;serif&quot;; mso-ascii-font-family: Century; mso-hansi-font-family: Century"><font size="3">　ビートたけしは、間抜けの構造において、一握りの天才が人類を進化させる、という。現在の我々が最先端の技術を駆使しても、結局ほんのわずかの人間しか、古代ギリシャや何百年前の問題を解けない。我々はその恩恵にあずかっているだけであり、人類全体が進化しているとはいえない。これは、あらゆる生活においてもそう。今あるもの、与えられているものが当たり前と思ってはならない。「テレビが故障しただけでもあたふたしてしまうのが現代人で、そもそも電気があるのが当り前だと思っているんだから。マッチ一個、釘一本、自分でつくれやしない。それこそ天変地異が襲ったら、一瞬で終わっちゃう。そういう危うい土台の上に、我々は立っているということを忘れちゃいけないよ」心に留めて置こう。</font></span><span lang="EN-US"><br></span></p>
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<link>https://ameblo.jp/h-syougun/entry-11591817011.html</link>
<pubDate>Tue, 13 Aug 2013 14:03:03 +0900</pubDate>
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