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<title>ブログ</title>
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<title>2022年退職♡目標</title>
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<![CDATA[ 明けましておめでとうございます<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/002.png" width="24" height="24" alt="ニコニコ" style="vertical-align: text-bottom;"><div><br></div><div>昨年はバタバタと色んなことが起きた1年でした<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/029.gif" width="16" height="16" alt="あせる" style="vertical-align: text-bottom;"></div><div><br></div><div>年末には今の本業である施設の施設長を退職したいという想いを、経営者へ伝えました!!</div><div>退職時期は、私の都合のいい時期でいいと言ってもらえました<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/038.gif" width="16" height="16" alt="音譜" style="vertical-align: text-bottom;"></div><div><br></div><div>正直、流れに身を任せようと思っていたので、退職時期を好きに決めていいだなんて迷う<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/020.png" width="24" height="24" alt="ガーン"></div><div>と戸惑いましたが,,,</div><div><br></div><div>今は自分の心にどうしたいか、尋ねています!!</div><div>ちょっと心も迷ってるみたいです<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/015.png" width="24" height="24" alt="笑い泣き" style="vertical-align: text-bottom;"></div><div><br></div><div>そんなこんなで、年末には退職の話をしてラジオの収録をして～(すごく楽しかった<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/006.png" width="24" height="24" alt="ラブ" style="vertical-align: text-bottom;">)</div><div>年越し後には介護の初任者研修の講師のお話をいただき、美味しいローストビーフとパン屋さんから楽しそうなコラボのお話をいただき～</div><div>主任ケアマネになるための近道も知ることかでき～<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char4/664.png" width="24" height="24" alt="笑" style="vertical-align: text-bottom;"></div><div><br></div><div>楽しいことが続いていて、毎日がルンルンの私です<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/031.gif" width="16" height="16" alt="ドキドキ" style="vertical-align: text-bottom;"></div><div><br></div><div>今年の目標</div><div>♡自分軸で決める</div><div>♡サロンの時間を多くする</div><div>♡動画撮影を始める</div><div>♡新しいことにチャレンジする</div><div>♡サロン店舗を増やす</div><div><br></div><div>が目標です!!</div><div>私にしかできないことに、チャレンジしていきます<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/008.png" width="24" height="24" alt="チュー" style="vertical-align: text-bottom;"></div>
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<pubDate>Tue, 18 Jan 2022 21:22:28 +0900</pubDate>
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<title>受け取ったメッセージ</title>
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<![CDATA[ やりたいことを決めた私は、それからも色々な場に参加させてもらうことがあり、たくさんの出会いが続きました<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/038.gif" width="16" height="16" alt="音譜" style="vertical-align: text-bottom;"><div><br></div><div>前回のブログでお話した守護霊との会話ができる方からも、一番大切なことは「自分を大切にすること」でした。</div><div>あとは、どんどん自分のことを人に話していった方がいいとも言われました。</div><div><br></div><div><br></div><div>その後も玉置妙憂さんの講演会があり、その時も私が受け取ったものは、「自分を大切にすることで、その後に他人を幸せにすることができる」</div><div>というものだった。</div><div>この講演会のあとは、やっぱり今は自分を大切にすることで、スタート地点に立てるんだな～と感じました。</div><div><br></div><div>後日、マヤ暦を学ぶ機会もあり、そこでも同じメッセージを受け取りました<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/015.png" width="24" height="24" alt="笑い泣き" style="vertical-align: text-bottom;"></div><div><br></div><div>自分がやりたいことや、こうする!!という決意などを人に話する機会も増え、そうするとまたそれに関連した方の紹介や、参考になる場面に出くわすことも増えました。</div><div><br></div><div>自分が行動することにより、運が動き運命も変わる。</div><div>そこで色んな理由をつけて動かない方は、動かないという選択をしているだけ。</div><div>運が動くことで、いい気も循環する。</div><div>すごく納得し、いいお話もたくさん聞けました。</div><div><br></div><div>そして冬至前日に、サロンでやりたかった施術の講習の予約を取ることができ、冬至の日からその施術が可能となり、また自分の可能性が広がりました<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/031.gif" width="16" height="16" alt="ドキドキ" style="vertical-align: text-bottom;"></div><div><br></div><div>施設の業務は、まだ退職日など相談中ですが地元のラジオ局から出演依頼がきたりと楽しい仕事も増えました<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/304.gif" width="16" height="16" alt="合格" style="vertical-align: text-bottom;"></div><div><br></div><div>余計な不安はもたず、自分がやりたいことや自分の感情を受け入れ、自分ファーストで生きていきます<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char4/615.png" width="24" height="24" alt="ニコニコ" style="vertical-align: text-bottom;"></div>
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<pubDate>Sun, 26 Dec 2021 02:05:09 +0900</pubDate>
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<title>職場復帰</title>
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<![CDATA[ <p>葬儀が終わり、通常通りの業務に戻った。</p><p>施設長とケアマネを兼務している私は、仕事モードの頭になるのに2週間程かかった。</p><p><br></p><p>でも、何か色々と違和感を感じる・・・</p><p>賞与査定のための面談をしながら、いつもならほぼそのままの内容で通る査定内容が真逆にくつがえされたり、他もろもろ違和感がありつつ自分が仕事モードになってないからかな？とも思いつつ過ごしていたけど、ずーっと消えない違和感。</p><p><br></p><p>母の四十九日が近づき、お寺さんへ必要なものを聞きながら揃え、自宅で法要を行った。</p><p>引き物と、お寺さんへのお布施を準備した。</p><p><br></p><p>長女は相変わらず、お寺さんより後にきて、法要が始まる直前に帰りました。</p><p>何をしに来たのか？？</p><p>法要を受けずに帰る意図も分からず、分かりたくもなかったので放置することにしました。</p><p>祖母は激怒していますが<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/020.png" width="24" height="24" alt="ガーン" style="vertical-align: text-bottom;"></p><p><br></p><p>無事に法要も終わり、みんなが帰ったあと本当に</p><p>あー終わった。</p><p>と燃え尽きたあとの脱力感っていう感覚がありました。</p><p>そして、どこかスッキリしていて長女のことも何とも思わず、私何だか次元上昇した？と感じるほど寛大に色々受け止めることができました。</p><p><br></p><p>それからも職場の違和感は増し、本当に自分がやりたい仕事なのか？</p><p>そして、自分を大切にすることにフォーカスして将来をどうしたいか、見直すことにしました。</p><p><br></p><p>まず、自然に帰りたい。という思いが強くなり、山の方へ主人と旅行に行き、その夜には星空観賞会に参加して、新月の夜空にたくさんの星が見えて、流れ星も天の川もはっきりみることができました。</p><p><br></p><p>宿に戻ってからも、温泉に浸かりながら自分を大切にするってことは何なのか？</p><p>瞑想していると、今まで自分のためと思っていた行動が、他人ファーストになっていることに気がつきました。</p><p><br></p><p>そっか。</p><p>もう母に使っていた時間やお金も、自分に使っていいんだ。</p><p>こう思ったとき、本当にやりたいことや、逆にやりたくない事を手放す覚悟を決めました!!</p><p><br></p><p>そんな決意をしたら、すぐに知人からお父さんがガン末で、先のことに不安があるというか悩んでる方がいて、ふと私の事をお話したら、会って話がしたいとのこと。</p><p>私でお力になれるのなら是非!!と新たなご縁もいただきました。</p><p><br></p><p>なぜ是非!!と思ったかというと</p><p>今は入居の施設で働いており、もうそこで私が学ぶことはないと思ったこと。</p><p>そして、在宅でお看とりができるようにサポートしたい。美容サロンも継続したい。</p><p>という本当の自分の声に耳を傾けることかできた矢先に、その在宅の看とり関連の相談が舞い込んできたのです!!</p><p><br></p><p>もちろんお金はとりません。</p><p>その方ともお互いに良い情報交換ができ、私はますますそういう状況下の過多のお手伝いがしたいと強く思いました。</p><p><br></p><p>それからは、理事長と退職に向けた話をさっそく進めています<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char4/614.png" width="24" height="24" alt="にっこり" style="vertical-align: text-bottom;"></p><p><br></p><p>12月に入ってから、また新たな出会いがたくさんあり、美容サロンのやりたかったことも冬至前に実現し、また毎日が楽しくて仕方ない日常になってきました<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char4/610.png" width="24" height="24" alt="飛び出すハート" style="vertical-align: text-bottom;"></p><p><br></p><p>やりたくない事を手放していくだけで、うんとストレスを受けなくなり、笑顔でいられる時間が増えました<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/035.gif" width="16" height="16" alt="ラブラブ" style="vertical-align: text-bottom;"></p><p><br></p><p>余談ですが、守護霊とお話できる方と会ったとき母がどんな気持ちだったのか聞くと、お母さんは苦しさとかつらさはなかったと。</p><p>どっちかっていうと、出産するときの方がしんどかったと言っていると聞いたとき、吹き出しそうになりました。</p><p>その方はとても真剣に、質問のつじつま合うかな？と首をかしげながら私に伝えてくれたのですが、私はとっても母らしい答えだと納得しました!!</p><p>そういう母だったからです<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/001.png" width="24" height="24" alt="爆笑" style="vertical-align: text-bottom;"></p><p><br></p><p>そして、母から大きなギフトが届いているが、私がまだ受け取れる状況下になく、それを受けとるにはちゃんと悲しんで、寂しいときには泣くことをしてその時間をきちんと自分につくってあげると、何かは分からないけどギフトが受け取れると教えてくれました。</p><p><br></p><p>確かに、ちゃんと悲しむまもなく日常に戻ったので、今後はそんな時間も大切にしながら、母からのギフトも受け取っていきたいと思います<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/026.png" width="24" height="24" alt="ラブ" style="vertical-align: text-bottom;"></p><p><br></p>
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<pubDate>Sun, 26 Dec 2021 01:48:49 +0900</pubDate>
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<title>介護士としての使命</title>
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<![CDATA[ <p>母が亡くなり、賑やかで理想としていた看取りができたと思う一方で、母の想いはどうだったのか・・・</p><p>と正解が知りたい気持ちも出てきていた。</p><p>&nbsp;</p><p>寂しさからなのか、亡くなる２日前と前日の夜の様子が昨日のことのように思い出されては泣く。を繰り返している。</p><p>自分の中で寂しいという感情が出し切れていないだけなのか、後悔でもあるのか・・・</p><p>&nbsp;</p><p>後悔があるとすれば、もう少し早く母の友人や遠い親戚に知らせたほうがよかったのかな？</p><p>という思いがあるぐらい。</p><p>でも知らせていたら、みんなの行動が不自然になっていただろうな・・・そうすれば母は予後を悟り知りたくないことを知ってしまっていたかもしれない。</p><p>そう思うと、これでよかったと思える。</p><p>&nbsp;</p><p>私は介護歴１３年。</p><p>夫の母も結婚後１年程経ってから癌がわかり、手遅れ状態で看取った。</p><p>義母は自宅で最期を迎えたいと言っていたが、最終的に叶わなかった。</p><p>そんなやりきれてない思いがあり、実母の最期にはやり切ると誓った。</p><p>&nbsp;</p><p>家族にも、なぜそこまで母にしてあげるのか？と聞かれたことがある。</p><p>理由は、自分が後悔しないようにしたいから。これは介護職あるあるなのかもしれない。</p><p>&nbsp;</p><p>過去に働いていた施設で、身寄りのない方の葬儀を社葬することが多くあった。</p><p>そんな中で感じていたことは、この入居者の方にとって自分が関わって最期がここでよかったと思えるようなそんなかかわり方をしたい。</p><p>という感情が出てきたから、それからの仕事はそこが基準となり、</p><p>この方の最期に関わらせてもらえることはご縁があったということ。</p><p>そして、最期に関われることができる人もまた一握りなんだと思うと不思議な縁を感じて、ありがとうございました。と後悔なく</p><p>見送れることがとてもやりがいのあることに繋がっていた。</p><p>&nbsp;</p><p>だから、実母はもっと情が入り娘としてできることや、介護士としてできること、ケアマネとしてできること。</p><p>自分がもっているものを活かしながら、できない部分は他の方に手伝っていただき実現する。</p><p>でも、一番大切なのは本人がどうしたいのか？だと思うので、母から聞き出せる事や母の性格を読み取って、</p><p>最期まで母らしくいられるような環境で、穏やかに・・・がテーマだった気がします。</p><p>&nbsp;</p><p>母は賑やかな環境が好きで、親戚も私たちの友達もかまわず仲良くなり、気づくと実の子抜きで私たちの友人とお出かけしていたり</p><p>する人でした。</p><p>よく言えばこうなりますが、悪く言えばどこまでも自分ファースト。笑</p><p>そんな母だったので、とにかくみんなにいつものように接してもらい、コロナで会いにくい状況だったので、コロナの前の状況を</p><p>復活させたい思いがありました。</p><p>&nbsp;</p><p>私が自分の頭の中で、こうなるといいな～と思い描いていたことが現実に起き、とっても感動しました。</p><p>私はこの日のために介護職を続けていたのかもしれないと、使命を感じました。</p><p>また、介護という中にもいろんなジャンルがある中で、</p><p>自分がやりたい！！力になりたい！！伝えたい！！という感情もでてきたので、</p><p>時期をみて在宅介護やお看取りにかかわることを仕事にしていくことを実現していきます！！</p><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Sat, 18 Dec 2021 12:37:32 +0900</pubDate>
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<title>葬儀翌日</title>
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<![CDATA[ <p>今日からは、色々な手続きに行きます。</p><p>・市役所で葬祭費申請</p><p>・介護保険証返納</p><p>・年金停止手続きと未支給年金申請</p><p>・除籍確認書類</p><p>・相続手続きのための公的書類</p><p>・光熱費の名義変更</p><p>等</p><p>&nbsp;</p><p>役所でできることをなるべくまとめて済ませました・・・</p><p>それから、入院していた病院にお願いしていた診断書等も出来上がったとの事で</p><p>取りに行きました。</p><p>きっと障害疾病にはあたらないと思うけど・・・保険会社へ申請だけしてみます。</p><p>&nbsp;</p><p>母と同居していた兄には、親戚のおばさんと町内の総代さんへの挨拶など済ませてもらいました。</p><p>なんやかんやしていたら、昼も過ぎとりあえず疲れたので、実家で母の遺品整理や処分をすることにしました。</p><p>実家に帰ってきてから、少しずつ掃除をしていたので母のベッドがあり動かせなかったタンスを主に片づけていました。</p><p>すると、見覚えのない通帳とキャッシュカードが出てきて、母が私に渡した通帳とは別に企業年金が少しだけ入ってくる口座を</p><p>隠し持っていました。</p><p>とっても驚き<img alt="びっくり" draggable="false" height="24" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/014.png" width="24"></p><p>そこには、祖母が渡したであろうお金が入金されており、預貯金がほぼない母に預金が出てくることになりました。</p><p>&nbsp;</p><p>その後祖母に話をきくと、病院代に色々入用になるからあげたお金だとの事。葬式代に使いなさいと言ってくれました。</p><p>銀行で凍結手続きをして、引き出しできるように何が必要か話も聞きに行きました。</p><p>すると、預貯金が１００万円以下の場合は、相続代表者の実印があれば手続きができるとの事だったので</p><p>なんとなく安心しました。</p><p>（長女が絡むことになるとめんどうなので・・・）</p><p>&nbsp;</p><p>今日一番の隠し口座事件を、姉や父にも話をして驚きを共有しました。笑</p><p>&nbsp;</p><p>この日も実家へ泊り、翌日も役所へ行ったり来たりしたり、ケアマネさんがご挨拶に来られたり</p><p>ご近所さんがお線香をあげにきてくださったりと、何かと来客対応が必要で外出することができませんでした。</p><p>&nbsp;</p><p>葬儀から３日目</p><p>この日は祖母が歩いて家へ来たので、一緒に喫茶店へ行き、祖母との時間を楽しみました。</p><p>祖母は以外と落ち着いていますが、日にちが経った頃が心配です。</p><p>&nbsp;</p><p>この日の夜に、私は自分の自宅へ帰りました。</p><p>明日からは仕事も通常に戻し、必要時に実家へ行くことになります。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/h1r0min/entry-12716294793.html</link>
<pubDate>Sat, 18 Dec 2021 12:05:18 +0900</pubDate>
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<title>葬儀</title>
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<![CDATA[ <p>前日のお通夜から、バタバタのまま葬儀の日となりました。</p><p><br></p><p>昨晩遅くに、母の棺に入れてあげたい「うなぎ」と「お寿司」を買い忘れていることに気付き</p><p>早朝から父と兄がスーパー巡りをしてくれました<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/005.png" width="24" height="24" alt="おねがい" style="vertical-align: text-bottom;"></p><p><br></p><p>9時半頃から親族が集まり、みんなに寄せ書きも書いてもらい、母の友人にも挨拶をすませ葬儀が始まりました。</p><p><br></p><p><br></p><p>お通夜で泣いたこともあり、スッキリした気持ちで喪主の挨拶など終えました。</p><p><br></p><p>棺にお花を入れて、母と最後の対面の場面では,,,</p><p>兄が号泣😭😭😭💦</p><p><br></p><p>つられてもらい泣きする人が人が続出しました<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/029.gif" width="16" height="16" alt="あせる" style="vertical-align: text-bottom;"></p><p>祖母も、泣きながら「沢山食べさせてもらうんだよ、良いところに逝くんだよ」</p><p>と娘に言葉をかけていました。</p><p><br></p><p>お別れをして、私は遺影を持ち母と霊柩車に乗り込みました。</p><p><br></p><p>火葬場に到着し、最後のお別れをするとき長女の姿が見えず火葬場の部屋の外に居ました。</p><p>みんなが呼んでも、大丈夫です。</p><p>と拒否しています。</p><p><br></p><p>母と向き合う事なく母が亡くなり、きっと母の死に対しても理解が追い付かなかったんでしょう。</p><p><br></p><p>骨あげするときも、長女は居ませんでした。</p><p>何のために来たのか、腹もたちましたがグッとこらえ事を済ませて葬儀会館へ戻り、初七日法要を執り行いました。</p><p><br></p><p>最後、お寺さんにお礼を伝えお布施をお渡しし、お寺さんからは「若いのに、しっかりとおつとめされ、えらかったですね。」と言葉をかけてくださり、体の力がふと抜けたのがわかりました。</p><p><br></p><p>母がなくなる2日前ぐらいから、葬儀を終えるまでずーっとしっかりしなきゃ!!とガチガチに自分を固めて、本心を抑えていた事に気づかされ、お寺さんからの声かけには涙がでそうでした。</p><p><br></p><p>親族を見送り、会館の精算を確認後実家に戻りました。</p><p><br></p><p>少しあとに会館の担当者さんが、今後の法要のお話などに来られ、喪服から着替える事なく夕方になりました。</p><p><br></p><p>葬儀に来られなかった親族が、祭壇に手を会わせに来てくれるともう17時をすぎており、やっと私服に着替えお昼ごはん？というか夜ご飯？を食べることができました。</p><p><br></p><p>親族からも「お疲れ様」と父や次女からも「よく頑張った」と声をかけてもらいました。</p><p><br></p><p>食事のあとは、すぐに香典を開けながら記録に残していきます。</p><p>本当にゆっくりはできませんでした<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/029.gif" width="16" height="16" alt="あせる" style="vertical-align: text-bottom;"></p><p><br></p><p><br></p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/h1r0min/entry-12715757815.html</link>
<pubDate>Wed, 15 Dec 2021 09:34:50 +0900</pubDate>
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<title>お通夜</title>
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<![CDATA[ <p>母の死亡確認が終わり、夕方葬儀やさんがドライアイスやお線香など必要なものを整えてもらいました。</p><p><br></p><p>一晩自宅で安置することにしました。</p><p>その時に、葬儀やさんと火葬の時間を決め明日のお通夜の時間は19時となりました。</p><p><br></p><p>詳細の打ち合わせはお通夜当日の午前中になるとのこと。</p><p><br></p><p>家族で夕食を食べていると、長女一家が来ました。</p><p>こんばんは。とよそいきの暗い声で長女はじーっと母の方を向いて正座して微動だにしません。</p><p>心で会話をしていることはわなりましたが、どんな気持ちなのかはわかりませんでした。</p><p><br></p><p>私は怒りが少し込み上げてきましたが、葬儀が終わるまではかかわらず、冷静に過ごすと決めました。</p><p><br></p><p><br></p><p>30分ほどで長女一家が帰宅しました。</p><p><br></p><p>私は2日間寝てなかったので失神寸前で、夫の車で自宅へ戻り休みました。</p><p><br></p><p>久しぶりに寝るというか、気絶した感覚です<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/020.png" width="24" height="24" alt="ガーン" style="vertical-align: text-bottom;"></p><p><br></p><p>翌朝葬儀やさんから連絡が入って、12時から打ち合わせとなりました。</p><p><br></p><p>12時から14時まで、19時からの通夜や翌日の葬儀の引き物や食事やプランを打ち合わせし、15時には母のお迎えに来られるとのことで、打ち合わせ後遺影の写真を選び母のお迎えが来ました。</p><p><br></p><p>葬儀の担当の方から、喪主さんは着替える暇がないと思うので着替えてきてくださいと言われ<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/028.gif" width="16" height="16" alt="汗" style="vertical-align: text-bottom;"></p><p><br></p><p>バタバタと会館に泊まる準備をすませ、会館に向かいました。</p><p><br></p><p>母の写真をコルクボードに飾りながら納棺の儀を執り行い、早くも通夜1時間前となり受付を頼んだ親戚が来てくれていました。</p><p><br></p><p>そこからはアテンドされ通夜が始まりました。</p><p>喪主の挨拶では泣かないと決めていたけど、友達の顔を見たら自然と涙が溢れてきてしまった<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/028.gif" width="16" height="16" alt="汗" style="vertical-align: text-bottom;"></p><p><br></p><p>バタバタと通夜式も終わり、親族を見送り控え室へ戻り時計を見ると20:30!!</p><p><br></p><p>家族で食事をしながら、会館の方と翌日の葬儀の打合せをしていると、会館の担当者さんからお母様の似顔絵を書いてみました!!と絶妙に似ている色紙を渡され、私と姉は爆笑😆</p><p>一気に疲れが吹っ飛びました!!笑</p><p><br></p><p>会館担当者のOさんは、若いのにとってもしっかりされていて気遣いもできる方でした<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/002.png" width="24" height="24" alt="ニコニコ" style="vertical-align: text-bottom;"></p><p><br></p><p>翌日みんなに寄せ書き書いてもらおう！</p><p>と変なスイッチが入り、姉は色紙の準備をして帰り、私と夫は母とともに会館に泊まりました♪</p><p><br></p><p>夜中、換気が悪いのか線香の煙が充満して起きたりと色々ありましたが、何とか眠りにつきました♪</p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/h1r0min/entry-12713741081.html</link>
<pubDate>Fri, 03 Dec 2021 22:29:33 +0900</pubDate>
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<title>せん妄→旅立ち</title>
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<![CDATA[ <p>9/24の夜からせん妄状態が出始め、０時過ぎからは寝起きを頻回に繰り返していました。</p><p>母が起きると言えば、私はベッドに乗り、端座位の母を支えるように母の横に座って母を支えていました。</p><p>&nbsp;</p><p>朝方４時ごろ、酸素飽和度が徐々に下がり酸素を５ℓマックス使用。</p><p>手足の末端が冷えてきており、いよいよか。と覚悟していました。</p><p>熱発も38℃と発汗しており、着替えも２度ほど行いました。</p><p>呼吸苦が続くようになり、オプソを使う事を躊躇していましたが、</p><p>これを使うしかない。と決断し５時ごろオプソを服用させました。</p><p>&nbsp;</p><p>すると、母が少し眠りに入りました。</p><p>私は夫に、いよいよかな。とラインし、夫はすぐに行きます。とかけつけてくれました。</p><p>母が起きたようで、私の夫に「あら、はやいね～」と声をかけていた。</p><p>夫の顔をみたら、何だか涙がとまらなくなりしばらく台所で泣いていました。</p><p>&nbsp;</p><p>9時ごろ、酸素飽和度91％と下がってきて、訪看さんへ受け答えはかろうじでできている状態であることと、末端のチアノーゼがみられていることを報告した。</p><p>それと同時に、近くに住んでいる親戚や家族に、会いに来てもらったほうが良いかも。とラインを入れた。</p><p>&nbsp;</p><p>9時半ごろ、祖母といとこが来てくれた。</p><p>祖母は状況がのみこめず、苦しそうだから医者呼ばなきゃ！！と私に訴えていました。</p><p>私とそこに居たいとこは介護従事者なので、「大丈夫よ」と祖母に声をかけていました。</p><p><br></p><p>何度か祖母は母の元へかけより、久しぶりのお母さんをしていました。</p><p>&nbsp;</p><p>次々と母の兄弟や親族がかけつけてくれて、母も午前中はなんとか言葉を発する事ができました。</p><p><br></p><p>お昼前にはほぼ全員の親族がそろい、正月のような賑わいでみんないつも通り、わいわいお話しながらリビングで母を見守ってくれていまいた。</p><p>&nbsp;</p><p>私は母のそばから離れず、なんやかんや介助していました。</p><p>その時の雰囲気がとても良く、私が理想としていた賑やかな看取りの環境でした。</p><p>みんな心配はしているけど、シーンとしているわけではなく、温かく見守ってくれている事も伝わっていました。</p><p>&nbsp;</p><p>１２時頃、母の薬の準備や食べれそうなゼリーの準備をして介助すると、飲み込みができない状態でした。</p><p><br></p><p>すぐに訪看へ連絡し、すぐきてくれることになりました。</p><p><br></p><p>待っている間、口に含んだものをかき出し、吸引器で吸えるものを吸引していました。</p><p>この頃には、受け答えができない状態でした。</p><p>&nbsp;</p><p>訪看さん到着し、バイタルなどをとってくれて私に、点滴はしても本人さん苦しいだけかもしれない。とさとしました。</p><p>私は、親族もほぼそろっているので、点滴はしません。</p><p>と答え、また何かあれば連絡ください。とお帰りになりました。</p><p>&nbsp;</p><p>その後、連絡のとれた母の友人も会いに来てくれて母に話しかけてくれていました。</p><p><br></p><p>私と母の友人で母を囲み、懐かしい話などを聞かせてくれていた時、母がボソボソっと何か言っているようなそぶりをみせ、呼吸が止まりました。</p><p><br></p><p>私と母の友人は２人で目を合わせ、旅立ったことをアイコンタクトで会話しました。</p><p><br></p><p>親族は気づいておらず、私から「今旅立ちました。」</p><p>と伝えると、祖母がすぐにかけより「良いところに逝くんだよ」と声をかけていました。</p><p><br></p><p>そんな姿に我慢していた涙がまた溢れだしました。</p><p><br></p><p>訪看さんが帰ってから1時間半ほどの頃でした。</p><p>訪看さんへ連絡をいれ、すぐにかけつけてくれて先生へも連絡を入れてくれました。</p><p><br></p><p>親族は帰ってもいいよと促しても、誰一人としてその場を離れませんでした。</p><p>先生が到着するまで50分ほどの間、訪看さんは口腔ケアをして、私たちと先生を待ちました。</p><p><br></p><p>介護士のいとこから、いろんな看とり経験したけど、こんなに良い看取りは初めてだった。</p><p>すごくいい看取りだったね。</p><p>と言ってくれて、私も同じ事考えてた!!</p><p>と話していると、訪看さんも私もこんなに、賑やかな環境でのお看取りは初めてです。</p><p>と共感してくれました。</p><p><br></p><p>先生の死亡確認がすみ、親族へお礼を告げ解散しました。</p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/h1r0min/entry-12713523066.html</link>
<pubDate>Thu, 02 Dec 2021 18:49:43 +0900</pubDate>
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<title>呼吸苦→翌日　9/24</title>
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<![CDATA[ <p>昨晩もほとんど寝られていないが、私は疲れも感じなくなってきていた。</p><p>母は夜間寝られていないので、ウトウトしている状態を繰り返していた。</p><p>&nbsp;</p><p>いつも母は６時ごろ起きるが、この日は７時半ごろまで横になっていた。</p><p>ふと「起きる」と言い、しんどくないの？と聞くと、「大丈夫」と起き上がり、定位置のソファーへ起きてきた。</p><p>&nbsp;</p><p>８時頃訪看さんから電話があり、どうですか？と聞かれる。</p><p>私は母のそばから離れ、昨晩の様子と解熱し現在起きているという状態を伝えた。</p><p>食事が食べられなかったら、糖尿の薬を抜くように指示をいただいた。</p><p>１３時ごろ訪問にくるとのことだった。</p><p>&nbsp;</p><p>母の着替えを終えると、いとこが使用していないポータブルトイレを持ってきてくれた。</p><p>とっても助かる。。。</p><p>&nbsp;</p><p>母はこの日、ほとんどソファーで寝て過ごしていた。</p><p>昼食は何が食べたいかと聞くと、ハンバーガーと行ったためウーバーイーツでモスバーガーを頼んだ。笑</p><p>母はハンバーガーの味が気に入らなかったようで、ポテトを食べていた。笑</p><p>&nbsp;</p><p>13時に訪看さんこられ、寝たきりを想像して清拭グッズを持ってきていたが、ソファーに座っている母をみて驚いていた。</p><p>昨晩の様子とのギャップに、開いた口が塞がらなかったよう。笑</p><p>私も同感であると伝えた。</p><p>&nbsp;</p><p>酸素は３ℓ継続している事を伝え、訪看さんからは先生に昨晩の報告をして今日の夕方に往診に急遽きて</p><p>もらえることになった。</p><p>胸水を抜くとのことだった。</p><p>訪看さんより、胸水を抜くので入浴できなくなるから早めにお風呂を済ませておくといいとアドバイスを受け、そのあと</p><p>すぐにお風呂を済ませました。</p><p>胸水抜こうか？と聞かれ、母も了承しました。</p><p>座ったまま、母を前から支え後ろから先生が針とカテーテルを刺し、700mlほどの胸水を抜きました。</p><p>母はまた痛みと戦い、ヘトヘトな様子でした。</p><p>&nbsp;</p><p>夕方先生到着し、診察を受け処置後、先生と外でお話し、胸水を抜いても肺が膨らみやすくなることで苦しさが増す事があるので楽にはならないかもしてない。</p><p>なので、今日処方したオプソ（麻薬）を頓服で出しておいたので、呼吸苦がみられるようなら適時服用させて下さいと。</p><p>現状、いつ何があってもおかしくないのでそろそろ覚悟が必要です。とお話してくださり、帰られました。</p><p>&nbsp;</p><p>私は涙をこらえ、気持ちを切り替えて部屋へ戻りました。</p><p>夕飯はほとんど食べられず、体が思うように動かないようで、ソファーに居るとトイレ行きたいけど間に合いそうもないとのことで</p><p>ポータブルトイレが早速活躍しました。</p><p>ちょうど私と母２人しかリビングに居なかったので、そこにポータを持ってきて使用しました。</p><p>&nbsp;</p><p>今日からはこれ使おうね。</p><p>と母も安心した様子でした。</p><p>&nbsp;</p><p>ポータブルに座れるのも時間の問題と感じ、ゼリーなどの捕食とオムツを買いに１時間兄にみてもらい、薬局へ買い物にいきました。</p><p>1人になるとどうしても泣けてきてしまう・・・</p><p>身体的、精神的にしんどい状態なのは自分でもわかっていましたが、今は無理するときなんだと言い聞かせました。</p><p>&nbsp;</p><p>帰宅し、兄と交代でお風呂に入りながら母をみててもらいました。</p><p>母はトイレに何度か起きますが、０時近くになるにつれ寝起きがしんどくなり、せん妄状態になっていました。</p><p>酸素飽和度も０時ごろから低下しつつあり、酸素を４ℓに上げながら様子をみていました。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/h1r0min/entry-12713519732.html</link>
<pubDate>Thu, 02 Dec 2021 18:29:10 +0900</pubDate>
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<title>夜中の訪看</title>
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<![CDATA[ <p>往診の翌日、母の呼吸の仕方が変わったように思いました。</p><p>&nbsp;</p><p>この日も朝から父が家の片づけに来てくれました。</p><p>&nbsp;</p><p>母は、歩行時の息の上がり方がすごくひどく、酸素飽和度を測ると安静時94％だったため</p><p>酸素吸入を開始する事にしました。</p><p>歩行時のふらつきもひどく、トイレが間に合わず着替えをしました。</p><p>&nbsp;</p><p>しばらくして、昼食は何が良い？と聞くとお寿司！！と即答でした。</p><p>買ってくるか、食べに行くか？と聞くと、食べに行くと<img alt="爆　　笑" draggable="false" height="24" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/001.png" width="24"></p><p>よし！！行こう！！</p><p>&nbsp;</p><p>とのことで、レンタルしていた車いすが活躍します！！</p><p>車いすを車に積み、酸素は母が車いすで移動するから持っていかないと頑固にいうので、持たずに出かけました。</p><p>&nbsp;</p><p>父も一緒にでかけ、お店について車いすを下ろそうとすると、父が心配そうにやろうか？と気にしてくれました<img alt="スター" draggable="false" height="24" src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char4/661.png" width="24"></p><p>この時、そうか・・・私たち介護従事者からすると日常茶飯事のこの作業や動作も、父からすると大ごとなのか・・・と。笑</p><p>父も歳をとり、今では私の方が力があると思いますので、率先して車椅子の積み下ろしをしました。笑</p><p>&nbsp;</p><p>母は満足そうに食事をして、そのあと食料品の買い物も済ませて帰宅しました。</p><p>帰宅後は酸素３ℓ吸入継続し酸素飽和度は96～98％を行ったり来たりしていました。</p><p>お風呂はシャワー浴で良いとのことで、シャワーを済ませ就寝した。</p><p>&nbsp;</p><p>私は適時酸素飽和度やバイタルを見ていましたが、日付が変わる頃に、痰がらみのような咳がひどくみられ</p><p>２時間おきの排泄時にはふらつきひどく介助がないと歩けないほどでした。</p><p>また、熱発もあり37.6℃で発汗もひどく、着替えもしました。</p><p>頭部のクーリングをしながら様子をみていましたが、咳がひどく全く寝れていない様子。</p><p>呼吸苦みられたので、どうしたらいいのか分からず夜中の２時半頃でしたが、訪問看護さんへ連絡し来てくれることに・・・</p><p>&nbsp;</p><p>１５分ほどできてくれました。</p><p>診てもらうと、この呼吸は胸水からくるもので吸引器ではひけるものではないと説明を受けました。</p><p>やっぱりか・・・と思いながら、お守りのためにと小さな吸引器を置いて行ってくれました。</p><p>&nbsp;</p><p>担当の訪看さんは、とっても親切な方で若い私の心配などもしてくれる方でした。</p><p>熱発に関しては、自宅にある解熱剤を使用してみてくださいとのことで、解熱剤を服用して様子をみました。</p><p>訪看さんは、明日また朝様子を教えてください。と帰られました。</p><p>その後も解熱剤使用し様子をみて、朝方２時間ほど母も私も寝る事ができました。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/h1r0min/entry-12713515656.html</link>
<pubDate>Thu, 02 Dec 2021 18:03:48 +0900</pubDate>
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