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<title>ラムの人生を振り返る時間⏳</title>
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<description>子育て真っ只中のラムです♪最近やっと、自分と向き合い葛藤を続けた結果、自分を大切にするという意味がわかり自分の心と向き合えれるようになったので、ブログで綴っていこうと思っています☺︎ブログを通して誰かのお役に立てれたら嬉しいです（╹◡╹）</description>
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<title>幼少期から高校まで</title>
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<![CDATA[ <p>そんなこんなで、小学校4年生の10歳頃から、少しずつ自分の気持ちに我慢をするようになり、精神的な我慢の癖が付くと自分の素直な心の声に耳を傾けなくなり、母や人のことばかりの声に耳を傾ける人になってしまい、自分のことなど後回しは当然な感覚でした。</p><p>毒親と心の底から気づいた時は、長い年月を経て、大人になってから。（数年前です<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char4/627.png" alt="魂が抜ける" width="24" height="24">）完全なる毒親だった。と自分で認識できた時は、言葉で表せれないほどの絶望感に襲われ1人で大泣きしました。</p><p>大事な10代、20代の時期を本当に無駄にしてしまった…</p><p>これは、母が私の話を最後まで聞いてくれず、否定的な発言ばかりで、何一つ私の気持ちに寄り添ってくれなかったことが原因だったと思います。</p><p>すぐに顔と態度に出る母に対して、子どもながらに不機嫌になったことを察知して、本当は、ありのまま話したいけど母の顔色がおかしい。と思うと話をすり替えたりして、母にとっての正解と思う言葉を常に選んで話すようになってしまい…</p><p>今思うと、私の育った家庭は、機能不全家族でした。そのことに要約気づいたのは、今から8年くらい前だったと思います。（気付くのが遅すぎたことに後悔してもしきれません<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/050.png" alt="笑い泣き" width="24" height="24">）</p><p>それくらい、家庭の中の当たり前の呪縛は恐ろしいものだと思いました。</p><p>とにかく母がヒステリックで、自分にとって心配することを極度に嫌い、自分にとって思い通りにいかないと、相手を自分の気がすむまで責めて最後は無視をする。という生活が30歳過ぎまで続きました。</p><p>けれど、母は外から見れば良い母でした。</p><p>PTAの役員をしたり、料理は得意だったので、色々と手作りしたり、しっかり者の優しい母。として周りの人たちからは思われていました。</p><p>ここまでの話で、読んでくださっている方はお気づきだと思います<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char4/629.png" alt="凝視" width="24" height="24"></p><p>そうです！</p><p>私の母は、紛れもなく『毒親』だったのです。</p><p>今の時代は、毒親とはどんな親なのか調べればすぐに出てきますが、私の育った学生時代は、そんな言葉はこの世に存在していないくらいで、むしろ、親を悪く言うことはよくない。親に感謝できない子どもは親不孝。みたいな風潮が強かったです。</p><p><br></p><p>中学の時、父が経営していた会社が倒産寸前になり、母もパートに出て働き出したので、食器洗い、洗濯、お風呂掃除など、休日は私がやるのが当たり前になりました。<br></p><p>仕事で疲れ果てている母は、常に不機嫌MAX<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/009.png" alt="ムキー" width="24" height="24"></p><p>父には、3時間前後、愚痴の嵐。長い時は、3時間なんて超えていつまで続くの？！と言うくらい、愚痴と罵声。父はその間、下を向いて何も言わず、ずっと黙っていました。</p><p><br></p><p>私は、その空気が怖いので部屋に閉じこもっていました。母は、些細なことで不機嫌になると、態度に出まくるので、気を使うのが私の役目でした。</p><p>私が悪くなくても謝り、許してもらえず罵声を浴びせられ無視をされるのは日常茶飯事。</p><p>中学2年生の時、休日で家にいただけなのに、</p><p>『お前の顔を見るとイライラする！』と言われた時は、崖から突き落とされた気持ちになりました。</p><p>高校進学の時も、自分で高校は選べず母の言いなり。相変わらずひどいことをたくさん言われました。</p><p>中学よりも高校と、成長すればするほど、母は、よりヒステリックになり、母の地雷を踏むと、無視と罵声と説教は、どんどんエスカレート。</p><p>高校生の時は、次の日、学校があっても、母の納得がいかない事があると、朝方まで説教が続き、夜が明けてきて鳥の声がチュンチュン聞こえてくる時もありました。尋問ってこんな感じなんやろな…と思いながら、反論しても私や父の話を聞かない母は、余計にヒステリックになり説教が長くなるので、自分の意見なんて諦めるしかありませんでした。</p><p>そして、決まって『お前のせいでこんな時間になった！私の体がまた疲れ果ててしまった！どうしてくれる？！』と最後の最後まで責め続けられました。</p><p>なので、寝不足のまま通学することも多々ありました<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char4/625.png" alt="ネガティブ" width="24" height="24"></p><p>人のせいにする母は、家の中ではよく人のことも悪く言っていました。</p><p>私を無視しているときは、兄達にはわざとらしいくらい優しく、気付かれないように私だけを無視するので、家族の誰も私が無視されている事に気づいていませんでした。完全な陰湿なイジメですね…</p><p>けど、それが当たり前の家で育つと、そんな事にも気づかないのです。</p><p>ただただ、私がお母さんを怒らせたから悪いんだ。親不孝なことした私が悪い。と、反省して我慢するしかありませんでした。</p><p>本当に筆舌に尽くしがたい地獄の時間でした。</p><p>無視は、本当に本当に辛くて…</p><p>通常の無視は、2週間が最大だったので、2週間我慢したらいいんだ！と自分に言い聞かせて時間が解決するのを待っていましたが、高校生の時の最高新記録は、3週間無視されるという出来事が起こり<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/039.png" alt="滝汗" width="24" height="24"></p><p>このまま一生喋ってもらえないんじゃないかと、胸がギューッと締め付けられる思いでした<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char4/596.png" alt="悲しい" width="24" height="24"></p><p><span style="-webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0);">ドンドン、私に対してエスカレートしていく母は、無視だけじゃ許せなかったのか、私だけ夕飯が</span>食卓に用意されていなかったこともありました。</p><p>小学生の頃から、母に反発すると怒鳴られるし無視されるし怖い。という恐怖心に支配され続けた私は、いつしか母親の機嫌取りを中心とした行動を取るようになってしまいました。<br></p><p>それが、また地獄の始まりとなったのでした…</p>
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<link>https://ameblo.jp/halelea729/entry-12927704743.html</link>
<pubDate>Fri, 05 Sep 2025 00:58:47 +0900</pubDate>
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<title>両親の性格</title>
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<![CDATA[ <p>お久しぶりです<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/005.png" alt="おねがい" width="24" height="24"></p><p>バタバタしており、ブログが書けずにいました<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/029.gif" alt="あせる"></p><p><br></p><p>今日は、私の両親にについて書こうと思います。</p><p>私の父は、天然すぎるところがあり話し下手。人に誤解を与えるような話し方をする時もありますが、基本おだやかな父です。ただ自分の気分で子ども達と接するところはあったので、小学生の頃までは、矛盾に怒られた記憶も数える程度ですがあります<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char4/622.png" alt="真顔" width="24" height="24">（天然すぎるので、時々、空気を読めない時もあります）けれど、基本的に物腰の柔らかい話し方をする父で威張るような父ではありません。</p><p>母は、ワンマンなタイプで、自分の言うことを聞け！と言うタイプだったので、自分にとって心配をかけられたり、自分にとってめんどくさい事になると、ひどくヒステリックを起こす母でした。</p><p>全く子どもの気持ちに寄り添うなんて皆無な母でしたので、親がいないと生きていけない幼少期は、反発しても結局、私が謝らないといけない状態で、心にモヤモヤが溜まる一方でした。</p><p>運動が大好きで、お喋りが大好きな私は、好奇心旺盛な活発な子だったと思います。勉強の方も自分から学校でわからないことがあると、母に勉強を聞いていました。とにかく説明や勉強の教え方が下手な母に、小学3年生の私は、あまりにも説明がわかりにくかったので、『お母さんの説明がわかりにくくて全然、意味がわからない』と言ったら、『なんで、これくらいわからないの？！理解できない子だね！頭が悪い！』と色々と愚痴を言われブチギレられました。その時、教えてもらっていたのに、私も言い方悪かったな…と反省したのですが、一度キレると手に負えない母なので、それから何時間も不機嫌でした。なので、もう、母に勉強を教わるのはやめよう。と思ったのを覚えています。</p><p>小学4年生の時は、クラスのお友達が誕生日パーティーをするとのことで、10人くらい友達の家に集まり楽しい誕生日パーティー🥳が開かれていたのですが、ある子が、場の空気を壊すような発言をしました。それで、言った子と言われた子で喧嘩みたいな感じになってしまったので、私が、『せっかくお友達の誕生日パーティーにお呼ばれされてるんだから、喧嘩はよくないよ。』と勇気を出して言ったことで、喧嘩がおさまり、そのことが嬉しくて、いつものように学校であったことや友達と遊んでる時に起こった出来事を母に話していると、少し母の顔が不機嫌になっことに気づきました。本来、私が喧嘩を止めた？！本人だけど、途中から眉間にシワを寄せて不機嫌な母の顔を見た途端、私は焦りだし、余計なことを言ってしまったのかな？と思い続きを話す事にドキドキしていました。そしたら、母に『その喧嘩はよくない。と言った子は誰なの？』と、不機嫌な口調で質問をされ、怒られるんじゃないかと心臓はバクバク<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/039.png" alt="滝汗" width="24" height="24"></p><p>私は、とっさに自分とは言わず、母の認識していない友達の名前を言いました。すると、『うーん。その子はとても偉い子だね！』と…</p><p>えーーーっ？！<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/040.png" alt="ポーン" width="24" height="24"></p><p>褒めてる？！さっき怒ってたように見えたから嘘を言ったんですけど？！<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/050.png" alt="笑い泣き" width="24" height="24">と、内心びっくり仰天しながらも本当は、私が言ったの！と言いたかったのですが、嘘をついた。と言うことに、母は怒るんじゃないかと思い、『そうだね。その子偉いよね…』と言うのが精一杯だったことを今でも鮮明に覚えています<span style="-webkit-tap-highlight-color: rgba(0, 0, 0, 0);">。</span></p><p>この出来事が、10歳で完璧に母親の顔色を伺う要因となった理由と言っても過言ではありません<img src="https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char4/618.png" alt="昇天" width="24" height="24"></p><p><br></p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/halelea729/entry-12927409455.html</link>
<pubDate>Wed, 03 Sep 2025 19:16:55 +0900</pubDate>
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<title>軽〜く生いたちを紹介します♡</title>
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<![CDATA[ <p>はじめまして。ラムです。</p><p>人生初のブログ。</p><p>私らしく楽しく続けていきたいと思っています♪</p><p><br></p><p>初めに、私の生い立ちを紹介します。</p><p>私は、両親と3人兄弟の末っ子✨</p><p>そう！</p><p>末っ子なので、愛情たっぷり♡めちゃくちゃ可愛がられました〜*･゜ﾟ･*:.｡..｡.:*･'(*ﾟ▽ﾟ*)'･*:.｡. .｡.:*･゜ﾟ･*最高の人生です✨✨</p><p>と、言いたいところですが、私にとっては、今日に至るまで、とてつもなく、波瀾万丈の人生でした。</p><p>そんな人生をこれから綴っていき、こんな人もこの世の中にいるんだ。と思っていただければ嬉しいです。知るのと知らないとでは人に対しての向き合い方も変わってくると思います。私は、自分の人生を振り返り、家庭の中での人間教育。というものがどれほど大切なのかを結婚をし、子育て真っ只中の中で気づくことができました。人間教育というと、固苦しく感じるかもしれませんが、育ててくれた人と、どのような関わりを持ち育ったか。ここが大人になった今、人生に置いての土台となっていると私は思いました。なので、間違った教育を受けた私にとっては、この土台の再建を果たさなくてはなりません。やっと、ここまで辿り着いた自分を褒め称えたいです♡</p><p>自分を大切にする。という言葉の意味も要約わかってきた気がします(TT)</p><p>今までは家族（特に母親）、相手ファーストで、自分のことなんて後回しで、何一つ自分の人生を生きてこなかったことに気付いた時の気持ちは…</p><p>あまりにも大人になりすぎていてので、ショックが大きすぎました😇家庭教育という洗脳から、やっと自分を取り戻したけれど…私には楽しかった思い出はほとんどありません。</p><p>時間は戻らないので、心の整理をするのに何年間かかかりましたが、何とか前を向いて進すむことができています╰(*´︶`*)╯</p><p>私の人生のモットーは、素直な心。感謝を忘れずに。です♡</p><p>腐らずにここまでこれたことに、本当に感謝しかありません！</p><p>どんな教育だったのか、これから少しずつ書いていきたいと思います✏️</p><p><br></p><p><br></p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/halelea729/entry-12924702488.html</link>
<pubDate>Sat, 23 Aug 2025 11:26:59 +0900</pubDate>
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