<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>hamatatsu75のブログ</title>
<link>https://ameblo.jp/hamatatsu75/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/hamatatsu75/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>ブログの説明を入力します。</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>土井通肇さんのこと</title>
<description>
<![CDATA[ <p><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250610/15/hamatatsu75/a8/8e/j/o0426064015613892351.jpg">土井さんが亡くなって丁度2年になるんだな…。<br>今年、奥さんの真理さんから年賀状が来て、喪が明けたのだと気が付いた。<br>僕の中ではいまだに「ハマちゃんよ、やってるかい？」という声が聞こえる。何をやっているのかというと演劇である。<br>僕は「どうにかやってます」と頭の中で返答する。<br>&nbsp;土井さんは学生時代からずっと演劇をやってこられた。ガンで倒れるまで。いや、おそらく８５歳で永眠されるまで闘病中でも演劇はやっていたと思う。<br>&nbsp;そのように思うのには訳がある。<br>僕が早稲田小劇場から独立し、劇団春秋座を作って３年ぐらい経った時、土井さんが劇団春秋座に入れてくれないかと訪ねて来られた。<br>&nbsp;1979年の暮れに早稲田大学の6号館屋上にあったプレハブのアトリエで公演した詩劇「冬の空」を観て、一緒にやりたくなった、僕の舞台に役者として立ってみたいということだった。<br>そのころ土井さんは、早稲田小劇場を僕より先に退団されており、具体的な演劇活動はされていなかった。僕は、だいぶブランクがあるし大丈夫ですか？と失礼なことを聞いた。土井さんは「ハマちゃんよ、おいら、一瞬たりとも演劇を止めていたことはないよ。」と毅然と答えられた。<br>&nbsp;日常生活をしながら絶えず自覚的に演劇人として生きているということなんだな、そうやって生活していれば演劇をやっていることになるんだと、実はいつまで演劇をやり続けられるか内心不安に思っていた僕の方が励まされた。<br>&nbsp;日常生活を対象化して演劇人として生きる。その生き方はあの時の土井さんから教わった。<br>僕の演劇人生において土井さんは水先案内人だった。いつだって土井さんの背中を見て歩いて来たように思う。<br>&nbsp;その演劇人としての死に様も見せて貰った。<br>亡くなる１年前に頂いた年賀状に「とりあえず生きている現実を大事にしながら余生を送りたいと思っています。死亡通知が届くまで今年も宜しく…」と書かれてあった。<br>死ぬことが自然なことであり、仕方のないことだ。と受け入れておられたのだと思う。<br>そのような文面の年賀状を見ているうちに55年前、土井さんを迎え入れて上演した、「新作冬の空」の一場面を思い出した。<br>当時劇団の主要メンバーだったカンノも死んでしまったが、土井さんも死んでしまった。<br>その二人が、チェーホフのワーニャおじさんの一節を演じた名場面だ。その場面はなかなか秀逸で、当時アサヒグラフという雑誌に劇評が掲載された。「痴呆の極みにあるような人が一切の思い入れなく、しかし喉でテープが回っているような正確さで反復する。言葉が目の前で見事に裏切られてゆく。彼らが観客を連れ出した地点はこのような「冬の空」の下であった。それは面白かった。」（演劇評論家天野道映著）<br>その時カンノが、あんパンを半分に割って差し出しながら投げかけた言葉はこのようだった。<br>「でもしかたがないわ、いきていかなければ。おじさん生きていきましょうよ、長い果てしないその日その日を。いつ果てるとも知れない夜また夜を。生き通していきましょうね。<br>運命が私たちに下す試みを辛抱強く堪えていきましょう。<br>その時が来たら素直に死んでいきましょう。<br>あの世へ行ったら、どんだけ私たちがしんどかったか、どんだけ私たちが我慢をしたか、どんだけ私たちが涙を流したか、全部教えてあげましょう、仏様に。すると仏様はまあ気の毒にと思ってくださる。その時が、おじさん、ちょっとおじさん、その時こそ、あなたにも私にも明るいすばらしい、何とも言えない生活がひらけてまあ嬉しいと思わず声を上げるのよ。そして現在の不仕合せな暮らしをなつかしくほほえましく振り返って私たちほっといきがつける。わたしそう思う。」（カンノ、手に持ったあんパンを土井の足元に放る。土井、しゃがんで拾う）</p><p>カンノ「ほっと息がつけるんだわ、その時、私たちの耳には仏様のみ使いたちの声が響いて空一面無茶苦茶のダイヤモンドでいっぱいになる。そして私たちの見ている前でこの世の中の悪いものが全部、悩みも苦しみも全部、世の中に満ち広がる仏様の大きなお膝の中に飲み込まれてしまうのよ。そこでやっと私たちの生活はまるでお母様がやさしく撫でて下さるような静かなうっとりするようなほんとに楽しいものになるんだわ。<br>私ほんとにそう思う。むちゃくちゃそう思う。泣いてるの。もうちょっとよもうちょっとの辛抱よ。<br>（カンノ、残りのあんパンをかじりながら席に戻る。土井、あんパンを喰う</p><p>カンノ裕子が3年前に68歳で死ぬ時、直前までメールでやり取りした。「私はもうすぐ死ぬから、最後に土井さんに投げかけた言葉をしゃべって死にたい」とメールが来たのであの時のセリフを送信した。</p><p><br>あの世で、土井さんがニコニコしながらカンノに近づいて行く、カンノは両腕を大きくワイパーのように振り回して土井さんを迎えている。<br>ふたりとも、静かなうっとりするような本当に楽しい世界に行ったに違いない。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/hamatatsu75/entry-12909586421.html</link>
<pubDate>Tue, 04 Feb 2025 16:52:25 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>かんのへ</title>
<description>
<![CDATA[ <img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250610/15/hamatatsu75/c8/66/j/o0640041815613892324.jpg"><br><p>また逢える。</p><p>40年前のことがつい昨日のことのように思い出される。</p><p>東武練馬の風景や住んでいた家、池袋東口の公園、六つ又交差点のアトリエの様子。</p><p>演劇することが生きる意味そのものだった。演劇にとてつもない意義が隠されていて、その奥義に触れたように思えた。</p><p>そこには、いつもお前が一緒にいてくれた。</p><p>自分を捨てて空っぽになる。そうやって大自然の意思（神？）を直覚する。まさにさとりの境地に行く。</p><p>演劇はそのような体験が可能だ。そう信じてた。今も信じている。いや、信じるしかないという気分だ。</p><p>どうせ死ぬんだから、その時は死んだ振りではなくて本当に死ぬんだから、無になって神の存在を（大自然の意思を）実感するかしら？</p><p>悟るということは死の予行演習の中で、大きな存在に気が付くということだから、実際に死ぬ体験では否応なく</p><p>大きな存在に触れることになるだろう。</p><p>死ぬ瞬間に例えば、お前は舞踏の古川アンズさんの表情をする、ちょっと下あごを出して受け口にして、やがて見開いた瞼をゆっくり端正に閉じる。</p><p>そして本当の眠りに入る。その時大きな大自然の存在にどっぷりとつかる。包まれる。抱かれる。</p><p>いつも僕のそばにいてくれてありがとう。</p><p>お前がいなかったら、僕の人生は半分の面白さしかなかったと思う。</p><p>さようなら</p><p><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250610/15/hamatatsu75/ad/c7/j/o0640043415613892331.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250610/15/hamatatsu75/e9/51/j/o0640041015613892339.jpg"></p><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/hamatatsu75/entry-12909586417.html</link>
<pubDate>Mon, 07 Feb 2022 13:43:44 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>釜を手に入れた</title>
<description>
<![CDATA[ <img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250610/15/hamatatsu75/a8/fa/j/o0360064015613892305.jpg"><br><p>釜を手に入れた。<br>大釜である。直径90㎝、深さ80㎝。アルミ製で重さはおそらく50㎏を超えるだろう。<br>実はこの釜、金属買取、スクラップ業の集積場にあったのを見つけたのである。直径150㎝ぐらいな鋳鉄製釜もあったのだが、小さい方を譲って貰った。<br>かねてよりドラム缶風呂を作りたいと考えていた。<br>シャワールームは作ったが、お湯が出ないので夏しか使えない。（電気給湯器を据え付けていたが冬にボイラーが凍結して一度も使わないままにダメになった）<br>プロパンを契約して給湯器を設置する手もあるが、月々の契約料が掛かるのでたまに使うだけでも維持費がいる。<br>薪ならいくらでもあるので、ドラム缶風呂でも作るかなと考えていたところに大釜を見つけたので購入した。アルミは金属としての値段が高いということで、倉庫まで運んでもらう手間賃も含んで4万円であった。<br>ちゃんとした五右衛門風呂（鋳鉄製）の新品ならば10万円ぐらいである。<br>安い買い物だったか高くついたのか判らないがアルミ製ということは実際に料理に使うために作られたものであるらしい。見ると一度も使った形跡はない。<br>だれが何のために作ったのか？<br>ともかく、この大釜で五右衛門風呂を作る。<br>設置場所は倉庫の建物の脇に、見晴らしの良い3坪ほどのスペースがあったのでそこに決めた。<br>栗の木の切り株があったのでそれを掘り起こした。</p><p><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250610/15/hamatatsu75/33/b8/j/o0360064015613892310.jpg"><br>今後の予定は、倉庫の中から出入りできるように壁をくりぬいてドアを取り付けること。<br>このアルミ製の戸は泥だらけで廃屋の軒下に転がっていた。ほしいと思ってきょろきょろしていると不思議と目につくものである。家主を訪ねて3,000円渡して引き取った。</p><p><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250610/15/hamatatsu75/7b/34/j/o0360064015613892318.jpg"></p><p>今後、地面を整地して耐火煉瓦を敷き詰め釜を設置する。<br>年内に入浴できればいいな。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/hamatatsu75/entry-12909586414.html</link>
<pubDate>Mon, 20 Sep 2021 21:44:19 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>糖尿病になった</title>
<description>
<![CDATA[ <p>糖尿病になった。残念だ。これまで、食養生には気を付けて来たつもりだった。<br>糖質を少なくし、タンパク質や野菜を充分に採って来た。<br>まさか自分が糖尿病になるとは思いもよらなかった。<br>糖尿病と気づいた発端は、認知症になりかけている人が、鍼灸で食い止めたい、認知症になりたくないと治療にやって来たからである。<br>調べてみると鍼灸で認知症が改善したという中国の報告はあるが、施術には技量の差があり、使われているツボに鍼を打ったからと言って、誰が打っても効果があるというものではない。私には鍼で認知症を食い止めるという自信はない。<br>認知症予備軍（一日に何度も予約の電話をしてくるなど、本当はかなり進行していると思える）の患者さんに、とりあえずは効果があるというツボに鍼を打ちながら「食べ物が大事ですよ、人間の身体は日々食べたものを材料として作り替えられていますからね」「たっぷりタンパク質を採り、糖質はなるべく取らないようにする、脂質はオメガ3といわれるＤＨＡ・ＥＰＡやココナッツオイルが認知症に良いらしいです」などと説明していた。<br>私の父親は認知症で、施設に見舞いにいっても息子である私が判らなかった。<br>最後は食べ方も忘れ、口に入れても水も飲み込まず、栄養失調で死んだ。<br>私はその人の息子であるから、自分も認知症になるかもしれないぞと不安だ。<br>他人事ではないので認知症予備軍の患者さんには、ぜひ回復してもらいたいと力が入った。<br>人に勧めるだけでなく、自分も同じように認知症対策の食養生も鍼もやってみる気になった。<br>プロテインを飲み、糖質制限をすることにしたのである。<br>糖質制限といっても、どの程度制限すれば血糖値が上がらないのか？調べてみることにした。<br>尿糖テステープというのを買った来て調べた。</p><p><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250610/15/hamatatsu75/e4/36/j/o0556064015613892279.jpg"></p><p>血液中の糖は濃くなると腎臓で処理しきれなくなり尿にあふれて出てくる。<br>血糖値が180㎎/㎗以上になれば、尿に糖が下りるのでテステープに尿を掛けてみれば色が変わる。糖尿病は食後2時間経った時の血糖値が200㎎/㎗以上あれば確定される。<br>最近の私は、ほぼ毎日同じように朝食：卵を1個入れたみそ汁だけ。昼食：卵1個入りみそ汁、納豆、蕎麦（乾麺10割そば粉100ｇ）。夜：肉や魚、野菜等たっぷりと糖質ゼロビール500㏄2本、ワイン180㏄。<br>さて、この食事で尿糖は見事に出ていた。テステープが赤→紫→濃紺と最高位にまで変化したのであった。<br>血糖値250以上の可能性がある。昼食後3時間後の尿テストである。<br>しかし、たらふく飲んで喰っている夕食後には尿に糖は降りなかった。<br>誠に驚き、うろたえた。<br>大好きな蕎麦が血糖値を上げているかも知れない？尿に糖がおりているということは既に糖尿病になってしまっているのではないか？<br>歯医者には3年前に、ぐらつく歯を抜いてもらいに行ったが、それ以外に15年間医師にかかったことがないし、検査も受けたことがない。<br>どこも悪いところはないと自負していた。<br>考えてみれば、何十年も休肝日なしに毎晩浴びるほど酒を飲み、食後にケーキや餅を焼いて食っていた時期が長かった。<br>病気が出てもおかしくはない、内心そう思ってもいた、しかし糖尿病だとは意外だ。<br>本当に糖尿病であるのか、もっと詳しく調べてみることにした。「フリースタイルリブレセンサー」という間質液中のグルコース値を連続的に測定・記録する製品を購入して腕に装着した。</p><p>5ｍｍぐらいの針が出ている円盤状のものを張り付けるのである。</p><p><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250610/15/hamatatsu75/bf/54/j/o0360064015613892286.jpg"></p><p><br>そこにスマホをかざすと血糖値が判る。<br>これで糖負荷試験をやってみた。ブドウ糖75ｇを空腹時に摂取し30分後、1時間後、2時間後という風に血糖値の変化を見るのである。<br>結果は見事にかなり重症の糖尿病であった。</p><p><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250610/15/hamatatsu75/24/e2/p/o0393064015613892292.png"></p><p>ブドウ糖摂取後血糖値は際限なく上がり30分後193、1時間後238、2時間後に282、3時間後166。<br>自分は健康だと思い込んでいたのでショックだった。<br>このまま何も知らずに今の生活を続けていたなら、早晩認知症になっていたに違いない。認知症にならずとも高血糖のために老化が早く進んで他の病気になっていたに違いない。<br>そういえば近頃、物忘れがひどくなってきている。患者さんにも妻にも何度も同じ話をするようで、患者さんはフンフンと初めてのように聞いてくれるが妻は、その話昨日もしたよ、もう3回は聞いた。などと指摘してくれる。<br>血糖を、薬に頼らず食事でコントロールしつつ鍼灸もすれば、もう少しの間、生きていることを楽しめるかな。</p><p>ジワジワと衰えていく心と身体。いつまでも元気ではいられない。<br>そのことがリアルに感じられる今日この頃である。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/hamatatsu75/entry-12909586405.html</link>
<pubDate>Mon, 26 Jul 2021 16:18:09 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>桜が咲いた</title>
<description>
<![CDATA[ <p>今年も倉庫に、桜の花が咲いた。<br>1800㎡の敷地に、あらためて数えてみたら丁度20本、桜の木が植わっている。<br>贅沢な気がする。山の中にあって自分以外に誰も観に来ないだろうから。<br>贅沢ついでにブランコに揺られながら花見をしてみたいという気になった。<br>ちょうどよい具合にクロガネモチの木が2本、適当な間隔で立っているので、その枝に横木を渡してブランコを作った。</p><p><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250610/15/hamatatsu75/03/a6/j/o0640048015613892260.jpg"></p><p>それにしても一斉に咲き乱れる桜には不思議な気配が漂っている。<br>桜の樹の下には<ruby>屍体<rt>したい</rt></ruby>が埋まっているといったのは梶井基次郎だったか？<br>死体と満開の桜、散り際が潔いことからのイメージだろうか、あるいは、おびただしく咲き乱れる花の分量が十分な栄養のお蔭で、そのような豊富な栄養は腐乱した死体によるものに違いない…という妄想からだろうか？<br>腐乱した肉体は果たして桜木の肥となるのか？<br>そんなことを考えながらブランコに揺られながら桜を眺めている時、3年前に埋めたミニチュアダックスの「モモ」のことを思い出した。<br>今の時期に生まれたのでモモと名付けられて13年目の同じ時期に死んだ。<br>この倉庫の敷地に埋葬して、その上にしだれ桃の苗木を植えたのだった。</p><p><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250610/15/hamatatsu75/d1/90/j/o0640048015613892262.jpg" alt="3年前に植えた時" width="640" height="480"></p><p>これが3年前にモモの死体を埋めてその墓印に植えたしだれ桃である。</p><p><br>桜の木が植えてあるエリアから少し離れたその場所に行ってみた。<br>死体なら人間でなくとも同じようなものだ。腐乱して栄養になると思ったが、桃の木は枯れかけていた。</p><p><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250610/15/hamatatsu75/b6/80/j/o0640048015613892269.jpg"><br>梶井基次郎の妄想は妄想に過ぎないのだな。実際には栄養になるのではなく、腐乱した肉体は毒素のように木の成長を妨げたのだろう。<br>モモは癖のある犬だったから素直に栄養にはなってくれなかったのかも知れない。<br>そう考えると、いかにもモモらしくて、しだれ桃が枯れたとしても残念とは思わない。<br>埋めてから3年たったから、そろそろ腐乱死体は土に馴染んで毒気も抜けたかも知れない。<br>桃の木は抜いて、今度は何か他の木を植えてみよう。<br>ブランコに揺られながらどんな木を植えるか考えた。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/hamatatsu75/entry-12909586398.html</link>
<pubDate>Sat, 27 Mar 2021 22:31:43 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>井戸を掘る</title>
<description>
<![CDATA[ <p>長年の懸案だった井戸を掘った。5月の連休がどこにも行けず丸まる空いたということがきっかけでついに取り掛かることにしたのだった。<br>ネットで検索すると、内径75mmほどの塩ビ管を地面に打ち込んでいくという方法が多く紹介されている。<br>そこで、まずその方法で試みた。しかし、上手く行かない。小石に突き当たってそれ以上深く打ち込めないのである。場所を変え、数か所を試したがいずれも岩に塞き止められて撤退した。</p><p><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250610/15/hamatatsu75/70/32/j/o0640048015613892230.jpg"></p><p>そこで、スコップとツルハシを使って直径1.5mほどの穴を掘ることにした。どこまでも深く掘れば水が涌くだろう。<br>地面にツルハシを打ち込むと、多くの石が埋もれていた。こんな風に石がごろごろと埋もれていたのではとても塩ビ管を打ち込むことなど出来ないはずだと納得した。<br>時にはバールを使って岩にロープを括り付け、チェーンブロックで吊り上げるようなこともした。<br>ドリルで岩に穴を空け、その穴に「セリ矢」という鉄製のクサビを打ち込んで分割して取り除いたりもした。<br>とにかく、多くの石や岩が埋まっている土地だった。<br>その掘りだした石は、井戸の壁に積み上げてどんどん掘り進めた。水が染み出して来たので水中ポンプで汲み出しながら掘り進めた。２mぐらいの深さまで掘ると、一昼夜で水深1ｍの水が溜まっていた。井戸の面積が1ｍ×1.5ｍ、水の深さが1ｍ。<br>一日で1500ℓ程度を使える計算だ。<br>飲み水にするには不向きかもしれないので、シャワーを浴びたり手を洗ったりするだけならこれだけの水量で間に合うだろう。<br>そこで、これ以上掘るのは止めた。</p><p><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250610/15/hamatatsu75/3a/ad/j/o0640048015613892238.jpg"></p><p>コンクリートのＵ字溝を何本かを組み合わせて柱にし井戸に蓋をして完成した。<br>2本の給水管を差し込んで一つは手押しポンプに繋いだ。<br>もう一本は電動浅井戸用ポンプに繋いでシャワールームまで水を引く予定。</p><p><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250610/15/hamatatsu75/3a/f4/j/o0640048015613892246.jpg"></p><p><br>この井戸から水を引いてシャワールームを作るのがこれからの仕事。<br>以前、ダニに噛まれたので草刈り作業などの後、シャワーを浴びることが出来れば申し分ない。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/hamatatsu75/entry-12909586393.html</link>
<pubDate>Mon, 18 May 2020 16:47:28 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>久しぶりの更新</title>
<description>
<![CDATA[ <p>しばらく更新を怠っていた。<br>舞台を作り直したり、裾に楽屋を作ったり、窓に黒幕を張ったりはしていたが、使う当てもない舞台を作っているという感じがして、わざわざブログに挙げる気にもならなかった。</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250610/15/hamatatsu75/10/c7/j/o0120009015613892191.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250610/15/hamatatsu75/10/c7/j/o0120009015613892191.jpg" alt="" border="0"></a></p><p>今回は、そんな中で、少しは話のネタになりそうな事柄があったのでそれを書くことにする。<br>その一つが、お盆に、東京から息子家族が帰省して、倉庫でバーベキューをやったこと。<br>この倉庫には水源がない。そこで、100ｍのホースで近くを流れる沢から水を引いてきてプールを準備した。<a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250610/15/hamatatsu75/09/6c/j/o0051009015613892195.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250610/15/hamatatsu75/09/6c/j/o0051009015613892195.jpg" alt="" border="0"></a><br>それから、天井からハンモックを吊るした。<br>孫たちは大いに喜んだ。<br>ハンモックは5メートルもある天井の梁から吊るしたのでブランコと化し、まるでサーカスのそれのように大きく揺らして遊んでいた。子供は遊び方を見つけるのが上手い。<a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250610/15/hamatatsu75/17/a3/j/o0120009015613892201.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250610/15/hamatatsu75/17/a3/j/o0120009015613892201.jpg" alt="" border="0"></a></p><p>お盆にやったバーべキュウが息子家族に喜んでもらえたので、演劇の現場を作ることとは別に家族や友達との遊び場として倉庫を活用するのもありだなと、そんな気になった。</p><p>それで、キンキンの課題として井戸を掘ること。<br>それと電線に引っかかったり、枝が屋根にのしかかっている木を切ることを実行することにした。</p><p>井戸掘りは大変そうなので、まずは屋根にのしかかっている松を切ることにした。どう見ても建物の方へ傾いて生えている。</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20250610/15/hamatatsu75/00/f7/j/o0120009015613892207.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250610/15/hamatatsu75/00/f7/j/o0120009015613892207.jpg" alt="" border="0"></a><br>建物に倒れないように切るにはロープで反対方向へ引っ張りながら切らなくてはならない。<br>ネットで調べたらチルホールという器具で引っ張って切っている。そこで安いチルホールをオークションで入手し、友達に器具を操作してもらって、どうにか高さ10ｍ直径40㎝の松を倒した。</p><p><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250610/15/hamatatsu75/53/02/j/o0640048015613892215.jpg" alt="" border="0"></p><p>木も生き物である。切り株からは、みるみる松脂が染み出してくる。年輪を数えると17、8年ほどの松であった。<br>切り倒した木は皮を剥いで乾かし、倉庫の中央に柱として据えようかと考えている。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/hamatatsu75/entry-12909586384.html</link>
<pubDate>Wed, 25 Sep 2019 19:04:12 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>後日談　島田美菜子のこと</title>
<description>
<![CDATA[ <p>美菜子が亡くなって1年が経った。</p><p>1年前に美菜子のことを書いたが、その時にガロという漫画雑誌に写真家のアラーキーこと、荒木経惟の新浪漫写真というのが載っていて、そのモデルが島田美菜子だったということを書いた。そのガロが何年の何月号であったのか、確かめたいと思っていろいろと探してみた。しかし、美菜子がモデルの写真は見つからなかった。</p><p>かなり念入りに調べたので、見つからないというより、そのような写真は存在しないことが分かった。</p><p>なぜ、自分は美菜子をモデルにしたアラーキーの写真を見たと思い込んでいたのだろうか？</p><p>当時、妻にも美菜子がガロに載っているということを話したらしく、妻もそのことを覚えていた。路上で青と赤の原色模様の和服を着ていた中性的な雰囲気の写真だった、私も何となく覚えている、などというのである。</p><p>ところが、いくら探しても美菜子のモデルになった写真はなかった。美菜子をモデルにした写真はなかったが、1996年9月号にガロは「今こそ、演劇」という特集を組んでいた。その演劇特集の中に美菜子の舞台が批評されていたのである。なぜかその9月号は私の本棚に鎮座していた。</p><p>その9月号のガロには、アラーキーの写真も掲載されているがモデルは美菜子ではない。似ても似つかない女性である。演劇が特集されていてそちらのページに美菜子の一人芝居が紹介されていたのだった。</p><p><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250610/15/hamatatsu75/11/d4/j/o0378052815613892169.jpg" alt="" border="0"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250610/15/hamatatsu75/ee/7f/j/o0432056615613892177.jpg" alt="" border="0"></p><p>私は「アラーキーの写真が載っているガロに美菜子の劇評が載った」という美菜子からの報告でガロを買い求めたに違いない。</p><p>その劇評とアラーキーの写真をセットで記憶していた。そして何時しか美菜子がアラーキーのモデルになっていたと思い込んだのだと思う（妻も）。</p><p>記憶というものはこうやって自分の中に改変されて蓄積され自分の人生を支えているものなのか、、、都合のいいように改変される場合もあるだろうがより都合の悪いほうへ改変されて思い込んでいることもたぶんあるだろう。記憶があいまいだと生きているということもあいまいだということになる。死んでいる人もおぼろげな記憶を抱えて生きている人も同じ混沌とした土俵に乗っている。生と死はたいして遠くはないのではないか。</p><p>話は戻るが、美菜子の劇評の内容はほんの2，3行ではあるがいいように褒めてあった。</p><p>早坂嘉信という人が一人芝居を勧めているのだが、「イッセー尾形のようにキャラクターが面白い一人芝居を筆頭に、渡辺えり子を始めとするベテラン群も最近また一人芝居に挑戦している。でもこのところ観た中では、極東演劇研究所の島田美菜月が独特の語りで繰り広げた「ルピスカ物語」がちょっと支離滅裂ぽくて個人的には面白かったと思う。」と書いてくれていた。</p><p>ルピスカ物語は僕の手元にビデオがある。確かに支離滅裂ぽくて面白い。1年経って遠のくというより却ってだんだん近くなる。</p><p>生きている私の記憶がだんだんいいかげんになって、私の輪郭もあいまいになる。</p><p>そのようなかたちで自然とも宇宙とも死者とも交わっていくのだろうか？記憶が不鮮明になることは悪いことではないのかもしれない。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/hamatatsu75/entry-12909586376.html</link>
<pubDate>Mon, 04 Mar 2019 17:17:36 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>初代プリウス、力尽きる</title>
<description>
<![CDATA[ <p><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250610/15/hamatatsu75/e9/a9/j/o0640048015613892159.jpg" alt="" border="0"></p><p>2000年に初登録された初代プリウスである。「21世紀に間に合いました」というコマーシャルで一世を風靡した国内初のハイブリット車。<br>その中古、7年落ちを2007年に購入してこれまで11年間、21万キロ乗って来た。<br>18年前の車であるから、多少の問題はあったがまだまだ乗るつもりでいた。<br>何しろ初代プリウスに限って、駆動用のバッテリーが無料で交換してもらえるのだった。<br>私はすでに2回、交換してもらっていた。期限、回数制限はないというので末永く乗るつもりだったが半年前からハンドルが、たまに言うことを聞かないことがあった。<br>エンジンを始動した途端、勝手にガタガタ動いたり、走っているときに突然パワステが効かなくなるなどした。<br>めったに起きない現象なのだが危ないので今回、半年点検のタイミングで部品を交換してもらった。<br>ネットで調べると同じような現象が起きている人が少なからずいた。その人たちと情報交換してパワステコンピューターかパワステギア（ラック&amp;ピニオン）に問題があるらしいと分かったのでネットで中古を取り寄せ、ディーラーに持ち込んで取り換えて貰った。<br>コンピューターかギアか、どちらが悪いのか判らないのでとりあえず両方を交換してもらった。<br>これで安心して、もうしばらくは乗り続けられるはずだったが、交換してみると却って症状がひどくなった。<br>毎回、乗るたびにパワステが効かなくなるのである。走行中突然、ポン！と警告音がしてPS異常の警告灯が点灯する。<br>そうなったら、駐車場に止める時などにハンドルを切り返す、それが重くて大変なのである。<br>ディーラーに相談に行ったが、新品の部品と交換した訳ではないのでどうしようもないという。新品の部品だとギアだけで20万円、コンピューターも結構するらしい。<br>ということで、プリウスを諦めた。<br>早急に、燃費の良い、大きくない（駐車場が狭いので）車を、世話になったそのディーラーに探して貰った。<br>アクアの、まだあまり走っていない車があったので、それに決めた。<br>自分は使い捨てが出来ない質なので、今度のアクアも力尽きるまで乗るだろうと思う。<br>満身創痍のアクアを、例えば20年後に操っている自分‥は、存在するだろうか？</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/hamatatsu75/entry-12909586371.html</link>
<pubDate>Wed, 05 Sep 2018 11:05:01 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>物質はエネルギーの別の姿</title>
<description>
<![CDATA[ <p>7月に市内の公民館から講演の依頼を受けた。鍼灸師の立場から健康法について何か話してくれという依頼である。<br>私個人を名指しでという訳ではなく、鍼灸師会の普及活動に駆り出されただけの話である。<br>とりあえず「東洋医学の健康法」というタイトルで話すことにした。依頼者は、暑い夏の時期の乗り切り方や不眠症などについて話してくれという。<br>判りましたと返事はしたものの、私は実は東洋医学に詳しくない。日々の臨床では、東洋医学の理念では治療していないのである。<br>いわゆる科学的に根拠のある鍼灸治療をしている。<br>たとえば、お灸を皮膚に据えると火傷が出来る。皮膚が焦げて生体にとって異種蛋白が出来る。火傷毒素が生成する。そこに免疫機能が働き白血球や血小板が増えたりする。そのことが感染症やアレルギーを治癒に導く効果がある。鍼にしても、皮膚に細い針を刺入することで自律神経が整い、また鎮痛作用もある。そういう現象は科学的に証明されている確かなものなので、そういったことを根拠に患者の訴えに対応しているのが私の鍼灸治療の現状である。<br>ところが、東洋医学の考え方、病人に対するアプローチというのは、誠に観念的、感覚的なのである。<br>いわゆる「気」がすべての世界だ。<br>3000年前の中国の思想がいまだに信じられている。<br>西洋医学と違うスタンスが、現在評価されている東洋医学であるから、その「気」の医学について話さなければ講演を聞きに来た市民は納得しないだろう。そのことに答えなければならない。<br>そこで、改めて私は東洋医学について勉強した。古典教書のバイブルとも目される「黄帝内経素問」も読み返した。図書館に行って「東洋医学のしくみ」「良く判る東洋医学」「患者さんに伝えたい東洋医学のお話」など手当たり次第に読んだ。<br>そして、自分があまり信じていないのに、そのような古典的な解釈による治療方法や養生法を知ったかぶりで話すのはいやだなぁと結論した。<br>しかし、改めて東洋医学の思想を勉強しているうちに根本のところで東洋医学、というか東洋思想は自分の生きざまとリンクりていることに気が付いた。東洋思想はすごいと改めて感動した。<br>そして自分が演劇をやりながら、なぜ鍼灸師養成学校へ入学したか、その動機を思い出した。<br>私は役者をやっていた時、舞台で禅的な体験をしたのだった。<br>稽古中、何時間も同じ姿勢と表情でじっとして居た。コロスの役割なので風景の一部として舞台の袖の方で置物のようにたたずんでいた。稽古なので自分の目前では主役の役者たちがダメ出しを受け、何度もやり直している。そんな状況で自分は居ないかのように風景の一部のように気を抜かずにじっとして居たのである。自分は見られていないのであるから適当に座っていればそれでもよかったのであるが、瞬きもせず、置物のようにそこに居ることがとても面白かった。その時間が自分は一番充実した良い時間だった。毎日、毎日、座禅を組むように稽古場に通った。そして、ある時、はっきりと世界が手ごたえをもって現れた。<br>目の前でやり合っている主役の役者や、客席でダメ出しをしている演出家。がらんとした劇場の空間。今でいうマインドフルネス状態。にらめっこをしているときのようなアリアリとしたその場の手ごたえ。今、この瞬間自分が一言発すれば、この空間はパキッとひび割れるという手ごたえがアリアリと先取りできたのであった。<br>自分は存在感のある役者になりたいと試行錯誤を重ねて来て、何もしないこと、ただ鏡のように周りをうつして気配を消すこと、そのことが自分にとっては一番存在感があると実感できた。これはすごいことを体験したぞ、と、自覚できた。私がそのような体験をしたことなど演出家は気が付かなかったが、私にとっては大事件であった。<br>その公演の後、劇団を辞めて自分で劇団を立ち上げ、役者から演出家に転向した。<br>自分が感動した、「何もしない・自分を捨てて物になる」というその境地を他の役者に伝授して、そういう役者が舞台でゴロンと転がっていたり、時に機械仕掛けの人形のように片言でしゃべったり、ネジが切れたように突然固まったりする。そんな舞台はどんな風景か観たくなった。そこで劇団を辞し自分で劇団を作ったのであった。<br>そういうふうに役者を育てているときに、自分は鍼灸の養成学校へ入学したのだった。気配を消すとか、板に付くとか、腰を据えるとか、自分を捨てるとか、そのような言葉を舞台上の演戯の規範にしようとした時、「気」という概念を実感として教えてくれる場所が唯一、鍼灸学校であったから。<br>「気」というものの実態を体験することが、自分の思い込みでなく他人と共有できる実態のあるものだということを確かめたかった。<br>結論から言うと、鍼灸学校では「気」は教えて貰えなかった。教養として東洋思想は習ったが、それは習得するのに時間が掛かりそうだった。<br>そこで鍼灸治療は生活のための業として、科学的な考えで治療することにしたのだった。35歳で子供が生まれ、生活を維持するために鍼灸師の免状を手に入れるとすぐに開業した。科学は客観的な事実で効果が出せるので、微妙な手ごたえとか熟練はさなど要しないという利点がある。身体に10ヵ所お灸を据えれば免疫力が高まるという事実に基づく治療であるから。経験は少なくても何とか治療できるのであった。<br>さて今回、私はあらためて東洋思想が凄いと思ったのは、講演のために東洋医学を勉強することになって、陰陽論を調べた時、現代物理学の世界で、東洋の思想が評価されているのを知ったからである。<br>「タオ物理学」という本を書いたF・カプラーという物理学者によると、現代物理学の宇宙に対する理解は、やっと東洋思想の宇宙観に追いついたという。<br>東洋医学で言う陰陽論では、宇宙は「気」で満たされている。そして「気」が物質を作っている。物質は「気」が凝集したもので「気」と同じものの別の側面。「気」は拡散し温める性質の陽気と収縮し冷やす性質の陰気との二面性があり、相対立しながらお互いになくてはならない関係で循環している。<br>実はこの考えは現代物理学の宇宙に対する解釈とウリ二つだという。</p><p>アインシュタインの相対性理論。<br>Ｅ＝mc²<br>質量m(kg)は、光速度をc(m/s)とすると、エネルギーE＝mc²（ジュール）と等価。<br>光速は299792458 m/sという定数なので、</p><p>エネルギー、E（ジュール）＝物質の重さm（㎏）×2997924582（m/s）×2997924582（m/s）</p><p>この式は、物質とエネルギーは同じものの違った側面だということを示す有名な式だというのだ。</p><p>一例を挙げれば、太陽が光り輝いているのは、水素が核融合反応でヘリウムになるとき、物質である水素の質量の0.7％が消えて、それがエネルギーに生まれ変わって放出される。<br>また、広島に落とされた原爆はわずか800gのウランが核分裂して他の物質に変る時放出されたエネルギーだという。<br>エネルギーという形の無いものが、物質と同じ。<br>宇宙は、その形の無いエネルギーで出来ている。そのエネルギーは拡散する性質と凝縮する性質、暖かい性質と冷たい性質、そのように、対立しながら支え合っている。裏と表が激しく入れ替わっている。激しい勢いで揺れ動き循環している。宇宙は動物も植物も鉱物も空気も水もすべて実体のないエネルギーとして入り混じって循環している。<br>ヨーガとか禅の瞑想によって、そのような宇宙の姿を直覚した真人が居るということ。現代物理学者がそのような東洋の神秘主義者に一目置いていること。<br>そのことに今回勉強して大いに感動した。<br>このことを、東洋医学の健康法というタイトルの講演で伝えることが出来るのか？どこまで分け入って話せば理解してもらえるのか？上手く話す自信がない。しかし、日ごろ信用していない（陰陽虚実の見立てが個人によってまるで違う）古典的治療法を東洋医学的な治療として紹介するのも気が引ける。<br>わたしが伝えたいのは東洋医学の真髄は「気」であること。「気」というエネルギーが宇宙を、また自分を構成していること。<br>そのようなことを伝えたいのであるが、判ってもらえるかどうか？はなはだ心もとない話ではある。</p><p>&nbsp;<img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250610/15/hamatatsu75/16/ab/j/o0640048015613892152.jpg" alt="" border="0"></p><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/hamatatsu75/entry-12909586367.html</link>
<pubDate>Fri, 10 Aug 2018 23:38:31 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
