<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>山田トシのブログ2</title>
<link>https://ameblo.jp/hanahanarakugo/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/hanahanarakugo/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>ブログの説明を入力します。</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>談志落語72「疝気の虫」</title>
<description>
<![CDATA[ <div>１、ある医者の夢の中に、虫がでてくる。</div><div>「自分は、疝気の虫でそばが好きで、とうがらしの水が大嫌い。もしとうがらしの水が来たら、金たまに逃げる。」</div><div>この医者、それを利用して、疝気を、治す手術を考える。</div><div>夫婦の患者がくる。</div><div>疝気の夫の前で嫁にソバをくわす。そして、夫にソバのにおいをかがして、出てきた疝気の虫を捕まえて、とうがらしの水に入れて退治する。</div><div>見事に成功したが、一部の虫が、嫁に入る。</div><div>嫁にとうがらしの水を入れて、退治する。虫は、金玉にかくれようとするが、……。言わなくてもわかるネ。</div><div>&nbsp;</div><div>２、落語は、薬で人を治さない。</div><div>このネタも含めた落語の医者ネタで共通すること、</div><div>→治し方として、方法は、おおまかに２つ。「精神的に治すためにアホなことをする。」ことと「ウイルスを退治するためにアホな手術をする。」</div><div>精神的に治すこととウイルスを退治するってことは、一緒なんだが、アホなやりかたなんだ。</div><div>疝気の虫みろよ、</div><div>「ソバのにおいを夫にかがせて、疝気の虫をおびきだす。んで、つかまえてとうがらしの水で退治する。」</div><div>こんな手術してたら、ニュースになるよ。</div><div>しかし、落語の世界では、患者は、薬では一切治らず、そういう治しかたで治るんだから、それが落語の世界で。</div><div>まぁ、あえて常識から語ると、</div><div>→薬がきくのが、常識で。落語は、効かないとした非常識にしている。</div><div>&nbsp;</div><div>「ただ、私は、落語も真実であると思う。」</div><div>&nbsp;</div><div>精神病のやつに、薬なんざダメで。</div><div>「裸で街中あるきゃいい。」</div><div>アホなことするほうがいい。</div><div>薬じゃ人は治らない。</div><div>&nbsp;</div><div>３、談志の疝気の虫</div><div>虫の演技。</div><div>コミカルで、談志にとても合う。</div><div>新作派や独自系がハマるネタ。</div><div>円生みたいな重厚には、合わない。</div><div>談志は、その属性に近いはずだが、見事にこれをやる。</div><div>談志の妙な特質かもしれない。</div><div>そういえば、金たま医者もそうだ。</div><div>あんなものは、円生にはできない。</div><div>&nbsp;</div><div>こういうぶっとんだ話。</div><div>志ん生見事。</div><div>新作派がやると古典らくごではなくなる。</div><div>志ん生がやれば、古典落語なのに新しい味に変わる。</div><div>それが面白いパターンになる話がセンキの虫だ。</div><div>&nbsp;</div><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/hanahanarakugo/entry-12283482599.html</link>
<pubDate>Tue, 13 Jun 2017 22:31:50 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>談志落語71「芝浜」</title>
<description>
<![CDATA[ <div>１、仕事に行かない勝五郎。ひさびさに行ったら、なんと４２両入った財布を拾う。これからは、遊んで暮らせると大喜びするが、次の日、嫁が「夢だ」と。それから旦那は、真面目になって、三年間働きまくって、店を持つようになった。その大みそか、嫁が、４２両を出して、「ほんとでした。」キレる旦那に、事情を話す。夫婦仲直りと。</div><div>&nbsp;</div><div>２、ダメ夫が、賢妻により、真面目になったというお話。</div><div>「今まで俺の落語論聞いてる人は、わかるな。これは、落語の哲学にあらず。」</div><div>講談や、教科書にでも載せてろという話だ。もっとも、これが人情噺というやつなんだろうね。</div><div>では、芝浜が、落語ではないのかと問われれば、「これが落語である。」ともいえるよ。</div><div>ただし、「邪道落語」な。邪道であるから、本来の落語じゃねえ。</div><div>&nbsp;</div><div>３、談志といえば、芝浜である。</div><div>&nbsp;</div><div>談志、荒物口調で、重厚に攻めてくる。</div><div>魚屋、勝五郎もあう。</div><div>まぁ、その嫁もあう。</div><div>&nbsp;</div><div>しかし、後半、その重厚を一気に「オーバーな感情表現」で、世界観ぶち壊してくる。</div><div>嫁が、丸くなり、魚屋っぽくなくなる。</div><div>そこから、もっと感情表現が、よりオーバーになってくるという。</div><div>&nbsp;</div><div>この話、志ん朝がいいだろうと聞くと、やはり、志ん朝。</div><div>「隙がねぇ。」</div><div>&nbsp;</div><div>この話、真面目で、江戸の芝居をやらせるとうまい、華麗な志ん朝が適正だ。</div><div>&nbsp;</div><div>重厚の談志は、どんどん入れ込みすぎて、「夢だ」なんてシーンもうけなくなる。酒を飲むシーンは、いい空気感なんだが。</div><div>&nbsp;</div><div>このはなしは、そこまで業を入れ込む必要はない。</div><div>ゆえに、重厚より、華麗のが適正だ。</div><div>&nbsp;</div><div>そもそも、談志に、真人間になる魚屋は、しょせん合わない。</div><div>&nbsp;</div><div>隙のない、完成された志ん朝の芝浜に対して、それよりも上をいくのがある。</div><div>&nbsp;</div><div>それが、三木助の芝浜だ。</div><div>この芝浜って作品は、</div><div>&nbsp;</div><div>→嫁の感情表現が肝だと思っている。</div><div>&nbsp;</div><div>これ、オーバーにしちゃダメなんです。</div><div>壊さず泣かすレベルにするのが落語で。</div><div>&nbsp;</div><div>楽太郎、たいへい、圓楽、志ん生は、それで見事に壊してる。オーバーすぎるんだ。</div><div>もっとも、圓楽のは、圓楽で、なんか妙な味を出してるのが、圓楽のすごさなんだが。もう圓楽すぎて逆にいい。</div><div>恐ろしいのは、天才コサンジまでもが、談志のオーバー表現になってしまう。</div><div>&nbsp;</div><div>だから思ったよ。</div><div>「コサンジよ、どこへ行くってね。」</div><div>&nbsp;</div><div>言い方むずいけど、ほんのり泣かせりゃいいんだよ。</div><div>まぁ、これが何より難しい。</div><div>というか、できないんだろう。</div><div>だから、みんな神様談志の影響うけて、そういう演出をしてるのか。</div><div>&nbsp;</div><div>それで泣かした、評価されたと思わないほうがいい。そもそも台本がいい。</div><div>もっと適切な演出を考えるべきだ。</div><div>&nbsp;</div><div>それが、三木助です。</div><div>彼の嫁には、感謝表現が、落語とオーバーの絶妙なバランスがある。</div><div>&nbsp;</div><div>落語という形式のなかで、最高の感情表現をしてる。</div><div>&nbsp;</div><div>芝浜は、三木助が横綱。</div><div>そして、それを落語芝居として完成させた志ん朝が大関。</div><div>&nbsp;</div><div>談志のは、三木助の感情表現をオーバーにした名作であるが、邪道演出だ。</div><div>&nbsp;</div><div>もっとも、革命的な演出だ。</div><div>初見では、背筋が凍るだろうね。</div><div>&nbsp;</div><div>だが、分析すれば、穴だらけ。</div><div>感情強すぎて、くさすぎる。</div><div>&nbsp;</div><div>落語哲学の権化の立川談志の代表的な作品が、一番に芝浜とくるような気がする。</div><div>しかも、談志「年末に必ず芝浜をやる。」</div><div>&nbsp;</div><div>「なぜか、談志は、芝浜を愛した。そして、ひとつの究極の世界に到達した。」</div><div>&nbsp;</div><div>アドリブでやるようやスタイルでやってたら、キャラクターが、己をこえて、キャラクターに憑依されたという。談志は、芸能の神を感じたといってる。</div><div>「なぜ、談志は、芝浜を愛したのか？」</div><div>親友の毒まむしさんだゆうは、</div><div>「実は談志は、こういう成功する話が好きだったのだと思う。」</div><div>と言ってる。</div><div>ようは、講談の了見がすきだった。</div><div>そう考えれば、講談師に多い、重厚口調を大切にしているのがわかる気がする。笑いより聞かすほうを属性として全面に出してる。</div><div>講談が好きなんだ。</div><div>&nbsp;</div><div>このあたりは、ミステリーではある。</div><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/hanahanarakugo/entry-12282243834.html</link>
<pubDate>Fri, 09 Jun 2017 18:19:06 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>談志落語70「代書」</title>
<description>
<![CDATA[ <div>１、代書、字の通り、代わりに字をかく商売。当時は、字なんぞかけるやつぁ、インテリくらいで、今みたいにみんなが書けるわけでないので、成立したってわけだ。</div><div>まぁ、その代書にくるアホとのやりとりのお話。</div><div>&nbsp;</div><div>２、大阪は、先代米団治の作で、三代目春団治の十八番。</div><div>春団治さんは、ネタが少ない。ゆえにクオリティが高い。</div><div>春団治の得意なネタをやると「比べられるから、おいそれと手をつけられなくなる。」</div><div>あえていうなら、そういうのは、よくねぇ風習だ。</div><div>どんどんやりゃいい。</div><div>たくさんの人がやるから、新しい代書が生まれる。</div><div>米団治の代書は、米朝に残され、それを春団治に渡し一つの代書が完成した。</div><div>それをさらに進化させたシジャクの代書。</div><div>代書という作品、今の新作のプロトタイプみたいなとこがあり、爆笑落語であり、ゆえに現代的なつながりも感じることができる。</div><div>逆にいやぁ、当代、新作落語ってのは、前座話を現代にやきまわすということがそれなのかもしれない。</div><div>そのサンプルであり成功1号が、代書であった。</div><div>&nbsp;</div><div>３、談志の代書</div><div>この話、いかに大阪の代書を江戸のものにするか？</div><div>そこである。</div><div>残念ながら、江戸の空気感を完成させている人はいない。</div><div>そういう意味で、大阪の代書に江戸の代書は、遠く及ばない。</div><div>&nbsp;</div><div>春団治の粋な代書。</div><div>シジャクの完成されたアホの客。</div><div>スマートな米朝は、そこに朝鮮人を入れるすごさ。</div><div>&nbsp;</div><div>ある意味、その空気感は、完成されており、これを再現しようなどと、江戸の落語家は、考えてはいけない。</div><div>&nbsp;</div><div>→八五郎を少しアホにして現代</div><div>→隠居ベースに代書特有の何か</div><div>&nbsp;</div><div>これらを江戸の空気で表現するのが、肝要だ。</div><div>&nbsp;</div><div>権太郎は、見事にシジャクをやれている。</div><div>江戸では、一番だが、シジャクに及ばない。</div><div>あくまでも、独自の権太郎。</div><div>江戸の空気にあらず。</div><div>&nbsp;</div><div>喜多八は、アホはいいが、代書が、荒すぎる。</div><div>コユウザは、普通。八と隠居って感じ、そこからがない。</div><div>&nbsp;</div><div>談志は、アホはいいが、談志が荒い。</div><div>それでも、談志ファンは、ちゃんと隠居と代書の演技の違いをつけているのは、わかっている。</div><div>あと、談志は、朝鮮人プラス色々でてくる。</div><div>ある意味、談志は、ものにしたが、代書は、まだ江戸落語になりえない。</div><div>&nbsp;</div><div>&nbsp;</div><div>爆笑落語で、シンプルだからとおいそれと手をだすと、失敗する。</div><div>代書は、よくある前座話のキャラクターを少し変えねばならない。</div><div>ストレートから、ブレ弾だ。</div><div>ストレートにみえるが、実は変化球。</div><div>代書のアホと代書を八と隠居でやってはいけない。</div><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/hanahanarakugo/entry-12282046357.html</link>
<pubDate>Thu, 08 Jun 2017 23:43:21 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>談志落語69「権助提灯」</title>
<description>
<![CDATA[ <div>１、風邪が強い晩。本妻が、旦那に妾が心配だから今晩は、妾のところに泊まったらといって、旦那、田舎者の権助と妾の家へ。妾は、喜んだが、本妻に気を使って、今晩は、本宅へ戻るように説得。だんな、戻って本妻に説明するが、けじめだから今日は、めかけの家へ行けと。めかけのとこいくが、返され、本妻から返され。とうとう夜が明けたというお話。</div><div>&nbsp;</div><div>２、この作品のいいとこは、時間の使い方だ。ストーリにおいて、時間の使い方というには、秘伝である。３年、３００年、３億年。どんなものでもいい。時間がたつことによっての変化が人の心をうつのだ。笑いも同じである。</div><div>落語の時間と実際の時間を見事にフェイクにした終わりになっているというわけだ。</div><div>さて、この話、妾と本妻のジェラシーというものに旦那が振り回される話だ。現代からすると、なかなかない。</div><div>それは、江戸時代というのは、妾が法律上認められているからである。</div><div>「江戸時代は、本妻は、妾を認め。妾は、自分が二号ということを認める教育があった時代である。」</div><div>現代は、違う。本妻は、妾の存在を認めないし、妾は、本妻をつぶして一号になろうとする。</div><div>ゆえに、三枝も、ゲスも、金子議員も失敗する。</div><div>だが、時代は変わろうと、人間というものは、変わらいない。</div><div>恋に永遠はないし、浮気はする。</div><div>結婚も江戸と平成では、だいぶ変わってしまったが、しょせん「常識で作ったものでボロがでる。」だからそれを確認するために、妾はあり、愛人もある。</div><div>&nbsp;</div><div>３、談志の権助提灯。</div><div>この噺、</div><div>→女の演じ方が肝</div><div>&nbsp;</div><div>奥さんは、年増で、いいことをしてるように見えて、その裏では妾にイラついてる。</div><div>妾もそうで、それを若さで表現する。</div><div>&nbsp;</div><div>男のような直線的なケンカでないケンカを描けるセンスが大切で、はっきり言って談志に適正はない。</div><div>&nbsp;</div><div>そもそも談志は、荒物で。</div><div>奥さんは、いいとこの奥さんというより職人のかみさんっぽいし。</div><div>旦那も荒くて、金持ちの旦那の空気がない。</div><div>&nbsp;</div><div>田舎者はいい。</div><div>妾は、現代的な人間にしてる。これもいい。</div><div>&nbsp;</div><div>ただ、やはり、女性のやきもちゆえのいやがらせの空気が出てない。</div><div>&nbsp;</div><div>空気感として、いいのは、円遊。</div><div>女がいい。</div><div>あえていうなら、このネタは、「しっとり」。</div><div>談志のは、「ドタバタ。」</div><div>&nbsp;</div><div>特に後半の叩き込み、談志は、テンポよく進めるから爆笑にさすのかもしれないが、円遊は、しっかり「トボトボ帰るシーン」を描く。</div><div>&nbsp;</div><div>この空気感が、たまらない。</div><div>これが、落語であり、権助提灯だ。</div><div>&nbsp;</div><div>はっきり、いって、ウケますよこのネタだれでも。</div><div>&nbsp;</div><div>だけど、大事なのは、そこですね。</div><div>空気感。</div><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/hanahanarakugo/entry-12280175273.html</link>
<pubDate>Fri, 02 Jun 2017 17:37:08 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>談志落語68「源平」</title>
<description>
<![CDATA[ <div>１、おごるものはひさしからずと、清盛、義仲、義経、頼朝を中心に、平家滅亡を語る。講談。</div><div>ストーリーはしってるね。</div><div>&nbsp;</div><div>&nbsp;</div><div>２、歴史を語るということ。</div><div>講談は、その一つで。大河ドラマというのは、講談を現代にしてるだけといっていい。原作としては。</div><div>ゆえに、私は、好きだ。もっとも、講談と落語は、違う。それこそ、講談は、「落語と逆」ではないだろうか。</div><div>「山内一豊にへそくりで馬を買わせた千代が賢妻ともてはやす芸能だ」</div><div>おおよそ、不倫、夫婦ケンカを肯定する落語とは、違うもんだ。</div><div>ただ、技術は似ていて。落語家であれば、マネ事のようなことはできる。この源平、文治、三平を中心に、新作派がやるわけだが、</div><div>→笑いを重きを置くようにしているが、その本当の狙いを考えてほしい。</div><div>それは、歴史の見方である。</div><div>→歴史をつねに逆から見る癖を身につけることである。</div><div>ゆえに、源氏か書いた平家物語からは、平家から見るべきだ。</div><div>極東裁判からは、アメリカから見るべきだ。</div><div>原爆については、アメリカから見るべきだ。</div><div>竹島も韓国から見るべきだ。</div><div>落語家の講談、すなわち歴史語りは、この観点から語ること。そこに、ギャグをぶちこむことが、真なる新作となると思っている。</div><div>&nbsp;</div><div>３、談志の源平。</div><div>&nbsp;</div><div>&nbsp;</div><div>講談を使った、ギャグ漫談。談志の漫談風に分析したり、脱線したりする落語のスタイルの原点は、この辺にあると思っている。</div><div>談志の源平、それである。談志が、落語より、己を出し始めたきっかけのネタではないのかと思っている。</div><div>エンターテイメントとしてこれがベストであると思っている。すなわち、誰でも楽しめるもの。</div><div>逆にいうと、落語の芸術的あじわいにかける。</div><div>&nbsp;</div><div>このネタの適正は、源平という講談に、ギャグをいれまくるセンスのあるやつ。</div><div>&nbsp;</div><div>ゆえに、新作系と講談色出せるやつだ。</div><div>&nbsp;</div><div>談志は、その２つをかねるわな。</div><div>&nbsp;</div><div>談志を抜いた双璧として、三平の源平。</div><div>三平のもつ独特の空気感が、見事に発揮されていて、逆にいうと三平は、落語できない可能性がある。</div><div>落語ができないからこそ、このような個を出しまくる漫談が三平はある。</div><div>三平が、爆笑王になれたのは、落語ができないからだろう。</div><div>&nbsp;</div><div>もう一人の双璧は講談の背景を残しつつやれてる、文治。</div><div>講談を落語家が語るとこうなるってバランスがいい。</div><div>&nbsp;</div><div>&nbsp;</div><div>ただ、三平見てると、講談口調なんて、いらないというのも一つの答えとしてある。</div><div>&nbsp;</div><div>ある意味、新作が、落語に勝つネタだと思う。</div><div>&nbsp;</div><div>小朝は、講談の古めかしさと新作イズムをかねたようなスタイルだ。</div><div>三平のはむちゃくちゃな漫談だが、小朝のは、落語っぽく見える。講談の落語版みたいな。</div><div>&nbsp;</div><div>三枝は、見事な新作。</div><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/hanahanarakugo/entry-12279900802.html</link>
<pubDate>Thu, 01 Jun 2017 19:16:26 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>談志落語67「紺屋高尾」</title>
<description>
<![CDATA[ <div>１、紺屋職人のきゅうさん。吉原の高尾にほれて、恋の病で寝込む。</div><div>親方が、１５両で買えるからかってこいといい。</div><div>きゅうさん３年でためて、吉原へ高尾のもとへ。</div><div>告白したらうまくいって、結婚しちゃった。</div><div>&nbsp;</div><div>２、吉原の売れっ子遊女が、職人のきゅうさんのとこに行くとんでもねぇ話だ。</div><div>&nbsp;</div><div>遊女ってのは、金のために恋をうる。</div><div>だからこそいかねぇだろ。</div><div>恋もしたことない童貞に恋をする。</div><div>「お前さんわかってないね。童貞だからこそ、きゅうさんの純粋さに高尾は、恋をしたんだ。」</div><div>基本的にねえ、いや統計的に。この話を認めたら、世間の童貞は、アイドルでもギャバ嬢でも、告白すりゃどんどん恋人になれるってことになる。ピュアとやらの魅力で。</div><div>なりゃしねぇ。</div><div>あいつらの結婚相手見てごらんよ、大金持ちか、男前タレントじゃねぇか。</div><div>ピュアは、金やルックスに劣るってのが、人間の業だ。</div><div>&nbsp;</div><div>金のために恋を売るってのも、業の肯定で。</div><div>この話は、その業をきゅうさんの仁義が勝ってしまうという、実に落語的でない話だ。</div><div>「夢のような話で。落語にあらず。」</div><div>&nbsp;</div><div>３、談志の紺屋高尾</div><div>荒いので、親方合うし。職人の久さんもいける。もっとも、医者や遊女は、よくない。これがこの話の難しいとこだ。</div><div>→この話は、職人もやれて、遊郭も演じるという、属性的に相反するバランスを持ったやつが適性なんだ。</div><div>&nbsp;</div><div>ってなわけで、東の横綱は、志ん朝。隙のないバランス。遊女もできているのが、談志にない。</div><div>そして、志ん朝の久さんにあるのは、久さんのうぶさ。これも大事なファクターである。ここも談志にない部分だ。</div><div>素直な人間の人情噺は、江戸芝居の美学をやれる志ん朝だ。談志は、小悪党こそ本懐なんだ。</div><div>&nbsp;</div><div>円生は、久ぞうに、うぶさがないのだ。重厚という聞かせる属性で力業でもっていっているという感じか。</div><div>そして、この話の最大のファクターが、久さんの告白のシーンだ。ここのやりかたとして、二つに分けられる。</div><div>→女々しく告白する</div><div>→威勢よく告白する</div><div>&nbsp;</div><div>私は、威勢よく告白するほうを好む。これをやれているのが、志ん朝と談志だけで。円生は、女々しくやる。圓楽もそれ。</div><div>だから、志の輔は、談志を下敷きに、うぶさのある久さんなんだが、談志に劣る。</div><div>告白を女々しくやってほしくない。これは、本当に希望だが、そこは、ドカンといけである。</div><div>&nbsp;</div><div>そして、トータルで、志ん朝に劣る談志の紺屋高尾が、志ん朝に勝ると思うのが、久さんの告白のシーンだ。そしてそれが肝だ。</div><div>得意の感情爆発のオーバー演技なんだけど、それが一番の気がする。童貞で、３年思って職人だから。</div><div>談志以外がやると臭くなるのだろうけど。なんか、くさく見えない。</div><div>「久さん、元気」は臭いけど。</div><div>&nbsp;</div><div>ってなわけで、西の横綱は、談志の紺屋高尾だ。</div><div>この話、台本がよすぎて、だれでも評価されるが、本来は、職人と廓を同時に演じられる特殊なバランス属性を持ったやつが適性で、評価されるもので。とても難しいものだと言っとく。台本がよすぎて、誰でもできるが、そこのゾーンは、円生ですらやれていない。</div><div>ごまかせてるレベルということである。</div><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/hanahanarakugo/entry-12279384401.html</link>
<pubDate>Tue, 30 May 2017 23:31:10 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>談志落語66「弥次郎」</title>
<description>
<![CDATA[ <div>１、うそつき弥次郎と呼ばれる男がいる。なんでも嘘ばかりついている男で、そいつが、隠居のとこにきて、「北海道旅行」という嘘をつく。</div><div>しばらくしたらせがれがきて、「南極探検」の嘘をつきにくる。</div><div>&nbsp;</div><div>２、嘘をつくことは、笑いである。</div><div>与太の笑い、そして酔っぱらいの笑い、ボケ老人の笑い。</div><div>この三大笑いに肉薄するのが「嘘をつく笑い。」ってやつだ。</div><div>&nbsp;</div><div>人間ってのは、常識で生きてる。</div><div>常識ってのは、原則、しなければならないで、ツマラナイ。</div><div>非常識で生きりゃ世間がつぶしてくる。</div><div>だから、嘘をつく。非常識を体験したように嘘をつく。</div><div>非常識は、人の常識の緩和であり、あこがれでもあるから、人をひきつける。</div><div>ゆえに、そこにドリームが、イリュージョンが発生する。ゆえに笑いになる。</div><div>&nbsp;</div><div>婚カツバーでの話だ。</div><div>「山田さんはなんで剣道部に入ったんですか？」</div><div>「合法的に人斬りができるから。」</div><div>これだけで、目立つ。</div><div>「体にいいと思った。」なんて、答えより１００倍いい。</div><div>&nbsp;</div><div>「ええ？でも実際人斬れないでしょ？」</div><div>「いや、何人か殺したよ。マサムネはよく斬れるんだよ。写メ見る？」</div><div>&nbsp;</div><div>と、話が広がる。</div><div>「大会に出て負けて悔しかったです。」</div><div>よりはいい。</div><div>&nbsp;</div><div>まぁ、演劇や落語ってのは、そもそも俺の体験じゃないし、創作なんだ。</div><div>そもそも嘘なんだ。</div><div>それを人々は、涙するってことは、</div><div>「人は嘘にひたりたいんだ。」</div><div>嘘は、笑いどころか、芸術というもの基本でもある。</div><div>&nbsp;</div><div>３、談志の弥次郎。</div><div>ネタ終わったあとに、南極探検話をいれてる。</div><div>談志の前座創作話だ。</div><div>&nbsp;</div><div>キャラクターとして、嘘つき弥次郎と隠居の問答話で、これはダメだというものはない話で。</div><div>誰でもウケるネタとも。</div><div>それゆえ、違いを見せることが難しく談志は、新作をつけ足した。</div><div>&nbsp;</div><div>私が思うに、</div><div>→弥次郎を八五郎とは、違う雰囲気を出せば、作品の世界観が違ったものになる気がしてる。</div><div>&nbsp;</div><div>イメージでは、志ん生だ。</div><div>彼が、ぶっとんだ嘘と合う。</div><div>ボケの適正があうから、八五郎には、見えない。</div><div>&nbsp;</div><div>その意味では、圓楽も、円生も、弥次郎の独自性が、台本以外では見えない。</div><div>「それ八五郎とどう違うの？」</div><div>&nbsp;</div><div>とはいえ、圓楽には、独自口調の妙なオモロサあるし。</div><div>円生は、大人な弥次郎が、見れる。もっとも、円生には、軽い話は合わないね。</div><div>&nbsp;</div><div>金馬も、独自口調で、そこまで合わないが、彼は、台本編集力がいい。</div><div>ふっと、「現代」を感じるのだ。</div><div>&nbsp;</div><div>今をもってしても、古典をわかりやすく聞きたければ、金馬だ。</div><div>&nbsp;</div><div>しかし、関係ないが、圓楽ってのは、全然円生に似てないね。</div><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/hanahanarakugo/entry-12279105842.html</link>
<pubDate>Tue, 30 May 2017 00:13:20 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>談志落語65「堀の内」</title>
<description>
<![CDATA[ <div>１、そそっかしい男がいた。</div><div>嫁に起こされて、昨日行くと決めてた堀ノ内もそそっかしいから忘れてしまうしまつ。</div><div>そそっかしいから、洗い場をタンスと間違える、そそっかしいからザルに水をくみ顔を洗おうとする、ネコをタオルと間違える。</div><div>出発すりゃあ、目的地をわすれてしまう。</div><div>賽銭入れに財布入れちまうしまつ。</div><div>弁当食おうと思ったら、枕もってくる。</div><div>さんざんなお参りして、家に帰る。</div><div>「枕もたしやがって！」と嫁に一喝。</div><div>「お宅は、一件となりだよ。」</div><div>&nbsp;</div><div>２、演じてて、違和感があった堀ノ内。</div><div>そりゃそうだよ。</div><div>常識のそそっかしいやつは、駅に着くまでに財布忘れてたこと気づかなかったレベルだ。</div><div>こいつのそそっかしさはレベルが違う。</div><div>ネコとタオルを間違えて、目的地をわすれてしまう。</div><div>弁当を枕と勘違いする。</div><div>昔の俺は、バカだから、</div><div>「こいつは、ものわすれがひでぇそうとう病気のやつじゃねぇか。いねぇだろこんなやつ。」と思ったもんだ。</div><div>&nbsp;</div><div>俺の間抜けをあらわす言葉でね。</div><div>逆にいやぁ、いかに演じ手が、客よりバカかというがよくわかる。</div><div>&nbsp;</div><div>なんでやったかというと、山田、初めてみたときにイリュージョンを感じたからだ。(客目線で正解だ。それでやりゃいいのに。バカな現実から構築しようとする)</div><div>&nbsp;</div><div>ようは、このネタ、そそっかしさを究極に高めることによって、イリュージョンがある。</div><div>イリュージョンだから、夢みたいなもので、現実には、存在しないレベルになる。</div><div>そこは、間違ってねぇの。</div><div>ようは、ここからだ。</div><div>現実には、存在しないが、イリュージョンによって落語の中だけは、存在するようになる。</div><div>それがイリュージョンの効果であり、現実には存在しないが、落語の中ではリアルに存在する。落語の中で生きている。</div><div>それを芸術というのだ。</div><div>&nbsp;</div><div>もっというと、現実の中にはおらず、落語の中ではリアルというその存在は、まさにこいつが、落語特有の人物であり、落語そのものだと言える。</div><div>&nbsp;</div><div>この話、演じ手の頭のよさが出る話だ。</div><div>昔の俺はわかってねぇ。</div><div>&nbsp;</div><div>&nbsp;</div><div>３、談志の堀の内</div><div>せっかちで失敗するというそこつ者。</div><div>談志は、従来のイメージを壊してやってる。</div><div>せっかちに狂気がある。</div><div>これを一番踏襲しているのが、志らくであり、彼のせっかちは、せっかちのセリフでなく、単なる危ない人。</div><div>それなのに説得力があるのは、志らくがおかしなやつだからだ。</div><div>談志のそこつ者は、その意味で、クレイジーなやつが適性としてある。</div><div>&nbsp;</div><div>本来のそこつ者の適性というかイメージは、小さんだ。</div><div>小さんの堀の内は、見てないが、粗忽長屋でわかる。</div><div>間違えたらあと、ふわっとアホな空気がでて、これが実に面白い。</div><div>&nbsp;</div><div>これが、ベストであるが、こんな空気そうそう作れるわけはない。</div><div>&nbsp;</div><div>志ん朝の堀の内は、とても威勢がよく、華麗だ。</div><div>しかし、アホさがない。</div><div>そこつ者という表現というより、テクニックでごまかすという堀の内で。</div><div>そこつ者のイメージとは違う気がする。</div><div>&nbsp;</div><div>そこに、ほんのすこしフッと感じるものはあるから、そこは、参考にすべきだろう。</div><div>&nbsp;</div><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/hanahanarakugo/entry-12278696999.html</link>
<pubDate>Sun, 28 May 2017 18:01:21 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>談志落語64「勘定板」</title>
<description>
<![CDATA[ <div>１、その昔、ド田舎に便所がない村があったそうな。</div><div>その村では、もよおすと、山の奥に海がある(変なとこだね。)その海に、板があるから、そこでやる。</div><div>村では、便所にいくことをかんじょうするといい、板をかんじょう板といった。</div><div>この村の人たちが、江戸にいって、宿で、もよおした。</div><div>「勘定するから、勘定板をもってこい。」と言ったが、江戸の人は、かんじょうが、便所とは、知らないから、ソロバンもってきたね。</div><div>村人、そろばんの上に…。あとは想像にお任せ。</div><div>&nbsp;</div><div>２、落語において田舎者は、笑い者だ。</div><div>まぁ、それは何回か言ってる。</div><div>田舎者が、江戸の文化をしらないことで、それらを壊し、笑いにする。いや笑われる。</div><div>それは、裏を返せば、革命者になりうる。ゆえに田舎者が新しい文化を創造するってのは言ったね。</div><div>今回は、とんでもねぇ、便所ときた。さすがに、田舎者でも便所はある。</div><div>そこまで、田舎者を無知にさす落語、たいしたもんだよ。</div><div>&nbsp;</div><div>さて、このネタ「うんこ」のネタで、ようは下ネタだ。</div><div>よく下ネタは、言ってはいけない。</div><div>放送禁止用語というものがある。</div><div>これで、テレビは壊れたとよく言われるが、お笑い的には、とてもやりやすい。</div><div>&nbsp;</div><div>こんなにいいフリはないから。</div><div>言ってはいけないこと=笑いなんだよな。</div><div>&nbsp;</div><div>下ネタ=笑いの王道と言っていい。</div><div>そうかも幸福の科学も、言いにくいことこそ、笑いだ。</div><div>勘定板見ろよ、笑いは見事に言ってはいけないことを笑いにする。</div><div>勘定板、誰がやってもウケるネタである。</div><div>下ネタだからさ。</div><div>&nbsp;</div><div>３、談志の勘定板</div><div>元々下品なネタだが、少しさっぱりさせてる。</div><div>談志はエロをけっこうきつく表現するが、うんこは、少しおさえめなのかもしれない。</div><div>&nbsp;</div><div>この話は、スマートにするべきかというとそうではない。</div><div>この話の肝要なのは、</div><div>→うんこしたそうな面をした下品さを出せる田舎者を表現できるやつ。</div><div>&nbsp;</div><div>で、談志は荒物で田舎ものは、うまいが、ここまで下品なのは、適正にはない。</div><div>&nbsp;</div><div>ダメなのが、二代目喜久蔵。</div><div>お坊ちゃんでスマートな育ちが出ていてダメ。</div><div>ウケてるのは、台本の力で。</div><div>ある意味、この話は、誰がやっても面白い。</div><div>平りんも抜けたキャラクターは、田舎者の適正だが、うんこの下品さがない。</div><div>何度もいうが、田舎者によりうんこの下品さをつけ足した空気感だせるやつが、爆笑になる。</div><div>&nbsp;</div><div>まぁ、桃太郎か。</div><div>面いいし、本当にうんこしたそうだ。</div><div>&nbsp;</div><div>談志がダメなのではない。十分面白い。</div><div>ただ、落語ってのは、お客さんが、イメージした理想のキャラクターに近い演者を評価する。</div><div>&nbsp;</div><div>与太郎は、小さんで、若旦那は文楽。</div><div>芝居は、志ん朝と。</div><div>俺の好みだが、評価されているものは、俺の落語のイメージ像と９０％以上同じで。</div><div>&nbsp;</div><div>談志ファンは、究極的にいうと談志がやればすべてＯＫだろうけど、落語ファンは、落語のイメージに近い演者が評価される。</div><div>&nbsp;</div><div>それは、色だから。</div><div>すべてを独占できる人間なんているわけないんだね。</div><div>&nbsp;</div><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/hanahanarakugo/entry-12278235405.html</link>
<pubDate>Sat, 27 May 2017 00:00:53 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>談志落語63「笑い茸」</title>
<description>
<![CDATA[ <div>１、生まれて４５年、一回も笑ったことがないという仏頂さん。</div><div>奥さん気になって、笑い茸なるものを旦那に飲ませると、仏頂さんは、大笑い。</div><div>それから、大笑いが、金を呼び、仏頂さんとこには、世界から金が集まるようになる。</div><div>天国が困った。</div><div>原因調べると、仏頂という男が、笑って世界の金を集めていると。</div><div>なら、天国も負けじと笑えと天国の連中笑いまくった。</div><div>金がいう。</div><div>「あれは、空笑いだ。」</div><div>&nbsp;</div><div>２、人はなぜ笑うのか？その答えが笑い茸にはある。</div><div>&nbsp;</div><div>理由か？金持ちになるためさ。</div><div>&nbsp;</div><div>以上。</div><div>逆にいやあ、金持ちになりたけりゃ、</div><div>「笑うだけでいい。」</div><div>&nbsp;</div><div>笑い茸は、そういうスピリチュアルを描いてる。</div><div>金持ちになるテクニックは一つ、</div><div>→笑うだけなんだよ。</div><div>３００年の伝統が、教えてくれている。</div><div>&nbsp;</div><div>笑い茸では、こう言ってる。</div><div>→お金ってのは、実は感情があり、笑顔のとこにいく修正がある。</div><div>&nbsp;</div><div>ちなみに、元気になるセミナーで、</div><div>→笑いまくるという訓練</div><div>がある。</div><div>本当に元気になる。笑うと金だけでなく、健康にもなるようだ。</div><div>&nbsp;</div><div>「やってごらん。」</div><div>ただし、人のいないとこでね。</div><div>&nbsp;</div><div>人が、笑う理由は、金持ちになり、健康になるためだ。</div><div>&nbsp;</div><div>３、談志の笑い茸</div><div>仏頂さんの描写。ふだんから仏頂面のほうがいいだろう。談志や、円生。</div><div>金がしゃべるし、ちょっと飛んでるネタでもあるので、このあたりは、円生は合わないか。</div><div>&nbsp;</div><div>談志の夫婦の関係性が、いい旦那さんだ。このあたりの描写は、現代なのかと。</div><div>あと、このネタ、笑うところで、笑いをとるというすごいテクニックの落語。このあたり難しいだろうね。</div><div>&nbsp;</div><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/hanahanarakugo/entry-12277851638.html</link>
<pubDate>Thu, 25 May 2017 18:19:55 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
