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<title>パチの思い出にすがるブログ</title>
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<description>20代後半からの思い出が、ほとんどパチスロ機種名とともにあるという末期的症状の管理人が、「パチスロから足を洗いてーなー」と思いつつ、パチンコ、パチスロに関する思い出をシコシコと更新するプログにする予定です。</description>
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<title>「あのさあ、パチスロ教えてくんない？」【タイムクロスＡ】</title>
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<![CDATA[ <p><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/5e/61/10011293962.jpg" target="_blank"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/5e/61/10011293962_s.jpg" border="0"></a> </p><br><p>パチンコにハマって半年ほど経った頃だと思う。もしかしたら3か月ぐらいかもしれない。<br></p><p>ともかく、パチンコがつまらなくて仕方なくなっていた。なぜか？　答えは簡単。勝てないから。<br>しかし、液晶で熱い演出に引っ張られるだけ引っ張られて、結局外す、ということに飽き飽きしていたし、羽根モノの楽しさを知ったものの、やはりデジパチほどは勝てない。でも、どうもパチンコが気になるから打つ、という悪循環を繰り返していた。</p><br><p>そんな頃、なんとなくホールで気になる存在だったのが、以前に演劇時代の先輩に目押しをしてもらったパチスロだった。時は折りしも「獣王」が登場し、ＡＴ機革命が起こっていた。雑誌やネットなどでパチンコ、パチスロ業界の動向をチェックするようになっていた私にも、自然とその爆裂ぶりが情報として入っていた。</p><br><p>「どうやら、パチスロのほうが儲かるらしいな。それに、やっぱパチスロって若いヤツがやってるし、パチンコよりもいいのかもなあ」</p><p>そんなことを漠然と考え始めていたある日、会社の人々と話していると、後輩の女のコが「私、よく彼氏とパチスロを打ってますよ」と言う。</p><br><p>「いやー、オレ、パチンコばっか打ってるんだけどさ、実はパチスロに興味があるんだよね。ただ、一人だとパチンコよりもよくわからないし、あのさあ、今度パチスロ教えてくんない？」<br>「いいですよ。じゃあ、私が好きな『タイムクロス』を打ちましょう」<br>「『獣王』じゃないの？」<br>と、当時知っている唯一のパチスロの名前を言う。<br>「『獣王』は絵柄がカッコ悪いから嫌いなんです」<br>「ふーん。いや、その台知らないけど、まあ、なんでもいいや。よろしく」</p><br><p>ということで、後日、会社帰りに有楽町のパチスロ屋におもむくことになった。道々、話を聞くと「ともかくウィンちゃんっていうキャラがかわいいんですよ」とのこと。パチスロでキャラってなんだ？と思いながらも付いていく。</p><p>その店のパチスロコーナーは薄暗く、今まで見かけたパチンコ屋に併設してあるパチスロコーナーとは違う雰囲気に思えた。</p><br><p>「これこれ、これです」<br>と彼女に導かれるままに、シマにつくと、液晶のついている台がある。<br></p><p>「液晶かー。液晶がイヤだからパチスロ覚えたいのになあ。ていうか、パチスロにも液晶があるんだ」<br>と、思いながらもとりあえず、「これなんか、いいかも知れませんね」と彼女に薦められた台に座る。今思えば、初期液晶付きパチスロの名機であるが、当時はそんなことをしるはずもない。<br>「タイムクロス」のシマは客付きがよく、彼女と並んで打つことはできなかった。</p><br><p>とりあえず、コインサンドに1000円札を入れ、コインを入れる。回す。止める。<br>あっという間に1000円がなくなる。<br>「パチンコよりも、カネが消えていくのが早いなあ」<br>と思いながら、その行為を繰り返す。</p><br><p>液晶では、なんだか知らないけどロボットが釣りをして、何かを引き上げている。<br>後輩のところに行き、<br>「何これ？　なんか当たってるの？」<br>「いや、別に普通のことですから、そのまま打ち続けて下さい。赤ちゃんが見つかったら呼びに来て下さい」</p><br><p>「赤ちゃん？」と思いながらも続行。あっという間に5000円ほど消える。<br>ふと見ると、後輩のコがすでに当たったらしい。満面の笑みだ。</p><br><p>「うーん。どれぐらいカネかかっちゃうのかな」と思いながらも、後輩の手前、どんどんコインを借りる。<br>が、ほどなく、液晶が原始時代に代わり、ドカーンと火山が噴火した。赤ん坊が落ちてくる。</p><br><p>「ねえねえ、赤ちゃん落ちてきたけど。これはさすがに当たってる？」<br>と再び後輩を呼びに行く。</p><p>「当たってます。このキラキラ光る青いのを狙って下さい」<br>とりあえず、2度ほど狙うも、初心者に揃えられるわけもない。結局、彼女が揃えてくれた。</p><br><p>「大当たり中はどうすればいいわけ？」<br>「うーん、色々あるんですけど、まあ、とりあえずそのまま打ち続けて下さい」<br>今思えば、わざわざ外しに席を移動するのは面倒だ、というところだろうか。</p><br><p>ともかく、大当たりを消化した。</p><br><p>「で、もうヤメたほうがいいの？　それともすぐ当たるの？」<br>「いやー、別にすぐ当たるとかはないんですけど、とりあえず100回ぐらいは回したほうがいいです」<br>「ふーん」</p><p>といいながら打ち続けると、なんとすぐにまた液晶で赤ん坊が登場した。<br>「ねえねえ、当たったけど、確変？」<br>「いや、そういうのないですから」<br></p><p>今度は黒いのが揃う。</p><p>「あ、バケですね」<br>「バケ？」<br>「出玉が少ないってことです」</p><br><p>出玉の多い少ないがあるのか～、と思いながら打ち続けると、なんと次もまた50ゲームもしないうちに赤ちゃん発見。<br>一度は自分で青いのを止めてみよう、と思ってベットボタンを押したら、となりのおじさんに「1枚、1枚」と声をかけられた。<br>「え？　1枚って何ですか？」<br>「3枚で狙うと2枚損しちゃうだろ。当たってるときは1枚で狙うんだよ」<br>と目押しをしてくれた。</p><br><p>その後も100ゲーム以内にポコポコ当たる。またしてもビギナーズラックがやってきたわけだ。<br>その度にちょくちょく立っては、年下の女のコのところにお伺いを立てに行くので、周囲の目が恥ずかしい。</p><br><p>「すごいじゃないですか！　高設定かもしれませんね」<br>「高設定？　何それ？」</p><p>と思いながら打ち続け、100ゲームを抜けたので、「100ゲーム抜けたからヤメるよ」と後輩のコに言う。彼女もちょっと出玉があったので、結局、初のきちんと打つパチスロは1時間ぐらいで終わった。</p><br><p>換金すると、2万円ほど勝っていた。後で考えるとその店は6枚交換だったから、余裕で1000枚以上。おそらくＢＲ混合で5連ぐらいしたんだろう。ジャク連のような、Ａタイプの謎連荘がいきなり訪れたわけだ。</p><br><p>その後、後輩にお礼の意味をかねて焼肉を奢りながら、「パチスロには設定というものがあって」などとパチスロの基本をご教授いただいたが、はじめてパチンコで出したときのように、結局よくわからず、また、勝ち金も2万円だったので、パチスロに対して大興奮するわけではなかった。</p><br><p>「うーん、やっぱり目押しができないと、ちょっとパチスロは難しいよね」<br>「いや、店員さんを呼べばいいんですよ。目押ししてくれますから」</p><br><p>なるほど。それだったら、私でも一人で打てそうだ。<br>ということで、この日を境に、パチンコ屋に行くとパチスロのシマを気にするようになった。</p><br><p>タイムクロスＡ　スペック<br>------------------------------------------------------------<br>山佐　Ａタイプ　2000年リリース</p><p>【BIG確率】<br>設定1　　1/303<br>設定2　　1/293<br>設定3　　1/273<br>設定4　　1/256<br>設定5　　1/241<br>設定6　　1/241<br>【REG確率】<br>設定1　　1/431<br>設定2　　1/364<br>設定3　　1/341<br>設定4　　1/321<br>設定5　　1/303<br>設定6　　1/241<br>------------------------------------------------------------</p>
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<link>https://ameblo.jp/hanasuihanasui/entry-10019002644.html</link>
<pubDate>Sat, 28 Oct 2006 05:44:05 +0900</pubDate>
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<title>パチンコ依存症を自覚【くじら君】</title>
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<![CDATA[ <p><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/f1/8b/10011285084.jpg" target="_blank"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/f1/8b/10011285084_s.jpg" border="0"></a> </p><br><p>羽根モノの楽しさを覚えながらも、なんだかんだでデジパチも打ち、寝ても醒めてもパチンコのことを考えているような生活が続く。仕事の合間にちょっと時間があれば、パチンコ屋を覗き、仕事が終わればパチンコ屋へ直行。しかし、不思議なことに休日に終日パチンコ屋にいる、という状態にはならなかった。おそらく、出たら即ヤメ、というスタイルを続けていたからだろうと思う。</p><br><p>ともかく、すっかりパチンコ中毒になっていたわけだが、依存具合をはじめて認識したのはこんな事件があったからだ。</p><br><p>多分、夏真っ盛りのころだったと思う。<br>実家から連絡があった。<br></p><p>「○○のおじさんが亡くなったらしいので、代表してお通夜に行くように」とのことだった。<br>正直、名前を言われてもまったくピンと来なかった。本当に記憶がないぐらいの幼い頃に会ったりしていたそうなのだが、物心ついてからは会ったことがない親戚の方だった。</p><br><p>その日は黒のスーツで出社し、夕方に退社し、駅のキオスクで黒のネクタイを買った。ずいぶん遠くまで行った記憶があるから、千葉か埼玉のほうだったのだと思う。<br>駅を下りると、パチンコ屋が目に入った。だが、当然、斎場へ直行。</p><br><p>記憶のある親族は一人だけだった。お久しぶりです、と挨拶をしつつ、焼香し、親族控え室へ。だが、親族はいろいろと語りかけてくれるが、自分はまったく覚えていないので、申し訳ないが居心地はよくなかった。</p><p>ある程度、通夜が進んだところで場はお開きになり、私は喪服のまま、見知らぬ駅に行き、パチンコ屋で「くじら君」を打った。さすがに途中で「なんだな」と思い、黒ネクタイは外した。</p><br><p>しかし、大当たりを必死に消化しながら、激しい自己嫌悪に苛まれた。<br>「おいおい、記憶がないとはいえ、親戚の通夜の帰りだぞ。なんでお前、パチンコなんか打ってるんだよ。そんなにパチンコが好きなのかよ」</p><br><p>答えはもちろんイエス、である。</p><br><p>結局、「くじら君」でちょっと出して数千円勝った。</p><p>しかし、帰りの電車のなかで、「オレ、ちょっとパチンコでおかしくなってるかもな」とはじめて自問自答し、なんとなく晴れない気分を味わったのも事実である。</p><br><p>だが、後年、「パチンコ打っていて友人の葬式に行かなかった」とか「大学の試験期間に友人がパチンコ屋まで探しに来てくれて、『教授がともかく試験さえ受ければ単位くれるって』と言ってくれたけど、『ごめん、ムリ』とパチンコを打ち続けた」という猛者たちに出会い、自分も自分も、とこの話題を面白おかしく話したりはしていた。無論、猛者たちのエピソードに比べて、ネタは弱かったが。</p><br><p>「くじら君」スペック<br>------------------------------------------------------------<br>メーカー：平和　　 <br>タ イ プ：デジパチ <br>備 考：入賞口入賞→羽根１回open／チャッカー入賞→抽選２桁数字デジタル回転11、33、55、77、99でチューリップ１回open→入賞→羽根２回open<br>Ｖゾーン通過でデジタル抽選、3、5、8、V(15)Ｒ継続<br>-----------------------------------------------------------</p>
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<link>https://ameblo.jp/hanasuihanasui/entry-10018988946.html</link>
<pubDate>Fri, 27 Oct 2006 22:47:42 +0900</pubDate>
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<title>液晶が嫌いになる【ファインプレー】</title>
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<![CDATA[ <p><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/37/84/10011281400.jpg" target="_blank"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/37/84/10011281400_s.jpg" border="0"></a> </p><br><p>おそらく2001年夏のこと。</p><br><p>ということで、「CR天才バカボン」に夢中になり、何かと言っては「レレレのレー」だの「くりんくりんくりんくりん」だのしゃべる台を仕事の合間に打ちまくる日々が続くのだが、ビギナーズラックもとうに過ぎ去ったこの頃、なかなか勝てなくなってきていた。</p><br><p>また、「バカボン」だけでなく、パチンコ屋に当時あった「わんわん物語」だの「CRフィーバーもののけ」なども触っていたのだが、さすがに「液晶でどんなに大騒ぎしても、当たってるかどうかはチャッカーに入った瞬間に決まってるんだろ」ということがわかり、なんだか液晶の演出に一喜一憂していることが急激にバカバカしくなってきた。</p><br><p>そもそも、パッキーカードを買わなくてはいけない、という制度に対して非常に疑問を持つようになる。「パチンコってそうそう当たるもんじゃないんだ」ということが段々と分かってきたこの頃は、残念なことにいきなり5000円のパッキーカードを買っていた。現在のようにリサイクルカードで清算できるわけではないので、たまに1000円とかで大当たりを引くと、後日、残りの4000円を使用するためにまたその店に来なくてはならない。<br>で、結局、また4000円を使って熱くなって、さらに5000円のパッキーカードを買って……という循環に、「なんかパチンコってバカバカしいな」と思い始めていた。</p><br><p>そんな頃、地元の別の店で、ボロッボロの「ファインプレー」を発見する。<br>-----------------------------------------------------------------</p><p>メーカー：マルホン　　 <br>タ イ プ： 羽根物 <br>出 玉 数：１００or５００or１０００ <br>賞 球 数：５＆１０ <br>備 考 ：Ｖ入賞後のデジタルで貯留回数が決定、「１」は０回、「７」は６回「１５」は１４回。各デジタル出現率は１／３。  </p><p> ----------------------------------------------------------------<br></p><p>「あ、この台、なんか昔見たことがある。羽根モノか」<br>と、興味本位で打ち始めた。設置されてから相当の年数が経っていたらしく、セル版もボロボロで、中にはセルの後ろの木の部分が露出しているような台もあった。</p><br><p>羽根モノは高校時代、大学時代に打っていたのだが、ここで「チャッカーが鳴いた後、役モノに玉をぶち込んで、その動きに一喜一憂する」ことの楽しさを改めて認識する。</p><br><p>「なにこれ、結構面白いじゃん!!」</p><br><p>ファインプレーの役モノは、磁石のついた回転体で、中央に「ホームラン」というマークがあり、その両側に「ヒット」というマークがある。そこに磁石が付いており、銀球がそこに拾われると、前方の大当たりの穴に入りやすく、「ホームラン」ならほぼ大当たり、「ヒット」でも前方の移動している大当たり穴の位置によって、大当たりする可能性が高まる。中には妙に球スジが右にズレる台もあって、左側のヒットに玉がくっつけばほぼ大当たり、ホームランにくっついても右にズレて外れ、なんていう台もあり、「役モノのくせ」というものをはじめて学んだ。</p><br><p>ともかく、低投資で当たるし、チャッカーが鳴いて数秒後に打ち出せば羽根が拾う確率が上がる、なんていうことをどこかで学んで実践したり、と攻略っぽいことに楽しみを見出した。さらに、今でも釘は読めないが、ともかくこういう台は釘が大事なんだ、ということを学び、読めないながらも釘を見たりするのも楽しかった。</p><br><p>その店は今思えばファインプレーを大事に扱っている店だったようで、一シマあるファインプレーは客付きもよく、一日の当たり回数が50回、60回の台もザラで、会社帰りに数多く当たっている台に座れば、結構当たりやすい、ということを覚え、よく9時、10時からでもその店に行って、短時間のお遊びを楽しんだりもしていた。</p><br><p>「もうさ、液晶に翻弄されるよりも、羽根モノでいいんじゃない？」と思って、他の店に行ったときも羽根モノを打っていたのだが、ファインプレー設置店に比べてあからさまにチャッカーに入らなかったり、といったことを経験し、「同じパチンコ店でも、店によって大事にしている台と、回収台が全然違うんだ」という「店選びのチェックポイント」を体感的に学んだりした。</p><br><p>その後、スロットを覚え、パチンコにまったく触らなくなった時期にも、羽根モノだけはお遊びで打ったりしていた。今でも、「羽根モノだけで満足できる店があれば、ずいぶんパチンコ屋に落とすカネが減るだろうな」と思いつつ、そんなパラダイス店は見つけられていないままである。</p>
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<link>https://ameblo.jp/hanasuihanasui/entry-10018981433.html</link>
<pubDate>Fri, 27 Oct 2006 20:39:54 +0900</pubDate>
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<title>タイアップ機にハマる【ＣＲ天才バカボン】</title>
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<![CDATA[ <p><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/34/db/10011239502.jpg" target="_blank"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/34/db/10011239502_s.jpg" border="0"></a> </p><p>恐らく、2001年夏頃ではなかったか。</p><p><br>このブログを始めてみて、パチンコ台のリリース時期というのをネットでちょこちょこ調べているのだが、なかなかいい資料が見つからない。今回のネタになる機種は、「2000年頃」リリースという情報を見つけたが、「ＣＲフィーバー十二支」がリリースされたのが2001年2月ということであれば、確実に2001年のはずだ。なにせ、新台ということで打ったのであるから。</p><br><p>さて、よく回りもしないパチンコを打ちまくっていたこの頃であるが、何かにつけてはパチンコ屋を覗くようになり、次第に今まで通っていた地元のパチンコ屋じゃ勝負にならない、ということに気づきだす。とは言え、またまだ換金率の違いもよくわかっていなかったし、そもそも当時自分の収支がプラスだったのかマイナスだったのかも判然としない。ともかく大当たりを引きたい、という気分だったのは間違いないので、負け越していたことは想像に難くない。というか、ここから数年、パチンコ、パチスロで勝てる、ということがピンと来ないまま、ともかく楽しくて打ち続ける、という時代が続く。</p><br><p>パチンコ屋に行くスタイルも、単に空き時間があれば行く、という程度だった。一方、休日に朝から打つ、ということは一切しなかった。ある程度雑誌などでパチンコの「完全確率」という理屈を知り、「別に朝一が当たりやすいってわけでもなのに、どうしてみんなパチンコ屋に朝から並ぶのかね」ぐらいに考えていた。「よく回る台を押さえる」ということには考えも及ばず、もっぱら雑誌ではリーチの信頼度やプレミアリーチなどの情報を漁っていた。この頃は液晶の演出が楽しくて仕方なかったのだろう。</p><br><p>ある日、雑誌で「天才バカボン」のパチンコが出る、という情報を入手し、打ちたくて仕方がなくなった。赤塚不二夫の大ファンだった時代もあり、アニメもよく見ていたからである。<br></p><p>ほどなく、この台と対面する時期が訪れる。どこの店で打ったのかまでは記憶が定かではない。ただ、当時は仕事で外回りをしている途中に店に入ったりしていたので、有楽町か新橋あたりだったかもしれない。</p><br><p>台のスペックはこんな感じ。<br>-----------------------------------------------------------------------<br>基本データ <br>大当たり確率 1/315.5 → 1/63.1 <br>平均出玉 約2,100個<br> <br>碓変突入率 突入率1/2・以後1回継続 <br>リミッター メイン図柄が10000回変動するまで<br>-------------------------------------------------------------------------<br>この頃はこういうスペックばっかりだったのだな、と懐かしくなる。今考えれば、ずいぶんと甘いスペックだったわけだ。確かに、「等価で一回大当たりをすれば8000円」と覚えていたような気がする。大当たり一回当たりの出玉が現在より随分多かったわけだ。</p><br><p>初打ちでどういう成績だったのかは、まったく覚えていない。<br></p><p>ただ、ウナギイヌが出てきて、次にお巡りさんが出て、レレレのおじさんが出て、最後にパパが出れば熱い、とか、ママが通れば激熱、白ウナギイヌならほぼ当たり、といったいわゆる「ステップアップ予告」に夢中になったものだ。特に「4分割リーチになれば激アツ、だってリーチが4回かかるんだもん」と思っていたことを思い出すと、別に演出の熱さはどうでもよく、内部ですでに当たりか外れかは決まっている、ということを未だによくわかっていなかったのかもしれない。</p><p>後は、「プレミアを見る」ということに夢中になった唯一の台だったかもしれない。確変確定の砂漠背景を始めてみたときは、狂喜乱舞したものだ。</p><br><p>なんとなくだが、「１万円もあれば1回は大当たりするでしょ」と思っていたような気もするので、当時は比較的パチンコを楽しめるヒキを持っていたのかもしれない。パチンコ屋と銀行ＡＴＭを往復する、という経験もほとんどなかったと記憶しているので、ほどよい距離感でホールと付き合えていたのかもしれない。</p><br><p>ただ、次第に液晶というものが嫌いになっていくのだが、それはまた次回に。</p>
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<link>https://ameblo.jp/hanasuihanasui/entry-10018918327.html</link>
<pubDate>Thu, 26 Oct 2006 16:03:02 +0900</pubDate>
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<title>パチスロとの初めての出会い</title>
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<![CDATA[ <p>おそらく、2001年春ぐらいの出来事なのだと思う。<br></p><p>ともかく地元の等価のパチンコ屋に出入りするようになっていた頃、突然、パチンコ屋で声をかけられた。</p><br><p>「おう、久しぶりじゃん。パチンコやるんだ？」</p><br><p>大学の演劇サークルの先輩である。というか、彼は私が卒業して数年経つというのに、まだ学生だった。学生というよりは役者である。ただ、大学には在籍しながら、舞台に上がる日々を送っている人物で、大変な男前であった。</p><br><p>「うわー、お久しぶりです。先輩もパチンコやるんですか。僕は最近ハマっちゃって」<br>「いや、俺はパチスロ専門だな。しかも、『大花火』専門」</p><br><p>「『大花火』？」と思いつつも、へぇー、と相槌を打っておいた。<br>先輩は彼女と一緒に来ているらしく、当時はぽっかりと恋人不在だった私にはうらやましい限りであった。</p><br><p>「じゃ、僕はそこら辺でパチンコ打ってますんで」<br>と言って、いざ決戦。その日は妙に調子がよく、打つ台、打つ台1000円前後で大当たりを引いた。その当時はパチンコの仕組みがわかっておらず、確変でなければ、即ヤメ、というスタイルだったので、必然的にウロウロすることになった。</p><p>行き場所がなくなったので、先輩が打っていたパチスロのシマに顔を出す。</p><br><p>「おお、調子よさそうじゃん」<br>「ええ、なんか今日は珍しくよく当たります。まあ、確変引けないんですけど。で、先輩が打ってるのって、パチスロですか。ちょっとやってみようかな」<br>「ああ、これなんかちょっといいかもね」<br>と先輩に進められた台に座る。今思えば、大花火だ。</p><br><p>なんと、ここでも1000円で引く。正確には先輩に「入ってる、入ってる」と教えてもらった。「入ってる」の意味がよくわからなかった。パチンコならイヤでも、液晶で大当たり告知をしてくれるわけで、リーチ目の存在すら知る由もない。</p><p>「とりあえず、七を狙ってみて」<br>と先輩に言われる。今考えれば、パチスロを初めて触る人間には酷な注文だ。せめて赤いのを狙え、ぐらいでいいのではないか（笑）。<br></p><p>ともあれ、言われるがままにリールを注視するが、何にも見えない。数度試して、先輩が目押しをしてくれた。</p><p>どうやら、ここで先輩は私がパチスロの本当の初心者だ、ということに気がついたらしい。<br></p><p>「外してあげるから、この赤いのを狙ってごらん」と三連ドンちゃんを指さす。「外し」の意味もわからず、ともかく言われた通りにやってみるが、取りこぼしまくり。たまにリプレイ告知がでると、先輩が外してくれるのだが、「リプレイ」の意味もまたわからない。</p><p>途中から、先輩が三連ドンも狙ってくれるようになったが、おそらく獲得枚数は400枚前後だったのではないか。</p><br><p>「ありがとうございました。でも、やっぱりよくわからないんで、もうヤメます」<br>と、パチンコのように即ヤメする。<br>「そうか、じゃあ、久しぶりだし、飲みに行くか」<br>と、先輩とその彼女さんとともに、その日は懐かしい話に花を咲かせた。</p><br><p>その後、ちょくちょくとパチンコ屋で出会うようになり、先輩が働いていた神保町のバーへも顔を出すようになるが、自然と再び出会わなくなってしまった。今頃どうしているだろうか。どこかの舞台で活躍されていることだろう。</p><br><p>ということで、これが私のパチスロとのファーストコンタクトだったが、かつてパチンコに対してそうだったように、「よくわからない」という理由でその後しばらくはパチスロに触ることはなかった。</p>
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<link>https://ameblo.jp/hanasuihanasui/entry-10018910393.html</link>
<pubDate>Thu, 26 Oct 2006 12:05:32 +0900</pubDate>
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<title>パチンコに決定的にハマる【ＣＲ不二子におまかせ】</title>
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<![CDATA[ <p><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/24/f1/10011230881.jpg" target="_blank"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/24/f1/10011230881_s.jpg" border="0"></a> </p><br><p>「十二支」での大勝の後も、一気にパチンコにハマることはなかった。ただ、急にパチンコが気になる存在になったのも事実だ。だが、翌日にすぐにパチンコ屋に行く、という行動はしなかったと記憶している。</p><br><p>「十二支」体験からおそらく数週間以内に、「またパチンコでもやってみるか」と思い、当時住んでいた自宅のすぐそばにあるパチンコ屋を除いてみることにした。<br></p><p>ここが、もう、今考えると大変な死に店で、床は当時でも珍しい板張り。店員も昔ながらのヤル気のない店で、終日稼動しないようなパチンコ台ばかり、という店だったのだが、当時の私には「こういう店は勝てない」なんてことを知る由もなく、「ああ、レトロな感じの店だな」なんて思いながら、入り口からすぐのシマにあるパチンコ台に着席した。</p><br><p>座った台は「ＣＲ不二子におまかせ」。<br>-----------------------------------<br>基本データ<br>大当たり確率 1/316.6    <br>確率変動確率 1/2    <br>賞球数 5 &amp; 14   <br>平均出玉 約2100個    <br>1回ループ   <br>-----------------------------------<br>3種類ほどあったようだが、どれを打ったかはわからない。写真の筐体だったような気がするが、時短しか付いて来ない台のようなので、この台ではなかったのは以下の展開から確実だ。</p><br><p>現在でも釘は読めないが、相当回りは悪かったはずである。だが、そんなことに気づくわけもなく、数千円ぐらい入れたのだろう。詳しくは覚えていないが、ビギナーズラックがまだ続いていたらしく、またもや確変大当たり。4箱出たのか4万円勝ったのか忘れたが、ともかく、またもや労さずして数万円を手に入れてしまった。</p><br><p>これで、完全にパチンコに目覚めてしまった。<br>「なんだよ、この間からパチンコ、簡単に勝てるじゃん。ていうか、むしろ今までパチンコ打ってなくて大損？」<br>というような、パチンコ覚えたてのビギナーによくありがちな思考回路に。</p><br><p>ともかく、まずパチンコ雑誌を大量に買い込み、一体どういう原理でパチンコが大当たりをするのかを勉強する。<br>「完全確率」「確変確率50％」「ボーダー理論」などを、実戦とともに覚えて行くことになる。しかし、300分の1の確率、というものがどういうものなのか、まったく分かっていなかったし、ボーダー理論の実戦などもまったくしていなかった。というか、今もしてあまり意識していない。</p><br><p>そして、地元のホール、最初に大勝したホールに通えるかぎり通うようになる。<br>基本は「十二支」。だって、あんなに勝てた台だから。しかし、その頃にはすでに1階の新台コーナーではなく、地下の回収シマに収容され、誰も座っていない状態だったが、それが意味することも知る由もなく、ただ最初の大勝のイメージで打ち続ける。</p><p>とは言え、当時は数万をブッこむ、ということはまだなかった。基本、5000円入れてダメだったら帰る、というスタイルだ。当たったり、そのまま当たらなかったりだったが、なんだか確変を引いても全然伸びない。常に2回ワンセットで終了、という時期を迎える。</p><p>しかも通っているのが、等価店と死に店。最初は「10万以上勝ってるし」だったのが、段々と勝ち分を無くし、次第に一日3万円とか負けるようになる。<br></p><p>完全に、店のいいお客だ。</p><br><p>当時は収支などまったく付けていなかったし、ここから数年も付けていない。<br></p><p>だが、負け続けにげんなりしながらも、訳もわからず、ただ空いている台に座って打つ、という時期がしばらく続く。</p><p>ここから先、正確な時系列があやふやになってくるが、記憶に残っている順番で書き綴っていくことにする。</p>
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<link>https://ameblo.jp/hanasuihanasui/entry-10018905280.html</link>
<pubDate>Thu, 26 Oct 2006 09:23:42 +0900</pubDate>
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<title>パチンコ狂時代の幕開け【ＣＲフィーバー十二支SP】</title>
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<![CDATA[ <p><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/f9/1a/10011228650.jpg" target="_blank"><img alt="CRフィーバー十二支SP" src="https://stat.ameba.jp/user_images/f9/1a/10011228650_s.jpg" border="0"></a> </p><br><p>さて、ここからがようやく本編である。</p><br><p>実は、私自身、いまいち自分がいつ頃パチンコに本格的にハマったのかがよくわかっていなかったのだが、ネットで調べてそれが判明した。<br></p><p>2001年2月のことである。どうも寒い時期だった、とは記憶していたのだが、真冬だったわけだ。</p><p>その日、私はいつものように週末金曜日恒例の、会社の人々との徹夜麻雀をしていた。<br>珍しく、でもないのだが、朝9時ぐらいまでの麻雀となり、地元の駅についたのが9時45分ぐらいだった。そして、こちらは本当に珍しかったのだが、その日は麻雀でいくらか勝っていた。</p><br><p>駅から家まで歩いて帰る途中(普段であれば、駅から家まではバスやタクシーに乗る距離なので、本当にたまたまだったのだが)、パチンコ屋の前に人が並んでいるのが目に付いた。<br>某大手パチンコチェーンの店だったのだが、「新台導入」という文字が目についた。</p><p>「新台って勝てる、って聞いたことがあるなあ。パチンコか。久しぶりに今日は麻雀で勝ったし、無くなったってもともと、ってことでやってみるか」<br>と思い立って、はじめて開店の前に並ぶ、という行為をしてみたわけである。</p><br><p>それまでは、一般人がよく言うように「なんでパチンコの開店に並ぶのかさっぱりわからない」と思っていたわけだが、モノは試し、とノリで並んでみた。</p><p>今、冷静に考えると、土曜日である。新台入れ替えがあったとしても、新装1週間目だ。にもかかわらず、並んでいるのは数えるほど。まったくもって、期待できない状況なわけだが、その当時はそんなことがわかるはずもない。</p><br><p>新台だったのは、平和の「ＣＲフィーバー十二支SP」。<br>SANKYOのホームページの情報によると、<br>----------------------------------------------------------------------------------<br>CRフィーバー十二支SP 種別 第1種 <br>販売年月 2001年2月 <br>賞球数 5&amp;10&amp;15 <br>大当り確率 1/317.0→1/63.4 <br>確変形式 突入率1/2 <br>確変継続回数 10,000回転 <br>継続回数 最高15R(10カウント) <br>出玉(理論値) 約2,100個 </p><p>ゲーム内容 1ラインに一～十ニまでの同じ図柄が3つ揃えば大当り。一・三・五・七・九・十一で大当りすると確率変動となり、10000回転するまで大当り確率がアップします。<br> <br>予備知識 縦型モニター、横スクロールを採用した新型システムを搭載し、話題を独占しました。縦型モニターにより、ワープを十分に考慮されたゲージ＆役物構成にも注目！<br>----------------------------------------------------------------------------------<br>とある。</p><br><p>懐かしくて仕方がないが、今考えると縦型液晶って、かなりマイナーな台だよな。後年、某パチンコ系ライターさんに「初めてハマった台は『フィーバー十二支』」と言ったら、大笑いされたことをよく覚えている。</p><br><p>さて、とりあえず開店して、皆が進む方向に着いていくと、この台が鎮座していたわけである。正直、新台を打てなければ帰ってもいいや、と思っていたので、9時45分に店に行って新台に座れてしまう、というのが、当時のその店の状況を物語っているのではないだろうか。</p><br><p>そして、またもやビギナーズラックが訪れる。<br></p><p>なんと、500円で確変を引く。と言っても、羽モノばかり打っていた私は確変がどういうものかはまったくわかっていなかった。<br>ただ、画面に「確率変動」とかなんとか表示されていたので、なんとなくその言葉を聞いたこともあり、「あ、ヤメちゃダメなんだな」と思ったものだ。生まれて初めてのデジパチ大当たりである。</p><br><p>さらになんと、この確変、7～8連してしまう。はっきり言って、今まで出玉を積む、という経験をしたことがないので、最初はかなり戸惑ったが、途中から「ずっと当たり続けるんじゃないの？ これ」と思ったものだ。</p><br><p>で、最後の大当たりで「確率変動」という文字が出なかったので、「あ、なんか終わったんだ」ということは理解した。そのころには「確変絵柄」と「通常絵柄」というものがあることはなんとなく把握できていた。</p><br><p>数台離れたところで、おっさんが自分と同じぐらいのタイミングで当たり、同じように爆連させていた。先に私の確変が終わったが、周囲はあまり出ておらず、相変わらず訳もわからなかったので、「なんか知らないけど、いっぱい出たし、1箱入れてダメだったら帰ろう」と考えていた。</p><br><p>ところが、今考えるとよく引いたな、と思うが、200回転ぐらいで1箱使い切る直前で、またまた確変大当たり。これがさらに5連だか6連だかして、「うわー、パチンコって簡単じゃん」と思ったわけである。</p><p>再び、1箱飲ませて大当たりが来なかったので、終了することにした。</p><br><p>何より驚いたのが、換金のときである。<br>当時は、まったく「どれぐらい出たら幾ら」という計算もできるわけがなく、「多分、3万円ぐらい勝ったんじゃないの？　麻雀でも3万勝ったし、今日は大儲けだな」と思っていたのだが、換金所の金額が表示されて仰天した。</p><br><p>「9万9500円」</p><br><p>え!?　9万円!?　ていうか、ほぼ10万円!?</p><br><p>それまで、リャンピンの麻雀で10万円負けたことはあっても、ギャンブルで10万円ぐらいを一気に勝ったことはなかったので、信じられない思いだった。<br>今考えれば、その店は等価交換だったので、2万発以上出た計算になる。</p><p>大興奮して家に帰る。パチンコってこんなに儲かるんだ。ていうか、今、まだ昼だぞ。あのまま打ち続けたら、一体どれぐらい勝ってしまうんだろう!?</p><br><p>ちょうどそのとき、例のおっさんが私と同じぐらいの出玉を持っていたので、後で見に行こう、倍以上にはなっている計算だよな、と思いながら帰宅。徹夜麻雀の疲れもあって、泥のように眠った。</p><br><p>そして、夜。果たして、店に行くとおっさんはまだ打っていた。<br>だが、なんとあれだけあったドル箱が、足元にたった一箱。<br></p><p>いや、今考えれば途中で交換したのかもしれないが、当時の私は「うわ!!　全部なくなったんだ！　パチンコってやっぱ怖いな」と思ったものだ。データ機器の見方もわからなかったのが、自分の打っていた台も大当たり回数が大して伸びてはおらず（今なら、そんなに朝から爆発した台を回さないほかの客の気分はよくわかる）、「パチンコってよくわからんわ」との思いはますます強まり、この日は「やっぱ、パチンコなんかでカネ稼ぐのはなんか違う気がするな」と思いつつも、やはり興奮を収めることがてきずに、その日はそのまま帰った。</p><br><p>さて、さまざまな知識を身に付けてしまった今、あれは本当にビギナーズラックだったのか、とも思う。当時のデジパチでこのような大爆発は、その後体験したことがなかったので、遠隔操作、新装基盤など、後でいろいろ考えたりしたが（まさか十二支にウラモノはないだろう）、ま、真の意味でのビギナーズラックだったと思うことにしよう。</p>
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<link>https://ameblo.jp/hanasuihanasui/entry-10018901350.html</link>
<pubDate>Thu, 26 Oct 2006 05:36:59 +0900</pubDate>
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<title>社会人新人時代の3年間はまったくパチンコをせず</title>
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<![CDATA[ <p>98年、私は社会人となった。</p><br><p>学生時代とは環境は一変したわけだが、しかし会社で麻雀好きな方々と遊んでいただくことができ、あまり学生時代と変わらない気分で生きていたような気がする。</p><br><p>実際、社会人生活3年目ぐらいまでは出入りしていた学生演劇サークルの公演などを手伝ったりしていて、仕事はしつつも、プライベートは学生時代の延長のような生活を送っていた。これはこれで、大変楽しかった。仕事もなんだかんだ言って新人仕事だし、給料は入るわけで、収入のほとんどを麻雀に持っていかれつつも、お気楽な生活だった。</p><br><p>パチンコは、と言えば、この3年間はまったく打つことはなかったと記憶している。<br>パチンコに対してどういうイメージを持っていたのかも定かではない。</p><br><p>ということで、この章もこれでおしまい。次から、いよいよ本格的なパチンコ狂時代が始まる。<br></p>
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<link>https://ameblo.jp/hanasuihanasui/entry-10018900927.html</link>
<pubDate>Thu, 26 Oct 2006 04:35:10 +0900</pubDate>
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<title>大学時代のパチンコ</title>
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<![CDATA[ <p>さて、93年に私は早稲田大学に進学し、上京した。</p><p><br>1年生の頃から、クラスメイトと麻雀をするようになり、演劇と麻雀一辺倒の生活に入る。</p><p>パチンコとはほとんど縁のない生活だった、というのが実際だ。<br></p><p>ただ、麻雀仲間にはパチンコも好きなヤツもおり、たまーにパチンコ屋にメンツを探しに行くこともあった。</p><p>友人が「フィーバーパワフル」を打っていて、「全部フルーツになればいいんだ」と言われ、ほんのちょっと打ってみた記憶がある。「全部フルーツにするなんて、こんだけフルーツがいっぱいあったら簡単じゃない？」なんて思いながら玉を弾いていたので、デジパチの原理をまったく知らなかったわけだ。<br></p><p>ただ、例によって1000円も入れたら飽きたので、相変わらず「何が面白いのかさっぱりわからん」という状態だった。</p><br><p>当時は三鷹に住んでいたのだが、駅から家に帰る途中に何軒かパチンコ屋があり、高校時代を思い出して羽モノを打ったこともある。確か、工事現場のオヤジがドル箱を持ち上げている役モノがあったのを覚えている。あと、「くじらくん」も打っていた記憶がある。</p><br><p>麻雀をしながら、仲間に「等価交換」という言葉の意味を説明してもらい、換金率の存在を始めてしったのもこの頃だった。</p><p>だが、当時は麻雀に夢中で、大学時代にパチンコに関する記憶は本当に上記の2つぐらいだ。<br></p><p>下手をすると高校時代より打っていないかも知れない。当時は、高校時代よりもパチンコに興味がなかったわけだ。<br>なので、大学時代はこの1章で終了である。ちなみに、大学時代が93年から97年となっているのは、演劇と麻雀のやりすぎで1年留年しているからである(笑)。<br></p><p>この時代は、パチンコなんかよりもよっぽど思い出深いことが多々あったが、このブログの趣旨ではないので割愛する。</p>
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<link>https://ameblo.jp/hanasuihanasui/entry-10018900779.html</link>
<pubDate>Thu, 26 Oct 2006 04:14:25 +0900</pubDate>
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<title>高校時代のパチンコ</title>
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<![CDATA[ <p>ということで、パチンコに大きくハマることはなかった高校時代だが、なんだかんだでちょこちょこパチンコ屋には足を運ぶようになった。と言っても、高校時代を通じて10回も行っただろうか、というところだ。</p><br><p>当時はデジパチと羽モノの違いも分からなかった。一発台、権利モノなどという専門用語など、聞いたこともなかったし、そもそもパチンコ台にいろいろな種類がある、なんてことも思いもよらなかった。</p><p>ただ、銀球を借りて、打ち込む、というのがパチンコだ、と思っていたわけだ。</p><br><p>で、「なんかよくパチンコってわからないよね」という話をクラスメイトにしたところ、パチンコにはいろんな種類があるということを教えてもらい、羽モノの大当たりの仕組みを詳しく解説された記憶がある。<br>チャッカー(この言葉も当時は知らなくて、「左と右にある穴」と呼んでいた)に玉を入れて、役モノの中に玉を入れ、それが大当たりの穴に入るとラウンドが始まる、と。<br>「ああ、そういうことで玉が出るんだ。なるほどねえ」<br>つまり、それほどよくわからず打っていた、ということだ。</p><br><p>それで、大当たりの仕組みがようやくわかった羽モノだけをたまーに打っていた。<br>しかし、当時のカネのない私は、500円入れてダメだったら帰る、という感じの「ゲームセンターよりちょっと高いゲーム機」という認識の遊び方だった。</p><br><p>「羽モノだったら、大体、3000円も入れれば一回は大当たりするじゃん」<br>という友人の話にも、<br>「うわ、3000円も入れるの？ 小遣いなくなっちゃうじゃん」<br>なんて思っていたぐらいだから、後に給料分を一日で使うようになるとは、このとき想像するべくもない。</p><br><p>そんな感じで、たまに友人たちと一緒に遊ぶ際にパチンコ屋に行ったりしていたが、その頃はバンドでスタジオに入ったり、ビリヤードやピンボールに興じるのがちょっと大人の遊び、といった感じだった。そもそも学生服が普段着だったわけで、私服でしか行けないパチンコ屋には、なかなか入れなかった、という要因もあっただろう。</p><br><p>そうそう、一つ強烈に覚えていることがある。<br>例の父親に生まれてはじめて連れて行ってもらったパチンコ屋に、あるとき一人で行った。恐らく羽モノを軽く触ったと思うのだが、小学生のころの同級生とばったり再会した。</p><p>私は中高一貫校に通っていたので、小学生時代の友人たちとは疎遠になっていたのだが、小学生当時、「この学年で一番カッコイイ」という評判だった彼は、ドカチンスタイルに身を包み、咥えタバコの超ヤンキーに大変身していた。</p><p>うわー、やっぱパチンコって、こういうヤンキーがやるもんなんだよなー、などと若干パチンコに対して悪印象をもったものだ。</p><br><p>そんなこんなで、パチンコとは程よい距離感を保ったまま、高校時代は終わっていく。むしろ、この頃に麻雀の基本を覚え、大学時代の麻雀狂時代の下地が作られることになる。</p>
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<link>https://ameblo.jp/hanasuihanasui/entry-10018900572.html</link>
<pubDate>Thu, 26 Oct 2006 03:50:36 +0900</pubDate>
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