<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>暑い日差しの下で</title>
<link>https://ameblo.jp/hanasuper8/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/hanasuper8/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>著者のアメリカ音楽留学までの準備、英語との戦い、留学中アメリカ生活においての出来事を綴ったブログです。</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>東京の暑い太陽7</title>
<description>
<![CDATA[ 朝と、夜、働き続けるようになって、何度目かの春だ。<br><br>父の会社の倒産や、両親の離婚、急な引越し。<br>貧乏のどん底に達してから、労働で頭がボーッとしていた。<br><br>未だに留学している弟に腹が立ちながらも、日々起こる、母との衝突に、息が詰まりそうだ。<br><br>一人の時、自然に涙がこぼれてくる、よくあることだった。<br><br><br><br>漫画喫茶のビルから降りると、今日も日差しが暑かった。<br><br><br><br>そろそろ、学校を決めなくてはならないな、と思った。<br><br>Arcoから出版されている本をアメリカから取り寄せた。その本には、演劇、ダンス、音楽学部のある大学について、書いてあるものだった。<br><div class="more"><br><br>今思えば、だいたいどこの大学にも、当たり前のようにあるこれらの学部だけれど、当時の私には、空に浮かんだ無数の雲を、目を閉じてつかむようなほど、<br><br>学校については、皆目検討もつかなかった。<br><br><br><br>本を見ていると、一番安い学校に目がいった。<br>Wichita State Universityと書いてある、ヴぃちた？と読むのだろうか。<br><br>他の学校に比べて、安すぎる。大丈夫だろうか。<br><br>だけれど、この学校の学費なら、持っていく予定のお金で、しばらくは勉強できる計算になる。そして、昔、リック先生が書いてくれた学校の中の一つ、ヴァージニア州のShenando　Universityもあった。　この学校なら、TOEFLの点数は足りている。そういえば、弟が行っているオハイオ州の学校はどうだろう。<br><br><br><br>私は、留学の意思を、最近、小出しにしていたつもりではあったが、<br><br>まだ母は、私が留学するつもりであることを冗談半分に聞いていたし、暗黙の内に、反対していた。<br><br>「学位をとらなくても、聴講でいいんじゃないのォ～？」<br><br>適当に聞き流しているだけである。<br><br>もう、限界だった。<br><br><br><br>私は、リック先生が最も推薦していた、メアリーランド州の、John Hopkin's University （ジョン・ホプキンス大学）の中にあるPeabody Institute （ピーバーディー　インスティテュート）という名前の音楽学部を始めとして、シェナンド大学、ボストン大学、シカゴのルーズベルト大学などの学校数校の他、弟が行っているオハイオのトレド大学にもEmailを出し、募集要項も取り寄せて見ることにした。<br><br><br><br>なかなか来ない学校もあった。<br><br><font color="#0000FF"><font size="3"><strong>「私は、電話したよ、来ないから！」</strong></font></font><br><br>という、昔、英語の塾で一緒だった留学した友達の言葉を思い出し、<br>送ってこない学校には勇気をだして、国際電話をかけた。<br><br>ダイヤルを回す前に英語を紙に書いて、練習。それから受話器を取って、思いっきり喋った。<br><br><br><br>ピーバーディーや、ルーズベルトは、外国人向けの奨学金が無かった。<br><br>ボストン大学は、「は？聴講？何の意味があんの？」という回答がE-mailで来たのだった。<br><br><br><br>学校全体の奨学金ではなくて、その学校の音楽学部の独自の奨学金の制度なら、だいたいどこの学校にも制度としてあるというのは、後でわかったけど、<br><br>日本でしか暮らしたことのない私には、わかるはずもない。<br><br>受験者用のオフィスではなく、直接音楽学部の教授にメールを出して、確かめるという方法も、知らなかったし、元来引込み思案の私には思いつかなかった。<br><br>アプリケーション（志願）の常識に思えるこういった方法についても、わかったのは数年後だ。<br><br>こんな事、留学経験のある、私のピアノの先生だったら知っていたはずだ。<br><br>その他には、日本や、外国で行われている音楽祭に参加して、好きな先生を見つけ、その先生の学校を受ける、という方法も、数年後くらいから流行りだしたようだけど、<br><br>朝と夜、バイトを掛け持ちしているような人間には、音楽祭なんて到底無縁な話だった。<br><br><br><br>だんだん候補は、絞られていった。安くて胡散臭そうな　Wichita　State University, Shenando Conservatory, そして弟の学校 Univeristy of Toledo.<br><br>私は弟とは仲良くなく、弟に先輩風を吹かれるのも嫌だったので同じ学校には行きたくなかった。それに加えて、<br><br>聴講も、普通の授業を取るのも、同じ学費、と言われたので、行く気はなかったが、とりあえず、兄弟の行っている学校なら、おかしな所ではないし、<br><br>願書を提出してみることにした。<br><br></div><br><br><div><br><div><br><a href="http://blog.with2.net/link.php?1318089"><img alt="人気ブログランキングへ" border="0" height="15" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fimage.with2.net%2Fimg%2Fbanner%2Fbanner_13.gif" width="80"></a>←面白かったらクリックをお願いします。</div><br><div><br>ホームページも見てね～<a href="http://www.wix.com/hanaeyoshida/officialweb">http://www.wix.com/hanaeyoshida/officialweb</a></div><br></div><br><div><br>&nbsp;</div><br><br><br><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/hanasuper8/entry-11137994154.html</link>
<pubDate>Tue, 17 Jan 2012 06:29:05 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>東京の暑い太陽6</title>
<description>
<![CDATA[ 相変わらずの、ダブルワークの毎日だった。<br><br>だけど、家にいて、母に批判されるよりは、働いているほうが、よかった。<br><br>母から隠れるように、生まれて始めて、漫画喫茶に行った。<br><br>高速インターネットを借りる為である。毎日４時間、こもりきって、調べることに熱中した。<br><br>ここにきて、はじめて、何を中心に調べようか、決めた。<br><br>1.まず、アプライの期限。Application Deadline 。つまり、いつまでに志願するかということ。たいていの学校が、入学の前年の12月1日だった。<br><br>私の場合、もうすでに４月だったので6,7月を期限にしている学校を探すしかなかった.<br><br>2. TOEFL の点数<br><br>ほとんどの学校で、留学生は英語のテストの点数を提出しなくてはならない。TOEFLとは、Test of English as Foreign Language の略称であり、Grammar, Reading, Listening, Speaking, Writing などからそれぞれの点数を足した合計点を提出する。合計３時間近くあり、一万何千円かする留学生の為のテストである。日本全国で受験できる。　私はこのテ ストの点数が上がらず、長い間苦しんだ。もしできることなら、このテストの点数が求められていない学校か、自分がすでに達している点数を掲示している学校 を選びたいが、ほとんどの留学生が、達していない中、勉強して何とか期限に間に合わせようとするのである。<br><br>3. 録音テープ<br><br>録音について、要求してくる学校と、直接オーディションに行く学校、まずはテープ審査の学校など、様々である。<br><br>４ コースと学費<br><br>短期コースがあるかどうか。また、一学期の学費、一年分の学費、生活費、寮のお金、寮に食堂があるかどうか。<br><br>ホームページが、自分の国の言葉で書かれていない、というのはなんと不安な事だろう。<br><br>ページをみるだけで、心臓が不安でドキドキする。いろんな不安を心に取り込んでしまうのが、私の悪いクセだ。３時間、４時間と、パソコンの前で、時間は過ぎて行った。<br><br><br><div><br><div><br><a href="http://blog.with2.net/link.php?1318089"><img alt="人気ブログランキングへ" border="0" height="15" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fimage.with2.net%2Fimg%2Fbanner%2Fbanner_13.gif" width="80"></a>←面白かったらクリックをお願いします。</div><br><div><br>ホームページも見てね～<a href="http://www.wix.com/hanaeyoshida/officialweb">http://www.wix.com/hanaeyoshida/officialweb</a></div><br></div><br><div><br>&nbsp;</div><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/hanasuper8/entry-11130242457.html</link>
<pubDate>Sat, 14 Jan 2012 06:09:55 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>東京の暑い太陽5</title>
<description>
<![CDATA[ 学校探しは、大変だった。何も情報がなくて、ただただ自分の中で焦る日々が続いた。<br><br>英語を教えに来ていたアメリカ人のリック・オーバートン先生が、めぼしい学校を紙に書いてくれたのを思い出した。<br><br><br><div class="more"><br><br><br><font color="#800080">大学４年生の私は、リック先生のジャズの授業をとりたかった。しかし、その授業を受けるためには、「事前説明会」に必ず出席しなければならないという、音大からの訳のわからない「条件」があった。<br><br>私は、事情があって、その説明会に出れないことを教務課に行って掛け合ったが、<br><br>石頭の教務課は、「あの、説明会に出ないと・・」の一点張りだった。<br><br>一方先生の方は「教務課がOKなら」ということだったが、ダメだったのだ。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br>取りたい授業が時間割の関係でとれなくて、交渉した人は何十人といるが、<br><br>ほとんどが受け入れてもらえないか、<br><br>「わかったわかった、来年はこういうことが無いようにするから」<br><br>とあしらわれ、翌年も同じ、ということが日常茶飯事であった。<br><br>私は、東京音大の、こういう所が、嫌だった。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br><br>高い学費をとっておいて、どういうことだ。<br><br>だけど、私は４年生、来年はない。諦めなかった。<br><br>どうしても、リック先生の授業が受けたくて、１年生の英語の授業に行かせてもらえるよう、先生に頼んだ。そして、たまたま一人の欠員が出たばかりで、私は受け入れられた。<br><br>授業が始まって初めて知ったが、先生の授業では<br><br>「英語で四分音符は何というか」<br><br>など、留学に役立つ授業だった。あの時頑張って、授業に行かせてもらって、本当に良かったと思っている。<br></font><br><br><br><br>運良く、その紙は残っていた。<br><br><br><br>それらの学校に募集要項を送ってくれるよう、問い合わせた。<br><br>自分がついていた大学のピアノの先生に、どこか、いい学校がないか、教えて欲しいと聞いたことがあった。<br><br><br>「アナタね、アメリカに行くにはまず英語が話せるようにならないと。英語ができるようになってから聞いてね」<br><br>・・・すごいショックだった。<br><br><br><br>心臓をバクバクさせながら、決心してリック先生に尋ねることにした。<br><br>先生は、親身になって聞いてくれた。<br><br>助けてくれたのは、ピアノの先生ではなく、英語の先生だったのだ。<br><br><br><br>その後、留学中、何度もアメリカ人に助けられた私は、アメリカ人のほうが、よっぽど親切であることを、身を持って知ることになる。ただ、この時は、先生の前で緊張していたし、必死だった。<br><br></div><br><div><br><a href="http://blog.with2.net/link.php?1318089"><img alt="人気ブログランキングへ" border="0" height="15" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fimage.with2.net%2Fimg%2Fbanner%2Fbanner_13.gif" width="80"></a>←面白かったらクリックをお願いします。</div><br><div><br>ホームページも見てね～<a href="http://www.wix.com/hanaeyoshida/officialweb">http://www.wix.com/hanaeyoshida/officialweb</a></div><br><br><div><br>&nbsp;</div><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/hanasuper8/entry-11130239606.html</link>
<pubDate>Fri, 13 Jan 2012 06:05:30 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>東京の暑い太陽4</title>
<description>
<![CDATA[ ２００２年４月X日<br><br>日米教育委員会で何も得なかった後は、留学を斡旋している業者のところへ話を聞きに行った。<br><br>ジュリアードやバークレーと言う学校があるという他は、大した事は教えてくれなかった。<br><br><div class="more"><br><br>ジュリアード音楽院？日本でフツーの音大生だった私がいけるレベルではない。そしてなにより、TOEFL600点と言う大きな壁があの学校にはあるのだ。そして、学費が高いといのも周知の事実だった。一方、バークレーはジャズである。<br><br>そういえば、うちの弟は、栄　ようこ主催の業者を使っていたが、何十万と言うわけのわからない「諸費用」をとられたらしい。<br><br>留学の雑誌にも、「自分でアプライしよう」とあるし、音大に行っていた時、自分の先生も、まずはその学校の案内を英語で読めなくてはならない、と言っていた。音楽留学の為のガイドブックなるものも持っていたが、当時でも、E-mailが普及しはじめた頃であり、手紙でやり取りするように書いてあったその本はもう、古かった。頼るは自分で得た情報だけだった。<br><br></div><br><div><br><a href="http://blog.with2.net/link.php?1318089"><img alt="人気ブログランキングへ" border="0" height="15" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fimage.with2.net%2Fimg%2Fbanner%2Fbanner_13.gif" width="80"></a>←面白かったらクリックをお願いします。</div><br><div><br>ホームページも見てね～<a href="http://www.wix.com/hanaeyoshida/officialweb">http://www.wix.com/hanaeyoshida/officialweb</a></div><br><br><div><br>&nbsp;</div><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/hanasuper8/entry-11130235298.html</link>
<pubDate>Thu, 12 Jan 2012 06:02:39 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>東京の暑い太陽3</title>
<description>
<![CDATA[ ２００２年４月X日<br><br>お菓子工場と居酒屋。ダブルワークはきつかった。二つ目のバイトの居酒屋の終わりごろが、一日のうちで最も疲れてくる時間である。<br><br>「留学したい」　いつかの留学を夢見て、ここ何年か過ごしてきた。<br><br>「アンタなんか、一人前じゃナイ。就職しなさいッ」何度母親になじられたことだろう。<br><br><br><br>毎日、居酒屋が終わって、明け方電車で帰ってくる時、むなしかった。同じ方面の電車で帰る同じバイトの女の子は、まだ１０代だ。<br><br>「なあ、吉田っていくつ？おまえ、３０だろ？」<br><br>などと言ってくる大嫌いな主任。失礼な！まだぜんぜん２０代だ。自分でしょ、３０代は。だけど、私はもう10代ではない。<br><br>アルバイトの平均年齢ってわからないけど、きっと、バイトするにはもう年なのかもしれない。だけど、同じ歳の子もいたし、３０くらいの人もいた。最近、年齢を隠すようになってきた。だって、年齢で人格を判断されるのが嫌だ。<br><br><br><br>「失礼ですけど、おいくつですか？」と聞いてくる人は日本には本当に多い。<br><br>テレビで日本人のタレントが、通訳さんを通して、ハリウッドスターに年齢を聞いているのを見たりするけど、あれは絶対にやってはならないことだ。欧米では年齢は関係ない。関係なくても、それはプライバシー。聞かないのが常識だ。無論、就職の面接でも、答える必要はない。<br><br>こうしている間も、弟はアメリカで勉強している。<br><br><br><br>それにしても・・・・だ。まず、学校すら、どう選んでよいかわからない。とりあえず、留学の雑誌に載っているように、<br><br>日米教育委員会なるものに行って、学校案内を見てこよう、と決意した。<br><br><div class="more"><br><br>そこは、とあるビルのワン・フロアであった。灰色の絨毯。まるでオフィスのように、壁中３方向に、学校案内がファイリングしてある。<br><br>「・・・どうしよう。わからない。学校がいっぱいありすぎる」<br><br>周りを見渡しても、人は少なく、何をどう質問していいのかも、わからなかった。<br><br>結局、小心な私は何も聞かず、数分でその場を後にしてしまった。<br><br>どうしよう。相談する人が、誰もいない。<br><br>親は留学に反対している。<br></div><br><div><br><div><br><a href="http://blog.with2.net/link.php?1318089"><img alt="人気ブログランキングへ" border="0" height="15" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fimage.with2.net%2Fimg%2Fbanner%2Fbanner_13.gif" width="80"></a>←面白かったらクリックをお願いします。</div><br><div><br>ホームページも見てね～<a href="http://www.wix.com/hanaeyoshida/officialweb">http://www.wix.com/hanaeyoshida/officialweb</a></div><br></div><br><div><br>&nbsp;</div><br><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/hanasuper8/entry-11130233271.html</link>
<pubDate>Wed, 11 Jan 2012 06:59:50 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>東京の暑い太陽2</title>
<description>
<![CDATA[ 2002年春<br><br>ボーッ　ボーッ<br><br>工場の中に入るには、この風の吹く空間を通らなくてはならない。白衣についたほこりを落とすためだ。<br><br>それから、ビニールの手袋越しに消毒をして、今日も業務開始。<br><br>何千個の饅頭が鉄でできた網のコンベアーの上をゆっくりと流れてくる。時間をかけて冷却されているのだ。その星の数ほどある饅頭をながめながら、自分の持ち場に入る。<br><br>お昼休みも終わって数時間後の夕方。おばさんと向かい合って、箱の中の饅頭に粉をつけて、こねている。<br><br>「もうそろそろ、いいわよ？５時でしょ？」<br><br>「はい、お先に失礼します」<br><br>この後、私には居酒屋での仕事が待っているのだ。<br><br>表参道につくと、今度は大学生や、自分と同世代の若者の大勢居る職場である。<br><br>時々芸能人も来る、人気の店。料理もおいしいし、店長も優しい。だけど、私はこの店が嫌いだった。<br><br>大学生を除くと、そのほかは１０代で田舎から出てきたニートの子達。自分達が長く働いていることを鼻にかけ、えばっている。<br><br>ちょっとでもキツイ言い方をされると、目に涙がたまったり、嫌になってしまうガラスの神経の持ち主の私には、そういう奴等が嫌だった。<br><br>この店に入るときの研修で目立ってしまった私は、社員の間で評判が良かった。<br>それもムカついていたのだろう。ちょこちょこいじめられて、嫌だった。<br>生まれて始めて、明け方まで働くバイトだった。<br>制服の作務衣は酒や料理の染みでぐちゃぐちゃだ。<br>閉店後のパントリーの掃除で、水を使ったり、重いゴミをすてに行ったり、よくやった。<br><br>ある日の事だ。<br><br><div class="more"><br><br>私はドリンクを作っていた。<br><br>そこへ、レジもやっている女の子が、ドリンクを注文した。私はそれを快諾し、作業にかかった。<br><br>その時、その子がカウンターにさわった反動で、小さな振動が起き、<br>上においてあったお猪口が落ちて、割れた。<br><br><br><br>ちょっと遠くにいた私は、あ～、落ちたのか。・・・よくあることに気にとめないで居ると、<br><br>「あのさぁ～　吉田さんさぁ～　あやまろうよ！！」<br><br>と、私より何歳か年下の大学生のヒロシ君が怒鳴ってきた。<br><br>は？なんなの？私？何もしてないよ。　当時の私は、とっさに言い返せなかった。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br>もともと、口げんかが得意でない人は、たいていは静止だろう。トイレで泣いた。<br><br>その後、私はその男子と話した。<br><br>「あのね、ひろし君ね、わたし、あの言葉に泣いちゃったのよ」<br><br>その男の子は謝ってくれたが、<br><br>「でもね、俺達、店長に、新人さんには厳しくするように言われてんだよ」と言ったのだ。<br><br>何て言い返したか、覚えていない。たぶん、私は何もいえなかったと思う。口げんかは得意じゃないのだ。<br><br>だけど、今は声を大にして、こう言い返す。<br><br>正しいことを教えることと、イジワルすることは違うことなのだ！！<br><br>日本でのバイトは、つくづくついていなかった。いや、私の半生自体、ついていなかった。<br><br>何も悪くないのに、何故いじめられなくてはならない？バイトはトラウマになった。<br><br>大学４年の時、手相を見てくれた、ある方は私に言った。<br><br>「しばらくは苦労の連続です。友達に裏切られたり、色々な小さな障害があります」。<br><br>おっさんの言ったことは当たっていた。<br><br></div><br><br><div><br><div><br><a href="http://blog.with2.net/link.php?1318089"><img alt="人気ブログランキングへ" border="0" height="15" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fimage.with2.net%2Fimg%2Fbanner%2Fbanner_13.gif" width="80"></a>←面白かったらクリックをお願いします。</div><br><div><br>ホームページも見てね～<a href="http://www.wix.com/hanaeyoshida/officialweb">http://www.wix.com/hanaeyoshida/officialweb</a></div><br></div><br><div><br>&nbsp;</div><br><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/hanasuper8/entry-11130221411.html</link>
<pubDate>Tue, 10 Jan 2012 06:44:12 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>東京の暑い太陽1</title>
<description>
<![CDATA[ 1999年X月◯日<br><br>ん～～重いっ。そして、ほこりっぽい。<br><br>ちいさなスペースに所狭しとかけられた、洋服の数々。<br><br>手を伸ばして、やっと、今見えている洋服の後ろにかかっている洋服を取る。<br><br>専用の機械に吊るし、ガチャッとレバーを下げると、針金のハンガーごとビニールがかかる。<br><br>そして、次はセーターだ。たたんだセータをビニールに入れる。ビニールの端を圧着。たたみ完了。<br><br>何十、何百という洋服を、壁と機械に囲まれた狭いスペースで包装していく、暗く、地道な作業。<br><br>私は、こんなこと、やっている場合じゃないのに！こんなの私の本当の仕事じゃないっ・・・・。<br><br>そもそも、留学したいと言ったのは私じゃないか！なんでアイツが！！<br><br>アメリカで今頃勉強しているであろう弟、そして両親へムカつきながら、<br><br>いいようのない虚しさを、一人休憩時間に吐き出していた。<br><br>・・・外は暑い。太陽が十字に光っている<br><br><br><br>ホームページも見てね↓<br><br>http://www.wix.com/hanaeyoshida/officialweb
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/hanasuper8/entry-11130216482.html</link>
<pubDate>Mon, 09 Jan 2012 06:39:54 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>2012年　あけましておめでとうございます</title>
<description>
<![CDATA[ 皆様、あけましておめでとうございます。<br><br>いや～　寒いですね～。日本の冬をなめていたかもしれません。<br><br>2012年から、アメーバでも、ブログを公開していくことになりました。<br><br>よろしくお願いしますね。<br><br>今までのブログを読んできてくれた皆様、ありがとうございました。<br><br>旧アドレス　<a href="http://www.pianoblog.net23.net" target="_blank">http://www.pianoblog.net23.net</a>も、更新して行きますので、よろしくお願いします。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/hanasuper8/entry-11129374632.html</link>
<pubDate>Sun, 01 Jan 2012 18:48:45 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
