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<title>hano-otoのブログ</title>
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<title>弟相手に何むきになってんだって話</title>
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<![CDATA[ <p name="lNMzb">先日弟が同じ大学に入学しました。同じ大学だけど、学部は別。学部違うのに、彼は履修相談を私にしてきます。いまなんてtwitter中に暇な先輩がたくさんいるっていうのに、どうして私にこだわるんだか。</p><p name="lNMzb">&nbsp;</p><p name="OlTZF">　まあそれは彼が緊張しいなだけなんですけどね。頼られて悪い気はしないのでこっちもノリノリですが、私は彼のある部分が嫌いです。</p><p name="OlTZF">&nbsp;</p><p name="jcv0m">　一言で言えば、怠惰。目標もなく、私がいるからという理由でなんとなく選んだ大学。大学入試の勉強さえもまともに出来ず人に散々迷惑をかけながら指定校推薦で合格。合格後も、特に勉強はせず、毎日ゲームとスマホばかり。目の前でお姉ちゃんが一生懸命勉強したり授業受けたりしているのを見ながら、ゲーム。そら、お姉ちゃんもブチギレですよ。</p><p name="jcv0m">&nbsp;</p><p name="TbupV">　でね、昨日もそんな感じのことがあったんです。こんなご時世だから授業も対面と遠隔がちりばめられているんですけど、彼はなんと週に二回しか大学に行かないみたいです。私は三年生なのに、週四ですよ。で、彼が授業形態を基準に履修科目を選んでいるものですから。</p><p name="TbupV">&nbsp;</p><p name="sYeq6">　だけどよく考えたら、私に彼を戒める権利も自由もないなと。だって、そもそも学部が違うんですよ。比較対象に出来ないんです。彼の学部の一年生は、週に11コマしか授業がありません。でも、私の学部の一年生は、週に15コマくらいあります。これって意外と大きな違いなんです。ほら、もう、比較なんてできないんですよ。</p><p name="sYeq6">&nbsp;</p><p name="4iVwh">　学んでいる内容も別ですし、そもそも履修単位の上限は大学が決めてるんだから、それに乗じてブチギレなんて、私の傲慢も度が過ぎるなみたいな。反省した訳です。</p><p name="4iVwh">&nbsp;</p><p name="e21XK">　だからと言って彼の怠惰は許されないんですけど。許しませんけど。それは心の中とこの記事に全部込めて忘れます。</p><p name="e21XK">&nbsp;</p><p name="fKdLO">　そもそも彼が怠惰になったのは、きっと私のせいなんです。面倒を見過ぎたんです。だから、お姉ちゃんがやってくれるから、彼は一人じゃ何もできなくなってしまったんです。最近母と二人で反省しています。まあ、この考え自体も傲慢かもしれませんが。</p><p name="fKdLO">&nbsp;</p><p name="hpNFo">　分かってはいるんです。もう彼の面倒は見ないと決めたんです。でもね、やっぱり気になってしまう。お節介が抜けない。昔恋人に言われたんです。なんで他人の人生にそんなに加担するのか、って。家族って他人なんですか？ここら辺の価値観が恋人と会わないのは重々承知しているのですが、私には、家族とは言え他人なんだから放っておけ、みたいな考えは出来ません。</p><p name="hpNFo">&nbsp;</p><p name="jcIpV">　私が、家族に沢山救われてきたからです。それを、弟に還元したいだけなんです。行き過ぎなのはわかってるので、最近は落ち着いたと思います。でも、他人と割り切れない私に彼を見放すことは出来ません。悪い男に捕まる典型的なダメ女みたいですね。</p><p name="jcIpV">&nbsp;</p><p name="EJZgT">　普通の家族ってどんな感じなんですか。普通って何ですか。弟が、妹が、進路に迷っていたら自分が知っている情報を共有しないんですか。調べ方を教えないんですか。やるべきこともせずにゲームばかりしていたら、小言の一つくらい言わないんですか。</p><p name="EJZgT">&nbsp;</p><p name="uxuTL">　ちょっと何の話をしていたのか分からなくなってしまいましたね。とにかく、弟如きにイライラするのはそろそろやめたいと思います。私も大人にならないと。彼のことを、一線の外で観察できるくらいにならないと。彼に危機が迫っていることに気付いても、彼が気付くまで放っておけるようにならないと。</p><p name="uxuTL">&nbsp;</p><p name="9ePsH">　彼が忙しくないのは、その学部の性質。私が忙しいのは、自分に能力がないから。淡々とこなせる力がないから。本当は知っていたんです。分かっています。</p><p name="9ePsH">&nbsp;</p><p name="EeZ5p">　くだらない葛藤はもうやめにしましょう。</p><p name="EeZ5p">&nbsp;</p><p name="iSY4c">　私はただ、お姉ちゃん頑張っててすごいね、って言って貰えれば、それだけでいいんです。</p>
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<link>https://ameblo.jp/hano-oto/entry-12666692745.html</link>
<pubDate>Mon, 05 Apr 2021 09:05:34 +0900</pubDate>
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<title>とある志望動機を書いてるよって話</title>
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<![CDATA[ <p name="N5eto">いい加減新学期も始まりまして、女子大生の等身大を発信しなくては素性を疑われると思ったので。志望動機。なんて大学生らしい響きなのかしら。</p><p name="N5eto">&nbsp;</p><p name="KHJxj">　大学3年生と言えば、就活が始まる年。でもね、私就活してない。するつもりもない。私にとっては、就活をすることが諦めに繋がるから。就活以外で、将来を掴むから。</p><p name="KHJxj">&nbsp;</p><p name="OCp1E">　なんて大それたこと言ってますが、言ってしまえば教員志望なだけです。それにこの志望動機書も、教育実習先に提出するやつ。就活まるで関係ないえです。ごめんなさい。</p><p name="OCp1E">&nbsp;</p><p name="txukM">　とは言え、志望動機なんて今まで一度も書いたことがないので、とっても困りました。先生になりたいって小学生のときから思っていたけれど、今更どうして、と聞かれると難しい。あの時の先生みたいになりたい、みたいなふわっとしたことしか書けない。そもそも、私って本当に先生になりたいの？という謎のループに入ってしまって、しばらく停滞です。</p><p name="txukM">&nbsp;</p><p name="unc3C">　どういう先生になりたいかは書けるんですよ。さっき書いたように、あのときのあの先生みたいになりたいんです。そういう先生がたくさんいるので。で、とりあえず書き出してみたんです。それで、あ、これでいいか、と落ち着きまして、なんやかんやでまとめました。</p><p name="unc3C">&nbsp;</p><p name="2Ra6h">　昔から文章を書くのは得意で、それっぽい理屈をこじつけていい感じにまとめるのはもう特技なんです。言い方は悪いですけど、人に手紙を書こうとしても、こういった余計な理屈ばっかり出てきてしまって、それが自分の本心なのかどうか分からなくなるくらい。</p><p name="2Ra6h">&nbsp;</p><p name="fCCwH">　それで、そんな感じなんで軸が浮かんでからは早かったです。30分くらいで原稿できちゃいました。ブログ書く方が難しいくらい。でね、そのとき思ったんです。</p><p name="fCCwH">&nbsp;</p><p name="7iAev">　私は小学生の頃から教員という職業に憧れ続けてきて、今それに向けて勉強なりしている訳です。でも、就活生ってみんながみんなその職に憧れて志望するわけじゃないじゃないですか。教員もそうかも知れないですけどね。だから、本気で志望していないところに2000字の動機を書くことって本当に大変だと思うんです。</p><p name="7iAev">&nbsp;</p><p name="D1cv6">　そういうのを突破するの、きつくないですか？やっぱり人には、それっぽく丁寧な感じで長い文章を書ける力って必要だと思うんです。そうやって書いている内に、本当にそう思っているって錯覚もできますし。</p><p name="D1cv6">&nbsp;</p><p name="g0oSW">　いや分かんないですよ、そういう薄っぺらい人から落ちていくのかも知れないです。分かりませんけど、とにかく言いたいのは、就活生ってすごいなってことです。</p><p name="g0oSW">&nbsp;</p><p name="vClpM">　教員を志望していると、自分の学力をどんどん上げなくてはいけなくて、そこにゴールなんてなくて、特に高校の先生となると4，5年は受からないで非常勤のまま勉強続けるみたいなのざらなんですって。いつ終わるかもわからないけどとにかくがむしゃらに勉強するんです。勉強しなくちゃいけないってなるとね、就活いいなってなるんです。</p><p name="vClpM">&nbsp;</p><p name="0D96B">　人って、本当にないものねだりで。皮肉なことに、私の恋人はこの4月から4年生でまさに絵に描いたような就活生なんですが、教員免許取っとけばよかったな、なんてほざくものですから。こみ上げる怒りをぐっと抑えて、取り繕った笑顔で「ないものねだりだからね～」と大人の対応を繰り広げた訳です。そのくせこの間、教員志望の友人の念のために就活しようかな的な発言に怒り心頭でした。なんてことでしょう。人は本当に、自分のことは棚に上げるのですね。</p><p name="0D96B">&nbsp;</p><p name="GcXQK">　ないものねだりなんです。勉強しなきゃいけないときは働きたくて、働くことになると勉強したくなるんです。教員採用試験も、就職活動も、公務員試験だって大学院の入学試験だってその他色んなものは、平等に辛いんですよ。そこを目指してくる人に対して厳しいんです。でも、厳しいってわかってて自分で飛び込むんです。文句なんて言ったらもっと拒まれてしまうじゃないですか。</p><p name="GcXQK">&nbsp;</p><p name="Slrti">　だから、愚痴くらいにしておくんですよ。勉強大変だな～、とか、少し休みたいな～、とか、その辺にしておくんです。間違っても、勉強したくないし就活に逃げようかな、なんて言ってはいけません、教採にも就活にも嫌われます。自分の意志が固い人から勝ち抜いていくんです。</p><p name="Slrti">&nbsp;</p><p name="Hj2tA">　ほぼ私の愚痴になってしまいましたが、4，5年放浪することがざらなところを目指す以上、真剣に、本気に、真っすぐ挑んでいこうかなと思います。そろそろ周りも勉強を始める頃だと思うので、一年早く始めたリーチを無駄にしないように頑張っていきます。</p><p name="Hj2tA">&nbsp;</p><p name="r9zdm">　新学期、負けないぞ、私。</p>
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<link>https://ameblo.jp/hano-oto/entry-12666484550.html</link>
<pubDate>Sun, 04 Apr 2021 09:32:45 +0900</pubDate>
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<title>手がかかる中学生の私を最後まで面倒見てくれたｈ先生　へ</title>
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<![CDATA[ <p>手がかかる中学生の私を最後まで面倒見てくれたｈ先生　へ</p><p>&nbsp;</p><p>　こんにちは。先日はお会いできてうれしかったです。お変わりない姿を見ることができ、安心しました。</p><p>&nbsp;</p><p>　先生と出会ったのは、中学二年生の春。当時の担任が、先生でした。</p><p>&nbsp;</p><p>　先生はいつでも同じような服を着ていて、体育の先生だからそれもジャージみたいなよく分からない服で、姿だけは誰もが覚えてしまうような方でした。でも関わっていく内に、おかしなのは服装だけではないことが分かってきました。</p><p>&nbsp;</p><p>　先生は、私たち生徒と対等に関わろうとしてくださる先生でした。良くも悪くも忖度なく、平等に、そしてパーソナルスペースという概念を知らないような図々しさで懐に飛び込んでくるような先生でした。そんな先生の姿は、保護者には頼もしく見えたと思います。暴れる生徒を身体を張って抑えられる力も持っているのですから。他の先生が目を離したくなるようなことも、積極的に関わっていくのですから。</p><p>&nbsp;</p><p>　でも、生徒の中には、当然ながら先生を疎ましく思う子たちも沢山いました。それまでまるで無秩序だったこの場所に、秩序をもたらそうと先生が躍起だったので。私はそうは思っていなかったけれど、別のタイミングで、一度だけ先生を疎ましく感じたことがあります。</p><p>&nbsp;</p><p>　それは中学二年生の夏ごろでした。部活内で人間関係の問題が起こり、私と私の友人三人の計四人が、部活内から迫害されたときです。迫害とは言っても、上級生も含めて、部活の外では私たちに手も足も出せないような子たちばかりでした。だから余計に腹が立ったのです。吹奏楽部でしたから、心を合わせて演奏しなくてはなりません。コンクールまで残り一か月ですし。でも、部活全体が私たちを認めようとせず、無実の罪まで被せられる始末。流石にやる気も何もなくなりました。</p><p>&nbsp;</p><p>　そして、私たちはコンクールに出ないことを決めたのです。顧問の先生には何度も相談したけれど、大して話も聞かずに私たちを放置。その腹いせでもありました。中学生の頃の私たちは、外へ向かうエネルギーが有り余っていたのです。自己を主張するための反抗、まさにその通りだったと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>　「コンクールが終わるまで、先輩が引退するまで部活には出ません。」そう顧問に告げに行くと、顧問の先生は踵を返したように問題を解決しようと必死になりました。どうしてそうなったのか、続けることは出来ないのか。でも、聞いてくれなかったのはそっちですから、という態度で、今度は顧問の先生の呼びかけを無視して、その場を去りました。</p><p>&nbsp;</p><p>　そうして私たちのことは、学年会議にかけられたのです。それを知ったのは翌日でした。ｈ先生が私に言うのです。「今から時間取れる？」そうして連れていかれた会議室。広いその場所で、二人きりの面談が始まりました。とは言え、当時の私は先生はみんな役立たずくらいのことを思っていましたから、最悪の態度で、ほぼ顧問と部活への悪口みたいな話し方をしていたと思います。相談しているのではなく、文句のはけ口くらいにしか思っていませんでした。</p><p>&nbsp;</p><p>　そんな私の話を最後まで真剣に聴いていた先生。一通り話し終わると、少しずつ先生が話し始めました。両親はこのことを知っているのか、友だちみんなの意見が一致しているのか、私は本当にそれでいいのか。先生には似合わない、あまりにも穏やかな語り口でした。</p><p>&nbsp;</p><p>　そうして翌日、私たちは会議室に呼び出し。それも放課後で、私以外の三人のお母様も一緒に。どうしてうちの母はいないのかと言うと、当時部活をしばらく休むという主張すらまともに受け入れてくれなかった母ですから。それに、ｈ先生と敵対したくない、という気持ちもあったみたいです。その頃の母とのいがみ合いは、人生で最初で最後の物だったと思います。今は大の仲良しですから。</p><p>&nbsp;</p><p>　呼び出された会議室には、予告通り、学年団の全ての先生方と顧問の先生がいました。つまり、ｈ先生も。おかしいですよね、生徒4人を囲って大の大人が8人体制です。友人の一人もお怒りモードで、開口早々喧嘩腰でした。「先生多くないですか？私たちたったの4人ですけど」とがってますね。本当、中学生って感じです。</p><p>&nbsp;</p><p>　その中でも、話の中心はｈ先生でした。顧問でもなんでもないし、担任持ってるのも私だけだし。私だって、ｈ先生と争う理由はありません。顧問とだけでいいんです。それなのに、当の顧問は何も語らず、全てｈ先生に任せきり。そんな態度にもいらいらは募っていました。</p><p>&nbsp;</p><p>　結局その話し合いの中で分かったことは、ｈ先生の人柄の良さ、真剣さだけでした。何も解決にもならず、無駄な時間だったかも知れません。でもそれ以来、私はｈ先生を信頼するようになりました。</p><p>&nbsp;</p><p>　そのときは、ご迷惑をおかけしてごめんなさい。でも、先生に救われました。先生がいなかったら、もっと泥沼になっていたと思います。あの話し合いの場を設けて下さったのも先生だと思いますし、その行動力と真剣さに救われました。ありがとうございます。</p><p>&nbsp;</p><p>　そんなこんなで、学級委員や代議員を務めていたこともあり、その後クラスでもｈ先生との関係は良好に続きました。関わることが多かったのも理由の一つでしょう。体育祭では、リレーのアンカーが一位で帰ってきた瞬間に私を、まるで赤ん坊のように高い高いしましたね。合唱祭では、泣きじゃくる私を思いっきり抱きしめてくれましたね。卒業式では、どこよりも目立つ格好で参加し、どこよりも泣いてくれましたね。</p><p>&nbsp;</p><p>　毎日必ず更新される学級だより。時代を超えた手書きのそれも、私の毎日の楽しみでした。特に達筆でもないのに率先して装飾を作る先生。それも、頼まれてもいないのに、気づくと、先生が来てからたったの二年間で、見渡す限り先生色の学校になっていました。先生たちも子どもたちも、先生の虜でした。</p><p>&nbsp;</p><p>　腰痛もちでしょっちゅう遅刻だの早退だのしていた私に、学校の公衆電話ではなく先生の携帯、それもらくらくスマホで電話をかけさせてくれたこと、私は一生忘れません。上級生の卒業式では、腰痛で長時間座っていることも辛かった私を、こっそり連絡して帰宅させてくれたことも忘れません。いつでも、私や私の家族を大切にしてくれたこと、忘れません。</p><p>&nbsp;</p><p>　そんな先生に二年間も面倒を見て貰えて、卒業後も気にかけて貰えて、本当に幸せです。私も、先生のようにデリカシーのない先生になれるかは分からないけれど、少しでも近づけるように頑張ります。だから、先生もずっと元気いっぱいの、おかしな先生でいてくださいね。</p><p>&nbsp;</p><p>2021年3月30日　はのと</p>
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<pubDate>Tue, 30 Mar 2021 09:27:28 +0900</pubDate>
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<title>通いなれた大学が私の知らない…な話</title>
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<![CDATA[ <p name="rwDgj">　こんにちは。今日はいつもと書き方を変えて、柔らかく、それはまるでアイドルのブログのように優しい感じでいきまぁす。</p><p name="ihPS6">&nbsp;</p><p name="sPxbV">　ちょうどさっき、家に帰ってきました。一年ぶりに大学へ行ったのです。どうしてか、まだ新学期も始まっていないのに。</p><p name="Q1UCt">&nbsp;</p><p name="aFOi1">　健康診断です。</p><p name="Rhk6l">&nbsp;</p><p name="pwm3i">　言っておきますが、私は昔から風邪は引かないのにそれ以外の病等には弱いんです。健康診断の一つや二つ受けておかないと、その内頭にとんでもないものが見つかってしまうので、やむを得ません。長きに渡るおうちじかんで培われた引きこもりの皮を脱ぎ捨て、片道二時間の旅に出ることを決意しました。</p><p name="PBrkM">&nbsp;</p><p name="CaIKL">　散々駄々をこねたので、母も見かけて必殺技『甘やかし』を発動させてきましたが、そんなものには負けません。ある程度駄々をこねることで、自分を説得しているのですから。その駄々こそが、私の一歩を後押しする、私自身の必殺技なのです。</p><p name="Iaev6">&nbsp;</p><p name="M9XdO">　13時からの健康診断に向かうため、10:30というちょっとかなり早めの昼食をとり、11:00に家を出ました。7:30の朝ごはんたちがまだ胃で得意の駄々をこねているというのに、総菜コーナーに並んでいたヒレカツたちが、その駄々を押しのけようと、私の胃の中は大変な戦いが繰り広げられていました。</p><p name="5o9tv">&nbsp;</p><p name="GKwoH">　なんてつまらないことを考えながら、その手には今ハマっている漫画を握りしめ、電車に乗り込みました。三回の乗り換えを忘れないように、チラチラを各駅を確認。というか、最後に電車に乗ったのも、あれはいつのことだったでしょうか。</p><p name="7Jtxg">&nbsp;</p><p name="iF5RP">　いい話に涙をにじませていると、いつの間にか二つ目の乗り換えの駅。慌てて降りましたが、筋トレによる筋肉痛で歩くこともままならない私は、それはもうのっさりと、階段を上るのです。エスカレーターに頼らなかった私を褒めてください。まあ、なかっただけなんですけど。</p><p name="y64PB">&nbsp;</p><p name="WWLXM">　そして三つ目の電車に乗り、続きを読む。引っ込んだ涙をもう一度呼び起こし、半ば無理矢理泣きました。消化不良だったので。</p><p name="WWLXM">&nbsp;</p><p name="h89I0">　三つ目の乗り換えを終え、最後の駅へ向かいます。迷わずエスカレーターへ。乗り慣れたそのエレベーターは、私を温かく迎え入れてくれているようでした。ですがそれも、私を油断させるための罠だったのです。それに気が付くまでに、そう時間はかかりませんでした。</p><p name="h89I0">&nbsp;</p><p name="e91Qj">　なんとですね、その最後の駅にですね、ホームドアがついていたんです。信じられますか？ホームドアです。そんな都会みたいなやつが、堂々と立ってやがりました。驚いて、田舎者みたいに写真を撮ってしまいました。</p><p name="e91Qj">&nbsp;</p><p name="2fxYD">　ですが、それだけでは終わりません。「こんな駅にホームドアか…」と感傷に浸っていた私の頭に、今度は「あれ、でも前からあったような気もするな…」という声が降ってきたのです。もう訳が分からなくなりました。文明の発達に驚いたと思ったら、そんなものは既にあったと言うのです。いや、私がね。</p><p name="2fxYD">&nbsp;</p><p name="8mH7Y">　それを確かめるすべは最早どこにもありません。ならいっそ、こんなことに感動して誰かの前で恥をかくのなら、こんな記憶消してしまおうと。という訳で、ここで読んだことは誰にも言わないでくださいね。約束ですよ。！</p><p name="8mH7Y">&nbsp;</p><p name="VfLOZ">　はい、遂に大学の最寄り駅についたんですが、その場所はもう、私の知っている場所ではありませんでした。だって、見通しのいい公園の真ん中に、得体の知れないプレハブが建設されていたのです。公園の真ん中を突っ切るのが正しい登下校路なんですよ。それが、突っ切ってんじゃねえ、と。真ん中は開けて端を歩け、と。そうでも言わんばかりに、大きな建物が建てられていたのです。もう、何も見えませんでした。</p><p name="VfLOZ">&nbsp;</p><p name="l1l2z">　大学に着いて最初に目に入ったのは、満開に近い綺麗な桜並木。最初にこれを見たのがもう三年前なんて、信じられません。桜並木に負けないように隅に飾られている枝垂桜。どちらもとっても趣深いです。記念にパシャリ。気が付いたのです。昨年、2020年、最後に見た桜も、大学の桜並木でした。ちょうど今と同じ、3月の末でした。それが、昨年見た最後の桜でした。</p><p name="l1l2z">&nbsp;</p><p name="5493S">&nbsp;</p><p name="XKqbf">　一年ぶりの大学は、物々しいというか、厳重に管理されているというか。校門をくぐるにも学生証でピッてしないといけなくて、一方通行で、入り口と出口が決まっていて。不自由が増えていました。一瞬、こう思うのです。「ここ、私の大学だっけ。」</p><p name="XKqbf">&nbsp;</p><p name="AAnao">　そんな大学に、4月からまた、通うのです。そこには、一年以上会っていない沢山の友だちと、未だ一度もキャンパスを見ていない2020年度の新入生と、来週入学式を迎える新入生。二世代の新入生を迎える、私たち上級生。まだ一年生だと思ってたんだけどな。気付いたら三年生になろうとしています。</p><p name="AAnao">&nbsp;</p><p name="RX8Vn">　どうか、今年はみんなの思い出が、昨年よりも沢山出来ますように。思い出を作ることが、非難されない世の中になりますように。私も、思い出を作れますように。</p>
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<link>https://ameblo.jp/hano-oto/entry-12664697717.html</link>
<pubDate>Fri, 26 Mar 2021 16:41:14 +0900</pubDate>
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<title>あのときの選手が監督って話</title>
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<![CDATA[ <p name="lj8jT">盛り上がり具合がえぐい春の選抜。どうしてかって、それは、甲子園で球児たちが優勝のために戦っている暑い姿を見るのが2019年夏ぶりだから。本当なら、昨年の春も、夏も、同じように戦いが見られるはずだったのに。</p><p name="lj8jT">&nbsp;</p><p name="M5Hga">　そんな中、昨日、茨城の常総の試合があった。相手は敦賀気比。</p><p name="M5Hga">&nbsp;</p><p name="WHZII">　この試合を一生懸命に見たのは、母の思い出の高校だから。母の青春が、まるでよみがえったような、そんな試合だった。</p><p name="WHZII">&nbsp;</p><p name="wxYvQ">　本当は仕事で見られないはずだったこの試合。天気の影響で一日ズレ、結果的に母にとっては最高の日取りになった訳だ。めでたい。という訳で、この試合に備えて、やるべきことはすべて済ませ、ドラマを見たがる弟を牽制し、テレビのチャンネル権を譲らなかった。</p><p name="wxYvQ">&nbsp;</p><p name="Jgttb">　ところが、二試合目が思った以上に白熱して、延長へ。母の緊張がシンプルに長くなっていった。二試合目も、面白かったな。</p><p name="Jgttb">&nbsp;</p><p name="W5HHG">　そして、遂に常総の出番。そうなると、母が突然テーブルの椅子からテレビの前へと移動した。その姿、まるで神木くんがテレビに出ているときの私のよう。テレビの目の前に正座し、凝視。そんな母の姿を見たのは初めてだった。</p><p name="W5HHG">&nbsp;</p><p name="kBqKy">　そこまで何かを見ようとするのには理由がある。それは、母のお目当ては監督だったからだ。母がまだ幼い頃、選手として甲子園で活躍したその選手、それが常総の監督として甲子園に再び戻ってきたのだ。</p><p name="kBqKy">&nbsp;</p><p name="hQWe4">　とは言え、監督がそんなにバンバン抜かれる訳もなく、出鼻を挫かれた母は、てれびを正面に見据えられる席を確保し、その場所から高校野球を楽しんだ。</p><p name="hQWe4">&nbsp;</p><p name="vNGmW">　毎年、甲子園は家族で見ていた。私が見始めたのはここ数年だが、元野球少年の父と、甲子園大好きの母は、本当にずっと見ていた。夏の準決勝の日は仕事を休むほど、あほな母だ。</p><p name="vNGmW">&nbsp;</p><p name="0oOe9">　今年の春の選抜も例外ではない。開会式から見て、仕事が終わると直帰で野球観戦。ただ今回に限っては、常総の出場が決まったその日から母のまなざしは例年のそれとは違った。そしてようやく、この日が来たのである。</p><p name="0oOe9">&nbsp;</p><p name="VgvLq">　二回表。相手のミスが目立ち、常総は4点を獲得する。そこからしばらく双方点が入らない。ランナーがやっと出ても、なかなか得点に結びつかない。</p><p name="mdgYP">　しかし試合は動く。七回裏。敦賀気比が3点を入れた。勝ち越しとはならないものの、相手のミスで手に入れた4点に迫られ、ピンチ。何がピンチって、母の精神状態その他諸々がピンチ。母に乗じて常総を応援していた私もピンチ。</p><p name="mdgYP">&nbsp;</p><p name="BuZgK">　だが八回、常総が1点、敦賀気比が2点と、同点で試合は九回へ。三年前、2018年の金足工業や星稜が見せてくれた、八回裏付近の奇跡。それが、起こりかけてしまった訳だ。七回裏、八回裏というのは怖い。何が起こってもおかしくない。10点入ってもおかしくない。だから二回表で4点入った時、母は平気で「11点は欲しかった…」などと意味不明なことをつぶやいたのだ。</p><p name="BuZgK">&nbsp;</p><p name="IaXCY">　九回表は、おしいところまでいくも無得点。ここは、相手を抑えて延長に持ち込むしかない。二試合目が延長10回で終わったこともあり、時間は結構押している。</p><p name="IaXCY">&nbsp;</p><p name="7R28J">　九回裏、フォアボールを二回も出してしまったうえに、申告敬遠(昨日初めて知った)で、1アウト満塁というピンチ。狙うはゲッツー。だがここは粘った。ゲッツーではなかったが、順当にアウトを取り、無失点に抑えたのである。流石に焦った。ひやひやが止まらず、正直もうだめかとも思った。思ったが、母と共に悲鳴にも似た安堵の息を吐いた。</p><p name="7R28J">&nbsp;</p><p name="ABh6P">　遂に延長。母は録画の延長。チャンネルが変わっても録画できるように2チャンネルの予約を抑える。私は、それまで漫画銀魂を読みながら、つまりながら見だったが、それを置いた。読みかけのそれを畳み、激しい頭痛を抑えてテレビを見守る。</p><p name="ABh6P">&nbsp;</p><p name="TwQkY">　ちなみにこうなるまでにも、事件は一つ起きていた。母が夕飯を、鬼サボって適当なものを作り始めた頃、隣に住む祖母が訪ねてきて「今晩寿司でも取ろうか」なんて言い出すものだから。作りかけのサボり飯を翌日の朝、昼食へと変え、母は定位置に戻った。</p><p name="TwQkY">&nbsp;</p><p name="Fc3rx">　その後も、祖母が何度もうちを行き来し、うちはうちで家族全員分の注文を書き出し、祖母と伯父の注文も揃ったところで、試合は七回。注文の電話をするタイミングを失っていた母を見て、私は救世主、メシアになることを決意し、こう言い放った。</p><p name="Fc3rx">&nbsp;</p><p name="6jd3A">　「電話しといてあげるから、見てなよ、常総。」</p><p name="6jd3A">&nbsp;</p><p name="pQ3mw">　決まった。まじ決まった。本当は電話が苦手な今時の若者で、電話なんてできればしたくないけれど、ここは私が一肌脱がなくては。</p><p name="pQ3mw">&nbsp;</p><p name="nO6qJ">　注文の邪魔になるような奇声を上げないことを約束させ、私は淡々と任務をこなした。そうしている間にも、視界の隅で動く母。何やら安堵したようで、敦賀気比が勝ち越さなかったのかな、と推測。</p><p name="nO6qJ">&nbsp;</p><p name="mzyh4">　電話が終わると、先に述べた九回だった。そして、延長が決まる。</p><p name="mzyh4">&nbsp;</p><p name="n0SX3">　しかし延長も、毎回ひやひやとさせながらも互いに無得点。まさか？まさかの？と思っていたら、今試合初のタイブレークへ。タイブレークは点がバチバチに入って面白い。自分が応援しているターンは、面白い。相手の順になって瞬間に鬼畜極まりないルールに思えてくる。</p><p name="n0SX3">&nbsp;</p><p name="Ef3bp">　ここで常総はやってくれた。まさかの4点。ここまで相手のミスが目立っていたが、ここはしっかり自分たちの実力で決めた。しかも4点。これは大きい。どうにか逃げ切って…</p><p name="Ef3bp">&nbsp;</p><p name="l27ny">　延長タイブレークで13回裏、手に汗握る。シンプルに手汗がやばい。見たくない、見たい、そんな葛藤をよそに、ピッチャーは投げていく。一人目、アウト。二人目、アウト。なんと、ランナーすら出さない。だが、三人目で投球態勢に入ってそれをやめてしまい、1，2塁のランナーを送ることに。予断を許さない。</p><p name="l27ny">&nbsp;</p><p name="5QvMW">　ここまで来て、私は自分の場所を断ち、頭痛を収めるために頭に敷いていたアイスノンを放置したまま、母の隣へ走る。震えが止まらない母。それにしがみつき祈る母。この一球。決めてくれ――</p><p name="5QvMW">&nbsp;</p><p name="0TcOw">　アウトーーーーーーー！！！！！！！！</p><p name="0TcOw">&nbsp;</p><p name="Snugr">　その実況をつぶすかの声量で叫ぶ私たち。勝ったのだ。常総が、勝ったのである。相撲中継をほったらかして見続けた甲斐があった。勝った。自分たちが応援したチームが。母は、自分が応援するチームは負けるというジンクスを、一番応援しているチームでぶち壊したのであった。</p><p name="Snugr">&nbsp;</p><p name="nzc4t">　ふと母を見ると、震えながら目を真っ赤にして涙を流していた。「えっと、息子さんの学校ですか？」息子さんは自分の部屋でアニメ見ていますが。こんなに白熱したのは、先にも上げた2018年の夏以来だった。</p><p name="nzc4t">&nbsp;</p><p name="wMJVL">　待望の監督インタビューをしかと見届け、それでも興奮が冷めない母を見て、私はこの日二度目の決意。「お寿司私が運転して弟と取りに行くから、ゆっくりお風呂入っておいで。」</p><p name="wMJVL">&nbsp;</p><p name="hlZvI">　結局時間に余裕が出来たので母と私で寿司を迎えに行ったが、道中のテレビで高安の負け試合を見て、少し残念な気持ちになった。しかし、朝乃山が勝ったのでよいとしよう。</p><p name="hlZvI">&nbsp;</p><p name="cQFVx">　常総と敦賀気比。熱い戦いだった。延長13回まで、どっちも引かない試合だった。諦めない球児たちの姿は、とても輝いていた。眩しかった。</p><p name="cQFVx">&nbsp;</p><p name="Ar55a">　やっぱり、高校野球は最高だ。彼らの力が、私たちの力になる。特にひいきの高校がない私は、毎年試合を見ながら、終盤にやっと応援したい学校が定まってくる。今年は、常総で行こう。次の試合はちょっと厳しいかもしれないけど、負けたっていい。勝ったって、負けたって、その過程が、私には重たく残る。その過程が素晴らしいのだ。</p>
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<link>https://ameblo.jp/hano-oto/entry-12664437836.html</link>
<pubDate>Thu, 25 Mar 2021 09:32:28 +0900</pubDate>
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<title>卒業後の方が仲良くなった高校時代のｍ　へ</title>
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<![CDATA[ <p>卒業後の方が仲良くなった高校時代のｍ　へ</p><p>&nbsp;</p><p>　お久しぶり、かな？連絡は超ローペースのコンスタントに取り合ってるから、どこら辺が久しぶりなのかはよく分かりません。</p><p>&nbsp;</p><p>　ｍと出会ったのは高校一年のとき。入学して二日目かな？私が教室に着いたら、私の周りの席の人たちが盛り上がってて、その中にｍがいたのが認識した最初。その中に入れて貰って、連絡先交換して、いわゆるグループが出来たね。</p><p>&nbsp;</p><p>　それで、いつからｋら一人減って5人になった。正直、その子は本当に行動が上手かったと思う。まだ仲良くなり切ってないけど、きっと私たちより居場所として居心地がいいグループを見つけて、特に何悶着もなく自然に移った。本当に自然に。私たちも何も思わなかったし、その後も問題になることはなかったよね。ほんと、上手だったな。</p><p>&nbsp;</p><p>　それで5人で行った遠足。そこら辺から、一人の子が様子おかしくて、別の子に嫌がらせというか、ちょっとした面倒なマウントを取るようになった。そいつを守るために、私はいろいろ動いた。面倒ごとに巻き込まないで、みたいな。詳しいことは忘れたけど、そんな感じで4人になった。</p><p>&nbsp;</p><p>　3人になるのも早かったな。このときも最初のときと同じ。私たちよりいい場所に一人が移ってった。このときも、特に問題は起きずに自然に。結局、人数は半分になったけど、トラブルが起こったのは1回だけだったね。高校生になると、こういう人付き合いもみんなうまくなっていくんだなって思った。</p><p>&nbsp;</p><p>　そんなこんなで、その子たちにとって居づらかったこの場所は、私にとってとっても居心地がいい場所になった。別に前から居心地悪いとは思ってなかったけど。残った私と、二人のｍ。もう一人の方はｙにしよう、分かりにくいから。あだ名のね。</p><p>&nbsp;</p><p>　ｙと私は趣味も同じで、とにかくずっと一緒だった。授業中も何かと騒ぐのは私とｙで、後ろからｍがそっと見てる感じ。私たち、最初から「たぶん一番怖いのはｍだよね～」って言ってたんだよ。ある意味それは正解で、不正解だったね。同じクラスだった一年間では、ｍのすべては分からなかった。好き嫌いがはっきりしていて脳みそと口が直結しているタイプの私と違って、ｍはいつも穏やかに笑っていた。そりゃ、怖がられても仕方ないよねｍちゃん。</p><p>&nbsp;</p><p>　二年生になった。私をハブって、二人は同じクラスになった。私は、クラスにほぼ知り合いがいなくて絶望だっつーの。お二人さんはいいね、仲良しこよしで同じクラスですもん！とごねていた私を裏目に、二人は別々のグループに属していたね。席が遠かったのがたぶん一番の原因。あと、二人とも、一年のときの友だちに逃げようとしない、強い子だったのも大きいね。</p><p>&nbsp;</p><p>　一人だけ仲間外れにされた、とは言え隣のクラスの私たちは、週に二回の体育の授業で再開していた。あと、全校集会とか学年集会。持病が原因で長時間体育座りが出来ないから列の最後尾にいた私と、出席番号が一番後ろで順当に最後尾のｍ。体育でも集会でも、くっっちゃべっては先生に見つかっていまして。すいません、私昔から、声通りやすいって言われるんです。</p><p>&nbsp;</p><p>　それから、ｍは出席番号の関係で、教室の席も廊下側の一番後ろだった。つまり、私のクラスから一番近い席。だから、あんたたちのクラスに行こうとするときは、一旦ｍにちょっかい出すのが私の日課だった。会う度に軽口を言い合う仲は、私のクラスにはほぼいなかったから。みんな、私のいいところしか知らなくて、悪い部分は知らない。だから、ｍとの一瞬のやり取りが結構好きだった。</p><p>&nbsp;</p><p>　で、三年生。私とｍは同じクラスになった。確か、ｙは隣のクラスだったっけ。席も近くて、ｍの前にはｙが二年の頃にお世話になった友達もいて、そこら辺で固まるのは自然だった。というか、三年生のクラスは知ってる人ばっかりだったな。スタートが上手く決まって、そのまま平和な三年生を過ごす。</p><p>&nbsp;</p><p>　と思いきや、私に受験という魔王が立ちはだかった。魔王の元へはルーラを使っても行けないから自力で歩かなきゃいけないし、その道すがモンスターと鉢合わせるものだから、HPもMPも減っていくわけ。魔王の城に着く頃にはもうへとへとよ。その上魔王なんてものは、ルカニも効かん。おまけにあいつ、いつぞやのあいつみたいにベホマしてくるらしい。そんなんで、私は心身ともにズタボロ。</p><p>&nbsp;</p><p>　そんなとき、奇跡的に目の前に女神像が。それがｍだった。私たちのクラスで、一般受験を最初から決め込んでたのはたぶん3人くらいだったよね。残りはみんな、伝統校にあやかった指定校推薦、AO入試、公募推薦、その他ありとあらゆる手段。それが私たちの学校の当たり前、普通だった。私の方が普通だった。</p><p>&nbsp;</p><p>　一足先に受験を終えたｍ。でも、ｍは第一志望校は落ちちゃって、流石に自分のことで手いっぱいだった私も慰めてたわ。受験が終わったｍは、今までずっと隠してきた優しさを一気に開放してきた。分かりやすい優しさは見せない。でも、いつも私の様子を観察してくれていた。ちょっとした変化、気分の落ち込みにも気が付いて、その度に軽口を叩いたり、本気の慰めをくれたりしたね。</p><p>&nbsp;</p><p>　本当に嬉しかったのは、精神を病んで学校を休みがちだった頃、担任の先生にいいこと言われて大泣きしていた、大泣きのまま先生の放置された私を見つけて、授業始まる寸前なのに駆け寄ってくれたこと。何も言わずに肩に手を置いて、何も言わずにそのままでいてくれた。何も言わなかったことが、それがｍの声だった。</p><p>&nbsp;</p><p>　おかげさまで、夏までD判定だった第一志望校に合格。そのとき、一番喜んでくれたのも、実はｍだった。ｙとは一番仲良かったけど、同じクラスじゃないから私の全ては見ていない訳で、その分、ｍは本気で喜んでくれた。泣いてくれたのはｍだったっけ。ありがとう。</p><p>&nbsp;</p><p>　結局、卒業式まで軽口叩き合って、私はお礼の一つも言えなかった。ありがとう。この簡単な五文字が、出てこなかった。意地っ張りで弱い私でごめん。</p><p>&nbsp;</p><p>　卒業しても、私たちは一か月に多くて２往復の連絡を続けた。１か月に１往復なんてざらにあった。でも、そのペースだからずっと続けられたんだと思う。頻繁に連絡を取っていた人たちは何人かいたけれど、その全部が、今は途切れてしまった。残ってるのはｍだけ。不思議だよね。在学中はサシで遊んだこともなかったのに。学校以外といえば生き帰りの電車でしか会わないような、それも稀のような感じだったのに。お互いに一番の準拠集団は別にあったはずなのに。</p><p>&nbsp;</p><p>　卒業して最初のゴールデンウイーク、夏休み、遊んだね。その後は予定が会わなくて春休みの終わりに会う予定を立てた。楽しみにしていて、当日の朝も準備までしたのに、その日の朝のニュースが私たちの足を止めた。志村けんさんの訃報。それまで特に気に留めなったウイルスの、本当の脅威を感じた瞬間だった。</p><p>&nbsp;</p><p>　少し迷ったけど本音で連絡すると、いつもはつかない既読はすぐについた。私もそう思ってた、って。その日の予定はなくなり、私の隠居生活が始まった。あの日が、始まりだった。</p><p>&nbsp;</p><p>　夏休みになって、ようやくZOOMしたね。でも、やっぱり画面の向こうじゃ嫌だよ。機械音痴のｍとZOOMなんて、もう一生やらないよ。だから、早く一緒にディズニーでもなんでも行こうね。本当は春休みに行くつもりだったのにね。まさか、緊急事態宣言が出るなんて当時は思ってもみなかった。年末年始の飲みシーズンは放っといたくせに、学生の春休みは正規で潰すんだから。</p><p>&nbsp;</p><p>　早く遊ぼう。それまで連絡は途切れさせないから。早く一緒にお酒も飲みたいよ。折角色々出来る年になったのに、どうして勉強しかやることがないんだろうね。不思議。</p><p>&nbsp;</p><p>　とにかく、元気でやってください。健康に。それだけで十分です。ｍが21歳になるまでに、会えるといいな。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>2021年3月24日　はのと</p>
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<link>https://ameblo.jp/hano-oto/entry-12664241777.html</link>
<pubDate>Wed, 24 Mar 2021 09:34:32 +0900</pubDate>
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<title>昔ほど何かに熱中できないって話</title>
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<![CDATA[ <p name="mkT32">小学生の頃。初めて好きなものが出来た。それは、五人組の女性アイドルグループ。何故好きになったか、いつから好きになったのか、具体的なことは覚えていない。でも、そういうものではないだろうか。気付いたら目で追っている的な、片想いのそれと何ら変わらない。</p><p name="mkT32">&nbsp;</p><p name="ZUti9">　中学生の頃、そのアイドルのファンクラブに入って追っかけた。散財した。14年間貯めていたお年玉の大部分がなくなった。でも、今でも公開していない。好きなものにお金を使うことが、今は出来ないから。</p><p name="ZUti9">&nbsp;</p><p name="YQgzQ">　中学生の頃、そのアイドルと同時並行で、アニメや声優、ボカロや歌い手といったいわゆる二次元界隈にハマった。友人の影響だった。二次元が好きなことがかっこいいとでも思っていたのかも知れない。三次元なんて！みたいなイタいことをずっとのたまっていた。</p><p name="YQgzQ">&nbsp;</p><p name="22dBG">　中学生の頃、アニメイトが行きつけだった。電車で数駅先のそこへ、足蹴なく通った。通っては、理由もなく大して知りもしないアニメのものも合わせて購入した。先日リサイクルショップに持っていったら、全部で10円だった。</p><p name="22dBG">&nbsp;</p><p name="H6Gxu">　中学生の頃、まだそこまでメジャーじゃなった歌い手というものを知った。すぐに好きになった。アニメだって声優で選んでいた私だ。声に魅力がある人は、すぐに好きになってしまう。歌だけに留まらず、生配信を聴いて、それだけで満たされていた。要は、推し、が何人もいた。</p><p name="H6Gxu">&nbsp;</p><p name="1yMct">　中学生の頃、ボカロ界隈のあるグループにお熱になった。その頃にはアイドルのことなど忘れ、一直線だった。恋愛の歌、ありきたりの恋愛の歌。でも、恋人がいながら恋愛に飢えていたどうしようもない当時の私には、羨ましい歌。</p><p name="49A7S">　中学生の頃、そのグループでキーボードを担当している方にご執心。最初は顔も分からないその人の、音に惹かれた。魅せられた。音が綺麗で、優しくて、繊細で。言葉で表現しようとすることが傲慢なのかも知れない。それくらい、素敵な魅力があった。初めて行ったライブでは、グループのライブなのにキーボードにばかり、目も耳も集中してしまった。</p><p name="HtFN1">　中学生の頃、別件で邦ロックに興味を持ち始めた。邦ロック好きはボカロ上がりが多いというが、実際にそれを証明してしまった訳だ。今でこそミーハーな若者が大好きなあのバンドに、相当熱中した。</p><p name="0XSNB">　高校生の頃、隣の席の子が同じアイドルのファンだった。忘れかけていたそのアイドルに再熱しつつあった。彼女とは高校時代一番の友人となり、二人で追っていた。楽しかった。一緒にライブこそなかったけれど、カラオケでアイドル縛りをしたのは楽しかった。</p><p name="0XSNB">&nbsp;</p><p name="zpmxa">　高校生の頃、初めて歌い手も出演するある動画サイトの大型フェスに参加した。楽しかった。幸せだった。沢山泣いた。素敵な歌声、演奏、それらで耳が満たされた。それ以降、歌い手のライブにもよく参加するようになった。</p><p name="zpmxa">&nbsp;</p><p name="zeuUC">　高校生の頃、火が付きかけていた邦ロックに本格的にロックオンされた。若手から伝説の活休バンドまで、一旦通った。結局、その伝説の活休を始め、それ以外は大抵若手の勢いのあるバンドにハマった。というか、初めて行ったフェスで、フェスの楽しさを知ってしまった。</p><p name="zeuUC">&nbsp;</p><p name="6xHnU">　高校生の頃、年越しのフェスに参加した。お目当てのバンドを前方で楽しんでいたら、いつの間にか身体中痣だらけだった。それもそう。そのバンドのファン層は30代男性を中心とする。そりゃ、17歳146cmが混ざればあざの5個や6個当たり前だ。何故か私はそれを、勲章だと思った。</p><p name="6xHnU">&nbsp;</p><p name="1zI3s">　高校生の頃、波こそあれド小学生の頃からなんだかんだずっと好きだったアイドルが、4人組になった。信じられなかった。彼女たちだけは、卒業なんて知らないと思っていた。勝手なことだ。何事にも、絶対なんてない。人生、何が起こるかなんて分からない。それを始めて実感した出来事だった。</p><p name="1zI3s">&nbsp;</p><p name="6T19D">　高校生の頃、大好きだったアイドルがテレビに映ると、チャンネルを変えるようになった。そこに、私が大好きだったあの子はいない。私に、何年間もずっと笑顔と元気、そして勇気を与えてくれたあの子はいない。理想の女性だった、その子はいない。</p><p name="6T19D">&nbsp;</p><p name="hnT1o">　高校生の頃、全身全霊全財産かけて楽しもう、という気力がなくなった。それ以降、何にもハマれなくなった。一線、無意識に画してしまうようになった。何にしろ、ハマり過ぎないように、勝手に自分の中で、好きと相反する気持ちを作り出していた。</p><p name="hnT1o">&nbsp;</p><p name="SBblI">　大学生になった。軽音楽部に入って、楽しかったバンドを再開した。高校生の頃は数回しかライブが出来なかったが、大学生の部活は活動の幅が広かった。楽しかった。なんでも出来た。でも、本物のアーティストのライブや、あんなに大好きだったフェスには行かなかった。</p><p name="SBblI">&nbsp;</p><p name="RLipD">　大学生になった。尊敬してやまなかったキーボーディストに距離を置いてしまった。グループがメジャーになるのと同時に、彼の人気も爆発的に上がった。女性ファンが多くつくようになり、彼は自分の魅せ方をきっと覚えた。音ではなく、自分の魅せ方。そしてそれに喜ぶファン。私が大好きなのは、彼の音なのに。人柄なのに。そんな安売りをされては冷める。</p><p name="RLipD">&nbsp;</p><p name="byvzE">　大学生になった。ボカロが社会的に認められるようになった。それは、私にとって違和感だった。ボカロは、大人に少し迫害されているくらいが丁度いい。それが私の感覚だったから。でも、まさに迫害されていた当時のことを考えると、今の子は幸せだな、羨ましいなとも思う。私も、堂々と楽しみたかった、家でも遠慮なく聴きたかった。家族とのカラオケでも、映像を気にせず歌いたかった。でも、今はもうあの頃の熱量で大好きだと言えない。</p><p name="byvzE">&nbsp;</p><p name="EWK0G">　大学生になった。あるアニメが社会現象になった。みんなが知っていた。グッズは各地売り切れ。新しいことが始まればまたすぐに売り切れ。大混雑。映画に合わせてテレビで一挙放送していたのを見た。家族で見た。面白かった。映画を見に行った。面白かった。</p><p name="EWK0G">&nbsp;</p><p name="sKiey">　大学生になった。好きなアニメが出来た。でも、自分の財布のひもは緩まなかった。それに、どこか好きになり切れない自分がいる。母の購買意欲に便乗するくらいで精一杯だった。</p><p name="sKiey">&nbsp;</p><p name="uJsJw">　大学生になった。大好きな漫画が出来た。とっくに連載終了している漫画。最終巻まで出ているその漫画を、母が爆買いした。キャラクターの個性が光っていて、話も面白くて、すぐにハマった。でも、一番好きなキャラクターは誰？という質問に、すぐに答えられなかった。やっぱり、一線が消えてくれなかった。</p><p name="uJsJw">&nbsp;</p><p name="35ujR">　大学生になった。もうどれくらい、自分の趣味にお金を使っていないだろうか。どれくらい、無趣味なのだろうか。広く浅くといえばいいのだろうか。どこまでハマれば趣味だと言える？大好きになって、趣味になって、でもそれがもし突然なくなってしまったらどうする？届かなくなってしまったらどうする？何で埋めればいい？<br>　この一線が消えない限り、私の趣味はずっと空欄。</p><p name="35ujR">&nbsp;</p><p name="35ujR">&nbsp;</p><p name="QPGvC">　大学生になった。あの頃の熱量が懐かしい。</p>
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<link>https://ameblo.jp/hano-oto/entry-12664047261.html</link>
<pubDate>Tue, 23 Mar 2021 09:23:05 +0900</pubDate>
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<title>三年生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。</title>
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<![CDATA[ <p>三年生の皆さん　へ</p><p>&nbsp;</p><p>　三年生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。卒業式がいつなのかは存じませんが、大方そろそろ卒業ではないでしょうか。</p><p>&nbsp;</p><p>　おかしいですね。どうして三年生なのに卒業してしまうのでしょうか。どうして。私の中ではまだ、皆さんは三年生なのです。四年生になった皆さんのことを、私は知りません。一度も会っていませんから。皆さんのことを、一年間「三年生」と呼んでいました。だって、そこにはまだ別の「四年生」がいらっしゃったからです。</p><p>&nbsp;</p><p>　とは言え、時間は一年経ってしまいました。何も知らないままどこでも交わらないまま、一年間が過ぎてしまいました。単位の回収に焦っていた皆さんが、就職だそうです。笑っちゃいますよ。皆さんは前進しているのに、私は何も変わっていません。何も、変われていないのです。まだ、皆さんのことを三年生と呼んでしまう、そこにしがみついているのです。</p><p>&nbsp;</p><p>　三年生の皆さんは、私にとってとても大切で大好きな先輩方です。二つ学年が上で、つまり、私を部活に入れて下さったのは皆さんなのです。三年生の部長、副部長、その他皆さんが用意してくださった会場で、私はその部活に入ることを決めました。</p><p>&nbsp;</p><p>　入部当初、女子校上がりも相まって人見知りを爆発させていた私を、近くのお寿司に誘ってくださった先輩。「はのとちゃん、お昼食べてないよね？」「いや、食べましたね。」「よし！一緒に寿司いこ～～！」なんて、話を聞いているのかきいていないのかよく分からない先輩でした。そうして部屋を出ると、別の二人の先輩方。「お！はのとちゃんも行くの！」「やった～一年生と一緒～！」今思うと、仲良し三人の昼食に飛び入り参加してしまった私。先輩3人に囲まれた私も、いつもの輪の中に後輩一人が入ってきた先輩方も、双方に緊張していましたね。</p><p>&nbsp;</p><p>　でも、あのときのおかげで、私は先輩方と話すことが出来るようになりました。特にその場にいた三名の先輩とは、その後もよい関係で関わり続けることが出来たと思います。優しくて、可愛くて、どこか抜けていて。でも、生意気な私の面倒を懲りずに見てくださいました。本当にありがとうございます。私と先輩方を繋いでくださった、最初の先輩方。</p><p>&nbsp;</p><p>　入部して二回目、一回目は新入生お披露目だったので、実質最初のライブ。初めて同じバンドを組むことになった部長と副部長。2バンド組んでいて、それぞれに部長若しくは副部長という重圧。出来ない難しいとは言えない雰囲気。失敗できない雰囲気。そのバンドの練習前、私本当にお腹壊したんです。</p><p>&nbsp;</p><p>　特に部長は、新入生に事務的な連絡をしたり、前に出て仕切ったり、時には厳しく接する先輩でした。だから、本当に怖かったんです。でもその練習後、そのイメージは一瞬にして覆ることになります。部室で自分の楽器を片付けていると、部長が入ってきました。狭い部室に二人。心臓バクバクで、一瞬でも早く出ていきたい。でも、片付けも終わらないし、終わったと思ったら部長とタイミング被るし、心臓爆発するんじゃないか、くらいの緊張感。</p><p>&nbsp;</p><p>　そんな中で部長は、「はのとちゃんって、家遠いんだっけ。夜遅くまでごめんね。」と優しく一言。そこには、今まで見たことのない温かい笑顔がありました。きっと、私の緊張を察していたんだと思います。だからあえて、話しかけて下さったんですよね。その後も何度かバンドを組むタイミングがありました、というか、部長と組んだ回数めちゃくちゃ多いですね。私にとっては。ずっと優しくて面白くて、親近感を下さる部長でした。</p><p>&nbsp;</p><p>　そして副部長。部長とは別のバンドで一緒になり、当時から何を考えているのかよく分かりませんでした。いつも笑顔で、というかへらへらしていて、みんなのまとめ役、というか、なだめ役というか、なんとなくその場をまとめる感じ。正直、よく分からないままそのライブは終わってしまったような気がします。</p><p>&nbsp;</p><p>　副部長の印象が変わったのは、もっと後のことです。いつの間にか、はのとちゃん、と呼んでいたところが、はのと、に変わっていました。そのときだと思います。少しは仲良くなれたのかな、と思えました。仲良く、というと先輩後輩という感じではないかもしれませんが、そんな感じです。その後も何度も同じバンドを組みましたね。その度に、私の生意気な軽口を受け止めてくださって、ありがとうございました。</p><p>&nbsp;</p><p>　私には、もう一人怖い先輩がいました。演奏がお化け並みに上手くてかっこよくて、ストイックな先輩。下手くそと努力しない人は嫌いなんだろうな、というイメージ。初めて同じバンドを組んだあの時も、実は最後まで抵抗していました。だって、怖いんですもん。私、そんなうまくないですし。てか、やろうとしてたバンド難しすぎるし。</p><p>&nbsp;</p><p>　初めての練習のときも、ビビり倒しながらやっていました。当たり前ですが、特に問題も起きず、私たちは、私以外が精鋭部隊だったので、トリ２を任されることになりましたね。おかげさまで余計にビビりました。練習中はとっても優しいし面白かったし、多少はイメージ変わりましたが、でも、直接話すことは勿論ないし。それでトリ２なんて…私のプレッシャーは留まるところを知りません。</p><p>&nbsp;</p><p>　でも当日、音出し中にアイコンタクトを送ってくださったとき、演奏が終わって地面に座り込む私に拳を差し出してくださったとき。すべての印象は覆り、残ったのは、優しくて不器用でかっこいい先輩、というイメージでした。その後に組んだバンドで、「このバンド、はのとちゃんじゃなかったら正直やばかったな」と私の技術を褒めて下さったときは、「一生ついていきますアニキィ」という感じでした。</p><p>&nbsp;</p><p>　魑魅魍魎のような三年生の中で、落ち着いた雰囲気だった三人の先輩は、私にとって温かい居場所でした。いつでも優しく話しかけて下さるし、とにかく笑顔が可愛い。笑顔がよく似合う三名でしたね。お二人とは合宿で一緒のバンドをやりました。お一人は、結局一度も組めなくて本当に残念です。</p><p>&nbsp;</p><p>　合宿は、私にとって地獄でした。色々と。一番の原因は、きっと忙しさです。4バンドも組んでしまって、一日8時間の練習でした。私にも遊ぶ時間を…そんな感じで、毎日時間になるとスタジオへ向かう日々。そんな中で、ひと時の安らぎを下さったのが先輩方です。頑張ってて偉いね、なんて笑顔で言われたら、「いや全然！私にかかれば余裕ですよ」とか言ってしまいます。全部のバンドで同期はいなかったので、先輩方に本当に助けられました。</p><p>&nbsp;</p><p>　合宿の後、前よりも沢山話すようになりました。お二人とも、はのと、って呼んで下さるようになったし、というか、もうそれが何よりも嬉しいです。</p><p>&nbsp;</p><p>　もう一方は、バンドこそ組んだことがありませんでしたが、いつも相談に乗ってくださいました。目指すものが同じだったからです。でも、先輩は私には絶対に真似できないくらい沢山のことに一生懸命で、眩しい存在でした。少しでも近づこうとしたけれど、やっぱり難しいです。向上心の権化みたいな先輩は、バンドでも大活躍で、いつも輪を笑顔にされていましたね。一度でいいから、一緒にバンドがしたかったです。</p><p>&nbsp;</p><p>　総じて言えることは、皆さんもれなく大好きということです。皆さんもれなく思い出いっぱいということです。皆さんもれなく最高だということです。今年の最高学年は皆さんそろって卒業できたのでしょうか。うちの部活はそれが危ういので分かりませんが、とにかく、皆さんは一緒にいるところがよく似合います。皆さん楽しそうにじゃれ合う姿が大好きなんです。</p><p>&nbsp;</p><p>　これからもどうか、末永く元気に生きてください。願わくば、折角20歳になったのだから、一緒に飲みたかったです。いつか叶えてくださいね。</p><p>&nbsp;</p><p>2021年3月22日　はのと</p>
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<link>https://ameblo.jp/hano-oto/entry-12663853424.html</link>
<pubDate>Mon, 22 Mar 2021 09:32:34 +0900</pubDate>
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<title>大学で最初に声をかけてくれたｋ　へ</title>
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<![CDATA[ <p name="4dfSd">大学で最初に声をかけてくれたｋ　へ</p><p name="4dfSd">&nbsp;</p><p name="XEPb1">　お元気ですか。そっちはどんな感じなのかな。実家に帰って一年、どんな毎日を過ごしていますか。</p><p name="XEPb1">&nbsp;</p><p name="G5gUj">　ｋと出会ったのは、たぶん一生忘れない2019年の4月3日。大学に入学したばかりで、とにかくオリエンテーションの毎日だった最初の一週間。高校からの友だちはいないので、孤独に行動していた日々。そんな中で、初めて声を掛けてくれた子だった。</p><p name="G5gUj">&nbsp;</p><p name="2yNC8">　4月2日のクラス顔合わせで、私のことを覚えていてくれたよね。もうそれが奇跡だよ。すごすぎる。人の顔覚えるの苦手だから、声かけられたときは正直全然ぴんと来てなかった。ごめんね。その後軽く自己紹介して、それでやっと思い出したよ。写真が趣味だって言ってた、THE 女の子 みたいな子。</p><p name="2yNC8">&nbsp;</p><p name="WhMnn">　ｋは、地方から来てるから友だちがいなくて、ついでにその日のオリエンテーション会場が分からなくて彷徨ってたら私を見つけたらしい。案内したい気持ちはやまやまだったけど、私も彷徨ってたから、結局二人でさ迷った。まだ二年も経ってないと思うと怖いな。すごい昔のことに感じる。</p><p name="WhMnn">&nbsp;</p><p name="VtWW6">　その日はずっと一緒にいたね。連絡先もちゃんと交換して、お昼も一緒に食べた。まだまだ会話はぎこちなかったけど、半日一緒にいただけで、ｋの印象は第一印象と変わった。可愛いのに女の子女の子してなくて、案外さばさばはっきりしてる。私が好きなタイプの子だった。</p><p name="VtWW6">&nbsp;</p><p name="OKYH7">　オリエンテーションが終わって、今度は部活とかサークルの話をしながら構内を彷徨ったね。沢山の先輩に声を掛けられ勧誘されるたびに、女子校上がりで過剰にビビっていた私の代わりに、可愛いｋが華麗にそれらを交わしてくれた。「あ、この子はもう決まってるし、私もだいたい決めてるんです。」って。</p><p name="OKYH7">&nbsp;</p><p name="lhKZ9">　私は軽音部に決めていたから。ｋはまだ迷ってる感じだったけど、なんやかんやでかわしてた。強いね。</p><p name="lhKZ9">&nbsp;</p><p name="XwIRS">　私の入部届を出すため、ｋの履修相談のために、私たちは私が入部を希望する軽音部のもとへ向かった。軽音に興味がなかったｋを連れていくのは気が引けたが、それでもｋは、履修相談したいし、と言ってついてきてくれた。この頃から優しかったね。</p><p name="XwIRS">&nbsp;</p><p name="ijXWh">　そんなこんなで一日終わったっけ。曖昧だからその後の日の記憶と混ざってるかもしれないけど、たぶんこんな感じ。偶然と言うか奇跡というか運命というか、とにかく私たちはお互いに、大学生活初めての友だちが出来た。</p><p name="ijXWh">&nbsp;</p><p name="WPvd7">　その後、私たちの学科はクラス単位の必修授業がほとんどを占めるから、ｋ以外のクラスの子たちとも仲良くなった。その後、なんとなくグループが出来て。それもかなりなんとなくだったけどね。私たちは4，5人でいることが多くなった。</p><p name="WPvd7">&nbsp;</p><p name="mWsvU">　人数が増えて、私たち以外の3人はお姉さん気質が強かった。というか、私たちがろくでもないあほだったのかも知れないけど、とにかく私とｋ、姉さんたち、という構図も出来てきた。姉さんたちは、分かれてそれぞれ私たちの面倒を見てくれた。二人して面倒かけたけど、でも、あの頃は本当に楽しかったね。</p><p name="mWsvU">&nbsp;</p><p name="Z7yat">　そんな感じだから、そのグループの中でも、私たちは仲良くなった。どんどん、仲良くなった。形だけの友だちから、本当の友だちになった。いつからだろう。そんなのわかんないけど、いつからかｋのことを大切に思うようになった。ｋといる時間は楽しくて、全然ぎこちなさなんてなくて、居心地が良かった。</p><p name="Z7yat">&nbsp;</p><p name="2wMTW">　ｋの一人暮らしの家は大学からとっても近くて、電車で2時間かかる私は、たまにｋんちにお邪魔した。その時はいつも決まって、「ただいま～」と家に入る。「別にはのとの家じゃないんだけどな～」なんて決まったやりとりをしたのも、今となっては懐かしいね。</p><p name="2wMTW">&nbsp;</p><p name="gi7Qo">　あの家は本当に居心地が良くて、まるで自分の家のように(笑)過ごせた。二人でご飯を作って、テレビを見て、音楽を聴いて、歯を磨いて、そこまでしてやっと私たちの夜は始まる。</p><p name="gi7Qo">&nbsp;</p><p name="7pxwq">　私たちの共通点、それは、自己肯定感が低くて自分に自信が持てないこと。それが共通点ってはっきりと分かったのは、一緒に過ごした最初の夜だったかな。</p><p name="7pxwq">&nbsp;</p><p name="kqbGI">　悩みを話すというか、日頃から抱えているもやもやというか、自分たちにはない素敵な部分を沢山持っている姉さんたちの話というか、コミュニケーションに長けるクラスメートのことというか。自分はなんでこんなことしか出来ないんだろう、なんであんなことは出来ないんだろう。そうやって片方が話して、もう片方はそれを否定する。「はのとは十分頑張ってるからいいじゃん。頑張ってればいいんだよ、可愛いし。大丈夫、全然大丈夫。今日だって授業で…」</p><p name="kqbGI">&nbsp;</p><p name="NrSKM">　つまり、私たちは持ちつ持たれつで、互いの自己肯定感を上げようとしていたね。でも、それは無理矢理やっているものじゃなかった。少なくとも私は。私にとっては、ｋだって十分素敵な人だもん。自分の弱点から逃げないで向き合ってるし、努力家だし、可愛いし。毎日頑張ってメイクしてるじゃん。私はメイクが苦手だから、そうやって自分を磨こうとしているｋは素敵だなって思う。</p><p name="NrSKM">&nbsp;</p><p name="cHq9m">　ｋはすごく可愛いのに、自分に自信がない。だから、私は会う度に、意識的にｋを褒めた。メイクを褒めた。ｋの顔面をとにかく観察して、「今日の二重幅めっちゃ綺麗」「アイラインいつもより自然だね」「まつ毛めっちゃ上がってる可愛い」なんて、褒めまくる。それで、ｋが笑顔になってくれるのが嬉しかった。</p><p name="cHq9m">&nbsp;</p><p name="rlvCw">　そんなｋにもう一年以上会ってないと思うと、なんだか吐きそうです。気持ち悪いです。誰が私の自己肯定感を上げてくれるの。自分で上げるしかないじゃん。でもそれじゃ、上がりきらないよ。それに、誰がｋを笑顔にするの。私じゃん。</p><p name="rlvCw">&nbsp;</p><p name="FmvtO">　もうすぐ会える。大学は来年度から本格的に対面に切り替わるし、そうなったらまた、前みたいにとは色々といかないだろうけど、沢山会えるよね。一緒にご飯作って、テレビ見て、音楽聴いて、重たい話も出来るよね。この一年で、ｋに話したいことは沢山あるよ。嘘、本当はそんなにない。何もない一年だったから。でも、何もなくても、ｋといればそれは楽しい時間になるから。早く会いたいね。ずっと言ってるけどさ。</p><p name="FmvtO">&nbsp;</p><p name="fCDsQ">　でさ、来年度は毎秒会おうね。毎秒笑おう。一年分取り返そう。もう、ｋに会うためだけに授業とれるわ。それくらい、一年間のブランクは大きい。ZOOMだけじゃ、やっぱ足りないよね。</p><p name="fCDsQ">&nbsp;</p><p name="Z9hA8">　残り数週間。頑張って耐えよう。大丈夫、私たちなら絶対幸せになれるから。こんなに頑張ってるんだもん、幸せになれないと帳尻取れないよ。ね。</p><p name="Z9hA8">&nbsp;</p><p name="RyuUx">　だからそれまで、元気でね。また。</p><p name="RyuUx">&nbsp;</p><p name="lzD5t">&nbsp;</p><p name="21a8A">2021年3月21日　はのと</p>
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<link>https://ameblo.jp/hano-oto/entry-12663642573.html</link>
<pubDate>Sun, 21 Mar 2021 09:11:36 +0900</pubDate>
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<title>沢山面倒を見て下さったｉさん　へ</title>
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<![CDATA[ <p name="mzcEz">沢山面倒を見て下さったｉさん　へ</p><p name="mzcEz">&nbsp;</p><p name="t7E3p">　こんにちは。お元気ですか？Twitterで、いつもご活躍拝見しております。</p><p name="t7E3p">&nbsp;</p><p name="gxknJ">　ｉさんのことを話そうとすると、いつもその関係性に名前が付けられず困ってしまいます。親族でなければ近所のおじさんでもない、ただの他人です。だからと言って友だちでもありませんし…答えは出るのでしょうか。</p><p name="gxknJ">&nbsp;</p><p name="c7HjZ">　でも、関係性に名前なんてなくていいです。それが、ｉさんが私にとって唯一の存在であることの証明になります。私の人生において、ｉさんとの出会いは本当に大きなものでした。</p><p name="c7HjZ">&nbsp;</p><p name="1PDCh">　そもそも、出会いも不思議なご縁でした。私が一番尊敬しているキーボーディストの方のイベントの、進行やその他を担当されていたのがｉさんでした。後から知ったことですが、ｉさんはそのイベントが行われている会場の社員さんでしたね。その時点では演者と客。そして、距離の近いそのイベントでは、演者のお二人が出入り口でお見送りをして下さるところまでがイベントでした。</p><p name="1PDCh">&nbsp;</p><p name="ea1tV">　初めてそのイベントに参加し、そして目の前に笑顔で立っているそのキーボーディストの方を見て、私はその方の目の前でおかしな泣き方をしてしまいました。ずっと尊敬していた方との会話ですから、緊張だったのかも知れません。</p><p name="ea1tV">&nbsp;</p><p name="o1HNj">　そして、そうなる前の私とお話してくださったのがｉさんでした。当時は勿論、キーボーディストの方を見るために来たのですから。でも、その手前にいらっしゃったｉさんは、そんな私にも優しく話しかけて下さいました。その温かい人柄が印象に残り、帰宅後、キーボーディストの方だけでなく、ｉさんにも感想とお礼のメッセージを送りました。</p><p name="o1HNj">&nbsp;</p><p name="u09t5">　ｉさんは、Twitterのリプライで送ったそれに対して、わざわざ私をフォローしてDMでお返事をくださったのです。ｉさんは誰に対しても、お客さんを大切に思う方でしたから、フォローまでは普通のことでした。DMを下さった理由は、私のメンヘラのような長文のメッセージに圧倒されたからでしょうか。</p><p name="u09t5">&nbsp;</p><p name="Ngclt">　ただのメンヘラの長文のようなメッセージに、ｉさんは、文章力があるね、表現力があるね、などと嬉しい言葉を沢山かけてくださいました。そこから、私のイベントの目的が一人から二人になるのに、そう時間はかかりませんでした。</p><p name="Ngclt">&nbsp;</p><p name="rm0Lx">　それ以降も、イベントに参加する度にメンヘラを発揮する私に、ｉさんはその都度優しく返事をしてくださいました。段々イベントに参加する方の数も増えていき、全てにお返事するのはたやすいことではなかったと思います。それでも毎回、一人一人の言葉をしっかり受け止めて返事をするｉさんは、本当に素敵な心の持ち主なんだなと思っていました。</p><p name="rm0Lx">&nbsp;</p><p name="SwzTQ">　私がイベントに通い始めてから一年ほど経った頃でしょうか。イベント開園前にあるトラブルに巻き込まれた私は、直接的な表現を避けながらそのことをツイートしていました。するとイベント終了後、そんな異変に気が付いたｉさんはわざわざDMを下さいましたね。そのとき、酷く落ち込んでいた私は、それだけで救われたのです。私のことを気にかけてくれる人がいるんだ、と、そう思えただけで心が楽になりました。</p><p name="SwzTQ">&nbsp;</p><p name="HjG2J">　既に友人に相談していたことで、その友人にｉさんからのDMについても実は相談していました。演者にそこまで迷惑をかけてしまう訳にはいかない、と悩んでいた私に友人は、今後も起こるかもしれないことなんだよ、と背中を押してくれ、ｉさんに相談することに決めました。</p><p name="HjG2J">&nbsp;</p><p name="9Gww9">　全てを把握したｉさんは、直接的な解決策よりも、私の自衛のための方法や精神面でのケアを優先してくださいました。私のことを一番に考えて下さっているｉさんには、本当に助けていただきました。あの時ｉさんに相談していなかったら、きっともやもやしたまま終わっていたと思います。それに、ｉさんに教えていただいた自衛の方法は、今でも何かあると実践しています。</p><p name="9Gww9">&nbsp;</p><p name="CXLQd">　初めてお会いしたときは高校一年生だった私も、高校二年生になりました、諸事情で忙しくなっていた私は、キーボーディストの方のレッスンに申し込める状況だったのにそれを断ってしまうほど、そしてイベントにコンスタントに参加できないほどでした。毎月通っていたその場所が、物凄く遠く感じました。当時から生配信も同時に行ってくださっていたため、それだけは必ず見ていました。</p><p name="CXLQd">&nbsp;</p><p name="rUdNg">　でも、演奏の生感はそこにはありません。目の前で奏でられる音、指の動きを目で追ったり技術を盗もうと凝視するあの必死さ、それらはありません。音楽は、生が一番なのです。その場の音を感じることが、一番なのです。それが出来なくなってしまい、落胆する日々でした。優しく繊細なピアノも、ｉさんの柔らかいサックスも、記憶の中の物になってしまいました。</p><p name="rUdNg">&nbsp;</p><p name="wLTdf">　そしてその年の冬、誕生日月に、私はある病気にかかってしまい、入院を余儀なくされました。それは、イベントの開催日も含まれていました。あの時のやるせない気持ちは、一生忘れないと思います。本当に悔しかった。誕生月は特別なことがあるから、一年間楽しみにしていました。それが、なくなってしまったのです。</p><p name="wLTdf">&nbsp;</p><p name="0sI2x">　私はその月、イベント内のコーナーで読まれるメールを送っていました。誕生月であること、そして入院により参加できないこと、ずっと楽しみにしていたこと。当日、そのメールを知ったｉさんは、私にメッセージを下さいました。どうしてそこまで、客を大切に出来るのでしょうか。優しい、という言葉だけでは足りないのです。</p><p name="0sI2x">&nbsp;</p><p name="H4gfW">　その後半年を待たずに、そのイベントは終わってしまいました。理由は、演者の多忙。キーボーディストの方の活躍の幅が広がったことは、自分尾ことのように嬉しいです。でも、やっぱり寂しかった。もう、あんなに近い距離で演奏を見ることは出来なくなってしまうんだ、と。それに、イベントだけが私とｉさんを繋いでくれていたものでした。関係がなくなってしまうような気がして、怖くなっていたんです。</p><p name="H4gfW">&nbsp;</p><p name="pP171">　最終回にも参加できなかった私は、今までの感謝を、今度はリプライではなくDMで届けました。それに対してｉさんは、何かあったらいつでも連絡してね、と言ってくださいましたね。本当に嬉しかったです。友達でもない家族でもないおじさんは、博識で視野が広くて、絶対に私が導けない答えを出してくれるかっこいいおじさんでした。</p><p name="pP171">&nbsp;</p><p name="61h9Z">　ｉさんの誕生日のとき、受験のとき、第一志望校に合格したとき、節目節目で私はｉさんに連絡しました。そのたびに、ｉさんは優しく返事をしてくださいました。本当に、優しく。元気づけられました。</p><p name="61h9Z">&nbsp;</p><p name="HMDYT">　そしてあるとき、ｉさんは私に、「二十歳になったら、お酒を飲みながら昔話をしましょう。」と言ってくださいました。その場所はきっと、ｉさんが当時よくTwitterに投稿していた、8bitの音楽を楽しめるあのバーでしょう。ゲーム音楽の好きなｉさん。ｉさんの好きな場所で一緒にお酒を飲める日、それをずっと楽しみにしていました。昔話をするのも、楽しみでした。</p><p name="HMDYT">&nbsp;</p><p name="go3ol">　そして昨年、2020年。私は20歳になりました。まだそれは実現していません。勿論原因はコロナ禍。いつになったら実現するのか、私には分かりません。でも、それでもいいです。昔話の範囲が増えるだけですから。話したいことがどんどん増えていくだけですから。この期間は、昔話を増やすための期間ですからね。</p><p name="go3ol">&nbsp;</p><p name="DhJW3">　今だってもう、話したいことは沢山あるのです。本当に沢山。高校時代の話、受験の話、大学の話、家族の話、恋人の話、数えたらきりがありません。でも、今は我慢するしかありません。みんなが安心できる世の中になったら、必ずあの時の約束を果たしてくださいね。</p><p name="DhJW3">&nbsp;</p><p name="SZ5Zs">　それまで、ｉさんが作ったあの曲を聴いて、待っています。夢に向かって勉強も頑張ります。最後にお会いしてから三年以上経っていますから、大人になったね、と言って頂けるように、一回りも二回りも大きくなっておきます。まだお酒はそんなに飲めないけれど、美味しいお酒を教えてくださいね。</p><p name="SZ5Zs">&nbsp;</p><p name="egDYx">　私は、ｉさんに出会えて幸せです。いつも私を励ましてくださるｉさんがいなかったら、活力の一つがなかったのと同じです。沢山助けられました。そんなｉさんに、私が出来ることはなんでしょうか。役に立ちたいけれど、私に出来ることが全く分かりません。だから、とにかく元気に健康に、素敵な女性になります。昔からおじさんには、成長した姿を見せて喜んでもらうことが一番の孝行だって決まっているのです。</p><p name="egDYx">&nbsp;</p><p name="Vy4aX">　また長くなってしまいました。いつまでも、ここばっかりは成長しません。でも、むしろ私のアイデンティティにしてしまおうかな、なんて思ってしまいます。だって、ｉさんが褒めてくれるから。</p><p name="Vy4aX">&nbsp;</p><p name="axeDf">　最後まで読んで下さり、ありがとうございます。これからもｉさんのご活躍、影ながら応援しています。お身体に気を付けて、頑張ってください。</p><p name="axeDf">&nbsp;</p><p name="HqwDr">&nbsp;</p><p name="3iwsk">2021年3月18日　はのと</p>
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<link>https://ameblo.jp/hano-oto/entry-12663058879.html</link>
<pubDate>Thu, 18 Mar 2021 09:50:32 +0900</pubDate>
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