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<title>可い長の寝床ブログ</title>
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<description>落語のメガネは、面白メガネ　(@_@)</description>
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<title>今日で「可い長の寝床プログ」を終了します</title>
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<![CDATA[ <font size="2"><p><font size="2">平成２１年１０月３１日から平成２２年５月１２日までの期間に<br>６７の記事を書いていました。<br><br>書くことで自分の考え方を表現したいという気持ちが強くなり、<br>こんなブログを書くことは恥ずかしいことだという気持ちを</font></p><p><font size="2">超えてしまったので書けたのかもしれません。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">新しい自分自身の表現を探求していきたいこともあり、<br></font><font size="2">この「可い長の寝床プログ」は、今日で終了します。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">もし、今度ブログを書くとしたら、まったく違ったスタイルに<br>なるのではないかと思います。<br><br></font></p><font size="2"><p>このブログでは、あまりにも自分に都合のいい物語を<br>語り過ぎたのでは・・・</p><p><br></p><p>恥ずかしさのあまり削除したい気持ちをなんとか抑えて、</p><p>しばらく残しておくことにしました。<br><br>読者の皆さん、ありがとうございました！</p></font></font>
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<link>https://ameblo.jp/hansyouteikaichou/entry-10633768063.html</link>
<pubDate>Sat, 15 May 2010 21:29:56 +0900</pubDate>
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<title>保守とは何か ②</title>
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<![CDATA[ <p><font size="2">今回は、「保守」をテーマにした２回シリーズの第２回目です。<br><br>引き続き、佐伯啓思の『「保守」が「戦後」を超克するすべはあるのか』の内容を紹介していきます。</font><font size="2"><br><br>戦後日本では、保守・革新の対立が政治的・思想的空間を構成し、アメリカ的な自由・民主主義・市場経済の側につくのが「保守」とみなされました。<br><br>今日もっとも「進歩主義的国家」といえばアメリカです。グローバリズムと称し、世界全体を覆いつつあります。「保守の精神」からすれば、もっとも警戒すべきはアメリカ流の「進歩主義」ということになります。<br><br>ところが、アメリカの建国精神（「自由」「平等」「民主主義」「富の獲得」を追求する権利が万人に与えられている）に「復帰」することが、アメリカにおいては「保守主義」ということになっています。それは色濃く「進歩主義」に染め上げられているものです。<br><br>これは、フランス革命に反対したエドマンド・バークによってはじめられた本来のイギリス流の保守主義とはかなり異なっています。<br><br>冷戦体制下でアメリカ側につくことが「保守」の役割とみなされてきたことによって、イギリス流の（本来の）保守主義とアメリカ流の保守主義の間の区別が見落とされてきました。<br><br>また、「保守の精神」がその国の歴史や文化に即した価値体系の保持や維持に関わっているとすれば、「日本の保守」を「アメリカ流保守主義」に対して自己同一化することは、あまりにも不適切なことというほかありません。<br><br>「保守の精神」にとっては、日本の歴史的伝統を踏まえた価値とはなにか、とい問いが決定的なものとなってきます。<br><br>冷戦以降のアメリカの世界秩序構想の中ででてきた９６年の「日米安保共同宣言」では、日米安保体制は「アジア太平洋の安全」への相互協力へと拡大し、さらに０５年に合意された「日米同盟」では、「世界の安全保障」という「共通の戦略目標」のための共同行動へと変形されていきました。<br><br>「日米安保体制」から「日米同盟」への変質とは、端的にいえば、「戦後体制」を固定化し、それをいっそう先に推し進めようというものといえます。<br><br>アメリカの有事、あるいは「ならずもの国家」との対決におけるアメリカの軍事行動に際して、平和憲法を前提にしつつ後方支援等で日本が関与するという方向を目指すものでした。しかし、このような関係は決して対等な同盟とはいえず、「従属的同盟」とでもいうべきほかないでしょう。<br><br>今日の日本は、確かに自由・民主主義の世界秩序の受益者です。しかし、だからといって、アメリカ的な力による自由・民主主義の世界化、これに敵対する諸国の脅威に対する力の対決、という価値観までも共有しているとはいえません。<br><br>自由・民主主義や市場競争は近代社会の理念であり、また、近代社会の主要な制度的な条件ともなっています。しかし、その抽象的理想を普遍化して絶対的な価値とみなすことは「保守の精神」に反します。<br><br>むしろ自由の過度な追求が放埒に陥り、民主主義の安易な理想化が衆遇政治を招くことを警戒するのが「保守の精神」であります。<br><br>日本の論壇では、いわゆる左翼の護憲平和主義は事実上、力を失ってしまいました。では、それに代わって改憲論が力を増しているのかというと必ずしもそうではありません。<br><br>今日の大勢は、左翼的平和主義というより、むしろ思考停止的な現状維持に従った「平和憲法プラス日米安全保障」論なのです。端的にいえば、アメリカが守ってくれているのだからそれでいいじゃないか、というだけのことです。<br><br>国民が主権者であれば、自分たちの生命・財産を自分たちで守るというのは、近代国家の基軸です。<br>また、「ステイト」（国家）は、ある程度の共有された歴史的・文化的価値をもつ「ナショナリティ（国民性）」に基づかなければなりません。ここで「価値」が問われます。この「価値」は、普遍的な自由や民主主義ではなく、国民の独自の歴史的生成物であります。<br><br>もし「保守の精神」に立つならば、アメリカという国家の基軸は徹底した「進歩主義」「近代主義」にあり、その価値は日本とは大きく違っているという認識から出発すべきです。<br><br>日米関係において、「保守」がすべきことは、そこに含まれているどうしようもないディレンマを認識すること以外にありません。<br><br>現状において日本は日米関係を重視するほかありませんが、そのことは「保守の精神」からすれば変則的な事態であり、本質的な事柄を先送りするにすぎません。<br><br>われわれは未だに、戦後、日本という国の姿を描き出してはいません。未だに、近代国家の原則からすれば厳密な意味でなお主権が確立しておらず、「ナショナリティ」を構成するはずの価値観が見失われた現状は、まだ「敗戦後」というほかありません。<br><br>明治以降の日本の近代化、国際化は、常に「西欧的価値」の圧倒的な拡張の中で、その受容と対抗において、いかに「日本」の主権を確保するかという課題と共にありました。この「日本」の中には、「日本的価値」も含まれます。<br><br>「西欧的なもの」と「日本的なもの」の間には常にディレンマがあり、その葛藤が近代日本を活力あるものとしてきました。戦後も同じことです。<br><br>しかし、今日、われわれはこのディレンマを引き受けようとしません。<br>保守の立場とは、まずこのディレンマを自覚することなのです。<br><br>───────────────────────────────────<br><br>マスコミ世論に影響されやすい「大衆」は、その時々の気分で政権や政策を支持したり批判したりします。政治の世界は、幾層にも矛盾した課題が錯綜して見えにくいため苛立ちを募らせやすくなります。<br><br>そんな「大衆」のなかの隠された半面である「庶民」としては、日々の生活の中に「伝統の知恵」を脈々と受け継いで実践している方も多いのではないでしょうか。<br><br>「自由」や「平等」によって恩恵を受けていることはもちろんですが、その行き過ぎが欲求不満や不安の種になっているような気がします。<br><br>「保守の精神」は近代主義のおかしさに違和感をもった気持ちにフィットします。しかし、保守思想は、西洋哲学や社会思想などを踏まえて考えないと理解しにくいところがあります。<br><br>「保守の精神」を理解するためには、「保守の精神」を理解しにくい日本人のディレンマについても自覚する必要があると思います。<br><br>実際の保守派には、デリカシーのないオヤジもたくさんいます。<br>既得権を守ることや強者の論理に傾きがちな面があることは否めません。<br><br>しかし、「保守の精神」は、現代社会の見落としている点を浮かび上がらせてくれます。こんな時代だからこそ、日本人の「伝統の知恵」を再発見する重要性があります。<br><br>落語の世界は、理性万能主義、合理主義とは遠いところにあり、<br>「伝統の知恵」の宝庫です。<br><br>個人主義ではなく、何よりも「ご縁」を大切にします。<br><br></font><font size="2">理屈では割り切れない矛盾に満ちた人間への<br>あたたかなまなざしがあります。<br>そして、そんな人間の滑稽さを笑います。<br><br>落語は、伝統を保守しながら現代との接点も大切にします。</font></p><p><font size="2">そこから活力ある伝統芸能が誕生してきました。<br><br></font><font size="2">「保守の精神」で、どんな社会が築けるのでしょうか。</font></p><p><font size="2">それよりも「保守」という言葉自体が死語になりつつあるようです。<br><br></font></p><p><font size="2">「保守の精神」では、何を保守すべきなのかが問われます。<br></font><font size="2">私たちは、何を保守すべきなのでしょうか。<br><br>私たちのなすべきことは ・・・・</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">しっかりやろう 保守点検　(^_^)v<br></font><font size="2"><br>─────────────────────────────────── <br>＜参考文献＞<br>『自由と民主主義をもうやめる』　佐伯啓思著　幻冬舎新書　2008/11<br>『「保守」が「戦後」を超克するすべはあるのか』（「正論」６月号　2010/5）</font> <br><br></p><br>
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<link>https://ameblo.jp/hansyouteikaichou/entry-10528619352.html</link>
<pubDate>Wed, 12 May 2010 00:00:51 +0900</pubDate>
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<title>保守とは何か ①</title>
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<![CDATA[ <p><font size="2">今回は、「保守」をテーマにした２回シリーズの第１回目です。<br><br>今日の政治の混乱の原因を見極めるうえで、保守について考えることは大変に重要だと思います。政治や宗教の話は避ける方が無難なのですが、今回はあえて政治の話にも挑戦したいと思います。<br><br>保守とは、いったい何でしょうか。<br><br>戦後日本の政治や思想は、保守と左翼・革新、保守派と進歩派などの対立がありました。<br><br>左翼＝社会主義への同調者、保守＝自由主義・資本主義の擁護者<br>これは、わかりやすい構図です。ところが冷戦後は、<br><br>左翼＝憲法改正反対、保守＝憲法を改正し集団的自衛権を認める<br>という色彩が強くなってきました。すると、<br><br>左翼＝戦後体制の擁護、保守＝戦後体制の批判<br>というような不思議な構図になります。また、一時、<br><br>リベラル＝福祉重視派、保守＝市場競争派<br>という構図もありましたが、すると、<br><br>リベラル＝構造改革反対、保守＝構造改革推進<br>というように、「構造改革」という急進的改革を推進する側に「保守」というレッテルを張り付けるというおかしな話になり、保守という言葉の意味するところが混乱して、わからなくなってきました。<br><br>そこで今回は、佐伯啓思の『「保守」が「戦後」を超克するすべはあるのか』（「正論」６月号）の内容を紹介しながら「保守とは何か」について考えていきたいと思います。<br><br>日本の近代化が、「王政復古」のように伝統的日本（と思われる）への回帰を意図し、同時に、西欧列強の制度や価値観を導入しました。<br><br>さらに戦後になると、無自覚、無反省のうちにアメリカ的なものへの傾斜、追従という事態を招きました。日の当たる場所は、基本的にアメリカ的な「戦後思想」が占拠したわけです。<br><br>保守はなによりもまず、戦後日本が公式的に重要な価値とみなしているものをまずは疑うことから始めなければなりません。<br><br>それでは、「保守の精神」とはいったい何でしょうか。<br><br>それを論じるためには、進歩主義（近代主義）とは何かを要約しておくのがよいでしょう。<br><br></font><font size="2"><strong>＜進歩主義（近代主義）の精神＞ <br><br>① 合理主義・科学主義・技術主義の精神<br><br></strong>非合理で非科学的なものを排除し、また、合理的・技術的に問題を解決できるという理性万能主義への傾きをもつ。 <br><br><strong>② 抽象的で普遍的な理念の愛好<br></strong><br>抽象的な理念を普遍化し、その理念を実現することを理想と見なす。 <br><br><strong>③ 自由で平等な個人という無条件な想定</strong><br><br>社会を構成するものは、自由な個人である、とする。その帰結としての平等主義、民主主義を絶対視する傾向をもつ。<br><br><strong>④ 急激な社会変化への期待</strong><br><br>時には革命にいたるような大きくて断絶的な社会変化をよしとする傾きをもつ。そして、その場合の変革の主体は大衆であり、その意味では大衆的なものへの期待がある。<br><br><strong>＜保守の精神＞</strong> <br><br><strong>① 理性万能主義への強い懐疑と「歴史の知恵」の重視</strong><br><br>人間の理性や合理的精神には限界があり、合理的・技術的に万事を解決できるとするのは致命的な思いあがりである。それを補完するものとして歴史の中に推積された知恵があるとみなすべきである。 <br><br><strong>② 具体的で歴史的に生成したものへの愛好</strong><br><br>抽象的・普遍的な理念や理想を性急に実現するよりも、それが具体化する現実的な状況を重視し、そのために、まずは身近なもの、親密なものを愛好する。 <br><br><strong>③ 社会を構成する単位としての個人よりも、個人を結びつける多様なレベルの社会的共同体（家族、地域、組織、国など）の重視<br></strong><br>自由で平等な個人という抽象的で普遍的な単位を前提にするのではなく、人の交わりの場であり、人々が作り出す、家族から国にいたる多様な集合体を重視する。<br><br><strong>④ 急激な社会変化を避け、斬新的改革をよしとする精神と「大衆的なもの」への懐疑</strong><br><br>保守の精神は、先の見通しの不透明な変革は漸進的にすべきであるとし、特にその途上で関与する「大衆的なもの」への警戒心を強くもつ。<br><br>───────────────────────────────────<br></font><font size="2"><br>保守の精神は、進歩主義（近代主義）との対比でみると確かにわかりやすいと思います。<br><br>しかし、ここからいったい何が見えてくるのだろうと思っても、簡単な答えは、すぐにはもらえそうもありません。<br><br>日本人は、無意識的にも「アメリカ的なもの」にかなり影響されています。<br><br><strong>個人主義、民主主義、物的な豊かさと経済成長、人権思想、<br>市場経済、合理的で科学的な思考・・・<br></strong><br>しかし、これらが本当に身についているのでしょうか。<br>どこかで借りてきたダブダブの服を着ているようです。<br><br>それに対して、「日本的なもの」といえば、<br><br><strong>家族的連帯、地域共同体、日本的自然観・美意識、<br>仏教的・儒教的・神道的なものを背景とした宗教意識・・・<br></strong><br>落語のバックグラウンドみたいですね。<br><br>ところが、それらが「アメリカ的なもの」に押されて、忘れ去られようとしています。<br><br>確かに、伝統の中には悪しき因習のようなものがあり、近代的なものに魅かれる要因にはなっています。しかし、伝統から切り離された精神は空洞化しニヒリズムに陥る危険性があります。<br><br>日本思想の研究者である相良亨は、日本の精神を表わす言葉として、<br><strong>「理」（ことわり）、「自然」（じねん）、「道」、「天」、「心」</strong>といった言葉を挙げています。なんとなくニュアンスが伝わる言葉だと思うのですが、それを外国語に翻訳することはほとんど不可能なようです。<br><br>仏教から展開された<strong>「無」</strong>や<strong>「空」</strong>の考え方は奥深いものがありますが、日本人自身が理解できなくなっているのかもしれません。<br><br>西洋的な自己主張型の考え方を前にすると日本的な精神は、消極的にみえ分が悪くなってしまうようです。<br><br>しかし、日本人として「日本的精神」に基づいた価値観を再発見することは、とても大切なことだと思います。<br><br>調和を求め、節度を求め、自己を抑制することを知り、他人に配慮する・・・<br><br>そんな日本的精神は、もう現実には文字通り「無」か「空」か　Σ(ﾟдﾟ;)<br><br>───────────────────────────────────<br>＜参考文献＞<br>『自由と民主主義をもうやめる』　佐伯啓思著　幻冬舎新書　2008/11<br>『「保守」が「戦後」を超克するすべはあるのか』（「正論」６月号　2010/5）</font> <br><br></p>
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<pubDate>Mon, 10 May 2010 00:00:27 +0900</pubDate>
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<title>「桃太郎」</title>
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<![CDATA[ <font size="2">今回は、落語の「桃太郎」についてお話します。<br><br>父親が夜ふかしをしている息子に「桃太郎」の話をすると、すぐに寝入ってしまいました。そんな息子の寝顔をみて「寝ちゃったよ。子どもなんて罪がねえな」<br><br>これは昔の話。ところが、今の子どもときたら・・・<br><br>父親が桃太郎の話をしますが、次々とその話の矛盾点や不合理なところを息子は指摘して親を困らせます。やがて父親は「大人が聞いてもタメになる話だな」と感心して、ついに寝入ってしまい息子が「寝ちゃったよ。親なんて罪がねえな」<br><br>落語に登場する子どもは、頭の回転が速く小生意気で親をバカにさえしたりします。<br><br>落語では、父親は権力の象徴で、子どもはそれに対する庶民という図式があるようです。落語を隠れ蓑にして、子どもが父親をへこますという形で、権力批判をしたというように解釈することもできるでしょう。<br><br>しかし、現代では単純にはあてはまらなくなってきました。なにも権力批判をするのに隠れ蓑はいりません。子どもたちだって反権力の象徴とするには、あまりにもさめています。<br><br>「おとぎ話だからいいんじゃない」<br>これでは「桃太郎」の噺にはなりません。<br><br>しかし、現代の子どもたちがさめているとはいえ、仲間内では同調することへの強迫観念に疲れたり、孤立することを恐れているようです。<br>そんな子どもたちに、腫れものでも触るように深く関われない大人たち。<br><br>現代の子どもたちをしっかり捉える視点が必要ですが、そんな子どもたちにこそ、おとぎ話は必要なのかもしれません。<br><br>現代では子どもが親に対して、桃太郎の噺を合理的に解釈しても面白くありません。文明開化以降の近代主義に影響された古い子どものタイプにみえてしまいます。<br><br>現代的に「桃太郎」の噺は、どのように展開したら面白いのでしょうか。<br><br>やはり父親には、理屈っぽい金坊が大人になったような合理的な解釈しかできないタイプになってもらいましょう。<br><br>そして息子には、そんな合理的な解釈しかできない軽薄な父親を笑い飛ばすようなタイプになってもらいましょう。<br><br>単なる教訓話ではない、おとぎ話の不思議な深い味わいを表現できたら面白いですね。<br><br>もう一度、虚心になっておとぎ話を読んでみましょう。<br><br>そこから、どんな落語を展開することができるかな・・・<br><br>「むかし、むかし、あるところに、<br>おじいさんとおばあさんがいました・・・」　Zzz…(*´?｀*)｡o○<br><br><br><br></font>
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<link>https://ameblo.jp/hansyouteikaichou/entry-10523130800.html</link>
<pubDate>Fri, 07 May 2010 00:00:12 +0900</pubDate>
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<title>大河の一滴</title>
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<![CDATA[ <p><font size="2">『大河の一滴』は五木寛之のエッセーです。五木寛之は直木賞を受賞した作家ですが、エッセー集も数多く出版しています。<br><br>五木寛之の著書は若い頃に、「青春の門」を一冊読んでいただけだったので、『大河の一滴』は私にとって、意外な再会でした。<br><br>数年前に読んだ</font><font size="2">『大河の一滴』の世界に、深いところで共鳴できたことを、とてもうれしく思いました。<br><br></font><font size="2">今回は、『大河の一滴』から、そのエッセンスと思われるところを紹介していきたいと思います。<br><br><br><strong>人間の一生とは本来、苦しみの連続ではあるまいか。<br>前向きに生きることは悪いことではない。プラス思考でおのれを励まし、人間性を信じ、世界の進歩を願い、ヒューマニズムと愛をかかげて積極的に生きることも立派な生きかたである。<br><br>しかし、一方で現代の人間の存在そのものを悪と見て、そこから出発する生きかたもあるのではないか。その真暗闇の虚空に、もし一条の光がさしこむのが見え、暖かな風が肌に触れるのを感じたとしたなら、それはすばらしい体験である。<br><br>まず、これまでの人生観を根底からひっくり返し、「人が生きるということは苦しみの連続なのだ」と覚悟するところから出直す必要があるのではないか。<br><br>ブッダ（仏陀）の出発点も、「生老病死」の存在として人間を直視するところからだった。この「生老病死」を人間のありのままの姿とみる立場こそ、史上最大のマイナス思考だといっていい。<br><br>いまこそ私たちは、極限のマイナス地点から出発するべきではないのか。人間というものは、地球と自然と人間にとって悪をなす存在である。人は苦しみ、いやおうなしに老い、すべて病を得て、死んでいく。私たちは泣きながら生まれてきた。そして孤独のうちに死んでいくのだ。<br><br>しかし、マイナス思考の極みから出発したゴータマは、少なくとも微笑みながら病で死んだ。最大の否定から最高の肯定へ、マイナス思考のどん底から出発して、プイラス思考の極致に達して世を去った人間だったからからこそ、二千年のいまも、多くの人々はブッダの生涯に熱い心を寄せるのではあるまいか。<br><br>私たちは死ぬときは、ただひとりで逝く。恋人や家族や、親友がいたとしても、一緒に死ぬわけではない。人はささえあって生きるものだが、最後は結局ひとりで死ぬのだ。<br><br>だから、親は子に期待してはいけない。子も親に期待すべきではない。人を愛しても、それはお返しを期待することはできない。愛も思いやりも、ボランティアも、一方的にこちらの勝手でやることではないか。そう覚悟したときに、なにかが生まれる。<br><br>なにも期待していないときこそ、思いがけず他人から注がれる優しさや、小さな思いやりが＜旱天の慈雨＞として感じられるのだ。そこにおのずとわきあがってくる感情こそ、本当の感謝というものだろう。<br><br>私たちは、人間はちっぽけな存在である、と考え直してみたい。<br>空から降った雨水は木々の葉に注ぎ、一滴の露は森の湿った地面に落ちて吸い込まれる。そして地下の水脈は地上に出て小さな流れをつくる。やがて渓流は川となり、平野を抜けて大河に合流する。その流れに身をあずけて海へと注ぐ大河の水の一滴が私たちの命だ。<br><br>人間の生命は海からはじまった。人が死ぬということは、海に還る、ということではないのか。生命の海に還り、ふたたびそこから空にのぼっていく。そして雲となり露となり、ふたたび雨となって、また地上への旅がスタートする。それが私の空想する生命の物語だ。人間とは常に物語をつくり、それを信じることで「生老病死」を超えることができるのではないか。<br><br>「人は大河の一滴」<br>それは小さな一滴の水の粒にすぎなきが、大きな水の流れをかたちづくる一滴であり、永遠の時間に向かって動いていくリズムの一部なのだ。<br><br>人の死を「海への帰還」という物語として思い描く。そして、さらに「空への帰還」を想像し、ふたたび「地上への帰還」を空想する。<br><br>親鸞の教えの核心を直視すれば、必ずしも仏像や仏画が仏ではない。具体的な目に見える仏ではない。目に見えないもの、そして無限大のスケールをもつ世界、永遠の時間。いや、時間の観念すら超えたもの。それを阿弥陀という言葉で呼んだ。<br><br>親鸞が見つめたのは、目には見えない無量・無限の、科学的合理的世界と対立する世界＝浄土であるといっていい。そして、世間でいう地獄・極楽というのは、その地点への通過点であるといえる。<br><br>浄土は極楽ではない。地獄・極楽とは人が生きている日々の世界そのもののことだろう。「地獄は一定」という『歎異抄』の有名な言葉を、死んだらまちがいなく地獄に堕ちるこの身、という読みとりかたではなく、「一定」とは、いま、たしかにここにある現実のこと、と読む。<br><br>救いがたい愚かな自己、欲望と執着を断つことのできぬ自分。その怪物のような妄執にさいなまれつつ生きるいま現在の日々、それを地獄という。<br><br>私たちはすべて一定、地獄の住人であると思っていいだろう。死や病への不安、差別する自己と差別される痛み、怒りと嫉妬。<br><br>しかし、宗教とは地獄にさす光である、と親鸞は考える。苦しむ魂を救うためにこそ信仰はあるのだ。それゆえに地獄に生きる者すべてはおのずから浄土に還る。日々の暮らしのなかでも、一瞬、そのことがたしかに信じられる瞬間がある。それが極楽である。現実に生きるとは、そのような地獄と極楽の二つの世界を絶えず往還しながら暮らすことだ。<br><br>「浄土へ往生する」という意味は、生前どのような人であったとしても、すべての人は大河の一滴として大きな海へ還り、ふたたび蒸発して空に向かうという大きな生命の物語を信じることにほかならない。親鸞が最後に到達した「自然法爾」とは、そのような世界だと私は思う。<br><br>本当のプラス思考とは、絶望の底の底で光を見た人間の全身での驚きである。そしてそこへ達するには、マイナス思考の極限まで降りていくことしか出発点はない。私たちはいまたしかに地獄に生きている。<br><br>しかし、その地獄のなかで、私たちはときとして思いがけない小さな歓びや、友情や、見知らぬ人の善意や、奇蹟のような愛に出会うことがある。人として生まれてよかった、と心から感謝するような瞬間さえある。その一瞬を極楽というのだ。極楽はあの世にあるのでもなく、この世の地獄のただなかにあるのだ。<br><br>「地獄は一定」<br>そう覚悟してしまえば、思いがけない明るい気持ちが生まれてくるときもあるはずだ。存在するのは大河であり、私たちはそこをくだっていく一滴の水のようなものだ。ときには跳びはね、ときに歌い、ときに黙々と海へ動いていくのである。<br><br>私たちの生は、大河の一滴にすぎない。しかし無数の他の一滴たちとともに大きな流れをなして、確実に海へとくだっていく。<br><br>いま私たちはゆったりと海へくだり、また空へ還っていく人生を思い描くべきときにさしかかっているのではあるまいか。<br><br>「人はみな大河の一滴」<br>ふたたびそこからはじめるしかないと思うのだ。<br></strong><br><br>───────────────────────────────────<br><br>親鸞の語録集でもある『歎異抄』は、20代の頃から何度も読みかえしていました。意味がよくわからないけど、なぜか気になる本でした。<br><br>その中にある「いづれの行もおよびがたき身なれば、とても地獄は一定すみかぞかし」という言葉は、胸に棘のようにささり困ったことになりました。<br><br>しかし、こんな「絶望の言葉」が「救いの言葉」に自然と思えてくるようになるまでには、ずいぶんと時間がかかりました。<br><br>人間が罪深い存在であることは、歴史や周りを見渡せば理解はできるでしょう。<br><br>しかし、一生懸命に犠牲になって仕事をして、家庭を守っている善良な市民である「この私」が罪深いとは、なかなか信じるわけにはいきません。<br><br>親鸞の教えと日本人にも親しみやすい宗教的世界観（循環の思想）を詩的な表現で感動的に描かれている『大河の一滴』は、一見わかりやすそうですが、実はたいへんに難しい本だと思います。<br><br>「地獄は一定」に気づくことのまえに、「地獄は一定」と気づかない自分に気づくことが必要かもしれません。<br><br>「何もできない私です」<br>「何も知らない私です」<br>「何ももたない私です」<br><br>そこを原点にできたとき（南無）、救いの世界（阿弥陀仏）のなかにいる自分自身に、気づくことができるのではないでしょうか。<br><br>人間は、浄土からやってきた「遊戯する子ども」かもしれません。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">やがて大人になると ・・・・<br><br>地獄に居座ってしまったのかもしれませんね　Σ(ﾟдﾟ;)<br><br>───────────────────────────────────　<br><br>＜参考文献＞<br>『大河の一滴』　五木寛之著　幻冬舎　1998/4</font> <br><br></p>
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<pubDate>Mon, 03 May 2010 00:00:39 +0900</pubDate>
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<title>だめだこりゃ！</title>
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<![CDATA[ <p><font size="2">４月16日のブログでは「これでいいのだ！」をテーマにしました。<br><br>「これでいいのだ！」と思えると前向きな気持ちになれます。しかし、何度も失敗したり思うようにいかないと「だめだこりゃ！」と思ってしまいます。<br><br>無理して「これでいいのだ！」と思うより「だめだこりゃ！」の方が、<br>ホッとできることもありますね。<br><br>そういえば、「だめだこりゃ」という本が確か本棚（実はダンボール箱の中）にあったのを思い出しました。<br><br>ドリフターズのリーダー、いかりや長介著の「だめだこりゃ」です。<br>これは、長さん（いかりや長介の愛称）の自伝です。<br><br>さっそく読んでみると、音楽は四流、笑いは素人といわれながらも下積みを重ね、やがて長寿番組『全員集合』で活躍し、俳優としても愛された長さんの豪快な半生を綴った楽しい本でした。<br><br>長さんは高校を中退後、地元の製紙工場に勤めながら、同僚らとハワイアンバンドを組み、ダンスホールで活動をはじめました。そもそも音楽をはじめた動機が、女性に「モテたい」からだったといいます。<br><br>1959年にミュージシャンを目指して上京、ロカビリーバンドに参加後、カントリーウェスタンバンドにベーシストとして加わり米軍キャンプで巡業をしていました。その頃、米兵にユーモアがなければダメだといわれ、ギャグを取り入れるようになったといいます。<br><br>やがて1962年、加藤茶や小野ヤスシらが在籍していた「桜井輝夫とザ・ドリフターズ」に参加。その後、小野ら４名は独立してしまい、急きょ穴埋めに集めたメンバーが仲本工事、高木ブー、荒井注で、1964年に「ザ・ドリフターズ」を再結成しました。<br><br>1966年にはビートルズの前座として武道館で公演。仲本のヴォーカルで「のっぽのサリー」を演奏しました。<br><br>1969年10月『8時だヨ！全員集合』がスタート。ネタづくりに追われる日々が続きます。『全員集合』の打ち合わせは2日前の木曜日に行われていましたが、長さんを中心にネタが決められていて、他の作家がアイデアを出しても、「つまらねぇ」と却下することも多かったようです。<br><br>ドリフでは長さんがボス（抑圧的な憎まれキャラ）役に徹し、他のメンバーのキャラクターづくり（いじめられ役など）をすることによって、非常にわかりやすくて親しみやすい番組になったようです。<br><br>家族団欒の中心にテレビが置かれているような「テレビ時代」にマッチした番組づくりで、1985年終了まで16年間も続けることができました。</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">私が『全員集合』で好きだったのは、荒井注の「なんだ馬鹿野郎！」</font></p><p><font size="2">あの絶妙なタイミングの捨てゼリフ、面白かったな～</font></p><p><font size="2"><br></font></p><p><font size="2">キャンディーズや聖子ちゃんのゲスト出演も楽しみでした　(*ﾟ.ﾟ)ゞ<br><br>その後、俳優、タレントとして活動をはじめ、1987年には、NHK大河ドラマ『独眼竜政宗』に出演して俳優としても活躍しました。 <br><br>1997年から放映されたドラマ『踊る大捜査線』のベテラン刑事・和久平八郎役では、味わい深く「渋い」演技で若いファンからも支持を受けました。1999年には、『踊る大捜査線 THE MOVIE』で第22回日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞しました。 <br><br>2004年3月20日、72歳で逝去されました。<br><br>ミュージシャンとして、コメディアンとして、世間から認められなくても一生懸命に、自分なりに芸を工夫し努力していた姿が浮かびます。<br><br>それだからこそ「テレビ時代」のお笑い芸人として、<br>まさに、時代に選ばれた人ではなかったでしょうか。<br><br>私も長さんのようにネタづくりに工夫を重ね ・・・・<br><br><br><strong>寿限無、寿限無五劫の擦り切れ<br><br>海砂利水魚の水行末 雲来末 風来末<br><br>食う寝る処に住む処やぶら小路の藪柑子<br><br>パイポパイポ パイポのシューリンガン<br><br>シューリンガンのグーリンダイグーリンダイの<br><br>ポンポコピーのポンポコナーの長久命の長介 ・・・・<br><br><br>だめだこりゃ！　Σ(･ω･ﾉ)ﾉ！</strong></font><strong> <br><br><br><br></strong>───────────────────────────────────<br><br>＜参考文献＞<br>『だめだこりゃ』　いかりや長介 著　新潮文庫　2003/7<br><br><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/hansyouteikaichou/entry-10516945710.html</link>
<pubDate>Fri, 30 Apr 2010 00:00:38 +0900</pubDate>
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<title>「こいがめ」</title>
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<![CDATA[ <p><font size="2">今回は、「こいがめ（肥瓶）」についてお話します。<br>落語の演目としては「家見舞」の方が多いかもしれません。<br><br>この噺は、私がはじめて落語を習ったとき、最初に覚えたネタなのです。<br><br>公民館の落語教室で九代目三笑亭可楽（当時は浮世亭写楽）師匠から教えていただきました。<br><br>これを覚えたらどうでしょうかということで、<br>カセッテテープをまわして可楽師匠が話してくれたのです。<br><br>もう緊張していて笑うどころではなかったですね。<br>恥ずかしながらオチのところも意味がわかりませんでした。<br><br>家に帰って何度も聴いているうちに可笑しさがわかってきました。<br><br>兄いの引っ越し祝いに水瓶を贈ろうとしましたが、<br>銭がないので肥瓶で間に合わせようとして失敗してしまう噺です。<br><br>肥瓶の水で冷やした豆腐、<br>肥瓶の水でゆすいだ菜っ葉、<br>肥瓶の水で炊いたご飯を食べさせられ ・・・<br><br>笑いどころの多い噺なので、ウケやすいのですが、<br>はずしたときは、ちょっとみじめな</font><font size="2">気持になりました。<br><br>扱っているものがものだけに、品がなくなってしまう恐れもある<br>意外と難しい噺だと思います。調子よくカラッと演じたいものです。<br><br>軽くて面白い噺、しかもはじめて覚えた噺なので、<br>これからも大切にあたためて ・・・<br><br>なんだか臭ってきそう ((ﾟmﾟ;)<br><br></font></p>
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<pubDate>Mon, 26 Apr 2010 00:00:59 +0900</pubDate>
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<title>不思議</title>
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<![CDATA[ <p><font size="2">この世の中は、「不思議」なことだらけです。<br><br>今、ここに、私が存在しているということ。<br>この宇宙が存在しているということ。<br><br>カール・セーガンという有名な科学者が、<br>宇宙史150億年を1年365日に割り振って作った<br>「宇宙暦」というものがあります。 <br><br>  1月 1日 　 宇宙の誕生、ビッグバンです。 <br>  5月 1日　 銀河系の起源 <br>  9月 9日　 太陽系の起源　もう9ヶ月経ってしまいました。 <br>  9月14日　 地球の成立 <br>11月15日 　真核生物栄える <br>12月19日　 最初の魚類・脊椎動物 <br>12月28日　 恐竜絶滅、最初の花 <br>12月31日 <br>13時30分　 お待たせしました！　人類の祖先誕生<br>　23時29分20秒　 農業の発明 <br>　23時29分56秒　 ローマ帝国、キリストの誕生 <br>　23時29分59秒　 ルネサンス、近代科学<br><br>残り1秒で科学技術を発達させ近代文明社会を建設したのです。<br>まさに、これを「不思議」といわずに何といえばいいのでしょうか。<br><br>地球は回りながら太陽の周りを回っているということ。<br>この地球は、人間の生命が維持できる温度に設定されているということ。<br><br>事故で人命が失われると大騒ぎになるのに、交通事故で1万人、<br>自殺で3万人の命が失われていても、あたりまえになっているということ。<br><br>動物愛護を叫びながら肉や魚を平気で食べること。<br>環境保護を訴えながら資源を浪費すること。<br><br>空を見上げるといろいろな形の雲が浮かんでいます。<br>雲を見ていると「不思議」な感覚に包まれてしまいます。 <br><br>そんな時に、よく思い出すのが金子みすゞさんの<br>「不思議」という大好きな詩です。<br><br><br></font><font size="2"><strong>不思議<br><br>わたしは不思議でたまらない<br>黒い雲から降る雨が銀に光っていることが<br><br>わたしは不思議でたまらない<br>青いクワの葉食べている蚕が白くなることが<br><br>わたしは不思議でたまらない<br>たれもいじらぬ夕顔が一人でパラリと開くのが<br><br>わたしは不思議でたまらない<br>たれに聞いても笑っててあたりまえだということが</strong><br><br><br></font><font size="2">───────────────────────────────────<br><br>「不思議」とは、どうしてなのか、普通では考えも<br>想像もできないこと、説明のつかないことです。<br><br>「不思議」を「不思議」と感じる人間の心も「不思議」ですね。<br><br>こんな「不思議」な世界で、落語を聴いて笑っているのです。<br><br>言葉で説明できない世界で、<br>言葉を使って何でも説明しようとしています。<br><br>「あたりまえ」の前で、<br>素直に「不思議」に思う心が失われていきます。<br><br>「不思議」を忘れると心が病んで危険信号を発します。<br><br>人は「不思議」な世界から生まれ、<br>「不思議」な世界に帰るのかもしれません。<br><br>「あたりまえ」の現世は、<br>「不思議」な世界に浮かぶ小さな島かもしれませんね　(☆｡☆)<br><br></font></p>
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<pubDate>Fri, 23 Apr 2010 00:00:48 +0900</pubDate>
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<title>この一週間</title>
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<![CDATA[ <p><font size="2">今回は、この一週間の落語体験のお話をします。<br><br>はじめに４月１３日（火）は、糖尿病による体調不良のため、活動を休止していた談志が復帰することで話題になった新宿の紀伊國屋ホールで行われた「立川流落語会」に行ってきました。<br><br>この落語会は紀伊國屋書店で談志の『最後の落語論』を購入してハガキで応募して当選した人だけが入場券を購入できるという貴重なものでした。<br><br>志らくの「茶の湯」、談春の「包丁」は楽しく聴かせてくれましたけど、談志は大丈夫なのだろうかと落着かない雰囲気でした。<br><br>談志の高座前、志らくと談春を相手にしたトークショーも面白かったのですが、すでに談志の声の調子が悪く弱気の発言をしていたりして、本当に高座で話せるのだろうかと心配になりました。<br><br>高座では、お馴染みの毒舌の利いたジョークと「首提灯」で２５分位演じましたが、歯切れも悪く、声も出すのも苦しそうでした。<br><br>そこまでして・・・　<br>高座に上がって演じたいという執念のようなものを感じました。<br><br>気迫がなければ、高座で演じることはできない体だったような気がします。<br><br>これが「最後の高座」かもしれないという思いが湧いてきて、お別れのあいさつに行ってきたような気持ちになった落語会でした。　<br><br>その後の会見では、落語の出来に不満をあらわにし「声が出にくくなって、とりあえずしゃべってきたという気持ちですね。（この会見は）引退インタビューに近い状況になりかねない」と自嘲気味に語っていたようです。　<br><br>体調は万全というわけではなく、通院は続けるといいます。５月にも落語会が予定されているようですが、引退宣言がいつでるのか注目されそうです。 <br><br>次に、４月１７日（土）は、「立川流落語会」とは対照的に、明るく軽快で元気な「春風亭昇太・林家たい平　二人会」（八王子・いちょうホール）に行ってきました。<br><br>たい平は「おせつ徳三郎」、昇太は「花見の仇討」を演りました。</font><font size="2">笑点ネタで会場をわかしたり、安心して聴いて楽しめる落語会でした。<br><br>しかし、談志の余韻がなかなか消えないので、かつての談志の粋でハラハラしながらも引き込まれていく芸が、同じ落語と呼ばれていることの不思議さを感じました。<br><br>そして最後は、４月１８日（日）は、落語芸術協会主催の真打昇進披露（ホテルオークラ東京）に行ってきました。４人の若手落語家の同時昇進で、そのなかの一人、三笑亭可龍さんとのご縁で参加させていただきました。<br><br>会場入口で真打に昇進する４人とその師匠たちと一緒に歌丸師匠も出迎えに立っておられましたが、あまりにも細身なので驚きました。風が吹いてきたら本当に飛んで行きそうです。<br><br>それから、会場内は５００人以上はいたでしょうか、大勢の人がテーブルについて、ホテルの人が飲み物やコース料理を運ぶのに行ったり来たりとせわしない雰囲気でした。<br><br>幕の内弁当でも置いておけば、もっと静かになるのに・・・　<br>それじゃ、やっぱりホテルですから困るのですね。<br><br>見覚えのある芸人さんもたくさんいましたが、なかなか名前が思い出せませんでした。<br><br>司会の昇太さんに「寝床の会」のメンバーと一緒に記念写真を撮ってもらいました。<br><br>「昨日は、八王子の落語会に行ったんですよ」と声をかけたら、<br>ニコッとしてくれました。<br>俺はミーハーかよ　(*ﾟ.ﾟ)ゞ<br><br>とにかく可龍さんが真打になってからの高座が楽しみです。 <br><br>談志という稀有な花は散っていきますけど、<br>可龍さんには、可龍さんらしい大きな花に成長してもらいたいですね。</font> <br><br><br><br></p>
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<pubDate>Mon, 19 Apr 2010 00:00:30 +0900</pubDate>
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<title>これでいいのだ！</title>
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<![CDATA[ <font size="2">「これでいいのだ！」は、<br>赤塚不二夫原作のマンガ『天才バカボン』の登場人物、<br>バカボンのパパの口癖です。<br><br>『天才バカボン』は子どもの頃に大好きだったマンガの<br>５本指には入ります。  面白かったな～<br><br>「バカボン」の語源は、英語のバガボンド（放浪者）からきています。<br><br>しかし、「バカボン」はサンスクリット語では、<br>「煩悩を超越した徳のある人」という意味になり<br>優れた貴い人に用いられます。<br><br>漢字で書くと「婆伽梵」または「薄伽梵」になります。<br>正しい発音は「バギャボン」に近いようです。<br><br>なんだか、「これでいいのだ！」も尊い言葉に思えてきました。<br>呪文のように唱えてみると心が安らかになってきますよ。<br><br>野口法蔵さんの『これでいいのだ』という本には、<br>そんな癒される「これでいいのだ！」の世界が表現されています。<br><br>今回はその中から、私のお気に入りの言葉を紹介します。<br><br><br><strong>これでいいのだ<br>といっていると<br>失敗とは思えない<br>だから<br>これでいいのだ！ <br><br>これでいいのだ<br>といっていると<br>これでじゅうぶんだと思う<br>だから<br>これでいいのだ！ <br><br>これでいいのだ<br>といっていると<br>自分が好きになってくる<br>だから<br>これでいいのだ！ <br><br>これでいいのだ<br>といっていると<br>顔が上がり<br>頭の上に空があることに気づく<br>だから<br>これでいいのだ！ <br><br>これでいいのだ<br>といっていると<br>どんな死も受けいれられる<br>だから<br>これでいいのだ！ <br><br>後悔なんて考えない<br>もう終わってしまっている<br>だから今は<br><br>これでいいのだー<br>これでいいのだー <br><br>先のことなど心配しない<br>まだはじまっていない<br>だから今は<br><br>これでいいのだー<br>これでいいのだー <br><br>今しかないと悟る<br>今をのぞいて他にない<br>今を生きようそのままで<br>だから<br><br>これでいいのだー<br>これでいいのだー<br><br>私も天才<br>あなたも天才なのだ<br>だから<br><br>これでいいのだー<br>これでいいのだー <br></strong><br><br>─────────────────────────────────── <br><br>これでいいのだ！<br>まさに大肯定の世界です。 <br><br>これでいいのだ！<br>そう思えなくても大丈夫です。 <br><br>思えない自分だって<br>これでいいのだ！ <br><br>こんなブログしか書けない私でも ・・・<br><br>これでいいのだ　(^_^)v<br><br>───────────────────────────────────<br><br>＜参考文献＞<br>『これでいいのだ』　野口法蔵　著　七つ森書房　2009/7</font><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/hansyouteikaichou/entry-10503598887.html</link>
<pubDate>Fri, 16 Apr 2010 00:00:55 +0900</pubDate>
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