<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>悪魔と天使と生きた日々。</title>
<link>https://ameblo.jp/happy-moon-6/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/happy-moon-6/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>精神疾患、いじめ、DV、虐待、死別、今までの苦しかったことを綴っています。</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>心の傷と精神疾患</title>
<description>
<![CDATA[ <p><br></p><div class="parts002_block05" data-entrydesign-count-input="part" data-entrydesign-part="parts002_block05" data-entrydesign-tag="div" data-entrydesign-type="block" data-entrydesign-ver="1.53.2" style="display:block;width:376px;max-width:100%;margin:0 auto 12px;box-sizing:border-box;padding:6px;color:#333;background-color:#EEEEEE"><div style="background-color:rgba(255, 255, 255, 0.5);border:solid 1px #B3B3B3;padding:16px 12px"><div data-entrydesign-content="" style="background-color:transparent;font-size:16px;line-height:1.4;min-height:22px;break-word:word-break"><p>あまりにも傷だらけだった私。<br>何もかもに絶望しボロボロ。<br><br>自分で自分の精神に限界を感じ始めたのは、中学生の頃でした。<br>でもその時はまだ親は、ただの性格だと思っていたようで、病院へは連れて行ってくれず。<br><br>10代の半ばから後半にかけてくらいでしょうか。親に自分から｢病院へ行きたい｣と訴えて、初めて精神科へかかりました。<br><br>頭に装置をつけての脳波の検査では｢起きているはずなのに寝ている時の脳波が出ている｣とお医者様が不思議そうにしていました。<br>私も母もポカンとなったのを覚えています。<br><br>心理の検査、箱庭、お医者様との長い問診、そして出た結果は…<br><br>｢鬱病｣<br><br>その後、何年にもわたり鬱病の薬を飲み続けましたが、症状は重くなるばかり。<br>自傷行為に自殺未遂、常にある希死念慮。<br>日に日に増加していく体重。<br>体重はお薬を飲み出してから20キロも増えてしまいました。泣きましたね。<br>水しかとらなくても太るのですから。<br><br>なかなか安定しない精神に違和感を覚えた私と親は、転院を決意。<br>お家から1番近いクリニックにかえて、もう一度お医者様との問診。<br>しばらく通い続けた頃、私は｢なんの病気か教えてください｣と聞いてみました。<br>お医者様はこう言いました。<br><br>｢前の病院からの書類では鬱病となっていましたが、僕は双極性障害Ⅱ型とパニック障害の診断をします。これからお薬を変えて治療を続けていきましょう｣<br><br>そして、お薬がかわりました。<br>お薬をかえた現在は、軽装状態と鬱期を繰り返してはいるものの、自傷行為の数はだいぶ減ってきていて、自殺未遂に関しては一度もしていません。<br>ODはまだしてしまいますが、担当医はそれも叱ったり否定しないでいてくれるので、日記の様なものを書き、毎回素直に状態をお医者様に見せています。<br>とてもコミュニケーションのとりやすい担当医なので、話すのも苦ではないです。<br><br>鬱病と双極性障害は間違えられやすいと、後にネットで知りました。<br>ずっと合わないお薬を飲んでいたんです。<br>鬱病が悪化している方や違和感のある方は、双極性障害を疑ってみてもいいかもしれません。<br>お薬がかわるとだいぶ調子もかわります。<br><br>精神疾患の診断を受けてから現在まで、また色々な苦労があったのですが、それは別の機会に書こうと思います。</p></div></div></div><p><br></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/happy-moon-6/entry-12774827566.html</link>
<pubDate>Wed, 16 Nov 2022 18:00:23 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>恋、そして死別</title>
<description>
<![CDATA[ <p><br></p><div class="parts002_block05" data-entrydesign-count-input="part" data-entrydesign-part="parts002_block05" data-entrydesign-tag="div" data-entrydesign-type="block" data-entrydesign-ver="1.53.2" style="display:block;width:376px;max-width:100%;margin:0 auto 12px;box-sizing:border-box;padding:6px;color:#333;background-color:#EEEEEE"><div style="background-color:rgba(255, 255, 255, 0.5);border:solid 1px #B3B3B3;padding:16px 12px"><div data-entrydesign-content="" style="background-color:transparent;font-size:16px;line-height:1.4;min-height:22px;break-word:word-break"><p>中学2年の頃。<br>私は恋をしました。<br>その相手とお付き合いすることになり、初めての彼氏ができたのです。<br>それはそれは嬉しくて、たくさんの思い出を二人で作っていきました。<br><br>私が16歳の時のこと。<br>夜に通話をしていた。<br>会話はほんとにいつも通り、些細なことばかりでお互い笑って話していました。<br>彼はこう言いました。<br>｢バイト代たまったらディズニーランド行こうよ！！｣……と。<br>私はその言葉が嬉しくて、ほんとに幸せな気持ちでいっぱいだったのを覚えています。<br><br>そしてその翌日。<br><br>彼は、亡くなりました。<br>お家のガレージで、自ら命を絶ったのです。<br><br>私は｢なんで連れてってくれなかったの？！｣｢どうして？！｣｢何がそんなに辛かったの？｣｢何をひとりで抱えていたの？！｣と、大泣きし、泣き叫び、パニックになった。<br><br>遺書などはなく、何が原因なのかさえわからない別れでした。<br><br>彼は、大好きなバイクを踏み台に、そのそばで高い位置から揺れていたのです。<br><br>最後の通話の時、何を思っていたのか。<br>あの時にはもう決めていたのか。<br>なら何故ディズニーなど未来の話をしたのか。<br>それとも通話後に何かがあったのか。<br><br>もうそれを知る方法はありません。<br><br>彼は18歳という若さで人生を終えました。<br>その苦しみや抱えていることに何一つ気づけなかった16歳だった私。<br>私のせいだ……当時はずっと自責の念でとても苦しく毎日泣いて過ごした。<br><br>｢いつか、一緒になりたいね｣<br><br>そんなふうに微笑んだ彼のことを、今でも時々思い出します。<br><br>彼は18年間、幸せだったのでしょうか。<br>それとも辛く不幸なものだったのでしょうか。<br>私の存在は、彼の人生にほんの少しでも幸せな時間をあげられていたのでしょうか。<br><br>もう一度会えるのなら、もう一度話せるのなら、聞いてみたい。<br><br>あの日、何があったのか。<br>何を思ってバイクから飛んだのか。<br>何故、私に何も言わなかったのか。<br><br>もう二度と、大切な人を失いたくない…<br>そう思っていた私でしたが、死別という悲しみがまたいずれ襲ってくることを、16歳の私はまだ知らなかったのです。<br><br>そのお話は別の機会に。</p></div></div></div><p><br></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/happy-moon-6/entry-12773473322.html</link>
<pubDate>Tue, 08 Nov 2022 14:26:05 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>不登校と児相</title>
<description>
<![CDATA[ <p><br></p><div class="parts002_block05" data-entrydesign-count-input="part" data-entrydesign-part="parts002_block05" data-entrydesign-tag="div" data-entrydesign-type="block" data-entrydesign-ver="1.53.2" style="display:block;width:376px;max-width:100%;margin:0 auto 12px;box-sizing:border-box;padding:6px;color:#333;background-color:#EEEEEE"><div style="background-color:rgba(255, 255, 255, 0.5);border:solid 1px #B3B3B3;padding:16px 12px"><div data-entrydesign-content="" style="background-color:transparent;font-size:16px;line-height:1.4;min-height:22px;break-word:word-break"><p>中一の途中から、私は不登校になった。<br>いじめのトラウマもあったが、人が大勢いる場所にいると動悸と吐き気がして、立っていられなくなるほど苦しかったから。<br>今思えば、その頃から精神疾患があったのかもしれないが、親は私を病院へは連れて行かなかったので事実はわからない。<br>学校への恐怖は自分が親になって、子供の授業参観などがある時でも襲ってきて、長く教室にはいられない。<br>不登校児となった私は、親に｢このままで将来どうするの？｣｢他の子みたいになんでできないの？｣｢みんなだって嫌でも行ってるのに｣と毎日のように言われた。<br>教師からは、お決まりのセリフ｢みんな待ってるからおいで｣を毎回言われた。<br>何もわかっていない。<br>親も教師も…大人達は何もわかっていない、私はそう思ってどんどん心を閉ざしていった。<br>部屋から出ることもなくなり。<br>いつも本の世界に逃避していた。<br>中二の頃から夜遊びするような仲間ができ、夜中に家を抜け出すことも増えた。<br>初めてピアスを開けたのも、髪を染めたのも、お酒を飲んだのも、タバコを吸ったのも、リストカットしたのもその頃。<br>親の足音は私を苛立たせた。<br>また部屋に怒鳴り込んできて傷つく言葉を吐かれるのではと、いつもかまえていた。<br><br>ある日、親は私を車に乗せ児童相談所へ向かった。<br>職員との会話が耳に入る。<br>｢もう私達には手におえないので…｣<br>そう言った母の顔は無表情だった。<br>部屋には窓があったが、鉄格子がついていた。<br>庭には運動できるだけの広さがあったが、周りは高い高い塀で囲まれていた。<br>私と荷物を残し、親は帰って行った。<br>｢捨てられたのか…｣そう思った。<br>その後、職員と面談。<br>何枚かの用紙にたくさんの質問が書かれたものを目の前に置かれ、それを書けと言う。<br>｢あなたにとって家族とは？｣｢好きなテレビ番組は？｣｢得意なことは？｣など、私にとってはどうでもいい質問ばかりだった。<br>何も浮かばない。仕方がないから私はその答え全てに｢死｣と書いた。<br>箱庭的なこともやらされた。<br>それにいたっては、人間全員を箱の中にぶちまけ｢死体｣と言った。<br>私は完全に大人に心を閉ざしていた。<br>かといって、同じ児相にいる子供達とうまくやっていたかと言えばそうでもない。<br>みんなが敵に見えて、ただただ鬱陶しいとしか思えなかった。<br>勉強の時間、運動の時間、食事の時間、私は全てルールを守らなかった。<br>ただ、そんな厄介な私に対して笑顔で接してくれる優しいお姉さんがいたのを覚えている。<br>お風呂あがり、私の髪をクシでといてくれながら｢綺麗な髪だね｣そう微笑んだお姉さんは、ほんの少しだけ好きになれた気がした。<br>その後しばらくして私が帰りたいと暴れた為、親が迎えに来て自宅に戻ることに…。<br>親からは｢あんたなんて産むんじゃなかった。あんたがいるから私達は不幸。どこか遠くで死んでくれればいいのに｣と言われた。<br>私には、居場所などないのだとハッキリわかった。<br>それをさかいに、私のリスカアムカはエスカレートしていくことになる。<br></p></div></div></div><p><br></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/happy-moon-6/entry-12773109258.html</link>
<pubDate>Sun, 06 Nov 2022 12:05:10 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>宝物、大好きが増えた</title>
<description>
<![CDATA[ <p><br></p><div class="parts002_block05" data-entrydesign-count-input="part" data-entrydesign-part="parts002_block05" data-entrydesign-tag="div" data-entrydesign-type="block" data-entrydesign-ver="1.53.2" style="display:block;width:376px;max-width:100%;margin:0 auto 12px;box-sizing:border-box;padding:6px;color:#333;background-color:#EEEEEE"><div style="background-color:rgba(255, 255, 255, 0.5);border:solid 1px #B3B3B3;padding:16px 12px"><div data-entrydesign-content="" style="background-color:transparent;font-size:16px;line-height:1.4;min-height:22px;break-word:word-break"><p>​<span style="caret-color: rgb(0, 0, 0); color: rgb(0, 0, 0);">あれは、小学校3年生の時。</span></p><p style="caret-color: rgb(0, 0, 0); color: rgb(0, 0, 0);">母子家庭でもよくあちこちに連れて行ってくれていた母が最後に買ってくれたプレゼント。</p><p style="caret-color: rgb(0, 0, 0); color: rgb(0, 0, 0);">大きな茶色いくまのぬいぐるみ。</p><p style="caret-color: rgb(0, 0, 0); color: rgb(0, 0, 0);">それをさかいに、母は彼氏との時間を優先し旅行だパチスロだと出かけてしまい、家にいないことが一気に増えました。</p><p style="caret-color: rgb(0, 0, 0); color: rgb(0, 0, 0);">私はその、母からもらった最後のプレゼントのくまのぬいぐるみをとても可愛がり、寂しい時も、楽しい日も、叱られて泣いた夜も、いつもくまさんに話しかけていました。<br>まるで、母が私達子供をちゃんと見ていてくれていた頃を思い出してすがるかのように…<br>そのくまさんを大切に大切にしたのだ。<br>くまさんはもうお鼻も禿げてて、毛なみもボワボワだけど、何十年たった今も私のそばにいてくれています。<br>そのくまさんをきっかけに、私はくまさんが大好きになり、テディベアや、リラックマ、プーさんなど、くまさんの物をよく集めています。<br>おうちにはたくさんのくまさんずがいますよ。<br>なんだか落ち着くんですよね。<br>ふわふわのくまさんのぬいぐるみを抱いていると、ホッとして精神も安定するのです。<br>楽しかった、幸せだった、幼い頃を思い出すような……そんな感じがします。<br>前へ進めずにいる私はダメダメですね。<br>しっかりしなきゃいけないけれど、傷ついた幼い頃の自分が私の足枷になっているみたい。<br></p></div></div></div><p><br></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/happy-moon-6/entry-12772243937.html</link>
<pubDate>Tue, 01 Nov 2022 08:35:23 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>場面緘黙症、そしてイジメ</title>
<description>
<![CDATA[ <p><br></p><div class="parts002_block05" data-entrydesign-count-input="part" data-entrydesign-part="parts002_block05" data-entrydesign-tag="div" data-entrydesign-type="block" data-entrydesign-ver="1.53.2" style="display:block;width:376px;max-width:100%;margin:0 auto 12px;box-sizing:border-box;padding:6px;color:#333;background-color:#EEEEEE"><div style="background-color:rgba(255, 255, 255, 0.5);border:solid 1px #B3B3B3;padding:16px 12px"><div data-entrydesign-content="" style="background-color:transparent;font-size:16px;line-height:1.4;min-height:22px;break-word:word-break"><p>私は、小学校2年の途中から場面緘黙症になってしまいました。<br>おうちでは普通に声を出して話せるし笑えるのに、学校では声が出せず、基本お友達とのやりとりも文字に書いて会話していました。<br>中には｢あ、って言ってみて｣などとダル絡みしてくる男子とかがいたり、本当に学校へ行くことが辛かったです。<br>教師からの理解もえられず、国語の音読ができなかったからと、授業が終わるまで後ろに立たされたりとかもしました。<br>今ほど場面緘黙症を知る人間が少なかった時代だったのかもしれないけれど、もし親なり教師なりが気づいて別クラスや障害を受け入れてくれるような学校へ行けていたら、もっと学びやすかったかもしれません。<br>親から｢大人しい子｣｢暗い子｣｢変な子｣と言われることが苦痛で苦痛で仕方がなかった。<br>ほんとの自分を誰もわかってくれないんだって、どんどん人に対する壁は大きくなった。<br><br>4年生になると、今度はクラスの人達からのイジメが始まりました。<br>仲間はずれ、階段で後ろからおされる、席替えであからさまに隣を嫌がる、キモイや死ねなどの悪口、買ったばかりの文房具をとられるなど、それは卒業までずっと続きました。<br>当時住んでいた高層団地の最上階まで行って、ここから飛んだら楽になれるだろうかと小学生の小さな体で何時間も泣いたり…。<br>心も体も限界に近づいていたと思います。<br>この頃から、学校へも行ったり行かなかったりを繰り返しどんどん不登校へ向かっていくのですが、そのお話はまた別の機会に。</p></div></div></div><p><br></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/happy-moon-6/entry-12772167887.html</link>
<pubDate>Mon, 31 Oct 2022 19:49:33 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>母の恋人からの悪戯</title>
<description>
<![CDATA[ <p><br></p><div class="parts002_block05" data-entrydesign-count-input="part" data-entrydesign-part="parts002_block05" data-entrydesign-tag="div" data-entrydesign-type="block" data-entrydesign-ver="1.53.2" style="display:block;width:376px;max-width:100%;margin:0 auto 12px;box-sizing:border-box;padding:6px;color:#333;background-color:#EEEEEE"><div style="background-color:rgba(255, 255, 255, 0.5);border:solid 1px #B3B3B3;padding:16px 12px"><div data-entrydesign-content="" style="background-color:transparent;font-size:16px;line-height:1.4;min-height:22px;break-word:word-break"><p>母は、離婚後に何人もの恋人をつくった。<br>もちろん中にはとても優しい方もいたが、最悪な男もいて、私は幼い頃にその男から性的な悪戯をされてしまった。<br>幼すぎた私は、自分が何をされているのかもわからなかったが、年齢を重ね、その行為が何かを理解できた時の心の傷は大きかった。<br>男性に対しての恐怖、嫌悪、怒り。<br>私はその頃から、男の人に完全に心を開くことをしなくなった。<br>全ての男性がそうとは思わない。<br>でも、男性は汚いものだというイメージが幼心に根付いてしまい…その後の私の人生にも大きく大きく影響したのだった。<br>その話はまたいつか。</p></div></div></div><p><br></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/happy-moon-6/entry-12772044186.html</link>
<pubDate>Mon, 31 Oct 2022 00:42:37 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>親の離婚</title>
<description>
<![CDATA[ <p><br></p><div class="parts002_block05" data-entrydesign-count-input="part" data-entrydesign-part="parts002_block05" data-entrydesign-tag="div" data-entrydesign-type="block" data-entrydesign-ver="1.53.2" style="display:block;width:376px;max-width:100%;margin:0 auto 12px;box-sizing:border-box;padding:6px;color:#333;background-color:#EEEEEE"><div style="background-color:rgba(255, 255, 255, 0.5);border:solid 1px #B3B3B3;padding:16px 12px"><div data-entrydesign-content="" style="background-color:transparent;font-size:16px;line-height:1.4;min-height:22px;break-word:word-break"><p>親が離婚したのは、私が4歳、妹が2歳の頃。<br>離婚が何なのかも分からなかったあの頃の私は、突然いなくなったパパの存在に不思議な気持ちがした。<br>親には親同士のいざこざがあったのだろうが、私達姉妹にはパパを急に失うということがよくわからず、ただただ悲しかった。<br>でもあの頃から母はよく｢悪いことするとパパのとこに行かせるよ!!｣と言った。<br>何故だかは自分でもよく分からないが、それがとてもよくないことのような気がして、その言葉を聞く度に｢ごめんなさい｣していた。<br>その頃から私達は母子家庭になった。</p></div></div></div><p><br></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/happy-moon-6/entry-12771794585.html</link>
<pubDate>Sat, 29 Oct 2022 15:14:16 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>幼い頃の父の記憶</title>
<description>
<![CDATA[ <p><br></p><div class="parts002_block05" data-entrydesign-count-input="part" data-entrydesign-part="parts002_block05" data-entrydesign-tag="div" data-entrydesign-type="block" data-entrydesign-ver="1.53.2" style="display:block;width:376px;max-width:100%;margin:0 auto 12px;box-sizing:border-box;padding:6px;color:#333;background-color:#EEEEEE"><div style="background-color:rgba(255, 255, 255, 0.5);border:solid 1px #B3B3B3;padding:16px 12px"><div data-entrydesign-content="" style="background-color:transparent;font-size:16px;line-height:1.4;min-height:22px;break-word:word-break"><p>父と母は、私が4歳、妹が2歳の時に正式に離婚したと聞いている。<br>私には、父の記憶がほとんどない。<br>ひとつ覚えているのは、ぶっ飛んでくる大きなテーブルを母の背中越しに見たこと。<br>母は私をかばってくれたようだけれど。<br>その怒鳴り声と光景は、幼い私の心に深い傷をつけました。<br>震え、泣く自分自身を覚えています。<br><br>そして決定打になった出来事が。<br>ある日、私は熱性痙攣でひきつけた。<br>母は慌てて救急車を呼び病院へ。<br>一日入院となったそう。<br>父にその報告をすると、なんと父は家に友達を複数人よんで、お酒を飲み、どんちゃん騒ぎをしていたというのだ。<br>娘が入院したというのに。<br>母はこのことでかなり怒ったようで、離婚を決めたと聞いています。<br><br>私は父に愛されずに育った。<br>父がどういうものなのかわからなかった。<br>お友達のうちに遊びに行くと優しい笑顔のお父さんがいて、家族楽しそうに話してる。<br>そんなの私のうちにはなかった。<br><br>でもこれは……<br>私の不幸の始まりにすぎなかったのだ。</p></div></div></div><p><br></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/happy-moon-6/entry-12771578330.html</link>
<pubDate>Fri, 28 Oct 2022 07:39:57 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
