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<title>一大学生の断片</title>
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<description>個人的におもい浮かんだことを書いていきたいとおもいます。</description>
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<title>溢るる涙の蕾から</title>
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<![CDATA[ <p>出来事は、蓋然的でも偶然的である。</p><p>それは様々な事象にあてはまり、一つの真理のようである。</p><br><p>師走の初日、まさにお坊さんがこれから忙しくなるこの日、一つの命の火がゆっくりと、そしてひっそりと消えた。私の祖母が亡くなったのである。</p><br><p>死とは、およそ人について回るもので、にべもないものである。</p><br><p>仏教校出身の私は、多少仏教における死生観に関してわずかながら知識を持っている。</p><p>まさにいま私は「愛別離苦」の中にいるのだ。</p><br><p>蛇足かもしれないが参考に仏教用語、もはや世間でも頻繁に使われるが「四苦八苦」という言葉がある。</p><p>これは仏教における苦の分類であり、 苦とは、「苦しみ」のことではなく「思うようにならない」ことを意味する。</p><p>根本的な苦を生・老・病・死の四苦<strong><br></strong>とし、 根本的な四つの思うがままにならないことに加え、</p><ul><li>愛別離苦（あいべつりく） - 愛する者と別離すること</li><li>怨憎会苦（おんぞうえく） - 怨み憎んでいる者に会うこと</li><li>求不得苦（ぐふとくく） - 求める物が得られないこと</li><li>五蘊盛苦（ごうんじょうく） - 五蘊(人間の肉体と精神）が思うがままにならないこと</li></ul><p>の四つの苦（思うようにならないこと）を合わせて八苦と呼ぶ。</p><br><p>なぜ人は過去を学ぶのか。</p><p>それは、すでに真理を得た解答を人類が出しているからだ。</p><p>世界三大宗教の一つである仏教は、こうした”生きることの辛さ”を端的に明示してくれる言葉を我々に与えてくれる。私は別に宗教に依存する必要性を感じてはいないが、やはりなぜ宗教が人々の心の拠り所なるのかといえば、それはまるで宗教が自分のそばにいて、自分の痛みや苦しみを理解してくれる最大の隣人のように感じるからではないだろうか。人間に対する真理を心得てる隣人がいれば、どれだけ自分の苦しみや辛さを共感してもらえるだろうか。宗教は、私たちを優しく包み、そして静かに抱く。依存しなければ生きていけないほど脆弱な存在である人間だからこそ宗教が生まれたのだろう(ただし、必ずしも宗教がすべての真理をついているというわけでもなく、時としてまったく的外れなそれをついている。この点において、私が宗教を絶対的に信奉しない理由がある）。</p><br><p>旧暦でいえば冬に亡くなったことになるが、祖母に思いを少し馳せてみよう。</p><p>北海道で生まれ、青春を戦時下ですごし、実践女子大学でそれを謳歌した。時はめぐり私の祖父と出会い、結婚し、流産というつらい経験を乗り越え私に父を生んだ。祖父の仕事柄様々に国で生活し、最後には八王子に住むことになった。そして、祖父がわずか５０代前半で亡くなり、そこから一人で家を切り盛りした。月日は流れ、父が結婚し、孫としての私も生まれた。祖母に会いに行くのは毎年決まって彼女の誕生日である元日だった。おせち料理に加えて、いつも必ず手作りのカレーがあったのを覚えている。私が成長し、高校生になったころから少し祖母と疎遠になってしまった。そして、私が高校２年生の夏、祖母は倒れた。かろうじて近所の人が倒れいる祖母を見つけてくださったので何とか一命を取り留めたが、そこからの老いがすさまじく早かった。人間一度体を壊すと連鎖的に、ジェンガのようにバランスを壊す。入院した祖母との忘れられないエピソードがある。入院をしていた祖母は、もはや自分には居場所もなければ生きる価値もないと考えていたようだったが、父が祖母に「うちの家で死ぬまで面倒をみてあげるからね」と一言いうと、もう口さえろくにきけなくなっていた祖母は涙を流しながらうなずいていた。その場にいた私は、病室をでると涙が止まらなかった。人は、孤独が怖いのだ。たとえ死ぬ時は孤独であっても、死ぬまでは孤独を感じずにいたいのだ。気持ちを伝えるのに言葉なんていらないのだな、と生まれて初めておもったのはこの瞬間だった。そして、徐々に衰弱していった祖母ついに今日亡くなった。</p><p>最後は生かされているような状態だったが、生きるのは尊く美しい。どんな姿であっても、語りかけるものがあり、そしてやがてそれが誰かの思考や思想に生きる。</p><br><p>もののけ姫の有名なフレーズに、「生きろ、そなたは美しい。」というのがある。</p><p>美しいから生きるのではない。困難や逆境を乗り越えていくその生きる姿が美しいのである。</p><p>どんな姿であっても、人は美しい。</p><br><p>ここで松任谷由実の歌の一節を引用したいと思う。</p><br><p>夢よ　浅き夢よ　私はここにいます<br>君を想いながら　ひとり歩いています<br>流るる雨のごとく　流るる花のごとく<br></p><p>いろは歌ではないが、浅き夢見し、酔いもせず、ただただ思い出の中で出会いを愉しみ、それでいて今をその人の分ものせて生きていきたい。</p><br><p>冬は冷たい。身が凍るほどで、それでいて生を感じない。</p><p>僕はそれを乗り越え、”春”をまつ。生を謳歌するその季節に生まれたのだから。</p><p>ただ、今思う、”春よ、来い”と。</p><br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/happyreotom/entry-11417178027.html</link>
<pubDate>Sat, 01 Dec 2012 08:00:05 +0900</pubDate>
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<title>オレンジ</title>
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<![CDATA[ 『お前、人生は勉強っていうのは何故だかわかるかー…？』<br>料理長は左手に持った煙草をふかしながら、そう僕に尋ねた。<br>『何故…ですか…。そ、それは…』<br>僕に返答する隙も与えず、料理長は『それは対人だからだよ』と言った。<br>この世界には同じ種類の人間など存在しない。一人一人がみんな違っていて、みんな個性がある（みんな違ってみんないい、なんて言葉もある）。<br>その十人十色な個性をもった"人"と私達は接していかなければならない。<br>その言葉を発した時、料理長の少しお酒で赤らんだその表情に笑いなどなかった。<br><br>彼は、在日である。<br><br>奇しくも僕のバイト先は焼肉屋である。この焼肉業界は、例えば日本においては既得権益というか、シマというか、つまるところ同和の方たちや、在日系の方たちが基本的に扱っている。<br>余談だが、商社マンだった頃の私の父は会社でお肉を扱うことになった時に、父の働いていたところにぞろぞろとスーツ姿の怖い雰囲気をもった人々がやってきて、責任者の机に包丁を刺しにきたらしい。昔から、そういうものに関しては不文律というか、掟なるものがある種の社会にはあるのだろう。<br>余談が過ぎてしまったが、彼が在日であることは、僕の想像以上に彼の人生を操作したようだった。<br>絶対に喧嘩で負けちゃいけない、負けたら家にいれてくれさえもしない。縦社会には従うのがルール。それを守れない人は上からヤキをくらう、まだそれはいいほうだ。完全にその社会から排除されてしまうこともある。<br>約30年もの前の話であるから、当時の差別も今より圧倒的に激しかったに違いない。本人も実際にそのようなこともおっしゃっていた。<br>義理とか人情とかいうワードが飛び交う会話の中で、僕はただ全くの別世界の中にただ一人放り込まれた気分で、ひたすらにその世界を感じようとしていた。<br><br>人は怖いもの見たさに似た感情を、どんな時にでももつみたいだ。<br><br>自分の住む世界は限りなく小さい。<br>例えるなら、水槽だ。<br>グッピーを飼う程度しかない水槽でも、ジンベエザメを飼育するようなでっかい水槽だったとしても、結局は世界は限りなく小さい。<br>アクリル越しに見える光景は、いつも違うかもしれない。けど自分は結局いつも小さく、狭く、そして時に苦しいが、やっぱり壊したくない、孤独になりたくないという感情から、いつもの風景、景色に安住してしまう。水槽は、世界の違いを見せるが、自分に世界を変えさせようとしない。<br><br>世界は変わる！<br><br>なんて、憂いながらそう願う時期もあった。<br>"Maded society"ー作られた社会ー。<br>僕らはそこに生きていて、生かされ、そして…。<br><br>自分の心象風景が、暗く荒んでいるのは、世界があまりにも明るすぎるからだろう。僕の目には到底見ることのできない、いや、見たら目が潰れるかもしれないという恐怖から、僕がそらしているだけかもしれない。<br><br>僕はまだ何も知らない。<br>『若者の特権は無知』だと、どこかの有名な作家がほざいていた。<br><br>無知であることの特権。<br>僕は、その特権に甘んじたいとは一切思わない。<br><br>そんなことを考えながら、僕は東の空に見える朝焼けが映し出す、空の羊たちの群れを数えている。<br><br><br><br>iPhoneからの投稿
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<link>https://ameblo.jp/happyreotom/entry-11401550154.html</link>
<pubDate>Sun, 11 Nov 2012 05:38:46 +0900</pubDate>
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<title>群青色</title>
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<![CDATA[ 僕は今、電車に揺られている。<br>微妙な疲労感に、レールの隙間を車輪が通過する度に来る振動がなんともいえない心地よさを伝えてくる。<br>ふと、横をみればくたびれた服を着た女性が訝しげに手元のチラシをみている。<br><br>このぼんやりとした日常を眺める僕の眼もなんだか霞んでいる。<br><br>日常から一歩離れた世界を覗くと、そこには社会のわだかまりみたいなものが蓄積していて、なんともいえない居心地の悪さを感じてしまう。<br>"創られた社会"には、その限りにおいては排除されてしまった存在がいることを忘れてはならない。それはただ単純に学歴であったり、社会的門地であったり、そもそもその国に生まれたということだけで、すべてがあたかも壁であるかのように、決して越えられないものだと感じてしまうだろう。<br><br>ガルトゥングのいう"構造的暴力"は、あくまでもこの場合は世界規模だが、とてもわかりやすい用語だと思う。<br><br>僕がこれらについて考えるのは少しお門違いだとおもうので、今回はそもそも"創られた社会"ではない社会とはなんだろうか、について考えたい思う。<br><br>社会は人々の個々の意思が集団として、連綿と続く消費文化を不可逆的に継承してきたものではないかと思う。<br><br>つまるところ、人は消費する。<br><br>生きるために、消費しなければならない。それは食事であったり、衣服であったりと有形のものもあれば、思い出などといった無形のものもある。<br>このように、人は絶えずなにかしらを消費することでその存在を成り立たせようとする。<br>そのことについては、生きるという面から見ればとくに遜色のない事象である。しかし、ここで僕が述べたいのは"消費する"ということが人に対して向かうことの怖さである。<br>"消費される人"ーこんなにも恐ろしい言葉があるだろうかーは確実にこの社会にはいる…！<br>代替可能な時点で僕たちは皆、"消費される人"なのだ！この個人のアイデンティティーを一方的に無視する形態に僕は怯えている。<br>いじめもすべては、代替可能な存在を消そうとして、同時に自己のアイデンティティーを一方的に確立しようとする行いなように感じる。<br><br>"代替可能"と"消費される人"<br>この連関性について次回はもっと詳しく考えていきたい。<br>今回は時間がないのでここまでにしようとおもう。<br><br>iPhoneからの投稿
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<link>https://ameblo.jp/happyreotom/entry-11393959134.html</link>
<pubDate>Thu, 01 Nov 2012 14:51:24 +0900</pubDate>
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<title>胎動</title>
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<![CDATA[ 僕がこのブログを始めたのは、師匠（少なくとも僕は一方的にそう思っている）からの助言だった。<br><br>社会は、それぞれの各人の利益を重視するものでやはり不利益なものは排除する傾向にあるようだ。<br>僕はある予備校のために合格体験記を書いたのだが、いかんせんその内容が塾を賛美するものではなく、むしろ受験という&lt;システム&gt;に対する私なりの解答を書いたものだった。これはやはり、予備校の利益にはならないものと判断され、その予備校よHPに私のそれは載ることはなかった。<br>このように、ある種の価値観というものはその声を守らない限り埋没してしまうもので、それをいかにそうさせないかが社会に住む私達の役割でもあり、仕事なのではないかと時々思う。<br><br>決して回顧主義などではないが、当時の声をもう一度だれかに聞いてもらいたい、そう思いこのブログを立ち上げた。ただし、その声は一度聞いてもらえればそれだけで十分である。<br>めまぐるしく、そして時に呆れるほど遅いこの時代の中で、ある瞬間の自分がなにをどのように思っていたのか。半ば将来の自分が昔の自分を追憶できるようにこれを書き下ろしていくということは否定出来ないが、そんなことを考える前にただひたすらに極私的な考えをしてみたいとおもう。<br><br>胎動、もはやそうではなくなった。<br><br><br>iPhoneからの投稿
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<link>https://ameblo.jp/happyreotom/entry-11383086566.html</link>
<pubDate>Fri, 19 Oct 2012 00:31:59 +0900</pubDate>
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