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<title>長男の成長記録</title>
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<title>息子の病気</title>
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<![CDATA[ 息子が1才になった時のフォロー外来。<br><br>主治医から、病気をし過ぎている事が気になる。<br>と話がありました。<br>そして敗血症の時に言われた「他の原因」を探さなければいけないと。<br><br>免疫の検査を受ける事になりました。<br>結果が出るまで一ヶ月程かかったと思います。<br><br>結果は<br>「原発性免疫不全症候群」の中の<br>「IgGサブクラス欠損症」<br>細菌に対する免疫が作られていない難病でした。<br><br>そうか。<br>だから風邪が2～3日で肺炎にまでなっちゃったんだね。<br>早産でうまれたり、3ヶ月で大病をしたり、免疫の病気まで…。<br>すっかり親バカになっていた私は、この時妊娠時のいろんな事を思いだし、苦しくてしかたありませんでした。<br><br>元々お酒を飲むのが大好きだった私。<br>妊娠に気がつかず、5ヶ月までお酒も飲んでいたのです。<br>風邪薬も体調が悪いときは普通に服用していました。<br><br>先生はそれは関係ないと言ってくれたけど<br>今でもやっぱり後悔をしています。<br><br>この日から7才になった今も、息子は毎日薬を飲み続けています。<br>
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<pubDate>Sun, 03 Dec 2017 23:25:29 +0900</pubDate>
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<title>1才を迎えるまで</title>
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<![CDATA[ まぁとにかく沢山、入院をしました。<br><br>敗血症の入院を終えてから1週間で、38度後半の熱。<br>一週間入院しましたが原因不明。<br><br>その後も風邪をひいては、2～3日で肺炎まで悪化し、2週間は入院する生活を毎月の様に繰り返しました。<br><br>1才になるまでに10回以上入院をし、主治医のいる大学病院も、空いてないときに転院する病院でももうすっかり常連になってました。
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<pubDate>Tue, 28 Nov 2017 16:22:42 +0900</pubDate>
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<title>敗血症その後</title>
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<![CDATA[ 山場と言われた１週間を乗り越え、日々回復にむかいました。<br><br>わかったこと。<br>膀胱炎から敗血症になった可能性がたかいこと。<br>尿路等の機能に問題があると膀胱炎になりやすく手術等をした方が良いこともあるが、息子の機能的な部分には問題がなさそうなこと。<br><br>今後のこと。<br>もしもこういった発熱が続くようであれば、別の可能性を考えなければならないということ。<br>別の可能性は多すぎるので、今後の経過をみて考えましょう。<br><br>と。<br><br>約1ヶ月半の入院でした。<br>
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<pubDate>Tue, 28 Nov 2017 15:57:28 +0900</pubDate>
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<title>敗血症</title>
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<![CDATA[ 敗血症。<br>先進国でも致死率は30％と言われています。<br>国内でも約1万人が年間に亡くなっているそうです。<br><br>退院してから、一ヶ月くらいたったある日。<br>夜にオムツを代えた時に、なんとなく尿が濃い色でした。<br>でも熱はなく、ご機嫌。<br>深く考えずに家族3人で眠りにつきました。<br><br>その日の深夜、夜に息子がいつもと違う泣きかたをした気がして、起きて抱き上げてみると…熱い？<br>熱を計ってみたら40度…。<br><br>出産した大学病院にかけこみました。<br>血液検査、尿検査と同時進行で、髄膜炎を調べるとのこと。<br>大人であれば麻酔をかけるけれど、3ヶ月の赤ちゃんだと麻酔自体も負担になるので麻酔はかけずに髄液をとります。<br>って。<br>聞くだけでこわい。<br>息子を預けた後、悲鳴に近い鳴き声が聞こえてきて涙がとまらなかった。<br><br>しばらくたって、先生によばれて言われた病名は「敗血症」<br>「１週間くらいは予断を許さない状況が続くと思う」って。<br>敗血症ってなんとなく聞いたことがあって、死んじゃうイメージが強かったから血の気がひいた。<br><br>やっと帰ってきたのに。<br>やっと3人で落ち着いて生活をはじめたばかりだったのに…。<br><br>完全看護の病室にはいった為、その日は帰されましたがまったく眠れませんでした。
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<link>https://ameblo.jp/haru10hi06/entry-12332059932.html</link>
<pubDate>Tue, 28 Nov 2017 14:46:49 +0900</pubDate>
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<title>極低出生体重児</title>
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<![CDATA[ 32週1日<br>1400g<br>で産まれた、小さな小さな息子。<br>極低出生体重児です。<br><br>先生から沢山のリスクの説明がありました。<br>早すぎる出産による、動脈管開存症、呼吸窮迫症候群、慢性肺疾患、貧血、未熟児網膜症、発達遅延…。<br>どれもピンと来ませんでした。<br><br>でもNICUまで車イスで行ける様になったとき、クベースに入っている小さな小さな息子をみて、初めてちゃんと母親になった実感がわき、涙がこぼれました。<br><br>小さい体に管が沢山ついてる姿が痛々しくて<br>先生から聞いたリスクをこの子が背負うかもしれないと急に実感が沸いてきて<br>そしてそうなった場合、私はどうしたら良いんだろうか…と<br>沢山の感情が一気に溢れてきた気がします。<br><br>黄疸や、心臓の機能、色々不安になる時もありましたが、大きな山はなく息子はスクスクと成長し、約2ヶ月で退院する事ができました。<br><br>NICUやGCUにいたときは、看護師さんが交換ノートを作ってくれて、笑顔や沐浴の様子を写真で貼ってくれたり、これがとても大きな支えになっていたと思います。<br><br>そうそう。<br>お見舞いに行った時に、クベースの回りに沢山の人がいてドキッとしたら、なんと息子の可愛い息子にカビが生えていたことがありました。<br>湿気が多い環境だからそんな事もあるらしいです。<br>なんだかちょっと面白かった思い出です　笑<br>
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<pubDate>Tue, 28 Nov 2017 11:17:03 +0900</pubDate>
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<title>出産</title>
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<![CDATA[ 破水して１週間。<br><br>ボーッとしていたら、突然走ってくる沢山の足音がして、カーテンが開きました。<br>駆け寄ってくる主治医と看護師さん達。<br><br>何も説明されないまま、あっという間に酸素マスクをつけられ、お腹にモニターをつけられ。<br>先生は心電図等のモニターの前に仁王立ち。<br><br>何が起きたのか、まったくわかりません。<br><br>そして先生が無言で立ち去った後、看護師さんから「今、赤ちゃんの心拍が落ちていた。そして緊急で帝王切開をするかもしれない。」と話がありました。<br><br>暫くして先生がもどってきて「緊急で帝王切開します」と告げられました。<br><br>その後はあっという間で、下半身麻酔で意識があるなか手術をし、お腹をすごく押される感じがした後に「ミャー…」と弱々しい子猫の様な鳴き声が…。<br>1400グラムの小さな長男です。<br><br>想像していた出産とは全然違いました。<br><br>産まれると新生児科の先生が直ぐにどこかに息子を連れて行き、私の横を通るときに小さな手が一瞬だけ見えて。<br>私は全身麻酔に切り替わったので、すぐに意識がなくなり…。<br>次に目が覚めた時は病室のベッドの上でした。<br><br>32週1日でした。<br>
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<link>https://ameblo.jp/haru10hi06/entry-12331644726.html</link>
<pubDate>Sun, 26 Nov 2017 23:32:36 +0900</pubDate>
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<title>主治医</title>
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<![CDATA[ 再入院した最初の朝。<br><br>バタバタバタバタ！<br>と走ってくる足音が。<br>私のベッドの前でとまり、何も言わずいきなりシャッとカーテンを開ける人が。<br><br>とても悲しい顔をして、「破水しちゃったの？」と。<br>主治医です。<br><br>愛想がなくて、あまり話さなくて、ちょっと近寄り難い雰囲気の先生。<br>でも私はこの先生がとても好きでした。<br><br>お腹のエコー写真をくれるとき、いつも余白に先生が赤ちゃんの絵を書いてくれるんです。<br>「こーゆー表情の写真だよ。エコー写真はわかりずらいからね」って。<br>こんなことしてくれたのは、この先生しかいませんでした。<br><br>手術後に退院出来る事になった時も、私がすごい嬉しそうな顔をしたみたいで、爆笑してくれて。<br>滅多に笑わない人なのに。<br><br>赤ちゃんとママを、本当に大事にしてるんだろうなと、すごく伝わってくる先生でした。<br><br>この先生の事は一生忘れません。
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<link>https://ameblo.jp/haru10hi06/entry-12331640658.html</link>
<pubDate>Sun, 26 Nov 2017 23:20:39 +0900</pubDate>
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<title>破水</title>
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<![CDATA[ 自宅にもどり。<br>やっと旦那さんとの生活もはじまり。<br>たまごクラブなんかを買ってみたりして、なんとなく妊婦であり赤ちゃんがいるんだという事を実感し始めた31週頃でした。<br><br>夜寝ていたら、物凄い水が出た感があり目が覚めました。<br>慌ててトイレに行き用を足してみたけれど、ポタポタたれる水が…。<br>「破水」<br>この言葉が一瞬で頭に浮かび、とにかく病院に電話。<br><br>「破水なら産むまで帰れないから、念のため簡単な入院の準備をして病院へ来てください」<br>と言われ、タクシーで病院へ。<br>病院に着く頃には、タオルもびっしょりなるほどに濡れてました。<br><br>そして先生の診察があり、やはり破水で入院することに。<br>感染はなく、赤ちゃんが生きられるくらいの羊水は残っていたので、とにかく少しでも長く赤ちゃんがお腹にいられる様、粘る事になりました。<br><br>「産むまで」ウテメリンを点滴し、起き上がる事は許されず、導尿管をいれ、おむつを履き、羊水が漏れないように下半身を高くしたベットに寝る生活のはじまりです。<br><br>何が不安かも、もはやわからなくなり、日々どんよりしたり、泣いたりしてました。<br><br>なんて弱い人間だったのか…と思います。
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<link>https://ameblo.jp/haru10hi06/entry-12331636877.html</link>
<pubDate>Sun, 26 Nov 2017 23:06:09 +0900</pubDate>
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<title>手術</title>
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<![CDATA[ 26週頃、色々と落ち着いてきたので手術を受けることに。<br>私が受けたのはマクドナルド手術。<br>子宮頸管長が既に、とても短かったからみたいです。<br><br>手術は無事終わりましたが、術後がけっこう辛かった。<br>これまではウテメリンの点滴だったのが、手術の刺激による張りを押さえるためにマグセントに変わったのですが、採血の回数も増え、倦怠感もすごくて…。<br>あと私は痛みもけっこうあって、手術直後は眠れませんでした。<br><br>もう2度と子供は産まないだろうな…と本気で思っていました。<br><br>ちなみに、張りや痛みは大体3～4日くらいで落ち着いたと思います。<br><br>その後は順調で、29週頃に退院することができました。<br>
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<link>https://ameblo.jp/haru10hi06/entry-12331632721.html</link>
<pubDate>Sun, 26 Nov 2017 22:49:46 +0900</pubDate>
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<title>転院</title>
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<![CDATA[ 救急車で運ばれ、大学病院に到着。<br><br>すぐに産婦人科の先生や、看護師さんの診察。<br>母子手帳を見せた時に、<br>「お母さん、5ヶ月より前の記録がないんだけど？」<br>と言われた時、めちゃくちゃ恥ずかしかった…。<br>そこまで気がつかなくてほんとにすみません。<br><br>そして転院して驚いたこと。<br>これまではシャワーとトイレは自分で行けたのに、MFICUでは色々な事が禁止でした。<br><br>トイレは歩いてすぐの所にあるのに必ず車イス。<br>ナースコールが必要だから、トイレ行きづらい。<br>シャワーは禁止で体はタオルで拭く。<br>頭を洗うのは週に1度で、看護師さんに洗ってもらう。<br>そしてベッドでも起き上がるのは、ご飯以外禁止…。<br>もー本当につらかった。<br><br>子供が出来たのは自分のせいなのに。<br>どうしてこうなったんだろう…とか、選択が間違ってたんじゃないか…とか、毎日毎日考えても仕方の無いことばかり考えたなぁ。<br>
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<link>https://ameblo.jp/haru10hi06/entry-12331627613.html</link>
<pubDate>Sun, 26 Nov 2017 22:35:53 +0900</pubDate>
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