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<title>読書の東</title>
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<title>萌えアニメがなぜ面白いのか？</title>
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<![CDATA[ <p>萌えアニメがなぜ面白いか考察してみたので書いていきます。</p><p>まず前提として今回扱っていくのは、日常系萌えアニメでストーリー展開がほぼないものを想定しています。</p><p>&nbsp;</p><p>●<span style="font-weight:bold;">パブロフの犬</span></p><p>突然ですが皆さんはパブロフの犬をご存知でしょうか？</p><p>有名なので知っている方も多いと思いますが、前置きとして説明しておきます。</p><p>次の操作を行います。</p><p>1：メトロノームを鳴らす</p><p>2：犬にえさを与える</p><p>3：犬がよだれを出す</p><p>&nbsp;</p><p>1～3の操作を何回か行っているうちに1をしただけで3が行われるということを証明したのがパブロフの犬の実験です。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>●<span style="font-weight:bold;">萌えアニメでもパブロフの犬と同じような現象が適用される</span></p><p>萌えアニメでもこれと同じような現象が見られます。</p><p>萌えアニメ版「パブロフの犬」操作は以下になります。</p><p>1：萌えアニメを見る。</p><p>2：一部の描写でかわいいと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>1と2を繰り返すことにより、萌えアニメのほかの描写もかわいいと思うようになってくるのではないかと考えています。</p><p>1つの描写には複数の要素があり、何かしらはかわいらしいと思える描写が含まれているものです。</p><p>「自分がかわいいと思っている要素のある描写」に含まれている「それほどかわいいと思わない要素」を繰り返し見ていくうちにいつの間にか「それほどかわいいと思わない要素」がかわいいと思うようになってくるのではないかということです。</p><p>&nbsp;</p><p>●<span style="font-weight:bold;">萌えアニメをたくさん見るほど萌えアニメが好きになっていく</span></p><p>以上のことから、たくさん萌えアニメを見るほど様々な要素を好きになり、どんどん萌えアニメが好きになっていくと考えられます。</p><p>結論としては萌えアニメの面白さは条件反射であるということです。</p>
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<link>https://ameblo.jp/hashi2017/entry-12338467381.html</link>
<pubDate>Sat, 23 Dec 2017 07:43:52 +0900</pubDate>
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<title>「罪と罰」日記その1</title>
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<![CDATA[ <p>罪と罰、本当だと読み終わった後、感想を書こうと思っていたけれど、読み終わるまでに時間がかかるので現時点までの感想。</p><p>&nbsp;</p><p>ロシアの小説だけあって名前が覚えずらい。</p><p>主人公のラスコーリニコフだけでもほかにロジオンとか呼ばれたりする。</p><p>名前が覚えられないのでこの人だれだったっけって前のほうに戻らないといけないのがめんどくさい。</p><p>&nbsp;</p><p>お話の概略としては、老婆を殺してしまった青年が葛藤するお話(ちょっとざっくり過ぎる概略かもしれないけど)。</p><p>青年のラスコーリニコフの行動あまり読めない場合が多い。</p><p>基本的にみんなけんかっ早い。</p><p>&nbsp;</p><p>ラスコーリニコフは選民思想を持っているのかもしれない。</p><p>ラスコーリニコフが書いた論文では人間は天才と凡人の2つに大別されるといっている。</p><p>そこで凡人はもちろん犯罪を犯してはいけないが、天才は世の中を変えるためであるならば犯罪を犯してもいいと考えている。</p><p>法律で天才を裁くなと言っているのではなく、罪の意識を持つ必要はないといっている。</p><p>&nbsp;</p><p>ラスコーリニコフは犯罪を犯したとき、罰を受けることを恐れてはいるが罪の意識は全く見られない。</p><p>自分は天才(作中の中では非凡という表現)であるということを思っているのだろう。</p><p>&nbsp;</p><p>このラスコーリニコフがこの先どうなっていくのか・・・</p><p>下巻の10%くらいまで読んだけど、なかなか進まない印象。</p><p>今回みたいにちょっと読んだらちょっと書くというのを繰り返していきたいと思う。</p><p>そうじゃなと読むモチベが続かなさそう。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/hashi2017/entry-12338056197.html</link>
<pubDate>Thu, 21 Dec 2017 16:04:39 +0900</pubDate>
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<title>サルトル「嘔吐」</title>
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<![CDATA[ <p>NHKの「100分de名著　サルトル」をみた。</p><p>&nbsp;</p><p>よく人間は善であるだとか、人間は～しないといけないなど、人間の意味や本質を定義しているような言葉がある。</p><p>しかし、サルトルによれば「実存は本質に先立つ」というのである。</p><p>これは人間はこうであるという本質が先にあって存在が規定されているのではなく、実際のよくわからない人間があって、それに対して、人間自身が本質という意味付けをしているだけに過ぎないということである。</p><p>これに対しては自分自身も共感する点が多数ある。</p><p>&nbsp;</p><p>簡単な例を出すと、日本の長時間労働問題が挙げられる。</p><p>日本の労働者たちは海外に比べ長時間労働にさらされている。</p><p>これの原因として、「人間は責任を果たさなければいけない」や「3年は働かないといけない」といったような人間を規定するような考えを経営者たちが発信し、それを正しいと漠然と思ってしまうからに他ならないと思う。</p><p>実際はサルトルの言うようにそのような人間を縛る言葉は全く意味がない。</p><p>漠然として人間の本質を他者から規定してもらうのではなく、自由になる人間が多くなることが日本の社会で必要なことなのかもしれない。</p><p>&nbsp;</p><p>もちろん自由には責任や不安も伴ってくる。</p><p>一般的な思想に染まるのは自由ではないが不安ではないのかもしれない。</p><p>&nbsp;</p><p>NHKの番組だけでは、まだ腑に落ちない点もあるので、実際に嘔吐を買ってみたので読んでみることにする。</p>
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<link>https://ameblo.jp/hashi2017/entry-12337750699.html</link>
<pubDate>Wed, 20 Dec 2017 11:44:12 +0900</pubDate>
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