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<title>神社散歩</title>
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<description>神道研究家　橋谷創（はしたに　そう）のブログです。日々の神社参拝と、神道の豆知識を綴っていきます。</description>
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<title>瀧原宮（伊勢神宮別宮）の参拝　後編</title>
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<![CDATA[ <p>境内にある</p><p>&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190412/01/hashitto333/9b/b9/j/o3936262414389528117.jpg"><img alt="" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190412/01/hashitto333/9b/b9/j/o3936262414389528117.jpg" width="420"></a></p><p style="text-align: center;">立て札　若宮神社　御祭神　若宮神</p><p><br>若宮神社は、通常、主祭神の子が祀られていることが多いのですが、<br>速秋津日子神、速秋津比賣神の子どもとして、天水分神が祀られているようです。</p><p>&nbsp;</p><p>伊勢神宮のＨＰでは、「ご祭神は詳らかではなく、天水分神（あめのみくまりのかみ）との伝説が残ります。」とあります。<br>&nbsp;</p><p>元伊勢というのは、もちろん場所によるのですが、既に何かしらの信仰が存在していた神社が選ばれているケースもあり、その場合は、主祭神が天照大御神に変わってしまったところもあります。ところが、境内にある、摂社の祭神までは変わっていない場合、主祭神との関係が「？」になってしまうのです。人間の都合によって、信仰の対象が変わるのです。<br>特に中世は、伊勢信仰が広まったこともあり、集落の人々が望んで、祭神の変更をしたことも多かったと思います。</p><p><br>この「天水分神」の神様は、山から各集落にある田にきちんと水を分配する神様です。「秋にお米が取れますように！」と祈る「祈年祭」では、重要な役割を果たす神様です。<br><br><br>長由介神社（ながゆけじんじゃ）と川島神社（かわしまじんじゃ）は、同じお宮に同座しています。祭神は不明です。<br>ただ、「ゆけ」という表記なので、御饌の神（みけのかみ）＝食事の神さまと考えられます。</p><p>&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190412/01/hashitto333/6a/03/j/o3936262414389528143.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190412/01/hashitto333/6a/03/j/o3936262414389528143.jpg" width="420"></a></p><p style="text-align: center;">長由介神社　御祭神　長由介神、川島神</p><p>&nbsp;</p><p>主祭神との関係から言えば、外宮の豊受大神ではないかと考えられます。<br><br>&nbsp;</p><p>前回紹介した『倭姫命世記』は、倭姫命の一代記といった形を取りながら、伊勢神宮（内宮と外宮）の鎮座の由緒が書かれています。<br><br>これは、<br>第１０代の崇神天皇の時代に、三種の神器のうち、特に「鏡」の神威を怖れて、今まで皇居内に置いていたものを、皇居外に持ち出すことになります。そして、鏡と剣は、紆余曲折を経て、伊勢神宮に落ち着きます（その後、剣は日本武尊によって持ち出され、熱田神宮に鎮座します）。<br><br>崇神天皇の時代に、皇居外で祀っていたのが、皇女の豊鋤入日売命（トヨスキイリヒメミコト）です。<br><br>次の第１１代垂仁天皇の時代に、豊鋤入日売命の役目を引継ぎ、倭日売命（ヤマトヒメノミコト）が、伊勢神宮まで鏡と剣を運びました。<br><br>現在では、「倭姫命世記」は史実ではないと考えられています（伝説だとされています）。<br>中世に伊勢信仰が流行りましたが、その時に、伊勢神宮をより権威づけることを目的に、この「倭姫命世記」が作られたようです（奈良時代の作としていますが、実際は鎌倉時代後半に作られたと考えられています）。<br><br>とはいえ、私個人としては伝説だとしても、現在の場所に伊勢神宮がたどり着くまでの壮大なストーリーがありますので、その足跡をたどってみたいと思います。<br>元伊勢ですから、古社なのは間違いありません。地元に人達に崇敬され続けた神様がいらっしゃる神社ですから、素敵な神社が多いことでしょう。<br><br>興味のある方は、「倭姫命の御巡幸　著者：楠木　勝俊　出版社：アイブレーン」という本が出ていますので、これを見ながら、旅をすると面白いと思います。</p><p>&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190412/01/hashitto333/2d/7c/j/o2624393614389527444.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="630" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190412/01/hashitto333/2d/7c/j/o2624393614389527444.jpg" width="420"></a></p><p style="text-align: center;">参道を歩くだけで、力がみなぎります</p><p><br>ちなみに、この瀧原宮の駐車場には、道の駅奥伊勢　木つつ木館があります。地元で作られた家具が販売されています。雰囲気の良さそうな家具がたくさんありました。</p><p>&nbsp;</p><p>ここは、また参拝に行きたいと思います。<br><br>次回も、参拝記録を紹介していきます。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/hashitto333/entry-12453681890.html</link>
<pubDate>Sun, 10 Mar 2019 01:21:18 +0900</pubDate>
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<title>瀧原宮（伊勢神宮別宮）の参拝　前編</title>
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<![CDATA[ <p>２０１８年９月に参拝しました。<br>&nbsp;</p><p>今回初めて、瀧原宮をお参りしました。ずっと参拝したかった神社の１つです。<br><br>電車で行くことも出来ますが（最寄駅（紀勢本線滝原駅）から徒歩２６分です（２．０ｋｍ））。</p><p>ただ、本数が少ない為、車のほうが良いと思います。今回は三重県でレンタカーを借りて、移動しました。車で行く場合は、「道の駅奥伊勢　木つつ木館」が目印になります。</p><p><br>&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190411/17/hashitto333/e8/36/j/o3936262414389269804.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190411/17/hashitto333/e8/36/j/o3936262414389269804.jpg" width="420"></a><br>駐車場で降りて、瀧原宮に向かいます</p><p><br>&nbsp;</p><p>この神社は、元伊勢といわれています。<br><br>伊勢神宮が現在地に落ち着くまで、豊鋤入日売命（トヨスキイリヒメミコト）とそれを引き継いだ倭姫命（ヤマトヒメノミコト）が、伊勢神宮の鎮座地を日本各地（奈良、京都、和歌山、岡山、広島志摩、滋賀、岐阜、愛知、三重）を旅しながら、探しました。<br>その途中、途中にあった、候補地と思われたと伝えられる神社のことを「元伊勢」と呼びます。<br><br>この瀧原宮も、元伊勢の１つです。現在は、伊勢神宮の別宮になっています（他の候補地と扱いが異なります）。</p><p><br>瀧原宮は、現在の内宮にある、皇大神宮（正宮）と荒祭宮（別宮）のモデルになったところと言われています。お社の後に山があり、前には川が流れています。内宮の配置もそうですよね。<br>ただこの場所に、内宮を作ろうとすると、コンパクトにまとまった内宮になったでしょう。現在のように、広大な場所を確保するのであれば、雰囲気は最高ですが、ここでは難しいかったと考えられます。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190411/17/hashitto333/4c/b1/j/o3936262414389269840.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190411/17/hashitto333/4c/b1/j/o3936262414389269840.jpg" width="420"></a></p><p style="text-align: center;">瀧原宮の入口です（鳥居の形が伊勢神宮ですね）</p><p><br>古代から続く杜の中にある神社です。お社が無かった時代は、特徴的な神木が、ご神体だったんだろうと思います。お社に向かう途中に、立派な木がたくさん並んでいました。</p><p><br>&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190411/17/hashitto333/19/d3/j/o2624393614389269916.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="630" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190411/17/hashitto333/19/d3/j/o2624393614389269916.jpg" width="420"></a></p><p style="text-align: center;">雷が落ちた木＝ご神木になります</p><p>&nbsp;</p><p>森の中にあり、神域に入った瞬間に、背筋がゾクッとしました。<br>古代の日本人は、神様がいらっしゃる場所を、本当に分かっていたと感じます。<br>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190411/17/hashitto333/30/d9/j/o3936262414389269869.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190411/17/hashitto333/30/d9/j/o3936262414389269869.jpg" width="420"></a></p><p style="text-align: center;">御由緒</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>お社は、全部で４つあります。<br><br>瀧原宮（たきはらのみや）<br>瀧原竝宮（たきはらのならびのみや）<br>若宮神社（わかみやじんじゃ）<br>長由介神社・川島神社（ながゆけじんじゃ・かわしまじんじゃ）<br><br><br>祭神は<br>瀧原宮　　　　　　　　　　 天照大御神御魂（あまてらすおおみかみのみたま）<br>瀧原竝宮　　　　　　　　　天照大御神御魂（あまてらすおおみかみのみたま）<br>若宮神社　　　　　　　　　不明　天水分神（あめのみくまりのかみ）<br>長由介神社・川島神社　不明<br><br><br>先ほどの、瀧原宮は、内宮のモデルではないか？という説に従うと、<br>瀧原宮は、天照大御神の和御魂（にぎみたま）、瀧原竝宮は天照大御神の荒御魂（あらみたま）が祀られていると考えられます。</p><p>&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190412/01/hashitto333/ad/43/j/o3936262414389527464.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190412/01/hashitto333/ad/43/j/o3936262414389527464.jpg" width="420"></a></p><p style="text-align: center;">立て札　瀧原宮　御祭神　天照坐皇大御神御魂</p><p style="text-align: center;">&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190412/01/hashitto333/ad/b4/j/o3936262414389527456.jpg"><img alt="" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190412/01/hashitto333/ad/b4/j/o3936262414389527456.jpg" width="420"></a></p><p style="text-align: center;">瀧原竝宮　御祭神　天照坐皇大御神御魂</p><p style="text-align: center;">&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190412/01/hashitto333/7e/e0/j/o3936262414389528172.jpg"><img alt="" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190412/01/hashitto333/7e/e0/j/o3936262414389528172.jpg" width="420"></a></p><p style="text-align: center;">左：瀧原竝宮　右：瀧原宮</p><p style="text-align: center;">&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190412/01/hashitto333/f6/d2/j/o3936262414389527424.jpg"><img alt="" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190412/01/hashitto333/f6/d2/j/o3936262414389527424.jpg" width="420"></a></p><p style="text-align: center;">隣に古殿地があります（次回の遷宮先）</p><p>&nbsp;</p><p><br>『倭姫命世記』には、瀧原宮の祭神を水戸神（みなとのかみ）としています。水戸というのは「港」のことです。船の泊まるところ＝河口を守る神様です。<br><br>水戸の神は、別名速秋津日子神（はやあきつひこのかみ）、神速秋津比賣神（はやあきつひめのかみ）と呼ばれている、夫婦の神のことです。<br>大祓詞にも出てくる、穢れを祓う神様でもあります。<br>男神が瀧原宮、女神が瀧原竝宮でしょうか。</p><p>&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190411/17/hashitto333/ce/99/j/o3936262414389269974.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190411/17/hashitto333/ce/99/j/o3936262414389269974.jpg" width="420"></a><br>御手洗場、とても気持ちよい場所です</p><p>&nbsp;</p><p>後編に続きます。</p>
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<pubDate>Fri, 08 Mar 2019 14:36:21 +0900</pubDate>
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<title>熱田神宮の参拝</title>
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<![CDATA[ <p>２０１８年９月に参拝しました。<br>熱田神宮は、伊勢神宮にお参りする前、名古屋で仕事があるときに、よく訪れている神社です。<br><br>街中にありますが、気持ちが落ち着く、神社の１つです。<br><br>アクセスがとても良い神社です。私は、名鉄　神宮前駅を使っています。</p><p><br>&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190406/03/hashitto333/db/20/j/o3936262414385633349.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190406/03/hashitto333/db/20/j/o3936262414385633349.jpg" width="420"></a><br>正面右から撮影、一番奥が本殿です</p><p><br>祭神は、<br><br>主祭神　熱田大神（アツタノオオカミ）<br><br>相殿神、天照大神（アマテラスオオカミ）、素盞嗚尊（スサノオミコト）、<br>　　　　日本武尊（ヤマトタケルノミコト）、宮簀媛命（ミヤスヒメノミコト）、<br>　　　　建稲種命（タケイナダネノミコト）<br><br>熱田大神とは、天照大神のことです。<br>三種の神器の１つ、草薙神剣を御霊代（みたましろ）にして、これに依りましされます。<br>この御霊代とは、霊璽（れいじ）とも言いますが、祖霊の依り代（よりしろ）のことです。<br><br>神様は通常、剣や鏡、木、岩、山などのご神体を依り代にして、そこに現れると考えられています。<br><br>三種の神器とは、皇位の「しるし」とされ、日本書紀によれば、八尺瓊勾玉（ヤサカニノマガタマ）、草薙剣（クサナギノツルギ）、八咫鏡（ヤタノカガミ）になります。<br><br>この神器ですが、鏡と剣は神威を怖れて模造されています。<br>実物は、鏡は伊勢神宮、剣は熱田神宮にお祀りになっています。<br><br>模造された鏡は、皇居の賢所に、模造された剣と実物の勾玉は、皇居の剣璽の間にお祀りになっています。<br><br>相殿神は、「五神様」と呼ばれていて、この草薙剣と関係する神々となります。<br><br>この草薙剣は、以前は、天叢雲剣（アメノムラクモノツルギ）と呼ばれていました。</p><p>&nbsp;</p><p>スサノヲ命が、八岐大蛇を退治したあとに、尻尾を切断すると出てきた剣です。<br>スサノヲ命は、天照大御神にこの剣を献上します。<br><br>天孫降臨のときに、天照大御神は、三種の神器として、ニニギ命に授けられました。<br><br>第１０代の崇神天皇の時代に、神威を怖れて、皇居外に持ち出されます。</p><p>そして、鏡と剣は、紆余曲折を経て、伊勢神宮に落ち着きます（豊鋤入日売命（トヨスキイリヒメミコト）、倭日売命（ヤマトヒメノミコト）が伊勢神宮まで鏡と剣を運びました）。<br><br>そして、倭日売命の甥っ子、日本武尊が、父である第１２代景行天皇に東国の征伐を命じられ、途中で叔母である倭日売命に会いに伊勢神宮に行きます。そこでこの「天叢雲剣」が授けられ、それを携えて、東国に行くのです。<br><br>その旅の途中で、敵から火攻めにあい、その時に、この剣で草を薙ぎ払って、日本武尊が難を逃れたという伝承があり（この場所が、静岡県焼津市、神奈川県相模原市の説がある）、これがこの「草薙剣」の改名の理由になります。<br><br>そして、東国から戻ってきて、妻の宮簀媛命に、この剣を預けたまま、伊吹山に出掛けていき、そこでの傷が原因で亡くなってしまいます。その後、宮簀媛命は、熱田の地に、この剣を神宝として鎮斎します。建稲種命は、宮簀媛命の兄で、日本武尊と一緒に東国に行き、その途中で亡くなられました。<br><br>そして天武天皇の時に、「三種の神器」として、皇位の保証となったのです。<br><br>という、剣がご神体です。<br><br>境内・境外には、本宮の外、一別宮、十二摂社、三十一末社が祀られています。</p><p>明治時代に、伊勢神宮と同じような建築様式「神明造」に変わりました。<br>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190406/03/hashitto333/0c/d1/j/o3936262414385633353.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190406/03/hashitto333/0c/d1/j/o3936262414385633353.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>特に、本殿左側から入れる「こころの小径」が素晴らしいです。<br>撮影禁止なので、残念ながら写真はありません。<br><br>ちょうど裏手にある、一之御前神社（いちのみさきじんじゃ）は、天照大神の荒魂が祀られています。ここをお詣りすると背筋がビッシと伸びます。決意を述べられると良いと思います。<br><br>清水社の御祭神は、水をつかさどる神様である罔象女神（みずはのめのかみ）祀られています。<br>水が湧いていて池があるのですが、ここにある石塔に向かって、柄杓で湧水を汲んで、３回かけると、願いがかなうと言われています。<br><br>&nbsp;</p><p>また正門（南にある入口）の横にある別宮八剣宮（べつぐうはっけんぐう）、上知我麻神社（かみちかまじんじゃ）もおすすめです。<br><br>樹齢１０００年を超えると言われる、大楠も見所の１つです。白蛇さんがいるようで、見られたら良いですね。</p><p><br>&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190406/03/hashitto333/d3/74/j/o2624393614385633351.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="420" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190406/03/hashitto333/d3/74/j/o2624393614385633351.jpg" width="280"></a><br>立派な大楠です</p><p>&nbsp;</p><p>参拝の記念に購入した、「きよめ餅」が美味しかったと評判でした。<br><br>次回も、参拝記録を紹介していきます。</p><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Wed, 06 Mar 2019 03:21:36 +0900</pubDate>
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<title>熊野那智大社の参拝</title>
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<![CDATA[ <p>私が神社の参拝に、はまり込んだ「記念すべき第１回参拝　その５」です。<br><br>熊野那智大社は、現在の三社体制になるために、最後に加わった神社です。<br><br>熊野詣は、<br>初日に熊野速玉大社、神倉神社にお参りして、<br>二日目に、熊野本宮大社、大斎原、そして、熊野那智大社を参拝しました。<br><br>那智大社も、熊野交通のバスで移動です。とはいえ、新宮駅からは、那智山への直接のバスがないので、まずは那智駅を目指します。<br><br>新宮から那智駅まで移動すると、那智駅交流センター「丹敷（にしき）の湯」という温泉がありました。時間が無く、外見を見ただけでした・・。<br><br>ここから、那智山線に乗り換えます（紀伊勝浦駅⇒那智山）が１日往復１５本ほど走っています。１５～２０分掛かります。<br><br>三山の中では一番、観光地化しています。お土産屋さんもたくさんあり、賑やかです。</p><p>&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190405/01/hashitto333/e2/bd/j/o1280096014385041875.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190405/01/hashitto333/e2/bd/j/o1280096014385041875.jpg" width="420"></a></p><p style="text-align: center;">入口の階段</p><p><br>熊野は、神仏習合が盛んです（神道＋仏教が合体して、教義が作られた）。明治時代に、神仏分離令に従い神社とお寺は分かれたのですが、他の２社は仏堂を廃したのですが、那智大社は観音堂が残され、やがて青岸渡寺（せいがんとじ）として復興することになります。<br><br>この当時は、そのあたりの事情がよく分かっておらず、なぜ神社に、お寺があるんだと、びっくりしてました。青岸渡寺は写真に撮ったのに、拝殿は撮っていません・・。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190405/01/hashitto333/db/40/j/o4000300014385041939.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190405/01/hashitto333/db/40/j/o4000300014385041939.jpg" width="420"></a></p><p style="text-align: center;">拝殿の隣に青岸渡寺がある</p><p>&nbsp;</p><p><br>社殿の一部が、台風の被害により壊れてしまい、修理をしていました。<br><br><br>祭神ですが、<br>熊野では、「熊野権現」と呼ばれる「十二柱の神様」が祀られています。<br>そこに、熊野那智大社では「飛瀧権現（大己貴命）」が加えられています。<br><br>三所権現として、<br>家都美御子大神（ケツミミコノオオカミ）　素戔嗚尊　　｛家都美御子｝<br>速玉之男神　　（ハヤタマノオオカミ）　　伊邪那岐大神｛早玉｝<br>熊野夫須美大神（クマノフスミノオオカミ）伊邪那美大神｛結｝<br><br>＊　後の｛　｝は、昔の呼び方になります。<br><br>主祭神は、熊野夫須美大神（クマノフスミノオオカミ）伊邪那美大神です。<br><br>イザナミ大神は、万物の生成、和合を司る神様です。<br>何かと何かを「結び」つける神様です。縁結び、農林、水産、漁業の守護神です。<br><br><br>那智大社は、拝殿があるので、そこでお参りされると良いと思います。<br>公式ＨＰの社殿案内は<a href="http://kumanonachitaisha.or.jp/pavilion/?id=pavilion-top" target="_blank">こちら</a><br><br>境内の中に、御縣彦社（みあがたひこしゃ）があり、八咫烏が祀られています。<br>熊野では、至る所に、八咫烏を見かけます。<br><br><br>那智大社は、青岸渡寺というお寺もありますので、普通の神社では味わえない雰囲気があります。</p><p></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190405/02/hashitto333/7b/67/j/o1280096014385042942.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190405/02/hashitto333/7b/67/j/o1280096014385042942.jpg" width="420"></a></p><p style="text-align: center;">特大の布袋様</p><p>&nbsp;</p><p><br>下山途中にある、別宮の飛瀧神社（ひろうじんじゃ）は、<br>那智の瀧、そのものをご神体としています。ここには、本殿も拝殿もありません。<br>鳥居をくぐって、歩くと、瀧を間近に見ることが出来ます。</p><p></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190405/01/hashitto333/e9/07/j/o1280096014385041960.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190405/01/hashitto333/e9/07/j/o1280096014385041960.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p><br>遙か昔、神武天皇が、この那智の御瀧を発見されたと言われています。<br><br>熊野には、ゴトビキ岩や那智の瀧のような原始神道のご神体があります。那智の瀧も大きいですね（高さ１３３ｍ）。<br><br><br>昔から行われている熊野詣では、お詣りする順番があり、<br>１）熊野本宮大社<br>２）熊野速玉大社<br>３）熊野那智大社<br>となっています。<br><br>次回は、この順番で回ってみようと思います。車で移動すれば、１日で回れます。<br>おすすめは神倉神社です。<br><br>帰りは、那智勝浦に出て、美味しい海産物を食べ、自宅に戻りました。<br>戻ってから神道に興味が湧き、古事記を読み出しました。<br><br>次回から、他の参拝記録を紹介していきます。</p><p></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Mon, 04 Mar 2019 01:54:00 +0900</pubDate>
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<title>熊野本宮大社の参拝</title>
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<![CDATA[ <p style="text-align: left;">私が神社の参拝に、はまり込んだ「記念すべき第１回参拝　その４」です。<br><br>熊野本宮大社は、現在の三社体制になって、首座にある神社です（総宮とも言います）。<br><br>熊野詣は、初日に熊野速玉大社、神倉神社にお参りして、本宮を目指してバスに乗りました。熊野交通のバスが１日往復１０本ほど走っています。のどかな風景を走りながら、１時間弱掛かります。この時は、和歌山を前年に襲った台風の被害が多く見られました。<br><br>宿泊したホテル（川湯温泉）も、台風の被害で、大浴場が使用不可でした。<br><br>翌朝は、ホテルの従業員さんが、熊野古道を１時間ほど歩ける所まで、送迎してもらえたので、本当に助かりました。ありがとうございます。山の中にあるので、車がないとかなりキツいです。<br><br>熊野古道は、有名なところで、<br>田辺から熊野本宮に向かう中辺路（なかへち）、<br>田辺から海岸線沿いに那智・新宮へ向かう大辺路（おおへち）、<br>高野山から熊野本宮へ向かう小辺路（こへち）が、あります。<br><br>詳しくは、熊野本宮観光協会の<a href="http://www.hongu.jp/kumanokodo/" target="_blank">熊野古道の解説</a>をご覧下さい。<br><br>今回は、ほんのサワリとして、中辺路を歩きました。鬱蒼とした森の中を歩いたり、畑の中を歩いたり、なかなか面白い道です。１時間程度でしたが、気持ちの良い汗をかきました。<br><br>友人が、この熊野古道を何十回か歩いていて、「大斎原（おおゆのはら）の鳥居を見るとびっくりするよ！」と事前に言われていましたが、熊野古道の見晴台から実際に見たら、びっくりしました。とにかく、大きいのです。何日も歩いてきて、この大鳥居を見たら、喜びもひとしおでしょうね。</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190404/03/hashitto333/14/96/j/o4000300014384475035.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190404/03/hashitto333/14/96/j/o4000300014384475035.jpg" width="420"></a><br>熊野古道の見晴台からの眺め</p><p><br>熊野本宮大社は、明治２２年までは、現在の場所ではなく、大斎原にありました。本宮大社は熊野川・音無川・岩田川の合流点にある「大斎原（おおゆのはら）」と呼ばれる中洲にありました。そのため、お参りするときは、必ず川の水の中を通って、横切ることになっていました。身を祓い清めて、お参りするようになっていたのです。<br><br>明治２２年８月に起こった水害が、社殿を飲み込み、社殿の多くが流されてしまいました。<br>そして残った４社が、現在の位置まで５００ｍほど移動しました。<br><br>現在、この大斎原には、流されてしまった中四社・下四社をまつる石造の小祠が建てられています。また大鳥居（高さ約34m、幅約42m）が置かれています。<br><br><br>祭神は、<br>熊野では、「熊野権現」と呼ばれる「十二柱の神様」が祀られています。その中の特に重要な三柱は、三所権現と呼ばれ、熊野の信仰が始まった時から祀られていました。<br><br>家都美御子大神（ケツミミコノオオカミ）　素戔嗚尊　　｛家都美御子｝<br>速玉之男神　　（ハヤタマノオオカミ）　　伊邪那岐大神｛早玉｝<br>熊野夫須美大神（クマノフスミノオオカミ）伊邪那美大神｛結｝<br><br>＊　後の｛　｝は、昔の呼び方になります。<br><br>主祭神は、家都美御子大神（素戔嗚尊）です。<br><br>三山のうち、最も古いとされ、神武天皇の東征の時には、すでに鎮座しており、崇神天皇６５年に社殿の創建があったと言われています。その当時は、熊野坐神社（くまのにますじんじゃ）と呼ばれていました。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190404/03/hashitto333/91/b8/j/o1280096014384475083.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190404/03/hashitto333/91/b8/j/o1280096014384475083.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>入口から、１５８段の階段を登ります。<br>参道の途中に、祓戸大神を祀ってある神社があります。今は、川の中に入れませんので、こちらでお参りして、身を祓い清めましょう。<br><br>階段をのぼりきると社殿が見えます。<br>ここは、移設された上四社があります。<br><br>①証誠殿（本宮・第三殿）　家津美御子大神（素戔嗚尊）<br>②中御前（結宮・第二殿）　速玉大神<br>③西御前（結宮・第一殿）　夫須美大神<br>④東御前（若宮・第四殿）　天照大神<br>⑤満山社　　　　　　　　　　　結ひの神（八百萬の神）<br><br>本殿の配置は、（左）３、２、１、４（右）となっています。横に５があります。<br>お参りの順番は、１⇒２⇒３⇒４⇒５です。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p style="text-align: center;">&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190404/03/hashitto333/5c/bb/j/o1280096014384475065.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190404/03/hashitto333/5c/bb/j/o1280096014384475065.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; &nbsp; 　　　　　　　　　　（奥）　３、２、１、４　（手前）</p><p><br>境内には、八咫烏の幟が立っていますし、「八咫烏ポスト」があります。<br>熊野本宮大社から手紙を出すことが出来ます。社務所に声を掛けるとスタンプを押してもらえます。<br><br>お参りを済ませたら、今度は大斎原に移動します。<br><br>階段を降りて、国道を渡り、工場の横を歩いていくと、右に曲がるところに、産田社があります。ここは、「伊邪那美命」の荒御魂がお祀りされています。上社の夫須美大神の、荒魂です。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190404/03/hashitto333/4a/a1/j/o4000300014384475113.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190404/03/hashitto333/4a/a1/j/o4000300014384475113.jpg" width="420"></a><br>夫須美大神の荒魂を祀る産田社</p><p>&nbsp;</p><p><br>畑のなかを歩き、だんだん大鳥居に近づくと、あまりの巨大さに圧倒されます。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190404/03/hashitto333/b4/78/j/o1280096014384475093.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190404/03/hashitto333/b4/78/j/o1280096014384475093.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190404/03/hashitto333/d2/02/j/o1280096014384475102.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190404/03/hashitto333/d2/02/j/o1280096014384475102.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p><br>大鳥居をくぐってしばらく歩くと、かつて熊野本宮大社があった場所に、二基の石祠が建てられています。</p><p>&nbsp;</p><p>左側に、流されてしまった中四社・下四社があり、御神霊８柱が祀られています。</p><p>&nbsp;</p><p>右側に、境内摂末社の御神霊４柱が、お祀りされています（八咫烏神社、音無天神社、高倉下神社、海神社です）。<br><br>とても気持ちの良い場所なので、しばらくのんびりされると良いと思います。</p><p>天気が良かったので、気持ちの良い時間を過ごせました。<br><br>後ろ髪をひかれる思いでしたが、バスに乗って、新宮に戻ります。バス停の前に、和歌山県世界遺産センター・世界遺産熊野本宮館があります。時間があれば、もうちょっと中を見学したかった・・。<br><br>午後は、最後の１社、熊野那智大社を目指します。</p>
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<pubDate>Sat, 02 Mar 2019 03:09:41 +0900</pubDate>
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<title>神倉神社の参拝</title>
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<![CDATA[ <p>私が神社の参拝に、はまり込んだ「記念すべき第１回参拝　その３」です。<br><br>この神倉神社は、前回ご紹介した、熊野速玉大社の摂社です。摂社というのは、本社（速玉大社）に付属し、その祭神と縁の深い神を祭っています。<br><br>祭神は、タカクラジ命です。<br><br>速玉大社から徒歩１０分ぐらいで、階段の下に到着します。<br>そこから神倉山の上にある神倉神社まで、急勾配の石段５３８段を登ります（源頼朝が寄進したと伝えられます）。<br>&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190401/01/hashitto333/e3/e1/j/o0960128014382563344.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="560" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190401/01/hashitto333/e3/e1/j/o0960128014382563344.jpg" width="420"></a><br>急勾配の石段</p><p><br>本当に急勾配ですので、慣れていない方は、運動靴を履いて登った方が良いと思います。登りは、テンションが高いので、登れちゃうのです（笑）。問題は下りです。<br>足を踏み外すと、下まで転げ落ちるのでは？と想像してしまうような階段です。<br><br>途中で、階段を避けて、けもの道を歩く、遠回りルートもあります。<br>帰りは時間が掛かると思ってください。<br><br>途中で、何度戻ろうかと思ったことか・・。<br><br>とはいえ、階段を上りきった所にある、神倉神社は、「素晴らしい」の一言です。<br><br>ご神体のゴトビキ岩の大きさにびっくりします。<br>（地上からも、はっきりゴトビキ岩は見えます）</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190402/02/hashitto333/8b/a5/j/o4000300014383278512.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190402/02/hashitto333/8b/a5/j/o4000300014383278512.jpg" width="420"></a></p><p style="text-align: center;">神倉神社全景</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190402/02/hashitto333/05/5a/j/o4000300014383278515.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190402/02/hashitto333/05/5a/j/o4000300014383278515.jpg" width="420"></a><br>ゴトビキ岩（しめ縄は、お燈祭の前に新調されます）</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><br>古代の日本人が、この場所を聖地にした気持ちがわかります。<br>神社が出来る前から、この巨石は、信仰を集めていたと思われます。<br><br>熊野速玉大社の伝承によると<br><br>約２０００年前（景行天皇五十八年）に、熊野権現が最初に降臨したと言われる「元宮」である神倉山（現在の神倉神社）から現在の鎮座地に遷ったと言われており、これより神倉神社の『旧宮』に対して、熊野速玉大社が『新宮』と呼ばれるようになったようです。<br><br>となると、普通は奥宮や元宮と言われるケースになりますが、摂社にとどまっているところが、変わっているところです。また、奥宮だと、里宮と祭神が同じ場合が多いです。<br><br><br>神倉神社と言えば、２月６日には、奇祭「お燈祭」が行われます。<br><br>「タカクラジ命が、松明をかかげて神武天皇を熊野の地に迎え入れたことが始まりである」と言われています。<br><br>たいまつを持って、この急勾配の階段を駆け下りるお祭りです。勇壮なお祭りで、１度見てみたいと思っています。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p style="text-align: center;">&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190402/02/hashitto333/39/90/j/o4000300014383278513.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190402/02/hashitto333/39/90/j/o4000300014383278513.jpg" width="420"></a><br>祭神は、タカクラジ命</p><p>&nbsp;</p><p><br>この祭神のタカクラジ命は、神武天皇のピンチを、手助けする神として古事記で書かれています。<br><br>アマテラスから授けられた「神剣フツノミタマ」を神武天皇に届けることで、この神剣の霊力で元気を取り戻した神武天皇の一行は、熊野から北上して、大和を制圧することになります。<br><br>ちなみに、先ほどの古事記のタカクラジ命の話から、この神倉神社の祭神は、「神剣フツノミタマ＝布都御魂大神（フツノミタマノオオカミ）」であり、熊野速玉大社の熊野速玉大神も、布都御魂大神であったという説があります。後世の神仏習合の際に、祭神が変更されたとのことです。<br><br>祭神の変更や他の神との習合、配祀（同じ神社の中に他の神を祀ること）などは、神社ではよくあることです。<br><br><br>熊野は、古事記や日本書紀の世界を、生で体験出来る面白い場所です。<br>足に自信のある方は、是非、神倉神社のゴトビキ岩を見に行ってみて下さい。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/hashitto333/entry-12451310304.html</link>
<pubDate>Thu, 28 Feb 2019 02:44:44 +0900</pubDate>
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<title>熊野速玉大社の参拝</title>
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<![CDATA[ <p style="text-align: left;">私が神社の参拝に、はまり込んだ「記念すべき第１回参拝その２」です。<br><br>朝、伊勢神宮をお参りし、チェックアウトして、熊野に向かいます。<br><br>熊野といえば、熊野三山と呼ばれる熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社が有名です。昔から、参拝者が多く、とにかく人を惹きつける場所です。<br><br>熊野の印象は、何でも大きい！！<br><br>最初は、それに圧倒されると思います。<br><br>この第１回の神社めぐり１人旅から帰ってきて、各地の神社にお参りに行くようになるのですが、奈良時代前から鎮座している神社というのは、とにかくパワフルで、度肝を抜かれます。<br><br>古代の日本人が、この場所は、人間が住む場所ではなく、神様がご鎮座される場所だと認識したのを、自分も認識出来ると思います。<br><br>私自身は「鈍感」な人なので、何かしらの存在を見たり、聴いたりというのはほとんどないのですが、それでも、昔からある神社や、各地の一ノ宮をお参りすると、私でも肌で感じるものがあります。神域に入ると、自分にエネルギーが充電されるような感覚は感じるときがあります。</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">熊野では、「熊野権現」と呼ばれる「十二柱の神様」が祀られています。その中の特に重要な三柱は、三所権現と呼ばれ、熊野の信仰が始まった時から祀られていました。<br><br>家都美御子大神（ケツミミコノオオカミ）　素戔嗚尊　　｛家都美御子｝<br>速玉之男神　　（ハヤタマノオオカミ）　　伊邪那岐大神｛早玉｝<br>熊野夫須美大神（クマノフスミノオオカミ）伊邪那美大神｛結｝<br><br>＊　後の｛　｝は、昔の呼び方になります。<br><br>この熊野速玉大社では、<br>速玉之男（伊邪那岐大神）、熊野夫須美大神（伊邪那美大神）が熊野速玉大神と呼ばれています。日本を創世したご夫婦です。</p><p style="text-align: center;"><br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190401/01/hashitto333/1a/f2/j/o1280096014382559503.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190401/01/hashitto333/1a/f2/j/o1280096014382559503.jpg" width="420"></a><br>熊野速玉神社の入口</p><p><br>速玉大神の“タマ”とは“霊魂”の意味で、これに“速い”を意味する“ハヤ”が加わっています。“霊魂がダイナミックに動く状態”を表している神名ですので、非常にパワフルな神さまです。<br><br>現在は、熊野本宮大社が三社の中で首座とされていますが、朝廷が神様におくった「神階」の記録を見ると、熊野本宮大社よりもこの熊野速玉大社のほうが、格が上だと考えられていたようです。<br><br>当初は、熊野速玉大社と熊野本宮大社の２社体制で、途中から熊野那智大社が加わって、３社体制になりました。その時に熊野夫須美大神が、熊野那智大社の祭神として独立しています。<br><br>熊野速玉大社は、朱塗りの大きな神社です。<br>神門をくぐり、拝殿、本殿を見て、あまりにもびっくりして、写真を撮り忘れました。</p><p>&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190401/01/hashitto333/2e/18/j/o1280096014382559632.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190401/01/hashitto333/2e/18/j/o1280096014382559632.jpg" width="420"></a><br>神門はこちら</p><p><br>公式ｈｐに、社殿の写真がありますので、<a href="http://kumanohayatama.jp/" target="_blank">こちら</a>をご確認ください。<br><br>境内の中には、日本サッカーのシンボルマークである、八咫烏（やたがらす）を祀る神社があります。調べてみると、八咫烏がシンボルマークになったのは、昭和６年とのことでした。<br><br>この八咫烏は、神武天皇が日向（宮崎県）から大和（奈良県）へ向かう神武東征の際、和歌山から大和への道筋を案内する役割を担った、足が３本あるカラスになります。神武天皇が、太陽を背にして、大和へ入るために、わざわざ和歌山から熊野に入られたのです。</p><p>&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190401/01/hashitto333/32/8a/j/o1280096014382559589.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190401/01/hashitto333/32/8a/j/o1280096014382559589.jpg" width="420"></a><br>八咫烏神社</p><p><br>境内の中に、樹齢千年と言われる「ナギの大樹」があります。</p><p>&nbsp;</p><p>このナギの木の葉っぱは、この葉を懐中に納めてお参りすると、熊野詣での道中が安全に進むと言われています。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190401/01/hashitto333/b6/aa/j/o3000400014382560773.jpg"><img alt="" height="560" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190401/01/hashitto333/b6/aa/j/o3000400014382560773.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p style="text-align: center;">ナギの大木</p><p><br>&nbsp;</p><p>そして、この熊野速玉大社の最大の見所は、摂社の神倉神社です。<br>神倉神社の入口まで、徒歩１０分ほどです。<br><br>そこから神倉山の上にある神倉神社まで、急勾配の石段５３８段を登ります（源頼朝が寄進したと伝えられます）。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190401/01/hashitto333/e3/e1/j/o0960128014382563344.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="560" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190401/01/hashitto333/e3/e1/j/o0960128014382563344.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><br>最初の熊野体験は、強烈でした。<br>&nbsp;</p><p>次回は、神倉神社についてです。</p>
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<pubDate>Tue, 26 Feb 2019 01:57:38 +0900</pubDate>
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<title>伊勢神宮の参拝</title>
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<![CDATA[ <p>今回から、私が参拝してきた神社を、ご紹介したいと思います。<br><br>初回ということで、私が神社の参拝に、はまり込んだ「記念すべき第１回参拝」を記します。<br><br>実は、あまりにもびっくりしすぎて、本殿を撮ってなかったり、撮り方がイマイチだったりするのですが、その雰囲気が少しでも伝わればと思います。<br><br>２０１４年１２月に参拝に行きました。<br>伊勢神宮には、過去に、２０代の時に１回、２０１３年に家族と一緒に行っています。<br><br>２０１３年と言えば、第６２回神宮式年遷宮があった年でしたから、古い社殿と新しい社殿を両方見る事が出来た珍しい年でした（５月に参拝）。<br><br>この２０１４年は、私にとって、悩み多き年で、自分のこれからの人生をどうするのか？について、本当に迷っていた時期でした。<br><br>その時に、友人から「伊勢神宮」を勧められ、１人で参拝することにしました。<br>特にその友人から勧められた、朝５：００に内宮をお参りする「早朝参拝」をやってみようと思ったのです。<br><br>伊勢神宮のお参りの後に、どこに行こうか？と考えていると、別の友人から、「熊野古道」を歩いてみたら？と提案されました。なるほど、伊勢と熊野を一緒に回る計画が出来上がりました。どちらも昔の人からすれば、一生のうち、どちらか１つお参り出来れば、御の字だったものです。<br><br>とはいえ、熊野に関しては、「熊野古道」を歩くくらいにしか考えておらず、その当時は神社関係の知識も無く、「行ったら何とかなるさ」ぐらいでふらっと出掛けました。<br><br>結婚してから、家族旅行以外の旅行に行かなくなり、１人旅は本当に久しぶりでした。</p><p>相手に気を遣わない旅行って、こんなに楽なのか？！と思ったのを覚えています。<br><br><br>伊勢神宮は３回目ということもあり、通っぽく、「神宮会館」に宿を取りました。神宮会館は、リーズナブルですし、何と言っても、早朝参拝ツアーがあるのが魅力です。<br><br>早朝参拝について、詳しくは<a href="http://www.jingukaikan.jp/kaikan/sanpai/index.html" target="_blank">こちら</a>。<br><br>神宮会館は、ネットで、予約がいっぱいな状態でも、電話をすると泊まれることがあります。<br><br>伊勢神宮をお参りするときは、基本、バスで移動しています。前年は、外宮の前にある観光案内所で、レンタル自転車を借りました。伊勢路は、それなりに坂道があるので、変速ギア付きの自転車か、電動自転車が良いと思います。<br><br>初日に、伊勢市駅で降りて<br><br>⇒　徒歩　「外宮（御正宮（豊受大神宮）、多賀宮、土宮、風宮）」</p><p style="text-align: center;"><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190331/02/hashitto333/3f/bc/j/o1280096014381838477.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190331/02/hashitto333/3f/bc/j/o1280096014381838477.jpg" width="420"></a><br>外宮　御正宮</p><p style="text-align: center;">&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190331/02/hashitto333/0b/1f/j/o1280096014381838479.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190331/02/hashitto333/0b/1f/j/o1280096014381838479.jpg" width="420"></a></p><p style="text-align: center;">外宮　多賀宮</p><p style="text-align: center;">&nbsp;</p><p style="text-align: center;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">⇒　徒歩「月夜見宮（別宮）」<br><br>⇒　バス「倭姫宮（別宮）」　</p><p style="text-align: center;">　　　　　　　　　　　　　　　　　<br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190331/02/hashitto333/a2/3c/j/o1280096014381838480.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190331/02/hashitto333/a2/3c/j/o1280096014381838480.jpg" width="420"></a><br>倭姫宮の入口を工事しています</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">⇒　バス「月夜宮（別宮）」<br>&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190331/02/hashitto333/6e/cf/j/o1280096014381842378.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190331/02/hashitto333/6e/cf/j/o1280096014381842378.jpg" width="420"></a><br>奥から月読荒御魂宮②、月読宮①、伊佐奈岐宮③、伊佐奈弥宮④の<br>順番でお参りします</p><p style="text-align: center;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">⇒　徒歩「猿田彦神社（別宮）」</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190331/02/hashitto333/1f/9d/j/o1280096014381839171.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190331/02/hashitto333/1f/9d/j/o1280096014381839171.jpg" width="420"></a></p><p style="text-align: center;">猿田彦神社は、千木の鰹木が内宮仕様になっています</p><p style="text-align: left;">&nbsp;</p><p style="text-align: left;">⇒　徒歩「内宮（瀧祭神、御正宮（天照大御神）、荒祭宮、風日祈宮」<br><br>⇒　徒歩「神宮会館」<br><br>私は「月夜宮（別宮）」を参拝すると、伊勢に来たなぁという気持ちになります。<br>「倭姫宮」は、とても気持ちの良いお宮なので、おすすめです。<br><br><br>２日目<br>４：００に起きて、出掛ける準備をして、宇治橋に向かいます。<br>５：００に宇治橋が開門します。すでに地元の参拝者が数名待っている状態でした。<br>開門と同時にみなさん早歩きで、御正宮を目指します。本当に真っ暗で、どんどん離されてしまい、前日お参りしたにもかかわらず、迷子になってしまいました。</p><p>&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190331/02/hashitto333/bb/e4/j/o1280096014381839218.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190331/02/hashitto333/bb/e4/j/o1280096014381839218.jpg" width="420"></a><br>４：５０頃の宇治橋入口<br>&nbsp;</p><p>なんとか無事に、御正宮にたどり着き、参拝します。<br><br>昼間の御正宮とは雰囲気が全然違います。<br>上手く説明出来ませんが、「この場所は、本当にすごい！なんだここは！」というのを体感しました。<br><br>その後に、「荒祭宮」をお参りしましたが、こちらも雰囲気が違います。本当にびっくりして、涙が自然と出てきたのです。<br>この体験が、それ以後の「神社参り」のきっかけになりました。<br><br>その後、呆けた状態で、神宮会館になんとか戻りました。<br><br>改めて神宮会館の「早朝参拝」に出掛けます。</p><p>&nbsp;</p><p>早朝参拝では、瀧祭神、御正宮（天照大御神）、荒祭宮、四至神をメインにして（全部のお宮は回りません）、神宮会館の職員の方から、様々な解説があり、プロの話術を楽しめます。</p><p>&nbsp;</p><p style="text-align: center;"><br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190331/02/hashitto333/b7/1c/j/o4000300014381838484.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190331/02/hashitto333/b7/1c/j/o4000300014381838484.jpg" width="420"></a><br>７：３０ごろの内宮・御正宮<br><br>&nbsp;</p><p style="text-align: left;">２回目の早朝参拝も素敵なのですが、５：００の参拝とは、雰囲気が違います。お昼間の参拝の雰囲気に近づいていきます。<br><br>もし朝一番の早朝参拝を体験されていないのでしたら、参拝をされると良いと思います。<br><br>特に冬場にお参りされる場合は、懐中電灯があるほうが安全かもしれません。<br>&nbsp;</p>
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<pubDate>Sun, 24 Feb 2019 01:50:25 +0900</pubDate>
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<title>山神信仰について その５</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp; 山神信仰というのは、いくつか種類がありますので、個別に紹介したいと思います。<br><br>４）神霊がいるとされるご神体への信仰<br><br>　現在は、神社には「社（やしろ）」という建物があります。本殿と拝殿です。</p><p>　本殿は神様がいらっしゃるところ、拝殿は神様へのお祀りをするところです。<br><br>　しかし、一番古い神社には、「お社」はなく、<br><br>　神木（神籬（ひもろぎ））、</p><p>　岩（磐座（いわくら））、<br>　山（神奈備山（かんなび））</p><p>　太陽（日）<br><br>がご神体だったと考えられています（現在でも、それらが信仰されています）。<br><br>　古代のお祀りの仕方は、その都度、これらのご神体に、神や御霊が宿る、もしくは降臨すると考えられていました。そのため、お祭りごとに祭壇をつくり、終われば撤去するというやり方をしていたようです。<br>　徐々に「社」が建てられるようになり、「神様が、本殿に常にいらっしゃる」と考えられるように変化していきます。社のなかにもご神体があり、そこに宿るとされます（鏡、剣など）。</p><p><br>　仏教では、本尊（仏様）を、公開していますが（何年か毎に「秘仏を公開」とするケースもありますね）、神道では基本的に、ご神体は公開しません（ご神体を見た人間は、亡くなってしまう伝承が多々あります）。<br><br>　神木は、御柱で有名な長野県の諏訪大社、静岡県の富士山本宮浅間大社の山宮などで見られます。<br><br>　岩は、和歌山県の神倉神社（熊野速玉大社摂社）のゴトビキ岩が有名です。大きな岩がご神体です。<br><br>　太陽は、夏至の日（昼が一番長い）の太陽が一番力が強いと考えられていることから、この夏至の日の太陽が見える位置に社が置かれていたり（もしくは、社内の「鏡」に太陽が反射する）、三重県の二見興玉神社にある夫婦岩のように、境内にあるモニュメントがその役割をする場合があります。夏至の日に夫婦岩の間から、太陽が昇ってきます。</p><p style="text-align: center;"><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20190325/05/hashitto333/34/ee/j/o3936262414378370223.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20190325/05/hashitto333/34/ee/j/o3936262414378370223.jpg" width="420"></a><br>二見興玉神社の夫婦岩</p><p>&nbsp;</p><p>　山は、三輪山と大神神社（奈良県）、白山と白山比咩神社、大山と大山阿夫利神社（神奈川）などのように、山そのものがご神体として、信仰されています。<br>　一般的に、神奈備山は左右相称（シンメトリー）の独立峰が多いです。<br><br>　これらの４つの古い形式のご神体は、社が建てられるようになる前からあった神社だと言われています。お社は、説が様々ありますが、西暦８００年以降に徐々に広がっていきます。朝廷が定期的にお祭りを行うようになった為、拝殿が必要になったと言われています。<br><br>　<br>　大神神社の神奈備山、三輪山ですが、この三輪山に登る事が出来ます。私も２回ほど登っています。山の中腹と頂上に磐座があり、場の雰囲気が、下界とは全然違います（三輪山中では、写真撮影は出来ません）。昔は、この磐座で祭祀をしていたというのが、実感できます。古代の日本人は、こういう場所を見つける才能があったんでしょうね。<br><br>　大神神社の祭神大物主大神は、お姿が蛇だと言われていますが、この三輪山は、遠くから見ると「蛇がとぐろを巻いている姿」に見えるので、「蛇」が連想されたのでは？という説もあります。<br>　縄文人は、脱皮を繰り返す「蛇」が、不老不死だと考えられていたことから、神様として信仰されるようになったと言われています。そのため、古い形式の神社では特に、蛇をモチーフとしたものが、多々見つかります。しめ縄は、蛇ですよね。<br>　<br>　また、富士山や御嶽山、浅間山、阿蘇山など、昔活火山で現在落ち着いている山は、山岳信仰の対象になっています。火山の噴火は「神の怒り」ですから、それを鎮める為の信仰がありました。鎮めるということは、神様がすごいパワーを持っているということですから、人間が願いを叶えて欲しいと信仰の対象になりやすいかと思います。<br>　このような山は、人がなかなか近寄らない、登りにくい、山の形が険しいなどの特徴があり、神様が住む場所と思われてきました。修験道の世界では、行者は、人が近づかない山の中で、神様と向き合いながら修行を行いますので、山岳信仰は、この修験道と密接に関係しています。神道と仏教の習合も、修験道が推進したようなところがあります。<br><br>　次回から、各地の神社と祭神名を紹介していきます。</p>
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<pubDate>Fri, 22 Feb 2019 04:34:44 +0900</pubDate>
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<title>山神信仰について　その４</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp; 山神信仰というのは、いくつか種類がありますので、個別に紹介したいと思います。<br><br>３）死者の霊が集う山への信仰、<br><br>　古代の日本では、村などの共同体で亡くなった人の霊は、近くの山を彷徨った末に、浄化されてその山頂から昇天すると考えられていたようです。<br><br>　そして、この昇天した先祖の霊と自然物の精霊が融合したものが、後に、氏神（村の守護神）になると思われていました。<br><br>　その結果、山の神や田の神を、自分達の「祖霊」とみなす信仰に繋がっていきます。先祖を祀ることで、日々の暮らしが守られ、生活が出来ているという実感を得ていたのでしょう。<br>　アジア圏は特に、「先祖崇拝」の考え方が強く、渡来人などから、その考え方が日本中に広がっていったと思われます。<br><br>　仏教の伝来後は、仏教の考え方も加わり、神道と仏教が習合されていく中で、様々な説が出されます。<br><br>　死んだ人はどこに行くのか？<br>　神道の世界では、地下の国になります。<br><br>　古事記の世界観は、大きく分けて３つの世界があります。<br>　天上、地上、地下の国です。</p><p><br>　天上は、神々の世界である「高天原」、</p><p>　地上は「葦原の中つ国」、<br>　そして地下は「黄泉の国」もしくは「根の堅州国（ねのかたすくに）」です。</p><p>　最後の２つは、別々の国だと考える人もいますし、同一国の異名なのかも・・と、様々な説があります。<br><br>　黄泉の国は、イザナギがイザナミを追って訪れましたが、イザナミに追いかけられ、黄泉の国の入口にある黄泉比良坂（よもつひらさか）に、千引の岩を置いて、出入り口を塞いでしまいました。そのため、黄泉の国には、中つ国から行くことが出来ないと考えられています。<br><br>　ところが、古事記では、その後に、もう１つの地下世界として、「根の堅州国（ねのかたすくに）」が出てきます。ここは、天上から追放されたスサノオが居る地下世界になります（スサノオは当初、黄泉の国にいるイザナミに会いに行きたいと叫んでいたが、それが実現したかどうかは、古事記に書かれていません）。<br><br>　その後、オオナムヂ（大国主）が登場し、この「根の堅州国」に行く話になっていきます（オオナムジを殺そうとする兄達から、逃げる為に地下に逃げることになっています）。</p><p>　そこで、スサノオの娘スセリビメと運命的に出会いがあり、結婚をスサノオに許可してもらう為、いろいろなことにチャレンジすることになります。気弱なオオナムジが、このチャレンジを成し遂げることで、自信を取り戻し、成長します。そして二人で、スサノオに見つからないように、地上に戻ります。このときに、スサノオの持っている宝（３種の神器）を持っていくのですが（剣、弓矢、琴）、琴だけ持ち帰る事が出来なかったのです。</p><p>　これは、後の天孫がアマテラスから授かった３種の神器とは違って、オオナムジは３種の神器がそろえることが出来なかったので、オオナムジが日本を統治出来なかったという説明になっています。</p><p>　スサノオは、途中まで追いかけますが、黄泉比良坂をオオナムジとスセリビメが超えてしまったので、追いかけるのを諦め、「その弓矢と剣で、兄弟を殺してしまえ！」とアドバイスをします。その結果、オオナムジは国造りを始めることが出来るようになります。<br><br>　しかし、よく考えてみると、黄泉比良坂はイザナギが岩で塞いでいたので、通れないのでは？これは間違い？とも読めるのです。とはいえ、この記述が間違いでないのであれば、たぶん黄泉比良坂はとても長い坂で、その途中に、黄泉の国の入口や、この根の堅州国の入口、もしかしたら他世界への入口などもあり、その中の１つの入口を塞いだだけとも考えられます。<br><br>　また、この３つの世界とは違いますが、常世（とこよ）という他界もあり、海中、天上、地下、海の彼方などにあると信じられ、祖先の霊魂や神々が住むという信仰もあります。<br>　古代人は、この「常世」を海の彼方にある、不老長寿の国（理想郷）と考えていた記述もありますし、一方で、死者の国（黄泉の国、根の堅州国）の１つとしても考えていたようです。<br><br>　この黄泉の国、常世があると考えられていたのが、「熊野」です。<br>　熊野は、神仏習合が盛んで、仏教と神道の考えが混在する為、なかなか分かりづらいところがあります。でも、それが逆に、熊野に惹きつけられる要因になっているのかもしれません。<br><br>　この神仏習合の例として、「補陀落渡海（ふだらくとかい）」という行があります。<br>　仏教では、「浄土信仰」という「仏・菩薩の支配する浄土世界にあこがれる信仰」があります。この浄土とは、神道でいうところの「常世」でしょうか。<br><br>　平安末期というのは、末法思想もあり、人々がこの浄土に行きたい！と願い、この熊野（那智などの南岸地域）から、船に乗って浄土（常世）を目指す航海が多く行われました。<br>　行って戻ってくる航海ではなく、行ったっきりの片道通行の航海です。最初は、修行の１つとして、生きている行者が、船に乗って、そのまま亡くなるという行だったようですが、途中から死んだ人を、船に乗せて、浄土に送る（一般的な水葬）というやり方に変わったようです。<br><br>　熊野以外にも、恐山、月山など、死者の霊が死後に行くとされている山が、各地に存在しています。それらの山々が、現在でも信仰の対象となっています。<br><br>　次回も、この山神信仰の対象となっている神社、祭神名を紹介していきます。<br>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/hashitto333/entry-12448453527.html</link>
<pubDate>Wed, 20 Feb 2019 00:56:56 +0900</pubDate>
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