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<title>もぅ～オカン！  親父なんとかしてーなー。</title>
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<description>結婚して24年、おもろい酒飲み親父と、子供達と野球に明け暮れた毎日と、おもろい仲間達の『ええかげんにしいゃ～ｯ』のブログです。</description>
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<title>春季大会～夏の大会</title>
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<![CDATA[ 入学して、すぐに春季大会が始まった。<br><br>ちぃ坊は背番号14を貰ってきた。<br><br>他にも、横田・山田・大川もベンチ入りした。<br><br>あいにく、ちぃ坊の登板はなかったけれど、3年を差し置き今大会、4番はⅠ年の山田である。<br><br>驚く事に、Ⅰ試合2HRの活躍。<br><br>この間まで中学生だったとは俄かには信じられませんでした。<br><br>この頃より、山田のお父ちゃんお母ちゃんと仲良くなる。<br><br>そして、中学から一緒に進学した大橋君のお父ちゃんも仲良しだった。<br><br>3人のお父ちゃん共大酒飲みだった。<br><br>結局、この3人は最後までお酒繋がりで盛り上がった。<br><br>その後も、色んな学校に練習試合に行った。<br><br>いよいよ7月、選手権予選（夏の大会）が始まった。<br><br>どういっても、前年の甲子園出場校である、ぶざまな試合はできない。<br><br>ちぃ坊も、またまた背番号14を貰ってきている。<br><br>しかし、いっても夏の大会である。<br><br>出番などあろうはずがない。<br><br>わりに気は楽であった。<br><br>開幕して1戦目、日本三景の一つでもある〇〇球場。<br><br>この試合は、忘れられない。<br><br>今までの楽しい試合とはうって変わって、心臓が口から飛び出ると言う物の例えが、本当にあるとわからされた試合だった。<br><br>まだ梅雨の明けきらぬ重たい空の下、いつも大変懇意にしてもらっている居酒屋の『なぁーちゃん』が、お弁当を作ってきてくれ、もう一人、うちのお客さんの『河田』<br><br>この河田さんは、日本の大手企業を退職し、年金暮しの爺さん。<br><br>若い時に結婚に失敗し、長い間独身だったが、退職前にスナックのママと再婚したものの、酒癖の悪さに奥方は驚いて家を出ていってしまった。<br><br>この酒癖の悪さというのが普通ではない。<br><br>酔って暴れたりするのではなく、とにかくうるさい。<br>大声で唄うのだ。<br><br>それも軍歌。<br><br>しかも歌詞間違ってる。<br><br>休みなしに唄うのである。大声で。<br><br>こんだけ軍歌が好きなのだから兵隊にでもいったのかと思えば、昭和11年生まれで終戦の年には、小学生だったというからわけわからん。<br><br>うちの店でも、大声で歌いまくっては（うちにカラオケはない）他のお客さんをみんな帰らせて、自分も帰る。<br><br>何回、掘り出したことか。<br><br>しかし、何度掘り出しても又来る。<br><br>うちの界隈では、ちょっとした有名人でしたよ。<br><br>でしたよって事、今から3･4年前に自宅アパートで孤独死。<br><br>一人だけ、現役時代から仲のよかった人に見つけてもらって。<br><br>この人に借金残して。<br><br>年金の入る通帳は、見つからんじまい。<br><br>高利貸にとりあげられていたのか。<br><br>話しは戻りますが、蒸し暑い球場で、なぁーちゃんの作ってくれたお弁当をひろげました。<br><br>今の時代に逆行した濃い味のお弁当。<br><br>うちのお父は肉体労働者なんで、こんなんが大好き。<br><br>そして、それに慣らされた私達まで。<br><br>ちぃ坊なんかは、真夏の練習のあとなんぞ、<br><br>『なぁーちゃんの店のもんが食べたい』<br><br>と言うぐらいです。<br><br>さて、プレイボール。<br><br>相手は、公立の海洋高校。こんな事言っては失礼ですが、勉強もちゃんとしてクラブをしている野球部と、近隣の府県から、人材を集め勉強もせず、野球漬けの私学。<br><br>ましてや、去年甲子園で1勝している学校。<br><br>負けるなんてとんでもない、1点すら与えることは出来ません。<br><br>しかし、蓋を開けてみると先発の3年エースの長谷君の調子がよくない。<br><br>1回2点は先制したものの、3回にはあっさり逆点され尚もノーアウト満塁。<br><br>ここでピッチャー交代。<br><br>ちぃ坊がブルペンで投げてたのは知っていたが、もう一人2年の増田君もいるやん。<br><br>なんで?なんで?<br>なんで、ちぃ坊なん?<br><br>あかんて!あかんて!<br><br>見てられへん、あかんあかん何しにきたんや、母親である私がこの目でちゃんと見てやらんな。<br><br>そして、横のお父をチラッと見てみると、火の着いてないタバコをくわえたまま固まってる。<br>生唾をゴクｯて飲み込むのが聞こえる。<br><br>マウンドをみると<br><br>あ゛ーー、スクイズきたあぁぁぁー<br>ほらいうたやろぉ<br>ちぃ坊左やし、あかんてー!<br><br>相手ベンチはイケイケ。<br>応援席は大盛上がり。<br><br>頑張れーちぃ坊!!!<br>野次に負けるなぁー。<br><br>3年生の保護者からは<br><br>ほんで、1年ではあかんていうたやろ。<br><br>てな視線を感じた。<br><br>この時程、ちぃ坊に野球をさせた事を後悔したことはない。<br><br>もうこのまま逃げて帰りたいような気分だったが、ちぃ坊のせいではない。<br><br>野球は誰かが投げなければ始まらないし、終わらない。<br><br>再びお父を見ると、まださっきっおんなじ格好のままだ。<br><br>結局、あと2点取られピッチャー交代。<br><br>その後、うちが打線が爆発したのと、2年増田君がキッチリ押さえ、初戦突破出来ました。<br><br>ちぃ坊にとっては、ほろ苦い公式戦デビューでした。
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<link>https://ameblo.jp/hayakasema/entry-10055557845.html</link>
<pubDate>Thu, 15 Nov 2007 08:13:15 +0900</pubDate>
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<title>兆し</title>
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<![CDATA[ まぁー、高校にはいってからというもの、びっくりすることばかり。<br><br>なんせ、田舎で軟式の学校のクラブをしていたうちのちぃ坊の友達ぐらいしか知らなかった私達。<br><br>この年は、前年に甲子園に行ったということで、特に京都・大阪・兵庫などから生徒が集まっていた。<br><br>S高校野球部始まって依頼の異様な雰囲気だったかもしれない。<br><br>入学式がすんですぐ、高知商業に練習試合にいった。<br>たぶん、朝5時集合だったと思う。<br><br>その頃は、まだ学校に小さいバスしかなかった（その後大型バスを購入。そのあと、今や夏の甲子園などのテレビコマーシャルで有名になったわかさ生活の社長が我が校のOBで大型バスを寄贈してくださいました。）<br><br>高知行きたい…。<br>練習試合みたい。<br><br>でも、遠すぎる。<br>休日ならお父もいるから、行ってたかもしんないけど、うちは京都府の北部。<br><br>そこから、瀬戸大橋渡って…。<br><br>無理。<br><br>結局、諦め留守番してたよ。<br><br>チィ坊が帰ってきたのは、深夜1時ぐらいだったと思う。<br><br>『おかえりー。<br>どやった？』<br><br>『勝ったで』 <br><br>と言ったきり、お風呂入って寝てしまった。<br><br>ほんで、どやったん？<br>どやって勝ったん？<br><br>と聞きたかったが、本人疲れているようなので、無理には聞かずに寝た。<br><br>それから、明くる週の日曜日、練習試合を観戦に行くと、この年初めてピッチングコーチに就任された、島田コーチが<br><br>『お母さんに、こないだの事報告したか』<br><br>と言われ<br><br>『いつもお世話になっております。いえ何も聞いてないんですけど。』<br><br>『12奪三振やったんですよ』<br><br>『えーっ！ほんまですかｯ』<br><br>てなかんじやったんです。<br><br>後々、この島田コーチが3年間の高校生活で本当によい関わりを持ってくださいました。
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<link>https://ameblo.jp/hayakasema/entry-10053747465.html</link>
<pubDate>Sat, 03 Nov 2007 02:23:31 +0900</pubDate>
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<title>野球の終わりと始まり。</title>
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<![CDATA[ 功ちゃんの中学野球生活はアッサリしたものでした。<br>功ちゃん3年、ちぃ坊2年の最後の夏の大会。<br><br>夏休み前に始まります。<br><br>そして、夏休み前に終わりました。<br><br>功ちゃんは泣きました。泣いて泣いて<br><br>『もう、野球やめる』<br><br>小学3年から始まった野球生活が終わりました。<br><br>ご苦労様でした。<br>お父さんとお母さんはお金では買えないものを貰いました。<br>ありがとう。<br><br>そして、ちぃ坊が野球部最高学年になりました。<br><br>この年はけっこう良い選手がそろい、近畿大会も夢じゃない。<br>という感じでした。しかし、後年バッテリーを組む事になる横川（現オリックス）に負け、府下大会にもいけませんでした。<br><br>しかし、すべての試合が終わり、秋も深まる頃学校から呼び出しがありました。<br><br>お父と私は一張羅に着替え、お父なんかは慣れないネクタイまでして緊張の面持ちで、校長室に通してもらうと、その夏、甲子園に出場したS高校の田上監督もおられました。<br><br>『野球の特待生できてほしい』<br><br>と言われ、何が何だかわかりませんでしたが、田上監督は、授業料の話し、学校での待遇を淡々とされていました。<br><br>ちぃ坊はと言うと<br><br>『やったーこれで受験勉強せんでいい』<br><br>と、内心そう思ったそうです。<br><br>翌春、晴れてS高校に入学することになりました。<br><br>3月15日、中学の卒業式で翌日より、練習に参加しました。<br><br>2日目に練習試合に行きました。<br>大阪の南部の高校です。<br><br>『おんなじ1年で一人だけ出してもろとった』<br><br>『ええｰﾂ！誰？誰？』<br><br>『大阪のやつ』<br><br>その後、練習を見に行ってびっくりしました。<br><br>みんな大きい！<br><br>特に、その『大阪のやつ』187㌢。<br>その次は、舞鶴の横川。<br>そして、山田。<br><br>監督さんが、凄いやつがくるんですよ。<br>って言うてたけど、この子らやー。<br><br>そして、この間の練習試合に出たってのは、Ｏ原君。<br><br>そらそうでしょう。<br>3年も2年もたくさんいるのに、前年甲子園出てるのに、まだユニホームもないのに先輩に借りて練習試合にでるはずです。<br><br>だって、この間ヤクルトの古田の最後の試合で、古田を胴上げしてたもの。<br><br>テレビ見てたわ。<br><br>そう、プロ。<br><br>同級生2人ドラフトにかかったんです。
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<link>https://ameblo.jp/hayakasema/entry-10051516569.html</link>
<pubDate>Thu, 18 Oct 2007 00:39:52 +0900</pubDate>
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<title>丈夫</title>
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<![CDATA[ 子供達が中学生になっても相変わらず、お父は毎晩仕事から帰ってくるとベロンベロンです。<br><br>この頃になると、子供達もいろんな事情もわかってくる。<br><br>友達がよく遊びにきていたので、功ちゃんのお父さんは、大酒飲み。<br>という烙印は有名でした。<br>しかし、不思議な事にこんな父親を誰ひとり嫌がりませんでした。<br>私は、お酒飲まない人に憧れてましたけど。<br><br>それと、この頃から一層酒量が増えました。<br>それと、歳のせいもあったんでしょうね。<br>覚えてない！<br>って事がひどくなってきました。<br>それがちょっとやそっとの覚えてないじゃあない。<br><br>いったい、どこの店で誰と飲んでたのかわからない、なんてしょっちゅう。<br><br>しかし、飲酒運転は心配でした。<br>だから、ずぅっと迎えに行ってたんですけど、何処にいるかわからない。てなこともよくありました。<br>朝、ボケボケで帰ってきて<br><br>『スナックのボックス席で寝てた』<br><br>なんて話しは、数え上げればキリがない。<br>そして、眼鏡がない・電話がない・ズボンがない・キーがない・車がない事もしょっちゅう。<br><br>でも、どんなに二日酔いでしんどかっても仕事は休まないんですよ。<br><br>しかし、今から思えばまだ若かったんでしょうね、朝まで飲めるんだから。<br>今は絶対無理、12時こすなんて考えられん、らしいです。<br><br>その頃からもう一つ困った問題が…。<br>本人には全然意識はないんですが、<br><br>『そこトイレちゃう！』<br><br>って事がちょくちょく現れました。<br><br>明くる朝、<br><br>『どーいうこっちゃ』<br><br>と聞いても<br><br>『そんな事するわけない』<br><br>と、さも私が嘘をついていると言わんばかり。<br>しかし、度々家族みんなから同じ事を言われると、認めざるえない。<br><br>１番下の娘なんか<br><br>『私、夜中にお父さんがムクッて起きたら、自然と目が覚めるんやって』<br><br>と。<br>なんせ、一度寝込みを襲われてひっかけられた事があるもんで。<br><br>いったいお父の頭の中はどうなっているもんか見てみたい。<br>多分アルコールで萎縮してるんでしょうね。<br>なんせ、こんだけシコタマのんでも、今のところ病気といったら二日酔い。<br>内臓が丈夫な分たくさん飲むから、脳がイカレル。<br>毎日、お父を見てるとシミジミそう思う。
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<link>https://ameblo.jp/hayakasema/entry-10050119748.html</link>
<pubDate>Sun, 07 Oct 2007 19:00:57 +0900</pubDate>
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<title>僕達は野球に夢中だった</title>
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<![CDATA[ 功ちゃんが卒業し、ちぃ坊が6年生になりキャプテンになりました。<br><br>功ちゃんは中学の野球部にはいりました。<br><br>ちぃ坊達は全員6年生でチームを組む事ができ、この年も地元では負けなし。<br><br>しかし、一歩外に出るとやられてました。<br><br>メンバーは、これがまた面白い子がいてねぇ<br><br>ユウタって子はチビで、セカンドだったんです。すばしこくって、よかったんですが、なんせチビなもんで打っても飛ばない、内野の頭超すのがやっと。<br><br>でもねー、なーんか可愛いやつで。<br>勿論、勉強は出来ません。<br>夏休みの宿題なんて8月31日になってるのに、<br>どーすんのー！！<br>って感じですが、何とも思ってない。<br><br>よくうちに泊まり込んでやらせました。<br><br><br>ナベちゃん、サードです。<br>元々運動神経はよくない。<br>エラーをしたら涙がでる。<br>『ナベ泣くなぁー！』<br>と声をかけると余計に涙が出て、球が飛んできても見えない。<br>そして、またエラーしてしまう。<br><br>しかし、勉強は出来ました。<br>今、関西では有名な私立の4回生（一浪してます）<br>それに賢い子は、専門学校も平行して行くらしい。<br>去年、久しぶりに出会ったら、会計士に向けて猛勉強中らしい。<br><br>レフト木本。<br>何しろ入部してから全然やる気なし。<br>ヒット見た事無し。<br>その分、お父さんが運動に目覚め、すっごいダイエット成功。<br>フルマラソン完走。<br>しかし、親の子。<br>本人は只今自衛官で北海道に。<br><br>センター邦ちゃんは、信州大学院。<br><br>ライト赤木。<br><br>こいつは5年生になってから入部した。<br>野球の事は何も知らない。<br>バッターが何処に立つのかもわからない。<br>しかし、ガタイがよかった。<br>だから当たれば大きい。<br>一度、ドでかいホームランを打った。<br>真っ青な青空に吸い込まれるようなホームランだった。<br>少年野球であんなホームラン初めて見た。<br>相手チームも腰抜かしてた。<br>けど、野球は下手っぴだった。<br><br>ピッチャー、N君。<br>運動神経抜群。<br>お勉強もできる。<br>男前。（福山雅治に似てる）<br>ピアノも弾ける。<br>いったい天は彼に何物をも与えるのか。<br>だから一つも与えられないやつができるのか！<br>と真剣に思ってしまう。<br><br>ファースト、みっちゃん。時には、キャッチ。<br>デカイ。<br>4番。<br>でも体の割に気が小さい。<br>今春、無事大学卒業。<br>晴れて看護士に。<br><br>ショート、塩田君。<br>真面目。<br>家族全員真面目。<br>毎晩自宅で、お母さんにバトミントンの羽根を上げてもらい、ティの練習。<br>小学生の時は、うちのちぃ坊とそんなにかわらない成績だったと思ってましたが、国立大学卒業、今や公務員。<br>努力の人です。<br><br>ファースト、ピッチャー、キャッチ、ちぃ坊です。<br><br><br>いやー、功ちゃんの同級生も同様、みんな自分の子供のように可愛いです。<br><br>ほんとにこの頃<br><br>『僕達は野球に夢中だった』 <br><br>今でもたまに同窓会しますが、大人になった彼らと一緒に飲めるのを１番喜んでいるのはお父です。<br><br>『おっちゃん相変わらずやなぁ』<br><br>と…。
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<pubDate>Sun, 07 Oct 2007 15:25:02 +0900</pubDate>
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<title>えっ！ 子供？</title>
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<![CDATA[ さて、前出の大会で優勝し京都市内の大会に出場。<br><br>功ちゃんはこの年のキャプテン。<br><br>お父はコーチとしてベンチ入りしていた。<br><br>1回戦・2回戦と勝ち進み、決勝戦で当たった相手に私達はビックリした。<br><br>そのチームのピッチャー、6年生で175㌢70㌔。<br><br>とてもじゃないが小学生でランドセル背負って学校行ってるとは思えない。<br>球も速い速い。<br><br>ちなみにその頃の功ちゃんは140㌢台、ちぃ坊は130㌢台位だと思います。<br><br>そういえば思い出した。その試合の少し前、同じく京都市内の大会に出た時、試合の合間にすれ違った子だ。<br><br>私は完全に大人だと思っていた。（そう、おっさん）<br>しかし、振り返ってもっかい見た。<br><br>背番号１０  だ。<br>少年野球はキャプテンが１０。<br><br>うぇーｯｯ！<br>あんな子供見たことない。<br><br>私達は、京都の北部からきている言わば田舎者。<br><br>その子は、京都市内ではかなり有名だったらしい。<br><br>私が、その後その子と再開したのは、ちぃ坊が高校で練習試合に行ったＰＬ学園のキャプテンとしてでした。<br>それから、テレビで甲子園に出場していました。<br><br>ちなみに、阪神の桜井もいました。<br><br>その後、ロッテに入団、一昨年には優勝にも大きく貢献した、今江ですよ。<br><br>いやぁー、プロになるような子はちがう！<br><br>って、ほんまに思いました。<br><br>えっ！<br>試合は？<br>って、もちろん負けましたよ。<br>コールドだと思ってましたが、３‐０だったと思いますよ。<br><br>Ｆ君もよく投げました。<br>ちぃ坊なんて、ファーストだったんですけど、今江に塁上でドンと当たられて、球がポロｯ…。<br><br>でも、その時の写真、宝物みたいに大事に持ってます。
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<pubDate>Sat, 15 Sep 2007 15:40:17 +0900</pubDate>
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<title>兄弟で</title>
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<![CDATA[ 功ちゃんが6年生、ちぃ坊が5年生の時が親として一番楽しませて貰いました。<br><br>少年野球はまだ春浅い3月中頃から始まり、順調に勝っていけば、ほとんど週末は試合があります。<br><br>同じ市のライバルチームとは、何度も当たりいい試合をしました。<br><br>春は0‐0で、緊迫の投手戦でした。<br>うちのピッチャーのF君、相手チームのU君、小学生ながらアッパレでどちらにも勝たせてやりたい思いでしたが、勝敗は着けなければなりません。<br><br>抽選です。<br><br>結果…  負け。<br><br>この大会は全国に繋がるのですが。<br><br>その後、またまたライバルチームと。<br><br>少年野球は子供の健康上を考慮して、2試合続けてピッチャーが登板することができません。<br><br>この日は2試合。<br>とりあえず、1試合目を勝たない事には次ぎには行けない。<br><br>F君が1試合目先発する。<br><br>話しはそれますが、このF君、功ちゃんの同級生で、中学からは別々になりましたが、よきライバルでした。<br><br>高校は京都市内の公立ですが、野球では強豪で甲子園にも出場しました。<br><br>高校時代はちぃ坊の一つ上で、肝心な所でよく当たり痛い目にあわされました。<br><br>今年のゴールデンウイークに、JABA京都大会というのが西京極であり、F君は東京のM生命に所属、次男チームと対戦しました。<br>何故か、感無量で胸がいっぱいになりました。<br><br><br>元に戻って、1試合目を勝ち2試合目また例のライバルチームと当たる。<br><br>先発は、5年生のN君。<br>ライバルチームと当たるというだけで、私なんて緊張して眠れない（実は寝てた）<br>だのにまだこんな小さな子が、ひとりでマウンドにたつなんて胸が張り裂ける思いだった。<br><br>たいそうだか、少年野球と高校野球の世界はいっしゅ独特の雰囲気がある。<br><br><br>緊迫の中、試合が始まった。<br>うちのチームの心境を現しているような黒い雲が立ち込めている。<br><br>すぐに、打たれる・走ってくる。<br>なんせ、10年以上前の事で記憶に定かではないが、2･3回で5点程取られただろうか、しかし突然『天が味方をする』とは正しくこのことかと、そう雨です。<br>しかも土砂降り。<br><br>『ノーゲーム』 <br><br>こんな事ってあるんですね。<br>そう、あの5点はなかった事。<br>やり直しです。<br><br>後日、再試合。<br>F君登板。<br>勝ちました。<br>ライバルチームには気の毒でしたが、勝負事なんで。<br><br>N君には苦い経験でしたが、次の年チームのエースになる為のいい試練だったのだろうと思います。<br>N君は、その後中学は硬式のチームに進み、兵庫強豪T2高校で甲子園を目差し最後の夏、現巨人の金刃に負け終わったそうです。<br><br>次男が高校時代に何度か練習試合にいきましたが、甲子園をモデルにした、立派な球場でした。<br><br><br>そのご、その大会で優勝。<br>上の大会へ。
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<pubDate>Fri, 14 Sep 2007 18:02:24 +0900</pubDate>
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<title>体育会系の宴</title>
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<![CDATA[ さて、子供達が野球に夢中になるにつけ、え父の酒量もどんどん増えました。<br><br>何と言うか、体育会系なんすか、勝っても負けても、練習でも、飲み会あるんですよ。朝まで。<br><br>子供達は、常日頃監督さんが<br><br>『まずは規則正しい生活習慣を』<br><br>という事で、さっさと帰って宿題したご飯食べてお風呂入って寝ます。<br><br>しかしオッサン達は<br><br>『あの時のあいつのプレイが』<br><br>『あいつはまだまだあますぎる』<br><br>とか、酒の肴にして宴は深夜まで続きます。<br><br>場所は毎度毎度うちの店です。<br>はい！お蔭様で商売繁盛ですぅ～。<br><br>毎回10人前後、フカのように飲んでくださる。ありがたいありがたい。<br><br>てなわけない！<br><br>必ずお父が、自分の店でもないのに、私の店やのに、一人ええかっこして<br><br>『今日はお金は結構です』<br><br>『あほか！元はいるねんぞ！』<br><br>と言いたいが、いらないことは言えるのに、肝心な事は言えない私‥。<br><br>何しろようこんだけ野球の話ばっかりできるなぁぐらい野球の話をしまくる人々。<br><br>しかし、お父は小難しい話には入らない。<br>他にもチラホラそんなひとがいて、よく聞いてみると小さい声で、ピンサロやキャバクラの話をしていたりしていた。<br><br>宴もたけなわ、日付けも変わる頃、監督が<br><br>『そーいやー〇〇さんの家いったことないなぁ』<br><br>『行きましょ！いきましょ！』<br><br>となる。<br><br>何時や思んねん！<br>普通の人はもう寝てるぞ<br>迷惑とか考えへんのんか<br>私やったら絶対いやや<br><br>しかし、子供がお世話になってる監督さんが言われるのなら、親は拒否できない。<br><br>そして、朝の5時頃まで続くのです。<br><br>しかし、そこからが監督さんの凄いところ、6時にはちゃんと小学校のグランドにいて、子供達と朝練をしてる。<br><br>恐るべし体力。
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<pubDate>Mon, 03 Sep 2007 07:20:09 +0900</pubDate>
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<title>少年野球というもの</title>
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<![CDATA[ 子供には、結構厳しいチームでした。<br><br>今では考えられないけど、真夏の練習でも、勝手にお茶を飲んではいけません。<br>監督さんの許可がないとダメ。<br><br>しかし、子供達は喉カラカラ<br><br>『おばちゃんお茶飲んでいい？』<br><br>と、聞きに来る。<br><br>『アカン！アカン！おばちゃんにきかんと監督さんに聞き』<br><br>子供達は、おばちゃんがえーでーと言うと、かりに監督にお茶を飲んでるところをみつかっても、半分はおばちゃんのせいにできる。<br>アカン！アカン！<br>そんなんには乗らへん！<br><br>後日長男に（高校生になった頃かなぁ） <br><br>『今は、熱中症とかあるしホークス（子供達の所属していたチーム）もお茶飲み放題らしいで』<br><br>と私が言うと<br><br>『えぇぇーーーｯ！ほな俺らぁのあれはなんやったんや！トイレ行ってきます言うて、トイレの水飲んでたんはなんなんや！』<br><br>まーそんな事はようあることやがな<br><br>子供達もよく叱られましたが（手を上げられるのはしよっちゅう、しかし文句言う親はなし）親もよく叱られました。<br><br>『生活面で親が悪い』<br><br>今、そんな子供見たことないけど、ジャージやアンダーシャツや帽子が破れたりすると、つぎ当て。<br>お茶を買うとか、おにぎりを買うとか考えられない。<br>日曜日は、朝一升のご飯を炊き、朝ご飯とお弁当のおにぎり。しかし、みんなおにぎりに手が伸びる。<br><br>『あかん、おにぎりは食べんといて、お茶椀にご飯よそう食べ！』<br><br>やっとの思いで、お茶とおにぎり、氷や椅子・バラソル諸々を持ち、ええかげんな化粧して出発。<br><br>たいがい土日は、集合朝6時か7時。<br>30分前には集合場所に着いていなければならないという暗黙の了解みたいなものがあったので、休日の朝は大変でした。<br><br><br>朝、試合前に練習してから現地へ行って試合。<br><br>勝っても負けても説教（ミーティング）又これが長い。<br>低学年の子なんかは居眠りしてる。<br><br>それをみつかって又叱られる。<br><br>後年、これも又々長男に<br><br>『そういう時はどしたらええん？』<br><br>と聞くと<br><br>『黙って聞いてるんが１番ええ』<br><br>なるほど、まだ小学生やけど考えてるんやなぁ～<br><br>と思ってしまいました。<br><br>その説教の間、親も後ろでじっと聞いている。<br><br>日が落ちかけてやっと解散。<br><br>それから、今度は大人だけのミーティングが始まる。<br>監督さんはお酒が大好きだった。<br><br>お父の出番である。<br><br>すごく積極的である。<br>どちらかと言うと先頭をきっている。<br><br>そして何しろ野球の話し。<br><br>我が国、日本は何故か野球好きの人が非常に多い。<br><br>そして、みんな評論家になる。<br><br>世界の王や長島まで批判する。<br><br>が、野球経験は小学生の時町内野球ぐらいしかない人が多い。<br><br>監督さんぐらいだった。高校まで野球をしていた人は。<br><br>でも、野球の話しは夜通し続く。<br><br>うちのお父は、正式な野球経験はまったくない。<br>中学はバレー部、高校はサッカー部。<br>しかし、昔の男の子は晴れの日は野球、雨の日は卓球だった。<br><br>だから、小難しい野球の話しには入らなかった。<br><br>多分、他にもそんな人はいたはずだが、野球ウンチクに加わっていた。<br><br>大変な大酒飲みだが、そこがお父のいいところだと思う。
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<pubDate>Fri, 24 Aug 2007 08:17:06 +0900</pubDate>
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<title>野球生活の始まり。</title>
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<![CDATA[ 子供達が小学生になってからは、我が家は少年野球にはまってました。<br><br>てか、お父だけはあい変わらず、アルコールは手放さずって言うか、一層パワーアップした酔いっぷりに、<br>『お前が野球してんのんちゃうんやぞ』<br><br>って感じになっていました。<br><br><br>功ちゃんが3年、チィ坊が2年の春、二人がどうしても野球チームに入りたいと言うので、近所の子供達が入っていたチームに入団しました。<br><br>その時、<br>これで私も覚悟を決めなあかん。<br>と、ひどく大層に思ってしまいました。<br><br>だって、日曜日は普段より朝早い。<br>健康管理や食事管理もきちっとしなくてはならない。<br>その他諸々、たかが子供の野球ごときにとお思いでしょうが、私って結構、そんな性格なんですよ。<br><br><br>そんなこんなで、15年たった今でも野球とは切れない生活を続けています。<br><br>子供達がお世話になった監督さん、当時は二人おられ、その方達との出会いがうちの家族にとって、かけがえのないものになりました。<br><br>子供達の今日があるのは、この監督さんと野球チームのお陰です。<br><br><br>一週間に火・木・金は放課後。土・日は一日練習。火・水・木・金・土は登校前の朝練。<br><br>でも、一度も練習にいくのを嫌がった事はありませんでしたし、生活面で叱らなければならない時など<br><br>『野球やめさす』<br><br>といえば、<br><br>『ごめんなさい。もうしませんから、野球だけはいかして』<br><br>と言う始末。<br><br>だから、『勉強しろ』なんて言ったことないし。<br><br>朝も起こしたことなし。<br>私が起きるともう朝練行っていませんでした。<br><br><br>少年野球は、まだ寒い3月の初めから公式戦が始まります。<br><br>いろんな所に行きましたね。<br>泊まりで、行くまでは大変。まず仕事を休まなければならない。色々段取りしといてやっとの思いで出てくる。<br>出てきたらもうこっちのもん！<br>何にも忘れて、野球の事だけ考えたらいい。<br><br><br>万博記念公園グランド、今は無き日生球場 に行った時は楽しかった。<br>JR西日本の大会で、東は石川県、西は多分福岡県までが参加していたと思う。<br>各地元の予選を勝ち上がって来ているのでレベルも高かった。<br><br>初戦、2戦目は難無く勝てたが、3戦目は大阪のチームだった。<br><br>コテンパにやられた。<br>コールド負けだった。<br>初めてコールド負けを喫した。<br><br>この時から、大阪は違うと思った。<br><br>それと、対戦はしていないが、奈良のチーム。<br>これが子供か？と感心した。<br>ツーアウトで、イージーなフライがあがるとポジション以外の者は球から目を離さないようにしながら、引き上げる。<br><br>ピッャーが、投げる前に野手は2･3歩動き投げた瞬間にかまえる。それがみんな揃ってる。<br><br>あんなチームすごいし。<br><br>次回は、いよいよ試合後の飲み会お父登場編いきますね。
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<pubDate>Sun, 19 Aug 2007 22:35:23 +0900</pubDate>
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